『人は星の落とし子として産まれ落ち、死しては新しき星となり空に昇りて愛し子を見守る』
遥か太古の時代、ラスィアックという一人の青年が精霊より授けられたと言われる神言である。
誰よりも強く、他者愛に溢れ、果てぬ知識への渇望を持っていたラスィアックは集落中の人間達から一目置かれる傑物だった。
安全の為の魔物狩りに尽力し、警備の為に集落の男達を鍛え上げ、どんな状況でも対応出来るよう防衛策を考えた。
それまで狩りによる収穫が主な食糧だった所に作物を育てるという考えを生み出し、飢え死ぬ友や子らを救った。
食える箇所の無くなった魔物の死骸を集め研究し、組み合わせる事で冬の寒さを凌ぐ為の用具を皆に分け与えた。
そんなラスィアックは、ある日たった一人で集落を出て旅に出た。
『この地には強き友がいる。飢えぬ食がある。凍えぬ家と服がある。最早私は不要であろう。まだ見ぬ果てで苦しむ友を救う為、私はあの空へと進みたい』
友らは彼が居なくなることを深く悲しんだが、同時に暖かく見送った。ラスィアックがこの地に留まる様な器では無いこと、そしてまだ見ぬ人の為に邁進する男だと知っていたからだ。
集落を発ったラスィアックの旅は、出会いと試練の連続だった。
意思無き怪物ノスフェラトゥの大軍に滅ぼされ掛けている小国を護る為、流星の如き剣で尽くを斬り伏せた戦いがあった。
巨大蜘蛛エルダバールに生贄として捧げられる少女を救う為、太陽の如き槍で蜘蛛を貫き少女の生命を繋ぎ止めた優しさがあった。
石化の魔眼を持つ魔人ゴーゴンから石にされた動物達を助け出す為、月光の如き斧で大地を叩き割り地の底へと封印した伝説があった。
強大な魔物に比べ、人の子は酷く脆い。
ラスィアックは魔物達に酷く劣る肉体で、その強さと優しさ、何より知恵と覚悟で立ち塞がるものを打ち破ってきた。
それは人々にとって何者にも変え難い偉業であったが、ラスィアックは恩を着せる事無く。安全と食糧の得る術、冬を越す為の家屋や衣服の生み出し方を伝えると、僅かばかりの食物だけを受け取ってまた旅路へと戻った。
大地を渡り、山岳を踏破し、大海を駆け抜け、やがてラスィアックはとある泉へと辿り着いた。
生い茂る緑と、清廉な大気。純度の高い魔素に覆われた地に足を踏み入れたラスィアックは、その中心にある泉に浮かぶ一人の少女に声を掛ける。
『可憐な人。私はラスィアック、遠く離れた土地より旅をして参りました。名を聞いても?』
『私は星より生み出されし者。星を見守り紡ぐ者。初めまして、光のような子』
ラスィアックは酷く驚いた。泉の縁へと腰掛けたその少女の背に、透き通る様な美しい羽根が輝いていたのだ。
星より生み出されし者、星を見守り紡ぐ少女_______星の精霊を見たラスィアックは暫しその美しさに心を奪われていたが、気を持ち直しこう問うた。
『可憐な人よ。星、とは一体何なのですか?』
すると星の精霊は、ゆっくりと夜の空を指し示した。
顔を上げたラスィアックは、衝撃のあまり倒れそうだった。
夜というのは、ラスィアックにとって恐怖の時間である。
先の見えぬ闇に覆われ、獣は活発化し、魔物はその力を増大する。寒さが体温を奪い、刻々と人を死へと誘う。
故に人々は自らの家に身を隠し、陽の光が昇るまで震えて待つのだ。
『あれは………あれは一体何なのですか!?』
それがどうだ。
星の精霊が指し示した空に輝く無数の光。夜の暗闇に惑う人を導く松明の灯火の様に、遠く輝く文明の証の様に夜の大地を照らす。
ラスィアックの故郷でも、旅路に立ち寄った場所でも見ることの無かった降り注ぐ星芒。
彼の飽くなき知恵への渇望を刺激するには、充分過ぎるものだった。
『あれは貴方たちそのもの。この地に降り立つより以前の魂の核であり、己が輝きを全うし天へと昇った者達の姿。それを我々は、星と呼んでいます』
