異世界から帰ってもファンタジ―   作:器物転生

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どこよりも天国に近い大地

世に潜む怪物たちは、山奥に集まっていた。

人化している者は少なく、その本性を晒している。カラフルなドレスやワンピ―スの少年、空っぽの西洋甲冑やスク―ル水着の少女。山中の仮装行列と思いたくなるほど、統一感のない姿形のものばかりだ。それらは紅世の徒と呼ばれる、異世界から来訪した人喰いの異形だった。

 

殺人鬼であるフレイムヘイズは都市に多い。

そのフレイムヘイズと人間の拠点である外界宿分室も当然、山中ではなく都市に隠されている。なので多くの徒は大きな都市や、大きな道を避けて通るものだ。そうとしても徒は自由かつ気ままで、集団で行動する事は少ない。このように徒の集っている光景は特殊なものだった。

 

夜の暗闇に火は灯る。

焚き火を囲み、楽しそうに談笑していた。お祭りや祝いではなく、これは自然と起こったものだ。自由を常とする徒は住所を持たず、再び出会うことも偶然に任せるしかない。だからこそ出会えば、このように夜宴は開かれる。その中に珍しく、人を連れた徒の姿もあった。

 

愛染の兄妹だ。

口付けを交わしてイチャイチャしている。側に控える人間は不安そうに辺りを見回し、あと2人の人間は人形のように動かない。おまけに護衛らしい徒も近くに居り、煙草を吸って紫煙を吹き出していた。夜宴の外れに陣取り、愛染の兄妹は2人の世界を造り出している。そんな空間に割り込めるのは、空気の読めない徒しか居なかった。

 

「よう、俺は駆掠の礫カシャ様だ!」

 

それは人に見えるけれど、人化したままの徒だ。

指輪の着いた両手を見せびらかすように広げている。

 

「うるさい徒ですこと」

 

ティリエルは不快そうに半眼を向ける。

聞こえた大声に、ソラトはキョトンとしていた。

 

「そいつらは人間で言うところの携帯食料か?」

「人間の使い道は食料だけではありませんわ。自在法で意思を縛って、燐子の代わりとしても使えますの」

 

「へ―、変わった事をしてるんだな。まあ、このコルデーが俺にはあるから、燐子なんていらないぜ!」

 

コルデーという指輪型の宝具だ。

ジト目のティリエルはシュドナイへ声をかける。

 

「護衛の出番ではなくて?」

「宴の席で、それを咎めるのは無粋だろう。まあ、程度が過ぎるようであれば止めてやる」

 

ティリエルは宴の席へ目を向ける。

するとカシャの背後で他の徒も、手をXにして拒否していた。あちらも嫌になるほど絡まれたに違いない。あっちこっちへ寄った末に、この宴の外れへ流れ着いたようだ。シュドナイは関わる気もなく無視している。そうして最後にティリエルは、平井ゆかりへ目を向けた。

 

「人間、こいつの相手をしてやりなさい」

「ええ? あたしが?」

 

「こっちの人間2人は話もできない状態だから当然でしょう?」

「へー、こいつは意思を縛ってないのか?」

 

カシャは話に割り込む。

平井ゆかりの顔を見るために身を屈めた。

 

「俺の顔は、どうだ? イケてるか?」

「えっ、そうですね。かなり整ってる方だと思うけど」

 

「人の美醜は分からないからな。それならキマってるか」

 

人の皮を被った怪物は納得した。

そして平井ゆかりに問う。

 

「俺の名は知ってるな?」

 

平井ゆかりは身を固まらせる。

さっきの名乗りを必死に思い出した。

 

「くりゃくのれき、カシャ様ですよね」

「惜しいな。正解は駆掠の礫だ」

 

何を間違えたのか分からず、思い返してみる。

正解は駆掠の礫で、カシャの部分は除かれていた。

 

「え―? じゃあカシャ様の部分は?」

「カシャ様は通名だ。わざわざ様を付けなくて良いように、最初から付けておいた」

 

「様の部分まで名前なんですか!?」

「俺の真名は駆掠の礫。それを人間ごときが通名で呼ぶなんて失礼な話だろう?」

 

「じゃあ、駆掠の礫、(さま)?」

「それでいい。間違っても真名を後にして、通名を先に呼ぶなよ」

 

「様付けなのに、自分で言うときは俺様じゃなくて俺なんですか?」

「変なことを言うやつだな。自分を様付けで呼ぶなんて恥ずかしいだろ?」

 

平井ゆかりは一瞬、混乱する。

 

「うん……うん? そうですね!」

 

