異世界から帰ってもファンタジ―   作:器物転生

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フレイムヘイズのセカンドライフ

平井ゆかりの自宅へ保護され、少女は高熱を出した。

そのため坂井悠二と平井ゆかりは、学校を休んで看病する。片方ずつ欠席するという方法もあるだろう。しかし自力で立ち上がる事もできない少女の世話は、2人で力を合わせなければ難しかった。やがて体調は回復へ向かい、曖昧だった少女の意識も確かな物となる。それでも少女に元気はなく、以前のような活力はなかった。

 

坂井悠二と平井ゆかりは登校する。

その間、名もない少女は独りだった。ベッドの側に置かれた鎮痛剤も、今は飲まなくても痛まない。ゼリ―飲料でなくても喉は傷まず、自力で歩けるようにもなった。それなのに胸の痛みは治まらない。半身を引き千切られた心から、ずっと血は流れている。肉体を自分の物でないように思えて、ずっと気持ち悪かった。

 

「ただいま、体調はどう?」

「ただいま―、どこか痛くない?」

 

「……おかえり」

 

少女は機械的に返事を行う。

ここに居るのは悪いと思っていた。1つしかないベッドを占有している。早く出て行くべきだった。それなのに体は重くて動かない。温かい布団の中で、ずっと丸くなっていたかった。このまま何も考えず、閉じこもっていたかった。だって少女に、もう立ち上がる力はない。今まで少女を形作った全ては、あの一瞬で無意味と化した。

 

「食事しない? メロンパンの屋台に寄って来たから」

「大好きなメロンパンだよ―」

 

「……メロンパン」

 

部屋の外から笑顔で手招きされる。

残酷なことに、少女の下まで運ばれる事はない。大好きなメロンパンを食べるために、部屋の外へ出ることを求められた。立ち上がる力はないけれど、メロンパンは食べたい。メロンパンは少女にとって、自身に残った最後の要素だ。メロンパンは血となり肉となる。あれだけは捨てられない。

 

名もない少女は起き上がった。

ギシギシと軋む体に、力を入れて立ち上がる。心は苦しくて堪らないけれど、メロンパンのために我慢する。メロンパンは少女にとって心の支えとなった。すべてを失っても変わらないことはある。それは少女にとって、メロンパンを好きであることだ。それを与えてくれた人は言った。

 

――これからは何でも御一人でやらなければならないのであります

――大丈夫とは、そういう事であります

 

ぜんぜん大丈夫ではない。

その言葉を胸に抱いても、少女は立ち上がれない。ヴィルヘルミナに育ててもらって、その時ならば成すべき事は分かっていた。ある程度、進むべき道は示されていた。でも今は、どうすれば良いのか分からない。フレイムヘイズという道から落ちてしまって、今さら人に戻ることもできなかった。

 

「……いただきます」

 

カリカリ、モフモフ

 

「そう言えば、君のことは何て呼べばいいの?」

「……分からない」

 

人としての名は、もらわなかった

 

「じゃあ、どんな名で呼んだらいい?」

「……名前なんて、いらない」

 

どこにでもいる普通の人間だ。

きっと存在を喰われても、ト―チになっても、それに気付かず消えていく。そんな世界に抗う力を持たず、そんな世界になっても何も知らない。フレイムヘイズの使命と関わりもなく生きる。もしもフレイムヘイズになる事を断っていたら、こんな人生だったのかも知れない。

 

「それじゃ不便だよ。仮で良いから、なにか無いかな?」

「だったらメロンちゃんで良いんじゃない?」

 

「いや、ゆかりちゃん。それは人の名として、どうかな」

「……そうね。それで、いい」

 

分かりやすくて、覚えやすくて、名は体を表す。

紅世の徒に喰われる食料だ。

 

「まあ、後で変えても良いからね」

「よろしく、メロンちゃん!」

 

「もう知ってると思うけど、僕は坂井悠二」

「あたしは平井ゆかりって言うの!」

 

名前なんて、どうでも良い。

 

「本題だけど、君に相談したい事があるんだ。この街にいる紅世の徒について」

「知らないわよ。もう、私は――」

 

フレイムヘイズじゃないんだから

 

「どうしたの?」

 

どうしても口に出せない。

その途中で呼吸は詰まり、声を出せなくなってしまう。心の鼓動は激しくなって、割れるような痛みを感じた。フレイムヘイズではないと分かっている。それなのにフレイムではないと言えなかった。それを言ってしまえば終わりだ。フレイムヘイズではないと自分から認めてしまう。そうして詰まった言葉は、爆発して飛び出した。

