『春秋左氏伝』
生徒会室での密会を終わらせた次の日。呼び出しに応じて葛城康平は指定した場所に来ていた。シアトル発祥の世界最大チェーンの喫茶店は、フランチャイズを含めて保有する3万2千店のうちの1つをここにも出店していた。スターバックスコーヒーには若者が集うという固定観念があるが、ここにはそもそも若者しかいないので検証できない。
どこか所在なさげな彼に向かい合う形で私は座っている。何を頼めばいいのかもわからないので買いに行かせたが……戻ってきたようだ。
「ん」
「ああ、どうも。幾らだ」
「別にこれくらいは良い」
「そうか」
口に含めば甘さが脳を襲う。
「砂糖の暴力だなこれは……。資本主義の味がする」
「何でもいいって言ったのアンタじゃん」
「別に嫌な訳ではないさ。無いんだが如何せん初めてなもので戸惑っている。私の楽しい都会初体験記はともかく、キミも飲んだらどうだい?」
「あ、ああ」
葛城は質素なコーヒーを啜って、切り出した。ここは今人が少ない。というより、1年生がいなければ良いだけの話なので、上級生の姿はあるがそこまで問題ではない。それぞれの話に興じており、こちらを気にしているような素振りの人間はいない。そもそも、この学校は施設が多いので、普通の都会であれば満員御礼の店もガラガラな事が多い。暇そうで何よりだ。
「それで、今日は俺を呼び出してどうした」
「まぁまぁ、そう焦らずに。急いては事を仕損じるとも申します。さて……どうですか、テスト勉強は」
「お前に貰った冊子のおかげもあり、何も問題ない。これならば安定して高得点を取れるだろう。代表して改めて礼を言わせてくれ」
「いえいえ、そんな大それたことではありませんよ。必ず攻略法は存在している。それはキミも思いついたことでしょう?」
「それは……まぁな」
「DクラスやCクラスには成績不振の生徒も多い。しかし、もし何も攻略法が無い場合、まだ現実を受け止めていない生徒や勉強を始めたものの追いついていない生徒が一斉に退学してしまいます。そうなっては学校側の大損。必ず何らかの方法があるまでは想像が出来そうなものです。キミは何を思いつきましたか?」
私の問いかけに彼は声を潜めて答えた。真澄さんは興味なさそうに飲んでいる。飽きたのか携帯も取り出し始めた。
「そうだな……俺はポイントを支払う事で点数を購入できるのではないかと考えた。先生の言葉を額面通り受け取るならば、この学校に買えないものは無い。だとすれば点数も買えるだろう。もっとも、俺たちには必要のない思い付きかもしれないがな」
「ああ、確かに買えるかもしれませんね。それに無駄ではありません。思いつかないよりも使わないけれど思いついている方がよっぽど良い。物の見方は多角的であるべきでしょうし」
「そう言ってくれるとは嬉しいな。お前はやはり肯定否定のやり方が上手い。相手に効果的に話すのに長けているように思える。見習いたいものだ」
「はて、そうでしょうかね。意識しているつもりはないのですが……。おっと、あまり横道にそれすぎるのも良くありませんね。では、本題に入りましょう。まずはこれをどうぞ」
「これは……?」
私から渡された契約書を彼は読み始める。そしてその目が進むにつれてどんどん表情が変わっていった。
「どういう……事だ」
「読んだとおりそのままです。キミの生徒会入りが許可されました。条件付きではありますが、おめでとうございます」
「しかし、俺は断られた。それが今になって、何故。しかもなぜ、諸葛が……」
「考えが変わったのでは無いでしょうか。人は誰しも、そういうところがありますから。私はAクラスの中立派であることから代理人に適切だと思われたようですね」
「俺としては願ってもない事だ。だが1つ引っかかる。何故指示を聞く相手が堀北会長に限定されているのだ。副会長を始め、他にも役員はいるはずだが」
「生徒会内の派閥構造に関しての把握はどの程度?」
「派閥……? そんなものがあるのか」