小さく笑う星の精霊に手招きされ、泉へと足を踏み入れる。
水に浸かっている筈なのに、濡れず、衣服や肌を滑るようにして泉へと戻っていく透き通った
秘められた魔素量もこの世のものとは思えぬ程のもの。あまりの非日常にラスィアックが戸惑いを露わにしていると、星の精霊は彼の隣へと降り立ち空へと目を向けるよう促した。
『本当に………本当に、この輝いているもの全てが人なのですか?』
『人だけじゃない。今まで生を全うして来た全ての生き物と、これから生まれ落ちる全ての生命。光り輝く無数の命が、今を生きる全てのものを見守るのです』
多くの場所を旅して来たラスィアックだが、あまりにも大き過ぎる世界に言葉を失ってしまった。
しかしラスィアックは、ふと疑問を覚えた。
これ程美しく、魔素にも恵まれた場所。星々の輝きによって、昼間ほどでは無いにしても先が見通せる程度の明るさが確保されている。
こんな土地は、間違いなく魔物達がやって来るはずだ。
さながら夜の灯火に引き寄せられる迷い子の様に、奴らは大挙して押し寄せ、蹂躙する。
にも関わらず、星の精霊が住まうこの場所は美しい緑に澄んだ泉と平和そのもの。
「一体何故なのか」とラスィアックは問うた。すると星の精霊は空を見上げてこう言ったのだ。
『この輝きの下では、魔の者達は本来の力を発揮出来ぬのです。過去と未来、全ての生命が今を生きるものを守る為に、悪しき魔の者達を監視しているから』
『そんな………!では何故、星々はこの地にしか輝かぬのです!?未だ多くの人々は魔物に明日を奪われていると言うのに!』
『それは、叶わぬ事なのです』
星の精霊は悲しげに目を伏せ、頭を振ってラスィアックの嘆願にも似た問いに答えた。
『過去と未来、全ての輝きを持ってしても全てを照らすには足りないのです。昼の太陽の対となれる様な生命が見つかっていない………これでは、この様に限られた土地を護るのが精一杯』
それを聞いたラスィアックは、それならばと泉の中で星の精霊へと膝を着き、自身の胸を叩いてこう言った。
『ならば私が夜の太陽となりましょう!』
過去にも未来にも、未だ全ての星々を束ねられる様な生命が見つかっていない。ならば今を生きる自分がそうなってみせようと述べたラスィアックに、星の精霊は大きく目を見開いた。
『_______分かっているのですか。それは特別な存在です。貴方は生命の輪から外れ、先祖とも子孫とも、ましてや貴方の友や妻と関わる事すら許されず。全ての生命が死に絶える日まで静寂と孤独に襲われるという事に等しいのですよ』
全ての星々を束ねる存在は、特別なのだ。
当たり前に生命を全うすれば、人はそれへと昇り先祖や子孫と共に今を生きている生命を見守ることが出来る。
しかし特別な星となれば、他の生命と関わることすら出来ない。ただひたすらに孤独の中で、生きとし生けるものを守り続けるという大いなる責任を負う事になるのだ。
『それで人々が救われるのなら、この身が滅ぼうとも』
しかしラスィアックは、輝く様な笑みでそれを了承した。
その身に恐れなど無いかのように。遍く全てを救ってみせると豪語した。
斯くして、ラスィアックは星の精霊と魂の契約を成した。
生きたまま天へと昇ったラスィアックは、誰もが目視できるほどの巨大な星_______後の世にて月と呼ばれる存在へと移り変わったのだ。
たった一人で世界の全てに生命の輝きを轟かせたラスィアックの光によって、数多の魔物達は次第に力を失い、人々の前に姿を現すことも無くなった。
後に星の精霊の住まう地には、ラスィアックの後を追って来た友や彼に助けられた人々が導かれるように集まって来た。
星の精霊は人々に空に輝く月がラスィアックである事を伝えると、彼らは大いに驚き、そして泣いた。
