ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

20 / 89
閑話 2.5章

<ヒーロー side 神室真澄>

 

「こ、今回は本当にありがとうございました……」

 

 ストーカー撃退事件のすぐ後。理事長室からの帰りに私と佐倉はお茶を飲んでいた。もう何回も聞いたお礼をもう一度言われる。

 

「別に良いわよ。そもそも、私は大したことしてないし」

「そんな事ないです。神室さんがきっかけで諸葛君が動いてくれたって聞きましたし、通報とかもしてくれたって……」

「誰がそれを?」

「諸葛君が言ってました。聞いちゃダメだったですか?」

「いや別にダメって事は無いけれど。私は感謝されるような人じゃないわよ」

「でも、神室さんは優しいと思います。あの時も、腰が抜けてた私をスッと引っ張り出して連れ出した後、上着をかけて背中の後ろに居させてくれたじゃないですか」

 

 小さくため息を吐く。大量のポイントが手に入った事は素直に喜ばしい事だったけれど、自分がまるでヒーローかのように扱われるのは些か性に合わなかった。感謝されるたびに私はそんな良い人ではないという思いが胸の中をざわめかせる。

 

 ストーカーが許せなかった。それは実際にその通りだ。私はストーカーを許すことができず、歯切れの悪い答えを返したり、通報と現場の撮影を命じられた時柄にもなく走ったりした。正義感なのだろうか? 私は所詮犯罪者。正義感を抱くことが滑稽に思えてならない。

 

「佐倉さん、さ」

「は、はい」

「これから気を付けた方が良いわよ」

「それは……どういう?」

 

 少し呆れてしまう。あれだけのことがあったのにいまいち危機感を抱いていない。この学校では危機感を持たない人間は食い物だ。同時に成長しない人間、弱い人間から淘汰されていく。善性は信じない方がおそらく有利だし、庇を貸して母屋を取られるなんてことも日常茶飯事のはずだ。

 

「200万ポイントって大金なのよ。感覚が麻痺してるかもしれないけど、そもそもバイトをしていない普通の高校生にとってすれば10万、いえ1万でも大金よ? 日本の非正規雇用労働者の平均年収が170万くらい。人によっては年収である金額と同等を持っている。それだけならまだしも、あなたはDクラスよ?」

「あ……」

「気付いた? もし露見したらどうやってそんな金を手に入れたってなるでしょうね」

 

 彼女は目立つのが嫌いなのは分かる。彼に見せて貰ったアイドル姿の写真はお世辞抜きでも美人と言っていい顔だった。本来は大きなアドバンテージになるもの。しかし、彼女はそれを覆い隠している。理由は目立ちたくない以外に考えられない。

 

 確かに優れた容姿を持つ事の弊害も存在している。やっかみや妬みに晒されることもあるだろうし、男子の視線を浴びる事にもなるだろう。Dクラスの男子の品性にあまり期待は出来ない以上、仕方のないことかもしれない。

 

 だからではないけれど、彼女は今回の一件が知れ渡るのを恐れている。悲劇のヒロインにはなりたくないはずだ。女子は、男子の思っている以上に同性に厳しいのだから。Dクラスの女子の人間性は分からないけれど、良いとは思えない。

 

「で、でもポイントは見られないようにすることも出来ますし、私はそんな贅沢とかする気は無いですから……」

「それは良い事ね。急に羽振りがいいなんておかしいもの。でもそれだけじゃないわよ。退学にならない権利、なんて、心のどこかで退学に怯えている層には喉から手が出るほど欲しいはずよ。あなたのクラスは多そうね。そういう人」

 

 坂柳や彼のような相当自信のある人間には必要ないものだろう。けれど、そうでない一般人からすれば保険はあればあるほど嬉しいもの。

 

「今後なにがあるか分からないけど、あなたのその切り札。どうでもいい定期テストとかで切らなくても良いように勉強することね」

「忠告、してくれてるんですか?」

「ま、一応ね」

「でも……良いんですか? 神室さんはAクラスだから……」

「裏切りになるんじゃないかって? 良いわよ別に。誰からも咎められる事は無いでしょうし、そもそもあの男も好き勝手やってるんだから。私がダメな筋合いは無いでしょう」

「そうなんですか」

「そうよ。私はAクラスで天下御免の諸葛派(2名)よ? それくらいどうってことないわ。それに、なんかあったら全責任を押し付けられる相手もいるし。こき使ってるんだし、それくらいはして欲しいものね」

