高台近くの城門から歓声の声が上がりかけた。まさか「あれ」を討ったのだろうか。しかし、シルヴァンが怪訝な顔で槍を下ろそうとした時に、その地鳴りは響き渡った。
一体いつから潜んでいたのか。ガルグ=マクの城下からも、空き家だと思い込んでいた民家からも、森からも地平の向こうからも、双頭の鷲の旗が翻った。その大群は疲弊しきったシルヴァン達を轢き潰すが如く、大地を揺らして押し寄せる。
上がりかけた勇ましい喜びの声はすぐさま戸惑いのどよめきに変わり、そのどよめきは瞬く間に悲鳴と化して轟いた。
「ああ…そうだよな、やっぱり」
彼は本丸を背にし、眼下に広がる無数の軍勢を、どこか遠い他人事のような目で見下ろした。既に何人屠ったかなど記憶していないが、こちらの兵の何倍あるかも知れぬあれらより、彼の降した命はずっと少ない。だが少ないというのは比較の問題だ。彼の腕は闘争の疲労に叫びをあげていて、永く語られる英雄譚の戦士が如く、あの軍勢を討ち滅ぼせるとは思えない。
無力感にも似た思いを振り払うように、シルヴァンは再び力を込めて槍を握り直す。そして修道院に背を向けたまま馬を叱咤し、彼は目下に黒々広がる人の群れへと駆けてゆく。だが、あの軍勢を見て未だ勝利を夢見る勇者など、騎士団にも学友にもそうそうおるまい。
二の丸中衛として、槍と斧を奮っていたシルヴァンは、もう本丸のために此処に留まる必要を感じなかった。じきに落ちる修道院よりも、彼には優先しなければならないことがある。しかし土烟る最前線へと襲歩せど、その道は人、人、人。あまりの人間の波に、馬は嘶きをあげて二の足を踏み、シルヴァンが槍を薙いだところで十分な道なぞ拓けなかった。
「フェリクス! イングリット! どこだ!」
昔馴染みの名を叫び、彼はぐるりと戦場と空を見回す。自分を馬上から引きずり下ろそうとする兵士がいたが、そんなものは顔も見ずに槍で刺し殺した。
立ちはだかる兵士が敵なのか味方なのか。それを判別する余裕は無かった。シルヴァンに刃を向ける兵らもきっと同じだ。彼を屠るべく剣を向ける者らを、シルヴァンは容赦も躊躇いもなく槍で貫き、薙ぎ、ひと一人分に厚さの増した地を築いていく。
騎馬から槍を打ち込まれれば柄で振り払い、逆手に持ち直しては石突で喉を突き、馬から落ちた「ヒト」に対しては、馬上から一撃でとどめをくれてやった。槍が折れたならば、ささくれだった柄の断面で目を裂いて視界を奪う。空から巨鳥が鋭い羽を落として迫ってきた時には、腰に提げた手斧をその長っ細い首めがけて勢いよく放った。そうこうする間に槍が手元からなくなってしまったら、目に付いた死体から槍を引き抜き、手中に鋭い命の糧を再び収めた。だからシルヴァンの手にある槍はもう、昨晩手ずから手入れした得物ではない。
「くそっ…想像以上にひでぇことになった…」
名を呼んでみたものの、周囲にフェリクスとイングリットは見当たらなかった。号声に罵声や悲鳴が轟き、魔道の詠唱すら聞き逃す戦場の前では、彼一人の呼び掛けなど無言と同じだ。
己に目掛けて飛んできた矢を打ち払い、彼はもう一度幼馴染の名を叫ぶ。それでも、周りからは返答も姿も何も無い。シルヴァンの目と耳がそれを確認した時、背にした修道院の方角から鈍い爆発音が聞こえた。
遂に何処か、堀か塀が壊されたのだ。ガラガラと瓦礫が崩れる音と共に、押し寄せる兵士の波の行先が変わり、シルヴァンの前に僅かな道が出来た。彼はその一瞬を見逃さず馬の腹を蹴り、二の丸から外郭へ向けて一息に馬を走らせる。
此処に居ない彼の幼馴染たちは、きっとそこで戦っている。
「万が一に備えないか?」
帝国軍がセイロス教、ひいては大陸全土に宣戦布告をして、このガルグ=マク大修道院へ進軍を始めた。そんな有事の報告を受けて数日後の夜のことだった。シルヴァンはフェリクスとイングリットを人気のない書庫に呼び出し、ガルグ=マク周辺の地図を広げてひとつ提案した。
数日前までならば「部屋に戻れ」と、小言を垂れに来るセテスの来訪を心配していただろう。しかし、今はそんな心配など無用だった。セテスを始めとする教会の上層部は、迫り来る帝国軍を迎え撃つべく、昼夜問わずに軍備を整え、城下の住民避難を急いでいる。生徒である彼らすら迎撃に駆り出される状況下だ。
そんな非常時の夜に、学び舎の健やかな秩序を守る余裕などあるはずもない。
