異世界から帰ってもファンタジ―   作:器物転生

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先の見えない暗闇で足掻く

保険屋は客分だ。

仮装舞踏会の一員ではなく、しかし部外者という訳でもない。保険屋の担当は参謀であるベルペオルではなく、情報部隊である蠱溺の盃ピルソインだ。例えばベルペオルの直属ならば不満に思う声も大きかった事だろう。しかし近衛部隊でもなく、戦闘部隊よりも下に見られる事の多い情報部隊の担当であれば、それほど大きな反感はなかった。

 

愛染の兄妹は部外者だ。

仮装舞踏会の一員ではなく、仮装舞踏会の提供する寄合所の利用者と言える。連れている人間は、愛染の兄妹の所有物と言えた。もちろん零時迷子だからと言って、それを没収する道理はない。問題となったのは保険屋に対する営業妨害ではなく、フレイムヘイズだった。

 

「フレイムヘイズへ変わる可能性のある人間は、こちらで預からせてもらうよ。愛染の兄妹が自在法によって制御できなくなった今、放置する事は出来ないからね。下手すると星黎殿建造以来、初めてとなるフレイムヘイズの侵入者となるかも知れないだろう?」

 

逆理の裁者ベルペオルによって、メロンは封じられる。

ベルペオルの鎖から造られた指輪を付けられ、どこかへ運ばれて行った。

 

「零時迷子の人間と、残りの人間は問題ないようだね。ただし今回の騒ぎを原因として、人間のことは星黎殿に噂として広がっている。フレイムヘイズを連れ込んだとして、おまえたちに害意を向ける連中もいるだろう。早々に星黎殿から立ち去ることを提案するよ」

 

それに兄のソラトを抱いた、妹のティリエルは答える。

 

「甘く見ないでくださいな。自分の物くらい自分で守れますわ」

 

そのソラトは大人しい。

まるで意思はないようにティリエルへ身を任せていた。

 

「ならば良い。部外者の問題に我らは中立だ。十分に注意するのだぞ」

 

優しそうにベルペオルは言う。

しかしティリエルは毛を逆立てた猫のようだった。そうしてティリエル一行は退室し、悪魔のような徒の案内で外側へ向かう。ここは星黎殿の中枢で、自由に歩き回っていい所ではなかった。漆黒の床に銀色の砂柱が並ぶ空間を抜けて、ティリエル一行は星黎殿の外側へ戻る。

 

「お兄様を取り戻すまで、ここを離れられるものですか! ああ、かわいそうな、お兄様! このままでは絶対に済ませませんわ!」

 

案内人と別れて間もなく、ティリエルは怒り狂う。

そうして星黎殿の外周にあたる地区を歩いていた。理屈で言えばベルペオルの言う通り、速やかに立ち去るべきだろう。しかし感情で言えば、このまま済ませる事はできない。どうにかして保険屋に報復しなければ気は済まなかった。たとえ奪われた本質を取り戻せないとしても、たとえ得られる利益はないとしても、その気持ちは変わらない。

 

「よお、愛染の兄妹! フレイムヘイズを連れ込んだってな!」

「まさか、あの時の人間がフレイムヘイズだったとは!」

「よくも、だましてくれたな!」

「フレイムヘイズを連れ込んだ裏切者め!」

「こういうのを人間は天誅って言うんだろ!」

「そうだ! そうだ! 天に代わって悪を討つ!」

 

紅世の徒に取り囲まれる。

それは見た覚えのある、夜宴で笑い合っていた紅世の徒だった。同じように笑いながら、ティリエル一行を取り囲む。見回せば他に徒はいるけれど止める様子はなく、むしろケラケラと笑って盛んに煽っていた。ティリエルは自在法を封じられた状態で、ソラト平常と言い難い。坂井悠二は意思を縛られたままで、平井ゆかりは人間に過ぎなかった。

 