そこで平井ゆかりは思い付いた。

イチャイチャしている兄妹を見つめる。

 

「でもティリエルさんの真名、あたし知りません」

「そんな事も知らないのか? 愛染自ソラト、愛染他ティリエル、合わせて愛染の兄妹だ」

 

「愛染自、愛染他。じゃあ通称は、愛称みたいな物なんですね」

「まあ、通称をコロコロと変える奴もいるからな」

 

「ありがとうございます! 駆掠の礫さまは物知りなんですね!」

「そうだろう、そうだろう――ふっ、大したことではない!」

 

カシャと平井ゆかりは、わりと順調に会話する。

その間も気になって、人形のような状態の坂井悠二を見ることもあった。

 

「そっちの人間は、お前の知り合いか?」

「そうなんです。でも今は、愛染他さんの自在法で支配されているみたいです」

 

平井ゆかりは落ち込んだ様子で言う。

それを気に掛けず、聞きたい事だけカシャは尋ねた。

 

「おまえの恋人か?」

「いいえ、親友です」

 

「親友? その親友は子作りできるのか?」

「子作り!? 何の話ですか!?」

 

「人間は子作りするんだろう? 俺らに、そういう習慣はないからな」

「そうなんですか? じゃあ、どうやって紅世の徒は生まれるんですか?」

 

「少なくとも俺らの内でパパとかママとか、親子関係の話は聞いた事もないな」

 

紅世の徒は、それぞれ単一の種族と言える。

子を成さず、一代限りの生命体だ。

 

「それで、どうなんだ? 親友と子作りするのか?」

「違います。ゆうちゃんとあたしは、そういう関係じゃないんです」

 

「なんだ、そうなのか。じゃあ、おまえは誰と子作りするんだ?」

「それは――」

 

池速人を思い浮かべる。

人間の平井ゆかりは、池速人に恋をしていたはずだった。

 

「あたしの初めて知った愛は、そういう物じゃなかったんです」

「どういう事だ? 子作りは人間の愛じゃないのか?」

 

「ゆうちゃんは最後まで、あたしと一緒に居るって言ってくれました」

「それは知っているぞ。人間の語る、結婚の誓い文句だろう?」

 

「違うんです。ゆうちゃんは、あたしを好きだから、そう言ってくれたんじゃないんです」

「いや、待て。どういう事だ? そいつは最後まで一緒に居ると言ったんじゃないのか?」

 

「きっと、ゆうちゃんは、あたしじゃない誰かでも、そうしていたと思います」

「そいつは最低な人間だな! その気にさせて捨て置いたのか!」

 

「でも、その時、心から溢れ出る感情があって――それが、あたしの愛だって気付いたんです」

 

坂井悠二と離れたくない。

だから坂井悠二と1つになりたい。それは性的なものではなく、それは精神的なものでもなかった。もっと物理的な原始の感情だ。例えるならば、互いの肉を混ぜ合わせるように一体となりたい。あるいは坂井悠二の肉体に寄生したい。初めて愛を知った時から平井ゆかりの愛は、人の物ではなくなっていた。

 

「だから、あたしの愛は、人間の愛じゃなくなってしまった。愛し合って子供を作る人間の愛じゃなくなってしまった」

 

人としての愛を知る前に、人ではない愛を知ってしまった。

それは平井ゆかりの死によって終わる。

子を成さず、一代限りの愛だ。

 

「なんだ、それならば人間も、紅世の徒と変わらんな!」

「そう、ですか?」

 

その言葉に平井ゆかりは救われる。

自分を分かってくれる同類に安心できた。こんな事は、きっと坂井悠二に言えない。もしも坂井悠二に拒絶されたら、平井ゆかりは砕け散ってしまう。だから平井ゆかりは、親友として坂井悠二の側にいる。人間の振りをして、親友という皮を被って、人という枠に押し込めていた。

 

「まったく人間は頭が悪いのですね。そうしたいのなら、そうしてしまえば良いでしょう」

 

ティリエルは同胞に目を向ける。

 

「平井ゆかり、あなたに忠告してあげましょう。己の全てを捧げて、愛のために生きなさい。そうしなければ、その人間は他の誰かに奪われてしまうわよ?」

 

「……はい」

「それとバカの言うことを真に受けないでもらえます? 真名呼びなんて時代遅れの風習ですわ。私のことはティリエルと呼びなさい」

 

「はい、ティリエルさん」

「俺のことバカって言ったな!? そこの知能の低そうなガキよりもマシだぞ!」

 

兄を抱いてティリエルは立ち上がった。

ソラトの武器となる大剣を出して、その手に持たせる。

 

