真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第九十八話

 四時限目の終わりを知らせるチャイムが鳴り、静まり返っていた廊下に学生の喧騒が響き始めた。

 聞こえてくる足跡の殆どは、学食へと向かっていた。

「慶一は今日も学食?」

 授業終わりの開放感に体を任せるように、モロが軽く体を反らしながら言った。

「まぁな。まだしばらくはずっとだ」

 慶一は教科書とノートを重ねて、リズム良く机を叩いて合わせると、机の中にしまった。

「なんか最近楽しそうだね。最初は嫌そうだったのに」

「まぁな、学食は意のままに掌握できることを知ったからな」

「なにそれ」

 慶一の含みのある言い方に、モロは疑問の表情を浮かべる。

「宝くじってのは、買わないと当たらないってことだ」

 モロは「あぁ」と短く頷く。「僕、全然当たらないけど……」

「おまけしてやりたいのは山々だが、ファミリーに贔屓してると思われたら、せっかく増えた客足が遠のきそうでな」

「いいよいいよ。言ってみただけだから。あんまり量があっても、僕、食べられないしね」

 モロは気にしないでと笑顔で慶一に返す。

「モロ……。――そういう優しさは、将来付け込まれるぞ」

「その返しはガッカリだよ!」

 

 

 早く授業が終わった生徒は、一目散に学食へと走る。

 そうしないと、学食に並び、無駄に昼休みを潰してしまうからだ。

 特に最近の学食は混んでいるので、学食で昼を食べる生徒達は脇目もふらずに、一直線で学食へと向かっている。

「はい、A定お待ち。これ、おまけね」

 慶一はトレーに蓮根と舞茸の揚げ出汁が入った小鉢を置いた。

 作りたてということもあり、素揚げした蓮根は焼色に似つかわしくカリッとしている。黄金色の出汁表層に浮かぶ油球が見た目にもたまらない。

「オレもA定だぜ」

 キャップが叩きつけるように食券をカウンターに置いた。

「はいよ、おまたせ」

 慶一はA定のトレーを置くが、キャップは取る気配がない。

「混んでんだから、早く取って移動しろよ」

「あれ? シェフの気まぐれおまけは?」

「ねぇよ。気まぐれなシェフのおまけなんだから」

 慶一が「行け」と手で払うと、キャップは腑に落ちない様子で何度も首を傾げて歩いて行った。

 キャップがいなくなったスペースに素早く入りこんだ一子が、元気良く言う。

「お願いしまーす!」

「一子もA定食か。これはおごりな」

 慶一は、気持ち多めに盛った蓮根と舞茸の揚げ出汁が入った小鉢を、一子のトレーに置いた。

「わーい! ありがとう慶一」

「ワン子だけずるいぞ! オレにもおまけしろよ!」

 キャップは歩いていた距離をわざわざ戻って、文句を言いに来た。

「聞いてたか? これはおごりだ。おまけとは別もんなんだよ」

「なら、オレにも奢ってくれよ!」

「そんな恐喝は初めてだな……。早く行かねぇと、学食を出入り禁止にするぞ」

「慶一にそんな権限があるわけないだろ」

「それが、あるんだよ。衛兵!」

 慶一が少し大きめな声でそう言うと、元からその場にいたかのように燕が現れた。

「なぁーんか、この使われ方は納得いかないよ」

「なぜか、オレだけ学長に怒られましたからね。これくらいしてくれもいいでしょうよ」

「楽しんでるくせに」

「なんなら、ツバメの巣も料理しましょうか?」

「あーっと……。さぁ、風間君! 邪魔する悪い子には、強制的に退去願うよ。おまけが貰えないと案ずる事なかれ、納豆小町ならぬ、納豆小鉢をプレゼントするよん」

 キャップはトレーから食器が落ちないように、器用に燕に引きずられて消えていった。

 

 

 その日の放課後。示し合わせたわけではないが、秘密基地ではキャップ以外の男メンバーだけが集まっていた。

「そう言えば、なんで突然学食でバイトなんか始めたんだ?」

 大和が、ふいに携帯から目を逸らして言った。

「……社会勉強のため」

「慶一が? 今更?」

「以前、御社の食堂を利用したときに、スタッフから親切な対応をしていただき大変嬉しく感じました。自分もお客さまに同じような気持ちを味わってほしいと思い、応募しました」

