『松下幸之助』
過去問をBクラスに売りつけた次の日の午後にはもう30万が支払われてきた。このスピードにはいささか驚いたと言わざるを得ない。昨日の今日でもう払えるとは流石に思っていなかった。Bクラスのまとまりと一之瀬帆波の求心力は予想以上のものがあるかもしれない。
まだ過去問はAクラスにばらまいていない。自分の予定では明日かその次の日にやる予定だ。テスト週間はまだ始まったばかり。そう急ぐものでもないのだが。とは言え、他の誰かが売ったりばら撒く前にやってしまいたい。その為の下準備をしているのだが、これがなかなか終わらない。記憶力があってもタイピングには限界がある。
かなりの敷地面積を持つこの学校の大型図書館の一角で作業をしていた。基本静かな事と資料が多い事、そして赤本が大量にある事が魅力的だった。赤本の内容なんかは流石に記憶していない。読んだものは覚えられるが読んでないものは覚えようなどないからだ。この図書館は結構な優れた施設で、新刊でも頼むと1週間ほどで届く。流石国営。予算も潤沢なようだ。それなので、絶対自分では買わないような高い論文とかも頼めば導入してくれる。勉学に忙しいこの学校の人間で頻繁に利用している者は少なく、大半の本は読まれるのを待っている状態にあるようだが。
画面と睨めっこして1時間くらいすると少し疲れてくる。伸びをして、ちょっと動こうと画面をロックして図書館内をうろつけば、勉強会をしている集団を見かけた。見ただけではクラスが分からない。ウチのクラスは今日別のところでやっているはずだし、Bはもっと大人数でやっているようだ。CかDだろうが、聞こえてくる会話の内容から何となく察せられる。多分Dクラスだ。
別に放置していても良いのだが、声がうるさい。あと、ちょっとずれた勉強法をしているのが気になった。ずれているというより建設性が無いとも言えるかもしれない。彼らの将来に微塵の興味もないし、そもそも現時点で1000近く離されているcpをここから逆転できる可能性は低いように思える。例え可能でもAクラスとて座視してはいないだろう。が、遠交近攻は外交の基本。Bからはある意味攻撃ともいえるポイント大量奪取をしたので、Dとは仲良くしてC辺りと小競り合いしててほしいのだが。後、今退学されると私の目的的に困る。
Dクラスは成績不良が多い。それは純然たる事実だ。しかし、そうでない生徒も存在しているようだ。それなのに不良品と評されている。その理由は何か。そして、成績不良の生徒を実力至上主義を謳うこの学校が招き入れたのはなぜか。それを知らねばなるまい。声は言い争いに発展していく。
「無知無能っつったか!」
「ええ、連立方程式の1つも解けなくて将来どうして行くのか、私は考えただけでゾッとするわね」
「連立方程式が何だってんだ。勉強なんて不要だろ」
赤髪長身の男子が苛立ったように机を叩く。ガタイの良さ的にスポーツプレイヤーなのは察せられた。反対に座っている黒髪の女子が冷静に罵倒していく。男子の方が胸倉を掴んだ。まぁ、男女平等社会だし女子を殴るなとは言わないが、心証が悪くなるのは避けられないだろう。それに、どんな理由があろうと先に手を出したら負けなのがこの国の司法の原則だ。
「公共の場ではお静かに願えますか?」
カツンと靴を鳴らして、声をかけた私に、彼らは初めて気付いたようだった。他には男子が4人、女子が1人。普通そうな男に、中性的な顔の男、チャラそうな男、そしてゾッとするほど無表情な男。女子の方は栗毛のショートだった。人当たりの良さそうに見える顔をしている彼女が、同級生の話していたDクラスの中心の1人、櫛田かもしれない。
「連立方程式が解けなくてもまぁ、将来生きては行けますよ。この学校で生きていけるかは別としてね」
私の発言を聞いて、赤髪の男は勝ち誇ったような顔をする。目の前の黒髪女子が論破されているように聞こえたのだろう。
「いきなり割り込んで来て、何かしら。他クラスには関係ないはずよ」
「ああ、すみません。うるさかったのでその注意だけをしようと思ったのですが。つい声に出てしまいました」
栗毛の少女が私の風貌をじっと見た後、何かに気付いたような顔をして、問いかけてくる。
