_______アイエノン商業区五番街。
その一角に佇む、古ぼけた木製の家屋。円形の看板に開かれた魔導書と交差する杖の印が彫られたその店は、【エルレ魔道具店】の屋号を掲げている。
低位の魔導書や神官用の杖を中心に、駆け出し〜中級者向けの魔道具を無理のない値段で提供するアイエノンの老舗だ。
大手商会が経営する支店に比べれば知名度で劣るのは否めないが、質では決して劣っていない。店主のエルレが利益よりも半ば趣味を優先して経営している為か、費用対効果は寧ろコチラの方が優れている。
故にアイエノンの冒険者ギルドには密かにこんな言葉がある。
『エルレを選んだ新人は信用出来る』
店の知名度に目が眩む事無く、質を見極められる人間は何処の世界でも貴重なのだ。
そんなエルレ魔道具店の扉がギィと鳴る。ベルも何も付けていないこの店では、それが入店を知らせる合図だった。
「_______いらっしゃい」
カウンターに備え付けられた椅子に腰掛け、愛想無く来店者に声掛けた店員。黒いフードを深く被った人物で、手元には羽根ペンと仄かに赤みの差した黒いインク瓶、半ばまで何かが書き込まれた分厚い本が開いた状態で置かれていた。
サラサラと流れる様に特殊な文字を書き連ねるフードを被った店員。更に続きを書くためにチャプン、とインク瓶に羽根ペンを付けた所で、ふと顔を上げて来訪者に目を向けた。
「プラルロさん。また呪符ですか?」
「あ、えぇ、まぁ。先日の任務で使っちゃって」
少女のような幼い声音でプラルロと呼ばれた来店者は、顔を上げた店員から目を逸らしながら頬を搔いた。
長柄の槍を背負い、軽装の革鎧に身を固めた青年だった。腰には小型の
彼の首からは鉄で作られた認識票が覗いていた。それ即ち、彼が冒険者ギルドの所属、1人前の冒険者だと言う事だ。
「あまり無駄遣いするものでは無いですよ。それなりに高価な品ですし………まぁ、これ一枚で生命を買えると考えれば、安い買い物ですけど」
「えぇ、本当に。シャルベットさんの呪符は特に効果が良くって助かりますよ」
呆れ混じりのため息をついた店員に、笑いかけるプラルロ。
呪符、というのは魔道具の一種だ。本来魔導士にしか扱えない魔法を、心得の無い者でも使えるようにする特別な符。
一枚につき一度の使い捨て。最下級の魔法でもそれなりの値段がする上に本職に及ぶほどの威力は出せないというものだが、この一枚が生死を分ける事もある。
その為戦いを生業とする者達の一部では愛用される品なのだが、このエルレ魔道具店ではつい最近になって取り扱われる様になった品物なのだ。
「………ふぅ」
「魔導書ですか?流石ですね」
羽根ペンを置いて、インクが乾いたのを確認してそっと本を閉じる。
魔道具店における目玉商品の一つ、それが魔導書だ。専門の知識こそ必要とするも、呪符よりもずっと多くの回数魔法を使用できる。魔導士、と呼ばれる人材には無くてはならない武器だ。
そんな魔導書は、生成に中々骨が折れる。
各属性毎に分けられたインクを使い、専用の羽根ペンに魔力を込めながら決められた魔道文字列や魔法陣を書き込んでいく。
魔力が切れた状態で書いても駄目、文字列や魔法陣が崩れても駄目。一冊を生み出すのに非常に神経を必要とする作業なのだ。
それを店番を担当しながら話混じりに片手間でこなす店員は、相応の実力者であろう。こんな片田舎の中規模都市に居るような人材では無い。
「呪符だけでなく魔導書の作成もこなせるなんて、シャルベットさんはまだお若いのに凄いんですね」
「はぁ、どうも…………」
プラルロからの褒め言葉に、興味無さげに返答する店員。そんな反応に僅かに眉を顰めるプラルロだったが、気を取り直してカウンター越しに彼女へと近付く。
「どうでしょう?呪符の使い方について詳しくお話を聞きたいと思っていたんです、この後二人で食事にでも_______」
腕を組みなおした際にたゆんと揺れる店員の一部分に視線をやりながら、プラルロが彼女のフードに手を掛けようとしたその時だった。
「_______シャル」
ギィ、と扉が鳴る。