 

「うるさいうるさいうるさい! ただの人間のくせに! なにしたって無駄なのよ!」

「うん、無駄かも知れない。でも、何もしないままで居たくない」

 

「どうせ意味なんて無いの! なんにも出来ないのよ!」

「それでも放って置けない。人を喰らう紅世の徒を生かしておけない」

 

「そんなのフレイムヘイズに任せておけば良い!」

「そうだね。でも僕の知ってるフレイムヘイズは君だけなんだ」

 

「私の――どこがフレイムヘイズに見えるって言うのよ!」

 

ただの人間だ。

どこを見てフレイムヘイズなんて言うのか。もう少女はフレイムヘイズではない。誰よりも少女自身が、その事を分かっている。本当は考えてもいない事を言って、バカにしているとしか思えなかった。それにフレイムヘイズとしての役割を、ただの人間となってしまった少女に求められても困る。

 

「君はフレイムヘイズじゃないかも知れない。でも、フレイムヘイズとして在ってほしい」

「無理よ! 成ろうと思って成れるものじゃないんだから!」

 

「じゃあ、どうやって成るの?」

「……紅世の王と契約するのよ。その代償として、自分の存在を捧げて」

 

「それは大変だね。でも君は契約したんだ。それって再契約はできないの?」

「紅世の王に選ばれればね。でも、そんなこと――」

 

少女は特別だった。

紅世の王と契約するために育てられ、最初から契約する王は決まっていた。通常のフレイムヘイズは、王に選ばれて契約する。だから少女は、不特定の王と契約するなんて考えもしなかった。契約の終了は死で、人生に1回限りのはずだった。しかし保険屋によって少女は、契約を強制解除されている。

 

「まだ私は、フレイムヘイズになれる?」

 

初めから、やり直しだ。

次は紅世の王に選んでもらう必要がある。それは困難かも知れないけど不可能ではない。少なくとも、普通の人間のまま一生を終える運命に固定されている訳ではなかった。フレイムヘイズとなるために育成された経験は、まだ少女の内にある。それは無駄になっていなかった。

 

「フレイムヘイズの経験者だし、優遇されるんじゃないかな?」

「そんなに簡単なら、もう再契約してるわよ。でも、そうね」

 

いつかの言葉を思い出す。

その昔、少女はフレイムヘイズではなかった。秘された天空の城塞で生活し、フレイムヘイズとなるための鍛練を受けていた。ある日、その秘密は破られて、始まりの刻は来た。天壌の劫火アラスト―ルに身を捧げ、鍛練相手だったシロを殺し、養育係だったヴィルヘルミナと道は別れた。その時に誓った言葉を、また改めて誓う。

 

「――私は、フレイムヘイズになる」

 

 

 

第7話 フレイムヘイズのセカンドライフ

 

 

 

名もない少女、その名は自称メロン。

それと坂井悠二と平井ゆかりの3人は、街中を歩いている。目的は都市に巣食う(ともがら)の調査であるものの、元フレイムヘイズの自称メロンはト―チの灯火すら目視できない。それに対して、坂井悠二と平井ゆかりは灯火を目視できた。しかしメロンのフレイムヘイズとしての知識は、2人の役に立っている。

 

「ト―チの鼓動? そんなト―チ見たことない」

「あたしは分からないなぁ。鼓動っぽい感じはなさそう」

 

「ユ―ジだけなら宝具の影響かもね」

「ゆうちゃんの宝具って、どんな宝具なんだろう?」

 

フレイムヘイズであった頃は信じなかったかも知れない。

しかし今のメロンは、坂井悠二と平井ゆかりの言葉を信じるしかなかった。ト―チの鼓動の細工を施され、それは坂井悠二にしか感知できない。この街で大量のト―チを造り、紅世の徒は何か企んでいる。こんな時、アラスト―ルに相談できれば何か分かったのかも知れなかった。

 

「あたしとゆうちゃんはト―チが見えるだけで、干渉はできないもんね」

「じゃあ、ト―チの鼓動にメロンは干渉できない?」

 

「無理よ、ほら」

 

足下の小石へ、メロンは手を向ける。

すると小石は存在を分解され、青白い炎と化して消えた。

 

「すごい! メロンちゃん、できるじゃん!」

「え? なによ?」

 

「消えたよ?」

「消えたって、何のこと?」

 

