進め!貧乏暇無し傭兵団!   作:ハチミツりんご

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Episode3:ドルツ傭兵隊、団議!

 

 

「ただいま」

 

「………ただい、ま」

 

 

 大樹の猪亭の扉を開けながら、シャルベットとアッシュが帰宅の挨拶を告げる。

 

 実際には自宅という訳では無いのだが、『泊まっている間はここが我が家』という店主であるリボルの拘りで、宿泊者が戻ってきた際はこういう様に!という独自のルールのようなものである。

 

 さて、時間的には既に集合しているはずだが、と思い軽く店内を見渡す。

 

 

 そしてシャルベットとアッシュは、ふと視界の隅っこに映る大きな影に気が付いた。

 

 

「……………………………」

 

 

 丸っこい、大柄な人物だった。薄緑色の全身鎧に身を包んでおり、身の丈は軽く2mはあるだろう。真っ赤な肩部と背中に嵌め込むように背負った巨大な丸盾が酷く目立っており、隅っこの机で腕を組んだまま微動だにしていなかった。

 

 その姿、さながら亀のよう。ほかの傭兵達も、一部がヒソヒソと全身鎧の人物の方を向きながら話していた。

 

 

「はぁ…………全く。アッシュ、お願い」

 

「ん」

 

 

 シャルベットは一つため息を着くと、アッシュに向けてちょいちょい、と全身鎧の人物を指す。

 ひとつ頷いたアッシュは腰に備え付けていた鞘の入った剣を外すと、ツカツカと歩み寄って持ち柄の部分で鎧の側頭部をカーンっ!と叩いた。

 

 

「んぇあっ」

 

「………ハリィ、おはよう」

 

「ん〜?ありゃ、寝ちゃってたねぇ。おはようさん、アッシュ」

 

 

 叩いた音に反応してガシャリと鎧が揺れる。

 

 どうやら鎧の中で盛大に眠りこけていたらしい。叩かれた衝撃で目が覚めたらしく、奇怪な声を上げた鎧の主は随分とのんびりした声でアッシュにおはようと告げた。

 

 

「ハリィ。団長達はどこ?急ぎだと聞いてきたんですが………もしかしてまだ戻ってきてなかったりします?」

 

「おお〜、シャル。待ってたよぉ、今回の依頼はど〜うも変わり種でねぇ。シャル無しで判断するのは難しいと思ったんだよねぇ」

 

 

 へ、へ、へ、と個性的な笑い声をあげる全身鎧の人物に、シャルベットは今一度ため息をついた。

 

 とは言っても、彼女ののんびりとした性格は出会った当初から変わっていない。こう見えてやる時は誰よりも頼りになるタンク役だ。シャルベットもアッシュも、彼女の事は信頼していた。

 

 

 よっこいしょ、とジジくさく呟きながら立ち上がる。そして二階席を指差しながら、フルフェイスに覆われた顔を2人に向けた。

 

 

「そんじゃ、上に行こっかねぇ。三人とも待ってるよぉ」

 

 

 

☆☆☆★☆

 

 

 

「おいコレ美ン味ぇな。何処の料理だ」

 

 

 パリパリパリ。

 

 

「オイコット公国の郷土料理だって。お芋を沢山の油で揚げて塩振るんだよ」

 

「マジか、それだけでこんな美味ぇのか。オイコットぱねぇな」

 

「ね。パないよね」

 

 

 パリパリパリパリパリパリ。

 

 

「二人とも………そろそろシャルさんとアッシュ来ると思うんだけれど………」

 

「ん?なんだアネット、遠慮してねぇでお前も食べろ食べろ」

 

「そうだよアネット〜、美味しいよ『ぽてち』!」

 

「いや、僕はその………遠慮しておくよ」

 

「そうかぁ?」

「美味しいのにー」

 

 

 パリパリパリパリパリパリパリパリパリパリパリパリパリパリパリパリパリパリパリパリパリパリパリパリパリパリ_______

 

