真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第九十三話

 台風一過の夏空の下、太陽に負けじと鳴く蝉の声がそこらかしこから聞こえてくる。洗濯物のシワを伸ばす音のようなパンッ!とした気持ちのよい音が響いた。

「いーたーいーでーすーー!!」

 響いた場所は九鬼ビルにある調理場。叫んだ声の持ち主は、ご奉仕ロボクッキーの進化形として作られたクッキー4ISだった。クッキーと違い年頃の少女の姿をしており、頭を手で押さえて慶一を睨んでいた。

「コンビニの弁当じゃねぇんだ。全部正確に作ってどうすんだよ。大人数ならともかく、少人数の場合は、個人の好きな味つけを加味して仕上げろ」

 アイエスが作った肉じゃがを食べた慶一がまくし立てるように言うと、アイエスはふくれ顔で慶一と睨めっこを始めた。

「個人のデータを入れておかないのが悪いんです。それがないなら一番美味しいレシピで作るのは、当然じゃないですか」

「人間なら手で覚えろよ」

「私はロボットですよ。もう忘れたんですかぁ? オツムがずいぶんと弱いんですねぇ」

 そう言ってケタケタと笑うアイエスの後頭部を、慶一は無言で叩いた。

「痛い! また叩きましたね!」

「おかしいなぁ……。オレの弱い頭に入ってる情報だと、ロボットは叩くと直るって記憶されてるんだけどな」

「それはブラウン管テレビの話です!」

 いがみ合う二人をそっとクラウディオが止めると、間をあけて紋白が口を開いた。

「すまぬな慶一。いきなり呼んで」

「呼んだってよりは、連れ去られたんだけどな。……ヒュームさんには、しばらく近付かないように言っといてくれ。怖いから」

 台風が晴れたついでに、川神院のみんなに豚の角煮を食べて気晴らしもしてもらおうと、豚肉の下茹でをしていた。どうせなら良い醤油を使おうと思い、慶一は買い出しに向かった。

 曇った空ばかり見ていたので、青の色は透き通って見える。強い風は雲をどんどん流していき、想像する間もなく形を変えていた。虫の知らせというのか第六感とでもいうのか、慶一は何かに気付いたように見上げていた視線を下ろした。見えたのはヒュームの全身。ゆっくりと近づいてくるヒュームの姿は、徐々に慶一の瞳からはみ出ていき、とうとう首元から上しか視界に映らなくなった。縄で縛られたように動けずにいた慶一は、その後の記憶が無い。ベッドの上に横になっており、説明されるまで九鬼ビルにいることさえわからなかった。

 ただ……。一瞬だけ脳裏に映ったのは、口端を吊り上げたヒュームの顔だった。

「フハハハハ! ヒュームもおちゃめなことをするものだ」

 紋白に呼ばれた理由は、父である九鬼帝に手料理を食べさたいので、練習に付き合って欲しいとのことだった。

「つーか、これオレが教える必要なくないか?」

 慶一は、鍋で煮込んでいる肉じゃがを味見して言った。料亭というよりは家庭的。味が劣っているというわけではなく、三ツ星では食べることの出来ない暖かい味をしている。

「姉上が認めるほどの男だ。慶一に味見をしてもらうのは、我にとってプラスになるのは間違いないからな」

「そう言われると嬉しいけど……」

「けど、なんだ?」

「その年でこれだけ料理が出来るとは、オレの立つ瀬がないと思ってな」

 紋白の料理スキルに、格好が付かず人差し指で頬を掻く慶一に「ぷはー」と歓喜の吐息を漏らした弁慶が「料理は慶一の唯一の特技だもんね」と言って笑った。

「うるせぇぞ、酔っぱらい。なんで調理場にいるんだよ」

「んー? だってここなら黙っててもツマミがくるからね」

 弁慶が皿を出すと、アイエスが紋白が作った肉じゃがをよそう。

「あと小生意気なオマエもだ。なんでオレがアイエスに料理を教える必要があるんだよ」

 そのアイエスの首根っこを掴んだ慶一は、顔を近づけて睨んだ。アイエス不敵な笑みを浮かべると「弱いくせに、なにをいきがってるですか。貧相な顔と汚い手を近づけねーでくれますか」と言って、慶一を挑発した。

