「ふざけんじゃねぇよオイ! 誰が俺の報告を無視していいっつったオラァ!」
自衛隊のとある一室に、葛城蓮の大声が響いた。
それは蓮の目の前でふんぞり返るように座り込む、上官に対する怒りからのものだった。
葛城蓮は自衛隊の中でも特殊な位置にある、通称『防衛隊』の隊長である。
蓮はあらゆる武器に精通し、調教ともいえる部下に対する厳しい訓練から、一部の人間からは『虐待おじさん』のあだ名で呼ばれていた。
「まま、そう怒んないでよ」
常人であれば卒倒するほどの怒気を受け流し、おじさんの目の前の上官は涼しげに答えた。
「君があの『ゴジラ』を見たという報告。やはり、にわかには信じられんな」
──ゴジラ──、それは一九五四年の日本に上陸し、各地を破壊しつくした災厄とも呼べる大怪獣の名である。
破壊の限りを尽くしたゴジラはしかし、ある科学者の開発した特殊兵器で抹殺された……。
というのは、防衛隊と政府関係者のあいだで隠し通されている、機密事項であった。
そして、その破壊の化身であるゴジラを、葛城蓮は目撃したというのだ。
「大体、ゴジラを目視したのは君だけだそうじゃないか」
「だから、カメラでも撮影したっつってんじゃねえかよ」
「こんなんじゃ証拠になんないよ~」
上官の前に蓮が提出した写真は、とっさに撮影したためブレがひどく、ゴジラと思しき影ははっきりとは確認できない。
「そんなんじゃ甘いよ。出直してきて、どうぞ」
「言うこと聞けねぇみてぇだなー、おじさんの言うこと聞けねぇみたいだなぁ!」
「上官を恫喝か、壊れるなぁ……懲罰房にぶち込むぞ、この野郎!!」
「……チッ」
権力をひけらかし、拘束という脅しをチラチラ見せられた蓮は、やむなく身を引くのだった。
「クソっ、俺ら国民を守るべき自衛隊が動かないようじゃ、ゴジラが出てきたら市民はどうなっちまうと思ってんだよ」
腰の重い上官に対する悪態をつきながら、隊舎をあとにした虐待おじさん。
さて、どうやって自分が見たゴジラの存在を証明してやるか……と思い悩んでいると、ポケットに入っている携帯電話が着信を知らせた。
「もしもし?」
『蓮さん、お久しぶりですね』
「その声は、平野じゃねえか。久しぶりだなぁ」
電話をかけてきたのは、おじさんの旧友である平野源五郎。
小説家とバーの経営者を兼業としている、ヤリ手♂の男だ。
『どうです、ゴジラを見たという報告。上に信じてもらえましたか?』
「いや、全然だめだ。あいつら、すっかり平和ボケしちまってるよ。おじさんのこと本気で怒らしちゃったねぇ」
『やはりそうですか……。ところで蓮さんは、ゴジラを見たこと……誰にも言ってませんよね?』
「ああ。お前意外にはな」
平野は蓮が心を許す数少ない友人であり、ゴジラという脅威に真剣に向き合ってくれる同士でもあった。
その平野が、不意に黙り込む。
数秒の沈黙が流れ、おじさんはたまらず平野に言葉を投げかけた。
「おい、どうしたんだよ」
『実は……「ゴジラが復活する」と予言した青年がいるんですよ』
「なん、だって……?」
復活したゴジラを見たのは葛城蓮のみ。
またその話を知っているのも、平野源五郎のみ。
情報がほかに漏れていたとは考えられない。
「誰なんだ、その男は」
『「ポイテーロ」と名乗っています。小説の取材中に、たまたま知り合ったんですが……』
電話口で平野が語る、ゴジラ復活を予見したポイテーロという男。
その素性は一切が不明の、謎の人物だったという。
財布はおろか、身分を証明するものは何一つ身に着けておらず、取材中の平野のすぐそばに、気づいたら立っていたとか。
『そしてポイテーロ君が言うゴジラの状況は、まさに蓮さんが見たゴジラの状況と、寸分
まるで、連と同じ場所にポイテーロも居合わせていたかのように。
「けど、それは不可能だ。俺は防衛隊の任務で、グアムにいた時にゴジラを見つけた。そこに俺以外の人間は、誰一人いなかった……」
ゴクリ、と連と平野は同時に生唾を飲み込む。
「平野、そのポイテーロって奴と会うことは出来るか?」
『彼は今、私の経営するバーで預かっています。蓮さんが望むなら、すぐにでも』
かくして葛城蓮と平野源五郎、そして謎の青年ポイテーロは、SMバー平野にて会談を果たすこととなる。
蓮の前に立つポイテーロは、どこにでもいる普通の青年といった印象だった。
蓮は挨拶もそこそこに、ポイテーロに一つの疑問を投げかける。
「お前、どこでゴジラの姿を見たんだ?」
だが、真剣な表情で問うおじさんの視線を、ポイテーロはさらりと受け流した。
「そんなことは、どうでもいいでしょ? 問題は、『ゴジラは確かに目覚めた』ってことなんだから」
涼し気な笑みを浮かべ答えるポイテーロ。
並の男なら震え上がる虐待おじさんのひと