 

「………美味い………美味いが、アレだなリース」

 

「うん。分かるよ団長。すっごいよく分かる」

 

「だよなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

「「エール欲しぃぃぃ〜〜〜ッ!!!」」

 

「何食ってんですかスカポンタン共」

 

「ぶべぇっ!?」

 

 

 シャルベット、怒りの氷魔法だった。

 

 

 

☆☆★★☆

 

 

 

「で?人が汗水流して働いて、その上厄介な依頼が舞い込んで全員揃って相談すると聞いて急いでやってきている中で団長はパリッパリパリッパリ菓子食べてたんですか。いいご身分ですね流石は団長でございます」

 

「いや、あれはその………リースが仕事先で貰ってきたのを先に味見しようって………」

 

「何 か 口 答 え が ?」

 

「何も無いでありますアクアライム殿ッ!!!」

 

 

 正座して縮こまる団長ことドルツの前に腕を組んで仁王立ちし、威圧感を醸し出すシャルベット。

 その様はさながらかつて星神ラスィアックの退治した魔眼の蛇女ゴーゴンの如し。彼女より三回りは身体のでかいドルツが縮こまったネズミの様に身体を丸めている。

 

 

 大樹の猪亭二階、角部屋。常連客である彼らに向けて、店主のリボルが好意で貸し出してくれている相談部屋だ。

 

 依頼内容の精査やほかの傭兵達に聞かせられない依頼人の素性等、隊員のみで話し合う為の場として活用している。6人で過ごす、となると少々手狭だが、話し合うには問題ない。

 

 

 そんな相談部屋内に揚げた芋の香ばしい匂いが漂う中で、一応名目上は一隊員であるはずのシャルベットに叱り付けられる団長であった。

 

 

「アッシュ〜、それ何?いい匂いするね!」

 

「エルレさん、からの、差し入れ」

 

「どれどれ………わっ、アップルパイだね」

 

「ありゃ〜、人数分あるねぇ。向こうまだ掛かりそうだし食べちゃおっかねぇ」

 

 

 そんな団長の事は脇において、団員達はアッシュの抱えてきた紙袋の中身に興味が移っていた。

 

 黒茶色の髪を後ろで結った活発そうな少女が紙袋をつんつんと突けば、アッシュが差し入れだと告げる。

 銀髪をポニーテールに纏めた中性的な女性が中身を覗き込めば、全身鎧の人物が近くに置いてあった木皿に手を伸ばした。

 

 

「なぁおかしくないかシャル!!アッシュやハリィやアネットは分かるけどリースが向こうにいるのおかしくないか!?」

 

「団長のくせに隊員に責任転嫁ですか?………あ、リース。ドルツの分は私と半分こしましょうね」

 

「わーい!シャルさん愛してる!」

 

「ぬぅぅぅぅぅうおおぉぉぉぉ末っ子に甘々軍師めぇっ!!」

 

 

 オイコット公国の郷土料理『ぽてち』。薄切りにした芋を油で揚げただけだが、ついつい次の一枚に手が伸びる魔性の食べ物だ。

 

 そんな『ぽてち』を食べていたこと自体は確かにドルツ側の問題だが、彼と同じくパリパリ食べていたもう一人の人物が怒られていないのは如何なものかと訴える。

 

 

 しかし残念。『ぽてち』を持ち込んだ彼女、快活そうな少女はこのメンバーの中では特に末っ子扱いされている。おっさんと末っ子では、甘やかし方が違うのも致し方なしなのである。

 

 

 堂々とドルツの分のアップルパイが無くなることが確定する中、アッシュは木皿に乗せられた自分の分に目を落としながら、皿を持ってドルツの元へとやってくる。

 

 

「ドルツ。俺の、分」

 

「バカヤロウ気にせず食え。お父さんお前の優しさで胸がいっぱいだわ」

 

「アッシュと五歳くらいしか離れてないでしょうアナタ」

 