それと共に、焼けたような
灰髪灰眼の、目つきの鋭い青年だった。日に焼けた浅黒い肌に暗闇のような真っ黒のスカーフを首に巻いているのが良く目を引く。
腰に傷の多い鞘を下げており、鉄製の剣が歩調と共に軽く揺れる。鎧の類いは着込んでいないが、服の上からでも分かる鍛えられた肉体からこの灰色と黒の目立つ青年が剣歩兵………それもマーセナリーと呼ばれるクラスの人間だとプラルロには分かった。
「(認識票が無い………
青年の彫りの深い顔立ちを見て、彼がこの都市、アイエノンの属するアモール神聖帝国の出身者では無い事を推察。特徴を鑑みるに、つい二年前まで大規模な戦争を行っていた敵側の主要国、【ガトラック王国】の人間だろう。
国家間で争ったアモールとガトラックは、未だに互いに牽制し合う犬猿の仲だ。故に神聖帝国内にガトラック出身者は少なく、傭兵だろうと出張って来ることはほぼ無い。
「あら、アッシュ」
そんな人間がどうしてアイエノンに、と思うと同時にプラルロは内心舌打ちする。良いところを邪魔されたというのもあるが、青年が店員を愛称で呼び、店員側もそれを受け入れているのが気に食わなかった。
「ようこそエルレ魔道具店に。傭兵の方が、シャルベットさんになにか御用ですか?」
不満を隠し、店員が何か言う前にプラルロが青年へと声を掛ける。
店員からなんで客のアンタが、と言いたげな目を向けられるが、背を向けているプラルロには気が付くはずもない。
「………………」
威嚇の意味も込められた笑顔を向けられるが、黒スカーフの青年は軽くぺこりと頭を下げると、プラルロから視線を外して店員へと歩み寄る。
「(無視かよコイツ………!)」
「珍しいですね。アナタも魔道具を?」
「………仕事、まだ掛かるか?」
「ちょうど今しがた最後の魔導書の作成が終わったところですので、もう終わりですよ」
歯噛みするプラルロを他所に親しげに会話を交わす二人。それが更にプラルロの怒りを加速させるが、二人には関係の無い話だ。
「おばあちゃん、終わりましたよ」
店員はカウンター裏の扉を少し開け、そこからひょっこりと顔を出す。扉の先で黙々となにかの作業をしていた先折れ帽を被った老婆は、そんな彼女に気が付いてトコトコとやってくる。
「シャルベットちゃん、もう終わったのかい?」
「はい、御依頼の通りファイアー、サンダー、ウィンドの魔導書を各五冊。ブリザーの書を十冊、ミィルとライトはそれぞれ三冊。時間が余ったので、在庫の少なかった呪符も何種類か作って補充しておきました」
「あらあらまぁ、頼んでない所までありがとねぇ。それじゃ、これ依頼代」
人の良さそうな魔女然とした老婆から頭を撫でられる店員は、なすがままにされながらカウンターの下に置いている籠を取り出して報告をする。
この人の良さそうな老婆こそ、エルレ魔道具店の店主を務める人物。アイエノン一筋40年、ずっとこの地で魔道具を作っている【エルレ・マクリク】だ。
そんなエルレは店員の女性へと依頼代の入った皮袋を手渡すと、思い出したように手をポン、と叩いた。
「あらそうだ。シャルベットちゃん、ベリーゲンさんの所は今何人だったかしら?」
「?団長や私を含めて6名ですが」
「あぁそうだったわ。ちょっと待っててね」
そそくさと下がっていくエルレを見ながら店員が首を傾げると、紙袋を持って戻ってくる。
「知り合いから沢山アモールアップルが届いてねぇ。パイを作ったからみんなで食べてね。あらアッシュちゃん来てたのね、丁度いいわはい持って」
神聖帝国の首都と同じ名を冠した林檎、アモールアップル。甘みが強く貴族家でも食べられるような高級品を使ったパイを作ったらしく、沢山あるからとエルレは二人に持たせてくれるようだ。
アモールアップルのパイ、と聞いて店員の身体がピクリと揺れる。アッシュちゃん、と呼ばれた青年は、ぺこりと頭を下げながら仄かに暖かい紙袋を受け取った。
「それじゃあねぇ。またお願いする時はよろしくね」
「はい。これからもどうぞご贔屓に」
「………ご贔屓、に」
ニコニコと笑うエルレに向けて揃って頭を下げると、店員だった女性は店の外へと足を向けようとする。