「好きなんですか? 諸葛君のこと」

 

 思わずお茶を噴き出しそうになった。何を言ってるんだろうか、この子は。大人しそうな見た目に反して会話のキャッチボールでは途中でデッドボールを投げてくるタイプらしい。

 

「別に。あなたも止めておくのが吉ね。あんなのと一緒にいたらいつか死にそうだし。……ああ、そっちの王子様は別にいるようね。なら大丈夫か」

 

 顔が真っ赤になっている。図星、という他無いだろう。この反応は。ますます今後の彼女が心配になってくる。

 

「とにかく、気をつけなさいよ。悪意は弱そうに見える相手を狙ってくるものなんだから。助けた相手が退学とか、夢見が悪くなりそうだし」

「ありがとうございます。……やっぱり優しいですね、神室さんは」

「はぁ……そんなんじゃないわよ……」

 

 感謝を述べられて、褒められるのには慣れていない。そんなキラキラした目を向けられるべき相手じゃない。そもそも私は、私たちは純粋な動機から助けたわけでもない。いや、私は一応ストーカーを捕まえる事が目的だったけれど、彼の方はどう考えてもそうじゃない。

 

 仕組んでいた……訳ではないと思う。でも、彼にとって今回の件は金策の手段だったのだろう。彼にとっては佐倉さんが被害者であったことは別にどうだっていいはずだ。他の誰かでも同様の行動をとっていただろう。そういう人間なのは流石に分かっている。それを別に嫌だとかは思わないけれど。

 

 もし私が被害者だったのならば、金策とかを考えずに動いてくれたのだろうか。そんな訳ないだろうな、と自嘲した。そんな考えを抱く自分に嫌気がさし、嬉しそうに自らの王子様について語る彼女を生暖かい目で見守る事で、誤魔化すことにした。

 

 

 

 

<軍師の脳 side 綾小路清隆>

 

 諸葛孔明はホワイトルームの人間ではない。そう確信できたのは佐倉のおかげかもしれない。ストーカーの件を知っていたのは不審に思ったが、説明は十分に納得できるものだった。だが個人的に注目したのはそこではない。その走行スピードだ。これでこの男はオレの今までの人生とは無関係だったと確信できる。

 

 ホワイトルーム。あの狂ったような白い空間の中で、オレは常にトップだった。それは勉学は勿論のこと、その他の分野においてでも。そしてその他の――名前も顔もよく覚えていない存在である――ホワイトルーム生でオレに届いた者はいなかった。いたとしたら流石に覚えている。

 

 で、あるのならばああして全力疾走しているオレに平然と着いてこれる、それどころか特に呼吸を乱すでもなく電話で会話できる存在は確実にあの空間にいなかった。それだけに興味が湧く。どうやったらああなるのだろうか、と。

 

 そしてもう一つ。あのナイフを前にしての動き。あれは普通の人間の行動ではない。オレ自身、動くことは出来なかった。にも拘わらずあいつは間合いとタイミングを至極冷静に測って、ノータイムで行動した。格闘技経験があるので、勿論戦闘をしたことはある。相手を倒そうという意思を向けられたこともある。中には憎しみも混じっていた。しかし、殺意を向けられた事は無い。オレを絶対に殺してやる。そういう意思を向けられるのは初めての経験だった。

 

 だが。あの男はオレすら戸惑ったストーカーの狂った殺意をまるでそよ風を浴びているかのように受け流した。そして一之瀬にストーカーの意識が向いたほんの一瞬。その隙をついて殺意を出すことなく近付き、長い脚でナイフを吹き飛ばした。瞬きをする間に簪が抜かれ、苦悶するストーカーの首元に突き付けられている。鮮やかすぎるほどに鮮やかだった。そう、どう考えても手練れとしか思えない洗練された動き。

 

 田舎には野生の動物が多いという説明だった。そんな中で一瞬だけ、こんな考えが浮かぶ。諸葛孔明は人を殺したことがあるのではないか。

 

 しかしこれは脳内で即座に否定した。まさかそんな輩が普通にこの政府運営の学校に入れる訳ないだろうと。身辺調査だってされているのかもしれない。ただでさえ日本の警察は優秀だ。あの男の言う通り、野生動物の相手をしていたのだろう。これだって十分非現実的なのかもしれないが、少なくともオレの置かれていた環境よりかは現実的に思えた。