「いや……別に面接じゃないから……。なんか引っ掛かるんだよな。学食の売り上げ下がった時期の慶一の行動と、その後急に慶一が学食でバイトを始めたのが」

「もういいだろ、その話は。もっと楽しい話をしよう。百万拾った時のこととか」

「話題を逸らすのも怪しい……」

 大和が慶一に疑いの視線を向けていると、汗臭い吐息を漏らしたガクトがダンベルを床に置いた。

「オレ様は、ジム代とAVに全てを費やすぜ」

「答えるんだ!? しかも使い道がショボすぎるよ」

 モロは驚きと呆れが混ざった声を上げる。

「モロは百万があっても、絶対にAVを買わねぇて言うのか? オレ様みたいに素直に答えろって」

「僕はどっちかというと、パソコン関係に使うかな。視野角が広い液晶も欲しいし」

「なるほど。AV観賞用か」

 ガクトは流石と言わんばかりに頷いた。

「少しはAVから離れてよ!」

「モロはAVよりもエロゲだもんな。いいか、モロ。いくらパソコンのスペックを上げても、現代の技術ではモニターの中からキャラは出てこないんだぞ」

「慶一まで話を歪曲しないでよ!」

「今日もモロはツッコミが冴え渡るな」

「……おかげさまでね」

 すっかり話題も逸れて慶一が気持よく話していると、大和が突然慶一に向き直った。

「それで、学食のことなんだけど――」

「いいか、大和。逸らした話題ってのは戻しちゃいけないって、昨日法律で決まったばかりだろ」

「本当はそこを凄い聞きたいけど、一旦置いておくよ。今聞きたいのは、勝手におまけとかして怒られないのか?」

「勝手にはしてねぇよ。ちゃんと許可をとってる。おまけ制度を作ってから、学食の利用者が増えたしな。こっちは余り物を使って作ってるだけだから、得しかしねぇ」

 慶一は左手で団扇を扇ぐ仕草をして、嫌味な笑みを浮かべた。

「でもよ、大和の言うことは正しいと思うぜぜ。なんせ、オレ様はそんなチンケなオカズに興味ねぇからな」

「チンケとはなんだ。オレが作ってんだぞ」

「今日は野菜の揚げ出汁だろ。昨日はなんだった?」

「柿なます」

「一昨日は?」

「カスベの煮凝り。……なんだよ、美味いだろ」

「確かに美味いかもしれないが、オレ様が求めてるのはもっと若々しいおかずだ」

「たかがおまけのおかずに、そこまで求めんなよ。タダで一品増えるんだからいいじゃねぇか」

「今は目新しさが勝ってるけど、やっぱりそのうち皆も飽きてくると思うけどな。メインのオカズが増えるなら、熱心に通う人も多いだろうけど、小鉢ならたまたま当たってラッキーくらいにしか思われないんじゃないか?」

 大和の心配を鼻で笑うように、慶一は不敵な笑みを浮かべる。

「もう、手は打ってある。明日になったら驚くぞ。学食に入れない生徒が暴動を起こすかもしれん。オマエらが札束で頬を叩かれても食いたくなるもんだ」

「なんだよ……気になるじゃねぇか。そこまで言ったら、明日何が出るか教えろよ」

「僕も気になるな。ね? 誰にも言わないから」

 三人が拝むように、慶一ににじり寄っていく。

「いや、ぶっちゃけ、ある程度噂が立ったほうが、こっちも嬉しんだけど」

「じゃあ、勿体ぶるんじゃねぇよ……」

「こいうのは勿体ぶってこそだろ」

「いいから早く言えよ」

 ガクトは慶一の胸ぐらを掴み、今にも締め上げそうな勢いだった。

「マグロの刺し身だ。それも――大トロ」

 慶一は大トロという単語をわざとゆっくり言葉にして強調する。

「大トロって、あの大トロか? たかだか500円位の学食に、無料で付いて来るのか?」

 大和が驚愕の表情を崩さずに言う。

「まぁ、運が良かったらな。オマケを出すタイミングはこっちで適当に決めるし」

「それは本当に暴動が起こりそうだね……。でも、奮発し過ぎじゃない?」

「築地の知り合いの爺さんが少し分けてくれるってよ。いつも贔屓にしてると、こういう良いことがある。でも、10人分くらいで川神院全員の分はないから、泣く泣く学食の売上げに貢献というわけだ」

「築地の知り合いって……。オレ様、慶一の将来が心配だぜ。そんなんじゃ、爺さん婆さんに混ざってゲートボールをする日も遠くないぜ」

「うるせぇな……。人の心配する暇があるなら、彼女を作って甘い人生送れよ」

 ガクトはいつもの様に反論するのではなく、ただ絶句した。

 物言えぬガクトの代わりに、口を開いたのは大和とモロだ。

「今のは酷い」

「うん、今のは酷いね。彼女がいる人、いない人で言うんじゃ大違いだからね」

「いくら責めても、詫びで贔屓はしねぇぞ……」

 

 

