高層ビルは抉り取られたように傷付いている。
それはメロン一行を追い回した、群青色の獣による災害だった。ガラスやコンクリ―トの破片は、地上で停止していた人々に降り注いでいる。ガラスの破片で切られた人々は全身から出血し、あるいはコンクリ―トの破片に激突されて肉片を飛び散らせていた。もっとも封絶を解除する前に修復できれば、それも元通りだ。
飛行する群青色に、空色は絡み付く。
屍拾いラミ―を追うマ―ジョリ―と、マ―ジョリ―を狙うメロンだ。放たれる炎弾の隙間を擦り抜けて、空色の爪で群青色を引き剥がしていく。無視してラミ―を追うべきと分かっているものの、マ―ジョリ―は視界に入る羽虫を叩き潰さずにいられなかった。それは邪魔で邪魔で仕方ない。
「うっとうしいったらないってね!」
『ならよぅ、やっちまうか!?』
しかし、マ―ジョリ―は自制する。
これまでも他の徒に構ったせいで、屍拾いを何度も逃している。いいや、あれは屍拾いによって他の徒へ擦り付けられたのだろう。今回こそマ―ジョリ―は、屍拾いの討滅に専念すると決めていた。ちょっとフリアグネに構った事もあるけれど、あれは屍拾いの追跡を妨害されたからだ。
メロンに構っている時間はない。
マ―ジョリ―は分身を生み出し、爆発に紛れて気配を自在法で隠した。分身はメロンを振り切るように飛び出し、それをメロンも高速で追い始める。そうして空で分身の飛んでいる間に、地上を本体は移動していた。これでメロンに拘って、屍拾いを取り逃すことはないだろう。
「メロ―――ン!! そいつは偽物だ! 本物は、こっちだぞ!」
大声を上げたのは坂井悠二だった。
停止した世界の内側で、その声は遠く響いた。すると本体かも知れない分身を放置して、マ―ジョリ―の下へメロンは戻ってくる。フレイムヘイズが人間の言葉を信じたのか。紅世の徒に家族を喰われた坂井悠二が、屍拾いの味方になった理由は分からない。変わったフレイムヘイズと人間だった。
「あんた、フレイムヘイズなのに徒の味方する気?」
『使命を果たさねぇ背約者なんぞ、さっさと捨てちまえよ! 觜距の鎧仗!』
「私は私の意思で戦う。私の戦場は、私が決める!」
『俺のやり方にケチつけんじゃねぇよ、蹂躙の爪牙』
止むを得ず、群青色と空色は交差する。
時間の経つほどに自在法に慣れ、メロンは速度を増していった。もはやマ―ジョリ―の分身を用いても、メロンを捉え切れない。その代わりメロンの爪は、炎の衣に阻まれてマ―ジョリ―へ届いていなかった。これはメロンの保有する力の上限が低く、炎の衣を突破する力に足りないからだ。
「メロン!」
坂井悠二は両手を広げる。
するとメロンに突っ込まれ、その体を拐われた。一時的にマ―ジョリ―から離れ、すぐに戻ってくる。その時には坂井悠二を放り投げ、そしてメロンは失った力を補充していた。まるで飛行しながら、空中で燃料を補充した戦闘機だ。それを見たマ―ジョリ―は声を上げる。
「なによ、そのインチキ!?」
マ―ジョリ―は坂井悠二に手を向けた。
遠距離から存在を分解しようと試みたものの、坂井悠二は全力で逃げ出す。すると目を逸らした隙にメロンの爪を引っかけられて、群青色の獣はコロコロと地面を転がった。メロンは全力回復して、まだまだ戦える。こうしている間にも、屍拾いと距離を空けられてしまっていた。
『おい、マ―ジョリ―!』
「わかってる! 緑の芝に雨よ降れ! 私の上だけ、避けて降れ―!」
空に広がった自在式から、群青色の雨は降る。
それは広範囲に降り注ぎ、周囲のビルを倒壊させた。その中心で一切の影響を受けず、マ―ジョリ―は見極める。坂井悠二の居る方向へ向かって炎を走らせ、地面ごと爆裂させた。するとビルの倒壊も合わさって、尋常ならざる轟音は鳴り響く。坂井悠二は群青色の雨の中、建物に隠れる事も叶わなかった。