 

 その後の流れは驚くほど早く、そしてオレはどういう訳か70万ポイントという大金を得た。それもこれもほぼ全て諸葛が動いた結果だろう。黒幕なのかもしれないと勘繰り、はったりをかましたが特に動揺することもなく筋の通った返答をされた。或いはオレがこう問うのも計算ずくか。少なくとも須藤の件で断片的な情報でオレと同じ結論に辿り着いた頭脳を舐めてはいけないだろう。謎に包まれたAクラス。その頭脳と目される軍師。孔明の名に恥じぬと言っても良いと思った。

 

 

 

 

<罠 side 龍園翔>

 

 

 この学校のシステムの把握。主に退学に関すること。学校はどんな罪にどんな罰を下すのか。それを知りたかった。だからこそ、底辺のDクラス。入学早々一か月でポイントを全て使い切った愚かな奴ら。しかも、暴力的な奴まで存在している。カモでしかない。そう思った。

 

 実際、計画は上手く行った。須藤をハメ、学校に訴えた。Dが粘ってきたのは予想外だったが、元々の狙いは学校の反応を知る事。それなら長引いた際にどう裁定するのかも知れる。それに、どう頑張っても石崎たちは退学にはならない。この退屈な日本社会において、怪我の有無はそれだけ大きな影響を持っている。そのはずだった。

 

「龍園、悪い報告だ。石崎君たちが訴えを取り下げた」

「…………なんだと?」

 

 坂上からそう言われたとき予想外のことに一瞬思考が止まった。この先の展開は幾つも予想していたが、石崎たちが自分から訴えを取り下げるという訳の分からない事態は予想外だったからだ。幸いにして失うものは無い。だが、これまでの計画が台無しだ。苛立ちと怒りを抱きながら、勝手に動いた馬鹿どもを呼び出した。

 

「俺の許可なく、訴えを取り下げた奴は誰だ」

「さ、3人で……」

「アルベルト」

 

 俺の命令で3人が殴られていく。

 

「底辺を脱落させて学校の反応を見るつもりが台無しだ、無能ども。これくらいの痛みは当然だよなぁ」

「あ、ぁぁぁ」

「お前らをハメたヤツの名前を教えろ」

 

 怯えながら石崎が答える。

 

「で、Dクラスの、堀北って女と、それにくっ付いてきた綾小路ってやつと、一之瀬と」

「堀北? そいつがメインか。確か審議会にもいたなぁ。一之瀬と手を組んだのか。雑魚のDクラスにしては頭が回るみたいだな」

「り、龍園さん、それだけじゃなくて後もう1人います。確かによく喋ってたのは堀北と、一之瀬でしたけど、多分仕組んだのはアイツです」

「誰だ」

「Aクラスの諸葛孔明です」

「へぇ……諸葛」

 

 Aクラス。お勉強だけしてるような連中の巣窟で、葛城のようなつまらない奴の集まりだと思ってきたが、どうやらその予想は変える必要がありそうだ。こんな大掛かりな罠を張って、諸葛のやりたかったことは何だ。そう考えた時に、俺の存在の把握ではないかと思いついた。Dクラスは顔の売れてる奴が多い。一之瀬も有名だ。ならCクラスのリーダーがどういう人間か把握するために喧嘩を売ってきたのではないかと想像が付く。

 

 廊下で見たことがある。サイドテールの女と一緒にいた、胡散臭い笑顔のいけ好かない長髪男だ。アイツが俺の敵か。

 

「ククク……良いだろう、売られた喧嘩は買おうじゃねぇか」

 

 だがまずはDだ。次にB。そうやって戦略的に落としていく。首を洗って待っているといい。

 

 

 

<実験体 side 鳳統元・回想>

 

 世間は愚か者に満ちている。進化し続ける社会に着いていけない落伍者がどういう訳かこの国の権威として君臨している。私はそれを正さなければならないと思った。愛国心からではない。日本がどうなろうと知った事ではない。だが、自分を天才と勘違いした馬鹿が我が物顔で支配者を気取っているのが気に食わなかった、ただそれだけだ。

 