「どうして? あの人達も、ちょっと前まで一緒だったのに?」

「紅世の徒なんて、そんなものよ。それよりもユカリ、その人間の面倒まで見れませんの。自力で何とかしてくださいな!」

 

ソラトを抱えて、ティリエルは飛び退く。

鮮やかな色の炎が、爆発して広がった。ソラトを庇ったティリエルは熱に焼かれ、ドレスも焦げてしまう。徒たちの手はティリエルとソラトに群がって、笑いながら服を引き剥がしていった。無抵抗なソラトのジャケットは破られ、幼い裸体を晒け出す。暴れるティリエルのドレスも破られ、その下着を晒し出された。

 

「きゃあ!」

 

吹き飛ばされて、坂井悠二と共に倒れる。

そんな2人へ徒は手を向け、その存在を喰らうつもりだ。体内の自在法に意思を縛られたまま、まともに動きもしない坂井悠二は荷物でしかない。ティリエルは自在法を封じられ、その坂井悠二に命令を下すことも出来なかった。メロンから貰っていた防御の自在式は、封絶という自在法に対する防御用で期待できない。

 

しかし、徒は背後から蹴り倒された。

その足に付いているのは、象牙のように滑らかなアイボリーの炎で構成された車輪だ。

 

「あー、悪いな! 気配が小さすぎて見えなかったぜ!」

「てめぇ! なんのつもりだ!」

 

駆掠の礫カシャだ。

人化したままの姿で、指輪の着いた両手を見せびらかすように広げている。

 

「フレイムヘイズが居るって聞いてよ。この駆掠の礫カシャ様が葬り去ってやろうって話よ」

「ここにフレイムヘイズは居ねぇよ! 気配で分かるだろ!」

 

「バカだな。だから知ってそうな奴に聞くんだよ」

「バカは、てめーだろ! 俺らの邪魔をしようってーのか!」

 

「うるせーな、邪魔だ!」

「何しやがる、この野郎!」

 

またしてもカシャは徒を蹴り飛ばす。

すると周囲の徒はカシャへ殴りかかった。足に付いた車輪の自在法を使って、カシャは飛び上がる。見上げた徒たちの足下で、落ちた指輪は爆発した。徒は吹っ飛び、指輪はカシャの指へ戻る。さらに指輪は流星のように流れ落ちて、ソラトとティリエルに群がっていた徒を弾き飛ばした。

 

「これこそ俺の宝具、コルデー! 記憶して行け、俺は駆掠の礫カシャ様だ!」

「逃げますわよ!」

 

破られたドレスを手で押さえ、裸体を隠しながらティリエルは言う。

ティリエルはソラトを連れて、平井ゆかりは坂井悠二を連れて、その場から逃げ出した。

 

星黎殿の寄合所。

その一室にティリエル一行は逃げ込んだ。ソラトとティリエルは破られた服を脱いで、新しい服へ着替える。ソラトは黒猫の着ぐるみパジャマへ、ティリエルは黒いドレスへ。星黎殿に広がる星空の下で、目立たない色へ変えた。それは喪服のように濃い黒で不吉に思える。そこへ後を付いてきたカシャが問いかけた。

 

「それでフレイムヘイズは、どこに居るんだ?」

「中枢の、どこか。としか言えませんわ」

 

「なんだ、それだけか。使えない奴だぜ」

 

用事の終わったカシャは出ていく。

それを呼び止めたのはティリエルだった。

 

「お待ちなさい、駆掠の礫カシャ。私達の護衛に雇われてくださらない?」

「そんな面倒なこと、やってられるか。ガキの御守りなんて、お断りだ」

 

「その宝具コルデーと言ったかしら? それに自在師である私が、自在式を刻んであげても良くってよ?」

「宝具に自在式を刻むだと?」

 

「さきほどの様子から見て、単に存在の力を指輪に込めて使っている程度なのでしょう?」

「よし、話くらい聞いてやる」

 

