異世界から帰ってもファンタジ―   作:器物転生

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正体不明の怪物たち

空間を舞っているのは木の葉だ。

それは雪のように舞う、幻想的な光景だった。その中で美しい絵画のように、人々は停止している。そんな時を凍らせた結界の中心は、大きな河を横断する吊り橋だ。その鉄橋の屋根に宝具は設置され、千変シュドナイに護られている。そこへ愛染の兄妹、ティリエルから自在法による遠話があった。

 

『外側を経由したのは、私達を引き離すためでしょう。おそらく内側へ戻り、そちらを狙っているはずですわ』

「俺のやる事は変わらんのだろう。この木箱を護れば良いのか」

 

『ええ、もう動かして構いません。どちらにせよ襲撃を受ければ破壊されるか、否応なしに動かす事となるでしょう。それならば懐に入れて、その身に代えても護ってくださる?』

「手は抜かないが――この身に代える事は、俺の一存では保証できんな」

 

『まったく、そこは偽っても応じてくださらねば安心できませんわ』

「安心するがいい。この俺に守り切れぬのならば、他の誰も守り切れぬさ」

 

自在法による遠話は切れる。

シュドナイは木箱を掴み、その音色を止めた。すると都市に張られていた巨大な結界も解けていく。凍りついた時は動き出し、いつもの夜へ戻った。その木箱を体に押し付けると、肉体の内側に沈んで見えなくなる。これこそ千変シュドナイの特性である肉体変化だ。シュドナイは吊り橋の屋根から跳んで、川岸の地面へ着地する。そして愛染の兄妹と合流するために都市部の屋根を渡っていった。

 

――背後から伸びた手が、その体を捕まえる。

 

「なんだと!?」

 

紅世の徒やフレイムヘイズの気配はなかった。

しかし体に触れられた今、わずかに存在の力を感じる。それは存在の力によって肉体を強化した跡だ。肉体の外へ漏れ出る力は最小限に抑えられ、シュドナイの下まで跳び上がった。背後から伸びた幾つもの触手は、シュドナイの体に絡み付く。それは人体から生えた赤い肉の芽だった。

 

その瞬間、シュドナイは全身を喰われた。

見えない口に喰い千切られ、穴だらけになっていく。シュドナイの体を構成する存在の力は、触手に飲み込まれていった。それは防御を無視して、まるで分解されたようだ。大部分を削り取られ、シュドナイの頭しか残らない。その現象に見覚えのあったシュドナイは、一瞬の自失から立ち直った。

 

「零時迷子か!」

 

それは人間なのか疑わしい。

フレイムヘイズではなく、紅世の徒でもなく、それは人間に思えた。しかし全身から赤い触手を生やしている。喰い残しのトーチでも、宝具を宿したミステスでもない。あれは宝具を宿した人間だ。その得体の知れない人間を、何と呼ぶべきなのかシュドナイは分からなかった。

 

「――封絶」

 

燃え上がった炎は銀色だ。

本来ならば青白いはずの炎は、銀色へ変質している。それに気を取られたのはシュドナイではなく、その炎を発した少年だった。なぜ銀色へ変質したのか少年は知らない。しかし、シュドナイは知っている。それによって生まれた一瞬の隙は、シュドナイを見逃さなかった。

 

木箱が地面に激突する。

オルゴールと呼ばれた宝具は、木箱から飛び出て転がった。それにシュドナイは見向きもせず、小さな蛇と化して排水溝へ潜り込む。シュドナイの優先するべき事は、零時迷子の発見を報告することだ。初撃によって大部分を削り取られた時点で、護衛という道楽に拘る余裕はなかった。

 

逃げる蛇を、触手は追う。

存在の力は地上で膨れ上がり、排水溝へ降り下ろされた。爆砕する破片の中、シュドナイは無数の羽虫へ変化する。降り下ろされた足と共に突っ込まれた触手を避け、生き残った一部を地上へ逃がした。そうして排水溝から大通りへ出ると、停止している人々を無差別に喰らう。シュドナイは人に変化し、少年へ向き直った。

 

「ここまで俺を追い詰めるとはな。たしか人間、坂井悠二と名乗ったか」

「いいえ、私はフレイムヘイズと成るべき者。炎髪灼眼の討ち手、贄殿遮那のフレイムヘイズ、空裏の裂き手――そして今はメロン!」

 

それだけで理解できるはずもない。

あの天罰神を偽称して、意味のない言葉を並び立てているとしか思えなかった。

 

「ふん、まともに言葉を交わす気はないか」

 

