ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

2 / 89
知は力なり

『フランシス・ベーコン』



2.推測

「おはよう、Aクラス諸君。私はAクラス担当の真嶋智也だ。この学校において、学年ごとのクラス替えは無い。よって、卒業まで私が3年間君たちの担任ということになる。よろしく頼むぞ。今から一時間後に入学式だ。その前にこの学校の特殊なルールについて書かれた冊子を配らせてもらう」

 

 クラス替えが無いというのは新情報だった。この教室に配置された40人とこの先三年間ずっとやっていくことになるのだろう。上手く関係を築ければよいが、そういう行為が不得手な生徒からしてみれば、気の合わない存在がいた場合地獄だろう。逆に毎年自己紹介をする作業から解放されて幸福に思っているのかもしれないが。

 

 入学前に渡された資料と同じ紙だ。パラパラとめくるが、特段変化はない。内容もまったく同じだ。こういう時私の妙な特技は役に立つ。この学校は基本外に出れない。三親等以内の血族の葬儀、部活動の大会等の特例を除いて、外出は不可能だ。つまり大会等ならば出れるという事。ならば海外でやる大会ならどうなのだろうか。興味深いところである。

 

 外との音信を絶たれるという不便さや閉塞感を無くすため、学園都市ともいえる広大な敷地に多くの施設がある。60万平米だと言うからその大きさがわかる。東京ドームは46755平米なのを考えれば破格の面積と言える。それが東京湾の埋め立て地にある訳だ。

 

「皆、おおよそ目は通したか? 今から学生証を配る。これは一種のカードになっている。これを使ってその資料に書いてある施設の利用や売店などで色々なものを購入することが出来る、簡単に例えるならクレジットカードだ。ただし、それにはポイントが必要になる。学校内においてそのポイントで買えないものは無いと思ってもらって構わないだろう」

 

 現金はこの地において紙屑と化す。仮想通貨こそが価値を持つ紙幣となる訳だ。近未来的なシステム、通称Sシステムと言う。

 

「施設ではこの学生証端末を通すか、提示することで利用が可能だ。それから、ポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。君たち全員には最初、10万ポイントが支給されている。普通のポイントカードと同じく1ポイントは1円と同じ価値を持つ」

 

 軽い喧騒が巻き起こる。1ポイント=1円。つまり10万円を支給されたと言う訳だ。貧乏人には大金となる。そうでなくても、普通の中学生だったつい数日前までは大半の生徒にとって、この金額は大金だ。

 

 チラリと隣を窺えば顔の変化は見られない。10万円を40人に配ると400万円。それが4クラスで1600万円。取り敢えず4月だけで国庫から1600万円が出ていってる計算になる。日本の予算のうち、文教及び科学振興費は5.4兆円。そう考えれば少ないが……。1600万円を12ヶ月だと1億9200万円。それが3学年分で5億7600万円。年間でこのシステムだけで6億円近く出ていっている。

 

 無論、ポイントは電子通貨なので実際の紙幣を使用しているわけではない。それでも物品と交換している以上、理論上はこの数値が必要になって来る。どこかで現金が振り込まれていないと、企業は商品を提供できないのだから。つまり、先生の言うようにクレジットカードのようなものなのだろう。ここで買った品物の情報が店舗から企業に行き、企業はここで支払われた分を国に請求する。そういうシステムになっているのだと推測した。クレジットカード会社が国になっただけの話である。

 

 さて、大前提ではあるがここは国営機関。勤務する先生や職員は全て国家公務員だ。秘密のベールに覆われていたが、国営機関の義務として会計報告がある。文科省の奥の奥の方に眠っていたのを発掘してきた。引っこ抜くのに苦労した。普通に開示請求をしてものり弁こと黒塗りで返って来るだろう。

 

 このポイントの分の予算は昨年度の支出における高度育成高等学校教育研究費の生徒生活支援費欄から出ているんだろう。だがそれにしてはどうも数字がおかしい。支出におけるその項目の数字は4億円を下回っていた。逆に予算時では6億円を超えていた。つまり、毎月初頭以外にも増える機会もあるという事か。大体上手い話には裏があるもの、と言うことなのだろう。望みを叶えるには対価が必要だ。

 

 ついでに言えば、この学校に割り当てられている予算は相当に高い。大きな学校を1つ新設出来るレベルの予算が割り当てられている。しかも毎年。にも拘らず会計報告ではほとんど明るみに出ていない。勿論計上はされているが、ナーフされた金額が世間向けの報告に上がっている。

 

