真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第九十七話

 夏休みが終わり、学校が始まってから三日が経ったある日の放課後のことだ。一人の部活帰りの男子生徒に狙いを定めて、パーカーのフードを被って顔を隠した二人が近付いていく。

 一人は男で、もう一人は女だ。

 二人組は、男子生徒を挟むようにして呼び止めた。

「ちょっといいか?」

 男が重々しく言った。

「なんだい? 部活で疲れてるから手短に頼むよ」

 男子生徒は顔を隠す二人組に怪しみこそしたが、二人が川神学園の制服を着ていることに安心したのか、話を聞く為に立ち止まった。

「ここじゃなんだから、ちょーっとこっちに来てもらうよ」

 そう言った女の声は明るかった。

 男子生徒は川神学園から少しだけ離れた、人通りの少ない路地に強引に連れ込まれた。

「さて、いいか……」

 男が辺りに人がいないことを確認すると、男子生徒に一歩近付いた。

「こ、こんなところに連れ込んでどうする気だい!?」

 逃げられないように路地の壁に追いやられた男子生徒は、恐怖から上ずった声を出す。

「どうするもなにも。オレは売るだけ。アンタは買うだけだ。簡単だろ?」

 男の口元が怪しく吊り上がった。

「買う?」

「部活で疲れてるんだろ? これさえあれば、疲れなんか一発で吹き飛ぶぞ」

「そうそう。それに、それだけじゃなくて力も出ること間違いなしだよ」

 男子生徒は二人組に差し出されたあるものを見ると、目を見開いた。そして喉を鳴らす。

「で、でも……こういうのはダメだと言われてるから……」

 明らかに食いついた瞳でモノを見ながら否定する男子生徒を、男が鼻を鳴らして笑った。

「それじゃあ、これはタダでやるよ」

「え?」

 男子生徒は男の言葉を聞いて驚愕した。まさか無料で貰えるとは思っていなかったからだ。

「試してみろって。病み付きになるぞ。なかなか味わえないものを逃すほどバカじゃないよな?」

 男が男子生徒の耳元で喋る。

「試しただけで皆に自慢できるよ。大人の味わいってやつだよ。もう、子供じゃないんだし……さ」

 女も男とは反対側の耳元で喋った。

「そ、それじゃあ、試して……みようかな」

 男子生徒がそう言うと、男は強引にあるものを手渡した。

「明日も欲しくなったら、同じ時間にここで待ってる。わかるな?」

 男は最後にそう言うと、男子生徒の背中を叩き、早く帰れと急かした。

 男子生徒は途中何度か振り返って二人組の様子を見ながら、早足で路地を出て行った。

「……さて、明日も来るかな?」

 男子生徒の背中が見えなくなると、女は男に聞いた。

「来るでしょうね。一回で、もう虜だ」

 男の答えは自信に満ちていた。

 

 次の日の放課後。男子生徒は部活が終わると、人目を避けるように小走りで走りながら一人に路地に来ていた。

 そして、一時間にも思える長い五分間を過ごすと、昨日の二人組がこそこそ喋りながら歩いてきた。

 男子生徒は掴みかかるように男に近寄った。

「待ってたよ! 禁断症状だ。もう欲しくてたまらない!」

 男子生徒は必死の形相で男に懇願する。

「一回でこうなるとはアンタ才能があるね。ほらよ」

 男は男子生徒にブツを渡す。

 ――が、男子生徒がそれを取ろうとすると、素早く引っ込めた。代わりに空の手を男に向ける。

「まさか、ただで貰えると思ってないよな?」

 男はニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる。

「昨日はくれたじゃないか!」

「最初だけだよ」

 女もクスリと笑いながら男子生徒を制した。

「そんな!」

「買わないのか? まぁ、無理にとは言わねぇよ。――ただ……、昨日より上物だぞ。試してみるか?」

 男が包み紙を開くと、更に中に入ってるものを開けた。誘惑に負けた男子生徒は小指で救い上げて口に運んだ。

「あぁ……これはいい……」

 男子生徒は恍惚の表情を浮かべる。

 そして、男子生徒の次の記憶は「毎度あり」という男の言葉で途切れていた。

 

 

「――ということが、最近起こっているそうだ」

 宇佐美先生が面倒くさそうに言った。

 川神学園のある一室で会議が行われていた。

 一室に集められたのは、それぞれのグループのリーダーだった。

「報酬は普通食券三百枚からだ。誰かやるか?」

「百枚!」

 いの一番でキャップが声高らかに言った。

「百枚ね……。他にいるか?」

 宇佐美先生が周りを見渡すが、名乗りを上げる者は一人もいなかった。

「それじゃあ、決定だな。頼んだぞ、風間」

 そう言うと宇佐美先生はあくびを一つ挟んで部屋を出て行った。

 皆が散り散りに廊下に出たところで「おいおい……相場は守ってほしいね」と、井上が呆れたように言った。

 しかし、キャップはどこ吹く風で気にした様子はなく、皆が集まっている秘密基地へと足を走らせた。

 

