ティリエル一行は案内を受けていた。
メロンを引き取りに来た所、わざわざ星黎殿の中枢まで案内される。逆理の裁者ベルペオルから直接に伝える事があるようだ。心当たりは、あった。すごく、あった。悪魔のような徒に先導され、銀色の砂柱を並べた空間を抜ける。これは離れた所を繋げる移動手段のようで、すぐにティリエル一行は中枢へ到着した。
そこは前も訪れた謁見室だ。
天井は高く、広い階段もある。その段上にベルペオルは立ち、空席の椅子へ手を置いていた。その席に座ることもなく、立ったままティリエル一行を迎える。案内人の徒は、出入り口の側で待機していた。他に徒の姿はなく、この仮装舞踏会の参謀であるベルペオルだけのようだ。
「ずいぶんと好き勝手に言い回ったようだね。おかげで苦労したのだぞ?」
「あら、無理はいけませんもの。あなたの心労を減らすためにも、あの保険屋は追い出すべきではなくて?」
「まあ、一理ある。しかし、あのトラブルメーカーは、それ以上の利を生み出す。我等の利益を損ねる者を、見逃すわけには行かぬのさ」
「困りましたわ。フレイムヘイズもどきなんて、やはり置き去りにするべきだったかしら?」
「なにも口封じをしようと言うわけではないさ。フレイムヘイズもどきの件だ。あれは天壌の劫火アラストールのフレイムヘイズだったと言うではないか。我等にとっても誰にとっても、このまま封じておきたいものだ」
「そうかしら?」
そもそも目的は贄殿遮那だった。
フレイムヘイズの持っていた刀で、それをソラトは求めていた。しかし今のソラトにとって、もはや必要のないものだ。昔の大戦を知らないティリエルにとって、それほど天壌の劫火を、特別に警戒する理由は分からない。古い徒の話は誇張も多く、まじめに受け取れる話ではなかった。
「それならば、お断りですわ」
「おや、なぜだい? あれと戦ったのならば、あれの厄介さは承知しているだろう?」
「そうですわね。正直に言えば、フレイムヘイズもどきについては、どうでも良いのですけれど」
ならば捨て置けば良かった。
そうしなかった理由は、どうしてなのか。
「あのフレイムヘイズもどきの仲間で、そこの人間はヒライ・ユカリと言うそうです」
「その人間のためと、そう言うことかい?」
「いいえ、そうではありません。私の愛しい、お兄様のためですわ」
ソラトは平井ゆかりと手を繋いでいる。
名も忘れたフレイムヘイズもどきに拘る理由は、それしかない。
「そうかい、それは残念だ。ならば我等も強制せねばなるまい。あの天罰狂いの魔神を解き放つなど、この世を漫遊する同胞の誰も望んでおらぬのだ。そうであろう?」
「たとえ何千何万の徒を犠牲にしようとも、お兄様に並ぶものではありませんわ」
「よかろう。そうと在れば止むを得まい――同調せよ、タルタロス」
床に燃え上がったのは金色の紋章だ。
ベルペオルを中心に炎の壁は広がって、火の粉の舞い散る封絶を形成する。それと同時にシュドナイを封じていた鎖の輪も砕けた。前触れもなくティリエル一行の足下に、強大な気配が湧き上がる。シュドナイと同化した床は黒く変質し、大きな口を開けてティリエル一行を丸呑みにした。
「おや?」
しかし次の瞬間、無数の裂け目に切り刻まれる。
意外そうに声を上げたのはシュドナイではなく、ベルペオルだった。零時迷子は、あの棺のような箱から出る余裕はなかったはずだ。それはシュドナイが仕留め損なった証であり、棺から出るまでの時間を稼いだことを意味する。その心当たりはあるものの、それの反逆は意外だった。
床の下から投げ出されたのはティリエル一行だ。
アイボリーの歯車で形作られた結界に包まれている。それはティリエルによって指輪に刻まれ、カシャによって行使された自在法だ。それに遅れて裂け目から飛び出したのは、大剣を片手に持った坂井悠二だ。シュドナイを切り刻んだのは、その大剣の効果だった。
さらに数え切れないほどの目が、床を染めた黒い影に開く。
そこから飛び出した無数の槍は、坂井悠二に襲いかかった。メイド服を構成する触手に、その硬い無機物を止める力はない。それでも触手は糸のように周囲へ広がって、わずかにでも威力を殺そうと試みた。その1本は柱に絡み付き、坂井悠二の体を引っ張っていく。剣山のごとく槍は突き立ち、空中を裂いた。
『ババアの言う通り、やはり起きていたか。零時迷子の人間』
黒い影から響き、反響して不気味な声となる。
坂井悠二の触手に触れれば喰われる。そうと分かっていた所に取り出されたのは、あの大剣だ。存在の力を込めれば、武器越しに相応の傷を付ける宝具とシュドナイは知っている。あれは元々、ソラトの使っていた武器だ。そのソラトもティリエルも今は無力で、人間と共にカシャの結界で守られていた。
しかし、じつを言うと坂井悠二は起きていない。
かつてティリエルに仕掛けられた自在法は、まだ解けていなかった。坂井悠二の体を動かしているのは、寄生した平井ゆかりだ。その平井ゆかりは集中して、周囲に構う余裕もない。触手を動かしているのは坂井悠二で、2人の共同作業だった。ティリエルの自在法に支配されて動けない肉体を、平井ゆかりは操る。そして肉体から隔離されたものの、意思のある坂井悠二は触手を操っていた。
