『ジョージ・ギッシング』
ストーカーはしっかりとお縄に付いた。これにて本来であれば事件終了一件落着めでたしめでたしとなるだろう。幸い人的損害も出ておらず、終了するはずだった。しかし、そうなってもらっては困る。起こった事態は最大限利用しなくてはいけない。
そうでなくても今回の一件を学校側が完全に黙殺することは不可能だ。学校の敷地内で起こった事であり、当然管理監督責任が問われることになる。たまたま被害者に起こった被害が少なく、彼女は怪我も性的暴行も受けることなく学生生活を続けられているが最悪の場合もありえた。
そしてそれを目撃し、事態に対処してしまった我々を野放しにすることなど出来ようはずもない。いずれにしろ、学年団から何らかの接触はあると踏んでいた。しかしそれでは遅いし出来る事も限られている。なので責任者に直接交渉を要求するのが手っ取り早いだろう。
「まぁ座って下さいな。東亜電気高度育成高等学校支店の支店長殿と、東亜電気株式会社の取締役社長殿」
「「……」」
次の日、呼び出した東亜電気の社長と支店長が学校内にある店のバックヤードにいる。支店長は顔面蒼白。社長は腕組みをしている。盗聴器や録音機の類は無い事を確認してる。
「単刀直入に言いましょう。お宅の社員が逮捕されたことは知っていますね?」
「ああ、だがそれがどうした。既に解雇している」
「なるほど、ですがそれでは済まないでしょう。制度を悪用したストーカー行為、生徒の承諾なしでの顧客リスト作成、今回の一件だけでこんなものが明らかになってしまった。しかも大規模なサイバー攻撃で個人情報が流出しているそうじゃないですか。表向きは流通に被害と言っているようですが、隠蔽、どこまでできますかね?」
「貴様、ガキの分際で脅しているのか!」
「社長、あなたがワンマンでここまで引っ張ってきた功績は認めます。ですが、些か手を汚し過ぎましたね」
持ってきた書類を突き付ける。手に取った社長は一瞬で顔が青くなる。手はわなわなと震え、先ほどまで威勢の良い言葉を吐いていた唇は今や紫だ。
「あなたはよくご存じですよねぇ。この学校創設当時の談合に参加し、総理と文科大臣に多額の賄賂を贈っていたんですから。『政府運営の学校で談合か!』『総理と社長の黒いつながり』『噂の社長の子供は都内女子大で贅沢三昧の社長令嬢』などなど、マスコミの好きそうなネタです」
「どこで、これを……!」
「そんなことはどうでも宜しいのですよ。今大事なのはこの事態を受けてあなた方が何をするかですよ。謝罪は当然としても諸々黙っていて欲しいのならば、ね?」
「金を払えという事か……!」
「それが一番正しいとあなたが思っているのならばそうなさるとよろしいかと。もっとも、他に方法など無いかもしれませんが」
「こんな、こんな……!」
「これらの名刺、ご存知ですか?」
現実を受け止めきれないのか、怒りと悔しさで歯ぎしりしている社長に更に爆弾を投下する。上海に代表される工場群。そこの経営者たちのものだった。
「工場から品物が来ないと困りますよね」
「止めるというのか! そんなこと出来るはずが」
「中国は共産主義国家ですよ? 難癖付けて止めるなど幾らでも出来ます」
「……」
「しゃ、社長……」
「…………分かった。払おう。幾らだ」
「被害者には100、口止めはそれぞれ50」
「仕方ない。それでこの資料がマスコミにばらまかれるのを阻止できるのならば安いものだ」
「流石はワンマン経営者。ものわかりが良くて助かりますよ。ああ、そうだ。これは自分達から学校に払いたいとお願いしてくださいね。断られても、受け入れられるまで粘って下さい。でないと契約履行とは認めず、データを電子の海と週刊誌に流します」
こんな事態になってもう出世は望めないだろうと悲観している支店長と唇を出血するほど噛み締めている社長。
「それではよろしくお願いしますね」
部屋を出た直後に机を殴りつける鈍い音がした。
東亜電気が片付いた翌日。先生からアナウンスがあった。
「それでは今日のSHRを終わる。良い週末を。それと、諸葛と神室。この二名は話がある。この後職員室に来るように」
事前に送っておいた交渉に向こう側が反応した。これによって呼び出されたのだろう。逆にそれ以外に呼び出される理由が見当たらない。
「アンタ、何したの」
「この前の件についてだろう」
「ああ、あの……。証拠映像を警察に渡す前に焼き増しして渡せって言われたから渡したけど、変な事に使ってないわよね?」
「勿論だとも。我々に利益になることにしか使っていない」
「なら良いけど」
「さぁ行くぞ。金のなる木がお待ちだ」
