空色の少女は飛び立った。
嵐となって荒ぶる破壊音が聞こえ始め、ここへ留まることに危機感を覚える。残された佐藤啓作と田中栄太は、坂井悠二を2人で抱えた。下手に動かすことは危険だったものの、だからと言って見捨てて立ち去ることもできない。どう見ても助からないけれど、まだ呼吸はあった。
「た――」
坂井悠二は、わずかに口を開いた。
「坂井、なんだって?」
「――て」
聞き取るために顔を寄せる。
2人にとって坂井悠二は、高校に通う前から見知った顔だ。高校に入ってから疎遠になってしまったけれど、それも1月程度の時間でしかない――そんな見知った坂井悠二の顔は、コンクリ―トに潰されて変形していた。それを悲しく思っても、不気味に思う理由はない。しかし、それは坂井悠二にとって最後の声となった
空色の少女は墜落する。
マリアンヌの自爆に巻き込まれ、穴の底まで吹っ飛ばされた。飛び立って、また逆戻りだ。コンクリ―トの塊に激突しながら転がって、止まると体を起こす。しかし、すぐに立ち上がる事は叶わなかった。元々、少女の器を満たす存在の力は多くない。さっきの全力疾走で減ってしまった。
『同じことは、もう出来ねぇぞ』
「そうね」
乾いた血がハラハラと剥がれ落ちる。
肌に張り付いた血液は少女のものではなく、坂井悠二のものだ。その坂井悠二を運んでいた2人は、大して進んでいない。少女に周囲を気にする余裕はなく、このままでは戦闘に巻き込んでしまう。抱えている坂井悠二は死体にしか見えず、まだ生きているのかも分からなかった。
「ちょっと、あんた達――」
「待てよ、坂井が何か言ってた。たぶん伝言だ」
「俺達には何のことか分からなかったけど、あんたなら分かるか?」
――た て
それを少女は理解できた。
しかし、それは何て酷いことを言うのだろう。文句を言いたくても、坂井悠二は先に行ってしまう。それを無視すれば、坂井悠二の死は無駄になってしまう。その死を無駄にしないためにも、少女は果たさなければ成らない。だって少女は、坂井悠二に誓ってもらった。そして坂井悠二は、それを果たそうとしている。
『死なないで。最後まで諦めないで、最後まで戦うこと』
それなのに少女から、その誓いを破ることは出来なかった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
悲鳴と共に、口から血反吐を絞り出す。
震える手を坂井悠二に向けて、その存在を分解した。青白い炎と共に存在は焼かれ、空色の炎に変換されて少女へ吸収される。さらに薄白い炎も現れ、同じように少女へ飛び込んでいった。それは坂井悠二の宝具に触れ、千切り取られていたマリアンヌの腕だ。そうして坂井悠二の全ては、少女に喰われた。
その光景を見て、佐藤啓作と田中栄太は何も言えなかった。
少女の非道な行いに、坂井悠二の消失に、怒れる訳もない。良かれと思って伝言を渡したら、こうなってしまった。伝言を受け取った少女は悪くないし、悪いと言えば言い逃げした坂井悠二だ。佐藤啓作と田中栄太は無力で、その状況を前に見ている事しかできなかった。
――たべて
それは遺言だった。
佐藤啓作と田中栄太に向かって言ったのではない。もはや坂井悠二に周囲を認識する機能は残っていなかった。それでも最後まで戦う意思は、最後まで残っている。たとえ動けなくなっても、坂井悠二の成すべき事はある。それを伝えるために坂井悠二は最後の声を上げた。
第11話 人喰いの悪鬼
デパ―トの屋上は、封絶を張ってあった。
その中で舞っている薄白い火粉に、群青色の火粉も混じっている。何もかも投げ捨てたフリアグネは封絶の維持すら放棄し、フレイムヘイズであるマ―ジョリ―が封絶を引き継いでいた。混合する炎の混じった空間は、大穴によって遊具は傾き、観覧車も横倒しになっている。
少女の叫びは、封絶の内側へ響いた
上空で行われていた人形達と群青色の戦闘は、やがて終わるだろう。撃ち落とされた人形達は、薄白い炎を上げながら流れ落ちていった。それにも構わず、フリアグネは前進する。砕け散ったハンドベルを置き去りにして、これまでの全てを置き去りにして、屋上の大穴へ降りて行った。
仇の少女は、そこにいる。
さきほどよりも、さらに力を増していた。空色の炎に混じって、薄白い炎も見える。それはフリアグネの色であり、マリアンヌの色だった。それに加えて、青白い炎も見える。それは人間の色であり、坂井悠二の色だった。それら3種の炎は混じり、そして反発している。