ラスィアックという友にもう会えないことに。そして彼のあまりに大きい愛に、涙が零れ落ちたのだ。
『ラスィアックを語り継ごう。我等の誇らしき友の名を!』
寄り集まった人々は星の精霊を中心にラスィアックを祀る祠を建て、彼への感謝を忘れぬよう毎日の様に祈りを捧げた。
せめて孤独に苛まれる友に、自分たちの声が届く様にと。
そしてその小さな集落は村と呼べるものとなった。
それが街となり、そして国へと成長した。
星神ラスィアックを語り継ぐ彼らの国は、次第にその規模を大きく大きく膨らませ、遂には大陸でも並ぶもののない巨大国家へと変貌を遂げた。
それがこの国_______【アモール神聖帝国】である。
☆☆☆★☆
ラスィアックが天へと昇り、最早億劫になるほどの年月が経った。
_______地方都市アイエノン。
アモール神聖帝国に属する中規模な田舎都市の一角。
元々巨大な樹木が生えていた場所を大元に、その根元に家屋を建て居を構える人々が居た。
彼らが経営する店の名前は【大樹の猪亭】。
大樹から取れる珍しい香草を独自に配合し、店名にもあるイノシシを丸ごと焼くという豪快な料理が看板メニューなこの店。
アイエノンの外からやって来る沢山の傭兵達が寝泊まりする、所謂傭兵宿舎と呼ばれる類のものだ。
「それで………っ!お父さんの病気を治す為にお金が必要で………っ!」
「ぞうがぁッ………!!お゛やっ、
金の為に平然と他者を殺す傭兵達の溜まり場。
故にこういった場所では汚らしい言葉と態度、金への執着と水面下での互いの値踏みが行われる殺伐とした場所………の、筈なのだが。
大樹の猪亭、そのカウンター席から響いてくる話し声。
片や少しくすんだ長い金髪の少女。深い海のような色合いの瞳をした、綺麗というより可愛らしいと言われるような若い娘であり、腰には使い込まれたような細身の剣を佩いていた。
「でもっ、でも人を傷付けるなんて出来なくって………私、どうしたらいいか………っ!」
「なん_______っっって親孝行な子だぁッ!!!良゛〜い話だァ………!!!」
瞳を潤ませ、如何にも悲劇の少女然とした雰囲気を覗かせる金髪の娘。
その隣に座る大柄なおっさんは、汚ねぇ嗚咽をあげながら誰も望んでいない涙をドバドバ流していた。
話だけ聞いたら父親の為に危険な傭兵家業に身をやつす健気な少女とその話を聞いて感動する先立ちというふうに見えるだろう。
しかし瞳を潤ませていた金髪の娘は、隣に座る男から見えない様に小さく舌を出した。
「(ちょっろ〜。こんな簡単な嘘に騙されてくれるとか………)」
心の中でしめしめとほくそ笑む金髪の娘。
そう。この少女、別に父親の為に傭兵になった訳でもなんでもない。
ただ単に馬鹿な男から金を騙し取ろうとしているだけ。言い方は変かもしれないが、詐欺師見習いと言ったところだろうか。
「(まっ、私って可愛いし?このオッサンモテなさそうだし仕方ないかな。金は持って無さそうだけど、まぁ最初だし手軽なとこからってのが鉄則よね〜。私ってば天っ才!)」
嘘の話で騙されているとも知らず、気持ち悪いほど涙で頬を濡らす無精髭を生やした短い黒髪の男。
見た目や雰囲気からは金を持っているような感じはしないが、これだけ簡単に騙せるなら定期的に獲物にするのも有りかもしれない。
そんなことを考えている少女を他所に、おっさんはきったねぇ嗚咽を漏らしながらゴソゴソと自身の荷物を漁る。
そして口を縛った布袋をテーブルにドンッと音を立てながら置く。金属の擦れる音が耳に届くと、少女はニヤけるのを抑えるのに必死になった。
「嬢ちゃんッ!お前さんの優しさはよぉく分かった!幾ら必要なのかまでは聞かねぇが、傭兵で稼ぐとなりゃあこれから先も入り用だろ!少ねぇ額で悪いが、コレ使いな!」
「え、えぇ〜っ!?そんな、受け取れませんよぉ〜!」