怪訝そうな顔の彼女を伴って職員室に赴く。そこには事件の関係者が揃っている。私と共に犯人確保に動いた綾小路。取り押さえに協力した一之瀬、そして被害者である佐倉。
「来たか。これで全員だな」
「あの、私たちどこに……」
不安そうな声で佐倉は言う。それを安心させるように真嶋先生は続けた。
「なに、心配する事は無い。この前の一件で少し話があるだけだ。君たちの不利になるようなことは何一つないと思って貰って構わない。さ、理事長が待っている。行くぞ」
ある程度面子から理由を想像していた彼らであったはずだが、理事長というこの学校の最高責任者の名を聞いて驚いている様子だった。正確には綾小路は眉を上げただけだったが。彼のポーカーフェイスには驚かされる。世が世なら組んでラスベガスで大儲けしたい。
分厚い重厚な扉。この先がこの学校の支配者の部屋である。先生が扉をノックすれば中から男性の声がする。坂柳理事長。我がクラスメイト・坂柳有栖の父親にして、この学校の二代目理事長だ。初代は彼の父親、即ち坂柳有栖の祖父である。
「どうぞ」
「失礼します。生徒たちをお呼びしました」
「ありがとうございます。ここからは彼らと話をします。真嶋先生はご苦労様でした。もう、職務に戻っていただいて大丈夫です」
「わかりました」
先生が我々に入室を促す。広い部屋には穏和な顔の初老の男性が椅子に座っていた。戸惑っている彼らに入るように勧め、私が先頭を切って入室した。
「ここにお呼び下さったということは、お手紙はお読みくださったという事でよろしいでしょうか」
「ええ、勿論です。随分と心の籠ったお手紙でしたので」
「汗顔の至りであります」
「さぁ、どうぞ、お座り下さい」
大きなソファーに座る。佐倉がお誕生日席とでも言えばいいのだろうか、1人用のものに。そして綾小路がその反対の1人用の席に。私と一之瀬と真澄さんは大きめの物にそれぞれ座った。
「さて、何故お呼び立てしたのかは皆さん分かっていると思います。しかし、改めて説明をする必要があるでしょう。ですがその前にまず……佐倉さん」
「は、はいっ!」
「この度は大変申し訳ありませんでした。我々の不手際でこのような事態を招いてしまったこと、陳謝するしかありません。寮の手紙など、気付けるところは多くありましたし、アイドル活動をしている旨の把握をしていたにも拘わらずストーカー行為に関するところまで配慮が及んでいなかったのは我々の完全なる失態です。どうか、許して頂きたい」
この時点で私はこの理事長に対し有能という判断を下した。例えポーズであっても、生徒に対ししっかりと頭を45度以上に下げて謝っているのだから。凡そ人間というものは、特にまだ若い高校生であれば理事長という普段全く接点のない権威ある人物が深々と謝罪をしていた場合、強く出れなくなる傾向にある。佐倉もその例に漏れることなくどうしたらいいのか分からないようだ。
「佐倉さん、理事長先生の謝罪を受け取るならばそう表明した方が良いかと」
「あ、はい。あ、あの……顔を上げて下さい」
「ありがとうございます」
理事長はスッと頭を上げ、自らも席に着く。
「さて……ここからは現実的な話に移らなくてはいけません。まず、ストーカー行為を行っていた犯人ですが、罪を自供しましたのでこれより警察によって然るべき手段が取られるでしょう。判決がどうなるかは分かりかねますが、少なくともこの学校には2度と入れないので安心してください」
露骨に佐倉は胸を撫でおろす。2度と会いたくはないだろうし、当然の手段だ。
「本来被害者である佐倉さんや勇気ある行動をとった皆さんにこのような話をするのは大変心苦しいのですが、どうか、この件に関しては他言無用でお願いしたいのです。知っている生徒もいるかもしれませんが、この学校創設には大変な資金や時間が投入されています。また、当時の世間からの反応も芳しいものではありませんでした。しかしなんとか経営を軌道に乗せている最中でこのような事態が発覚した場合、私1人の首で済めば良いのですが……最悪この学校そのものの存続にも関係します。また、卒業生にもいらぬ迷惑をかけてしまうでしょう……。卒業生に温情を与えると思って1つ、お願いを聞いてはもらえないでしょうか」
「理事長、お気持ちは痛いほど分かります。しかし、我々も、特に佐倉さんは被害者です。どうかお願いします、はい分かりましたでは済まないとは思いませんか?」
「和解金を払え、という事でしょうか?」
「いえ、そうは言っていません。あくまでも私は済まないとは思いませんか? と問うているだけですから。理事長がそれにどう答えを出しその結果どう動くかはご自身の自由です」