「もっと驚くものだと思ったが、冷静な者が多いようだ。遠慮なく使って構わないが、卒業と同時に学校が回収する。ため込んでも現金化は出来ないぞ。そして、知っての通りこの学校は実力で生徒を測る。入学した時点で君たちにはそれほどの期待が込められているということだ。他人に譲渡も出来る。何に使うも自由だが、無駄遣いだけはしないようにな。それと、イジメ問題に対して学校は厳正な対応を取る。何か質問のある者がいれば答えよう」

 

 疑問はそのままにしてはいけない。それが学習における鉄則だ。ホンの小さな違和感でも大きな失敗に繋がる。それに、私は契約にはうるさい。僅かでも自分の被る不利益を減らしたいからだ。もし何か落とし穴があったのならば、それは私にとって望ましくない事態を示す。

 

 だが同時に考える。情報は命より重い。では、それを得るための質問をここでしていいものか。後で職員室に行くなりした方が良いのではないか。迷った末にやはりここで聞くことにした。今後のクラス内での立ち位置を得るために先見性はある事を見せておいた方が賢明だろう。敢えて情報をばら撒く方が秘匿するよりいい事もある。

 

 スッと挙げられた私の手に、先生は反応した。

 

「何だ」

「このポイントは来月以降も毎月10万頂けるものなのでしょうか」

「……この学校は実力で生徒を測る。故に、勉学による好成績、運動による好成績、そういった実績に対してボーナスとしてポイントが追加される事もあり得る。また、学生バイトの募集も敷地内店舗や臨時で出る事もあるのでそこで増やすことも可能だ。反面、学生に相応しくない行為、反社会的行為を行うと罰則として没収もあり得る。人によりけりという事だ」

 

 具体額は言わない、と。更に「はい」なら「はい」、「いいえ」なら「いいえ」と言えばいいものを言わない。言えないが正しいのだろうか? 微妙に一瞬だけ目が泳いでいた。なるほど、つまりは回答は出来ないか、ここで聞かれるとは思っていなかった問いなのだろう。だが答えてくれないなら他に方法はある。もう一つのアプローチ方法で仕掛けてみることにした。

 

「ありがとうございます。では次に、何故通常の貨幣ではなく電子決済形式なのでしょうか」

「その答えは簡単で、管理をしやすくして盗難の可能性を無くし、また生徒間での金銭の移動を見えるようにすることでトラブルを防ぐと言った目的がある」

「では、個人や保護者の資金を利用できないのは何故でしょうか」

「この学校では平等を重んじている。各生徒の保護者などの資金力によって差が出ないようにするためだ」

「ありがとうございます。最後にもう一つよろしいでしょうか」

「構わないぞ」

「このポイントは生徒生活支援費と言う公式名称ですか?」

「そうなるな。Sシステムは正式名称をStudent life support systemと言う。日本語だと生徒生活支援システムだ。ポイントはシステムの部分を置き換えてくれ」

「なるほど、良く分かりました。ありがとうございます」

 

 聞きたいことは分かった。丁寧に礼をして謝辞を述べる。

 

「他に質問のある者は? ……いないようだな。では、入学式までは自由にしてくれて構わない。時間になったら呼びに来る」

 

 そう言うと担任は退出した。静寂は崩れ、あちらこちらで会話が聞こえる。学生なんてこんなもんだろう。

 

「学生に10万ものお金を与えて良いのでしょうか」

「さぁ、それは価値観によるでしょうね。国家へ貢献してくれるならば安い投資なのかもしれません」

 

 隣人の問いかけに応える。私のように国家に貢献する気がさらさらない人間からしたらここはいいカモだ。入れさえすれば衣食住が保障される。生活保護の素晴らしいバージョンじゃないだろうか。学力さえあればどうにかなる分素晴らしい。世間の困窮しているけれど学びたい人は是が非でもここを目指すべきだろう。そうすれば学力は手に入るし生活も保障される。ついでにお小遣いも貰える。国からすればしっかり学んでくれる学生を囲い込める。社会保障としてはアリだと思うのだが……。そういうパラダイス、というのは些か早計かもしれない。

 

 先ほどから視線を感じる。どうも他のクラスメイトから注目を集めているようだ。目立つ外見の少女とその隣の席の男が話していれば当然気にもなるだろう。当たり前の心理だ。

 

「そう言えば、先ほどの質問にはどんな意図が?」

「貧乏人は契約にうるさいんですよ。損はしたくはないですからね」

 