「あ、ちょっとシャルベットさん!さっきのお話のつづ_______ぶっ!?」
そんな中、置いてけぼりだった冒険者の客、プラルロがシャルベットを引き止めようと咄嗟に彼女の手を掴もうとした。
が、それより早くプラルロの顔面を鷲掴みにする男の姿があった。
片手にエルレから貰った紙袋を抱えた黒いスカーフの青年、先程からアッシュと呼ばれている彼だ。
「いっででででっ!?てめ、何しやがる!?」
「………シャル」
「エルレおばあちゃんのお客さんです。離してあげて、アッシュ」
「ん」
己の頭を掴むアッシュの手を払おうと両手で掴み返すが、プラルロの力ではアッシュの手はビクとも動かず。
アッシュは小さく店員だった女性に目を向けると、彼女は離すようにアッシュに言う。
頷いたアッシュはポイッ、と捨てるようにプラルロを離すと、一度彼を静かに睨み付けてから店員だった女性と共にエルレ魔道具店を後にした。
「_______んッだよアイツ!?今日こそはって思ってたのにぃ!?」
「あらぁプラルロくん。最近よく来ると思ってたらシャルちゃんにお熱なの?」
「エルレさぁん!なんすかあのアッシュって奴!!
わぁん、と涙を流しながらカウンターに突っ伏すプラルロ。そんな冒険者の客を見ながら、エルレはあらあらと頭を撫でる。
冒険者ギルドの人間にとって、傭兵という職業は好まれたものでは無い。
未知を探しに様々な場所を文字通り冒険する彼等にとって、金の為に嬉々として人を殺す傭兵達は卑しい殺人鬼、という風潮は一部で存在する。
勿論プラルロも全員がそうだとは思っていない。しかしどうしても彼等傭兵をハイエナ扱いするのは、冒険者にとっては仕方の無い事だった。
「うぅ………シャルベットさん………小さくて可愛い………守ってあげたい…………なんで傭兵なんかに…………」
「あらぁ、プラルロくん知らないの?」
「はい?」
カウンターに突っ伏しながら未練がましくシクシクと泣き続けるプラルロ。彼の呟きを聞いたエルレは、驚いた様に声を上げた。
「シャルちゃん、あの子も傭兵よ?」
「…………え?」
「というかあの子、冒険者で言えば鋼………下手したら銀級を貰えるくらいの実力者だけど」
「………銀、級………?シャルベットさんが………俺より、二ランク上…………?」
冒険者の階級は、実力や貢献度によって複数に別れている。
駆け出しの白。
半人前の青銅。
一人前の鉄。
ベテランの鋼。
一線級の銀。
単騎で部隊相当の金。
現役最高峰の
過去の英雄と同等と評価されたに等しい、名誉階級のミスリル。
このうちプラルロは鉄級に該当する実力者。しかし先程の店員の女性は、傭兵ながら彼より二つ上の階級、銀に選ばれるだろうとエルレからの評価だった。
「…………………………」
「プラルロくん?おーい?…………放心しちゃったわ。夢壊しちゃったかしら…………」
小柄で可愛い女性を守る自分どころか、むしろ守られる側。それを認識してしまったのか、真っ白になって放心するプラルロだった_______。
「ックチュン!」
「大、丈夫?」
「えぇ、大丈夫ですよ。近くで建設工事してるから石粉が飛んできただけなので」
街道を歩きながら小さくクシャミをした女性に、アッシュが心配の声を掛ける。
近くの工事現場で石を削っているせいで、粉状になった石が飛んできたらしい。早く抜けてしまおうと、揃って少し歩みを早くする。
「ところでアッシュ。わざわざ呼びに来るって珍しいですけど、何かありました?また団長がみんなで飯を食べるーっ、とか言い出したり?」
彼女達の属する傭兵団は、大きな依頼が無い限りはこのアイエノンの街の中で各々の得意分野を活かして手伝いのような依頼を請け負っている。
しかしそうなると全員揃って飯を食べるような機会も当然少なくなるのだが、団長であるおっさんが定期的に全員招集して一緒に食事をしようとするのだ。
………その度にテンションの上がった一部隊員が酒やらなんやらを頼みまくるので、団の経営的には頭を悩ませる場なのだが。主に団長のおっさんと末っ子の剣士が原因だ。