「人を喰ったか! あの人間を喰らったか!」
フリアグネはトリガ―ハッピ―を構える。
強化したトランプを周囲へ広げ、小さな刃のように展開した。そこへ突っ込めば、速度も合わさって肉体は切断される。逆にトリガ―ハッピ―から射出される不可視の弾丸は、トランプを透過して突き進む。フリアグネはカ―ドの結界を張り、その内側から一方的に攻撃できた。
「貴様と私達に何の違いがある! フレイムヘイズ!」
それはフレイムヘイズにとって珍しくない。
存在の力を温存するためにト―チや、あるいは人を消費する。それは世を乱す、紅世の徒を討滅するためだ。もちろん紅世の徒を討滅すれば、それ以上の人々を救えるだろう。フレイムヘイズの死は、さらに被害を広げる事になる。フレイムヘイズにとって、それは当然のことだった。
「化け物め!」
「うるさい」
「同胞殺し!」
「うるさい!」
「討滅の道具が!」
「うるさい!!」
少女は風のごとく疾走する。
限界を超えて吸収した存在の力は、合一しない。反発する炎は、少女の意思も弾いてしまう。まるで薄められたように、少女の意識は遠くなっていった。それを必死に繋ぎ止め、存在の力を混ぜ合わせる。やがて互いに反発する力は、乱反射する炎を、その境界で生み出した。
「マリアンヌを殺した貴様も死ね!」
フリアグネは魔弾を乱射する。
それは一発でも、どこかに中れば終わりだ。空間を乱舞する少女に、その一発を当てることは難しかった。しかし、このままでは少女の力は尽きてしまう。坂井悠二に託された炎を使い切って、いずれ魔弾に追い付かれてしまう。だから少女は、その前に飛び込むしかなかった。
わずかに風は止まる。
その変化を感じ取ったフリアグネは思い出し、迷わず銃口を頭上へ向けた。その視界に差し込んだのは、空色の星だ。真っ直ぐ落ちてくる星に、フリアグネはトリガ―ハッピ―を乱射する。それは少女の器を貫き、そして崩壊を招いた。空色の光は全身から溢れ出し、今にも破裂するだろう。少なくとも、あと一瞬も過ぎれば終わる。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
互いに声を上げる、その一瞬で十分だった。
空中へ固定されたカ―ドは、少女の肉体を過ぎ去っていく。顔を削がれ、片腕を切り落とされ、裂かれた肌から内臓も零れ出した。ズタズタに引き裂かれ、空中で解体される。そうして擦り抜けたカ―ドの向こうへ、少女は流星となって到達した。
その体を守る一切の力を捨て、残った片手に空色の輝きを集め
――肉を潰し、骨を折り、フリアグネの頭部を炸裂させる
そして器の少女は爆裂した。
フリアグネを巻き込み、いくつもの炎で染め上げる。それは青白く、薄白く、空色で、それらの混じった混沌だ。しかし、この世ならざる炎は燃え移ることもなく、空間へ収縮するように溶けて消える。そんな中、最後まで残ったフリアグネの細い指先に、火徐けの指輪はあった。
フリアグネは討滅された。
戦意を失った人形達は、逃げ去っていく。それをマ―ジョリ―は追わず、デパ―トの屋上へ降下した。誘拐されていた佐藤啓作と田中栄太は無事のようで、崩れ落ちたコンクリ―トの山を登ってくる。そこにフリアグネや、新しく生まれたらしいフレイムヘイズの姿はなかった。
「出たと思ったら消えちゃって、まったく閃光みたいな奴だったわね」
『ありゃあ觜距の鎧仗だ。とんだ契約者を引いちまったみて―だなァ!』
マ―ジョリ―は辺りを見回す。
デパ―トの屋上は派手に破壊されていた。コンクリ―トの床に大きな穴は開いてるし、でっかい観覧車は倒れているし、それ以外の遊具も悲惨な末路となっている。封絶を張っていれば直せるとしても、そのために存在の力を消費する。そもそも別の敵を追っているマ―ジョリ―に、そんな余裕はなかった。
「まったく誰が修復するのよ。私は嫌よ?」
『まっ、い―んじゃね―か!』
「マ―ジョリ―さん!」
「姐さ―ん!」
この街へ張った網に反応がある。
注意の逸れた隙に、マ―ジョリ―の本命は動いたらしい。マ―ジョリ―は飛行する大きな本に飛び乗ると、佐藤啓作と田中栄太に手を振った。マ―ジョリ―の封絶は解除され、停止していた街の夜空も動き出す。明日になればデパ―トの屋上は、突風や劣化で壊れた事になるだろう。それでも佐藤啓作と田中栄太は、今夜に起こった事を忘れなかった。