 私は自分の設定を守ってこたえる。私は苦学生で、親を亡くし、身寄りがないのでここを受け、卒業を目指している。それが私が自分で作った私自身の設定だ。これを守って行動することが求められてくる。真実などどうでもいい事なのだ。ここで作った私という虚像を、私は演じ切ればいい。それは難しい話ではないだろう。相手は所詮、平和な国家の高校生だ。

 

「前者の方はそうでしょう。しかし、最後の質問にそう言った要素は感じられませんでしたが」

「そうですね……まぁ言ってしまえば10万毎月貰える訳ないと思ったのです。その裏付けを取りたくて後者の質問をしました」

「裏付け」

「はい。裏付けです。この学校は国営団体。であれば、予算案含む会計報告があって然るべきでしょう。そして私はそれを”偶然”見つけました。その上で中身を確認したところ、生徒生活支援費と言う項目がありました。しかし、昨年度のそれに使われた支出は5億7000万円を下回っていました。予算時では6億円以上あったにも拘わらずです。つまり10万円分毎月渡しているわけではないと言えるのです。毎月10万全校生徒に渡していたら5億7000万円を下回る訳がありません。つまり、この10万は初期値でありここから加点されていくのみではなく、減点もあり得るという事でしょう」

「なるほど。筋は通っていますね」

 

 少し話し過ぎただろうか、と周囲を窺うがマイナスな感情をぶつけてくる生徒はいない。何とか大丈夫だったと内心で胸をなでおろす。よく分からない妄想を唱えている危ない人、という扱いは避けたかった。

 

「ともあれ、と言うのが私の推論です。それを裏付けたくて質問しました。恐らく合っているとは思いますが、あくまでも想像に過ぎません。勿論、全くの誤りである可能性もあります。いずれにせよ、先立つ物はあった方が良い。貯蓄は大事です」

 

 実際そうなのかどうか、それにくわえて減点されるとしたら何をしてどの程度なのか。全く分からない状況だ。今はいわゆるお客様期間なのだろう。故に、ぬか喜びさせている可能性が高い。ここはもしかしたら蟲毒なのかもしれない。多くの優秀な人材をあつめてふるい落としにかけ、残った者だけを拾い上げる。そういうシステムなのだろうか。

 

「興味深い話を聞かせてもらった」

 

 この施設の目論見を思案していると、声をかけられる。大柄で禿頭の男。先ほどからある程度の人数に囲まれていた。ある種のリーダー格になっていくのだろう。こちらの観察する目を見て、私が盗み聞きされたのを不快に思ったと考えたのだろう。弁解を始めた。

 

「盗み聞きするつもりはなかった。すまない。俺は葛城康平。よろしく頼む」

「いえ。やや大きい声で話してしまっていたかもしれませんので。私は諸葛孔明と言います。どうぞよろしく」

「それで……ポイントが毎月10万もらえない可能性があると言う話だが」

「あくまで仮定です。しかし、先生は『はい』か『いいえ』で解答可能な質問を敢えてスルーしました。論点ずらしですね。それはあなたも気付いていたのでは?」

「ああ、なんとなく違和感を覚えてはいた。仮にもしそうだとして、どういった行動が減点対象になるのだろうか」

「さぁ……詳しくは分かりかねますが、学生に相応しくない行為、反社会的行為がマイナス対象と説明されました。例えば私が誰かをぶん殴ったらその分減点されるのではないでしょうか。点数は不明ですが」

「自己責任、という事か」

「実力が大事と言うならそうなのでは? また、授業中の態度なども入っていそうですね。居眠り、携帯、私語、理由なき欠席等もダメそうです。学生に相応しくない行為、ですからね。後は、テストの点数とかですかね?」

 

 学生に相応しくない行為、と言う理由以外にも教室に多数配置されている監視カメラもそう考える要因になった。前に三つ。両サイドに一つずつ。後ろに三つ。真ん中に全角度型が一つ。過剰にも思える量だ。外見からメーカーが特定できるのでその撮影範囲を考えてみたが死角がない。

 

「4月、入学時と言うのは気が緩みがち。かつ、このような難関校に入学できたと喜んでいることでしょう。ですので、却ってこういう時の引き締めが大事だと愚考します」

「非常に理論的な説明だ。ありがとう」

「いえ、お役に立てれば幸いです」

 

 これで彼からのそこそこには優秀な人間と言う印象は得られただろう。まずはこれで十分だ。

 

「皆も聞いていたと思う。せっかくこの学校に入学できたのにつまらない事で失敗したくは無いだろう。自分自身の為に気を付けていこう」

 

 うんうんと頷いている者が多い。そうでなくても気を付けようと思っている顔の者が多数だ。

 

