異世界から帰ってもファンタジ―   作:器物転生

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殺し殺され、喰って喰われて

首を絞められていた。

呼吸はできず、血も止まる。その苦しさに思考は焼かれていった。何も考える事のできない暗闇に閉じ込められて、その苦しみを受け続ける。10秒経ち、20秒経ち、40秒経ち、80秒経ち、その苦しみは永遠に続くように思えた。早く終わって欲しいから、早く死にたい。それなのに死は訪れてくれなかった。

 

首を絞められている。

その手を引き剥がすために、坂井悠二は首を掴んでいた。苦しみから逃れるために、必死の思いで力を入れる。その首を絞める手と、坂井悠二の手は同じものだ。坂井悠二は窒息の幻痛によって、首を絞められてると思い込んでいた。首を絞められているのではなく、その思い込みから呼吸を止めている。首を絞めているのは自分自身だった。

 

「けほっ! けほっ、けほっ!」

 

悪夢から目を覚ます。

首の違和感を追い払うように咳をすると、奇妙に掠れた声だった。まだ違和感は残っていたので、手で首を触って確認する。すると無意識の内に爪で引っ掻いた部分から出血していた。手に付いてしまった血を、擦り合わせて乾燥させる。千変シュドナイに引き千切られた服は、元に戻っていた。

 

「こほっ、あぶなかった」

 

ここは平井ゆかりの家だ。

街を覆うほどに巨大な結界の中で、窓の向こうは雪のように木の葉も舞っている。そこに平井ゆかりの姿はなく、どこかへ出ていったようだ。おそらく状況を確認するため、デパ―トの箱庭を確認しに行ったのだろう。防御の自在式を渡してある田中栄太や佐藤啓作も、そこで合流できるはずだ。

 

「ぎぃぃぃぃぃぃ!?」

 

聞いた事もない絶叫に驚く。

それはメロンと分からないほど変わり果てていた。幻痛に悩まされる首を無意識に押さえながら、坂井悠二はメロンの部屋へ向かう。そこは布団と小物しか置かれていなかった。そんな空っぽの部屋で、メロンは小さく丸くなっている。胸部を守るように抱きしめながら悲鳴を上げていた。

 

「メロン! 大丈夫、大丈夫! もう傷なんて無いから!」

 

メロンを抱きしめる。

いつかの平井ゆかりから、そうしてもらったようにメロンを包み込んだ。

 

「くぅぅぅぅぅ!」

 

とても痛い死に方だったのだろう。

メロンは体を震わせて、その幻痛に耐えていた。腕を切断され、体を切り開かれ、内臓を引き千切られる。無邪気で残酷な紅世の徒は、探し物を見つけるためにメロンの肉体を切り開いた。死ねば終わりだった命は、まだ続いている。そして戦いも、まだ終わっていなかった。

 

「この気配は紅世の徒? まずい、こっちに来る!」

 

蘇生されたメロンは人間で、フレイムヘイズの気配もない。

なぜ気付かれたのか分からず、あとは封絶を防御する自在式のせいとしか思えなかった。

 

大きな衝撃音に部屋は揺れる。

まるで足音のようにドンドンと迫り、やがて壁は粉砕された。飛散する破片は降りかかり、目を閉じた坂井悠二を強打する。それに続いて巨大なツルが部屋へ流れ込み、坂井悠二ごとメロンに巻き付いた。その巨大なツルに乗って現れた紅世の徒は、幼子の姿をした兄妹だ。

 

「にぇとののしゃな―!」

「死んだふりで、お兄様の嗅覚から逃れ切れると思いまして?」

 

メロンと共に坂井悠二は締め上げられる。

互いの肉体と密着するほどに強く圧迫された。

 

「メロン、戦って!」

「カイム……おねがい」

 

『――これで決めろよ』

 

坂井悠二を喰らう。

空色の炎は燃え上がって、青白い炎と反発した。その衝撃で体に巻き付いたツルを弾き飛ばし、背後へ青白い日輪のように形成する。メロンは反発する力に撃ち出され、急速に加速した。周囲を壁に囲まれて、双子のような兄妹は回避できない。その首を刈り取って、流星のように燃え尽きていった。

 

――そして、また悪夢へ目覚める。

 

「許せない。私のお兄様に傷を負わせるなんて!」

 

たしかに首を刈り取ったはずの兄妹は再生している。

メロンは蘇生から間もなく、死の幻痛に蝕まれていた。

 