カシャとティリエルは相談を始める。

放置されたソラトは置物のように、それを眺めていた。

 

「あの、ティリエルさん。ゆうちゃんを解放できませんか?」

「それは出来ませんわ。そもそも今の私は、自在法を編めませんもの」

 

平井ゆかりに言葉を返すティリエル

それに反応したのはカシャだった。

 

「なに? ならば、どうやって指輪に自在式を刻む?」

「あなたの指輪に自在式を刻むくらいなら、自在法を使えなくても行えますわ」

 

坂井悠二は人形のように動かない。

坂井悠二と違ってメロンはフレイムヘイズであり、アラストールから存在の力について鍛練を受けていた。坂井悠二もメロンから力の流れを感じる夜の鍛練を受けていたものの、まだ封絶も編めない段階だ。坂井悠二の意識はあるものの、ティリエルの自在法を自力で解くことは叶わない。

 

わざと徒に殺されると良い。

そうすれば坂井悠二と一緒に、平井ゆかりは御崎市へ帰れる。あるいは坂井悠二を殺せば、坂井悠二だけは先に返せる。だから、さっきカシャに助けられたのは不都合と言えた。坂井悠二の首を撫でて、平井ゆかりは悩む。平井ゆかりの手によって、坂井悠二を殺せば、もう無関係でいられる。

 

「メロンちゃんを置いて逃げられないよね」

 

愛染の兄妹も気になってしまう。

ティリエルのせいで坂井悠二に殴られてしまった。それでも単に死ねば良いと言えるような、そういう関係では無くなってしまった。それは平井ゆかりの勝手な感情で、メロンや坂井悠二に聞かれたら怒られてしまうかも知れない。だってティリエルは、きっと平井ゆかりの同胞なのだから。

 

「カシャ様は、ゆうちゃんのに掛けられたティリエルさんの自在法を解けませんか?」

「この俺ともなれば自在法を使うまでもなく、このコルデーでフレイムヘイズを討ち取れるものでなァ」

 

「無理ですわ。自在師である私の掛けた自在法ですもの」

「でもメロンちゃんは自力で破ってたよね?」

 

「あれは力尽くでしたわ。おそらく自在法の構成を理解する事なく、力の流れだけを読んで強引に破ったのでしょう。まったく脳筋ですこと」

 

ティリエルは不快そうに言う。

例えるなら知恵の輪を、直感だけで解いたようなものだ。メロンはフレイムヘイズとなる前から、アラストールから存在の力による鍛練を受けていた。それは自在法の構成について学ぶものではなく、荒れ狂う力に揉まれて体得したものだ。解くことはできるものの、どうやって解いたのか、メロンも言葉で説明する事はできない。

 

「ゆうちゃんは零時――」

「――ユカリ」

 

冷たい声に遮られる。

 

「零時? ほう、零時迷子か。わざわざ人間を連れていた理由は、それか。そう言えば燐子の代わりとして使えると言っていたな」

 

「まったく余計なことを」

「ごめんなさい」

 

零時迷子について知っているのは、事件の聴聞を行った仮装舞踏会だけだ。

少なくとも、まだ外来の徒は知らなかった。

 

「そう警戒するな。存在の力を回復すると言っても、人間を喰えば済む話だろう。わざわざ欲しいものでもない」

「どうかしら? 欲を出して、皆殺しにされても不思議ではないでしょう?」

 

「コルデーの強化を不足なく行うのならば、護衛してやるさ」

「紅世の徒の約束ほど、信用のならない物はありませんわ」

 

「あの、余計なこと言って、ごめんなさい。喧嘩しないでもらえませんか?」

 

平井ゆかりは両手を差し出す。

一方はティリエルへ、一方はカシャへ。2人の手を握って、その手を繋いだ。人を喰った存在の力によって顕現される、その身は人と変わらない温もりを持つ。それでも恐ろしい事に変わりはなく、平井ゆかりは体を震わせた。死へ向かって飛び出すように、勇気を出して怪物たちの手を繋ぐ。