「お兄様、あの方が遊んでくださるようですわ。私と一緒に鬼ごっこしましょう」

「ぅん、ぁそぶ! 鬼ごっこ!」

 

ソラトは大剣を持って追いかける。

足に火の車輪を出し、カシャは逃げ回った。

 

「おい、待て。でかい剣を振り回すな! そんな鬼ごっこは聞いた事ないぞ!?」

 

それを夜宴の徒たちは、ケラケラと笑いながら見ている

 

「あら、そうですの。いつも討滅の道具と遊んでいますのよ?」

「まてー! バラバラにするー!」

 

「ぶっそうな遊びを教えるな!」

 

坂井悠二とメロンは、人形のように立っている。

それでも肉体を自由に動かせない程度で、意識を奪われた訳ではなかった。平井ゆかりは知らずとも、今の話は全て聞かれていた。2人を縛る自在法の主であるティリエルは、それを知らないはずもない。もしも平井ゆかりが、坂井悠二を奪って逃げてもティリエルは見逃す。愛染他ティリエルとって同胞は紅世の徒ではなく、愛に生きる者のことだった。

 

 

第22話 どこよりも天国に近い大地

 

 

夜宴は終わり、そこへ空から降りたのは巨大な橋だ。

空から地面へ伸び、虚空へ繋がっている。それを待っていた徒の集団は、その橋を渡ると消えていった。まるで天へ昇ったように見えなくなる。そこに在るのは星黎殿という仮装舞踏会の本拠地であり、不可視の移動する浮遊城だ。その内部は現実と異なる、別世界のような星空を映し出していた。 

 

「将軍閣下。ご帰還、およろこび申し上げます」

「出迎え御苦労、驀地祲リベザル。だが、今は私用中でな」

 

それは見上げるほどの巨体だ。

立派な角を頭頂から生やした異形だった。

 

「おお、それは失礼した。愛染の兄妹よ、歓迎しよう」

「あら、紅世の王でもない私達を御存知でしたの。新参の徒に詳しいのかしら?」

 

「愛染自ソラトは優れた剣士であり、愛染他ティリエルは巧みな自在師であろう。互いを支える在り様は、まさに二心同体。その強さには見るべき所がある」

 

ティリエルとソラトの炎は、同じ山吹色だ。

1つの体に複数の意思を有する、そんな紅世の徒も存在する。

しかし完全に分かれた体と意思なのに、炎の色も同じという例は極めて珍しい。

 

「紅世の王と評される驀地祲リベザルが目を掛けてくださるなんて、とても嬉しく思うわ」

 

冷ややかな言葉で、ティリエルは応えた。

前回ここで訓令を受けた際、大御巫に対して行った無礼を忘れているはずもない。

不穏な空気に違和感を覚える。

 

「わざわざ人間を連れているとは珍しい。だが、注意することだ。盗み食いされても文句は言えん」

「もちろん、私の物に手を出せば、どうなるか。その御方に教えてあげましょう」

 

「ははは、そうでなくてはな!」

 

リベザルは暴力を肯定する。

挨拶を終えて、そして本題に入った。

 

「我等、仮装舞踏会の将軍閣下を御迎えしたいのだが、どうか?」

 

ここは仮装舞踏会の本拠地だ。

その将軍を客人として連れ回すのは混乱の元だった。

 

「ええ、よろしくてよ。ただ、保険屋という人間を知っていらっしゃる?」

「1月前より滞在している客分の人間だな。無論、燐子に案内させよう」

 

メイドの燐子を、リベザルは呼び寄せる。

その間にティリエルは仕事の終わりを告げた。

 

「護衛は、ここまでか。ではな、愛染の兄妹」

「ええ、そこそこ役に立ちましたわ」

 

「ふん、そこそこか」

「満点はあげられませんもの」

 

互いに壊れた木箱を思い浮かべる。

シュドナイの護り切れなかったものだ。

 

「たしかにな。人間と侮った俺の過失だ」

 

シュドナイとリベザルは歩み去る。

メイド燐子に先導されて、ティリエル一行は別の道を進んだ。と言っても長い距離ではない。シュドナイたちは星黎殿の中枢へ向かったけれど、ティリエルたちの目的地は出入口から近かった。そこは仮装舞踏会の一員でなくても進入を許可されている地区で、つまり中央から遠い都の外れで保険屋は営業している。

 