「かわいそうな、お兄様。さぞ、痛かったでしょう?」

「にぇとののしゃな―、どこ―?」

 

メロンの隣で坂井悠二も捕まっている。

今回は触れ合えないように距離を離されていた。

 

「ええ、もちろん。どこに隠したのか言いたくなるまで痛め付けてさしあげましょう」

「ぅん!」

 

「ところで――あなた方は、どれほど生き返るのでしょうね?」

 

太いツルに締め付けられる。

少しずつ、その力は強くなっていった。ゆっくりと時間をかけて、苦しみを与える。肉は裂け、骨は潰れ、激痛の中で両腕は千切れ落ちた。残った部分もツルに締め付けられ、体の内側へ刺さっていく。空気も吸えずにパクパクと口を空け、ゆっくりと体を押し潰されていった。

 

――そして、また悪夢へ目覚める。

 

メロンと坂井悠二は、同じ夢を見る。

見えない何かに体を締め付けられていた。それは錯覚で、本当は締め付けられていない。千切れた腕も、潰された体も、もう元に戻っていた。それでも死の痛みは心に残り、幻痛となって現れる。生きているのか、死んでいるのか、分からなくなった。それでも生きている事を信じて立ち上がる。

 

「……ふぅ」

 

そこは平井ゆかりの家ではなかった。

暗い堤防の河原に、メロンと坂井悠二は転がっている。都市を覆っていた結界は見えず、そこに見える明かりは何時もと変わらないように見えた。しかし手を伸ばしてみれば違和感に飲み込まれる。坂井悠二の、すぐ前に何か存在していた。それはティリエルの自在法によって、都市に張られている不可知結界の境界だ。

 

「結界の外側に蘇生されたのか」

「妨害を受けない所で蘇生されたようね」

 

それは保険契約の際、保険屋から説明を受けていた。

メロンと坂井悠二は、その言葉を思い返す。

 

――これは状態異常の解消と同じだ。死の原因となる事由を解消することも死亡保険に含まれている

 

なので蘇生から間もなく死亡した場合、住所と異なる地点で蘇生される。

あくまでも原因の解消で、原因の排除ではなかった。

 

「メロン、幻痛は大丈夫?」

「問題はカイムよ。もう、しばらくは応えてくれない」

 

兄妹の再生は早すぎた。

メロンの自滅攻撃を使っても倒し切れるか分からない。それを何とかしない限り、カイムは応えてくれないだろう。なぜならば契約する度にカイムは、荒れた狭間で漂流する可能性に晒されている。保険屋の不在でカイムは死亡保険を結んでおらず、無暗な自滅に付き合う理由はなかった。

 

「あの徒、僕らの位置が分かるみたいだ」

「たぶん贄殿遮那よ。私が持ってると思い込んでる」

 

「保険屋さんじゃなくて、メロンなのか?」

「最後に私が持っていたからでしょうね。嗅覚って言ってたし、臭いでも残っているのかしら?」

 

兄ソラトは望んだ物を見つけ出す。

それは存在している物体ならば繋がり、それを辿ることのできる特性だ。

 

「大橋で千変シュドナイと会ったよ。何かを守っているみたいだ」

「仮装舞踏会の三柱臣ね。たしか保険屋が営業に出た」

 

「死亡保険に加入済みだったら厄介だね」

「少なくとも、あの兄妹が知っている可能性は低いわ」

 

「そうなの?」

「どうせ蘇生するから殺したって言うよりも、無意味に殺したって感じだったもの」

 

「あの回復力は、蘇生と違ってたからね」

「立ち上がりも早すぎたわ」

 

「じゃあ、シュドナイが守っているのは蘇生地点じゃなくて結界の秘密かな?」

「先に狙うとしたら回復力の高い兄妹よりも、そっちね」

 

「封絶対策の自在式は?」

「持ってる」

 

シュドナイは結界の内側だ。

追跡してくる兄妹を振り切る必要がある。

 

「僕は戦えないけど、自在法の気配はない」

「私は戦えるけど、自在法の気配で気付かれる」

 

「体を入れ替える宝具とか、ないかな?」

「そんな都合のいい宝具あるわけないでしょ」

 

そこで坂井悠二は思い付いた。

体を入れ替えるのではなく、体を入れ換えるという方法だ。

 

「ぶっつけ本番になるけど、やってみよう」

「ダメよ! 自殺みたいなものじゃない!」

 