「確かに、お前の言う通りだぜ。ゴジラが復活したんなら、どうにかして上を説得して防衛隊を動かさなきゃ……」
「ふ・ざ・け・ん・な、ヤ・メ・ロ・バ・カ!」
軍の総力を結集してゴジラに対処しなければと唱える蓮に対して、ポイテーロは「無駄なことは止めろ」と言い放つ。
「やめるわけねぇだろオイオラァ? 軍が動かなきゃ、誰が市民を守るっつーんだ?」
「人間の作った兵器なんて、ゴジラには効かないよ。ハッキリわかんだね」
「確かに、かつてゴジラが日本を
平野の言葉で、バーには沈黙が流れる。
半世紀以上前とはいえ、防衛隊はゴジラに対して成すすべもなかったのだから。
「じゃあ……じゃあ、どうすりゃいいんだよ!?」
「蓮さん……」
バンッ、と机を叩き自らの無力を呪う虐待おじさん。
そんなおじさんに対し、ポイテーロは冷静な声で、一つの光を指し示す。
「……『護国性獣』」
ポイテーロの発した聞きなれない言葉に、連は疑問符を浮かべた。
おじさんの表情を察したポイテーロは、淡々と説明する。
「日本の東西南北を守る、性なる獣のことだよ」
「なんだそりゃ、ゲームかなんかの話か?」
「いえ。古くから日本に伝わる、伝説の存在のことですね。私も小説を
蓮の疑問に、平野がポイテーロに代わって答えた。
おじさんは思わず、冗談はよしてくれ、といった風に吹き出してしまう。
「ふざけんじゃねぇよオイ。そんなおとぎ話が、どうしてゴジラと戦えるんだよ」
「おとぎ話じゃないよ。なぜなら……ゴジラも東を守る、護国性獣の内の一体なんだからね」
ポイテーロはなんでもないことの様に、誰も知らないゴジラのルーツを語った。
平野は目を見開き、ポイテーロに言う。
「なんだって!? しかしゴジラが国を守る性獣なら、どうして日本を破壊するなんてことを……」
「それは……今のゴジラは本来のゴジラじゃないからさ」
「本来の、ゴジラじゃない?」
「今のゴジラは、霊に憑りつかれているのさ。太平洋戦争で犠牲になった人々の、怨念にね」
そう言うポイテーロの瞳が、怪しく光ったように平野には見えた。
「……なるほどな。相手が神話の存在で、さらに幽霊に乗っ取られてるってなら……確かに現実の兵器じゃ、太刀打ちできないのも無理はねぇ」
虐待おじさんは腕を組み、納得がいったようにうなずいた。
「それで、残り三体の性獣を蘇らせて、ゴジラをなんとかしてもらおうってことか」
連の言葉を、ポイテーロは静か首肯する。
その時、バー平野の店内にけたたましいアラームが鳴り響いた。
蓮の携帯に届いた、緊急を要する連絡を知らせる警報である。
「もしもし……なにぃ!?」
「どうしたんですか、蓮さん」
叫ぶように電話に出た蓮に、平野が質問する。
「ゴジラがついに出やがったんだよ!」
「ッ!!」
ゴジラが現れた。
蓮の言葉に、平野もポイテーロも息をのむ。
「場所は静岡だ。俺は防衛隊と合流する」
「分かりました。我々は……」
平野はポイテーロに視線を向ける。
「うん。俺らは、性獣を復活させるよ」
平野の言葉を継ぐように、ポイテーロは自らがやるべきことを口にした。
◇ ◆ ◇ ◆
葛城蓮はゴジラ討伐のため、防衛隊との合流を目指す。
同時に平野源五郎とポイテーロも別れ、それぞれが性獣の眠る、箱根と鹿児島へと向かった。
平野はタクシー、バス、電車とあらゆる交通機関を駆使して、箱根は大桶谷へとたどり着いた。
護国性獣が封印されている場所は、事前にポイテーロから聞かされている。
そこは鬱蒼とした山の中の中であった。
道なき道を、草木をかき分け進んだ先に、ポイテーロの言っていた封印の
そこではたと、一つの疑問が平野の心をつかんで離さなかったのである。
「こんな誰も入った形跡のない山深くにある祠を、なぜポイテーロ君は詳細に知っていたんだ?」
平野の言うように、祠の周囲は植物が深く生い茂っており、数十年いや、数百年も人が立ち入った形跡がないことは明らかだった。
「彼は一体、何者なんだ……」
物書きとしての
それは、恐怖と破壊の具現。
「今の叫びは……ゴジラだ! ここまでやって来たのか!」
我に返った平野は、即座に祠を破壊した。
ポイテーロが、そうすることで性獣の封印が解けると言っていたからだ。
使命を果たした平野は、すぐに森を後にする。
ふもとまで帰った時、クモの子を散らす様に逃げ惑う人々と遭遇した。
彼らの後ろには、復活した大怪獣の姿が。
「あれが、ゴジラか……」
天を衝く巨大。
黒々とした体表。
独特な形の背びれと、正気を失ったかのような白い目。
日本を恐怖におとしいれた災厄の怪獣、ゴジラが再びこの世界に姿を現したのを、平野源五郎ははっきりと目にした。
(唐突に思いついたから書いて)やったぜ。