オレはとっくに諦めた   作:安代圭

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 白い指がキーボードの上を踊る。剥き出しの硬い骨がキーを打つたびにカタカタと小気味良い音が鳴った。

 彼がパソコンを触るときは、手袋を外すのが常だった。彼は布越しで感覚が鈍るのを嫌っていた。

 キーには元々はアルファベットが印字されていたはずだが、すでに削れて読めなくなっている。このキー配列に慣れきった持ち主はブラインドタッチしかしないので、さして不便はしていないようだが。

 パソコンからけたたましい警告音が鳴った。

 画面に表示されていた複数のグラフを塗りつぶすように、黄と黒で縁取られた警告ウィンドウが開く。

 

 

緊急事態

至急 ラボの出入り口を封鎖せよ

これは未曾有の災害である

 

 

「なん、……」

 思わず口から出た言葉に、反応する者はいなかった。慌てて周りを見渡してみれば、他の同僚たちのパソコンもまた同じ警告を受け取ったようだった。

 開かれたままの警告ウィンドウに目を戻し、あることに気がついて眉根を寄せた。──これは、決意抽出器から送られてきたものだ。

 ──どういうことだ?

 ──なぜ、実験機材の一つが「災害」などという警告を出している?

 そもそも、このような警告を出すようにプログラムした覚えなどない。多少設計には関わったが、このような機能をつけた記憶はなかった。

「なあ、みんな。俺のパソコンに警告が届いたんだが……」

「ああ、同じだ」

 一番近くにいる同僚のパソコンをみれば、やはり同じウィンドウが画面を覆い尽くしていた。

「俺のとこだけのバグってわけじゃなさそうだな。……怪しすぎるが、一旦、研究所を閉鎖するぞ。外に出てるやついたか?」

「さっきアルフィーが帰ってきたのを見た。建物内に全員いるはずだ」

 「災害」の内容が不明なのが気掛かりだった。

 もし抽出器から「決意」が漏れてモンスターの体に悪影響を及ぼすような事態になっているのならば、「閉鎖せよ」という警告は「決意を建物外に流出させるな」ということだ。研究員とアマルガムを避難させなければならない。サンズが近道を駆使すれば閉鎖後でもそれは可能だが、あの警告の異様さだ。一刻を争う事態かもしれなかった。

 一呼吸分の迷いの後、サンズは椅子から立ち上がる。

 ともかくも警告の指示を無視する方がまずい。このタイプの警告は俺が知らなかっただけかもしれない。ガスターが万一の時のために付け加えておいたものだったならば、一部の設計を手伝っただけの俺が知らなくてもおかしくはない。

「……じゃあ、閉めてくるぜ」

 近道を使ってパネルの前へ移動し、外界と通じる経路を全て遠隔で閉鎖する。

 「閉」のランプが点灯したのを確認して、サンズはまたパソコンのある居室へと戻った。

 ──ともかくも、この事態について調べなければならない。

 

 

決意抽出器制御部

timeanomaly/readme.txt

 

 

 見計らったかの如く、警告ウィンドウは更新され、先ほどとは異なる文字列が表示されていた。

時間異常(time anomaly)……」

 口の中で見慣れぬ文字列を繰り返す。およそ、目下の問題である「決意」とはなんら関わりがなさそうに見える単語だった。

 ともかくも、手元のパソコンから決意抽出器の制御部にアクセスしてみる。

 

sansypc:~ SANS$ ssh gas@DeterminationExtractor

 

 淀みなくパスワードを入力すれば、すぐに決意抽出器のホームディレクトリに移動することができた。

 ──先ほどの警告ウィンドウ。

 「ls」と短く打ち込み、内部のディレクトリを表示させる。

 あれが示していたものが本当にあるのなら──。

 

gas@DeterminationExtractor:~$ls

control

logger

timeanomaly

 

 「timeanomaly」。見覚えのないディレクトリが、本当に存在している。

 空の頭蓋の中に困惑が満ちていく。思考は停止しかけていた。骨の指だけが自立しているかのようにコマンドを打ち込む。

 

gas@DeterminationExtractor:~$cd timeanomaly

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

gas@DeterminationExtractor:~timeanomaly$

 

 謎のディレクトリへ移動。

 移動した途端に弾かれるか、エラーか何かが起こるのではないかと身構えたが、特にそのようなこともなかった。

 "time anomaly"。──決意抽出機関係でこの単語が出たことがあったか?

 開発時の博士との会話を思い出そうにも、やはり思い当たる節が全くない。

 ともかくも、このディレクトリの中身を見なければ話にならない。「中身をリストアップせよ」とコマンドを打つ。

 

gas@DeterminationExtractor:~timeanomaly$ls

 

Blaster_ver28.4.pdf

Bone_Bullet_hell_pattern_ver17.pdf

gravity_control_magic_theory.pdf

Karma_Detector_ver4.pdf

readme.txt

reloaded_log.txt

resonance_curse_theory.pdf

time_logger

ShortCut_for_battle.pdf

 

 ──readme.txt

 見覚えのないファイル名の羅列の中に、それは存在していた。

 使い慣れたエディタを使って開く。

 

gas@DeterminationExtractor:~timeanomaly$emacs readme.txt

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

readme.txt

 

どんな手を使ってでも、やつを止めろ

手遅れになる前に

やつが全てを破壊する前に

間に合わせろ

 

以下に手順を示す

 

1.

同ディレクトリの"initial_responce.pdf"に従い、コントロールルームの時計と接続せよ。この手続きによって自動的に決意抽出機内の記録プログラムが起動する。

 

2.

決意抽出機とレーザー干渉計の解析コンピュータを接続し、記録プログラムのセットアップを行え。

座標、時空波発生時刻、巻き戻された時間の三つが記録される。

 

 

 

<このディレクトリ内のファイルについて>

 

time_logger

時間異常計測を行う。

記録用のアプリケーションとバイナリデータが格納されている。

 

Karma_Detector_ver4.pdf

karma計測装置の設計書ver4

 

Blaster_ver28.4.pdf

対Xカルマ呪詛組み込み型ガスターブラスター設計図

 

resonance_curse_theory.pdf

カルマ共振を利用したダメージ増幅の呪詛原理

 

ShortCut_for_battle.pdf

short cutの戦闘利用指南書

 

gravity_control_magic_theory.pdf

重力操作魔法理論

 

Bone_Bullet_hell_pattern_ver17.pdf

重力操作との併用で有効な骨魔法弾幕パターン

 

reloaded_log.txt

全時間軸の記録

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