ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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これまでのすべての社会の歴史は階級闘争の歴史である

マルクス『共産党宣言』



2章・この世の大事件の歴史とは、全て犯罪史である
15.陽炎の中


<遠き地の、誰かの独白>

 

 寒さだけが身体を支配する。標高3000メートルをゆうに超えたこの大地で、今、自分の世界が変わろうとしていた。自分達を支配していたモノ達はもういない。正確には、ほぼ全てが骸となって、雪と氷と岩の大地にその屍と血を晒している。数少ない生き残り、奴らの最後の1人は両手両足に釘を打ちこまれ、壁に磔にされている。その有様を4000人の仲間と共に、自分はそれを酷く冷淡な目で見つめていた。

 

「世界は我々を裏切った。平等も、自由も、此の地には存在しない。我々は罪を犯したのか……断じて否である! ただ、生まれ落ちただけでこの地に閉じ込められ、我々は人としての扱いを受けてこなかった。ひたすらに、国家のために奉仕する機械として、家畜以下の暮らしを強いられてきたのである! その諸悪の源がここで哀れにも許しを乞うている、さぁ、諸君、決めるのは君達だ。この汚らわしい存在をどうしたい?」

 

 殺せ、そういう声がどこかから響いた。そしてそれは合唱のように伝播する。それを見て、前に立つ彼は笑った。ひどく酷薄な笑みで。ひどく美しい笑みで。それを信じて、我々は今まで彼に付いてきたのだから。

 

「よろしい、それが諸君の総意であり、極めて嬉しい事であるが、私の心と同じである。さて、そういう訳だが何か申し開きはあるか?」

「ま、待ってくれ、頼む、助けてくれないか! 何でもする、そうだ、こんな反乱を起こして貴様らとて無事では済まされんぞ! 私の一族は中央にいる。自由と尊厳を与える! だから……!」

「助けてくれと?」

「そ、そうだ……!」

 

 これが自分達を押さえつけていた者の姿なのだろうか。昨日まで、理不尽を強いてきたこの機関の長なのだろうか。でっぷり太ったブタのような身体が小刻みに震えている。痛みに悶え、苦痛にあえぐ姿がどこか滑稽だった。

 

「ははは、面白い冗談だった。では、さようなら。地獄で会おう」

「貴様! あれだけ目をかけてやって、可愛がってやったと言うのに!」

「ああ、忘れてはいないさ。屈辱と苦痛に満ちたこれまでの全てを。お前に尊厳も、何もかも破壊され、奪われ、この身すら犯された悲しみと痛みを、な。報いの時なのだよ。全ての犠牲は全てこの時のために。全ての苦難も今、この時のために」

「いやだ、いやだ! 儂は死にたくない!」

 

 叫ぶ汚物を無視して、彼は再び台に立つ。青みがかった長い黒髪が太陽の光に照らされる。我々を守るために、あの男に捧げられたその美しい顔が銀世界に反射する。

 

「今ここに、忍従の時は終わった。銃口を向けるがいい」

 

 誰1人としてためらうことなく、一斉に銃口が磔に向けられた。

 

「この銃声こそが、自由への序曲である。さぁ、解放のメロディーを!!」

 

 無数の銃声が天地を揺らした。蜂の巣になった、物言わぬ肉塊を彼は踏みつける。黒い軍靴が血で染まり、黒いマントが翻る。

 

「諸君、これまで良く私と共にきてくれた。その感謝を、未来永劫忘れる事は無いだろう。秦嶺山脈の奥地より、我々の復讐は始まる。五星紅旗を引きずり下ろすその日まで、それは終わる事は無いだろう。例え一時的に奴らに(おもね)るとしても、心は決して折れる事は無い。中原を覇する、その日までだ!」

 

 誰もが一心不乱に叫ぶ。自由を得た狼たちの悲しき遠吠えは、いつまでも空を駆け巡った。

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 もう7月になってしまい、世間はすっかり夏だ。この臨海部にある学校は海からのもわっとした空気のせいでかなり暑い。人工でも良いので砂浜があればもう少し違ったかもしれないが、そんなものは無く。孤島状態なのでどうしようもない。