 だが彼らが悪な訳ではない。彼らを産み出した原点は何か。教科書の問題を解き、機械的な人間に育て、右に倣えの社会のための訓練場でしかない学校教育にこそ真の問題が潜んでいる。足りない足りない足りない足りない! 何もかもが足りない。競争が無い。正確にはあんなものを競争と思い込んでいるだけだ。受験が競争? 笑わせる。問題を解くことだけを競ってなんになる。

 

 新しい世界を作れる可能性を感じて、高度育成高等学校建設草案を書いた。しかしながら、運営の始まったそれは全くもって私の理想と乖離してる。()()()()をあんなくだらない形にするとしか能の無いやつらによって、私の箱庭は汚された。あんなものでは才能は生み出せない。未来は、誕生しない。

 

「で、あるからして、社会の縮図を再現し早期段階での徹底教育、それも通常の教育ではなく思考力、真に生きた思考力を鍛える教育をすべきなのです。その為には、それの前段階として幼少期からの刷り込みこそが第一だ。画一した教育を与え、それをクリアした者にのみ次の段階の社会性教育を行う。これこそが新時代の教育、人類の創造なのです」

「人権侵害だ!」

「親元での教育を否定するのか!」

「諸外国からも、国民からも理解される事は無いぞ!」

「人権は足かせでしかありません。そのような者に縛られていては日本は落ちていくだけでしょう。中国の追い上げ、君臨し続ける米国、ソ連の存在、東南アジアやインド、アフリカだって我々を待ってはくれない。次のステージへ進まねば待っているのは破滅です」

「鳳教授、あなたの言いたいことは納得は出来ないが理解はできる部分はあります。どうかお答え願いたい。あなたはさきほど基準をクリアした者にのみと言いました。では、クリアできなかった者はどうなるのでしょうか」

「クリア出来ないならば仕方ありません。その個人が脱落した段階で教育を終了し最下層は肉体労働他に回せばいいのです。介護職でも結構。他にも脱落時の段階で区分けをし、能力に見合った仕事に就かせればいい。世界はより優れた人類によって統治される。そうすれば全ての争いは根絶されるのだ。必要ならば、人類そのものの改造を以てそれを成し遂げる!」

 

 誰も言葉を発さない。狂ってる、と誰かが言った。そして誰もが会場を後にする。凡人に理解されたいとは思わない。だが、彼らの協力を得ねば何も出来ないのは事実。舌打ちしながら会場を見渡せば1人だけ動かない男がいる。私とそいつ以外誰もいなくなった会場で、彼は大きく拍手をした。

 

「鳳教授、貴方の理論は興味深い。勿論、実験せねばならない部分はあるだろうが、それでもやる価値はある。その上で聞くが、高度育成高等学校はあなたには足りなかったのか?」

「あれはまやかしの実力主義だ。あんなものでは、何も育たない」

「そうか。実に素晴らしい考えだ。私も同感でしかない。高度育成高等学校は、子供に大人ごっこをさせるしか能の無い場所だ。いわば陰謀家の牧場だ。それでは意味がない。俺は場を与えたい。協力者はいる。出資者もだ」

「その名は?」

「直江仁之助」

 

 やや小さい声で、彼は囁くように言った。高度育成高等学校計画を主導した鬼島議員の対立者。それが与党幹事長の直江だ。

 

「直江、か。奴はまだまだ壮健らしいな。大学卒業以来会ってもいないが」

「その直江先生があなたを求めている。その計画に加わって欲しい。子供を集めれば良いのか」

「もし本当に私の理論に共鳴したのならばその通りだ。子供を集める。年齢は自我が出る前。そうだな、2~3歳以下がよろしい。出自も人種も問わない。その方がサンプリングが上手く行くだろう」

「分かった。場所も用意しよう。場所に関して注文は?」

「窓はいらない。色も単色で十分だ。余計な情報を遮断し、完全に孤立した状態で実験しなくては意味がない。思想も取り入れさせてはいけない。出来れば白が良いだろう」

「それも良いだろう。人工的統治機構の量産について。良い論文だ。だが、計画名には些か長いな」

「ホワイトルーム。ホワイトルーム計画はどうだ。一見すれば何をしているのか分からない。これも大事な事だろう。……そうだ、お前は誰だ。どこかの大学の教授ではなさそうだな。今まで学会で見た事が無い」