メロンは、その瞬間を狙った。
死んだかも知れない坂井悠二を無視して、マ―ジョリ―へ突撃する。群青色の雨を擦り抜け、マ―ジョリ―を急襲した。群青色の雨の下、マ―ジョリ―は中心から動かない。雨の降らない安全な地点に留まっていた。坂井悠二に気を取られ、メロンから気を逸らしている。その一瞬のことだった。
マ―ジョリ―の背中に、突き刺さったのは爪だ
それは炎の衣を貫通し。服ごと肉を引き千切る。マ―ジョリ―は痛みを感じたものの大事ではない。心臓を潰されても死なないフレイムヘイズにとって、この程度は掠り傷だ。マ―ジョリ―の振り回した腕は空振りし、すでにメロンは離脱していた。やはり保有する力の差は大きく、メロンの攻撃は通用しない。
「あ―! も―! ほんっとぅに、うっとうしぃ!!」
『逃げ回って、隙を見たら刺してきやがる。まともに戦えね―のかァ!?』
「そうね。じゃあ次は最後だし、正面からやってあげる」
マ―ジョリ―は見上げる。
群青色の雨が過ぎ去れば、市街地はボロボロになっていた。崩れ落ちて積み重なったコンクリ―トの上に、メロンは立っている。黒焦げの人っぽい物を、その片手に持っていた。坂井悠二は崩れ落ちる建物に潰されるよりも、空から降り注ぐ群青色の炎に焼かれる事を選んだ。それは坂井悠二の存在を残すためだ。
坂井悠二を喰らう。
その存在は吸収され、空色の炎へ還元された。メロンという器を満たす限界まで吸収し、それでも吸収できなかった分は青白い炎となって噴き出す。空色を中心として、青白い炎は円環のように広がった。けして交わる事のない炎は反発し、メロンの背中を押すように弾き飛ばす。
――メロン、戦って
それは不可避の一撃だ。
弾丸のように撃ち出され、回避する間を与えない。こちらへ吹っ飛ばされたとしか思えない動きに、マ―ジョリ―の回避は遅れた。空色の輝きは、一条の流星となって降りかかる。防御の自在法を張る間もない。唄う声よりも速く、一瞬の後に強固な爪を突き立てられた。
第17話 魔獣の心臓を穿つ狩人
佐藤啓作と田中栄太はデパ―トを訪れていた。
と言っても買い物ではなく、フリアグネの拠点だったデパ―トだ。アルコ―ルで頭を痛めているマ―ジョリ―の指示で、廃棄されたデパ―トの探索を行っていた。そこで真っ先に向かったのは屋上の遊園地だ。観覧車は倒れたまま、床も崩れたままとなっている。あの時のまま修理されることもなく放置されていた。
「あれから、まだ2日も経ってね―のか」
狩人フリアグネ。
この街に巣食っていた紅世の王に、佐藤啓作と田中栄太は誘拐された。そこで坂井悠二の死を看取り、死んだと思ったら生きていた。どうやら死亡保険を結んでいたものの、その保険屋は遠方へ営業に行ってしまったらしい。だから佐藤啓作と田中栄太は、保険契約を結ぶことは叶わなかった。
「なあ、佐藤。これって?」
「あのフリアグネって奴の言ってた宝具か」
デパ―トの屋上で見つけたのは、指輪と拳銃だ。
「姐さん、喜んでくれるかな?」
「どうだろうな」
その後デパ―トの内部で、この街を模した箱庭を発見する。
それを報告すると、マ―ジョリ―は飛んできた。
「姐さん、屋上で見つけたんですけど。これって宝具じゃないですか?」
「そうみたいだけど。よく判別できたわね?」
「フリアグネ本人と、坂井たちに聞いたんです。こっちが火徐けの指輪アズュ―ルで、こっちはフレイムヘイズ殺しの拳銃トリガ―ハッピ―だそうです」
「フレイムヘイズ殺しとは、物騒な物を持ってたのね」
『さすが宝具の狩人ってところか』
「この指輪、内側に自在式が彫ってあるじゃない。これって?」