 

 無表情ながら団長を気遣って自分の分を渡そうとしてきたアッシュにドルツが目頭を抑える。

 

 余談だが、ドルツは今年28歳。アッシュは詳しい年齢は本人も分かっていないが、凡そ20年と少し生きている。ドルツが父親な訳は無い。

 

 

 シャルベットのツッコミ冴え渡る中、ドルツは『はーどっこいしょ』とおっさん通り越しておじさんな事を呟きながら立ち上がると、部屋の中央に置かれた丸机の一つに腰掛けた。

 

 

「よしっ、そろそろ始めっか…………って、ハリィお前いつまで鎧着てんだ」

 

「んァ〜、それもそうだねぇ。シャルとアッシュを迎える為に着てたけど、外していいさね」

 

 

 全身鎧の人物を指差しながらドルツがそう尋ねる。今から話し合いをするのなら、鎧を着込んでいる必要性は無いだろう。

 

 『もっかい着るの面倒臭いんだよねぇ〜』、と呟きながら、内部で何かガチャガチャと音を立て始める全身鎧の女性。

 

 しばらくの間音を立て中でなにか作業をしていたが、突如ガシャンっ、という音と共に背中に取り付けていた巨大な丸盾が外れる。

 

 

「ふぃ〜、鎧は籠るねぇ〜。我が相棒ながら、こういうとこだけは嫌んなるよねぇ〜」

 

 

 どうやら丸盾に隠れていた部分の鎧を外していたらしい。中からひょこっと顔を出したのは、2m超えの鎧の主とは思えぬほど小柄だった。

 

 薄水色の短めの髪をした、身長150cmにも満たない少女だ。眠そうな半目をしており、着ている服も半袖で肌にピタリと密着するようなもの。へその辺りを覆うものは無く、見た目に反して鍛えられている腹筋が薄らと確認出来た。

 

 

 パタパタと手で扇ぎながら現れた彼女は、よっこいしょ、とまるで軽く何かを退かすかのように自身の全身鎧を持ち上げて部屋の隅へと置いた。

 

 

「………前から思ってたけど、ハリさんって見た目と実際のパワーに凄い差があるよね」

 

「まぁ、ハリィは初めて会った時からあんな感じだからなぁ」

 

「へ、へ、へ。こう見えても元重装騎士団なんだよねぇ、これがねぇ」

 

 

 ドジンッ!!とおおよそ立てては行けない様な音を響かせながら床に置かれた全身鎧を見ながら呟く少女やドルツを見ながら、薄水色髪の女性は『む〜ん』、とゆるっゆるな声と共に力こぶを見せる。

 なお本人が一切力を入れてなかったので一切力こぶは見えなかったことをここに記しておく。

 

 

「ハリさんが頼りになるのは僕らがよく知ってるし、そんなに大きな問題じゃないと思うけどね。はい、これ団長の分。フォークとナイフはいるかい?」

 

「おう、サンキューアネット。ナイフだけくれや」

 

「了解」

 

 

 下手をすればそこら辺の子供にすら間違えられそうな薄水色髪の女性だが、彼女の実力は団の全員がよく知っている。

 

 それなら問題ないだろうと、銀髪ポニーテールの少女がドルツの前にアップルパイの乗った木皿を置く。

 6人分をそれぞれ置き終わったら、よしっ、とドルツが声を上げた。

 

 

「改めて、話し合い始めっぞ。全員座れぇーい!」

 

「もうとっくに座ってますよ」

 

「そりゃ良かった」

 

 

 円形の机を囲むように6つ置かれた椅子に、各員がそれぞれ定位置としている場所へと腰を下ろしていた。

 

 それを確認したドルツは、先程までのおふざけモードから一転。真面目な顔をしながら、机の中央に一つの手紙を置いた。

 

 

 

「_______今回の依頼主は【ヴァイエノ連合】のウィスラ領伯だ」

 