ズビッと鼻をすすりながら金の入った布袋を気前よく渡そうとするおっさん。
詐欺師の少女は口でこそ受け取れないと言っているが、視線がチラッチラッと布袋へと引っ張られていた。見る人が見れば、彼女の目が
金髪の少女が騙し通せたと確信した、その時。
フッ、と少女とおっさんに被さるように影が掛かった。
「あ、そうだ嬢ちゃん。いいか、ウチの宿だと現金の譲渡やら何やらはご法度なんだ。だからおっかさんにゃバレねぇようにしてだ_______ん?」
依頼に関する内容ならともかく、トラブルを避けるためにあからさまな現金のやり取りは禁止なのだと注意を口にするおっさん。
しかし不意に掛かった影に首を傾げて後ろを振り向こうとしたのだが。
「_______フンッ!!!」
「ヌブボガァッ!!?」
次の瞬間、おっさんの頭はカウンターに突き刺さった。
「ぎゃああああああっ!?」
「ドォ〜ルツ〜…………ウチじゃ現金のやり取りは禁止だって………知ってんよなぁ?」
少女が悲鳴をあげる中、低く唸る様に響いてくる女性の声。
カウンターに突き刺さっているおっさんの頭を片手で鷲掴みにしたエプロン姿の女性は、青筋を浮かべながら目をカッ、と見開いた。
「テメェ何っっっっ回言えば辞めるんだいッ!!!でけぇ図体してる癖して考える力は星空に忘れて来たのかってんだ!!!」
「いでででででっ!?おっかさんグリグリは不味いグリグリはっ!!刺さってる!!カウンターの木が俺の頭にぶっ刺さってるっての!!」
「おぉ良いじゃないか!!アタシの言う事も覚えらんねぇ上にこうも簡単に騙されちまう脳みそなんぞ掻き出しちまえ!!!」
背中に東洋の伝承の魔物、悪鬼羅刹が見え隠れする屈強な女性。おっさん側も頭が上がらないのか、抗議はしつつも実力行使に走る様子は見せなかった。
おっかさんと呼ばれたこの女性、彼女こそこの『大樹の猪亭』を経営し、喧嘩っぱやい傭兵共を単騎でねじ伏せる女傑。
その実力と懐の深さで傭兵達を取り纏め、女性傭兵でも過ごしやすい宿を経営する剛腕店主こと【リボル・バルドゥーザ】である。
「おっかさんヤバい!マジで掻き出るから!!デロって音立てて零れるから!!……………ん?騙された?」
「あっちょっ」
「あったりまえじゃないの。この子昨日ベロンベロンに酔っ払いながら親父さんに家叩き出されたって文句垂れてたわよ」
カウンターに埋まりながら呆けた様な声を出したおっさん。騙されたとは一体………とでも言いたげな彼に向けて、焦る少女を無視して当たり前だと呆れた声を上げる。
「あぁ嘘か。嘘かぁ……………ウソォォォォォォォォォォォォっ!!?親父さんの病気は!?」
「いや、あの………その…………」
「だから嘘だっての。ピンピンしてるんじゃないかい?」
ボゴムッと音を立てながらカウンターから頭を引っこ抜いたおっさんが目の玉が飛び出そうなほど驚きの声を上げる。
どうやら騙されているとは露ほども思っていなかった様子。
騙そうとしていたのがバレてしまい、しどろもどろになりながら顔を青くする少女。ここからどう巻き返そうかと思考を回そうとしたが、おっさんは目に見える程明らかにほっと胸を撫で下ろした。
「んだよ、嘘かぁ…………あ〜あ良かったぁ………」
「良かったじゃねぇよ」
「ぶべらっ!?」
今一度カウンターにおっさんの頭を叩き付けると、首根っこを引っ掴んで店の奥へと引っ張っていく。
「やっぱアンタにゃただ言うだけじゃ足りないみたいだね。今日という今日は頭に刻み込んでやるから覚悟しな」
「げぇーっ!?悪かった!!悪かったっておっかさん!!手伝いならいくらでもすっからさぁ!!」
傭兵全体で見ても大柄に分類される程の筋肉質な身体を持つ男を平然と引っ張っていくリボル。
女性の身ながら何処からあのパワーが出てくるのだろうか………と店内の誰もが思う中、おっさんの情けない悲鳴が店の奥へと消えていった。