逃げても逃げ切れず、こうなれば逃走は困難だ。

ここで正体不明の人間を撃退するしかない。

 

「ならば、行くぞ!」

 

シュドナイは近くの街灯を圧し折った。

それは道路に沿って設置され、曲がった先端に電灯の付いた街灯だ。その長大な棒状の金属を、さらに圧し折って真っ二つにする。その手よりも大きな棒を、シュドナイは両手に分けて掴んだ。それぞれを長大な棒のように振り回し、そうやって感触を確かめると人間へ向ける。

 

「ユージ、いい?」

『うん、やって』

 

少年は自身の服を引き千切る。

服を破り捨て、上半身を剥き出した。そうして鍛えられていないプニプニの柔らかそうな肉体をシュドナイへ晒す。すると服に覆われていた触手も自由となり、存在の力を注ぐと伸びていった。肉から生えた触手は上下左右へ大きく広がり、少年の周囲に空いた空間を埋めていく。

 

しかし両手に掴んだ街灯を、シュドナイは振り回す。

それによって周囲の触手を叩き払った。

 

「やはりな。物は喰らえんのだろう」

 

触れた者を、触手は喰い千切る。

それは戒禁と呼ばれ、零時迷子に組み込まれた自在式の効果だ。つまり経緯は分からないものの、触手は剥き出しの零時迷子に等しい。しかし物に触れても、それは発動しない。あくまでも零時迷子を守るための自在法であって、敵を討ち果たすための自在法ではなかった。

 

掴んだ街灯を叩き付ける。

それを止める力は触手になく、少年の片腕を圧し折った。触手は伸び縮みするものの、やわらかく硬さはない。続けて叩き込まれる2本目の街灯に対して、少年は身を任せるように受けた。すると、その体は吹っ飛ばされ道路を転がる。それを追うようにシュドナイは飛び込んだものの、触手の壁に阻まれて遅れた。

 

「ちっ、仕留め損なったか」

 

やわらかい触手を間に挟んだ影響だ。

そうでなければ一撃で殺していた。

 

「愛染の兄妹から聞いているぞ。殺しても生き返るのだろう?」

 

両手の街灯を、少年へ投げつける。

すると無数の鳥へ変化して、シュドナイは飛び立った。殺しても意味はないのだから、戦っても意味はない。両手両足を折った上で零時迷子を持ち帰るにしても、こんな触手の生えた人間を抱えて運ぶことはできなかった。だから、ここは情報を持ち帰るために退くしかない。

 

そんなシュドナイを、触手は追う。

変化した鳥はシュドナイの分身であり、そして分身の全ては本体でもある。つまり一部でも逃げ切れば、シュドナイを逃がした事になってしまう。地上から伸びた幾つもの触手は、糸のように鳥を絡め取っていった。それでも全てを捕らえる事は叶わず、数羽は逃してしまう。

 

――そうして封絶から脱出した

 

「どこへ行かれるのかしら?」

 

封絶を抜けた鳥を迎えたのは、幼い少女の声だった。

脱出に成功した分身も、今は自在法に囚われている。

 

「おかしいですわね。あなたにはオルゴールを護るように伝えていたはずですのに、そのオルゴールは何処にあるのでしょう?」

「待て、それどころではない」

 

「それどころではない? ごめんなさいの一言も言えませんの?」

「おまえから聞いた話よりも、想像以上に厄介な相手だったぞ」

 

「オルゴールも護れず、敵も倒せず、逃げた上に、言い訳ばかりですのね?」

「この身に代えることはできん、そう言ったはずだ」

 

「あら――今の貴方を殺すくらい、私にも出来ましてよ?」

 

ニコニコと笑う妹のティリエル。

その横で兄のソラトは大剣を振り上げていた。

 

「理解できたかしら? では、さっそく例の人間を殺してくださる?」

「どうする気だ。不死なのだろう?」

 

「おおよその法則は推測できましたわ。あとは殺して、生き返った所を捕獲いたしましょう」

「やれやれ、とんだ護衛対象だな」

 

濁った紫色の炎を灯す。

そうして封絶を張ると、周囲の人間を喰らった。

その体に絡み付いているのは山吹色の歯車、つまりティリエルの自在式だ

 

「おい、なんだこれは?」

「もちろん保険に決まっているでしょう?」

 

「何の自在法だ」

「万全の貴方であれば、何の問題もなく破れる程度の自在法ですわ」

 

人を喰ったとは言え、シュドナイは万全ではない。

ティリエルにも殺せると言う脅しは真実だった。

 

