真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第九十四話

 輪切りにしたキウイを立てて、ペティナイフの先端を皮と実の間に入れる。キウイを軽く押しながら車輪のように回転させると、クルクルと皮が剥けていく。茶色の皮を取り除くだけで、爽やかな香りとエメラルドグリーンの果肉はフルーツとしての格を一つ上に上げる気がする。

 水とグラニュー糖を手鍋に入れて弱火で溶かし、キウイと砂糖水をミキサーに入れて、酸味を加えるためにレモン汁を足し、スイッチを入れる。砂糖水がキウイ色に染まっていくのを横目に見ながらタッパーを用意する。味見のためにスプーンでひとすくい口に入れると、思いの外酸味が強かった。やはり時期ではないキウイはあまり甘くない。砂糖を少し加えて甘味の調整をして、もう一度ミキサーを回す。

 中身をタッパーに流し入れて、冷やすために冷凍庫に入れると、慶一はオーブンに向かった。オーブンからはバターの焦げる匂いと、オレンジの焼ける匂いがしている。まだ熱いうちに、パウンドケーキを型からはずし食べやすい大きさに切る。一切れつまむと、程よく締まったきめ細やかな甘い生地の中に、オレンジの皮の苦味がいい具合にマッチしていた。ブランド物の皿に乗せると、テーブルの上に置く。

「あと一時間くらい冷やしたら、キウイのグラニテも出来ますよ」

「まてまて、慶一。今までのも美味いが、流石に甘ったるいわ!」

 揚羽はテーブルの一角に目を向けていった。テーブルには皿が積まれており、アイエスが片っ端から食器を洗っている。

「それじゃあ、食べなくてもいいですから、代わりを連れてきてくださいよ。小十郎さんとかいないんですか?」

 九鬼の調理場では、数人がお腹を押さえてうずくまっていた。窓に叩きついてくるような強風にも反応せず、ただじっと胃の消化が終わるのを待っている。

「なにを急に……。料理が好きなのはしっているが、なにもいっぺんに作る必要はなかろう」

「別に急ってわけでもないですよ。前から、時間が取れたら作ろうと思っていたのがいっぱいありましてね」

 慶一は皿の上のオレンジのパウンドケーキを食べさせようと、弁慶に近づいて肩を揺するが、弁慶は酔いつぶれて寝たふりをしており、反応する気配がない。鼻先に皿を持って行くと、鼻をぴくぴくと動かし、露骨に嫌な表情を浮かべて顔を背ける。

「そっとしておいてやれ」揚羽はフォークでパウンドケーキを一口サイズに切りながら言った。

 イチゴや抹茶、アールグレイを使ったカラフルな焼きドーナツを作ったところで与一がダウンし、白蜜を使ったくず餅と、酒粕とたっぷりの木の実を使ったチーズケーキを作ったところで義経がダウン。ワインゼリーを作ったところで弁慶がダウン。そして、パウンドケーキを焼いていたところ、匂いに気付いた揚羽が調理場に顔を出しに来た。

「クローンってのも、存外だらしないですね」

「いくら偉人のクローンと言っても、胃袋の大きさは一般人と変わらんわ」

「でも、揚羽さんは全部味見をしてもケロッとしてますよね」

 慶一は甘ったるいと文句を言った揚羽の言葉に、あえて触れずにいた。

「フハハハ! 我の胃袋は宇宙だからな」

「オレンジソースを垂らした生クリーム付けても美味しいですよ。どうですか?」

「うむ、貰おう。と言いたいところだが、我はこれから私用があるのでな。またの機会に頼む」

 揚羽は入り口にいるメイドになにか耳打ちをして出て行った。一切れしか食べていないので、パウンドケーキはまだ大量に残っている。

「おい、アイエス」

「やい、なんですか」

「料理ってのは食べるのも勉強だ」

「素直に、可愛い私に食べてほしいと言うのです」

「是非食って欲しいもんだ。オマエの中には、料理のいろんなデータが入ってんだろ? 参考にしたいんだよ。ほら、ソースもかけるから」

 慶一は生クリームに果肉が混ざったソースを間に挟みパウンドケーキを重ねると、アイエスに差し出した。

「けたけた。そこまで言うなら食べてやらんでもないです。どれ……」アイエスは得意顔になって、パウンドケーキを一口食べた。ゆっくりと味わうように口を動かすと、途端に目を見開いた。「辛い! かーらーいーでーす! 油断させて、攻撃するとは非道です!」手で口を塞いで地団駄を踏む。