 

 秘密基地ではファミリー全員が集まっていた。

「――てなわけで、依頼を持ってきたぜ! さぁ! やるだろ? お前たち!」

 キャップが食券をトランプのようにテーブルに並べた。

 百代は答えるまでもなく食券を十枚手に取った。

「うむ、当然だ。困っている声を無碍には出来ない」

 クリスは食券を取ることなく賛同した。

「でも、それだけの依頼に三百枚とは破格だったね。結局百枚になっちゃったけど」

 京が食券を十枚取りながら言った。

「本当だな。依頼元はどこなんだ?」

 大和も食券を十枚取って言った。

「学食のおばちゃんだぜ。なんでも、ここ三日間の放課後の売り上げが激減して大変らしい」

「変な人もいるのねー。私はいつもお腹を減らしてるに会ったことないわ。『おにぎりを売る人』なんかに」

「オレ様もだ。もっともオレ様は肉じゃないと買わないがな」

 一子とガクトもぞれぞれ食券を十枚取った。

「確かにね。何度も食べたくなるおにぎりなら僕も食べてみたいよ」

「そうですね。料理を作る者としては食べてみたい気もします。学校に許可を得ていない販売は許せませんが」

 モロとまゆっちも食券を十枚取る。

「そう! そこ! そこなのよ! そんなに美味しいなら食べてみたいわぁ」

「聞いた話だと犯人は気配を消せるらしいから、武道の達人ってこともありえる」

 大和が携帯のメールを見ながら、情報を皆に伝える。

「それはいいな! 二学期早々大暴れというのも悪くない」

「姉さんは、もうさんざん九鬼で暴れたでしょ? 二人共いつの間にかいなくなってるし。連絡くらいしてくれよ。――慶一」

 大和はテーブルの上に残った食券の枚数を数えながら言った。テーブルには二十枚食券が残っている。

 そのうち十枚はクリスが取らなかった分だが、それでも十枚余っていた。

「そうだな。だから、今日はちゃんと充電してるぞ」

 慶一は電源の入っている携帯を取り出すと、すぐにポケットしまった。

「なら安心かな。肝心な時に切れてたら意味ないけど……。――というより、慶一。今なら罪は軽いぞ」

 大和が真っ直ぐに慶一の目を見て言った。

「……疑うのは勝手だけどな。オレは気配なんか消せないぞ」

 慶一も真っ直ぐに大和の目を見て返した。

「それもそうか。悪い」

 大和は慶一から視線を外した。

 それを見て京が「ちっ、発展しなかったか……」と呟いた。

「オレは二学期に入ってから弁当作りが復活したから忙しいんだよ。夏休みの間作ってなかったから、体がまだ慣れてねぇんだ。だから今回の依頼はパス」

「なら、しょうがねぇな。余った分は皆で均等に分けるぞ」

 キャップが残った二十枚を手に持って皆に分けだすと、慶一は立ち上がった。

「今日は用事があるから帰るな。金曜集会でもねぇし」

 ファミリーのそれぞれの別れの挨拶を背中に受けて、慶一は秘密基地を後にした。

 

 