「やはりご存じなかったようですね。軽くかいつまんで話せば、現行体制を維持しようとする会長と2年生を掌握し現状の打破を求める副会長が対立しています。現状打破と言えば聞こえがいいように思えるかもしれませんが、それは甘い罠です。葛城君、私はこの学校の良いところは良くも悪くも集団戦であることだと思っています。だからこそ異なる能力を持った仲間との協力が欠かせない。優秀なだけの個人を作らないシステムこそが魅力であり、リーダーとなる者も多くの才能を正しく利用する術を身につけなくてはいけません。そうは思いませんか?」
「ああ、同意しよう。優秀な個人であれば、探せば多くいる。集団としても優秀であることを求めるのは当然であるし、異なる価値観とも否応なしに接さねばならないのは刺激になるだろう」
「良かった。キミならば同意してくれると思っていました。であれば、やはりキミは堀北会長の思想に近いですね。副会長の目指す世界とは優秀な者は徹底的に上に、そうでないものは下で這いつくばれと言う物です。しかも選民思想や退学を厭わない残酷さ、そして多少の暴力すらも容認する姿勢をとっています。堀北会長がキミの生徒会入りを断った理由はそこにあります。1年生である我々はどう頑張っても経験が薄い。そんな我々、そしてキミが利用されるのを防ごうとしたのです」
「そんなことがあったのか……」
「私個人の思想ですが、革命を叫ぶ者は信用してはいけません。支持していても、政権を取った瞬間に簡単に裏切られかねない。利用するだけされて、ポイです。キミだって、退学は嫌でしょう?」
「勿論だ」
彼が是が非でも退学できない理由を私は知っている。それは単なるプライドや見栄の問題ではない。だが、それをこちらからは明かせない。上手く誘導して喋って貰おう。
「そう言えば、キミは何故この学校に?」
「俺には双子の妹がいる。だが、あまり身体が強くなくてな。入退院を繰り返している都合上、どうしても両親に金銭的な負担がかかってしまう。だからこそ俺はここに入った。Aクラスで卒業すれば進路先を叶えてくれる。それはつまり学費の負担もしてくれるのではないかと考えている。退学するわけにはいかない」
「なんと……すみません、不躾な事を聞いてしまいました」
「いや、気にすることはない」
「ありがとうございます。勝手ながら少し、親近感を感じてしまいました」
彼は怪訝そうな顔をする。
「いえ、実は私も金銭的な事情で進学したんですよ」
「そうだったのか」
「はい……私の両親は他界してしまいまして。ですので当初は高校進学も危ぶまれました。ですが、中学時代の先生のご厚意のおかげでここを受験できたのです。妹さん、よくなると良いですね。ご家族は大切になさって下さい、いるうちに」
「そうか……諸葛も苦労したのだな。俺に完全に理解できるわけではないが……。妹のこともありがとう。俺自身も自分の半身のような存在だ。こればかりは運を天に任せるしかないのが辛い。努力でどうにか出来ればどれだけ良かったか」
「心中お察しします。私は家族の存在もその個人の実力を引き出すのに役立ったりすると思っているのですけれど、生憎ここはそれが出来ないのが辛いですね。困った時や壁に当たった時に支えてくれる肉親ほどありがたいものは無いでしょうし、頼りになる存在もいないでしょう」
「ああ、それだけは唯一の残念な点だ」
彼の表情は柔らかい。苦学生であること、家族の話などで共感することで胸襟を開いてくれている。人は共感されると好感を抱きやすい。また、同じような境遇にある存在に自動的に親近感を抱く。仲間意識を持つ。彼の持っている妹への家族愛と会えていない寂しさに理解を示すことで、彼の中での私は自分と同じく苦学生である。そして自分以上の不幸即ち家族との死別に遭遇している。それでも頑張って努力している生徒、そう見えているだろう。
「大分脱線してしまいましたが、どうでしょうか? 堀北会長は来年どうあがいても卒業されてしまいます。そうなった際に、来年の1年生や我々が全権を把握した副会長の毒牙にかかるのを私は見過ごしたくありません。堀北会長の思惑とは別に、私個人としてもキミには辣腕をふるって欲しいのです」
「……分かった。この話を受けようと思う」
「そうですか! 良かった……あなたならそう言ってくれると信じていました」
「争いは必要最低限にすべきだし、暴力を誘発するのも褒められた行いとは言えない。それに、退学は出来るだけ敵味方に拘わらず避けるべきだ、と俺は思っている。俺が生徒会に入る事で何か出来るのならば、なすべきだろう」