「ジンジャーソースだから辛いのは当たり前だろ」

「さっきオレンジソースって言ったじゃないですかぁ!」

「あれは揚羽さんに言ったんで、アイエスに言ったわけじゃないぞ。勝手に甘いと思い込んで食ったのはアイエスだろ? 人のパウンドケーキを勝手にトロイの木馬にしやがって」

「はうあ! 嫌な単語を言うんじゃねぇーです」

 アイエスはイーッと威嚇っぽい口で、歯をむき出しにして慶一を睨む。

「ジンジャーソースだって、オレンジと相性良いし美味いだろ?」

「美味い不味いの問題じゃないです! 普通は、食べる前に一言言うべきでしょう!」

「生姜の辛味を引き立てる為に山椒も入れたからな。ピリッと来るぞ」

「遅いです! なんという憎い一手間を……。ちなみにこの憎いはヘイトですよ」

 なんだかん言いつつも、アイエスは皿に乗ったパウンドケーキを綺麗に食べている。

「いいだろ。美味いんだから」

「だいたい甘味なのに、山椒を入れるのがおかしいです」

「甘味を作るというより、茶菓子だからな。川神院の茶請けってせんべいとか、あんこの和菓子とか、じじ臭いものばっかだからな。客人に洒落たもんでも出そうと思って。それもなるべく早く作れるやつな」

「抹茶やら酒粕やら使うのも、充分じじ臭いですよ」

「いいんだよ。どうせ年寄りばっか来るんだから。新しいもの食わせて胃痙攣でも起こされたら、たまったもんじゃないからな」

「本末転倒です。それなら、高級せんべいを出す方が、よっぽと気が効いてます。結局は慶一の自己満足じゃないですか」

 アイエスは、やれやれと言わんばかりに首をすぼめる。

「白黒のプロレスでも映すようなロボットに指摘されるとは……」

「こらぁ! 誰が真空管テレビですか! 私は最新型ですよ! ニュー! タイプ! です! 古型テレビで例えられるのは屈辱です! そっちなんかネアンデルタール人ですよ。サルですサル! ウッキー!」

「すぐに喧嘩を売るロボットだな」

「思わず買いたくなるように大安売りしてるのはそっちです!」

 徐々に大きく響いてくる二人の声に、義経がおもむろに立ち上がった。「二人共、喧嘩はよくないぞ」そう言った義経は、まだ重そうにお腹を押さえている。

「ちょうど良かった。キウイのグラニテが冷えて食べ頃だぞ」

 慶一は冷凍庫からタッパーを取り出すと、スプーンで削りながらワイングラスに盛って、ミントの葉を乗せる。透明なグラスに盛られたグラニテは清涼感があり、冷えたガラスが風流に曇っている。

「グラニテ……」

「ん? あぁ、シャーベットのことだ」

「いや、そうではなくて。その……もうお腹が――」

「弁慶も与一も食べてくれないからな……」

 慶一は弁慶と与一を見ると、わざとらしく大きくため息を付いた。一度目で義経の反応がないので、もう一度「はぁ」とハッキリ言葉にした。

「よ、義経は是非食べたいぞ! なぁ、弁慶? 与一?」

 二人が義経に呼応することはなかった。

「そうか。じゃあ、輪切りにしたキウイも乗せてやるよ」

 慶一は手早くさっきと同じようにキウイを切ると、グラニテの上に添えた。

「……慶一は女の敵ですね」

「プロ並みのスイーツが食えるんだ。むしろ味方だろ」

「そのうち丸々太った女の人に、背中を刺されますよ」

「ロボットなのに差別的発言はよくないな。ぽっちゃりか……もしくは超健康的優良児。アイエスの場合は太ったら鉄人二十一号。いや、感情豊かなところをとって初期のネコ型ロボットってのありだな」

 慶一は手でお腹をふくらませるように円を描く。

「なしです! だいたい私はロボットなんですから太ることはありません」

「太らず食べ続けられるってことか?」

「当然そうです」

 アイエスは慶一と話しながらも、皿を洗ったり、キッチンを拭いたりして、後片付けを続けている。口は悪いが、家事をそつなくこなす上に、気兼ねなく味見をさせることが出来る。問題は舌は確かかどうかだ。