 しばらく歩くと慶一は携帯を手にしてメールをした。そして学校の屋上へと向かう。

 学校の屋上ではパーカーを羽織り、フードで顔を隠している燕が待っていた。

「現場である学校で密会とは、お釈迦様でも思わないだろうねー」

「密会はですけどね。……おにぎりの件はちょっと厄介なことに」

「ありゃりゃ、バレテーラ?」

「このままだとチェックメイト寸前」

 慶一は駒を置くような仕草をする。

「やっぱり納豆押しが足りなかったからだよ。全部納豆おにぎりにしとけば……」

 燕は腕を組んで真剣な顔で唸る。

「いやいや、むしろ納豆成分を押さえたおかげで、誰の仕業かはバレてないんですよ。松永納豆なんて使いまくってたら、スグ誰かバレるんですから」

「それもそだね。潮時かねー?」

「まぁ、潮時はいいんですけど。問題は今日作ってきた分をどうするかですね。配り歩いたらすぐバレますし。――かと言って捨てるのも」

「ノンノン! 松永納豆を使ってるんだから無駄にしちゃダメだよ」

「でも、売るにしてもなーって感じなんですよ」

「なんで? 私が、いつもどおりシュパパっと前口君の気配も消しちゃうよん」

「川神先輩がいるとしても?」

「そりゃ、無理だねぇ。私一人ならともかく、二人分となると。モモちゃんには、丸・見え」

 燕はOKサインを作って丸を表した後、遠くを見渡す仕草をした。

「宇佐美先生を完全に丸め込めなかったのが痛いですね」

「アレでも一応先生だからね。どうするん?」

「最終手段がありますけど……」

「けど?」

「絶対に川神先輩に見付かります」

「モモちゃんなら、バレても前口君の愛の力で説得できるんじゃない?」

「夏休み明けの金欠時の食券と、夏休み中ずっと一緒に居たオレの愛。……正直勝てる自信がない」

「愛は飢えてこそ燃え上がるものなんだね」

 燕はなにやらわかった顔でうなずいた。

「松永先輩が十分間。川神先輩を抑えていてくれるなら問題は解決できます」

「モモちゃんと戦うのはちょっとなぁ……。十分も戦ってたら本気になっちゃうだろうし……」

「それじゃ、二人でフォアグラになった気分で食べます? 百人分のおにぎりとオカズ」

「わかった! 五分間だけ。それ以上は保たずに私は逃げる。いい?」

「五分間は絶対足止めお願いしますよ?」

 慶一は燕に確認すると、携帯を取り出した。そしてある人物にメールを送る。

「それじゃあ、頼みます!」

 慶一の言葉に、燕は屋上から飛び降りていった。

 数秒の後に、ツバメの代わりに現れたのはナトセさんだった。

「大丈夫? 慶一君! まだ、死んでないよね!」

「五分で食べてください。じゃないと死にます」

 慶一は一人分ずつ袋詰めをしていたおにぎりを出すと、ナトセさんに押し付けた。

「え? え?」

「あと、四分四十秒! 早くお願いします」

 ナトセさんは慶一に急かされると、わけもわからないままおにぎりを頬張り始めた。

 一心不乱に食べ進めていくと、一分を残して食べ終えた。

「ありがとうございます! 後はしっかり気配を消して、これ持ってなるべく早く逃げてください!」

 慶一はおにぎりを食べ終えたばかりのナトセさんにおにぎりの包み紙を渡すと、背中を押して帰るよう急かした。

「ちょっと、慶一君!? わけがわからないよ!」

「今度しっかり説明するので! 早く!」

「絶対にだよー!」

 慶一にはナトセさんの気配が消えた方どうかはわからないが、百代が真っ直ぐこちらに飛んで来るのが見えたので、途中で気配を見失ったと安堵した。

「誰がいた? 凄く気を出しながらこっちに来た奴だ」

 百代は屋上に到着するなり、慶一の肩を揺する。

「女の人がいたけど、急にどっか行っちまったよ」

 慶一は誰も居ないとは言わなかった。そう答えては絶対に嘘がバレるからだ。

「そうか……。私の知らない気だったな。それに美人の残り香がするぞ」

 百代は鼻を鳴らした。

「まぁ、美人だったけどな。それより、おにぎり売ってた犯人は捕まったのか?」

「いや、まだだ。今大和達が探してる最中だ。ちっ、燕がちょっかいをかけてこなければ、顔くらいは拝めたかもしれんのにな」

「そうか……」

 どうやら燕はしっかり五分間、百代を足止めをしていたようだった。

「で、美人だったんだろ? 胸はときめいたのか?」

「は?」

「用事があると言ってたな。それがなぜ学校の屋上で一人暇そうにしているんだ?」

「いや……、それは……」

「私が納得のいく答えを貰うぞ」

 百代は慶一に躙り寄った。

 

 

 百代の尋問を受けたがなんとかバレること無く川神院まで慶一は帰ってきていた。

 自分の部屋に行こうと廊下を歩いていると、鉄心に呼び止められた。

「慶一ちょっといいかのう」

「なんですか?」

「明日から一週間。学食で働いてもらうぞい」

 鉄心は自慢のヒゲを触りながら、にこやかなな笑顔を浮かべた。

「……わかりました」

「うむうむ、やんちゃは過ぎると罰せねばならなくなる。――しっかり学食の利益となるような働くのじゃぞ」

 ほっほっと笑いながら鉄心は歩いてった。

 しっかり学長には誰が犯人かバレていたようだ。

 

 

 数日経ったある日。大和が学食で愚痴を漏らしていた。

「おかしいな……。オレの推理が正しければ、犯人は絶対あの日もおにぎりを用意してあるはずなのに、誰にも売ってないんだよ。売ってないとしたら、捨てたか? おにぎりが評判通りの美味さだと、食材をムダにするような奴じゃないと思うんだけどな。リピーターの人数からして百人分は用意してあるはずだから、食べるにしてもワン子くらいの大食いじゃないと無理だろう……」

「天ぷらオマケしてやるから、カウンターで立ち止まるなよ」

「本当に慶一は犯人を知らないのか?」

「……知らねぇな」

「そうだよな……。ところで慶一はなんで学食で働いてるんだ?」

「頭いいんだろ? ……ゆっくり考えろよ。どっか他所でな」

 慶一はシッシッと大和を追い返すと、次の生徒の注文を受けた。

 

 

 

 

 

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