『アルバート・アインシュタイン』
目を覚ませば、そこは船の天井だった。特に誰にも遮られる訳ではないが、普段通りに起きる。スポット占有のために寝てるんだか起きてるんだかわからない状態で6日間、夜を過ごしたことを考えると、やはり天国と形容しても構わないだろう。少なくとも、命の危険も風雨も無い。室温も自由に調整可能だ。
「さてさて、どうなるかな」
私の作戦は凡そ瑕疵など無いはずだ。とは言え、完璧であると言い切る事は出来ない。どこかに綻びがある可能性はある。それを疑わなければ軍人としては失格だろう。指揮官としても。可能性を考慮せず、己の見たいモノだけを見る人間の末路は語る必要もないだろう。
時計を見れば午前8時。発表は正午だ。それまでの暇なこの時間に朝食を済ませてしまおう。
アイツのいない朝が来た。腕時計には目覚まし機能が付いている。アイツが今までずっと朝起こしていたのでそれを使う必要はなかったけれど、今日は私の物をセットして7時には起きる事にした。私の目覚まし音でゾロゾロと皆起き出してくる。Cクラスからのスパイだと皆知っている金田は、予想通り朝になるといなかった。ま、これは誰でも分かる事だろう。
「あ、そうか。孔明先生いないのか」
「あ~朝ごはん作らないとね……」
調理班の女子たちがあくびをしながら言っている。食事に困らなかった、それどころかバリエーションに富んでいたという一点においても、彼の貢献度の高さを物語っていた。衣食住、この3つの要素をしっかり確保しないと試験どころではない。このうち、衣は皆持っているので問題ない。だけれど、食と住環境。これを整えられるかも、試験のテーマの1つであると言えるかもしれない。そして彼は……正確には葛城も気付いていたようだけれどこの島の洞窟を見つけ、ここを拠点とした。その結果、雨風や暑さを心配する必要は減った。
地下水によって水はゲットし、探索で食材も手に入った。円滑でスピード感のある采配。これがAクラスの試験を楽にした最大の要因だ。その上で娯楽まで用意されている。とすれば、不満など起きるはずもない。1週間のサバイバル試験は、あっという間に青春の思い出、1週間の楽しいキャンプへと様変わりした。それに少し試験要素が付いているだけで、ほとんどのクラスメイトはリーダー当ての事なんて考えていない。
呑気なものだ、と思う。やろうと思えば葛城も坂柳も下して、彼がこのクラスのリーダーになる事も出来るというのに。それをしないでいるのは単に彼の趣味嗜好によるもの。そうでなければ、少なくとも葛城派は吸収されているだろうし、坂柳派だって今よりもずっと数が少ないだろう。
まぁ良い。大勢の派閥のトップにいるよりも、こそこそ動いている方がアイツらしいと思うから。私は天下御免の諸葛派(2名)。それで良いと思う。むしろ、そっちの方が良い、のかもしれない。
「点呼終了。38名、全員いるな。試験終了の前に、これより、他クラスのリーダーの指名を行う。神室、これに名前を書け」
「はい、ありがとうございます」
先生から渡された紙を見る。少しだけ手が震えた。もし、見抜かれていたら。もし、失敗していたら。もし、私の演技に不備があったら。もし、もし、もし……色んな悪い想像が頭の中を駆け巡る。そこで、1回深呼吸してマイナスな思考を頭から追い払った。
アイツの作戦が失敗なんてあり得ない。あれほど緻密に出来ていたんだ。私はアイツの、諸葛孔明の能力が坂柳や龍園なんかよりもずっと上だって信じてる。だから大丈夫。私は上手くやった。アイツの判断は間違っていない。自信を持とう。アイツの信じた私を信じて。
昨晩の間に渡された紙を見て、名前を書く。Bクラス、白波千尋。Cクラス、龍園翔。Dクラス、不指名。これが指示だった。その通りに紙に書き記す。
「これで良いんだな」
「はい、問題ありません」
