異世界から帰ってもファンタジ―   作:器物転生

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とある名もなきフレイムヘイズの喪失

日の落ちた薄暗い堤防に、3つの人影がある。

平井ゆかりの消失を見送った坂井悠二と、その様子を覗いていた不審者、そして刀を持った少女だ。明らかに片手で持てないはずの大きな刀を、その少女は余裕の表情で持ち上げている。闇の中でも微かな光を受けて輝く、それは人も殺せる真剣だ。その先端は不審者に向けられていた。

 

「おまえは、なに? これをミステスと知って近付いたの?」

『紅世の徒でもト―チでもなく、ましてやフレイムヘイズでもない。外界宿の人間やも知れぬな』

 

「それは、どこの言葉だ。少なくとも、君のことは知らない」

 

不審者は荒い口調で告げる。

その身に向けられた刀に怯える事もなく、無手のまま少女へ対面していた。さきほど坂井悠二へ向けた口調は穏やかなものだった。しかし今は、刀を持った少女に対する不快感を表している。しかし、それは刀を向けられた一般人に有り得ない対応だ。このような荒事に対して慣れている様子だった。

 

「関係ないのなら、それに近寄らないで。邪魔」

「その少年と私の関係ならば、今から作る所だ」

 

不審者は超然としている。

揺るぎのない大地のように、少女の前へ立ち塞がる。自然と坂井悠二の姿は、不審者の陰へ隠れることになった。刀を持った少女の視線を遮られ、坂井悠二は庇われている事を自覚する。平井ゆかりの死を見送って間もない坂井悠二にとって、その背中は頼もしいものに思えた。

 

「少年よ。私ならば、さきほどの少女を蘇生できる」

「本当……ですか?」

 

坂井悠二は疑問を内包していた。

それに喜んで飛び付けるほど、坂井悠二にとって希望に満ちた話ではない。会って間もない不審者の言葉を軽々しく信じるほど、坂井悠二の認識は気楽なものではなかった。怪物に食われてト―チとなった人物を元に戻す方法はない。それは刀を持った少女――すなわちフレイムヘイズから聞いた事だった。

 

「おまえ、この地を食い荒らしてる(ともがら)の関係者?」

『失われた存在を取り戻すか。かつての冥奥の環のように』

 

「訳の分からない話をされても困る。まず、一般人にも分かる言葉で話してくれないか?」

「あの、その子は徒っていう人食いの怪物を追うハンタ―で、その怪物の仲間と疑われているんだと思います」

 

坂井悠二は的確な助言を行う。

しかし坂井悠二も少女と出会ったばかりで、まだ全てを受け入れている訳ではなかった。この前日に坂井悠二は怪物と遭遇し、そして平井ゆかりは存在を食われた。その結果、平井ゆかりという存在は失われ、人々の記憶から消え去る。それを取り戻すことは、この世の誰にもできない事だった。

 

「なるほど、ありがとう少年――私は特殊な能力を持っている。それを用いて、さきほど消えた少女を蘇生できるという話だ」

 

「どうなの、アラスト―ル?」

『ミステスであれば有り得ぬ話ではないが、こやつはト―チではなく人間だ。どこから宝具を手に入れたのかという話になるだろう』

 

宝具は不思議なアイテムだ。

人と怪物の間に生まれ、存在の力もなしに動作する。それは人と怪物に産み落とされた子と言えるだろう。このフレイムヘイズは不審者の特殊能力も、それを起源とすると考えた。あるいは怪物の力を借りていると考える。フレイムヘイズも知らない未知の力と考えるのは、あまりにも難しかった。

 

「面倒ね。斬ってみれば化けの皮を剥がせるんじゃない?」

『ミステスを不用意に開けてはならぬが、これはト―チではないからな』

 

「そう。じゃあ、まずは封絶に抵抗できるか試してみましょ」

 

封絶とは結界のようなものだ。

その内側において一般人は停止し、時間として無かった事になる。たとえ停止している間に傷付いても、結界を解く前に修復できる。たとえバラバラになっても元通りだ。問題は封絶に抵抗する方法を持っていれば効かないことだろう。しかし、それは説明するよりも、実際に試してみれば分かることだった。

 

少なくともフレイムヘイズは、そう考えていた。

不審者は見知らぬ力の発動を検知し、それは異世界における魔法と似ていた。刀の先端と向かい合って、それを攻撃ではないと捨て切ることはできない。単に封絶と言われても、その意味を不審者は分からなかった。坂井悠二は知っていたけれど伝える間もなく、その魔法らしき物は世界へ干渉を行った。