「メロンちゃんが手を向けたら、消えたよね?」

「もしかして今、私はト―チを消した?」

 

「ううん、ト―チじゃなくて小石」

「どうして小石を消したのよ?」

 

「もしかしてメロンちゃん、覚えてない?」

「ト―チに手を向けたのかすら覚えてないわ」

 

それは存在の消失による、記憶の欠落だった。

 

「存在の欠落を認識できないだけで、干渉は出来るのかも」

「目を閉じているようなものね。ト―チを分解するくらいなら体は覚えてるって事かしら?」

 

たとえば自在式を用いる封絶は難しい。

封絶は、時を止めるように内外の因果を切り離すものだ。そんな封絶は元々、複雑な構造だった。起動すら難しく、無駄に力も消費してしまう。それは改良された結果、誰でも使えるようになった。そのように発動の補助を行い、最適化や増幅のために編まれる紋章を自在式という。今のメロンは、それを認識できなかった。

 

「分解するの? たとえば吸収じゃなくて? それって、もったいなくない?」

「そうね。吸収もできるけど、限界があるわ。今の私は、その限界が分からない」

 

「それって限界を超えると、どうなるの?」

「徒に喰われたト―チは、その徒の炎で染まっているから、私の意識は消えるでしょうね」

 

色の付いた炎の、過剰な吸収は危険らしい。

その話を聞いた坂井悠二は、身に覚えがあった。教室で襲撃された時、宝具に触れた人形の腕を千切っている。あれは取り込んでしまったのかも知れない。不安に思ったけれど今の所、坂井悠二の意識に異常はなかった。それに蘇生された時、そういう異常も回復されるはずだ。

 

「存在の力に小石を分解して、吸収できたりもする?」

「それは分解するだけね。人でない存在は薄いから、逆に減るようなものよ」

 

ともかく存在の力を操る実感は、メロンに無かった。

それでも怪しいト―チの鼓動を消すことは可能だ。メロンとしてはト―チを分解することに問題はない。しかし、それを問題に思ったのは坂井悠二だった。ト―チから人へ戻った坂井悠二にとって、ト―チも人に違いない。だからト―チを物と断ずることはできない。ト―チを消すことは人を殺すことと変わらなかった。

 

それと別の問題として、メロンの保険もある。

メロンも保険に加入すれば死んでも蘇生される。しかし実際に死ぬところを見なければ信じてくれないだろう。そもそも保険屋はメロンの力を取り上げている。保険屋とメロンを会わせて納得すると思えなかった。だからメロンの納得する理由を用意しなければ成らない――ちょうど良いので坂井悠二は、この2つを合わせて解決する事にした。

 

「ごめん。ト―チを消すことに僕は納得できない」

「なによ。じゃあ、どうするって言うの?」

 

「いいや、ト―チを消すことに反対してる訳じゃないんだ」

「それなら、いいじゃない」

 

「僕としてはト―チも人と変わらない。だから心の準備をさせてほしい」

「ト―チを消すのは私なんだから、おまえ達は関係ないわ」

 

「これは人の命を奪うことに対する、僕の気持ちの問題なんだ」

「ト―チは人間じゃないって言ってるでしょ」

 

「そうだけど、たとえばメロンは今、ト―チと人間を区別できる?」

 

それは、できなかった。

灯火を目視できないメロンの視界に、人に似せて加工されたト―チは存在しない。どこにでもいる少女となったメロンは、人とト―チを見分ける事はできなかった。そこにいる人々に違いはなく、なにも変わらない。メロンの認識する世界は人のもので、ト―チも怪物も存在しなかった。

 

「……いいわ、待ってあげる」

 

「じゃあ、行きたい所があるんだ。この近くにある廃ビルなんだけど」

「そんな所に行って何するのよ?」

 

「そこで自殺しようと思う」

「聞き間違いかしら?」

 

(ともがら)に教室で襲われた時、僕は自殺すらできなかった」

「そう」

 

「そんな自分も殺せない僕が、他人であるト―チを殺すことは出来ない」

「そう」

 

「だから人の命を奪う前に、まず自分の命を支払って、心を決めたい」

「頭おかしいんじゃないの?」

 

メロンは真面目に、そう思った。

 

「僕とゆかりちゃんは死んでも生き返る。だから心配しなくていいよ」

「そういう問題じゃないわよ!」

 

「ちょっと死んでくるだけだから」

「ダメに決まってるでしょ!」

 