シルヴァンにとってその余裕の無さは都合が良かった。万が一、と話し出した彼の声色はいつも通り軽薄なものであったが、人懐こい目は地図に伏せられて仄暗い。その目つきは近々訪れる戦場を見渡しているようでもあった。
「それは私たちが負けた時の話をしているの?」
「そうさ。お前らだって薄々感じてるんじゃないか? あの帝国の皇帝様は、絶対に勝つ手段を打ってくるって」
負ける戦はしない、勝てるように手を打つ。かつての学友であったあの皇帝が、そんなことを言っているのを耳にしたことがある。当時冗談だろうと思っていた言葉は、皇帝の心からの言葉だったのだろう。
聖墓で起きた周到な襲撃を目の当たりにし、甲冑をまとった女の重々しい一撃を受けて止めて、シルヴァンは未来に確信を覚えた。算段こそ検討つかないが、あの皇帝は確実にこの地を墜すに違いない。
「だから何だ? まだ剣も振るっていないのに負け支度をするというのか、お前は」
せせら笑いを浮かべて、フェリクスは相変わらずの調子でシルヴァンの言葉に挑戦的に返す。
しかし彼とて、シルヴァンの言い分が分からない訳では無かったろう。生ける伝説と呼べるジェラルトが凶刃に倒れ、修道院中が喪に服して復讐にかまけるのを余所に、この地の守りをシルヴァンと共に危惧したのは他でもない彼なのだ。
シルヴァンは脳内で盤上を拡げ、架空の戦場と戦況を予測する、軍師めいた頭脳を持つ。対してフェリクスは、武の家に生まれた身に相応しい嗅覚で、戦況の行方を察知する。
そのフェリクスが端から馬鹿らしいと一蹴せず、こうしてシルヴァンの呼びかけに応じて書庫に居る。これは彼がシルヴァンと同じく、来たる迎撃戦を危惧している何よりの証左だった。
「負けると思いながら戦いたくはないわ。でも…そうね、きっと私たちの想像よりも酷い戦いにはなると思う」
「ああ。レア様や騎士団の連中は五分五分か少し劣る、とか言ってたけどな。あんなの虚勢さ。実際はもっと酷いことになる」
「それで? 降伏の口上でも考えようとでも? それならお前一人でやればいい。なぜ俺たちをわざわざ呼んだ?」
「…フェリクスよぉ、お前分かってて言ってんだろ。これは俺達三人だけの話じゃない。あの人を、殿下を逃がすための話だ」
シルヴァンの言葉の後には沈黙が流れた。静寂の隙間には何処からか、梟の小さなホウホウという鳴き声が流れていた。ただ三人の沈黙は梟の囀りだけでは軽くならない、重々しすぎるものだった。
あの聖墓襲撃の事件以来、ディミトリの様子は誰の目から見てもおかしくなった。彼らの知る主は純朴な青年だ。質実剛健、温厚篤実、寝物語に登場する姫を助ける勇敢な王子が肉体を得たなら、それは彼のような姿を取るに違いない。
ディミトリの微笑みは育ちも身分も分け隔てなく平等に注がれる。だから、たとえその口が怒りや悲しみに語気を荒らげても、それは彼の優しい性根が叫ぶ正義である。少し前のシルヴァンは確かにそう思っていたし、フェリクスが口酸っぱく繰り返していた主への悪態も、何かの勘違いから来た皮肉のようなものだと笑っていられた。
だがそれは全て数日前までの話だ。炎帝の素顔が露わになった時の、あのディミトリの高笑いは未だにシルヴァンの耳から離れない。天性の怪力を惜しみなく振るい、片手で帝国兵の頭蓋を捻りつぶした時の笑顔は、イングリットの目の裏にも焼き付いているだろう。
少なくともシルヴァンとイングリットは、あの姿を見て動揺をした。それ見たことかと鼻で笑っていたのはフェリクスくらいのものだ。
悪鬼羅刹が如き姿を晒したあの日から、ディミトリはいつもの穏やかな笑顔のまま、皇帝の首を手に取る夢の話をするようになった。彼の耳に入り頭の中に浸透してゆく言葉は、今や底知れぬ憎悪の肯定のみであり、敗北の備えの話をしようものなら、どんな形相を持ってどんな雑言が飛んでくるか想像も付かない。
「そういう話なら…なんでドゥドゥーも呼ばなかったの」
沈黙を破ったのは僅かに震えるイングリットの声だった。ドゥドゥーという音には未だ彼女の裡に潜む、耐え難く見当違いな憎しみの響きがあった。
彼女を含め、誰もディミトリの口端から零れる憎悪の根源を知らない。何も知らないが故に、誰もが彼を真っ向から否定することはなかったが、素直に追従の意を示したのはドゥドゥーのみである。
「あの狗がこいつの話など聞くか。猪の行く道が狗の行く道だろうよ。そういうことだな、シルヴァン?」