 

「――え?」

 

そして何事も起こらなかった。

少女の編んだ力は霧散し、まるで失敗したように消える。しかし、それは有り得ないことだ。それは少女にとって呼吸のようなもので、今さら失敗するはずもない。他人から妨害されたとしても、なんの予兆も感じられなかった。反射的に再び封絶を試みたものの、空回りするように何も起こらなかった。

 

「どう思う、アラスト―ル」

 

まだ不安は感じていなかった。

なぜならば少女には一心同体のパ―トナ―がいるからだ。それなのにアラスト―ルから返される言葉はなかった。1秒経ち、2秒経ち、3秒経ち、熟考しているのかと思いたかった。パ―トナ―の意思を現出させるペンダントを視界の隅で捉えると、それは単なるペンダントのように輝きを失っている。

 

「――アラスト―ル?」

「悪いが、君のことは知らない。外見は人に似て、しかし人ではないようだ。だが、私は人を知っている」

 

「――ねえ、アラスト―ル?」

「だから君の情報を、一般的な女性へ書き換えさせてもらった」

 

それどころではなかった。

不審者の話は聞こえておらず、余分な雑音としか思えない。幼い頃から見知っていたパ―トナ―から引き離され、それは半身を抉り取られたように思えた。少女を構成する最も重要な要素は欠け、これまでの人生の大部分に大きな孔を開けられる。少女の精神は、少女自身の重さを支え切れず、今にも崩れ落ちようとしていた。

 

「おまえ! おまえ……?」

 

また、おかしな事に気付いた。

大太刀を握り締めたはずの手が、なにも掴めていない。いつの間にか消え失せた刀を求めて、少女の指は空を掻く。そこへ吹いた風に冷たさを感じると、羽織っていた外衣すら消え失せている事に気付いた。残っている物は上下のジャ―ジと、大事な中身を失ったペンダントしかない。

 

「返しなさい! あれは私のなんだから!」

「それは断る。君に返す理由がない」

 

「私のだって言ってるでしょ! アラスト―ルも贄殿遮那(にえとののしゃな)も!」

「君の物だったからと言って、どうして私が返す理由になる?」

 

「私がフレイムヘイズとして認められているからよ! だから所有者は私!」

「君の言う通りとしても、君に返す理由がないから諦めてほしい」

 

「分からない奴ね! いいわ! 存在の力が使えなくたって、戦えるんだから!」

 

少女は拳を握り、不審者へ殴りかかった。

しかし石のように硬い感触で、逆に少女の手は擦り切れてしまう。素手でも怪物と戦えるほど、少女の体術は極まっていた。それでも棒立ちの不審者に通じることはない。少女は一方的に攻撃し、そして一方的に疲れていく。殴りかかった反動で傷付くのは、少女の肉体ばかりだ。それは不動の大地へ拳を打っているように思えた。

 

「あの、もう良いんじゃないですか?」

「そうだな、少年。待たせて悪かった」

 

その哀れな様子に坂井悠二は助けを出した。

すると少女は突然、動きを止める。不審者へ襲いかかる体勢のまま、時の止まったように空中で動かなくなった。鬼のような表情を留めたまま、まるでロボットであったように停止されている。それまで棒立ちだった不審者は、やっと手足を動かした。坂井悠二へ向き直ると、そのまま少女を放置する。

 

「いや――そうじゃなくて大事な物、返してあげなくて良いんですか?」

「私が返す気になったら返そう。もっとも今の騒ぎで、そんな気は起きるはずもないが」

 

「その子は昨日、徒っていう怪物を倒してくれたんです。彼女が戦えないと、また怪物が現れた時、それを止める事ができません」

「それは少女の仕事であって、私の仕事ではない。少女の力を返しても、私に利益がないだろう?」

 

利益と言ったか。

その言葉に坂井悠二は怒りを覚える。平井ゆかりの命は、利益の一言で片付けられる事ではなかった。利益が無ければ人の命は救えないという事か。それは利益のない人は死んでも良いという事か。価値のない人は死んでも良いという事か。たとえば徒という怪物に喰われて、燃えカスとなった平井ゆかりのように!