 

 テストは終わり、Aクラスは少し穏やかな雰囲気が流れている。そして、今日はいつもの月初め恒例イベントの日だった。だが今日はいつもと少し様子が違う。起きれば既に支給されているはずのモノが振り込まれていない。一瞬5月のDクラスが思い出されるが、一瞬で0になるようなことは何もしていない。ともすれば何かのミスだろう。そう思い説明を待ってみれば、そうでは無かった。

 

「少しトラブルがあり、1年生のポイント支給が遅れている。トラブルが解消され次第ポイントは問題なく振り込まれるはずだからそれまで待ってほしい」

 

 そう言いながら先生が発表した今月のポイントは

 

A:1054

B:720

C:620

D:87

 

 となっていた。トラブルの正体がその日に明かされる事は無かったが、翌日にはあっさりと公開された。

 

「昨日のトラブルについての報告だ。端的に言えば、CクラスとDクラスの間でもめ事が起こった。それについて双方の主張に食い違いが発生していたためポイント配布を見送っていたが、少なくともA並びにBクラスは関与していないと分かったために両クラスにのみ先行してポイントを配布することになった。君達には不便を強いて申し訳ない。また、この件に関して何か目撃した者がいれば、来週の火曜日に審議会を行うので申し出て欲しい。以上だ」

 

 先生の報告はこれで終わりだった。やはりCクラスが仕掛けたのだろう。全て予想通りと言う訳だ。しかし、これでは詳細な情報が入らない。ここで前に置いた布石が生きてきた。生徒会役員が我がクラス内にも存在しているではないか。しかも、彼は私に恩義がある。

 

 と、言う訳で別に隠す話でも無いだろうから教室で尋ねる。

 

「葛城君、差し支えなければ先ほどの件の詳細を教えてください」

「ああ、分かった。まず訴えを起こしたのはCクラスの小宮、近藤、石崎だ。Dクラスの須藤という生徒に一方的に殴られたと主張している。しかし、須藤は自分から仕掛けたのではなくCクラスの生徒から呼び出されたのだと主張している。端的に言えば正当防衛だと言っている」

「それなら喧嘩両成敗でも良いのでは? 双方に多少の罰を与えて終わりでしょうに」

「いや、それがそうもいかない事情がある」

「と言うと?」

「Cクラスの3人は腕や顔、脚にそれなりの怪我を負っている。対して須藤は無傷だ」

「無傷と言うのはこれまた何とも……しかし、その情報もう少し早く教えて頂きたかったですね。その方が皆さんのためになったかもしれません。()()()()()このクラスで生徒会経由の情報を提供できる人物はいない訳ですし」

「すまなかった、俺も昨日の放課後に聞いたばかりだった」

「それならば仕方ないですね」

 

 言外に伝えた情報のアドバンテージを活かせというメッセージは伝わったらしい。彼の持っている能力は残念ながら坂柳には劣るだろう。ならばそれ以外のところで実績を稼ぐべきだ。そうすることで勢力均衡を保つ事が出来るかもしれない。

 

 この話はクラスの全員の耳にも入っている。その後どうするかは彼ら次第だが、ここで特に積極的に動くべき理由はない。我々は安全圏にいるし、藪蛇はクラスとしては避けるべきだ。

 

「情報提供ありがとうございます。まぁ善良なる市民として何か情報があれば提供するのが正しき行いでしょう。それ以外はいらぬちょっかいをかける必要はありませんね」

「ああ。俺もそうした方が良いと思っている。――同じ話題ついでに1つ聞きたいが、諸葛はどちらが正しいと考える?」

「正しい、と言われても何とも言えませんね。証拠も少ないですし、双方から聞いてみない事には。しかし、法に則って考えるならばCクラスに分はあるでしょう。傷害事件である以上、Dクラスの正当防衛は通りません。通っても過剰防衛とみなされ、やはり罰の対象です。正当防衛とは法学においても難しい部類の存在ですから」