「義を見てせざるは勇無きなり、ですか。やはり、Aクラスの半数から信頼されるだけのことはありますね」
「そんな大それたものではない。俺個人の、個人的な欲望だ」
「それでも、結果が大事ですから。動機はどうあれ、ね。取り敢えずこれで取引は成立です。この書類にサインして、近日中に生徒会長に提出してください」
「ああ、わざわざありがとう。俺は、お前が説得してくれた部分も大きいのではないかと踏んでいるがどうだ?」
「かないませんね。級友の栄達を手助けできたのであればそれで満足ですから」
「……恩に着る」
彼は深く頭を下げて店を後にしようとする。
「そうだ、最後に1つだけ」
「なんだ?」
「あなたはどうして坂柳さんではなくあなた自身が音頭を取ろうとしているのですか?」
「……勿論坂柳の思想に反対する意味もある。だが、この学校でリーダーとなるのに坂柳では少し不安がある」
「不安、ですか。彼女は優秀ですが」
「ああ。それは理解している。だが、坂柳の身体的特徴は大きなハンデだ。過酷な試験についてこれない、もしくは体調を崩してしまう可能性もある。また、暴力を厭わない連中がなりふり構わず来た場合応戦は不可能だ。勿論、仲間がいればそうはならないかもしれないが、1人になってしまうタイミングはあるだろう。リーダーは矢面に立つ事もある。恨みを買う事もな。個人的な思想として、女子にしかもハンデのある存在にそのようなことをさせるのは道義に反すると思っている」
「……なるほど。納得しました。ありがとうございます」
「納得してくれたのならばよかった。お前が手助けをしてくれる日が来るよう精進に励むとしよう」
そう言うと今度こそ彼は店を去った。甘いはずの飲み物がやけに苦い。私は今どんな顔で彼を見送っているのだろうか。名誉欲やリーダーシップを取りたいという欲望から来る行動だと思っていた。しかし、思ったより彼は人間的に優れていたらしい。
「高潔な思想だな……私には合わない」
「でしょうね」
そう言いながら、神室真澄はストローを啜る。興味なさげにしながらもばっちり話は聞いていたらしい。
「敵ならば蹴落としてしまえばいいのに。あんな女、すぐにでも殺せるだろう。優秀な頭脳も宿主が生きていなければ意味がない。死んでから時局に影響を及ぼすのは私の名前のオリジナルだけで十分だ」
「そういう思想を持ってないから、アイツはリーダーなんじゃない? ま、この学校には向いてなさそうだけど」
「それに関しては同意するしかないな。普通の学校ならば、素晴らしい指導者になれただろうに」
「どっちみち、私たちはアイツみたいにはなれない訳だし、そんな苦々しい顔止めたら? 此処にいるのは犯罪者コンビ。どうあがいても綺麗な場所には戻れないでしょ?」
「ああ、その通りだとも。それと……私はそんなに苦々しい顔をしていたのか?」
「気付いてないの? カカオ100%のチョコ食べてもそんな顔にはならないと思うけど。アイツが背を向けた瞬間に顔崩れてた」
「そうか。気付かなかったな。気を付けるとしよう」
しばしの沈黙。何かを迷ったように彼女の視線は私の顔と、彼女の手元を往復する。
「どうした」
「ホントなの? 葛城に言ってたあの過去の話」
「本当だとも。私は嘘を言わないさ」
「99%くらい嘘で出来てそうなのによく言うわね」
「手ひどい言い方だな。ま、私の過去なぞどうでも良い。どうしても知りたければ……そのうちだな。もっと遠い未来の話になるだろう」
「あっそ。ま、別にどうでも良いけど」
彼女はサッと目を逸らした。興味が無い訳ではないのだろう。けれど、私の過去に興味を持っていると私に知られるのは嫌だ。そんなところだろう。数分もしないうちにもう一人のお目当てがやって来る。時間通り。問題ない。すべては予定通りに進んでいた。
「ようこそ、一之瀬さん。さ、こちらにどうぞ。どうですか、その後の様子は」
「うん、みんな順調だよ。これで退学する人は今回は少なくともいないって確信できるかな」
「それは素晴らしい。両者にとって、最高の結果となりそうで安堵しました。私も、お渡ししたものが何の役にも立たないとなってしまったらただの詐欺師ですから」