「ご奉仕ロボなら、それらしくしたらどうだ」

 慶一は握りこぶしを作ると、アイエスの頭の両側面に当ててグリグリと力を込めた。

「ふああぁあーっ! 痛い痛い痛いです……っ!」

 アイエスは涙目になりながら痛がる仕草をする。五秒ほどで直ぐに慶一は手を離して、プラプラと手を振った。

「つーか、オマエの頭硬すぎてオレの手が痛ぇよ」

「それは私のせいじゃなくて、慶一が軟弱なだけです。そんなに痛いなら冷やした方がいいですよ」

 慶一がアイエスに言われた通り、水道の水で手を冷やしていると、先程誰も答えなかった慶一の問に紋白が答え始めた。

「アイエスがこの場に居るのは、簡単に言うと演習の為だな。すでに各国の名立たる料理人のデータは入っているのだが、腕もあり若く伸びしろもある慶一のデータも入れようということになってな。九鬼が認める慶一の料理の腕。存分に誇るがよい! フハハハハ!」

 紋白の高笑いに隠れて笑みを浮かべている慶一を弁慶は見逃さなかった。

「よかったね、九鬼に料理の腕を認められて」

「ん? そうだな。それより、若いって言われちったよ。ははっ」

 照れたように笑う慶一を見た弁慶は、川神水を一口あおり、溜息と一緒にどうでもよさそうに「……よかったね」とつぶやいた。

 弁慶の無の感情と反比例するように、アイエスの声は怒りに満ちていた。

「こんな女の子に暴力をふるうやつ奴から教わることなんてねーです!」

「オマエはロボットだろ」

「ロボットだろうが女の子だろうが、優しく扱うは当然のことです。習わなかったんですか?」

「オレが教わったのは、女の子には敵わないってことだけどな。アイエスどころか、空手を習ってる小学生にだって負けるぞ」

「情けない奴ですねぇ。まぁ、私はお仕えロボですから、人に危害をくわえることはしません。正当防衛はしますけど……」弁慶の顔とクラウディオの顔を見ると「そもそも、こんな不利な状況で手を出せるわけないです!」と声を荒らげた。

 慶一とアイエスが本日何回目かの睨めっこをしていると、紋白が慶一の服の裾を引っ張った。

「さぁ、我は作ったぞ。次は慶一の腕を見せてくれ」

「そうだな。それじゃ――」

「――ツマミ」

「――同じ肉じゃがでも作るか」

「無視された……」

 そう言ってしょげる弁慶だが「なに食ったってツマミになるんだからいいじゃねぇか」と言う慶一の言葉に「うーん……。気分はさっぱり系だったんだけどねぇ。まぁいいか」と返した。

 豚肉、じゃがいも、にんじん、たまねぎ、きぬさや。食材はシンプルにこれでいい。出汁は九鬼が数種類用意している。慶一がどれを使おうかと出汁を味見していると、アイエスに袖を引っ張られた。

「不服ですけど、しょうがねーです。私がどれだけ出来るのかを見せ付けてやるので、なんでも言ってみなさい」

「それじゃ、じゃがいもの皮を剥いてくれ」

「そんなのおちゃのこさいさいです」

 アイエスはするするとじゃがいもの皮を剥いていく。素早く丁寧に剥いていくので、慶一は思わず感嘆の声を漏らした。

「ほう……上手いもんだ。それに早い」

「ふふん、当然です。さぁ次はなにをします?」

「そうだな……。にんじんの皮を頼む」

「了解です」

 アイエスは褒められて上機嫌になっていた。鼻歌をうたいながらじゃがいもの皮を剥く。形を変えずに、綺麗に剥いている。全ての皮と芽を取り終えると、スッと慶一の方を向き叫んだ。