「自殺じゃないよ」

「生きることを諦めるのは自殺って言うの!」

 

「僕はメロンと1つになって最後まで戦うんだ」

「もう、屁理屈ばっかり!」

 

言い争いながら可能な限り、結界から離れる。

やがて蘇生から時間の経った頃、紅世の兄妹は現れた。

 

「ゆかりちゃんのマンションから10分くらいかな?」

「きっと帰りは、もっと早くなるわよ」

 

「でも、徒を相手に無条件で時間を稼げるのは美味しいね」

 

メロンと坂井悠二は手を繋ぐ。

結界から兄妹は出て、2人の前に立っていた。その気配は目前に立たれて気付く程度しかない。結界の中で気配は感じ取れたにも関わらず、結界の外に出ると気配は感じ取れなくなっていた。戦術で考えれば、通常は逆だ。おまけに結界の外にいる間。結界内の気配は感じなかった。

 

「おまえみたいな奴に会った事あるの。あの結界、封絶のように気配を遮断するのね。そして今も、それを身に纏っている。だから徒としての気配は感じない」

 

それは天目一個という。

贄殿遮那を所有していた史上最悪のミステスだ。

 

「おしゃべりな口ですこと。殺しても死なないのなら、生きたまま封じてさしあげましょう」

「それが出来ないってことは分かってるでしょ?」

 

「あら。それは、どうかしら?」

 

坂井悠二を喰らう。

メロンという人間は、その青白い炎を吸収した。異なる意思に基づく炎は反発し、その器に収まらなかった炎は逆流する。意識は千切られるように引き伸ばされ、遠くなるように薄くなっていった。それでも何度もやっていれば慣れるもので、青白い円輪を形成する。そうして、またしても閃光となって襲いかかった。

 

「同じ手が通じると思いまして?」

 

閃光に裂かれた兄妹の姿は、木の葉となって散る。

その散った木の葉は、複数の分身へ変じた。

 

『お眠りなさい』

『甘い夢を御覧なさい』

『愛しい人に溺れなさい』

『幸福の中へ堕ちなさい』

『永遠を誓いなさい』

『囚われなさい』

 

分身から口々に放たれた自在法は、メロンに絡み付く。

それを強引に突破すると、勢い余って地面をゴロゴロと転がった。翼もなく、爪もなく、空色の衣もない。初撃を外した今、地を這う獣のように戦うしかなかった。そこへ振り下ろされたソラトの大剣は、メロンの片手を切断して動きを止める。ボトボトと血は抜けて、メロンは意識を保てなくなった。

 

「フレイムヘイズなら……このくらい……なんでも」

 

血を止めるため手首を握るものの、その力すら入らない。

反発する意識も合わさって、メロンは倒れ伏した。

 

「死んじゃった?」

「あらあら、しょうがないですわ。こんなに脆いなんて思いませんもの」

 

フレイムヘイズと違って、人間は死にやすかった。

ツルで縛って止血するものの、長くは持たないだろう。

 

「ねぇ、ティリエル。食べてぃぃ?」

「ええ、お兄様。また消えてしまう前に、お召し上がりくださいな」

 

身を包んでいた封絶を拡大する。

それは自身を中心とする移動式の封絶だ。その中でソラトは人間を喰らった。そんな兄をティリエルは優しく見守る。また敵に逃げられてしまったけれど、嬉しそうな兄を見るとティリエルの心は休まった。ともかく、あの人間達を接触させてはならず殺してもならない。ティリエルは結界の内側を透かすようにジト目で見据えた。

 

「お兄様の嗅覚から逃れることは誰にもできませんのよ?」

 

 

第19話 殺し殺され、喰って喰われて

 

 

存在を喰われる。

坂井悠二を形成する全てが失われ、空白と化していく。他人と繋がっていた証は引き千切られ、それは全身を孔だらけにしていった。坂井悠二を成り立たせていた全ては崩れ落ち、もはや何者でも無くなっていく。広がる虚無は坂井悠二を侵食し、生きる力を奪い取っていった。

 

坂井悠二は重い指先を動かす。

蘇生された肉体に傷はないものの、その肉体を支える意思は弱っていた。すでに自分は死んでいるはずなのに、なぜか生きているように思ってしまう。それは死に伴う錯覚と、坂井悠二は知っていた。生きているとしても、死んでいるとしても、それは関係ない。立ち上がれるのならば、死んでいても立ち上がれるはずだ。

 

「よし、行こう」

 