隣席からどちらにしろお前は詐欺師だと言う視線がビンビン飛んでくるが、無視して話を進める。
「さて、世間話はこれくらいにして本題と参りましょう。先日の契約は覚えておいでですね?そしてその結果報告をしたいのです。単刀直入に申し上げて、9割方成功したと見て良いでしょう。堀北会長は貴女の生徒会入会を承諾しました」
「ええっ! ウソ……本当に?」
「私は嘘など申しません。その契約書がこちらです」
「本当だ……でもどうして急に……」
「それはもっともな疑問です。その答えを提示しましょう。真澄さん、例のものを」
「例のものって何?」
「またこのパターンか。次から予行演習しないと綺麗に決まらないなぁ。例の証拠集です」
「ああ、はい」
机に置かれた彼女の端末には、いくつかの盗撮写真。流石元万引き犯、人の気配には敏感だし、隠れるのも得意だった。こうしていくつかの写真撮影に成功している。ついでに音声も。とは言え、この音声は実際の音声じゃない。私の録音を弄ったものだ。匿名性の為、と言う言い訳をして良くテレビなどで流れる犯人の知り合いの音声みたいな加工をした。
「これは……南雲副会長?」
「はい。そして彼こそが貴女の生徒会入りを阻んでいた障害であるのです。どういう事か、説明しましょう。しかし、その前に1つだけ。もし貴女かクラスメイト、どちらかが退学しなければならない事案に遭遇した場合、貴女はどうしますか?」
「勿論そんなことになりたくはないけど、もしそうなったのなら迷うことなく私が退学するよ」
「ああ、よかった。貴女ならそう言って下さると思っていました。おかげで堀北会長に嘘を吐かなくて済みます。一之瀬さん、貴女どこかで憧れていませんでしたか?Bクラスからのし上がった彼に。自分達もそうなりたい、と」
「それは……ないと言えば嘘になるかな」
「やはりそうでしたか。ですがクラスの垣根を越えて貴女にご忠告します。彼に頼るのは辞めた方が良い。2年生は退学者が異常に多い。そのほぼ全てが彼に逆らった者の末路です。彼は暴君だ。己の意にそぐわない者は容赦なく排除し、この箱庭で玉座に座っていると錯覚している哀れな中二病患者です。しかしその憐れむべき自意識肥大化症候群の患者も能力が高ければ脅威になる。この音声は彼の本性を語ってくれた証言です」
そして音声が流れる。曰く、何人も退学になった。曰く、傍若無人。曰く、暴力的。曰く、女性をモノ扱いし、幾人とも不純異性交遊に及んでいる。そんな悪い話がごまんと。勿論、嘘ではなくまことしやかにささやかれている風説だ。真実も混じっていることは堀北会長に確認済みである。それをこうして提示する。彼女の動揺が見て取れた。
「彼らは私たち後輩のためにこうして証言してくださいました。勿論、そんな勇敢な方々の未来を守るため、匿名性を重視しましたが。彼は貴女を利用するでしょう。Aクラスに上がりたい、生徒会に入りたいと願うあなたを利用し、そして必要が無くなれば捨てるでしょう。まるで、ごみを扱うように。その利用とは色々な意味がありますが、その中には……性的なモノも含まれていると私は判断しています。その証拠がこちらの写真です」
「そんな……」
「勿論、彼を嫌う人間の姦計とも考えましたが数が多すぎる上にこうして証拠もある。言い逃れは出来ないでしょう。勿論、いずれも法には触れていません。しかし、危険であることを疑う事は不可能かと。そしてその危険性を理解しているからこそ、堀北会長はあなたを遠ざけた。あなたを、守るために」
最後の方を敢えてゆっくり話す。証拠提示の時はスピーディーに話し、情報の波で思考を混乱させ、落ち着いたタイミングでトーンを変えて印象付ける。これで彼女の中には南雲雅=危険、自分を守るために会長は行動したという二大情報が植え付けられているはずだ。細部はどうでも良い。むしろ、覚えられていると困る。だが、重大な事は忘れられては困る。
「ですので、生徒会に入った際は彼に警戒し、会長の指示に従う。それが絶対条件です。その為の契約書がお渡ししたものになります。どうしますか?」
「どう、しようかな」
「あなたの人生ですから、どうぞあなたがお決めになって下さい。ああ、そうだ。彼の方策を知っていますか? 実力のない者は消えろ、もしくは這いつくばれ。それが方策だそうで。退学者が今よりもっと増える学校になってしまいそうです。あなたはどうしてここに?」