微笑み合いながら視線が交錯する。彼とて払わないで済むならそうしたかっただろう。謝罪して終わりになれば最良。そう考えていたはずだ。更に言えば佐倉を呼び出して謝罪して、後の我々には適当に担任を経由して多少の金を渡せばいいだろうと。しかし、事前の手紙でも事態を知らせた上で私は映像を持っていると書いた。その映像をどうするとは一言も書いていない。脅しなど一切使わず、あくまでも純然たる事実だけを書いた。
「あの、でも私は……」
「佐倉さん、貴女が受けた行為は許されざる行為です。当然、犯人が全て悪いのですが、学校側に責任が無い訳ではありません。もし理事長が和解金を支払うと仰るのならば貴女の受けた苦痛や恐怖に対する正当な権利なのです。また、そうしなくては理事長側の、延いては学校側の責任の取り方が宙ぶらりんになってしまう。学校側がしっかりけじめをつけるためにも必要なのですよ」
「そういうことなら……まぁ……」
「これが外に漏れる事はありません。私たちだけが知っていることですから。そうですよね?」
理事長に尋ねれば、彼は頷く。元より、外に漏らせるはずなど無いのだが。
「学校側は和解金をお支払いする用意があります。受け取られますか?」
彼はここで揉めて事態を長引かせるよりも、さっさと手打ちをすることを選んだようだ。そして同時に彼は良い大人であることも同時に選択した。あくまでも責任を取るべく行動している人物としての印象を与えたかったのだ。
「……はい」
か細く、しかししっかりと佐倉は意思を主張した。気付けば此処にいる面子の中で先ほどから話しているのは私と理事長と彼女だけだ。綾小路は相変わらずの無表情で事態の推移を見守っているし、一之瀬は目を白黒させている。真澄さんは我関せずだ。
「分かりました。まず、佐倉さん以外の皆さんには言い方にやや難はありますが、口止め料として20万ポイントをお支払いします。また、被害者である佐倉さんにはこちらから和解金として50万ポイント年度内に2回、合計で100万ポイントをお支払いします。また、通常ポイントは卒業した場合全額返金していただくことになりますが佐倉さんの場合は別名義を作って頂き、そこに残金があった場合現金化して卒業時にお渡しすることになります」
「1、100万……!」
20万か。まぁ直接の関係は薄い学校側から引き出すにはこの辺が限界だろう。これ以上欲張るべきではない。佐倉も一之瀬も驚いているが特に拒否する気はないようだ。お金はあっても困るわけではない。先立つ物はしっかり持っておいた方が良いのだから。
「しかし、この学校は些か退学に関するハードルが他校と比べて低くなっていますね。ですから、そうなると和解金をお支払いする前に佐倉さんがこの学校を去らざるを得ない状況になってしまう事もあるのでは? 何らかの配慮が必要ではありませんかね」
「……その主張は正しいと認めざるを得ないようですね。分かりました。誠意を示す必要があるのも事実です。金銭的なモノだけでなく、ね。この学校の不手際で起こった事ですので、この学校内での特権としましょう。特別に退学処分を一回取り消せる権利を付与しましょう。佐倉さんだけの権利で譲渡等は不可能となりますが、今後3年間いつでも使用可能とします。万が一経営陣が交代しても、それは変わらないものとしましょう」
これは大きく出たものだ。ここまでずっと無表情の綾小路ですら少し顔の筋肉が動いている。今後
「これはこの場にいる者だけの秘密になります。学年団の先生方にも他言無用ですが、よろしいですね?」
「契約書を書きましょう。それで理事長も安心して頂けるはずです」
要点をまとめた契約書を書く。契約書自体は手書きでも問題はない。理事長がサインし、残りの面子もそれぞれの反応を見せながら書いていく。綾小路はスラスラと、一之瀬はおずおずと、真澄さんはもうどうにでもなれと言わんばかりに、そして私もサッと。最後に佐倉が署名して契約は完了した。
「最後になりますが、東亜電気の方からも和解金と口止め料が来ています。これも別途に振り込むことになるでしょう。こちらはポイント化してお渡ししますが、全員卒業後に現金として引き落とし可能です。金額は佐倉さんが100万、その他が50万になっています」
この件だけで佐倉は200万、その他の我々も70万を得た。これはかなりの額になる。Aクラスのポイント約7か月分。やはり不祥事からは搾り取れる。私の判断は正しかった。これで良いアドバンテージになっただろう。
「どうも長々とお時間を取らせてしまいました。こちらからは以上になりますが、他に何かありますか?」