「(……………ゴリラかよ。てか金置いてってやんの、バッカだぁ〜…………)」
大男を当たり前のように引きずっていけるリボルのパワーに冷や汗をかきつつ、置いていかれたおっさんの布袋に目を向ける。
バレてしまったのは想定外だが、手に入りさえすればこっちのもの。ここでは無理としても、別の場所に拠点を移せば問題無いだろう。
そうして布袋へと手を伸ばそうとしたその時だった。
「は〜いそこまでね〜」
少女が布袋をとって懐に隠そうとしたその瞬間、軽い声と共に彼女の喉に冷たい何かが添えられた。
「………ッ!?ナイフッ………!?」
「お嬢ちゃん、おイタが過ぎたねぇ」
「ほんとほんと。はたから見たら嘘バッレバレだったし」
金髪の少女の後ろに立ちながら彼女の喉にナイフをそっと当てる盗賊衣装の女性。その隣には、肉厚な大剣を背負った重装な革鎧に身を包んだ戦士らしき女性が呆れた笑いを浮かべながら立っていた。
「(スッ_______《スカーフェイス》のアイリスとロウーユ!?一級傭兵のコンビじゃん!!なんで!?)」
口にこそ出さないがあからさまに動揺する少女。それもそのハズ、今彼女の後ろに立つ2人は駆け出しの少女ですら知っているレベルの傭兵だ。
マーセナリーとして数多の戦場を駆け抜け続けた結果勇気ある者_______
駆け出しの頃にアイリスが右目、ロウーユが左目を失っていることから付いたコンビ名が《スカーフェイス》。
【大樹の猪亭】の中でもトップクラスの実力者。少女なぞ瞬きの間に殺してしまえる様な存在だ。
「あ、の………スカーフェイスのお二人が、私なんかになんの御用で………?」
「や〜ん知ってくれてるの?嬉し〜!」
「アイリス、ふざけないの…………まぁまぁまぁまぁ、アンタもそんなにビビらなくていいよ?」
冷や汗をダラダラ流しながら恐る恐る尋ねると、ナイフを突き付けているアイリスがわざとらしく甘い口調を見せると、大剣を背負ったロウーユの方が窘める。
ロウーユがビビらなくていい、と微笑みながら言って見せるが、首元にナイフを突き付けてられている状況で恐怖しない訳は無かった。
「お嬢ちゃんさ、今何しようとしたの?」
「え、あっ、はは………いや、何も…………」
「へぇー嘘つくんだ。先輩悲しいなぁ」
「い、やー………嘘なんて………へへへ………」
下手なことを言えば何をされるか分かったものでは無い。
隣に腰掛けてきた先輩傭兵に思わず目が泳ぐ詐欺師の少女。金をせしめてさっさと退散しようとしていた矢先、逃げようとしてましたとも言えない。
そんな少女の肩にポンッと手を置くと、ロウーユは息がかかるほどの距離で話し掛ける。
「そりゃあさぁ………嘘をつくのが悪いだなんて言わないよ?騙されるドルツのおっちゃんの方が悪いさね」
「そうそう。ウチら傭兵、自分の利益のために嘘をつくなんて当たり前だしね〜。おっちゃんみたいなのが珍しいし」
「そ、そうですよねぇっ!!簡単に騙される人に、依頼なんて任せられないですしっ!!」
「「分かる〜!」」
傭兵家業は基本的に個人の仕事だ。国が守ってくれるようなことは無く、騙されればそれまで。自分を守る為にも、何より同じ仕事をした仲間を守るためにも、簡単に騙される様なやつは信用に値しない。
そう述べる二人に、少女はすぐさま同調する。これならどうにか切り抜けられる、と思った瞬間。
ロウーユはわざとらしく拳をカウンターに振り下ろす。
ガンッ!!と強い音が響き、次いでカランッと何かが落ちたような音が耳に入った。
「けど傭兵を騙すってことはさぁ…………報復される覚悟、あるって事なんだろ?」
少女には拳が見えなかった。
しかし摩擦による煙を上げる円形にくり抜かれたようなカウンターと、地面に落ちる丸い板を見れば自ずと察する事が出来る。