「あ、もしかして……Aクラスの、孔明先生?」
「ええ、級友にそう呼ばれているのは事実ですね」
この場にいる全員がそれを聞いて「ああ、この人が」という顔をしている。思った以上に名は知れ渡っているようだ。
「理解に苦しむわね。Aクラスなら、勉強の必要性は理解しているはずよ」
「まぁ、己のスキルの1つではあるでしょうね。そして、測定しやすいため多くの場合で人間を測る指標にされているのは事実です。ですが、それがあまり必要ない世界、最低限読み書きと世間常識を知っていれば生き残れる世界があるのもまた事実ですから」
「向上心も無いのね。何故貴方のような人物がAクラスなのか、理解に苦しむわ」
「好きな女を友人にとられた結果首つりでもした方が良いですか?」
『精神的に向上心の無い奴は馬鹿だ』とでも言いたいのだろうか。この女子生徒、名前が分からないがそこそこに頭が良いようだ。それも一応人に教えられる程度には。それ故かは分からないが、会話を無駄だと判断し私の発言を無視する方向に行こうとしているように思えた。相手の人となりを把握したい私としてはここでぶった切られても困る。なので、挑発してみよう。懐柔は無駄そうだからだ。
「私がAクラスの理由ですか……頭が良いからじゃないですかね。少なくとも、間違った教導法をしている貴女よりは」
「……なんですって?」
「キミ……えっと名前は?」
まなじりを上げた彼女は一旦無視して赤髪を差し示したが名前が分からない。
「あ、こっちは須藤君。それで、此処にいるのは山内君、冲谷君、池君、綾小路君、堀北さん。そして私が櫛田桔梗。よろしくね」
「ご丁寧にありがとうございます。やはり貴女が櫛田さんですか」
「あれ、私の事は知っててくれてるのかな?」
「級友が話していまして。Dクラスなのが不思議なくらいの人当たりの良い美人がいると。それでもしやと想像していた訳です」
「褒めても何も出てこないよ~」
承認欲求の強そうな今どき女子の雰囲気を感じながら会話の流れを元に戻す。
「それで、須藤君。キミ、連立方程式が解けないんですか?」
「あぁ? それがどうした。悪いか?」
「いえ、別に。それ自体は特に善悪などありません」
その言葉に意外そうな顔をしている。今にもここを去りそうな雰囲気だったが取り敢えず話を聞いてみようと思っているようだ。
「数学が出来なくなったのはいつから?」
「分かんねぇよ、そんなの。気付いたら出来なくなってた」
「では、算数はどうでしたか?」
「あんま得意じゃなかったな。小学生の時からずっとバスケばっかやってたからよ」
「なるほど。では、キミに必要な勉強は1つです。小学校の2年生、すなわち九九からやって下さい」
「……は? 馬鹿にしてんのか?」
「馬鹿にされて悔しいんですか? おかしいですね。本当に心の底から勉強なんて不要だと思っていたならば、いらない価値観で自分を測ろうとしてくることも、馬鹿にされることも気にならないのでは?」
私の逆質問に彼はひるむ。そう返されるとは思っていなかったのだろう。
「そこの2人、池君と山内君と言いましたね。連立方程式が難しいと言っていましたが、出来ないんだ~と馬鹿にされて悔しいですか? なら何故勉強しないんですか? 答えなくても何となくわかりますよ。出来ないのがつまらないからでしょう?」
「それは……」
「まぁ……出来ないもんは面白くないよな」
「なら出来るところからやって達成感を味わいながら進めて下さい。高校数学は中学数学の延長です。中学数学は小学校の算数の延長です。なにも数学に限った話ではありませんが、勉強は基礎から教えられていくものです。土台が出来ていないのに上に石を積み重ねてもピラミッドが崩れるのと同じように、勉強も基礎からやるしかありません。なので、堀北さんと言いましたね。貴女の教え方は連立方程式の解説としては指摘するところなどありません。完璧と言っていいでしょう。しかし、この場に適した指導方法ではないですね。基礎の無い人間に応用からやらせてもなんの意味もありませんよ」
「…………」
「それに出来てない事を自覚は一応している人間に『出来ない』と罵倒し続けても建設的ではありませんね。何故出来ないのか、それに焦点を当てるべきです」