平井ゆかりは殺しを感じ取る。
メロンから受けていた鍛練は、ここで成果として現れていた。少なくとも坂井悠二であれば、殺しを感じ取れずに打ち落とされていた事だろう。それでも室内は狭く、空間の限界として避け切れるものではない。さらに壁や天井も黒く変色し、そこから新たに槍を吐き出しつつあった。まだまだ増えるようだ。
『わー! わー! もうムリー!』
『がんばって、ゆかりちゃん!』
『この剣、でっかくて邪魔なんだけど!?』
『そうだね!』
ティリエルたちを守る結界は消える。
指輪の宝石に注ぎ込まれた力を使い果たし、もはや使えない。無数の槍に突き刺される寸前、カシャは次の指輪を使った。それは強烈な閃光を放ち、目を眩ませる。次の瞬間、ティリエルたちの姿は無数の槍に突き刺された。しかし手応えはなく、その姿も幻となって消える。
さらにベルペオルへ、大剣は飛んできた。
それは巻き起こった嵐に弾かれ、床を滑っていく。カシャの目眩ましに合わせて、その大剣を投げたのは坂井悠二だ。大剣を捨てて身軽になった事で、少しは余裕も出る。しかし、それはシュドナイに対して有効な武器を捨ててしまった事を意味していた。ベルペオルへ向けた一撃も防がれてしまっている。
「ご苦労だった」
「はっ!」
ベルペオルの側に、姿を隠した徒は立つ。
巻き起こった嵐は単なる風ではなく、重い粒子によるものだった。
「軽量、結界、発光、幻惑、隠蔽」
「参謀閣下、それは?」
「指輪だよ。あと4つという話だったか」
「なるほど、多機能でありますな。しかも己の限界を超えて10倍の力を蓄えると」
姿の知れない紅世の徒は感心する。
しかし、ベルペオルは切って捨てた。
「使い手が、アレではな。宝の持ち腐れというものよ」
「御身の配下たる驀地祲リベザル殿と比べられては、見劣りもすると言うもの」
ティリエルたちは封絶の端へ移動していた。
10を数える指輪の内、隠蔽の効果だ。しかし通常の封絶と違って、そこは壁のようになっている。封絶を張られた際、ベルペオルによって外界から遮断されていた。それと逆にシュドナイの気配を遮断し、床へ潜ませる事もできる。このままではティリエルたちは脱出できなかった。
「同調――この構成ならば、どこかに基点があるはずですわ」
ティリエルは封絶の自在式を読み解く。
しかし今のティリエルは自在法を扱えず、干渉はできなかった。
『ゆうちゃん! どこかに結界の基点があるって!』
坂井悠二は周囲を確認する。
すると力の流れに違和感を覚える所があった。
『あれか! でも、剣は投げちゃったぞ!?』
『ゆうちゃん、分かるの!?』
坂井悠二の感知は、それを察知できる。
しかし平井ゆかりと坂井悠二に、そんな余裕はなかった。
「カシャ様! 怪しいのは、そこ!」
平井ゆかりは声を上げる。
その瞬間を狙われ、坂井悠二は槍に捉えられた。槍の矛先は分裂し、坂井悠二を絡め取る。瞬く間に分裂した槍で囲まれ、坂井悠二の姿は見えなくなった。けして出られないように死なないように、厚い金属で覆われていく。それは虫を閉じ込めた、鉄色のマユのようだった。
あとは不要だ。
これで誤って零時迷子の人間を殺すこともなくなった。シュドナイは無差別攻撃を開始する。床や壁からも生えた槍は、隙間なく枝のように分裂した。それは坂井悠二を閉じ込めた鉄色のマユを中心に、埋め尽くすように空間へ広がる。まるでイバラのように視界を塞いでいった。
「吹っ飛ばすぞ!」
カシャは指輪を飛ばして、結界の基点を爆破する。
しかし、そこに現れた鎖の輪は傷も付いてない。
「なんだとー!?」
「ちょっとカシャ様!?」
残る指輪は3つしかない。
爆破で壊せないのならば他も無理だ。
「お待ちください、お兄様!」
ソラトは急に走り出す。
その先に見えたのは、ついでに押し流された大剣だった。
「◼◼!」
突き出される槍の間を、小さな体で走り抜ける。
体の端を切り裂かれ、山吹色の炎は漏れ出した。
「考えるのも面倒だ! 全部いけ!」
カシャは残りを、すべて投げる。
シュドナイの大きさもあって、最後の支配は弾かれた。
しかし束縛はシュドナイの動きを止め、加重は膨れ上がった重量を倍にする。
「◼◼◼◼◼◼!!」
ソラトは片手で大剣を掴み、槍を切り払った。
ソラトも自在法は使えない。しかし、そもそもソラトは自在法が得意ではなかった。欠けていた意思さえ補えば、剣の技量は変わらない。その意思はティリエルたちを見て、ソラトの内に目覚めたものだ。ティリエルたちの戦っている姿を見て、ソラトも同じように在りたいと願った。
「お兄様、こちらへ!」
「ソラトくん、こっち!」
「こっちだ、ガキ!」
シュドナイの束縛は、瞬く間に千切られる。
千の刃となって流れ落ちてくる。
「◼◼!」
その瞬間、
ソラトは閃光のように駆け、鎖の輪を断ち切った。
第26話 みんなで手を繋ごう