「そういうことだ。予め、万が一の時に殿下を逃がそう、なんて話が出来るのは俺たちだけだろ? だから」
「だから俺たち揃って身を張ろうと? 肉の盾にでもなって、死んでもあれを逃がそうとでも?」
納得がいかないとばかりにフェリクスが語気を荒げた。その苛立ちの源を知ってはいたが、シルヴァンは今だけは口元に人差し指をやって静止させる。
こんな状況のこんな夜更けだ。誰も来ないに決まっているとはいえ、この話をシルヴァンは己が主は勿論のこと、得体の知れないあの担任にすら聞かれたくなかった。
「貴方はみんなで逃げようと言いたいのね」
シルヴァンがまさに言おうとしていた言葉は、イングリットの口で代弁された。彼女の目は相変わらず伏せられ、自分で言っておきながらもその提案を飲み込みたくないようだった。
「そうだ。皇帝は宣戦布告したばかりで、これは前哨戦に過ぎない。ここが落とされたら次は王国、そして次は同盟に兵を向けるだろうよ。その時には何年かかるか分からない、大戦の始まりだ」
広げた地図にシルヴァンはようやく手を添えた。彼はガルグ=マクから王国へ続く本街道を指でなぞり、そしてその指はフェルディアを指して止まる。彼の顔にもう笑顔はなかった。
「何があったのか知らないが、殿下は今あんな状態だ。こんな話したところで聞いてもくれやしない。だけど、あの人がここで死んだらどうなる? 誰があの人の代わりが出来る?」
ダスカーの悲劇で先王ランベールを喪い、祖国の玉座が空になって四年が経った。貧しい国土は健全な統治と、正統な王を求め続けている。ファーガスの玉座は十八の歳を迎えなければ座することを許されない。そんな慣習にディミトリだけでなく、王国全体が縛られて四年が経っていた。しかしこの士官学校を卒業した暁には、王を待ち続けた王座がディミトリという新王でようやく埋まるのだ。
それは寒く貧しく、荒廃の一途を辿る王国にとって唯一無二の希望だ。そんな祈りに近しい希望を、劣勢の決まりきった戦場でむざむざ斃れさせるわけにはいかなかった。
「実は、ドゥドゥーにも少し話した。アッシュにもメルセデスにもアネットにも、死ぬくらいなら逃げろと言った。死ぬくらいなら逃げて、ファーガスでまた会おうって。まあ、ドゥドゥーだけは首を縦に降っちゃくれなかったけどな」
彼は地図の上に乗せていた手を握り締めた。
死んで花実が咲くものか。本当ならシルヴァンは、自分の主にもその従者にも耳元で叫んでやりたかった。二人が首を縦に振り、フェルディアの方角へ顔を向けてくれるまで、彼は叫んで説得したかった。だが主の様子を見る限り、それはどだい無理な話で時間も彼らを待ってはくれない。少なくともシルヴァンは、影の落ちたディミトリの目を見たときにそう思った。
「さあ、具体的な話をしようじゃないか」
シルヴァンの拳に込められた力が抜け、指は再びガルグ=マクを指し示してコンコンと軽々しい音を鳴らす。
「王国までの道は遠いうえに、使いやすい道は帝国に塞がれててもおかしくない。追っ手がかかれば人の足だけじゃ逃げきれない。修道院の馬なんか、全部出撃に駆り出されるだろうし、予め用意しておくなんて余裕なんかない。さて、どうすればいいかねぇ?」
「…馬など敵から奪ってしまえばいい」
今までずっと閉ざされていたフェリクスの口が開いた。変わらず不服そうな声色ではあったが、足は机の前から一歩も動いていない。シルヴァンは安堵したように一つ息を吐いて、イングリットに顔を向ける。
「イングリット、お前の判断で構わない。やばいと思ったら、上空から適当な馬追い立てて殿下の所へ向かってくれ。きっと皇帝に一番近いところ…最前線にいるだろうさ」
「…分かったわ、でも人数分連れてこれるとは思わないで」
「わかってるよ。で、フェリクス。お前は」
「イングリットが来る前に猪を引っ捕まえる。それでいいな」
「ははっ、分かってるじゃん。出来れば殿下の隣で戦ってくれると、俺がちょっと楽できるんだが」
彼の顔にはいつもの笑顔が戻っている。萱色の目が嬉しそうに細まり、茶化すような声色で普段の怠惰が演じられていた。その軽薄な態度にフェリクスは舌打ちをし、渋々といったふうに地図に指を添えた。
「お前が言うように、どうせあいつは最前線に行くだろう。俺もつまらん後衛などには居たくないからな、自ずと奴の近くに居よう」