「ウチは母子家庭で、妹と私とお母さんの3人で頑張ってきたんだ。お金が無くて高校は諦めてたんだけど、お母さんは反対でね。そんなときに此処を知って、それで受けてみたら受かったから来た……って感じかな。だからあんまり大望とか、無いんだよね……」
「素晴らしい理由じゃないですか。お母様も妹さんもさぞ、誇りでしょう。ここを出ればそれだけで付加価値は大きい。素晴らしい姉を持てた妹さんが羨ましいくらいです。私も両親を亡くし、高校進学をあきらめかけた身。この学校の存在を知った時の感情はとてもよくわかります。そんな私や貴女のような理由を持った生徒もきっと多くいるでしょう。もしかしたら家族運に恵まれず、虐待などから逃れるために逃げ込んだ生徒もいるかも。そんな生徒を退学にしてしまったら……待ち受けるのはどんな苦しみでしょうか。彼は、そんな苦しみを量産しようとしている。あなたはそれを防ぐ力と資格があるのです。どうでしょうか、苦しむ誰かのために、そして他ならぬあなた自身のために」
「そんな大それたことは出来ないよ。でも、少しでも何か出来るなら……」
そう言って彼女はサインした。もう戻れない道に。彼女は自己評価が低く、他人のために行動することが多い。誰かのために。その言葉と退学は自己の運命を破滅させかねないともう一度悟らせた。多少忘れかけていたことだろう。無理はない。新生活で横に置きかけていた目的をもう一度セットさせる。これで受けるだろうと確信していたが実際その通りだった。
「あなたの勇気に感謝を。それを会長に渡してください。そうすれば、あなたの生徒会入りは許可されるでしょう」
「うん。精一杯頑張らないとね。……それで1つ教えて欲しいな。契約は出来る限り交渉する、だったでしょ? だったら出来る限り頑張ったけど、無理でしたでも大丈夫なはずだよね? でもこうして叶えてくれた。わざわざ南雲先輩に関する忠告までしてくれた。どうしてかな? 私個人に入れ込む理由は無いはずだよ?」
「私は優しい人間ではありません。どうしようもないほどに自己中心的です。これも全て私自身のためになるからこその行動。堀北会長派の橘先輩への恩義や個人的に副会長を好きになれないなど様々です。ですが……この前の交渉で分かりました。あなたは素晴らしい方だ。その人間性は私では到底届かないところにいます」
「う~ん、そんな事無いんだけどなぁ」
「いいえ! あなたがそう卑下しようと、あなたの人間性を損なうには足りない。謙遜がなされるたびに徳は増していきます。そう、この前お会いして気付かされました。そう言った高潔さを持った方がむざむざと騙され、利用され、純潔を奪われ、最後にはボロ雑巾のように捨てられる。そんな状況を座視していられるほど、私は人として終わっているつもりはないのです!」
グイっと身を乗り出し、彼女の手を取る。両目をしっかり見つめる私に彼女は戸惑って言葉を発せていない。視界も泳いでいる。パーソナルスペースに侵入しても拒否反応を示されていないことに一定以上の信頼を得ていると確認できた。
「あなたは美しい方です。容姿もそうですが、心も。多くを魅了するその快活な笑顔があのような下衆の極みによる陰謀と策略と私利私欲のために曇らされて良い道理がありません。あなたには華やかな恋こそ相応しい」
「にゃ、にゃにを言ってるのかにゃ!?」
「おっと、すみません。つい感情が高ぶってしまいました。失礼な事を……本当に申し訳ございません」
「べ、別に良いんだけどね! うん!」
「寛大なお言葉感謝します。何はともあれ、ご理解いただけましたか?」
「う、うん、よく分かったよ」
「それは安心しました。では、また何かあったらお話しましょう。クラス間では対立していることはあっても、個人間で友誼を築くのは不可能ではない筈ですから」
「そ、そうだね! うん、そ、それじゃあ!」
ドタバタしながら彼女は去って行った。最後に至っては小走り。だがそんなことはどうでも良い。これでやるべき任務は終わった。葛城康平も一之瀬帆波も生徒会入りするだろう。堀北派の1年生として。後は坂柳が南雲派と接触しないようにちょっと調整して、完了だ。