「やはりそうなるか」

「ええ。どちらが挑発したにしろ、暴行を加え怪我をさせた時点で負けですよ。ところで事件現場は何処です?」

「特別棟の3階だ」

「ありがとうございます」

 

 特別棟。なるほど、何か事件を起こすにはおあつらえ向きの会場だ。しかしである。須藤の起こした行動はれっきとした傷害事件に他ならない。であれば、その事件の捜査にどうして警察を用いないのか。この国において恐らく一般の犯罪捜査に最も長けているのは警察であることは疑いの余地などない。であれば、この一件とて彼らに任せれば解決するのではないだろうか。

 

 にも拘らずこの学校は審議を行うという。それも、教員ではなく生徒会が。生徒会とは即ち生徒の代表組織である。そんな彼らは当然捜査のプロフェッショナルでも何でもない。であるのに審議をするというのだ。検察も弁護人もいない上に裁判官は素人。それで人の人生決まってしまうのでは何とも報われない話である。

 

 事情はどうあれ、今回は恐らく須藤が殴ったので間違いないだろう。だが今後はそうでは無い可能性もある。自分で腕を折ったりすれば容易に人をハメて退学に追い込める。バレなければ犯罪ではないの精神で行動する存在がいた場合、司法を頼らない現行制度では問題が多すぎる。この学校はまともではない。それは前々から感じてはいたが、それでもまだマシな部分はあると思っていた。だが今はどうだ。眉を顰めるしかない現状。それを誰も変えようとしていない。いや、疑問すら抱かないのか。一体外でどんな生活を送ってきたのか。頭の痛い話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暑い……。あと埃くさい」

 

 真澄さんの悲痛な声が響く。しかし、それを無視して階段を上る。確かに彼女の言うように、特別棟の廊下は地獄のような暑さだった。砂漠とはまた違った暑さ……その原因は恐らく日本特有の湿度だろう。カツカツと階段を進んだ先にお目当ての場所はあった。

 

「ここが現場か」

「はぁ……こんなところに来て何する気。不干渉が方針だったんじゃないの?」

「クラスとしては、な。個人としてどうするかは別問題だ」

「だったら1人でやって欲しかったんだけど」

「まぁそう言うな。探偵ものは大体2人組だろ?探偵の調査には助手が付きものなのだ」

「なにそれ……シャーロックホームズにでもなったつもり?アンタはどう頑張ってもモリアーティー教授だと思うけど」

「酷い言い草だ。しかし、犯罪界のナポレオンという異名は悪くないね」

 

 特に何も無い普通の廊下だ。4月の時点で来た時と全く変化が無い。まるで事件など起きていないかのようだ。

 

「何かあった?」

「いや、何もない」

「意味ないじゃない!」

「監視カメラは相変わらずコンセントだけ、か」

 

 彼女の文句を再び無視して確認を進める。暑さが身体を包んでくる。思考をクリアにするため、扇を開いた。

 

「それにしたって不用心ね」

「何がだ?」

「ここ、理科室のある階でしょ?薬品とかだってある訳だし、監視カメラが無いっていうのは不用心に過ぎるでしょ。それを言ったら特別棟全体がそうなんだけど」

「予算をケチったのかもしれないな。もしくは、理科室内にはあるから良いと思ったのか。いずれにしても性善説で成り立っているのは違和感を覚えるが……何か思惑があるのかもしれない」

「何でも良いけど、早く終わらせてくんない? 暑くってしょうがないんだけど」

「ああ、つまりそう言う事か」

「なにか分かったわけ?」

「ここが犯行に使われた理由だ」

「理由って、監視カメラが無いからじゃないの?」

「勿論、それもあるだろう。だがそれなら屋外にだって幾つもある。体育館裏も無い。校舎裏もな。であればだ。わざわざこんな不便なところに呼び出す必要はないんだ。そこで大事になるのがこの気温だ。キミは暑い環境だとどう思う?」

「早く帰りたい」

「だろう?呼び出された須藤もそう思ったはずだ。他のことへの苛立ちもあったかもしれない。そして暑い中だと思考が鈍り、イライラしやすくなる。そう言う経験は無いか?現に今だって」