「そしてだ。この中の何人かとはすでに言葉を交わしたが、それでもまだ名前も知らない相手がほとんどだ。これから楽しい学校生活を送るにあたり、俺は1人でも多くの生徒とコミュニケーションを取れればと思っている。そのためクラスの親睦を深める意味も込めて自己紹介の場を設けたいと考えているのだが……どうだろうか」

 

 これがリーダーの行動力か。早速仕切り始めた。しかし、そう悪い事でもない。こういう人物に任せておいた方が楽に進むことも多いのだ。次々と始まる自己紹介。今のうちに全員の顔と名前を頭に叩き込んでいく。そうしているうちに自分の番が回ってくる。

 

諸葛孔明(もろくずよしあき)です。親が何を考えていたのか、漢字表記は三国志でおなじみの孔明です。四国の山奥のド田舎から来ました。中学校まで山野を歩いて1時間、吉幾三の歌にありそうなところ出身の田舎者です。東京の人の多さとこのクラスの人の多さに戸惑っていますが、早く慣れたいと思います。どうぞよろしくお願い致します」

 

 拍手が起きる。民度が高い。良いことだ。それからは特に何もなく、入学式を終え、解散と言う運びになったのだった。クラスでは自己紹介の音頭を取った彼、葛城康平と私の隣人、坂柳有栖を中心に二つに分かれ、どこかへ遊びに行った。当然その中にいない者も10人ほどは存在していたが。私も勧誘されたが、丁重にお断りして学内を歩いている。早く地理を把握したかった。何処に何があるのか、どういう構造になっているのか。

 

 スーパーやコンビニで無料商品を発見した時は感動した。それ以前にコンビニの存在に感動した。東京は物価が高いと憂鬱だったが、かなり安い。しかも、生活インフラに関わるスーパーとコンビニは24時間営業の為、品物入れ替えの時間帯の午前五時ごろに行くと更に輪をかけて安く売ってくれるらしい。最高のシステムだ。無料食材と激安食材だけで生活できそうである。実に素晴らしい。

 

 他にもカラオケ、映画館、本屋、服屋、ファミレス、高級レストラン、ゲーセン、家電量販店、雑貨店等々なんでもあった。寮に帰ろうとした時には既に午後8時を回っていた。最後にスーパーで今週分の食材を買って袋片手に帰路につく。その途中にあるコンビニで買い忘れを買おうとした時に店内で面白い光景を見かけた。

 

 他にもそこそこ生徒がいる中、注意して見ないと分からないが、上方をしきりに気にしている。視線があちらこちらを泳いでいるのが分かる。だが結局何かを買うでもなく出ていった。行動をトレースしてみると、視線の先には監視カメラがあったことがわかる。立っていた場所は死角と思われる場所。あの人物。確か同じクラスの……。自己紹介イベントやってくれて助かった。暫く、要注意して観察してみよう。何か、使えるネタになるかもしれないのだから。

 

 卒業するのが最優先で入学したが、学校生活を快適かつ有意義かつ楽しく過ごしたいと思うのは当然の事。それに、やらないといけない事を一人でやるのは些か億劫だった。その解消にもつながるかもしれない。快適な学校生活の第一歩になるかもしれないと思い、口角を上げながら店を出た。




<報告>
 高度育成高等学校の内部では10万円分の仮想通貨を唐突に配布された。施設内に置いてはあらゆるものを購入可能と言う説明であった。「あらゆるもの」の範疇は未だ不明だが、今後解明していく予定。文字通りに受け取るのであれば、犯罪行為でない限り何であろうと購入可能と推測。具体例:出席点、定期試験の点数、何らかの権利などと予想。また、クラス分け基準も未だ不明。意図無しとは考えられない。
 当方の配属はAクラス。現状早速大きな二つの集団が形成されつつある。対立構造に至るかは不明。要経過観察。

<要求・追記>
 以下の人物の個人情報を要求する。優先順位は上から順に。特に、最上位の人物は最優先での収集を求める。駒となりうる可能性あり。下二名は上記グループの中心人物と目される。
・神室真澄
・坂柳有栖
・葛城康平
 また予算・決算の共有感謝する。政府高官用資料であるが、大分役に立つ。やはり学校内部に保管されたデータの奪取は難しいか?


<返答>

 了解した。一週間は待たれたし。また、二番目の人物は理事長の息女である旨を先に伝達する。遅れる可能性あり。学校の内部データは取り出し困難。不可能に近い。ただ、政府中枢の場合はやや時間はかかるものの取り出し可能。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。