本丸を指し示していたフェリクスの指が、スッと外郭までの道のりをなぞってゆき、指はその先にある本街道から外れた森で止まった。
「帝国の連中より、俺たちの方が幾分この辺りに土地勘がある。大街道を行く経路ではなく、こっちの森を迂回するのはどうだ」
彼はシルヴァンの指す本街道とは違う、北西の道の話をし出した。その道は木々に阻まれ入り組んではいるが、近隣の農民によって作られた、荷馬車が通れる程度の狭い道がある。多勢の騎馬隊が通ることは出来ず、歩兵とて土地勘のない者ではなかなか抜けることが出来ない。空からの索敵も木々に邪魔されるような森だ。たった四人で逃げる人影など気付かれもしないだろう。
「その道の先にあるのは廃村よ。伏兵が駐留しててもおかしくない。それなら少し遠回りになるけれど、途中でもっと西に進路を変えて」
「慣れてない馬であんな道を走るのか? ならば俺が斥候として先に行くのはどうだ」
たった三人の軍議が静かに続いた。話が進んでいくにつれ退路が明確になっていくと共に、彼らの中に敗北の覚悟がじわじわと形作られていく。燃え盛る家に倒れゆく兵士、手段を選んでなどいられない死線の数々。それは彼らにとって珍しくない惨状だ。シルヴァンはこの数節の短い間で見た血腥い光景の全てを反芻して、もう一度拳を握りしめる。
ここで負けても構わなかった、ただ国にディミトリという希望さえ送り返せれば勝ちだと彼は思った。
エーデルガルトは皇帝だというのにどの将よりも前で軍を率いていたはずだ。だがこの増援のタイミングと規模を思うに、彼女はもう撤退を始めている、少なくとも、先程まで最前線であった二の丸城門前からは下がっているだろう。もう大将自ら先陣斬らずとも決着は目に見えている。そんな中、わざわざ危険を冒して先頭で兵を鼓舞する必要は無い。
彼女の代わりを勤めるためか、老練家と思しき屈強な男や、まるで討ち取って見せろとばかりに派手な兜を輝かせる将が、幾人も兵を率いて押し寄せていた。彼らに押され押し負け、最前線は本丸前へとずれ込んでいっている。
しかしエーデルガルトが撤退したなら、シルヴァンの主にとっての最前線は、城壁外構えの更に先、皇帝の帰還を待つ本陣である。
ディミトリの目指す戦場はそこに違いない。半壊した馬柵を飛び越え所々火の手のあがった民家を通り過ぎ、シルヴァンは青い主君の元へ参じる為にただ走る。普段騎士団の連中が凱旋に歩くような大通りは、到底駆け抜けられるものではなかった。馬にとって都合の良い道は人にだって都合がいい。大通りは教会を数の暴力で押し潰すにうってつけで、そこは既に黒鷲の群れがひしめいている。
武勇を誇るならその道を征けばいい。しかしシルヴァンの目的はそんなところにはない。臆病者と罵られようと、彼は群れるに適さぬ裏道を駆けて行く。
黒鷲の軍靴の音は「この牙城だけが獲物である」と喚いているようで、彼らはあまりシルヴァンに興味を示さなかった。しかしシルヴァンの赤毛は首級として引っ提げるに似つかわしい。時折彼の首を手土産に討たんと、黒鷲の一兵卒が蛮勇を奮って追ってくる。邪魔だと言わんばかりに、彼はそんな兵共を馬で蹴りあげ、最後の手斧で木を薙ぎ倒し所々の道を塞いで行った。
そうして破壊された道は歩兵の足には辛かろう。以降、彼を背後から喰らおうとする鷲はやって来ず、シルヴァンの道行は比較的静かなものになった。だが彼の駆ける裏道は、いずれ三の丸の広小路へと合流する。その時には再び怒涛の兵の相手をするのだ。覚悟をした彼は返り血に滑る槍を捨て、馬の足を止めることなく近くの死体から槍を拝借し直した。
大通りへの合流は近い。今に来る敵意に備え、彼は槍を掲げて大通りへと飛び出した。ところが、彼の前に敵意はほとんど向かってこない。シルヴァンの予期していた黒い敵意は皆、褐色の大男に群がっていた。
ドゥドゥーだ。弩砲を備える櫓を背にした彼は、群がる帝国兵の槍を針のように跳ね返し、そして巨斧で潰すが如くに敵兵を散らしていく。だが、彼らの狙いはドゥドゥーではなく、櫓上の弩砲であろう。櫓への梯子を彼が塞ぎ続け、その上からは外郭向こうの帝国軍に向け、矢弾がこれでもかと放たれ続けている。
此処はこれまでシルヴァンが通り抜けた道より、遥かに広々とした本道のはずだ。しかし今や此処は人間の骸だけでなく、両翼を撃ち抜かれ墜落した竜も伏して狭苦しい。