「ヴァイエノ連合?アモールの従属国………とは名ばかりの同盟国じゃないですか」

 

 

 シャルベットが訝しげに言葉を返す。それもそのはず、依頼相手の国が相当に珍しかったからだ。

 

 

 

 【ヴァイエノ連合】。

 

 元々数十の部族が互いに争いあっていた紛争地帯に存在する国であり、それらの部族が同盟を結んで出来た国家だ。

 

 

 50年前、当時まだ有力部族が複数存在し互いに争いあっていた名も無き紛争地帯に、破竹の勢いで国土を広げていたアモール神聖帝国が戦争を仕掛けた。

 

 それに対し、各有力部族の長たちは過去の因縁を一旦忘れてアモールに対する共闘関係を築くことを約束。

 当時近隣諸国の中でも圧倒的な規模の軍を誇っていたアモール神聖帝国軍10万を、僅か2万で押し返した。

 

 その結果、アモール神聖帝国側と部族長達による話し合いの席が設けられ。

 

 『俺らは従属国になってやるし戦争にも協力してやるからこっちの内部に一切口出さねぇと神に誓え』

 

 という半ば脅しにすら匹敵する要求をアモール側が呑み、部族連合は名目上の降伏。

 

 

 戦いこそが誇りであった戦闘民族共は、この戦いを通して各部族がある程度歩み寄る結果に。そして、当時の対アモール戦争に置ける4人の英雄。

 

 

 最前線で全ての兵を指揮し続けたヴァイエノ連合建国の立役者である部族連合長『銀鋼鉄のヴァルハン』。

 単独で500以上の首級を上げたアルドラ族の女狩人、飛燕落としの異名を取った神弓士『イレーナ』。

 未だに神聖帝国内でその名が畏れられる狂撃、アモール自慢の重装歩兵隊を文字通り破壊して見せた『鏖殺者エルギド』。

 別働隊数千が連合本軍を強襲するために狙った城を、僅か200の親衛隊と共に守り抜いた不屈の名将『ノルンヴァーノ』。

 

 

 彼ら4人の名前の頭を取り、アモール神聖帝国の従属国【ヴァイエノ連合】は誕生した。

 

 

 

「あの国、確か傭兵を排出することこそあれど傭兵を雇う事なんて滅多にないはずですけど………」

 

「だねぇ〜。あそこの領主達が抱えてる常備軍は近隣でも飛び抜けて強いんだよねぇ。だから傭兵使わなくても何とかなるんだねぇ、これが」

 

 

 シャルベット達の言う通り、ヴァイエノ連合は兎に角常備軍の練度が高い。詳しい話はあまり外には聞こえてこないが、兎に角傭兵を殆ど必要としない珍しい国なのだ。

 

 

 しかしドルツが嘘をつく必要性はない。ということは、机の中央に置かれた手紙は間違いなくヴァイエノ連合の領主からの依頼書ということだろう。

 

 

 

「ウィスラ………何処、だ?」

 

「ね、聞いたことないや。カイベルとかアルゴラは有名だし流石に知ってるけど、ヴァイエノの方の地名は私も分かんない〜。アネット、どう?」

 

「確か………ここから南西にある地名だったと思うよ。だがそこまで広くは無い………というか、領主を名乗るギリギリの範囲だ。団長、ホントにウィスラなのかい?」

 

「あー、まぁ待て待て」

 

 

 続々と話を進めていく団員達に、ドルツはどうどうどうと一度止まるように促す。

 

 

「詳しい内容は、今から見せる。だがその前に_______いつもの確認だ」

 

 

 ドルツが静かにそう言うと、ほかの5人はそれぞれ思い思いの座り方をしながら、視線を真っ直ぐに団長の元へと向けた。

 

 

 

「_______会議は」

 

自由に

 

「俺らは」

 

平等

 

「最優先は」

 

自分の生命(いのち)

 

 

 全員を見回しながら、ドルツはニッ、と笑って手を叩いた。

 