空気がどんよりとして、落ち込んだものになる。それを切り裂くように、声があげられた。
「じゃあ、お前の言う通りにやれば赤点回避できるくらいにはなるのかよ」
「さぁ? 君が言われた通りにやるんならそうなるかもしれませんね。とは言え、やる気がないなら無理とはっきり申し上げておきます。それに、スポーツに地道な基礎練習が欠かせないように、勉強の基礎作業も地味でつまらない上に面倒です。しかし、スポーツを楽しむのにはルールを知り、技能を高めるしかないように、勉強も極めれば色々便利ですし楽しめますよ。英語はその際たる例でしょうね。洋楽を聞いたりするのに文法や単語の知識なしには不可能です」
その言葉に須藤は黙り込んで何かを考え始める。彼は伸びる人間だ。やれば人並になるだろう。やらなかっただけで。横の2人の方が面倒そうに思える。本気出せば俺も出来るからと言う1円にもならない自尊心を持ちながら夢を見ているパターンだ。目を覚まさない限り、眠ったままだろう。勿論、本気の自分なんてものはないままに。
「でも心のどこかで思ってませんか? これまで何とかなったんだし、多分大丈夫とか。俺は本気出せばやれる。だから問題ない、とか」
心当たりがあるのか、騒いでいた3人の男は下を向く。
「これまで通りに行くとどうして分かるのですか? ここは今までの常識は通用しない。そう、気付いたはずでは? 本気出せばとは救いようのない人物が良く言う言葉です。本気出したところでさして変わりませんよ。これまでやってこなかった人間が、急に実力が付くなんてファンタジーはあり得ません。漫画の中だけです」
ここまで言われて何も変わらないならまぁ、それまでだろう。退学になって欲しくないが、あくまで欲しくないで絶対に阻止したい訳ではない。1人2人消えてもまぁ、サンプルはまだ150人以上いる。
「すみませんね。余計な事を話過ぎました。まぁ、頑張って下さい。うるさくならないように気を使いながら」
「待てよ、さんざん言いたい放題言って、はいさよならかよ」
「サヨナラして欲しくないと。ふむ。それはつまり、こう言いたいのですか? 自分を頭ごなしに否定してくる堀北さんより、取り敢えず出来てない事を馬鹿にするのではなく、出来てないこと自体は悪い事ではないと一応言った私に教えて欲しい、と?」
「……そうだ」
その答えは想定内だった。私は彼に真っすぐ右手を開いて差し出す。
「あん?」
「お金。払って下さい。授業料です。1時間1000ポイントで良いですよ」
「お前、ふざけてんのか!」
「いいえ。誰かを教えるのには労力がいりますし、そもそも君と私は別のクラスの友人でもなんでもない関係です。ただ間違った勉強法で早々に退学になるのも忍びないだろうと思い声をかけたにすぎません。あと、うるさかったですし。それでも教えて欲しいのであれば、対価を払うべきでしょう。それに、金を貰うという事はその仕事に責任を持つ事でもあります。キチンとお支払い頂けるのであれば、私は責任を持って君を今回のテストで赤点回避……いえ、平均点越えにはしてみせましょう」
Dクラスの面子で勉強が出来ないのがこれだけとは考えにくい。残りはもっと大きな会をやっているか、細切れにやっているかだろう。どっちにしろ、Dクラスはまとまりを欠いている。売りつける相手としては不十分だろう。
平均点越え、というワードに誰もが反応する。ある者は携帯を取り出して残高を確認した。ある者は目を細めてあり得ないとでも言いたげに首を横に振った。ある者は無表情を貫き、ある者は困ったように笑った。
「残高がないなら、この話は無かったことに。今度こそ、私は失礼しますね。ああそうそう、最後に1つだけ。ここでは勉強は必須です。何故って、簡単ですよ。この異常な学校のルールは全て頭のいい人間が作っています。そうでない人間を篩い落とすために。反面頭のいい生徒はそのルールの穴に気付いて上手く立ち回ります。そうでない人は苦しむだけです。簡単な構図ですね」
放置していたパソコンを回収して図書館を去る事にする。今このまま居座るのは都合が悪い。もう少し抑えているべきだったかもしれない。Dクラスとの初接触という事もあり、少し欲張りすぎた。それに、昔は教師になりたかった身としては、つい見過ごせなかったのもある。歩いている私の後ろからパタパタと足音がする。振り返れば追いかけてきたのは櫛田だった。