「いえ、私は特にありません。他の皆さんは……無いようです」
全員が首を横に振る。異様な空気のまま、今回の会談は終了したのだった。
「分かりました。最後になりますが、今回の件は振込完了次第終了とさせて頂きます。そして、佐倉さん、改めて申し訳ありませんでした。夏休みにバカンスも計画しています。どうかこれからは楽しい学校生活を送られることを願っています」
「は、はい……。ありがとうございます……」
「それと諸葛君。少し話したいことがあります。もし歓談することがあるのであれば部屋の前で済ませた後、もう一度入室してください」
「承知しました。失礼します」
全員で部屋の外に出る。夏らしいムッとした空気はなく、冷房の効いた涼しい廊下だ。季節感のない学校である。季節を表すのは外の照り付ける陽光だけだった。一之瀬はやっと呼吸をし始めたようだった。今までずっと肩の力が入りまくっていたので、それが解けたのだろう。
それぞれに解散となる。一之瀬はクラスに戻った。なんだかんだ警察に通報したり録画したりと活躍した真澄さんと佐倉は少し関係性が出来たようで連れだって歩いて行った。なお、私は佐倉からは事件当日に何度も何度もペコペコ頭を下げられている。
「なぁ、諸葛」
「はい、何でしょう」
「お前は……
「いいえ、特に何も読んではいませんが。ストーカーに関して知ったのは真澄さん経由の偶然です。調べ方も原始的なもの。動こうとした矢先に事件が発生してしまいましたので些か私が黒幕のようになってしまっていますが、断じて私は何もしておりません。もし計画していたのなら綾小路君たちに関与させないようにさせますからね。その方がポイントも名声も独り占めできるとは思いませんか? それに、犯人に聞けば分かりますが私が彼に接触したのはあの時が最初で最後です」
「ポイントを得る事を思いついたのは?」
「ナイフを弾き飛ばした後です。貧乏なもので。つい金の匂いがすると思考が意地汚くなってしまうんです。ご不快でしたら申し訳ない」
「いや別に不快では無いんだが……そうか。変なことを疑って済まなかった」
「いえいえお気になさらず。疑われても仕方のない状況になってしまってますから」
余計なことで疑われたくはない。私はまだこの学校を去る気は全くないのだから。
「どうぞ、良い週末を」
「……ああ」
彼は去って行った。私はてっきり堀北がDクラスの首魁なのだと思っていた。だがどうも違う可能性もある。カメラを仕掛ける戦略。あれの発案者を問うた時、堀北だと答えたのは綾小路だった。何故堀北は自分だと言わなかった?審議会に出ている時点でDクラスの中でも中心なのはバレている。今更能力を隠す必要など無かったはずだ。
では、言わなかったのではなく言えなかったのではないか。何故なら考案者は自分では無いのだから。そしてその堀北の代わりに答えたのは誰か。綾小路だ。しかも即答だった。嘘を即答する。隠したい事実があるからそうしたのではないか。全て推測に過ぎない。だが、そう考えるとつじつまが合うような気がする。
だとするのならば、あの案を考えたのは堀北ではなく綾小路清隆という事になる。いずれにしろ、警戒が必要なことは間違いないだろう。去り行く彼の背中を見つめながら思考した。その背中が完全に見えなくなり、私はもう一度理事長室の扉を開く。
「私をもう一度呼び出して、何か御用件ですか、理事長」
「まずは娘が世話になっているようだね」
「ええ、大変有意義な時間を過ごさせてもらっています」
「そうかい」
「ええ」
まぁ座りなさいとまたしても促される。今度は紅茶が出てきた。
「東亜電気を動かしたのは君かい?」
「何のことでしょうか」
「まぁ言う訳ない、か。しかし、交渉は恐れ入った。第三者の善良な味方を装って善意から来ているような発言でその実自分の目的を達成する。鳳教授にそっくりだ」
「鳳教授?」
「
「鳳統元は確かに私の父ですが……それが何か? そもそも理事長とはなんの関わりがあると言うのですか」
確かに私は鳳統元と諸葛
「おや、知らないのかい。この高度育成高等学校の根幹を成す理論を構築したのは鳳教授、即ち君の父親だよ」
〈現状収支〉
・収入→140万2400ポイント(6月分の9万7000pp+7月分の10万5400pp+過去問売却代金30万pp+生徒会勧誘成功報酬20万pp+口止め料70万pp)
・支出→17万6000ポイント(過去問代10万pp+カメラ系の代金7万pp+食費6000pp)
食費は2人分を折半。テスト前勉強会以来夕食は同じものを食べている。
・現状保有ポイント→140万3400ポイント(既に所持の17万7000pp+収入ー支出)