 

 

「よっしゃ!ドルツ・ベリーゲン、了承だ!!」

 

 

 そう言って左隣に視線を向けると、シャルベットは『はいはい』とでも言いたげに肩を竦めた。

 

 

「シャルベット・アクアライム。この身に誓うわ」

 

「アッシュ。同じく、了承」

 

 

 シャルベットが胸に手を当てながら小さく笑うと、その隣に座るアッシュも僅かに首肯する。

 

 

「はいはーい!リース、もちろん従うよ!」

 

 

 そしてアッシュの左隣に腰掛ける天真爛漫な剣士の少女。黒茶色の髪を後ろで結った彼女、リースも元気に告げた。

 

 

アネット・ファルナリア。我が騎士道に誓って」

 

 

 腰に差していた鉄剣を鞘ごと横に掲げながら、銀髪をポニーテールにした中性的な美女、アネットが誓いを立てる。

 

 

ハリガン、反対する必要は無いんだよねぇ」

 

 

 ヘラヘラっとした様子で了承の意を告げたのはハリガン。全身鎧に身を包んでいた、あの薄水色髪の小柄な女性だ。

 

 

 

 

「よし!ドルツ傭兵隊、団議!始めんぞ!!」

 

 

 

 

☆☆☆★★

 

 

 

「まずぁ兎に角、これを見てくれ」

 

 

 机の中央に置かれた手紙を開くと、ドルツは中から三角形の物体を取り出した。

 

 角の丸い、黒色の板だった。白い魔術模様が細かく書き込まれており、中央部には半透明の輝石のような物が埋め込まれている。

 

 

再生機(リプレイター)じゃないですか。たかが傭兵への依頼に仰々しいもの持ってくるんですね」

 

「珍しいの?」

 

対話機(ダイアロガー)に比べれば値段は落ちるけれど、それでも高級品ですよ。流石はお貴族様って所ですけど………正直その分を報酬に上乗せした方が賢いと思いますがね」

 

 

 シャルベットは物珍しそうにそう呟きつつ、リースからの質問に肩を竦めながら答えた。

 

 再生機(リプレイター)は、予め録画しておいた映像を遠方で再生することが出来る魔道具の一種だ。歌劇を録画しておくことで王都以外の都市の民も歌劇を見る事ができるようにしたり、裕福な貴族家ならば練兵の際に活用する事もあるなど活用幅の広い魔道具だとシャルベットは記憶している。

 しかし、録画時間の短いものでも一つでかなりの値が張る品でもある。大規模な軍隊化した傭兵団に依頼する時ならまだしも、今のドルツ傭兵隊のような数人規模の傭兵団に対して使うものでは無い。

 

 

 何でそんなものを、と思う隊員達だったが、まずは録画された内容を見てからだろう。

 でなければ何を話し合うも出来ない。

 

 

「んじゃ、再生すんぞ」

 

「団長、魔力足りるのかい?」

 

「そんな長くねぇからな。俺みたいな少量でも問題ねぇ」

 

 

 再生機(リプレイター)の中央部の輝石に指を当てながら魔力を注ぐ。ドルツ自身も前衛職らしくあまり魔力量に恵まれた側では無いが、このレベルの魔道具を動かす程度なら問題無い。

 

 再生に十分な量を注ぎ終えたら、中央部の輝石が淡く輝き始める。

 

 全員の見える位置にポイッ、と再生機(リプレイター)を置くと、ドルツ傭兵隊六名の視線が其方へと集中した。

 

 

 

 

『_______ん?こりゃもう喋ってええんか?』

 

『ジィジ近い!近い!髭しか映ってないから!!』

 

 

 

 輝石から登るように空中に映し出された、先の透けたような半透明の映像。

 

 そこにまず映りこんだのは、箒のごときモッサモサの白髭だった。

 

 

『もうちょい後ろか?この辺か?』

 

『そうそう、その辺その辺』

 