「それでは御健闘を御祈りしてさしあげましょう」

「問題ない。さっさと行くがいい」

 

愛染の兄妹は去る。

するとシュドナイは2本の電柱を圧し折り、片手ずつに持った。その肉体を直立する獣へ変化させ、その太くなった手で電柱を握り締める。軽く振ると電線は千切れ、地面を跳ね回った。そうして前進を始めたシュドナイは、途中で獣と化した足を止める。こちらから向かうまでもなく、隣り合った封絶から少年は侵入していた。

 

その姿は少々、変わっている。

伸びていた触手は巻き付き、体を覆っていた。

 

「なるほど、そう来たか」

 

電柱という双剣を降り下ろす。

すると少年は素早く避け、電柱は道路で跳ね返った。さっきは触手に任せて動かなかったけれど、今は違う。少年へ向けて切り返した電柱の間を擦り抜け、シュドナイへ接近してくる。片腕は折れているにも関わらず、それは見違えるような動きだった。そうして折れていない方の腕で、獣と化した胴体を穿つ。

 

それに対してシュドナイは肉体を変化させた。

少年の拳に合わせて、肉体に孔を開ける。すると空を切り、拳は当たらなかった。シュドナイの意識している限り、単純な攻撃は通用しない。しかし少年の腕に巻き付いていた触手は、渦を描きながら広がっていく。それはミキサーのように、獣の全身を抉り取る寸前だった。

 

するとシュドナイは粘液へ変化する。

触手の隙間を擦り抜け、少年の本体を狙った。触手と粘液は交差し、一体のように絡み合う。それは少年の肉体に孔を開け、致命傷を与えた。代わりにシュドナイも触手に喰われ、変化した肉体の大半を持って行かれる。変化したシュドナイは距離を空け、直立する獸へ戻った。

 

「悲しいな。しょせんは人間だ。体に孔が開いた程度で死んでしまう」

 

少年は答えない。

もう死んでしまったのかも知れない。

 

「いや、本当に死んだのならば、死体も消えるのだったな」

 

電柱を拾い上げ、両手に持つ。

死体を擦り潰すまで殺したと言えない。道路上に倒れた少年へ、電柱を降り下ろした。すると触手は動き出し、少年を転がして回避させる。しかし完全に回避させる事は叶わず、またしても少年は吹っ飛ばされた。触手は少年の体に巻き付き、そのダメージを緩和させている。

 

『――来た』

 

遠くから響くように、その声は知らせる。

音もなく1日の終わりは告げられ、零時迷子は稼働を開始した。1日の内に起こった劣化は否定され、その肉体から負傷は消える。1日の内に起こった損耗も否定され、失った力も補充された。夜の鍛練でメロンに吸われ、シュドナイに絞め殺され、メロンに喰い殺され、ティリエルに縛り殺され、メロンに喰い殺され、その合計5回分の存在の力だ。

 

つまり存在の力は、前日の5倍となる。

 

「ここに神器を定める」

 

少年の声で、メロンは告げた。

坂井悠二の削られた意思も回復され、改めて器の境界を定める。肌から生えた触手は、そのまま細くなっていった。それは繊維のように細くなり、色も変わって衣服を形作る。それは白と黒の混ざった洋服だ。黒のロングワンピースに、白いエプロンを重ねている。フリルの付いた白いヘアバンドを頭に付けていた。それは通常よりも肩や手首にフリルの多い、かわいらしさを追求したメイド服だ。

 

「よし、やっと動きやすくなったわ」

 

体から伸びた触手は重く、動きにくかった。

それを身に着けることで攻防は一体となる。

 

『うわー、ごめん。バイト先の制服と混ざったのかな』

「いいわ。私のイメージが混ざってる可能性もあるもの」

 

メロンにとっては見慣れている。

養育係のヴィルヘルミナも着ていた洋服だ。

 

『バイトの時と違って……化粧してないから恥ずかしいかも』

「そんな余裕なかったでしょ。我慢しなさい」

 

無数の触手を糸のように衣服から生やす。

そんな少年メイドに、人狼のごとき獸は襲いかかった。

 

 

第20話 正体不明の怪物たち

 

 




間違い探しコ―ナ― 提供:にょんギツネさん
「あらーー今の貴方を殺すくらい」→「あら――今の貴方を殺すくらい」

長音記号は、これで統一することにします。混ぜたら絶対に間違えるでしょう。
なお、これを投稿済の20話まで全話修正する事になりました。
長音記号を3つも持ってたマ―ジョリ―・ド―は許されない。
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