「ほれ」

 慶一はキウイのグラニテをスプーンですくうと、そこにハチミツをかけてアイエスの口に突っ込んだ。

「なにするんですかぁ、いきなり!」

「美味いか?」

「はい?」

「美味いかって聞いてんだ」

「そうですねぇ。ハチミツで甘みを足すのはいいと思いますが、キウイの香りを楽しむためにも、香りの強いハーブのハチミツじゃなくて、草花のハチミツの方がいいと思いますよ」

 慶一が足したのは、タイムというハーブのハチミツ。ハーブハチミツの中でも取り分け香りが強く、バタートーストやチーズなど塩気があるものに良く合うものだ。香り高く、どっりしとした甘みがあるので、果物の香りを楽しむものにはあまり向いていない。

「コレ欲しいな……」

 慶一はアイエスを指さして言った。

「いーやーでーす! オマエなんかがマイスターになったら、イジメられるのが目に見えてます」

「いじめ抜かれた末に咲く花もある」

「なぁに、わけのわからないこと言ってるですか!」

「ロボットの癖に、感情が豊かな奴だな。主に怒りだけど」

「オメーが私を怒らせるからです! 可愛らしい感情も持ちあわせていますよ」アイエスは咳払いを一つ挟むと、腰に手を当てて「はーっはっは!」と笑う。そして「どうです」と得意気に口の端を吊り上げた。

「たまげたなぁ……。アホになる感情まであるのか」

「あのさぁ……。アホは感情じゃありませんよ」

「もっと便利な機能とかねぇのか?」

「私には水道水をキレイに美味しく濾過する機能もついています」

「ダッチオーブンの代わりになるような機能は?」

「私をキャンプ用品として見るのはやめるです!」

 アイエスが叫び終える間を見計らって、義経が恐る恐る声を掛けた。

「あの……慶一君」

「おかわりか? シャーベット状だから、腹いっぱいでも食べやすいだろ」

「いや……。あっ、そうなんだ! おかわりを頼もうと……うぅ」

 

 

 

 

 その頃。大扇島を囲む東京湾では、カンカンと警報音のような金属を打ち付ける高い音が鳴り響いていた。それよりも一際響いているのは、男たちの唸り声のような叫び。己を鼓舞するような、己の居場所を示すような、低く深く轟く声は、風の音に負けることなく一斉に九鬼ビルに向かっている。

 その中で一艇。高い声を弾ませる小舟があった。

「よーし! 待ってろよ慶一! 風間ファミリーが今助けに行くぜ!」船首部のカンザシに足をかけて、キャップが楽しそうに声を弾ませる。

「オレ様は、早く帰ってAVでも見たいぜ」

「おい、ガクト! 仲間のピンチだぞ。オレ達が熱くならないでどうすんだよ」

「だって九鬼だろ? どうせ慶一はビルの中で楽しくやってるって」

 船体に背中を預けてあくびをするガクトに、モロが「うーん」と少し悩んでから言った。

「それじゃ囚われの姫を助けに行くって考えるのはどう?」

「慶一が姫ってことかよ! ますますやる気出ねぇよ!」

「……ごめん忘れて」

 モロも想像して、自分の言った言葉に思わず苦笑いを浮かべる。

「モロ! ガクト! 慶一が男でも女でもいいではないか!」

 クリスは高々とレイピアを掲げ、今にも振り下ろそうとしている。

「いやいや、クリス。そこは結構な問題だって!」

「自分達は仲間を助けるために、九鬼に筋を通しに行かなければならん!」

「そうよ、クリの言うとおりよモロ! あの音を聞くのよ」

 カンカンと鳴り響く音は、唯一前に進むのではなく横を行ったり来たりしている。ちょうど風間ファミリーが乗った小舟の前を通り過ぎていった。

「……ねぇ、ワン子」

「なによ、モロ」

「川神院の修行僧が大鍋を担いで、おたまで叩いてたよ」

「それがどうしたのよ?」

「アレが陣太鼓代わりって、川神院はどうしちゃったのさ!?」

「どうしたもこうしたも、慶一がアレを作ってる途中で九鬼に連れ去られたのよ。あれは……まだ角煮になることが出来ずに泣いている……。そう! 豚の魂の叫びよ!」

「そもそも、豚は食べられることを望んでないって!」

 

 

 

 

 




川神院が九鬼ビルに乗り込んでもバトルはない。相変わらずそんな小説です。


この日付を狙って更新したわけじゃないですよ……。
本当です。
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