「コルァ! これじゃあ、ただの下っ端じゃないですかぁ!」

「人間の世界の料理人ってのは下っ端から始まるもんなんだよ」

「こんな雑用よりも、味付けとか実力を示せることをやらせるべきです」

「そんな楽しい過程を人にやらせるわけないだろ。もうちょっと待ってろよ、ちゃんと他にもやることあるから」

「本当ですかぁ?」

 アイエスは目を三角にすると、疑いの眼差しを慶一に向けた。

「料理の後は食器洗いに決まってるだろ」

「やっぱり雑用じゃないですか!」

 

 

 結局アイエスの要望は受け入れられることなく慶一の調理も終わり、そのまま調理場で紋白と慶一が作った肉じゃがを食べながら談笑をしていた。

「慶一は野菜も肉もナマのまま鍋に入れて、それから火をかけるのだな」

「家庭的な味で作る時は炒めて作った方がそれっぽくなるけど、冷たい鍋から煮込んだ方が食材の香りが出やすいからな」

「そんなの常識です。旨味や香りを優先するだけじゃ、一流とは言えません。慶一の料理の心はヒヨッコですね。まぁ料理が上手いのは認めますが」

 そう言って慶一の肉じゃがを食べたアイエスは目を細めている。こういう美味しいものを食べた時の仕草や箸の使い方など、見れば見るほど人間のようにしか見えなかった。

「貶して褒めるとか人間臭いことしてんじゃねぇよ。夏だから匂いに気を使ってるんだ」

「匂いですか?」

「夏で食欲が出ない人もいるから、食べたくなるように仕向けるには……鼻、目、口の順番だな」

 慶一は順番通り、鼻、目、口と指しながら言った。

「もったいぶりますね……」

「まずは匂いで食欲を誘い。次は見た目で味を想像させ。最後に味わって栄養を摂ってもらう」

「も一つおまけに、川神水で喉を潤す……っと」

 弁慶は今までチビチビと飲んでいた川神水を、ククッと一気に飲み干した。

「弁慶は今日、オチをつけにきたのか? それにしても、アイエスは意外に人の話をちゃんと聞くんだな」

「意外にはよけいです。為になる話しなら聞いてやらないこともねーです」

「為になる話しか……そうだな……。あれはオレが小学校の低学年の頃だな。親父に連れられて、脱衣所が板張りの小さな銭湯に行った時のことだ。大きい浴槽一つに、水風呂、サウナがあるだけの、安いところでな。ゆっくり風呂に浸かり、気分を味わうだけの短めのサウナに、足の先だけ入れる水風呂、そしてまたゆっくり湯船に浸かるってのがお決まりのコースだった。オレは子供ながらに結構長風呂でな、湯あたり気味になるまで風呂場から出ないんだよ。風呂が好きってわけじゃなく、そのあとの楽しみがあったんだ。コレな」

 左手で瓶を持ち、右手でビンのふたを開ける仕草をすると慶一は再び話し始めた。

「湯上がりに親父が一つだけ買ってくれるわけだが、オレはもちろんフルーツ牛乳を選んだ。フルーツって言ったって、なんの果物が入ってるか全然分からないような味なんだけど、アレがとにかく上手かった。ガラス瓶だから口当たりが冷たくてなぁ……。火照った体に通り抜ける感覚がたまらないんだよ。ある日、飲みながら裸のまま脱衣所をうろついて、ふと気付いたんだよ。大人は別なことをして体を冷やしてるってな。骨と皮だけのやせ細った体。二段にも三段にも膨らんだ腹。オッサン達はだらしない体を周囲にさらしたまま、力なく扇風機に向かって項垂れてるんだ。子供ながらに、こういう大人にはなりたくないなって思ってたな。そう思ってたのにな……。今じゃわかる。フルーツ牛乳じゃダメなんだ。クーラじゃだめなんだ。扇風機の風にゆるゆるとあたりながら、体に付いた水滴を撫でるように徐々に吹き飛ばしていく感覚。体の外側から内側へと火照りを冷ましていく感覚。素っ裸じゃなきゃ味わえない心地良さ。なにより蒸れた玉が――」