建物に入り、受付を素通りする。

そこで行われているのは数体の徒による対面の説明だ。保険の説明は燐子にとって難しく、徒を使うしかなかった。さらにメイド燐子の案内で奥へ進むと、小さな徒に通路を遮られる。その幼い男の子に見える徒は、白いブカブカのローブを着て、フードから顔を覗かせていた。その両目を異なる方向へ向けた、やぶにらみの目に捉えられる。

 

「ちょっと、ダメだよ! ちゃんと順番を守ってもらわないと!」

「申し訳ありません。驀地祲リベザル様の御命令で、こちらの方々を保険屋まで案内するように命じられました」

 

「リベザル~! まったく、もう! 勝手なことして!」

 

腰に手を当ててプンプンしている。

白いローブは、フリフリと揺れていた。

 

「君達も保険契約に来たの?」

「いいえ、私達の用事は個人的な物ですわ」

 

「個人的?」

「とある刀剣を探していますの」

 

すると男の子は、閃いた表情を見せる。

そして、あっさりと通路を開けた。

 

「それなら通っていいよ。ちょっと僕は、リベザルに文句を行ってくる!」

「しかし、蠱溺の盃ピルソイン様。勝手に職務を離れるのは問題があるのでは」

 

「どうせ保険屋も契約できないよ。だから、ちょっと席を外すくらい良いの!」

 

メイド燐子を連れた小さな徒は、トテトテと走り去っていった。

それをティリエル一行は見送る。

 

「慌ただしい方ですこと」

 

小さな部屋の扉を開ける。

そこに見えたのは、立派なテーブルに着いた保険屋だ。木材を組んで造られたテーブルは、キラキラと天井の炎を反射している。壁に絵画の類はなく、代わりに水晶の中で時を凍らせた花を飾ってあった。壁は石積で窓はなく、そのため圧迫感を覚える。まるで物置部屋を改装したような部屋だった。

 

「客ではないようだ。なんの用だ?」

「あら、心を読めるのならば分かっているのでしょう?」

 

「それをやると、あまり良い印象を持たれないからな――答えだけ言えば、」

「――それは私の仕事ではない、と」

 

保険屋の言葉を、ティリエルは引き継ぐ。

この星黎殿までの道中で、坂井悠二とメロンから保険屋について聞き出してあった。

 

「では、贄殿遮那を渡してくださる?」

「それも私の仕事ではない。私の仕事は契約に従って蘇生すること、それだけだ」

 

まるで機械のように淡々と告げる。

それは人に対しても、紅世の徒に対しても変わりなかった、

 

「では、どうすれば贄殿遮那を譲ってくださるのかしら?」

「それは出来ない。そもそも私の所有物ではない」

 

「そもそも贄殿遮那は、どのような状態なのか。教えてくださる?」

「そうだな、あらゆる物体に識別情報は存在する。いいや、正確に言うと私は、識別情報が存在する物として見える。私のやった事は、それを改変した程度だ」

 

「しかし贄殿遮那は存在し、消滅していない。そうなのでしょう?」

「完全に削除すると、戻すときに面倒だからな」

 

つまり贄殿遮那やアラストールは、まだメロンの内側にある。

そのONとOFFのスイッチは保険屋でなければ触れなかった。

 

「では、どのような状況になれば、贄殿遮那を戻してくださるのかしら?」

「その気になったらな」

 

保険屋の態度に、ティリエルは苛立っていた。

しかし保険屋の危険性は十分に承知している。下手に手を出せば、炎髪灼眼のようになるだろう。だからティリエルは手を出さなかったし、ソラトを抱き寄せて捕まえている。その問題点は本気でソラトの暴れる場合、ティリエルは止められない事だ。そして機嫌を損ねたソラトは、それを起こしてしまった。

 

「にぇとののしゃな、ほしぃ!」

「お待ちくださいませ、お兄様!」

 

ティリエルを振り払って、ソラトは飛びかかる。

蠱溺の盃ピルソインであれば止められた事だろう。しかしピルソインはメイド燐子を連れて、リザベルの下へ向かったまま戻っていなかった。テーブルに登ったソラトは、保険屋の目前で動かなくなる。そのまま力を抜いて、テーブルの上に座り込んでしまった。ティリエルは慌てて、ソラトを抱き寄せる。

 

「お兄様! どうなされたのですか!?」

 

ソラトはキョトンとしている。

紅世の徒のままで、保有している力の量に変化はない。メロンのように人間へ上書きされたり、存在の力を減らされたりした訳ではなかった。服の中を覗いて、体に異常のないことを確かめる。見知ったソラトの体に、おかしな所はない。そうなると保険屋に改変されたのは、いったい何か。

 