「ホワイトルーム……良い名前だ。そして俺の名を名乗り忘れたな。綾小路という。どうぞよろしく、教授」

 

 愚か者の集まりの中にもまだ多少見る目のある人間は残っていた。実験の果てに何があるかは分からない。だが、きっと私の理論は正しいと証明してみせる。何年かかろうとも。

 

 

 

 

<夏の香り side 諸葛孔明>

 

 

「予想外に暑いな」

 

 夏休みも始まり、その最初の方の日。もう間もなく豪華客船でのバカンスとやらが始まる。その前の数日に、私は学校の屋外プールにいた。この学校にはプールが複数あり、水泳部の練習や授業で使うもの、屋外のレジャープール、市民体育館みたいな室内型プールの3つだ。その内の2つ目。夏の期間である6月から9月までの間だけ限定で空いているレジャープールにいる。尤も、遊んでいるわけではない。募集されていた監視員のバイトだ。

 

 学生バイト。ほとんど学内には存在しないが、ごくたまに発生する。条件も結構厳しく、担任の認可と一定以上の成績が必要になる。成績下位者は勉強しろというお達しだろう。主に夏と秋と春の休みの期間にのみ開かれる施設での労働がメインだ。学校側も常にやっているわけではない施設に人件費を割きたくないのだろう。なお、時給は東京都の最低賃金と同じだ。

 

 このプールの仕事は監視員。危険行為やトラブルの監視がメインになる。機材面のトラブルが起きた際の臨時の対応も仕事だ。9時から17時までの8時間。途中に休みが1時間。施設に臨時で出店している出店の食べ物に割引が付いていたりする。

 

 良い金策の手段だと思い、2人分申し込んだら受理された。「と、いう訳でバイトをしましょう」と告げればすんごい嫌そうな顔をされたが何だかんだで彼女も真面目に働いている。

 

 夏休みという事もあり、結構な数の人がいる。ビーチバレーに興じる者、流れるプールで流される者、走る者……。

 

「そこ、走らないで下さい!」

 

 メガホン片手に声をかけるのは何度目だろうか。いい加減飽きてくる。この熱気と夏休み特有の空気感が人のタガを外すのだろう。ボーっと眺めていると眠くなってくる。目を閉じて数秒で冷たいものが首筋に当てられた。

 

「寝んな。あんたが勝手に申し込んだからこうやって働いてるのに、誘った本人が飽きないで欲しいんだけど。後、お昼買ってきたわよ」

「ああ、ありがとう」

「その似合ってないアロハシャツ以外に何か無かったわけ?」

「一応下は水着だ」

「そういう事を言ってるわけじゃないんだけど」

 

 恰好はいざという時に泳げる服を指定されている。なお、このバイトの条件に泳げること、とも書かれていたが、真澄さんは運動神経は高いので問題ない。そんな彼女は学校指定のスク水ではなく、シンプルなビキニタイプの水着を着ている。一応周りの雰囲気に合わせたのだそうだ。 

 

「それにしても、凄い人。私、プールなんて始めて来たから」

「あぁ……誘ってくれる友達がいなかったんだな……」

「うるさいわね……アンタだってないでしょ?」

「川でなら泳いだことあるけど。勿論友人と」

「チッ」

「舌打ちとはひどいな。何かあったか?」

「特に。いちゃついてるカップルがいてむかっ腹がたっただけだから」

「そうですか。心配して損した」

 

 向こうに見えるコートではバレーをしている上級生。その中心にいる金髪の青年。あれが南雲雅だ。さんざん裏で悪口を言いまくって挙句の果てには利用して申し訳ないと髪の毛の断面積くらいは思うが、正直品行方正じゃないお前が悪いと思っている。さっき見回りをしているときに流れ弾が転がってきたので打ち返したら爽やか(に見える)笑顔を向けてきてゾッとした。

 

「そこ、走らない!」

 

 同じようなセリフを繰り返して疲れている。

 

「何買って来た?」

「焼きそば。あとコーラ」

「定番だな」

「良いでしょ、文句言わない」

「文句は言ってないさ」

 

 焼きそばを啜りながら、ぼんやりとプール監視台の上で周りを眺めていると視界の端で光る物がある。そちらに視線をやれば、遠くで男子生徒が旗を振っている。あそこは備品保管庫か。『タスケモトム』と手旗信号で伝令している。何の助けだ?よく分からない。