 次の日の朝。

 慶一は百代に優しく起こされた。

「オレより早く起きてるとは……。なんだ?」

「なにって愛の確認だ。いつもやってるだろ。ほら、よしよし」

 百代は慶一を抱きしめると、頭を撫でる。

 慶一はしばらく百代の匂いに気持ちよく包まれていたが、ハッと顔を上げた。

「……大トロが目当てだな」

「なんのことだ? ただ私は、愛は返ってくると信じているだけだ」

 

 そして通学路。

「これ取っとけ。な?」

 慶一は待ち伏せていた宇佐美に何かを握らされる。

 クシャクシャになった紙を開くと、2000円オフと書かれていた。

「……ソープの割引券?」

「おい、堂々と出すんじゃねぇって。バレたら問題になるだろうが」

「学生にどうしろと」

「オジサンは昨日の夜に性欲を満たしたから、それはやるって言ってんだ。性欲を満たしたら、次に満たすのは……。ほれ、わかるだろ?」

 宇佐美は慶一の肩に手を回すと、顔を近づけて笑った。

「加齢臭は、充分過ぎるほど満たされてますよ」

「……そういうこと言うと、オジサン傷ついちゃうよ。でも脂がのったものでも食べれば、若返るかなー」

 宇佐美は白々しく言い放つと、「わかってるから、後でな」とでも言いたげに慶一に頷いてから歩いて行った。

 

 さらに教室。

「ねぇ、前口くぅん」

 千花がこの上ないくらい甘ったるい声で、慶一を呼び止めた。

「ちょっとチカリン。色仕掛けはやべーって。モモ先輩に殺されるって、マジで」

「そ、そうね」

「手っ取り早くひん剥いて、それをカメラに収めて脅すに限るべ?」

「限るべ? じゃないわよ!」

 言い合いを始める千花と羽黒だが、慶一が「大トロ」と小さくつぶやくと、あからさまに動きが止まった。

「やっぱりそうか」

「前口君。最近学食でバイト始めたよね? ズバリ聞いちゃうけど、学食で大トロが出るって噂は本当なの?」

 千花は大トロの部分だけ、周りに聞こえないように小声で言った。

「さぁ。オレが言えるのは、大トロは身を食べるんじゃなくて、甘みの強い脂の旨味を食べるもんということだ」

 慶一のその言葉で、大トロの噂は銃の引き金を引いたかのように瞬く間に広がった。

 

 ようやく昼休み。

 学食は朝の満員電車で店を開いたかのように混雑していた。

「にょーほっほ! 高貴な此方がわざわざ学食まで大トロを食しにやってきたのだ」

 不死川が上機嫌なのか馬鹿にしてるのかわからない笑い声を響かせて、カウンターの前に立っていた。

「家で好きなだけ食えるのにか?」

「庶民の羨む視線を感じながら食べるというのは、乙というものなのじゃ」

「食いたきゃ、まず食券を買ってこいよ」

「高貴な此方には、食券など必要ないのじゃ」

 慶一はため息を一つ吐くと、不死川の肩を押す。

 不死川は「にょわー!」という奇声を発しながら、人混みに押されて消えていった。

「はい、次の人。って、ガクトか……」

「今度こそ頼むぜ、慶一」

「これ何回目だ?」

「五回目だ。オレ様もそろそろお腹が限界に近いぜ」

 ガクトはA定二回に、カツ丼一回、そしてB定。今回はまたA定に戻っていた。

「その腹で、脂っこい大トロなんて食ったら吐くぞ」

「それでもいいぜ!」

「友達思いのオレに感謝しろよ」

 慶一はA定だけをトレーに置く。

「おい、大トロはねぇのかよ」

「どうしても食いたけりゃ、南條先輩のとこへ行け、あの人は当たって食ってるから」

「けっ! 女にばかり贔屓しやがって。それでモテようなんてずるいぜ」

「今のところ、男四人と女二人とどっち付かずが一人で、男のほうが当たってるぞ」

「おい、10人分あって、男四引く女二人で、さらに――」

「残り三だバカ。算数の勉強したけりゃ、学食じゃなくて小学校に行けよ」

 慶一が「邪魔だからどけ」とガクトを追いやろうとするが、ガクトはカウンターにしがみついてどこうとしない。

「まて! これだけは聞かせろ。オレ様の知り合いは当たったのか?」

「正確には当たってない。――ただ、キャップが当たった女の子から譲り受けてたな」

「結局キャップが持っていったのかよ!」と言うガクトの叫びは、人混みに呑まれて途切れ途切れに響き渡った。

 

 

 

 

 それからしばらくして、最後の一つが名も知らない先輩に当たったことで、学食は普段の騒がしさを取りも出していた。

 いつもと違うのは、食券の買い方がわからず、人にも聞けず、半泣きでウロウロする不死川心の姿があるだけだった。

 

 

 

 

 

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