『おーしおしおし。にしても最近の魔道具は凄いのぅ、こりゃ練兵にゃうってつけじゃて』

 

『ジィジ、これ時間あんまり余裕ないから要件!早く!』

 

『んな急かすな、心配せんでもパパパッと喋るわい』

 

 

 ふさふさの髭を擦りながら画面に映りこんだのは、皺の目立つ老齢の人物。

 古びた金属製の鎧に身を包み、見える範囲だけでもかなり戦傷が目立つ。鎧の胸部と、かろうじて肩にも翼のような紋章が刻み込まれているのが見受けられた。

 

 映像の外から声だけが響いてくる女性の声に辟易したように話す姿は、何処か好々爺然とした雰囲気が漂ってきていた。

 

 

「(貴族にしては随分飾り気がないですね。身に付けている装飾品自体は高級品ですから金が無い訳ではなさそうですけど…………)」

 

 

 映像の老人が依頼者の貴族だとすれば少しばかりチグハグ、というのがシャルベットの見解だった。

 貴族は着飾ることも仕事のうち、他家や他国に舐められない様に自らの財力や実力を誇示することは、決して無駄金ではない。やり過ぎは厳禁だとしても、自分の身分に合った装いをするのは貴族としての義務に近い。

 

 それなのに映像の老人は自ら鎧を着込み、飾り気を見せていない。にも関わらず、嵌めている指輪や首から下げたペンダントなどの細かな装飾品はシャルベットでも分かる程度には高級品。

 

 無理して金をかけているとしても、もっと他に使う箇所はあるだろう。それに老人の雰囲気から、とてもそういうタイプだとは思えなかった。

 

 

「…………強い、な」

 

「うん。お師匠と同じ感じがする、勝てる気しないや。誰だろこのおじいちゃん」

 

 

 アッシュとリーズの2人の呟きに、思わず目を丸くする。

 

 アッシュが安定感を重視したマーセナリー、リースは兎に角速さを追求した剣士。どちらも特徴はあれど、総合力なら一流だ。

 特にアッシュは年齢に似合わない長い戦闘経験によって的確な戦力分析が可能だし、リースは天性の直感から来る野性的な強弱の差を感じることも出来る。

 

 

 その二人が、揃って『強い』『勝てる気しない』と口にする。そんな相手は限られるだろう。もしくは戦闘国家ヴァイエノ連合ならばそれも有り得るのだろうか。

 

 

「ねぇ、アネット_______って、どうしたんですか。ハリィまで」

 

 

 その辺りの知識は充実しているとは言い難い。それ故にシャルベットは自分よりそちらに詳しそうな二人_______元貴族令嬢のアネットと、神聖帝国の騎士団出身者であるハリガンの二人に知恵を借りようと声を掛ける。

 

 しかし、その2人の表情に思わずぎょっとする。

 

 アネットはその端正な顔を歪ませながら頬をひくつかせ、ハリガンはいつも眠そうな半目を見開いて冷や汗を流している。

 どちらもあまり見ない表情を浮かべており、その顔が意味するのはどちらも驚愕だ。

 

 

「いや、あはは………これはまた………」

 

「とんでもないのが出てきたんだねぇ〜………ドルツ、ホントにこれあたしたち向け?どっかで間違ったとか〜…………」

 

『これホントにドルツの阿呆に届くんじゃろうな?イマイチ信じきれんのぉ』

 

「…………間違ってないねぇ、これねぇ」

 

 

 思わずこれは自分達に向けた依頼ではなく、どこかで間違ったのではないかと尋ねるハリガン。

 しかし映像の老人からドルツの名が出た事で、これは間違いなく自分達に向けた映像だという確信が持てた。

 

 

「なに〜?ハリさんもアネットも知ってるの?教えてよ、ねぇねぇ」

 

「あー、うん………僕もその、確信があるわけじゃないんだけど………ハリさん、このお爺さんって十中八九………」

 