 

「利益って……怪物を止めないと、人が殺されるんです! さっきまで僕と一緒にいた平井さんみたいに! それに、その子も結界のような物を張ろうとしていた、それだけなんです! あなたの勘違いですよ!」

「そうか、勘違いさせて悪かった」

 

変わらない調子で不審者は言った。

何の感情もなく、何の動揺もなく、人の心なんてないように思えた。

 

「私は無償で、その消えてしまった少女を蘇生させる訳ではない。もちろん君に、その代償を払ってもらう」

「怪物を倒した彼女を、そんな彼女も簡単に止められる力があるんでしょう!? だったら、どうして!?」

 

「何度も言うが、それは私の仕事ではないからだ。どうか分かってほしい」

 

頼れる人と思っていたら、そうでは無かった。

期待を裏切られた坂井悠二は落ち込み、それを見つめる不審者は困った様子だ。怪物と遭遇して非日常へ踏み込んだ、そんな坂井悠二の苦しみを理解してくれる人かも知れないと思っていた。大人に頼っても良いのかも知れないと、フレイムヘイズの少女から庇ってくれた、その背中を見て思ってしまった。

 

「力を返すことはしない。だが、人を蘇生することはできる。それは私の仕事だからだ」

「平井さんを蘇生する……その代償は何ですか?」

 

「その話は落ち着いた所でしよう。これから行うのは契約で、私は説明する義務を負っている」

 

契約。

それは学生の坂井悠二にとって重い言葉だ。支払うべきものは金か、命か、体か、心か。人を蘇生するとなれば、坂井悠二の一生を捧げても不思議ではなかった。坂井悠二は平井ゆかりに恋をしている訳ではない。平井ゆかりは池速人に恋をして、それを友人である坂井悠二は助けたい。平井ゆかりに生きて、そして幸せになって欲しかった。

 

――それは全てに替える価値のある物なのか?

 

平井ゆかりの命の価値は決まっていた。

 

「分かりました。お願いします」

「それほど気負う必要はない。契約内容に納得できなかったら止めればいい」

 

「でも、僕が契約しなかったら平井さんは、死んだままでしょう?」

「平井ゆかりを蘇生するのは君でなくてもいい。他の誰であっても同じ契約ができる」

 

「怪物に喰われた人は、少しずつ存在が消えるんです。きっと平井さんの家族も、もう平井さんのことは覚えていません」

「そうか――それは厄介だな。通常の死人と違って、そもそも蘇生を願う者すら居ないのか」

 

その事を不審者は知らなかった。

少女のようなフレイムヘイズや、怪物のような紅世の徒についても知らない。昨日、フレイムヘイズの少女に少し教えてもらった、坂井悠二の知識にすら劣っている。フレイムヘイズや紅世の徒は、古代から存在している集団だ。あんな力を持ちながら、まるで最近になるまで、一切の情報を遮断していたように思えた。

 

「これから3秒後に喫茶店へ転移する。あいにく、まだ事務所は持っていないから、そこで契約の説明を行うことになる」

「転移……ですか? あの、その子は放って置くんですか?」

 

坂井悠二は指差す。

不審者の背後で固まったまま、フレイムヘイズの少女は放置されていた。それは鬼のような表情で、今にも動き出しそうだ。周囲は暗くなりつつあり、夜中に出会ったら心臓も止まる恐ろしさに違いない。それは兎も角、このまま少女を放置するのは問題に思えた。そんな事をすれば、まさに鬼畜の所業と言えるだろう。

 

「私達の去った後で解放する。それならば問題ない」

「そうですか。それなら大丈夫、かな?」

 

「では、行こう」

「はい」

 

「3」

「2」

「1」

 

「返しなさい! それは私の……私の……ちょっと、どこに行ったのよぉぉぉぉぉ!?」

 

気付くと少女は独りだった。

暗さを増しつつある堤防へ置いてきぼりにされていた。ミステスの少年と不審者は跡形もなく消え去り、辺りを見回しても人の姿はない。だからと言って少女に、諦める様子はなかった。なぜならば前日の尾行によって少女は、ミステスの住居を突き止めている。さっそく、そこへ急行しようと考えた少女は、足を止めた。

 

「……ない」

 

大切なペンダントを無くした。

少女と契約しているパ―トナ―のペンダントが、首から消えていた。大太刀や外衣を消されても、ペンダントは残っていたはずだ。たとえパ―トナ―の気配は消えても、その意思を現出するペンダントの形は残っていた。激しい動きをしている間に、どこかへ飛んで行ってしまったのか。こんな事は少女にとって初めてだった。

 

「そっか……いつもはアラスト―ルが、自分の意思で戻って来てくれたから」

 