「ここに来てから色々な紅世の徒を見て、おかげで基準となる値も分かってきた。たとえば紅世の徒は、それぞれ特性を有している」

 

固有の能力や、自在法となって現れる。

それは本質の顕現だ。

 

「その特性を除いた紅世の徒こそ、一般的な徒と言える」

「お兄様に何をした!」

 

「だから君を、一般的な徒へ書き換えさせてもらった」

 

その結果、何が起こったのか。

愛染自ソラトは、贄殿遮那の位置が分からなくなった。もっと言えば、何かを欲するという欲求を失ってしまった。愛染他ティリエルは自身を他者の一部へ、愛染自ソラトは他者を自身の一部へ。そうすることで心を埋め合わせる。愛染自という本質を奪われ、ソラトは何かを求める必要がなくなってしまった。

 

「よくも! お兄様を!」

 

怒りに任せて、自在法を展開する。

しかし、それも発動しないまま消えた。

 

「自在法が!」

「もちろん君も同じだ」

 

ティリエルの自在法は封じられた。

どうしようもなくなってティリエルは、無抵抗なソラトを抱きしめる。他に手はないか考えて、立ちっぱなしのメロンを見た。ティリエルの命令もないのに、その体は勝手に動き始める。制御用の自在法は解け、人間は自由を取り戻しつつあった。それを見たティリエルは、ソラトを連れて部屋から逃げ出す。

 

「はぁ!」

 

力強い声と共に、山吹色の歯車は砕け散った。

平井ゆかりの前で、メロンは自由を取り戻す。

 

「よし、ユカリとユージと分解して御崎市へ返すわ」

「メロンちゃんは、大丈夫?」

 

「ここで最後まで暴れたら、私も帰ってくるわよ」

 

ともかく、ここから脱出する事こそ最優先だ。

しかし、そこへ流れ込んだのはモヤモヤだった。

 

「メロンちゃん、これって!?」

「これは紫煙――シュドナイ!?」

 

「違うよ、これは菖蒲(しょうぶ)色。人間のくせに知らないの?」

 

白くて大きな布袋は、毒々しい色を吐き出している。

その袋を担いでいるのは、さっき通路で会った紅世の徒だった。

 

「アハハハハハハ!」

「ユカリ!?」

 

笑い出した平井ゆかりに驚く。

そんなメロンも体の自由は効かなくなっていた。呼吸は浅くなって、酔ったように視界は回り出す。これこそ蠱溺の盃ピルソインの自在法、ダイモーンだ。今回は人間を対象とした毒で、メロンと平井ゆかりと坂井悠二は倒れ伏す。しかし当然のように、保険屋は平然としていた。

 

「あのさー、保険屋。ちょっと目を離した隙に、問題を起こすの止めてくれる?」

「それは違う。問題は向こうから、やってくるものだ」

 

「そう言って幾人の同胞を再起不能にした事やら、困った客人だ」

 

そう言って現れたのは、鎖を持った徒だ。

額の目と合わせて本来は三眼であるものの、片目は眼帯に覆われている。

 

「よくやったね、蠱溺の盃ピルソイン。迅速な判断だった」

 

仮装舞踏会の三柱臣、参謀のベルペオルだ

その背後に見える通路の巨体は、驀地祲リベザルだった。

 

「まあ、今回はピルソインへ向けた伝令を、私が呼び止めてしまった件もある。先にピルソインへ伝令が伝わっていれば、もっとスムーズに話は進んだろうさ」

「そもそも参謀閣下の命を受けて、将軍閣下を御迎えに向かったのです。その伝令であると参謀閣下に思われても仕方ありませぬ」

 

驀地祲リベザルは愛染の兄妹を確保し、

蠱溺の盃ピルソインのは人間たちを確保している。

 

「さて、この場は仮装舞踏会の参謀である、この逆理の裁者ベルペオルが治める。異論はあるかい、保険屋?」

「了承しよう」

 

「では、保険屋。しばらく営業停止だ。事情聴取と、どちらにせよピルソインは一時的に戻してもらうからね」

「……そうか」

 

保険屋はションボリする。

そうして大人しく、ベルペオルに連行されていった。こうして逆理の裁者ベルペオルは、零時迷子の足止めに成功する。ティリエル一行からシュドナイを引き離し、保険屋からピルソインを引き離し、事故の起こりやすい状況を作った。なにしろ加害に加担すれば、こちらにまで報復は及んでしまう。これで贄殿遮那あるいは力を取り戻すまで、愛染の兄妹は保険屋に執着するだろう。その間に零時迷子を確保するか、いずれ戻ってくるように盟主の自在式を打ち込めば良かった。

 

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