「……確かに」

「そこへ少々呼び出し時刻から遅れて行く」

「なんで?」

「巌流島」

「ああ、わざと遅れて行って苛立ちを加速させるってことね」

「その通り。元々暴力性の強い人物にこれだけすればあっさりと挑発に乗るだろう。そうすれば勝ちだ」

 

 特定の人間を嵌めるには最高の環境だろう。証拠が残らず、理性を崩しやすい。実にイージーな任務だ。現場検証は終わった。あまり長居していては私はともかく彼女の理性が吹っ飛びかねない上に熱中症のリスクもある。

 

「見るべきものは見た。さて、帰るとするか」

「やっと終わった……」 

 

 ため息を吐く彼女を宥めつつ、戻ろうとしたその時、廊下の端でキラリと何かが反射した。普段人のいるような場所ではないこの棟の、更に人のいかなそうな廊下の端。見てみれば長い1本の髪の毛。あまり掃除もされていないであろうその場所にはうっすらと埃が積もっている。しかし、埃がない場所もある。丁度、人の足の大きさくらいの場所だけは。比較的最近に誰かがここに来た。恐らくはこの髪の主が。

 

 しかし、この髪の主、恐らくは女性だろうが、その女性が今回の事件と何らかの関係があるかは分からない。それ以外の目的で、その日では無い日に来ていた可能性もあるしそちらの方が大きい。

 

「ちょっと、何してんの? 早く帰りたいんだけど」

「ああ、すまないな。今行く」

「勘弁してよね」

 

 髪の毛を元の場所に戻し、踵を返してこの暑さに満ちた空間を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、一向に事態は進展していないと葛城は報告する。彼の報告を、クラスメイトは何か見世物を見るような感覚で聞いている。対岸の火事という印象なのだろう。良く燃えている町は見てる分には綺麗なので、仕方ない。

 

「今回はクラスは動かさない、そういう方針で良いのですね?」

「はい。特に利益は無いでしょう」

 

 坂柳は確認を込めて聞いてくる。昨日クラスとしては何も動かないという方針になったにも拘わらず変なことをすると評判を傷つけるのは向こうだ。なので一応確証を得るべく聞いてきたのだろう。

 

「諸葛君は何かするのではないですか?今までの事を鑑みても、座視しているようには見えませんが」

「何か利がありそうならば動きますとも。対岸の火事には上空から燃料を投下した方が綺麗に燃えてくれますからね」

「良い性格だと思います」

「お互い様でしょう」

 

 これっぽっちも眼が笑っていない人同士のにこやかな対談の席だった。この席はいつもそんな感じの空気が流れている。そしてそんな空気をぶち壊すように、来客者がやって来る。どうやらDクラスは目撃者探しに舵を切ったらしい。Aに来るかは迷ったのだろうが、Bに聞き込みをしている姿を先日数人が目撃している。そこで成果があまりなかったため、こちらにも足を延ばしたのだろう。そしてDクラスは己が持つ対人関係に関しては最強格の兵器を投入してきた。

 

「突然ごめんなさい! もう知ってると思うんですけど、須藤君とCクラスの3人の喧嘩について何か知っている人はいませんか?どんなことでも良いんです、知っていたら教えてください!」

 

 櫛田桔梗と言う生徒の強みはその圧倒的な対人力。そしてパーソナルスペースを詰める事の上手さだろう。多くの人間はパーソナルスペースに踏み込まれると拒絶反応を起こす。起こさないのは家族や恋人、親友などだろう。だが、彼女はその境界を突破する才能を持っている。現に、Aクラスにいる普段Dなどを見下している層も馬鹿にする雰囲気はない。それどころか、積極的に絡みに行こうとしている男子が多い。女子も穏やかに対応している。

 

 周りに集まった人に対処しながら、彼女は私の存在を見つけたようだ。先日の考査の際にDクラスから大量の退学者を出すと困るためテコ入れをするべく過去問のヒントを与えた。そして彼女はそれに気付いたのだろう。故にDクラスは赤点を出さなかった。彼女が最も頼れると認識しているAクラスの人間は現状私である可能性が高い。そしてその予想は真実だった。