「ドゥドゥー!」
兵は大岩のように動かぬ青年に群がり、シルヴァンはそれを蹴散らすように切り込んだ。黒鷲の群れはガルグ=マク本陣を目指している。多数に無勢でドゥドゥーを打ち殺そうとしているとはいえ、本隊から外れたそれらを二人がかりで静かにさせるに、そう時間と手間はかからなかった。
あっという間に、その場に立つのはドゥドゥーとシルヴァンのみとなる。しかし周囲から殺意が消えるや否や、ドゥドゥーは気が抜けたように片膝を付いた。それまでシルヴァンは気づかなかったが、ドゥドゥーは疲労の荒い息を吐き続け、手にした斧にはヒビが入り、鎧には幾度となく撃ち込まれたのであろう、酷い凹みがいくつも出来ていた。
「おい、大丈夫か。殿下は一緒じゃないのか」
「殿下は先に行かれた。俺はここで、櫓を守れと命じられた。弩砲で、殿下のゆく道を先んじて作るために」
櫓下にはもう彼ら以外に息をしている者はいなかった。しかし頭上からは未だ、弩砲が櫓を振動させながら外郭へ向けて矢弾を放っている。
ディミトリはこの忠実な従者に供をさせるのではなく、己の道を阻む兵共を滅するための、効率の良い兵器を死守しろと命じたのだ。確かに櫓上は見晴らしもよく、そこから撃ち込まれる矢弾は攻め入る兵を威圧し、次々と葬り去らせてゆく。人の腕ほどもある矢弾の雨は、本陣への道を明るくするだろう。
しかしその命令は、ドゥドゥーという臣下にとって聞き入れ難いものだったのではないか。馬から降りたシルヴァンは、何とか立ち上がろうとするドゥドゥーの体を支え留めながら思う。こんな戦場で主の傍を離れるなど、この忠義の塊のような男にとっては受け入れ難い命令だったに違いない。
実際、こうして櫓下が静かになったのを見て、ドゥドゥーは傷に震えながらも立ち上がろうとし、ディミトリを追うべくもがいているのだ。だが、彼の体はいつものように力強く自由には動けない。命ある以上、肉体には限界が付き物だ。
「それ以上はやめとけ、ドゥドゥー。殿下は俺たちが何としてでも捕まえて、無事に王国に帰す。だからお前も逃げろ。逃げて王国に帰れ」
「しかし…殿下のお傍を」
「お前がここで死ぬのも殿下が死ぬのも、他の奴らが死ぬのも俺は嫌なんだよ」
シルヴァンは騎り手を待つ自らの馬の手綱を引き寄せ、それをドゥドゥーに手渡した。彼の馬は士官学校に入学する際、故郷のゴーティエから連れてきた特別精強な馬だった。
ゴーティエで産まれたそれは北国の深雪を蹴散らす脚力に加え、簡単には揺れ動かない屈強な躯を持っている。そこらの馬より精神も強いのか。人並み以上の体格を持つドゥドゥーを前にしても、その良馬は怯えることなく、手綱を握った新たな騎り手を急かすように見つめていた。
主の元へと自分の足で向かうか、シルヴァンの馬に跨り主の無事を信じて王国へ行くか。ドゥドゥーの目が迷いを浮かべ続けていたその時に、地に伏していた飛龍から唸り声が鳴った。
シルヴァンはハッと武器を構え、もはや虫の息である飛龍へとどめを刺そうとした。しかし彼の頭の冷静な部分は「間に合わないぞ」と叫びを挙げている。飛龍は既に上体を起こし口を大きく開け、死に際とは思えない大きさの火球を吐かんとしていた。ドゥドゥーを庇い、また己の身も守りながらの討滅など無理難題である。
だが失意の念が首をもたげ始め死の覚悟すら過ぎった瞬間、どずんと真上から矢弾が降ってきた。彼らを焼き殺すはずの火球は吐き出されない。代わりに、火球を押し出そうとした飛龍の喉には図太い矢弾が貫通している。すると飛龍はぐらりと体をくねらせ倒れ、鈍い地鳴りを立てて今度こそ息絶えた。
「シルヴァン、ドゥドゥー! 大丈夫ですか!」
櫓を見上げると矢狭間からアッシュが二人を見下ろしている。外郭へと弩砲を向け続けたのも、槍よりも太い矢弾を飛龍目掛けて投げつけたのも、全て彼の功労だったのだ。
「ありがとよ、アッシュ! ついでだ、お前もさっさと逃げろよ!」
「シルヴァンはどうするんですか」
「俺は殿下しょっぴいてから王国に行く。アッシュ、この分からず屋を頼むぜ!」
ガルグ=マク本陣から何度目か分からない轟音が聞こえた。崩落音とは違う、正体不明の轟音は先程からずっと続いている。その轟音は鳴る度に命の刻限が短くなっていくような、そんな心地にさせてくる絶望的な音だ。急ぐべきだと思ったシルヴァンは、ドゥドゥーの肩を叩くと一人駆け出していった。殿下をというドゥドゥーの懇願と、アッシュの「どうか無事に」という祈りが彼の背中を押した。