たしかに平井ゆかりは生き返っている。

それは分かるけれど、死なないという事は分からない。もしも蘇生されなかったら、どうするのか。メロンは保険屋を信じておらず、その保険契約に対しても疑っている。もしも信じていれば、先に保険契約を行っていた事だろう。わざわざ自殺するなんて、そんな危険を冒す意味はなかった。

 

「僕の言葉を信じてほしい。そうじゃないとト―チを消す時だって、僕の言葉を信じられないと思う」

「じゃあ、ユカリでいいわ! おまえは、いらない!」

 

しかし平井ゆかりは、坂井悠二の味方だ。

 

「ごめんね、メロンちゃん。ゆうちゃんが死ぬのなら、あたしも一緒に死ぬの」

「ユカリも? どうして?」

 

「あたしは、ゆうちゃんの親友だから!」

 

メロンに味方はいない。

坂井悠二と平井ゆかりは、そんなメロンの手を取った。

 

「あたしとゆうちゃんを信じて、ちゃんと戻ってくるから」

「約束するよ。絶対にメロンを独りにしないから」

 

「……そんなこと、心配してないわよ」

 

独りになることを怖れているのではない。

坂井悠二と平井ゆかりの死を、メロンは恐れている。それは人々にとっても同じことだ。ト―チを消せば、他人にとっての大切な人は消えてしまう。やがて消えてしまうト―チとしても、自然に消えることと故意に消すことは違う。たとえば坂井悠二や平井ゆかりが消失したら、その存在すらメロンは忘れてしまう。それは恐ろしいことで、そうである事にメロンは気付いた。

 

3人は廃ビルへ移動する。

それは通学路から見える位置にあった。老朽化の進んだビルで、壁の一部は剥がれ落ちている。撤去もされず、補修もされず、内部の腐食によって傾いていた。そんな10階建てのビルに侵入し、階段を登って最上階の窓辺へ移動する。窓枠の歪曲によってガラスは割れ、そうして開いた窓口は外へ直結していた。

 

坂井悠二と平井ゆかりは横に並ぶ。

互いの手を繋いで、飛び下りる準備をしていた。準備と言っても必要な物はなく、心の準備だ。直下に障害物はなく、アスファルトの張られた地面まで直行できる。坂井悠二は殺された事があっても自殺の経験はない。平井ゆかりはト―チとなって消失したものの自覚はなかった。どちらも自殺の初心者と言える。

 

「蘇生された時に痛くなるかも。でも本当は傷なんて無いから安心して」

「それはヤバそ―。死んだ時に痛くないと良いんだけど」

 

ものすごく軽い調子だ。

しかし繋がった手は固く、互いの緊張を感じ取れた。

 

「ちょっと、止めるなら今の内だからね!」

 

メロンは忠告する。

今からでも止めて欲しかった。

 

「ごめんね、メロンちゃん。待たせちゃった」

「じゃあ、行ってくるよ。すぐに戻ってくるから」

 

そうして最後の言葉を聞いた

 

「――だから、ちゃんと見ててね」

 

一緒に跳んで、冗談のように下へ落ちた。

わずかな間の後に、ぺチャリと地面を叩く音が聞こえる。遠くから聞こえる車の音に消されるほど、耳に届いたのは小さな音だった。ギリギリと締め付けられるように心臓は痛み、フラフラと手足は力を失ってしまう。メロンは崩れ落ちそうな体を、強引に窓へ近付けた。だってメロンは、ちゃんと見るように言われてしまった。

 

――坂井悠二

――平井ゆかり

 

そうして2人は死んでいた。

仲良く地面に並んで、人気のない路地に転がっている。さすがに繋いでいた手は離れ、互いの距離は空いていた。そんな死の光景をメロンは見つめている。少し前まで、あの手に触れていた。その温かさを思い出しても、冷たい死の感触へ変わっていく。フレイムヘイズとして、死なんて見慣れているはずなのに痛かった。

 

「……本当に死んだら、どうするのよ!」

 

飛び散った血と共に、死体は消える。

2人に聞いていた通り、それぞれの自宅へ蘇生されたのだろう。しかし、そうして蘇生を実証されてもメロンは安心できなかった。死んで死んで死んで死んで――そのうち本当に死んでしまったら、どうするのか。そう考えると、気軽なまま死んだバカどもに怒りを覚えた。

 

メロンは激怒した――必ずや殴らねば気は済まぬ!

 

 




間違い探しコ―ナ― 提供:タングラタンさん
教室で教われた時→教室で襲われた時
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