ロウーユのあまりの力の強さに、カウンターが拳大にくり抜かれたのだ。
震える少女の瞳を覗き込む。顔を青くし、恐怖と震えのせいで喉から声を出せない金髪の娘。そんな彼女を尻目に、ロウーユはアイリスへとわざとらしく声をかけた。
「ねぇアイリス、この子
「ん〜顔可愛いしぃ………5000
「え、あ…………いくら、って…………」
「んー?決まってるじゃん、娼館への売却額だよ」
ヒュっ、と息が途切れるような音がした。
「公営じゃない娼館はいっつも人探してっからな〜。とっ捕まえたらまずそこっしょ」
「え〜、野郎ばっかのとこなら荷物持ちさせる手もあるじゃん?金払わずに楽出来るし、依頼先への道中も持っていけて
「あーまぁ長期的に見りゃそっちのがいいかぁ〜。人によっちゃ殴るだけ殴ってストレス発散って事もあるだろうけど」
「よく聞くわ〜。そんな事される可能性あるのに騙そうとするなんて、お嬢ちゃん覚悟決まってるぅ!」
「ち、ちが………私、そんな………!」
傭兵というのは、基本的に国家の一員では無い。
生まれた国、育った国こそあれど基本は根無し草。アモール神聖帝国に生まれながら、別の国に行って依頼を受けて生きるなんて傭兵にはよくある話だ。
そして彼らの中でも罪を犯した者、害を与えたものに待ち受ける末路というものは、得てして悲惨な物である。
傭兵に潰され、捕まった盗賊団の生き残りは殆どが奴隷商に売り飛ばされる。男でも過酷な労働用として重宝するし、女ともなれば買い手は掃いて捨てるほど居る。
男が中心の傭兵団やソロの男傭兵の場合は、自分で使っても良い。飽きた場合は、値は下がるものの売って小銭は稼げる。
特に少女のような顔の整った女は、格好の獲物だ。そして相手を騙し金を盗みとったとあれば、報復としてそういう行動に出る輩が殆どだろう。
改めて自分の置かれている立場を認識し、少女は息すら忘れるほどに焦燥する。
「あの………っ、ごめん、なさい………!ゴメンなさい………!」
「私らに言われてもなぁ〜?」
「決めるのおっちゃんだしぃ〜、ぶっちゃけ何されててもお嬢ちゃんの自業自得って言うかぁ〜?」
慌てて謝罪を口にするものの、アイリスとロウーユは何処吹く風。同性だからと言って助け舟を出す気はサラサラないようだ。
少女の脳裏に、騙そうとしたあの男の顔が思い浮かぶ。
大柄で筋肉質。如何にも漢といった風貌の人物であり、ある意味野盗や山賊といった言葉が似合う男だった。
そういった傭兵らしい行動を取るかと言われれば、嬉々として取りそうな見た目だと間違いなく断言出来る。
その上、あの男は店主リボルの手によって店の奥に連れていかれる前に『よかった』と口にしていた。
つまりアレは、『売り飛ばして金に出来る』『丁度いい奴隷が手に入った』という意味だったのでは無いだろうか。
取り返しのつかないことをした、と少女が意味を成さない後悔をしていたその時。
店の奥から、ぬっと大きな人影が現れた。
「だぁかぁらぁ!!次から気をつける!!マジでやんねぇって!!」
「テメェ何回目か分かってるんだろうね………?」
どうやらお説教もひと段落ついたらしい。少女が騙そうとしていたおっさんと、店主の女性リボルが戻ってきたようだ。
「ん?あっ、おいアイリス!ロウーユ!テメェら何やってんだ!!」
「な〜んにもやってませ〜ん!」
「ウチら良いこと教えてあげただけだも〜ん!」
両手を合わせてリボルへ謝罪を口にしていたおっさんだったが、ふと少女に絡むスカーフェイスの二人を見て眉を吊り上げる。
自分たちは何もしてない、とおちゃらけながら否定したアイリスとロウーユは、ナイフをしまって少女の傍から離れ元の席へと戻って行った。
「ったく………悪ぃな嬢ちゃん、アイツらなんか_______」
「ひっ……!ご、ゴメンなさい、ゴメンなさいッ!!出来心だったんですぅ!!」
