コンコン、という玄関の扉を叩く音。
あえてインターホンではない、俺がいまかいまかと待ち望んでいた音だ。
狭い家だが、駆け足で玄関まで向かい、扉をあけ放つ。
そこには大きな段ボールを抱えた友人の姿。
「よう、完成したぜ」
「待ってたぞ、入れよ」
挨拶もそこそこに、中に招き入れる。
デスクトップパソコン前にて、持ってきてもらったものを開封する。
そこには大型のヘッドセット。いや、VRゴーグル。
早速つけてみろよ、と言われるがままに装着する。
今までのものだと、何もしていないときにつけると真っ暗で何も見えなかったのだが、今回のこれは、ゴーグルの向こう側が見えるようになっている。VRゴーグルを使おうとしているときに動くことがあっても、いちいち外したりする必要はない。しかも割と重量も軽め。純粋にこれは助かる。
「準備できたか?」
俺の言葉に、友人は頷く。
「こっちはいつでもいけるよ」
「オッケー……俺の方がまだかかるわ」
パソコンを急いで操作し、必要なものを呼び出す。
画面に映るのは、配信ツールと一人の立体的なアバター。
いわゆる、3Dモデルってやつである。
「しっかしいつもお前には助けられてばかりだよなあ」
なんとなしにぼやく。
「そう? こっちはこっちで協力してもらってるわけだし、必要だからしてるってところだけど」
「それでも、俺がやりたいって思ってることを叶えてもらってるんだ。助けられてるよ」
今回のVRゴーグルもしかり、先の立ち絵やその他もろもろ、この友人が力を振るってくれたわけだ。
元々やってみたいことがあるという友人に俺が協力する形でいたのだが、その内容が俺自身がやってみたかったことにも合致し、お互いがお互いを必要としているわけである。
「うっし、用意完了。カメラもきちんと起動してるな、と」
身体の動きに合わせて画面の中のアバターも動くことを確認。
思えば、このアバターといっしょに配信をやってきたおかげで、色々と体験することができた。
多少感慨深くなりながら画面を見ると、アバターの表情もこちらの顔を認識して変化してくれている。うわ、まあ微妙な表情してるな、いつも通り。
「しかし、何もわかってないままなんだが、大丈夫なのか?」
ただ、今からやるこれは、いつも通りのものではない。
というか、この頼りになる友人は「新しく試してほしいものがあるからそっちに行く!楽しみにしてて!」とだけ言って来たのだ。詳細なんて聞く時間など与えられしなかった。
なら、なんで楽しみにしていたかって? そんなの、この友人の作るものが面白いことに出会わせてくれたんだ。多少内容が伏せられていたとしても、これまでのことを考えたらどうしても楽しみになってしまうのは仕方ない。
「あー、まあ大丈夫大丈夫。じゃなきゃここにいないし」
「後半の一言のせいですごく不安にしかなれないんだが?」
まあ、こいつがこう言ってるなら大丈夫だろう。いつも通り配信の準備を終える。
といっても、今回はテストだからプライベート用のアカウントで配信する。これなら人が見に来るということもほぼないから大丈夫だろう。
まあ、本当はアバターも変えたほうが安心だろうし、そもそも配信サイトで行わない方が良いのだろうけど、「すぐ使えるように、出来るだけいつも通りの環境でやってほしいんだよね」という友人の言葉を受けているため、このような形になった。
まあ仮に誰かが見てしまったとしても、俺にアバターが勝手に使われてる的な連絡が来るくらいで留められるだろう。そのあたりは適当に濁せるからなんとかなるだろう。
……さて。
「じゃあ始めるけど、いつも通りで大丈夫なのか?」
「うん、そのゴーグルをつけて始めてくれたらいけるよ」
「……ちなみに、何が起こるかってのは教えて「それはお楽しみに、だ」……だよな」
この友人、昔から変なところで頑固だから、こういう時にはいくら尋ねても無駄なんだよな。
「じゃあ、始めるぞ」
「うん、私もすぐ配信覗くから」
別にすぐそばにいるんだから、私の配信画面を見れば問題ないじゃないか、と思ったが、特には気にしないことにした。
今思えば、その言葉に違和感を覚えておくべきだったんだろう。
まあ気づいたとしても、すでに配信開始ボタンをクリックしてしまってたから後の祭りではあるが。
ふっと目の前の光景が消え真っ暗になる。一瞬焦るが、自分がVRゴーグルをつけていたことを思い出した。おそらく配信開始とともに起動するようになっていたのだろう。
何やらぐいぐいと身体が押し込められているような感覚に陥るが、これは画面が真っ暗から若干白い線が入る、トンネルを高速で通り抜けているようなものになっているからそう錯覚しているだけなのかもしれない。よくゲームのロード画面とかでありそうな光景ではある。
しばらく待つと、視界が開けた。いつも目にしている配信画面の背景が目に入る。
洋室をモチーフとし、なんとなしに洒落たインテリアやベッドが置いてある背景なのだが、それがそこに存在するかのごとく、立体的に俺の目には映っていた。、
「おお、すげえ。VRだとこんな感じに見えるんだ」
思わず近くのベッドに触りそうになって……気づく。
「あれ、俺さっきまでマウス握ってたよな?」
いくら実際に部屋の中にいるように見えても、俺がいるのはパソコン前であり、マウスを握っているわけである。ところが、俺の手はマウスは握っておらず、マウスを探す手は空を切るばかり。
椅子の向きがいつの間にか変わったのかと思い、一度ゴーグルを外して確かめようとして。
「……んん?」
ついているはずのVRゴーグルがなくなっていた。ピタピタと自分の頭を触るという間抜けな構図が生み出される。
おかしい。さっきまでつけた状態で配信開始したわけで。
俺が外したのはあり得ないから、あいつが悪戯のつもりで外したのか?