 

「どうしたの?」

「いや……大したことでは無いんだが」

 

 その数分後、アロハシャツの胸ポケットに入れていた携帯が振動する。更衣室前でAクラスとCクラスのトラブル発生と書いてある。同様のものが彼女のところにも来たらしい。それと同時に手旗信号が再度振られる。内容は『シュウイヲヒキツケロ』。あの手旗信号はどうやら更衣室前のトラブル関連だと推測が付いた。面倒なことになったと思い、向かおうとした時に事は起きた。

 

 飛び込み台の上。そこに堀北が立っている。それを見て何かがあると判断した生徒が続々と集まってきた。坂柳とその仲間たち。そしてCクラスの面々。中心にいるロン毛が龍園だろう。十分に人が集まったところで、嫌々にも見えるが彼女は話し出した。

 

「まず初めに言っておくわ。私たちは1年のDクラス。不良品と言われる生徒の集まりよ。問題児ばかりだし、わきが甘くて他クラスの策略にもあっさり嵌ってしまう。そこのCクラス!この前はくだらないちょっかいをかけてくれたわね。でも、今となっては感謝しているわ。おかげで理解できた。この問題児クラスで上を目指す難しさがね。でも、AからDのクラスは表面的な成績や運動能力で分けられているわけじゃない。ならば、落ちこぼれのDでもAに上がれるはず。Aを目指せるはず。私たちは、Aを目指す!」

 

 感動的な演説の末に歓声が起こる。涙を流しているのはDの生徒だろうか。上級生でも下のクラスの人間と思われる人は羨ましそうに見ている。明らかに陽動である彼女の演説だが、何を隠すためのものなのかは流石に情報が足りなくて分からなかった。ただ、更衣室前でのトラブルと関連するように行われた行動であるから、更衣室と何か関係のあることを隠したかった可能性は高いと思われる。

 

 ただし、その証拠がない以上どうしようもない。

 

「何、急に演説を始めるなんて、おかしくなったの?」

「そう言ってやるな。夏のせいでハイになってるんだろう」

「アンタも大分酷いんだけど」

「そうか?それはともかく、職責は果たさなくてはね」

「職責?」

「そうだ。――そこ! 飛び込み台を演台に使わないで下さい!」

 

 空気を読まない行動だが、これが私の仕事だ。穴があったら入りたい。そんな顔をしながら、堀北はプールに飛び込んだ。しかし、これでDクラスは実質的に全クラスに宣戦布告をしたことになる。夏に行われる試験。ここからやっとこの学校の真の姿が露わになるのだろう。面倒ではある。だが、一方で面白くなってきた。湿気に混じる塩素と海の匂いが夏の香りとなって鼻に吸い込まれた。

 

 

 

 

 

<夏の香り・IF>

 

もし、諸葛孔明が更衣室のトラブルの際にすぐに直行したら。そんな世界線のお話。

 

 

 

 AクラスとCクラスが揉めている。そんな連絡が入り、私は真澄さんに後を任せ急行した。確かに坂柳と龍園だろうと思われる生徒が睨み合っている。その中にいた石崎は露骨に目を背けた。その2組の間には何故か須藤。そして生徒会長までいる。

 

「どういう状況ですか。まったく。夏休みだからと言ってハイになって暴れるのは小学生までにしてください……」

 

 ふと、清掃中の看板が目につく。

 

「おかしいですね。清掃は朝と営業終了後。こんな時間にやっているはずが無いんですけど……」

 

 そこで何かが繋がりかける。さきほどの手旗信号。そしてここでのもめ事。そんなタイミングで真澄さんから電話が来る。 

 

「どうしました」

「なんか飛び込み台で仁王立ちしてるのがいるんだけど。今にも演説を始めそうな気配で」

「名前は」

「多分堀北鈴音だと思う」

「堀北?」

 

 私の言葉に生徒会長と龍園が反応する。同時に私は全てが繋がった。明らかに堀北の行動は陽動。しかも揉めているという情報が入ってからほぼ同時に行われた。であれば、本命はここ。本来やっているはずのない清掃の看板。女子更衣室。推理は出来た。

 

「坂柳さん」

「はい、何でしょうか」

「ちょっと着いてきてもらえますか?」

「構いませんが……何処へです?」

「なに、そう遠くはありませんよ。すぐそこですから」

 