叱られるのは大体団長で、末っ子には皆甘い為許されるのだが。
そんな団長の定期発作が出たのか、とアッシュに尋ねると、彼はフルフルと首を振って否定した。
「…………依頼。デカいの」
「………珍しいですね。そういうのは大概団長が勝手に引き受けてて、後から教えられることが多いのに」
「………詳しく、は知ら、ない。でも、厄介事」
デカい依頼、つまり報酬が高い依頼というのは規模が大きいものが多いのだが、時折切羽詰まっているが故に相場よりも高い依頼料を提示するものもある。
そんな場合は依頼主が困り果てていることが多く、アホみたいに人のいい団長が勝手に受諾して後で隊員が知る事になる、というのも往々にして存在する。
しかし、どうも今回は違う様だ。アッシュも詳しい内容は知らず、ただ彼女を呼びに来ただけらしい。
「…………ドルツが、言ってた。シャルの、頭が要る」
「…………あの人、今度はどんなの持ってきたんですか………仕方ないですね、もう………他のみんなは?」
「ハリィは、宿に居た。アネットと、リースは………ドルツが呼びに」
「なら私達が着く頃には全員揃ってますね。少し急ぎましょうか」
「ん」
エルレ魔道具店のある商業区五番街は、彼等の拠点にしている『大樹の猪亭』から離れた場所にある。団長が呼びに行った二人が依頼を受けた先は、そこまで離れていなかったはずだ。順当に行けば自分たちが最後に着くだろう。
「早く行かないと、アホ団長が丸め込まれるかもしれませんしね」
「…………そう、かもな」
フードから焦げ茶の瞳を覗かせながら、小さく笑ってアッシュを見上げる。
アッシュもそれに呼応して、少し口角を上げて笑みを返した。
このフードを深く被った少女。一見成人前の子供にすら見える彼女だが、その実は彼らの属する傭兵団の勘定役にして頭脳労働担当者。
冒険者で言うところの銀級にすら匹敵する実力と、自身の戦闘スタイルから『連弾の氷魔導士』の二つ名を囁かれている一級品の実力者。
名を、【シャルベット・アクアライム】。アイエノンでも指折りの魔導士である。
「………ところでアッシュ」
「駄目」
「………何も言ってませんけど」
「パイは、みんなで」
「……….ケチ」
「傭兵は、だいたい、ケチ」
…………余談だが、人一倍甘味好きだったりする。
『こそこそモブキャラ紹介』
・プラルロ
アイエノンの冒険者ギルド所属の鉄級冒険者。首都アモールの出身だが、依頼の多いアイエノンなら色んな依頼を見極められると思ってやって来た勘のいい男。ギルドに属してから一年と少しで鉄級にまで上り詰めた有望株。
顔が良くて背も高くて実力もある、という割とモテてきた人種。表面を取り繕う為紳士に見えるが、中身は割と三枚目。
自分より背の低い女の子が好き。物静かで守ってあげたくなる子の方がタイプ。おっぱいは大きければ大きいほどいい。なのでシャルベットはドストライク中のドストライクだったが、彼女の実力を知らなかったので勝手にブロークンハートした勘違い男。多分シャルベットのタイプでは無いので告白したとしても相手にもされてない。
この後シャルベットに好きだと叫びながら突貫したけどドルツにジャイアントスイングされて夕陽に向かってぶん投げられる運命にある19歳の青春ボーイ。
・エルレ・マクリク
アイエノンでエルレ魔道具店を営むおばあちゃん。お金に頓着が無く、殆ど趣味で営業しているので品揃えの質の割には金額設定の安いお値段以上な経営をしている。
温厚な性格で若者に構うのが好き。なのでお店に来た新人冒険者や駆け出し傭兵にはサービスしてあげる優しい人。今のアイエノン冒険者ギルドのギルド長もエルレ婆ちゃんには頭が上がらない。
昔魔道具用の貴金属や特殊な品を馬車で運んでいた時に盗賊に襲われた所を、たまたま別の依頼の帰りだったドルツに助けられてから仲良しに。以来ドルツ傭兵隊の面々にはサービスと称して色々融通を効かせてくれている。
実はダークマージの上級職であるソーサラーなので盗賊程度瞬時に燃えカスにする事が出来る77歳。カップ数は乙女の秘密。