いや、そうだとしたら視界に映るのはいつもの配信画面が映った自分のパソコンのはずだ。
外された感覚もなかったから、悪戯の線も却下だ。
すごく今更だが、パソコンはない上に、見覚えはあるがどこだか知らない場所にいる。
どこだったか、と首を捻っていると。
「おーい、聞こえてるかー」
声が聞こえてきた。友人の声だった。
「お、その反応は聞こえてるってことだ。よしよし」
「いや、よしよしじゃないんだが。どうなってんだこれは」
どこから、と思い辺りを見回すが誰もいない。
「んー、自分がどこにいるかわからないって感じかな? そこに見覚えはない?」
「何故か見覚えはあるんだが、俺はこんなところ知らないんだが? どこなんだここは」
あいつの声があるから落ち着いていられるが、もし何もなかったらパニックになってるぞ?
「うーん、意外とわからないものなのかな?」
「うまく言えないけど、わからないってところだな。さっきも言ったけど見覚えはあるから、答えが出なくて気持ち悪い」
「あー、なら答えを言っちゃおう。そこはね」
そして友人は言葉の爆弾をぶん投げてきた。
「君の配信画面の中だよ」
「……………は?」
たっぷり一分は言葉の意味がわからなかった。君の配信画面の中? 君って誰? 俺のこと?
「だから、君がいつも配信している画面。あれに君自身が入り込んでいる状態。オーケー?」
「のっとおーけー」
「うん、片言具合で君がどれだけ混乱しているのかが伝わってきたよ。でも見覚えがあった理由はわかったでしょ?」
混乱してる頭で情報の整理を試みてみる。
俺が今いるのは配信画面の中。来たことがないはずなのに、今いる場所に妙に見覚えがあったのは、いつもの配信画面にセットしている部屋のイラストに俺が今入り込んでいるから、ということらしい。
…………はあ?
「いやいやいやいや、さすがに冗談だよな?」
「まあ、正直これまでしたことがないような体験をしてもらってるからそういう反応になるのは仕方ないかもね」
クスクスと笑う声が響く。
「でもまあ、思ってた以上にびっくりしてもらえたようで何よりだよ」
「正直信じられていないけどな」
「……つまらない嘘を、君につくとでも?」
「思ってないけど、正直それなら夢を見てると思ったほうが現実的だと思うくらいには現実のことだと信じられないんだよ」
「まあ、そうだろうと思うから……自分の姿を見てごらんよ。背景にこの間鏡を付け足しておいたのを覚えてるかい? 同じ場所にあるから見てみてよ」
そういえば数日前に、「背景をアップデートしたよ! なんと姿見を置いてみたんだ!」と言っていたな。
実を言うと、俺がVtuberとしてやれているのは8割以上が友人のおかげだ。背景、3Dモデルから配信ツールまで、全てこの友人が自作、つまりはオリジナル。いわゆる天才というやつだ。
だから俺以上にこの配信関係については詳しい。もう俺にはわけがわからないよ。
「っと、姿見を見ろって……えぇ!?」
言われた通り鏡に全身を映して唖然とする。
そこに映るのはリアルの俺ではなく、俺の3D配信用モデルである「黑霧 アタル」だった。
うん? ん? んん?
「気づいた? 今君はリアルで「黑霧 アタル」となってるんだよ」
「へ? え? はあ? おま、これ、ええ?」
「アハハハハ! びっくりしてるびっくりしてる! その反応が見たかった!」
おそらく腹を抱えて笑っているな、あいつ。
「あー、まあ安心してよ。僕の方でいつでもこっちに戻してあげれるから」
「お、おう。そうか」
とりあえず捜索でよくある、「戻れない状況でなんとか生きていく」という状況にはならないで済んだようだ。
「あ、めちゃくちゃ安心した顔してるね」
「そりゃするわ! お前いきなり知らないところに連れてこられた上にわけのわからないことばかり起きて、しかもそこがパソコンの中とかフィクションの中でしかないような体験させられたら不安にもなるわ!」
「おお。一息で言い切った」
そこに注目するのかよ、と思ったがいかんせん心が追い付いていないせいで突っ込めなかった。
「とりあえずこっちに戻すよ。話はそのあとゆっくりしよう」
「戻すって、いったいどうやtt」
急に目の前が真っ暗になったと思うと、身体に一瞬ずしっとした重みがかかる。
しばらくじっとしていると、視界が開け友人の顔が視界に広がった。
「おかえり、どうだった?」
ニコニコしながらそんなことをのたまう友人に。
「そうだな、とりあえず」
無言でチョップを脳天に叩き込んだ。
続きも頑張りたい。
なお話の順番とか変えていくことがあるかも。