「だと思うねぇ〜………あたしも騎士団の講義で教えられただけなんだけど………」

 

 

 目敏く二人の変化に気がついたリースがアネットの裾をクイクイ引っ張りながら尋ねる。

 

 互いに顔を見合せながら困ったような表情を浮かべるアネットとハリガン。どうにもこの人物の予想はついているのだが、信じられないといった様子だ。

 

 

 そんな隊員達の様子を見て、ドルツが一度再生機(リプレイター)の映像を停止する。

 

 

「ねぇ〜ドルツ。この人って………アレだよねぇ」

 

「あぁ、お前らの予想の通りだと思うぜ」

 

「ってことは依頼主って〜……」

 

「おう、そういうこった」

 

 

 ハリガンの抽象的な質問に同じくぼやかした様に返すドルツ。それで通じているということは、どうやらアネットとハリガンの予想は当たっているらしい。

 

 それを聞いた瞬間「あ゛〜………」と頭を悩ませるような声を上げながらアネットが額に手を当てた。

 

 

「なるほど、なるほどね………団長、こんな厄介事何処から持ってきたんだい………?」

 

「向こうから来たんだよ、伝手は確かに俺だがな!」

 

「団長の人脈の奇天烈さには時折驚愕させられるよ………あぁなるほど、これは確かにシャルさんの知恵が必要な訳だね………」

 

「ちょっと、団長」

 

 

 なっはっは、と笑うドルツにアネットは冷や汗を流しながら苦笑を向ける。ほんとこんな依頼主何処で関わりが出来たんだ、とでも言いたげに。

 

 そんなドルツ達の話にシャルベットが割って入る。

 

 

「申し訳ないですが、3人で話を進めないで欲しいのですが。コチラのご老人は一体どちらで?」

 

 未だにシャルベットにはこの人物の検討が付かない。まぁ彼女は魔法以外にも傭兵に関する事項や団の経営に関する事柄には造形が深いが、傭兵家業としてはほとんど関係の無いヴァイエノ連合の人物なんて知る機会も無いので仕方は無いのだが。

 リースも「そうだそうだ!」と話に置いていかれて不満げな顔を覗かせているし、アッシュも無表情だが小首を傾げていた。

 

 

「まぁ、そうだな。どうせこの後爺さんが話すが、先に共有しておくに越したこたねぇか」

 

 

 ひとつ頷いてから、ドルツは止まった映像に映る白髭の老人を指さした。

 

 

 

「まぁ、名前言ったら一発だぜ。この爺さんの名前は_______ノルンヴァーノだ」

 

 

 瞬間、空気が凍った。

 

 

 

「ノルンヴァーノ………ノルンヴァーノッ!?ヴァイエノの頭文字の一人ッ!?五十年くらい前のアモールとの全面戦争の四英傑、()()()()()()()じゃんっ!?」

 

 

 アネットとハリガンがやっぱりか、と天井を仰ぐ中でリースが思わず立ち上がりながら叫ぶ。

 

 

 不屈の名将、ノルンヴァーノ。かつての戦いにおいて多大な功績を残し、ヴァイエノ連合建国の立役者の一人として讃えられる生ける伝説。建国の英雄4名の中で、唯一未だに存命している人物だ。

 

 

「…………ちょっと、待ってください」

 

「………シャル?」

 

 

 なんでそんな相手から依頼が、とリースが続けようとした時。シャルベットが小さく声を上げた。

 

 震えるシャルベットにアッシュが声を掛けるが、それにすら気が付かず、ワナワナと震える指先で映像の老人を指差す。

 

 

「……ノルンヴァーノは、()()()()()()()()()

 

 

 リースとアッシュがギョッとした表情を向ける。反対に依頼主に察しが付いている三人は、ドルツは後ろ手で頭を掻きながら、アネットは疲れたような表情で頷き。ハリガンは困ったような顔で背もたれに体重を預けていた。

 

 