幻痛と同じだ。

蘇生された肉体と精神は健康で、心は病んでもいない。眠りから目覚めると体を重く感じるように、それは時間の経過で回復するものだ。その体にかかる重さを無視して、坂井悠二は立ち上がる。自身の肉を重く感じて、自分の体ではないように思う。異物のように気持ち悪くて、その肉を剥ぎ取ってしまいたかった。

 

「ああ、もう、気持ち悪い!」

 

元気そうなメロンの声が聞こえる。

今回は、そこそこマシな死に方だったようだ。

 

「遅い!」

「うん、おまたせ」

 

メロンに怒られてしまう。

ここはボロボロになった平井ゆかりの家だ。兄妹の襲撃によって壁を壊され、外へ通じる横穴を開けられている。無数に舞い散る木の葉は自然のものではなく、ティリエルの結界に囚われている事を示していた。蘇生を妨害していた兄妹は結界の外だから、ここに蘇生されている。

 

「罠は仕掛けられてない?」

「私達が結界の外に出現したから、慌てて出ていったんじゃない?」

 

メロンの正面に坂井悠二は座る。

すると持ち上げられ、メロンの横に置かれた。

 

「え? なに?」

「向かい合ってたら緊張するでしょ?」

 

いつものように慣れた感じで、坂井悠二の手を握る。

そこに恥ずかしがる様子はなく真剣だった。

 

「愛染の兄妹が戻ってくるまで時間もないわ。やるのなら早くして」

「いいの? メロンが反対するのなら止めるよ」

 

「おまえの体で、おまえと一緒に、最後まで戦ってあげる」

「うん、メロン。ありがとう」

 

メロンという人間を喰らう。

その存在を分解し、力を取り込んだ。メロンと異なる点は、吸収という過程を入れなかった事だろう。これにより工程は単純化されたものの、メロンの意思は浄化されないまま坂井悠二へ取り込まれた。体の内側へ差し込まれた異物に、坂井悠二は違和感を覚える。それは中を掻き回し、坂井悠二を削り取っていった。

 

「くっ! ああっ!」

 

それに逆らわず、受け入れる。

メロンという存在を受け入れて、坂井悠二という器を明け渡した。存在の力による反発を抑えるため、自身を削り取られていく激痛に耐える。その痛みに床の上で足掻き、苦しさに体を捻らせた。空っぽの手を握り締め、小さく体を丸める。そうして坂井悠二は動かなくなっていった。

 

「――ユ―ジ」

 

坂井悠二の口から言葉が漏れる。

その器でメロンは目を覚まし、身の内に残った坂井悠二を探した。わずかに残った坂井悠二の意思を感じ取ったものの、下手に触れればメロンの意思に反発して弾け飛んでしまう。一つの器に異なる意思は収まらず、どちらか一方は消えるしかなかった。どれほど互いのことを思っても、けして混ざり合うことはない。

 

「私が、おまえを死なせない!」

 

――青白い炎を幻視した

 

存在の力で加工し、外殻を形成する。

坂井悠二という器を区切って、混ざらないように分離した。それは坂井悠二に成り代わったメロンの、あっちこっちから異物となって発現する。肌に浮き上がった赤い異物は、肉の芽だ。それは触手のように長く伸びて、まるで人体に寄生した生物のようだった。それはウヨウヨと全身から生えている。

 

『あれ? なに? 僕? メロンなのか?』

 

坂井悠二の声は、どこか遠くから響くように聞こえる。

それに対してメロンは、坂井悠二の口で答えた

 

「おまえと一緒にって言ったでしょ? また死んだと思った?」

『メロンに体を譲ったのに、僕の意識も残ってるのか?』

 

「フレイムヘイズの契約をマネたのよ。おまえの意識を神器みたいに分離したの」

『ああ、それで嫌がってたのに、急に賛同してくれたのか』

 

「まあ、ちょっと神器の形成は失敗したけどね」

『え? うわ―! なんか僕の体から、なんか気持ち悪いの生えてる!?』

 

「なんか、じゃなくて、それがおまえよ」

 

坂井悠二の顔で、メロンは得意気に微笑む。

それは可愛らしい少女のようだった。

 

 




間違い探しコーナー 提供:kuzuchiさん
メロンは体を震わせて、その幻通に耐えていた→メロンは体を震わせて、その幻痛に耐えていた。
いつものように鳴れた感じで、坂井悠二の手を握る→いつものように慣れた感じで、坂井悠二の手を握る
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