 

「ふっ、喧嘩ではない。意見の擦り合わせという奴だ」

「ええ、お互いの立場を明確にしておく必要はあるでしょう?」

 

人間と手を繋いだのは、互いに初めてだった。

だからと言って意味はない。ちょっと驚いた程度だ。そこへトテトテと、ソラトはやってくる。平井ゆかりの真似をするように、ティリエルと手を繋いだ。黒猫の着ぐるみパジャマを着せた後、ソラトは放置されていた。その寂しさを表すように声を上げる。その声は、いつも以上に聞き取りにくくなっていた。とても人の形から出たと思えない歪んだ声だ。

 

「◼◼◼◼◼」

「ええ、お兄様。お兄様のことを忘れたりなど、けして御座いません」

 

カシャは平井ゆかりの手を振り払う。

そしてティリエルへ向き直った。

 

「おい、ガキじゃないんだぞ。それよりも動かないのなら、俺は保険屋という奴に用がある」

「よくも私の前で、その名を出せたものですこと」

 

ティリエルにとって憎い相手だ。

とは言え、避けて通れない話ではある。

 

「そいつと契約すれば死ななくなるらしい。契約しなければ、死なない連中を相手に戦うことになる」

「仕方ありませんわね。早く行ってらっしゃい」

 

「ん? おまえ達は行かないのか?」

「私達は今、外を出歩く訳には行かないでしょう?」

 

護衛のはずのカシャは出ていく。

ティリエル一行よりも先に保険屋は帰っている。助手のピルソインも戻っているのならば営業は再開されている事だろう。もしも今、襲撃を受けたら戦える者はいない。ソラトは無力で、坂井悠二は置物で、平井ゆかりは置物係だ。この中で使えそうな者は、人間の平井ゆかりという在り様だった

 

「平井ゆかり、存在の力は分かりまして?」

「トーチが見えたりはするよ?」

 

「つまり素人という事ですわね」

「ゆうちゃんなら、その鍛練を受けてたらしいよ?」

 

「あなたの話をしているのよ」

「うーん。そういう鍛練は、まだ受けてなかったよ?」

 

「それならば今から存在の力を送るわ。それで感じ取れるようになりなさい」

「えー? どうして?」

 

「あの徒は信用できませんもの。少しでも使える手を増やしておきましょう」

「カシャさん、信用できない?」

 

「ええ、もちろんですわ」

 

そう言って平井ゆかりの手を握る。

そんな2人の様子を、ボーとソラトは見ていた。それは心が空っぽになってしまったようだ。なにも感じなくなって、廃人のようになっている。しかし、それならば、どうして手を握ったのか。紅世の徒としての本質に囚われる事なく、ソラトは自身の欲する物を求めていた。

 

 

第23話 先の見えない暗闇で足掻く

 

 

坂井悠二は全てを見ている。

ティリエルに命じられて平井ゆかりを殴り、平井ゆかりの隠し事を聞いてしまった。それでも呪縛を解かなければ、その指すら自由に動かない。身の内に流れる存在の力を感知し、それを解くために頑張っている。しかし自在師であったティリエルの呪縛は、坂井悠二にとって難解だった。

 

『――どうしたい、坂井悠二』

 

坂井悠二は声を聞いた。

ここではない何処からか、その声は届いた。坂井悠二にのみ聞こえ、他の誰にも聞こえない。近くにいる平井ゆかりもティリエルもソラトも、その声は聞こえていなかった。だから幻聴ではないと、確かに答えることは出来ない。それでも、その声に助力を乞うことしか、坂井悠二に出来ることはなかった。

 

『――そうだ、どうしたい?』

 

やるべき事は、すでに分かっている。

坂井悠二は自身の願いを、その声へ託した。

 

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