外郭はもうすぐそこで、その先からはだだっ広い平原だ。しかし、広大な平原がどれほどの帝国兵で埋め尽くされ、シルヴァンのような「逃亡兵」を待ち構えているのか。津波のような兵団の群れ群れをやり過ごしたばかりの今、そんな次の戦地のことなど考えたくもなかった。
それにここまで来る途中、彼はイングリットの姿もフェリクスらしき人影も見ていない。二人が手筈通りに動いてくれているのか。一人で馬も無しに駆けるシルヴァンには、深い不安が漂い続けている。
進軍により蹂躙された家屋を通り過ぎようとしたとき、彼はヒルダに支えられ蹲るクロードの姿を見た。ヒルダは早く早くと泣くような声で薬瓶を渡し、クロードは矢の番えすぎて血の滲む指でそれを受け取っている。彼は即効性の薬剤を飲み干すと、その胡乱な緑の目をシルヴァンに向けてきた。
この腹の読めない青年をシルヴァンは高台で一瞬だけ見かけていて、その時には彼の隣に青い外衣を見かけたような気がしたのだ。殿下は、フェリクスは、イングリットは、とシルヴァンは口を開きかけたが、彼の目は口より早くにクロードを問い詰めていたらしい。
シルヴァンの欲する情報を彼はやはり知っていた。クロードは無言のまま、平原へと続く最後の城門先を指さした。その動作だけで返答として十分であった。シルヴァンは感謝も別れの挨拶も無く走り出し、彼が背中にした向こうでは
「もうここは落ちる。俺達も逃げるぞ、ヒルダ」
と、金の級長が張り詰めた声色で言っていた。
平原に出てみると、そこは意外にも群れるほどの人影はなかった。ガルグ=マクを押しつぶすにあたり、十分な兵力はもう出したということなのか。人っ子一人いないというわけではなかったが、数部隊の帝国兵と教団兵が小競り合いをしているといった具合だ。
血腥いわりに、見晴らしのよく綺麗な夕暮れの平原だった。そんな拓けた場で、鈍色の鎧を纏う兵らの中から、青い外衣を纏うディミトリを見つけるのは容易だった。しかし、シルヴァンはその姿を遠目に見て、嗚呼と悲嘆の声を漏らしかける。
普段訓練所で見せる、流麗な槍術は仮面だったのだろうか。フェリクスと背中合わせで戦っているその様は、酷く荒っぽくて残酷だった。無益な殺生を好まない幼馴染だと思っていた。聖墓での蛮行は衝動的なものだと、少しでも期待を持っていた。だが、どうやらそうではないらしい。
ディミトリの矛は寸分狂わず帝国兵の頭を打ち抜き、立ったまま死んだ体は己の盾として扱い、重騎士の厚い鎧は紙を破くように蹴破った。折れた剣でも十分らしく、柄を拾い上げると力任せに敵の腕に叩きつけ、相手の腕をあらぬ方向へとへし折らさせた。敵がそうして腕を駄目にして丸腰になると、彼は暴力的過ぎる足払いで地面に叩きつけ、折れた刃を頭に投擲した。
そんな彼の顔は歪な笑みを湛え続け、今にも舌なめずりしかねない獣の顔をしている。
シルヴァンは彼の側へと走るが、その虐殺めいた戦いに加勢する気は微塵も起きなかった。加勢してもしなくても、ディミトリは手に届く仇敵があれば自ずと殺すのだろう。そんなところに加わり、更に大地を血で潤して何の意味があるのか。
そのうえ、ディミトリの残虐な顔と残酷な闘争に、逃げる力の残っている帝国兵たちは段々と退こうとしている。尚のこと無意味だ。ディミトリの手は逃げようとする帝国兵の頭すら掴み、そのままの勢いで首をあらぬ方向へと曲げてへし折った。
逃げる相手だろうと、ディミトリは容赦なく手を伸ばしていく。そんな闘争に遂に我慢が効かなくなったのか。背中合わせに抗戦していたフェリクスが、痺れを切らしたようにディミトリの膕を蹴った。そして僅かによろめいたディミトリの首元を掴み、横倒しに勢いよく地面に組み伏せ、うつ伏せにし、馬乗りになって彼は叫ぶ。
「いい加減にしろ馬鹿猪! 脳みそまで筋肉になったのか!」
そうしてフェリクスがディミトリを取り押さえた時、シルヴァンはようやく彼らの傍まで辿り着いた。ディミトリという男は、フェリクス一人の腕力で抑えられるほど非力でない。それに加えて、今の彼は到底正気には見えない。フェリクスを振りほどき、体を跳ね除けようとするディミトリを、シルヴァンも宥めるように取り押さえた。