「諸葛君、ごめんね、さっきはうるさくして」
「いえ、こちらこそ部外者なのにも拘わらず出しゃばってしまいました。申し訳ありません」
「ううん、あそこで止めてくれなかったら多分堀北さんも須藤君も大変なことになっちゃったかもしれないから」
「今、彼らは何を?」
「堀北さんは方針転換したみたい。取り敢えず小学校の分を爆速で終わらせて中学を重点的にやりながら高校に入れるようにするって。間に合うかは分からないけど……」
「まだ時間はありますから。部活をやっている人はともかく、そうでないならドブに捨てている時間をかき集めれば余裕ですよ。さて、それで櫛田さんはどうしましたか? 個人授業受けますか?」
「う~んもう少し成績が危なくなったらお願いしたいな。それでね、私、諸葛君の連絡先持ってないなって気付いたの。よければ交換してくれないかな?」
「それでしたら喜んで」
Dクラスがまとまっていないとはいえ、中心にいる人物なのは間違いない。その人物と繋がりが出来たのは大きいだろう。金のない連中に売りつけても無駄だし、素直に諦めるとしよう。彼らは彼らで何とかするだろうからな。
「まぁ、間に合うかは分かりませんが、退学を回避する方法は存在していると思いますよ。必ず、ね」
「それが孔明先生の助言かな?」
「さぁ、ご想像にお任せします。Aクラス内にも貴女にお世話になっている人は多いようですし、そのお礼と言いますか、それを込めて言わせて頂きました。これ以上は背信行為になりかねないので」
「う~ん、パッとは思いつかないけど、考えてみるね!ありがと!」
「ええ、頑張って下さい」
さて、考えよう。彼女は恐らく成績は中位から上位。運動神経は普通だろう。性格も良さそうに見える。であれば何故Dなのか。彼女にもきっと、なにかしらの欠陥が存在するか、過去に問題を抱えているのだろう。それを突くことが最大の弱みにもなるはずだ。それに、私が堀北の教え方を非難しているとき、一瞬だけ喜色が感じられた。正確には口角も瞳も動いていないが、呼吸が少し変化した。表情筋が皮膚の下で動いている。あの2人、多分何かある。
まぁ、考え過ぎで人当たりの良い人間でも嫌いな相手くらいはいるというだけの可能性もある。たまたまウマが合わないだけという事だ。堀北の人間性はお世辞にも良いとは言えないだろう。私が間に入っていなければ人格否定も平気でしてそうだ。ああいう孤高を気取っているタイプはその内挫折する。人は1人では生きてはいけないからな。
しかし、大分安くしたつもりだったが、チラッと見た時の彼らの携帯の残高は酷い者だと3桁だった。金遣いも荒いのがDクラスの特徴らしい。0ポイントの節約生活は贅沢を覚えた彼らには厳しそうだ。色んなことから逃げてきた人間達には、より一層厳しいだろう。対戦相手ながら憐憫を覚えた。
図書館での一幕の2日後。やっと必要な物資が揃った。またしても朝早くに起こされ半ギレ気味の真澄さんをこき使い、印刷所をフル稼働させる。目が死んでいた。彼女も一応勉強はしているようで、時々質問メールが飛んでくる。ただ、Aクラス内では高位とは言えないので、せめて半分より上にはいて欲しいのだが。
さて、そんなクソ睡眠不足の彼女に大量のプリントを持たせ、朝の教室にやって来る。まだ誰もいなかったので、空いているロッカーにそれらを仕舞う。眠い彼女はそのまま机に突っ伏して睡眠を始めた。72時間くらいは寝なくても余裕なのでこちらは問題ない。そうして待機していると、続々と生徒が登校してきた。遅刻ギリギリに滑り込んでくる者はいない辺り、民度が高い。5分前行動は大事だ。
朝のHRは出席だけ確認して終わるのが通例で、今日もその例にもれずさっさと終わったため、これ幸いとロッカーから大量のプリント冊子をとって教壇に立った。珍しい行動に先生も教室を出ようとした足を止めてこちらを観察している。
「皆さん、普段から私が色々な勉強会に出席し、僭越ながら講師役を務めさせていただいているのは承知のことと思います。一応教える役目を拝命している以上、何か出来る事は無いかと考えこちらを用意しました。まずは配りますので説明はその後にさせてください」