「あん?いやいや、別に怒ってねぇしとって食おうとも思ってねぇっての」
呆れた様子で少女に声を掛けようとした男だったが、反射的に少女が後ずさると涙目でゴメンなさい、と連呼。どうやらスカーフェイスの二人からの話が相当応えたらしく、騙している時の演技の余裕は何処へやら。産まれたての子鹿のようにプルプルと震えていた。
しかし男はそんな彼女に真顔でナイナイ、とジェスチャー。嫌味でもなく、至極当然のように何をするつもりも無いと言った。
「ほ、ホント………ですか…………?娼館に売ったりとか、奴隷にされたりとかしませんか………?」
「しねぇっての!まぁ傭兵やってる連中にそういうのが居るのは事実だが………俺ァ好かん。後味悪いったらねぇよ」
ボリボリと後ろ手で頭を掻きながら男はそうボヤく。どうやら見た目に反して人の道に反するような事は苦手らしい。
散々ビビらされた割には肩透かしの様な回答を受け、少女は全身から力が抜ける。感じた恐怖は、彼女のこれから先の人生においても間違いなく一番だろう。
「あ………ありがとう、御座います。それと、騙し取ろうとしてすみませんでした………」
「ん?何の事だ?」
「いや、その………嘘の話をしてお金を………」
「あぁこれか。はいよ」
どうやら思っていたよりも話の通じる人物らしいと思った少女は、素直に頭を下げて謝った。騙してお金を取ろうとした事を謝罪したつもりだった少女だが、それを聞いたおっさんは事も無げにドンッ、と布袋を少女に手渡した。
「え?…………え?」
「ん?どした変な顔して」
「いや、その………これ、私が騙して盗ろうとした…………」
「いんや、それは俺がお前さんに勝手に渡した金。俺騙されてない、嬢ちゃん金受け取る。オゥ、カンペーキネ!みんなハッピーウィンウィーンヨ!!」
呆けた様な顔をした少女に対し、カタコトの外国人の様な口調で金の入った布袋を押し付けるおっさん。
ポカーンとしてい少女だったが、事態を飲み込むと慌てた様にして返そうとする。
「いやいやいやいや!?私、騙そうとしたんですよ!?」
「だから知らん!俺が勝手に嬢ちゃんに金をやっただけだ!大体俺のハイパー脳みそはそう簡単にゃあ騙されん!!」
「どの口が言ってんだ〜」
「うるせぇぞアイリスゥ!!」
茶々を入れてくる外野にツッコミを入れると、店内でくつろいでいた傭兵たちが笑い声をあげる。
そんな中少女が一人困惑していると、おっさんは「それによぉ」と口を開いた。
「お前さん、なんか訳ありなんだろ?金が入り用じゃねぇのか?」
「それは…………そう、ですけど…………」
「んじゃ貰っとけ貰っとけ。安心しろ、これをネタになんかやらせようだのなんだの思っちゃいねぇよ。俺の自己満足ってやつだ」
尻すぼみになりながら金は要ると言った少女に、ほれみろと笑うおっさん。人を騙してまで金を盗みとろうとした程だ。これから先必要なのは分かりきっている。
「………ありがとう御座います。いつか絶対、お返しします!」
「おう。ただし、返すのはでっかくなってからゆっくりでいいぞ。俺はそう簡単にゃ死なねぇしな!ナーッハッハァ!!」
深く頭を下げた少女に、おっさんは両手を腰にあててわざとらしく笑い声を上げる。
その様子を見ていた他の傭兵達から『阿呆ドルツー!』だの『俺も金に困ってるー!』だの『なんでもいいから奢れ貧乏人〜!』だの『カッコつけてもどうせモテねーぞおっちゃ〜ん!』だの野次が飛ぶ。
「うるせー!」とおっさんが一喝しひとしきり笑い声が巻き起こった後、そう言えばと少女に再び声を掛ける。
「嬢ちゃん、ホントに傭兵やんのか?なんなら俺の傭兵団入るか?裕福とは言えねぇが、隊員は全員良い奴らだぞ!」
「あ、いや………私には、やっぱり無理かな、と…………」