「フェリクスの言う通りですよ、すぐにイングリットが馬を連れてきます。ここは逃げましょう、殿下!」
ディミトリの手からは槍が落ちていた。しかし取り押さえられながらも、彼は槍に手を伸ばそうと試みている。二人の静止に反応は返って来なかった。ディミトリの口はひたすらに「後少し、後少しなんだ」と狂乱のうわ言しか言わなかった。
聞く耳を持たない主をどうやって落ち着けるべきか。一刻の猶予とやらはいつまで持つのか。焦燥の募りゆく中、シルヴァンとフェリクスの耳に突然、四足の何か、馬よりも巨大な「何か」の足音が近づいてくるのが伝わった。
魔獣だ。目で見るまでもないほど、忘れられない足音だ。
地鳴り響かせ迫り来る足音は一頭分だけではなかった。何頭かなど分からない。ただ、たった三人の彼らを挽き潰すに充分な、重みのある音が複数近づいて来ているのはよく分かる。目で確認したくなんか無かった。シルヴァンは今に自分たちを挽肉にする怪物共を、心の底から呪った。
だがそんな覚悟と恨みは、彼らなど見えてないように通り過ぎた足音で困惑へと変貌した。魔獣は一目散に彼らの横を駆け抜けたかと思うと、それらはあっという間にガルグ=マクの高台へ辿り着き、そしてそこにいる「怪物」に飛びかかっているようだった。
その「怪物」は白い竜だ。轟音と共に火炎を吐き、城下に群れる帝国兵を薙ぎ倒す白い竜だった。シルヴァンは遠くに羽搏くそれを見て、困惑と動揺の中で一つの合点を得た。本陣から鳴り響いていた轟音は、あの白い竜の炎と叫びであったのだ。
敵か味方か判別のしようもない。しかしその白い竜目掛けて魔獣たちは勢いよく喰らい付く。化物と怪物の、絵物語のような異様な死闘が起きている。
ディミトリを押さえつけながらも、異形同士の戦いにシルヴァンは思わず目を見張った。突如として現れた竜と群がる魔獣を、ぽかんと見ていたのは彼だけではない。彼と共にディミトリを押さえつけているフェリクスでさえ
「なんだ、あれは…」
と力を緩めることなく呟いた。
魔獣の駆け抜けた足跡残る大地に、生きた人間は立っていなかった。散らばったどよめきと鉄臭い血の匂いが広がるだけの草原が眼前に広がって、風吹くその道は王国へ奔るに都合が良かった。
「殿下! ここは退いてください、あんたに死なれたら…あんたが生きなけりゃ俺たちの国は…! 今が逃げるチャンスなんです、殿下!」
「離せシルヴァン! あいつさえ、あいつさえ殺せば全てが終わる! 戦争などすぐ終わる、彼らの無念もここで晴れる、彼らの悪夢もようやく晴れる。あれさえ、あの女さえ殺してやれば!」
フェリクスとシルヴァンの体が、グンっと信じがたい力で跳ね除けられた。地面に転がされ舌打ちと悪態をつきながら、フェリクスは鞘ごと剣を片手に取る。実力行使も厭わない、と彼はシルヴァンに目配せを送った。
ディミトリは落としていた槍を再び手にし、エーデルガルトのいるであろう敵の本陣目掛けて走っていく。飢えた獣がようやく見つけた肉に喰らいつこうとする。そんな気迫と速度で走るディミトリに、一騎の騎兵が立ち塞がった。その騎兵は乗り手のいない馬をも引き連れ、寸刻だけディミトリの前に馬群の壁を作る。
そして騎兵はディミトリに槍を振り下ろした。鈍い殴打音が鳴り、ディミトリの体がぐらりと揺らいで地に伏した。心臓が止まりそうな音と光景に、シルヴァンは思わず「殿下」と反射的に喉が震えそうになった。
しかし嘶く馬上で茫としている人影を見ると、彼の焦りはすぐさま安堵に切り替わる。ディミトリの頭を打った騎兵はイングリットだった。彼女を見たフェリクスも、みねうちに備えていた腕から安心したように力を抜く。
「どんな…どんな罰でも受けます…でも、今だけは…」
馬上のイングリットは震えた声で許しを請うている。ディミトリは気絶しているだけだった。頭には瘤くらいは出来ただろうが、血は一筋たりとて流れ出てはいない。倒れた体をシルヴァンが担ぎ起こしてみると、呼吸も乱れることなくしっかりとしている。
止まらないのなら、無理にでも止めるしかなかった。うわ言のように謝罪を繰り返すイングリットに、シルヴァンは出せる限り快活な声色で
「大丈夫だ、俺たちも一緒に謝ってやる。大丈夫、大丈夫だって」
と、ディミトリの肩を抱えながら言った。まるで自分にも言い聞かせているようだった。
「イングリット、お前のペガサスはどうした」