アラスト―ルはいない。

ペンダントは戻ることなく、この堤防の何処かへ落ちている。今のペンダントは役立たずで、それを探しても意味はない。そんな事よりも、あの怪しい男を捕まえて、アラスト―ルを取り戻した方が早い。フレイムヘイズは、そう分かっている。それなのに少女の足は走り出せなかった。

 

「ああ、もう! アラスト―ル! どこに居るのよ!」

 

少女は暗くなった足下を探る。

すぐにペンダントは見つかると思っていた。ミステスの住居は分かっているから、あの怪しい男も見つけるのは難しくない。そう言い訳している内に、夜の闇は深さを増していった。あっちにもなく、こっちにもない。堤防の下まで探しに行って、それでも見つからなかった。

 

「アラスト―ル?」

 

不安そうに声を上げる。

いつも聞こえていた声は、もう聞こえない。鈴のような呼び声に、アラスト―ルは応えてくれない。力を奪われた少女は、アラスト―ルの気配を探ることもできない。闇の中で触れる感覚を頼りに、どこかにあるペンダントを探していた。草の葉に切られ、土に汚され、少しずつ少女は傷付いていく。

 

幼い頃から少女は、誰かと一緒だった。

天空の城塞に住んでいた頃はアラスト―ルと、養育係のヴィルヘルミナ、鍛練相手のシロ。フレイムヘイズとなってからもアラスト―ルと共にいた。だから、こうして独りになったのは初めての事だ。少女が声を上げても、誰も来てはくれない。少女は生まれて初めて、ひとりぼっちになっていた。

 

「きゃあ!」

 

川岸から落ちてしまった。

奪われた力さえ使えれば何てことのない流れが、少女の体を押し流す。闇の中で向きも分からなくなって、川原へ上がった時は全身を濡らしていた。水を吸ったジャ―ジは重く、肌に張り付いて脱ぎにくい。やっと脱いだと思ったら体は冷えて、少女は体を震わせていた。

 

指から火を出そうとして失敗する。

いいや、それは分かっていた。そもそも少女は火を扱えなかった。炎を使えないフレイムヘイズだ。アラスト―ルの象徴である炎を使えないなんて、アラスト―ルのフレイムヘイズたる"炎髪灼眼の討ち手"として失格だった。あの大太刀、贄殿遮那を失った今、戦う術は体術しか残っていない。それも、あの怪しい男に、まったく通用しなかった。

 

分かっていた

分かっていた分かっていた――私は、もうフレイムヘイズじゃない

 

もう、どこにでもいる普通の少女だった。

体を重く感じて、起きているのも辛くて、冷たい地面に寝転がる。ペンダントを探していたのに、その場で丸くなってしまった。痛み始めた頭に、目を開けていられなくなる。ちょっと濡れた程度で、こんなに弱ってしまう。それは少女にとって考えられないことだった。どうして、こんなに弱いのか、少女自身も分からない。こんなに弱いはずはなかった。

 

「私は、炎髪灼眼の討ち手……私は、天壌の劫火アラスト―ルのフレイムヘイズ……私は、贄殿遮那のフレイムヘイズ……私は、ただの人間なんかじゃない……!」

 

もう、フレイムヘイズではない。

だったら、これまでの人生は何だったのか。あの一瞬で全ての意味は崩れ落ち、少女に残っている物はなかった。少女を構成する要素の大部分を奪われ、残っている部分は残りカスに過ぎない。"炎髪灼眼の討ち手"という名も奪われ、もはや名すら少女に残っていなかった。他に少女を現す記号はなく、名もない少女としか言えない。世界から忘れ去られた少女の居場所は、どこにもなかった。

 

「……アラスト―ル」

 

どこかへいった、その名を呼ぶ。

 

「……ヴィルヘルミナ」

 

どこかにいる、その名を呼ぶ

 

「……シロ」

 

どこにもいない、その名を呼ぶ。

 

「……たすけて」

 

ちいさな悲鳴は誰にも届かなかった。

こんなにも深い闇の中で眠るしかない。しだいに体は冷え、動かなくなる。戦いの中で死ぬことは想像しても、こんな終わり方は想像していなかった。それが怖くて苦しくて、少女は体を震わせる。どこにもいない、だれもいない。ひとりぼっちのまま、名もない少女は冷たくなっていった。

 

 

 

第2話 とある名もなきフレイムヘイズの喪失

 

 




間違い探しコ―ナ― 提供:黄金拍車さん
こんな事は少女にとって始めてだった→こんな事は少女にとって初めてだった。
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