ドサッとあるプリント冊子だが、一人分ずつセットでまとめてあるのでぐちゃぐちゃはしていない。行き渡ったのを確認して、話を続ける。
「まず説明の前の前座ですが、勉強で一番大切なことは何だと思いますか?せっかく先生がいらっしゃいますので聞いてみましょうか。どう思われますか?」
「そうだな……勿論、大切なことは多くあるがこの学校においては全ての教科でまんべんなく点数を取る必要がある。その中で自分の時間や部活動の時間を確保することを考えるとやはり効率が大事になってくるだろう」
「ありがとうございます。まさに私の言いたいことそのままです。勉強において大事なのはいかに効率よくやるかと言う事だと思っています。時間削減で少しでも多くの知識を詰め込んだり、自分の自由時間にあてられます。よく、10時間勉強したなどと誇る人間がいますが、大事なのは大量の時間やる事ではなく質をどれだけ高められるかであると私は思っています。その結果10時間ならまだしも、最初から10時間と設定するなどはあまり効果的ではありませんね。なので、テスト勉強も最大限効率化できるようにこれを用意しました」
実際は自分の点数稼ぎと他クラスに売った事がバレた際の差別化になる。Aクラスにはこうしている、ただ、Bにはしていない。Aクラスだから、特別だ。そう強調できる。勿論、自クラスから過去問代金は徴収しない。
「まず最初の冊子は今回の中間考査の過去問題集10科目分です。先輩より入手しました。解答用紙もセットになっているので、一番最初に現在の実力を測るべくそれをやってみて下さい。なお、テスト範囲が変更になるのが通例のようなので、対応させたテスト範囲も附属でついていますので、確認してみて下さい」
テスト範囲の変更はうへ~と言う顔をしている生徒が多いが、特段騒ぐ気配もない。仕方ないか、で終わらせられる辺り地頭のいい集団であることが窺える。情報ソースも聞かれない辺り、クラスポイントシステムの暴露による影響は相当大きかったと言えよう。私の持ってきた情報を疑う心が消えかけている。
「次の冊子は各科目ごとの解答解説です。解いたら答え合わせをして、解説を読んでみて下さい。その際に、確実に正解だと思って選んだもの、なんとなくで選んだものなどを区別するとなお良いでしょう。そしてもう1つある冊子は各科目ごとの類似問題集とその解答になっています。今回のテスト範囲かつ過去問に出題された問題の類似問題です。難易度順に確認、標準、難関、最難関を用意しました。前2つは教科書レベルの基礎問題、難関はセンター試験レベルや中堅私大レベル、最難関は東京一工早慶上理クラスのものです。赤本からの抜粋もあります。また、国立向けの記述問題や証明問題も多数組み込んであるので、もし採点希望ならば私かお近くの頭のいい人か先生に頼んでみて下さい。メール採点もやってますので、お気軽にどうぞ。これをやっていただければまぁ、9割近くは取れる実力が身に付くのではないでしょうか。そして全て解き終わった後にもう一度過去問を解きなおせばかなりの問題が正解になっていると思います。必ず1週間以上間を空けて記憶を無くしてから解いてみて下さいね。これは必ず、将来のお役に立つはずです」
ざわめきながら、冊子を読んでいる。勿論手を抜かずに作ってはあるが、生徒の作ったものだ。効果に疑いを持っている者もいるかもしれない。その場合の対応も考えてきたが、それを披露する前に先生から助け船が入った。
「自分の担当教科の分だけしか見ていないが、非常によくできている。解説も類似問題も、しっかり読み込みこなせば実力になるだろう。書店で売っても良いレベルだ」
「お褒めにあずかり光栄です」
この言葉によって、完全に効果が保証された。この学校の教員のレベルが高いのは周知の事実。その中でも自分たちの担任からそう言われたのであれば疑う余地はない。現に、坂柳は先生の発言に首肯し同意を示している。葛城も驚きながらも賛同した。クラス内学力1位が作成し、同点1位が頷き、その次に位置する人物も認めている。ならば、私の冊子はその効果があると断言されたのだ。
「あ、あの……すごくありがたいんだけど、お金とかは……?」