彼女は出撃した時には馬ではなく、天馬に騎乗していたはずだ。フェリクスの問いに、彼女は祈るように槍を握りしめて何度か深呼吸をした。
「あの子は手放したわ。翼が血を吸いすぎて、もう高くは飛べなくて…でも、私さえ降ろせば何とかなると思ったから」
イングリットは空を見上げたが、そこには天馬どころか鳥一匹も飛んでいない。戦火の臭いに逃げてしまったのだろうか。背の向こうでは化け物共の声が聞こえているというのに、彼らの目の先には寂しいほど静かな夕焼けが広がっている。フェリクスもシルヴァンも何も言わなかった。
フェリクスは連れられてきた馬の二頭を宥め、シルヴァンに「早く乗れ」とばかりに手綱を投げる。ディミトリの体はシルヴァンより小さいとはいえ、彼一人で鞍に乗せてやれるほど小柄ではない。一人騎乗しようとするフェリクスに、シルヴァンが無言の抗議を飛ばすと、彼は存外素直にディミトリの体を同時に支えてくれた。そしてそのまま、二人は一息に空っぽの鞍へとディミトリの体を乗せる。
王子の体を支え続けるべく、同じ鞍へと跨ったのはシルヴァンだった。いつ起きるか分からないディミトリを支えるにあたり、体格を思うとフェリクスよりもシルヴァンの方が適任であったからだ。穏やかに眠る弟分の体を落としてしまわないよう、彼はその身を自らに寄りかからせる。
そうして三頭の馬が騎り手を得たとき、この世のものとは思えない怪物の鳴き声と、何度目になるか分からない崩落音が聞こえてきた。音の方角は無論ガルグ=マクからである。
だが馬の鼻面は魔獣によって拓かれた道へ向いている。もしこの先に黒鷲の旗が群れていなければ、書庫で話し合った迂回路など通らず、彼らは母国を最短路で駆け行ける。
「シルヴァン、急げ!」
シルヴァンが少しだけ背を振り返ると、真っ赤な空に向かって学び舎から黒々とした煙が噴きあがっていた。まるで空に亀裂を入れるような煙だ。
ドゥドゥーはあのまま馬に跨って、ちゃんと逃げてくれただろうか。
アッシュは大丈夫だろう、彼には弟たちが待っているのだから。
メルセデスとアネットも帰る場所がちゃんとある、彼女らは引き際もよく知っている。
しかしあの教師は、何処へ?
それ以上シルヴァンが考えることはなかった。フェリクスを筆頭に、イングリットを殿に、三頭の馬は無惨に広々とした道を一目散に駆けていく。何頭かの空の軍馬も彼らに続いて駆けていく。王国まで一体何日かかるのか見当もつかなかった。馬を全速力で走らせ続ければ、王国に辿り着くよりも早くに馬は潰れてしまうだろう。
その時のための空の軍馬だ。馬を乗り継ぎ、乗り潰し、そして乗り換えてながら、彼らは自らの主君を故郷へ送り届けなければならない。生暖かい春の風が彼らの背中を押していた。そして、風は彼らが背にしたガルグ=マクから、焼けゆく学舎の臭いも送ってきている。
三人の誰もが振り向かなかった。ずんずん沈んでいく大きすぎる西日を横目に見ることもなく、彼らは真っ直ぐに北を向いている。
遠くから怪物の絶叫が聞こえた。
ガルグ=マク大修道院が帝国軍の猛攻を受けて落城した。その報せは戦勝した帝国には勿論、同盟にも王国にも瞬く間に広がった。
驚天動地のその報せが王国全土に伝わった約一週間後、唯一の王位継承者であるディミトリが、三人の臣下の手によってフェルディアへと帰還した。ディミトリは齢十八、ファーガス神聖王国の王位を継ぐ歳を無事迎えていた。故に彼は叔父であるイーハ大公リュファスと共に、戴冠と帝国軍を迎え撃つための軍備を進めることとなった。
大戦の幕開けとはいえ、長きに渡り待ちわびた王が立つ。その小さな小さな喜びに、民草もあらゆる諸侯も、悪夢の中でひと心地つけたような気であった。
しかしその希望も束の間だった。王子の帰還から一節半、イーハ大公が惨殺された。五体を留めぬその死体の噂が拡がるよりも早く、大公殺しの罪状がディミトリにかけられた。急報を伝える早馬は方々に飛び散ったが、やんぬるかな。王子を弁護する声は次々と封され、まるで家畜を処分するが如く王子の処断の話は進み、そして――
ブレーダッドの血は絶えた。王に傅くはずだった友らは、まるで計られたように大公と王子の訃報を同日に知ることとなる。そしてその時、既に王国は存在しなかった。輝かしい王は建たず、歪に建ったのは公国を嘯く女だった。
その謀りに彼らは粛々と研ぎ続けた牙を向け、咆哮をあげるために息を吸う。