「え? さあ? 気付きませんでした」
「まあ、いいわ。あんた達、記念に取っておきなさい」
「マ―ジョリ―さんは使わないんですか?」
「なによ。あんた達、その宝具で私にフレイムヘイズを殺してほしいの?」
『ト―ガは炎の衣だぜ? 火徐けの指輪を使ったら、こっちが丸裸になっちまう』
「それに今の私に必要なのは、こっちの"玻璃壇"よ。これを使えばラミ―を狩り出せるわ」
そうしてラミ―の居場所は分かった。
そこへマ―ジョリ―は向かう途中、2人に別れを告げる。
『啓作、栄太。今の内に言っておくわ――ありがと』
「え? 今の内って、どういう事ですか?」
『どうもこうも無いわ。あいつをブチ殺したら、お別れよ』
「そんな姐さん! 俺も一緒に!」
『おだまり』
通話用の
『徒なんて、そうそう現れない。一生、会わないのが普通。あんた達は、もう一度会ったから――』
ふと、マ―ジョリ―は思い浮かべた。
狩人フリアグネと屍拾いが、互いに肩を組んでアピ―ルしている。
『――まあ、あんた達の友達と関わるのなら、また会うこともあるかもね』
『そう言うことさ、御両人。生きてりゃ、また会えるさ。それまで、せいぜい長生きするこった!』
"弔詞の詠み手"の最後の言葉は、それだった。
栞に刻まれた自在法も、停止して消える。
「俺、姐さんが仇を討つまで手伝おうって決めてたのに」
「勝手に人のこと使って、勝手に消えんのかよ」
佐藤啓作は箱庭を見る。
すると封絶を形成する、自在式の流れが浮かび上がっていた。
「なあ、田中。まだ間に合うかも知れねぇ」
「ああ、そうだな。せめて見送りに行ってやるか!」
佐藤啓作と田中栄太は封絶へ向かう。
その陽炎のド―ムは街中に張られていた。見るからに異様で、この世の物ではない。それなのに人々は、その存在に気付くこともなく通り過ぎる。少し前ならば佐藤啓作と田中栄太も、そんな人々と変わらなかった。しかし今ならば、この世の本当のことを知って、この目で視ることもできる。
「あれ、平井ちゃん? お―い、平井ちゃん!」
封絶から出る、平井ゆかりを見つける。
その服は黒く汚れ、焼けた跡もあった。周囲にメロンや坂井悠二の姿はなく、代わりに老紳士を連れている。封絶から出たという事は、紅世の関係者なのだろう。そう思った佐藤啓作と田中栄太は、人とト―チを判別できない。紅世の徒に寄生されている老紳士のト―チと分からなかった。
「怪我してないか? 俺らも手伝おうか?」
「大丈夫! ちょっと火傷したくらいだから!」
「坂井は、どうした? 一緒じゃないのか?」
「ゆうちゃんは封絶の中、メロンちゃんと一緒に戦ってるよ!」
「屍拾いって奴か?」
「そう!」
平井ゆかりは警戒していた。
平井ゆかりから見て、佐藤啓作と田中栄太はマ―ジョリ―の側だ。ここにいる老紳士の正体を知ったら、敵対するかも知れない。そうなったら噛み付いて止めるしかなかった。こんな時のために準備しておいた木製バットは、高層ビルから落ちて碎け散っている。平井ゆかりは老紳士の安全を保証できなかった。
「こっちの方は、紅世の関係者。でも、戦えないから避難してもらってるの!」
「そうなのか。呼び止めて悪かったな。俺らは、これから封絶に入ってみる」
佐藤啓作と田中栄太は封絶へ向かう。
しかし、その必要はなかった。
――封絶が、割れる
『GYAOOOOOOOOOO!!』
爆発するように広がったのは、憎悪と怨念だ。
封絶の解除により伝わって広がった感情は、人々をパニックへ陥らせる。失われていた時間を取り戻すように、あっちこっちで同時に爆発が起こった。窓ガラスの割れた高層ビルから、まるでゴミのように人が放り捨てられる。道路は建物の残骸で埋め尽くされ、数え切れないほどの死体が転がっていた。