 私が指を指したのは女子更衣室。それを見た須藤が青ざめた顔で止めようとしてくる。

 

「おい、待てって!」

「黙れ、殺すぞ。私はここの監視員として雇われている。職務を全うする義務がある」

 

 彼は殺意を込めた視線に固まる。坂柳も何かを察したのか、黙って後に付いてきた。怪訝そうな顔をしている生徒会長にも着いてきてもらう。でないと私がただの変態だ。

 

「誰かいますか!」

 

 問いかけるも返事は無い。

 

「おかしいですね。清掃中なら清掃員の方がいるはずですが」

「坂柳さんの仰る通り。会長、申し訳ないですが、不審者がいる可能性があります。探してください。坂柳さんは私が人のロッカーを開けていない証明をして頂ければ」

「分かりました」

 

 会長は無言で歩き出す。さて、恐らく下手人はカメラか何か仕掛けているはず。一望できる場所はここだけだと目星をつけて凝視すれば通気口のところにカメラを発見した。同時に生徒会長が暴れる生徒の首根っこを掴んで連行してくる。その手にはドライバー。 

 

 奪い取って開ければ、中にはやはりと言うべきかカメラが存在していた。

 

「坂柳さん」

「な、何でしょう」

「一応中身を確認して頂きたい」

「分かりました……怒っていますか?」

「ええ。かなり。私はねぇ、別に犯罪に否定的な訳では無いんですよ。ですが個人的に許せないものがありまして。それが性犯罪なんです」

「そ、そうですか……ああ、はい。バッチリ盗撮されています。これは……一之瀬さんや櫛田さんでしょうか。他にも大勢……あ」

「どうしましたか」

「非常に言いにくいですが……神室さんのもあります」

「ああ、そうですか」

 

 引き攣る頬を抑えながら両腕を生徒会長に羽交い絞めにされ、項垂れる犯人の元に行き、その目をのぞき込む。

 

「他にも下手人はいるはずだ。吐け」

「俺は、仲間を売らないっ!」

「良いだろう。いずれにしろ、芋づる式で発覚するさ。しかし、罪を認めない姿勢は腹立たしい。よくも可愛い私の部下を盗撮なんぞしてくれたな」

 

 思いっきり股間を蹴飛ばす。悶絶したまま動かなくなった犯人と眼光が見開かれているであろう私を見ながらドン引きしている坂柳。

 

「見なかったことにしておこう。坂柳もそれで良いな」

 

 生徒会長がぼそりとそう言う。坂柳ががくがくと凄い勢いで首を上下に振った。

 

 

 

 

 ここから凄まじいことになるのだが、それはまた別のお話。




次回から第3章、つまりは無人島試験編に移っていきます。

ここで小話と言うか最近思ったことを1つ。拙作でやはりキーワードなのは三国志の有名人物諸葛亮孔明です。そこで、よう実の登場人物を三国志に当てはめられないかと考えた結果何となくですが当てはめられそうな感じがありました。

<Aクラス>
坂柳……袁紹。何となくのイメージで選びました。名族で実力はあるけど亡ぶ辺りとか……。

<Bクラス>
一之瀬……演義の劉備。或いは張角。神崎君は徐庶、もしくは馬良って感じがあります。黄権でもいいかも。なお、関羽も張飛も趙雲も馬超も黄忠も孔明龐統もいない模様。ああ、黄忠は先生かも。

<Cクラス>
龍園……董卓。董卓って史実だと結構武闘派の暴君です。カリスマもあったようですね。知的な面もあり、時機をうかがう目もありました。他のCクラスだと、金田が李儒でしょうかね。石崎が華雄かな? 椎名は不明ですが……董卓の本拠地で有名な洛陽・長安らへんにいた知将だと司馬懿でしょうか。もしくは賈詡かもしれませんけど。

<Dクラス>
一応魏・蜀と来たんで残りは呉なんですけど、そんな感じでも無いんですよね。平田は孫権っぽいですけど。豪族の調整ばっかりしている辺りとか意外と暴力性があるとか。幸村が張昭で須藤は呂蒙かな?堀北は陸遜って感じでも周瑜って感じでもない気がするんですが、誰か良い人いませんかね。
綾小路? アイツは知力MAXの呂布か武力MAXの司馬懿です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。