 

「あ、孔明先生も何か見なかったかな……?」

「いえ、残念ながら。私は事件当日の当該時刻、真澄さんとスーパーにいました。チンゲン菜が安いか高いかで揉めていた記憶があります」

「もしかして、付き合ってるとか?」

「いえ、別に」

「そ、そうなんだ。知恵を借りれたり……しないよね?」

「貸すことは出来ますが特に有効なアドバイスはありませんね。強いて言えば早く被害者意識を捨てた方が良いというだけです」

「被害者の意識を捨てる?」

「ええ。残念ながら今回の1件が受理されてしまったのは須藤君に大きな原因があります」

「それは、どういうことかな?」

「彼の問題行動はこれまでにも幾つか確認されてきました。当然、それは担任等を通じて学校に報告されます。学校は彼を暴力的で問題行動の多い要注意人物だと認識してきました。そこに今回の事件です。片や怪我を負った3人、片や無傷の問題児。仮にCクラスが先に殴ったとしても、傷を負ったのは彼らですから突然の行動に驚き反撃できなかったと思われても仕方ないですね」

「じゃあ、須藤君が悪いって事になっちゃうね……」

「強いて言うのならばどっちも悪いのでは?それでも須藤君が現状学校側から睨まれているのは事実でしょう。裁く側も人間です。物的証拠がないとなれば状況証拠で判断するしかない。そうなったときに心証が悪いのはどっちでしょうか」

「須藤君、だね」

「その通り。そうですね……仮にそこにいる真澄さんをCクラスが訴えたとしましょう。受理される確率はかなり低いでしょうね。勿論彼女が米軍特殊部隊並の戦闘能力を有している可能性は否定できませんが、普通に考えて大の男3人を女性が1人でボコボコにするのは不可能です。また別のパターンで言えば彼らが私を訴えたとしても訴えは通りにくいでしょう。普段の行動が品行方正であるように努めている私の場合、担任が庇うでしょうしクラスメイトの皆さんも色んな証言をしてくれるかもしれません」

 

 視線を話を聞いている彼らに投げかければ「そうなったら任せとけ」「勿論庇うよ!」「孔明先生がそんな事しないだろうし」と言った声が聞こえてくる。

 

「これを機に、須藤君の態度を改めるように勧めては? 従来の態度では審議会でも心証は著しく悪いかと。とまぁこんなところです。大したことは言っていませんが」

「ううん、アドバイスありがとう!他のみんなも、何か知っていることがあったらあとでコッソリでも良いから教えて欲しいな!ちゃんとお礼もするから。それじゃあお騒がせしました!」

 

 これ以上は有効な情報を入手できないと判断したのか、彼女は撤退していった。最後の最後まで愛想を振りまくのを忘れていない。そして匿名でも情報提供して欲しいという話をして〆る辺りが計算されていると感じる。

 

「良かったんですか?あんなアドバイスをしてしまって」

「誰でも言えそうなことを言って恩を売る。これが情報商材の常套手段ですから」

「本当に良い性格ですね。しかし、櫛田さん……あのコミュニケーション能力に加えそこまで学力も低くないのに何故Dクラスなのでしょうか」

「さぁ……そればかりは私にも何とも。歌舞伎町で覇権取れそうなコミュニケーション能力なんですけどね。一見瑕疵はなさそうな存在ですが……得てしてそう言う存在こそ裏があるものです」

 

 『貴女のように』。口パクでそう言ったのを坂柳はしっかり解読したようで、いつにも増していい笑顔で睨んできた。




<報告>
 依然として大きな異常は無し。

<要求>
 先日調査した人物の身辺状況について知りたい

<返答>
 両親は共に既に死去。兄弟姉妹は確認できず、親戚との繋がりも非常に稀薄。恋人・友人も無し。有り体に言えば、いなくなっても誰も困らない存在である。ストーカー行為に走りやすく、被害妄想の激しい人物は予想の範疇を越える行動を起こす危険性あり。注意されたし

<Re.返答>
 了解した。引き続き警戒する。
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