しばらくはテスト関連に集中できる。それが終われば動き出すクラスもあるだろう。その筆頭格がCだと考えている。現在も秘密主義を貫いている訳が明かされ始めるはずだ。流石にいつまでも鎖国は出来ない。
思考を巡らせる私の横で、ずっと話を聞いていた彼女は無言でこちらを見つめてた。
「ちょっとさ、話あるんだけど」
2人を生徒会に入れる事に成功した日の夜。部屋で彼女はそう切り出した。携帯端末には堀北学からの成功報酬が届いている。葛城康平も一之瀬帆波も今日のうちに提出したらしい。行動が早い事だ。それだけ生徒会入りに関する欲望が強かったのだろう。先日Bから搾り取った30万。そして今回の報酬を合わせると50万。普通の学生生活には十分だろう。しかし、この学校ではそうでは無い。無駄遣いは厳禁だ。
金勘定をしながら声に応える。
「なんだ」
「アンタ、女たらしのイケメンは嫌いなんでしょ?」
「ああ。それがどうした」
「……前々から思ってたけど、アンタ、本当に気付いてないの? アンタのその顔に」
「何がだ。くだらない事を言ってる暇があったら問題を解け」
「答えて。今回だけは譲らない。私がいなくなったら困るのはそっちも同じでしょ」
いつになく真剣な目で彼女は見てくる。拒否するのは容易い。しかし、そうなると彼女が自発的に動いたり協力的な態度を取らなくなる可能性がある。出来る限り心服して欲しい身としてはそれでは不都合だ。数分間のにらみ合いの末、折れる事にした。
「私の顔がどうした。見るに堪えないとでも?」
「その評価がおかしいって言ってるの。アンタは一之瀬の自己評価が低いって言ってるけどこっちから言わせればアンタの顔に関する自己評価の方がよっぽどおかしい」
「……」
「そりゃ自分でイケメンとか美人って言ってる奴はナルシストだけど、大抵の人は自分の顔のランクを何となく把握してる。私だって別に不細工だとは思ってないし、人並かそれ以上だとは思ってる。でもアンタはどう?自分でどう思ってるのか知らないけど、これがアンタへの客観的な評価だから!」
突き付けられたのは彼女の端末。学校の掲示板だった。女子の端末しか入れないようになっているスレッド。タイトルは『1年生男子イケメンランキング』。そしてそのスレッドの最初のところに表が貼ってあった。
「なにか感想は? 学年3位さん」
「……」
「周りの女子は少なくともアンタの事を人並み以上って評価してる。女の子より女の子っぽいけど、全然アリってね。だからこそ、その謎に歪んだ自己評価の訳を聞きたかった。それだけ」
「……そうか。そんな事ならまぁ良いだろう。理由を教えてやろうじゃないか」
このランキングに関しては個人の主観だし、そもそも調査人数が少ないなど色々言える事はある。だが、彼女の言っている反感云々の懸念は事実だった。それまでそんな事を気にしたことも無かったし、自分の容姿について何かあった事も無かった。それ故にてっきり普通だと思っていた。
その訳を話したからと言って何か不利になる事も、機密が漏れる事もないだろう。彼女は疑いを深めている。何も無いといっても嘘だと思われてしまうだろう。信頼を得るには、その人だけに秘密を漏らすのが1番だ。彼女は言いふらすタイプではないし、そうするメリットもない。デメリットだけが無限にある事は本人が良く知っているだろう。だから話すことにした。
「心的外傷後ストレス障害。通称PTSD。それに近い精神疾患なのだろうが……私は私の顔が好きじゃない。パーツパーツなら見ることが出来るけれど、全体を見ていると吐き気がする。それに、この顔は女子に刺さるように構築されたものじゃない。出来れば、私だってもっと普通の表情をしていたかった。けれど、そういうわけにもいかない人生だったせいでね。おかげさまで、このざまだ」
自嘲気味な表情になるようにしながら、私はそう言った。
<報告>
葛城康平、並びに一之瀬帆波からの信頼を一定数得る事に成功。今後はそれを崩さぬように注力する次第。
<要求>
今後は定期的に本国の状態を報告せよ
<返答>
主だった任務としては■■軍区(旧■■軍区)総司令諸葛■■による命令を遂行中。活動場所は■■■■連邦■■■■■■■、本国■■■■■■自治区内、カザフスタン。