 慶一の話途中で、それを遮るようにアイエスが大声を上げた。

「ふあぁぁぁ! 汚い情報をインプットさせられましたぁ!」

「汚いってこたぁないだろ」

「オッサンの裸とか想像させられました! セクハラです! この世の醜悪に入る類ですよ!」

「そんなに嫌なら、途中から耳をふさげばよかっただろが」

「あの話の流れじゃ、フルーツ牛乳をより美味しく頂く話かと思って耳を傾けますよ! ゲッダウト! ゲッ! ダウト!」

「どうせそろそろ帰るよ。時間も時間だしな」

 慶一は尻ポケットから携帯を出すが、いつものように充電が切れていた。

「慶一様。残念ながらお帰りいただけません」

 突然のクラウディオの声に慶一は目を見開いて驚いたが、紋白の側に控えていたことを思い出した。

「そういえば、クラウディオさんもいたんですよね。すいません……。存在を忘れてました」

「いえいえ、お気になさらず。皆様のお話の邪魔をしないように気配を消しておりましたゆえ。それより、強風警報が出ましたので海中トンネルを封鎖させました。ですので、今日はお泊りになって頂くということで」

 ふと慶一が窓の外に目を向けると、横殴りに葉が飛んで行くのが見えた。

「せっかく台風が去ったっていうのに……。電話を借りていいですか?」

「ヒュームが川神院に連絡を入れてますので心配いらないですよ。先にお部屋に案内します」

 

 

 同時刻。川神院ではヒュームから連絡を受け取った鉄心が、腕を組み難しい表情を浮かべていた。

「うーむ、大変なことになったぞい」

「どうしたのじいちゃん?」

「ヒュームから連絡があってな。……慶一は九鬼が拉致したと」

「えぇ!? 大変よ! 助けに行かなくちゃ! あっでも、慶一は九鬼家と仲が良いわよね?」

「そうなんじゃ、九鬼は慶一をどうこうしようというわけじゃなくてな。アレじゃ」

 鉄心が指をさした方角には、川神院の調理場がある。

「あっ! 角煮! 豚バラ解禁日! あわわ……。このまま慶一が帰ってないと……」

「修行僧の鬱憤が爆発するじゃろうな。朝から匂いをさせておったし」

「じいちゃん! あの豚の角煮は、慶一以外仕上げができないのよ! どうしましょ! どうしょましょったらどうしましょ!」

「そう慌てるな一子よ。慶一は角煮をじっくり煮込むから、明日の昼までに取り返せば問題なしじゃ。ヒュームも、慶一を返して欲しければ修行僧全員で攻めて来いといっておったしの」

「全面戦争ってわけね……。や、大和に知らせてくるわ!」

「そんな規模が大きな話じゃなくて、ただの鍛錬じゃ鍛錬。って、こら! 一子! ちゃんと話を聞いてから行かんか!」

 鉄心は、話を聞かずに川神院を飛び出していった一子の後ろ姿をしばらく眺めていると、その場から離れ修行僧に集合をかけた。

(鍛錬の延長とは言え、九鬼の従者部隊と川神院の修行僧をぶつけるようなことをするとは……。やはり百代の様子見かのぉ)

 

 

 

 

 




豚角煮の戦い勃発……。銭湯の話はしたけど、いつも通り戦闘シーンはないです。

最初の構想ではアイエスの登場はクリスより早かったけど、原作開始時点まで進むのが遅くなりそうなので没になりました。
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