「ノルンヴァーノは、元々平民出身の一将軍です。この戦いの功績を讃えて他の主要部族長達と同じように貴族家の一員にならないかと誘われたものの、仕えていた一族への忠誠心からそれを固辞している筈です」

 

 

 そう、ノルンヴァーノは将軍、しかも平民の出身だ。貴族になるチャンス自体はあったものの、それを固辞してあくまで軍人としての生を望んだ人物である。

 

 それ即ち_______ウィスラの領主はノルンヴァーノではなく。()()()()()()()()()()()()()()になる。

 

 

 

「ノルンヴァーノ将軍の仕えた家は、確か…………」

 

「あぁ、そうだ」

 

 

 頬をひくつかせながら冗談だろうと言いたげにドルツに確認すると、彼はため息をついて頷いた。

 

 

 今回の依頼人。それは、ノルンヴァーノの鎧にも刻まれている翼の紋章を家紋として掲げる家。

 つまり、五十年前の大戦においてノルンヴァーノとその親衛隊の活躍を讃えられて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「今回の依頼人は、ノルンヴァーノの爺さんの仕えた主_______マギ家。元ヴァイエノ四勇家の一角だ

 

 

 

 シャルベットが天井を仰ぐ。

 

 

 冗談だと、誰かに言って欲しかった。

 

 

 




『こそこそ世界観紹介』

・冒険者

 世界を探検する者、未知を既知へと変える者。足の向くままありとあらゆる場所に赴き、新しい何かを見つける者たち。

 所謂探索者。依頼を受けて希少なアイテムを取りに行ったり、軍に頼まれて魔物の討伐などもこなす便利屋であり、冒険者ギルドへの登録が義務付けられている。

 市民には傭兵と混同されがちだが、冒険者ギルドは国から独立した機関であり、ギルド員の戦争への参加を認めていない。
 国も国で便利屋として色んな雑事を行ってくれる冒険者は便利なものなので、国政と冒険者は不干渉というのが暗黙の了解。

 ギルドに入るためにはそれなりな頭金が必要で、貴族の三男坊や裕福な商家の出身など冒険者には身分の整った人達が多い。金が必要な分保護は手厚く、やたらめったら危険地帯に行く癖に死亡率はあまり高くない。
 依頼する側もギルドへと払う分も込になるのでそこそこお高い値段で依頼することになる。

 冒険者は『金が掛かる・死ににくい・戦争はダメ』
 傭兵は『安い・すぐ死ぬ・戦争にも連れて行ける』

 という感じ。冒険者側は傭兵の事を汚いハイエナだと思って嫌っているし、傭兵側も基本的に冒険者はいけ好かん連中だと思っている。

 前話のプラルロ君は偏見のない方。酷いタイプだと傭兵と見るやいなや舌打ちしてくる。

 まぁ傭兵側もわざと冒険者の獲物を横取りして金稼いだりする連中もいるので、おあいこといった所。


・ヴァイエノ連合

 五十年前に建国したアモール神聖帝国の従属国。但し内政に口出しは出来ないので実質同盟国みたいなもの。

 多数の部族が互いに争っていた紛争地帯が元になっており、戦いに次ぐ戦いによって一兵士ですらアホみたいに戦い慣れている戦闘国家。未だにその精兵の練度を保つために国家事業で何かやっているらしいが、あまり外には情報が出てこない。

 数十の部族が互いに打倒、統合を繰り返して戦争当時は幾つかの部族が残るのみだった。
 今のヴァイエノ連合の貴族は当時まで残っていた部族長たちの血筋であり、特に建国戦争の四英傑であるヴァルハン・イレース・エルギド・ノルンヴァーノがそれぞれ所属していた部族が四勇家と呼ばれ強い力を誇っていた。

 ただしその内の一つ、ノルンヴァーノの仕えるマギ家は何があったのか『元』四勇家扱いされている。

 物語の進行に応じて、適宜情報を開示します。
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