「ああ、その点でしたらご安心ください。これは完全に私の善意で行ったことです。同じクラスで3年間苦楽を共にするであろう仲間から徴収しようなどとは微塵も思っていません。それにこれは私が勝手にやった事ですから、お金を取っては善意の押し売りになってしまいますしね」
クオリティーの高い物を無料でもらえるんだ、感謝してくれ。これでも真面目に作っている。過去問の問題と今回のテスト内容が同じだったのを言わなかったのは単にその必要性がないからだ。元々高得点を取れる集団。平均80なのを90ないし100に近づける作業が今回の冊子である。それに、楽を覚えてもらっては困る。次回以降は同じなんて事は無いだろう。これはあくまで初回限定の特典だ。
私に統率者としての才能があるかは不明だが、少なくとも同学年の中で教える才能に関しては誰よりもあると自負している。リーダーだけが強くて他が雑魚な軍隊などまっぴらごめんだ。私がもし統率者としてクラスを率いろと言われたのなら全体の底上げをして1人1人が優秀な集団を作ってその上で戦う。それが私の勝ち方だ。どんな人物にだって価値はある。ようは使いようなのだから。
私の席の周りに集まって感謝の口上を述べるクラスメイトににこやかに応対しながら、不気味な笑みを浮かべる坂柳に笑い返した。
1週間ほど経った。私の冊子はかなり役立っているようで、勉強会の教材にも使われているようだ。個々人の苦手な分野を把握し、それを教え合ったりしている。Aクラスで卒業できれば大学には容易に入れるだろう。だが、勉強はその後も続く。資格試験等も現代では必要だ。そういう時のためにしっかり一般入試でも入れる実力をつけておく。それがAクラスで主流の考え方だった。
友達のいない(実際は話せる人は見つけたようだ)上に派閥に属していないので会に参加していない神室真澄は私の個人授業を毎日受けている。勿論こんなところで金をとったりはしない。かなりのリソースを彼女に割いているので今回の試験で是非とも学年上位にいて欲しいのだが。
昼休みの喧騒に包まれた学校を闊歩しながら普段は来ない場所へ来た。分厚い木製の扉。この向こうにこの学校における生徒の最大権力組織がある。生徒会。私が訪れていたのはそこである。過去問買収時、先輩との取引内容にあった堀北会長との面会日が今日だった。そして一之瀬帆波との交渉材料の1つでもある。ノックの数拍後、返事が返ってくる。
「入れ」
「失礼します」
中には眼鏡をかけた長身痩躯の男が1人。そして私と取引した先輩が秘書のように立っている。
「お初にお目にかかります、堀北学生徒会長。私は1年Aクラス、諸葛孔明。以後お見知りおきを。本日は橘先輩にお招きいただきましたが……私に何か御用でしょうか?」
「よく来たな。座るといい」
「ありがとうございます」
彼は私に着席を促す。さて、どう出たものだろうか。鋭い目つきでこちらを見てくる彼ににこやかに笑いかける。会談が始まろうとしていた。
<報告>
割と大きな金が手に入った。また、クラス内での地位はほぼ盤石と言っても良いと思われる。よほどの事がない限り失脚はあり得ず、夏に行われるであろう何らかの試験でも有効に活かせるであろう。
<要求>
一之瀬帆波のデータはまだか?
<返答>
現在調査を続行中だが、是と言って特に遍歴に瑕疵は見当たらない。強いて言えば中学校時代に数か月不登校期間が存在する。近年の日本社会において不登校生徒は少なくないが、特にいじめ等の被害に合っていた形跡はない。また、成績優秀眉目秀麗な優等生としてあらゆる層から高い評価を受けていた。母と妹の母子家庭であり、入学動機も苦学生故のものと思われる。
<Re.返答>
旅団規模の人員がいて割り出せたのがそれだけとはどういう事だ。確実にその不登校期間の前に何かがあったはずである。徹底的に割り出せ。
<RE.Re返答>
不登校期間の直前に妹の誕生日が重なっているのが強いて言えばの出来事である。一応その線で調査を行うが、数か月前の行動ともなると特定が困難。その点は留意されたし。また、多くの構成員は貴官補助用の別任務ないし他国にいる。実際に動けるのは100人以下であることも留意しておいていただきたい。