傭兵をやるなら自分のとこで面倒を見ると言ってくれた男だが、少女は首を振って傭兵家業は無理だと言った。
自分にはアイリスやロウーユの様な風にはなれないだろうし、腕にも自信はない。はっきり言って金を持ってそうな傭兵に近づく為だけに傭兵になろうとしたのだ。戦いなんてからっきしである。
しかし行く宛てがないのも事実。どうにか貰ったお金を元手に仕事を見つけなければ、と考えていた少女だが、ならばと男は彼女の肩を叩いた。
「そんなら、商業区の三番にマチアドって偏屈な爺さんがいるんだ!道具屋やってんだが、今ちょうど店員探してっから行ってみるといい」
「ホントですか!?」
「おう。愛想は悪ぃが腕は確かだから給金はしっかり払えるだろうし、変な事するような人でもねぇ。俺の紹介なら、あの爺さんも無下にはしねぇだろ」
どうやら職の紹介までしている様子。脇で作業をしながら話を聞いていたリボルがため息をついて額に手を当てるが、おっさんは気にした様子はない。
自分を騙そうとした相手に随分な温情だが、どうにもこの男はこれが平常運転らしい。
「あの!何から何まで、ありがとうございました!!」
「良いってことよ!困ったときゃお互い様ってのが人情だ!!頑張れよ、嬢ちゃん!」
「はい!」
笑顔を見せて頭を下げる少女に、なっはっはと笑って頭を撫でるおっさん。
そんな彼にもう一度頭を下げてから店主のリボルやスカーフェイスの二人、他の傭兵達にも頭を下げて店から出ていこうとした足を入口へと向けた。
しかしふと少女は立ち止まると、男の方を振り返る。
「あの!そういえば、名前………」
「ん?そういや言ってなかったな………よっしゃ!!よーく見とけよ嬢ちゃん!!!」
かくして、物語は幕を開けた。
…………少女の方かって?違う違う。こっちだよ、こっち。
今ドンッと胸を叩いた、お人好しの汚ぇおっさん。
「俺ァドルツ!!《ドルツ・ベリーゲン》ッ!!ドルツ傭兵隊の団長にして巷で噂の仕事の出来るナイスガイ!!赤腕ドルツたぁ俺の事よォ!!!」
_______このおっさんの物語だよ。
『こそこそモブキャラ紹介』
・詐欺師の少女
父親がとある貴族の人間だったのだが、妾の子だったので特に愛されもせず、母親が死んだらはした金と共にポイ捨てされた娘っ子。
特に何が出来る訳でもなかったので仕事の宛もなく、このまま死ぬくらいなら詐欺でもなんでもやってやるという気概で騙そうとしてた。ただ思った以上に傭兵って怖かった。
最初に狙ったのがドルツだったのでなんやかんや生きる道が見つかりそう。今後登場予定は一切無い14歳のCカップ。
・アイリス
アモール神聖帝国の首都アモールのスラム街でストリートチルドレンとして生きてたボブカットガール。小さい頃から盗みで生計を立てていたが、どうにか生活を変えたくて傭兵家業に足を踏み入れた。
初依頼で右目を失い死にそうになってた所をロウーユ共々ドルツに助け出され、その後基礎を教わるまで3人で組んでいた元ドルツ傭兵隊。ただし才能があったので若くしてトリックスターにまで登り詰めた。多分出番はもう無い。
初依頼の恐怖で失禁した事をドルツに弄られる度に取っ組み合いの大喧嘩になる17歳のAAAカップ。
・ロウーユ
アモール神聖帝国と戦争していた隣国のガトラック王国の奴隷階級出身者。戦士としての才能があったので戦闘用奴隷として使役されていたが、見た目が良かったので夜伽を強制された為殴り飛ばして逃げてきた貞操観念オリハルコン女子。
初依頼で敵に囲まれ左目を失ったがアイリス共々ドルツに助け出され、傭兵の基礎を学ぶまで一時的に組んでいた元ドルツ傭兵隊。ただし元々才能に溢れていたので今ではドルツより全然良い暮らししてる
幼い頃に両親を亡くした反動で一時期ドルツを『父さん』と呼びそれが黒歴史になっている18歳のDカップ。