群青色の炎が、その中心に立ち昇っている。
ビルに並ぶほどの巨大な炎は、不定形に形を変化させていた。そこから複数の長い首を突き出し、無差別に炎弾を放っている。立ち並んでいた高層ビルは傾いて倒れ、その長さのままに建物を押し潰していった。その衝撃で地震のように大地は揺れ、とても立っていられなくなる。
「あれは、紅世の徒か!?」
「いや、あれは蹂躙の爪牙だ。暴走しているな」
ラミ―は、そう言う。
「まさか、姐さんが!?」
群青色の炎が迫ってくる。
その巨大な熱量は、瞬く間に人体を焼き尽くすだろう。
「うわああああああああ!?」
「うわああああああああ!?」
佐藤啓作と田中栄太は、悲鳴を上げる。
平井ゆかりは死を前に、ただ見つめていた。
しかし次の瞬間、目前で炎は遮断される。
「ほう、火徐けの指輪か」
「知ってるのか!? 使い方は?」
知らないはずもない。
その指輪の裏側へ刻まれた自在式はラミ―のものだ。
「ただ念じればいい。今のように自動で結界も展開される」
「そうか!」
炎の降り注ぐ中、そこは安全だった。
そこだけは安全だった。
「あれ、平井ちゃん? お―い、平井ちゃん!」
「いや、田中。平井は、もう」
火徐けの結界がある。
その端に見えたのは、火傷の残る白い手だ。
結界の内側にあった、その部分しか残っていなかった。
「そんな、平井ちゃん?」
「おい、こっちに来い! ここなら安全だ!」
佐藤啓作は近くの人々へ呼びかける。
しかし辿り着く前に、群青色の炎で焼かれた。
「ああ! くそ! とにかく逃げるしかねえ! 行くぞ、田中!」
「いや、ダメだ。俺が、やるしかない」
拳銃を手に、
トリガ―ハッピ―を手に、
フレイムヘイズ殺しの武器を手に、田中栄太は決意した。
「おまえ、なに言ってんだ? 逃げるんだよ、田中!」
「これ以上、姐さんに酷いことをさせられるかよ! 子分の俺が、止めてあげなくちゃ!」
震える手で、強く拳銃を握り締める。
街中に出現した怪獣は、破壊を振り撒いていく。それしか知らないように壊し尽くしていく。建物の崩れる度に、足音のような震動が鳴り響いた。山のような死体を積み重ね、それでも心は満たされない。穴の空いた器へ、供物を注ぎ続ける。群青色の炎は燃え上がり、すべてを焼き尽くしていった。
「分かった、子分なんだろ。それなら、おまえと俺で半分ずつだ」
「ごめん――ありがとう、佐藤」
拳銃の小さな引き金に、互いの指先をかける。
そうして、あらゆる障害物を透過する不可視の魔弾は放たれた。
――カチッ
――カチッ
――カチッ
――カチッ
――カチッ
――カチッ
「効かねぇ!?」
「いや、中っていない。フレイムヘイズの本体に当てるのではないのかね?」
ラミ―は、そう助言した。
「本体って、どこだよ!?」
群青色の獣は、ビルに並ぶ大きさだ。
その中にある小さな人体へ当てるなんて不可能だった。
「私の自在法で照準を出そう」
「それは助かる!」
マ―ジョリ―の追っていた、紅世の徒へ御礼を伝える。
目前の事に必死で、次の言葉は聞き逃した。
「なに――君達が何とかしてくれるのならば、私にとっても都合がいい」
火徐けの結界、その内側で自在法を編む。
それは深い緑色の炎で構成されていた。
「姐さん!」
深い緑色の照準を通して、それは見えた。
暴れ狂う獣の中心で、マ―ジョリ―は眠っている。空に昇った星のごとく、その姿は輝いて見えた。そこへ手を伸ばす事は叶わず、そこへ声を届ける事も叶わない。マ―ジョリ―と2人の間にある距離は、あまりにも遠かった。拳銃に手を添え、小さな引き金に互いの指先をかける。
――そして少年の魔弾は、獣の心臓を撃ち抜いた