「分かった。これより一切の訂正を認めない。リーダー指名は終了した。これから、撤収作業に入ってもらう。今日の正午に、最初に説明を行った浜辺に集合だ。それまでに備品の片づけを行ってくれ。学校から受け取った物の内、最初からの支給品は返却してもらう。それ以外は自由だ」
「先生、食材はどうしますか?」
「まだ使える物は船に持っていけばそこで料理に使う。自分で食べたければ持っていなさい。スイカとかだな」
フライパンとかは貰えるらしい。結構良い物だったので是非とも奪い取りたいのだけれど。まぁそれは後にしよう。取り敢えず、撤収作業だ。私の仕事はまだ終わってなどいないのだから。
「それでは解散」
「じゃあ、片付けするわよ。葛城君も指示をお願い。手分けして片付けましょう」
「ああ。立つ鳥跡を濁さず、になるように協力してやって行こう」
後は結果を待つだけ。心臓が高鳴るのが分かった。
正午。太陽がまぶしく照り付ける砂場に集合させられる。いや、船の上でも良いじゃないかと思ったが仕方ない。さっきからチラチラと視線を感じるのは仕方ないだろう。Aクラスだけ段ボールに食材を詰めてる人、スイカを抱えてる人、鍋持ってる人、カメラを首から下げている私みたいなのが沢山いるのだから。明らかにキャンプか林間学校を終えた生徒である。どことなく重苦しい雰囲気の他クラスに比べて、Aクラスだけ凄い楽しそうにしている。日焼けしている生徒も多く、遊んでいたのがまるわかり。しかも話の内容は楽しそうな思い出ばかり。近くのBクラスの顔が少し引き攣っている。
そんな中、辺りを見回した先生が、全体の前に立った。
「全員揃ったな。では、現時刻を以て特別試験の終了を宣言する」
「おい、勝手に終わらせてるんじゃねぇよ」
低い声が響いた。誰もがその声の主の方へ顔を向ける。そこには無精ひげを生やし、ヨレヨレのジャージを羽織った龍園がいた。どよめく群衆の中、私は密かに心の中で大歓喜していた。だって、アイツの言う通りだったから。この島に残っているCクラスの人間は龍園しかいない。だとしたら必然的に龍園がリーダーだ。この時点で少なくとも1つは当たっていたことを示している。
「俺以外にも隠れている奴はいるはずだぜ。出て来いよ、軍師気取り」
衆人の凝視の中、龍園は高らかに言った。他のクラスからすればそれは何かを見抜いていたような、畏怖すべき姿に見えたのかもしれない。その証拠に、BクラスやDクラスには怯えている子もいる。だけれど、Aクラスの面々は笑いをこらえるのに必死だ。いない人を探しているのが滑稽だったから。
「誰を探しているの?」
「あ? なんだお前。あぁ、あのすかした男の腰巾着の女か。お前の主はどこだって言ってんだよ」
「ああ、アイツ? あそこよ」
私は指を船に向ける。その時の龍園の顔は忘れられない。
「なん、だと」
「アイツはリタイアしてるわよ? それ以外に誰か探してるなら、場所を教えましょうか」
「嵌められた、のか。Aのリーダーはお前か」
「いいえ。それも違うわね。私はリーダーじゃないわ」
その言葉にクラスメイトからもざわめきが起こる。確かに、私が偽のリーダーであることを知っているのは少ない。敵を騙すにはまず味方から。それを忠実に実行していた。
「ご苦労様、龍園君。あなたのそれを、人は骨折り損のくたびれ儲けと言うけれど……まぁ健闘は称えるべきでしょうね」
私だってそんなに強い訳じゃない。けれど、ここでこいつは手を出せない。精一杯の虚勢を張って煽る。龍園の顔が歪むのが分かる。それは私への怒りではなく、自分への悔しさのようにも思えた。
正午近くなる。そろそろかと思い、私は船の後部デッキへ向かう。そこからなら、音声も聞こえるし様子も窺えるからだ。
今回の試験、さして難しいものではない。クラスが足を引っ張らなければの話だが。私がこの作戦を思いついたのはルールを読んだ時。あの時点でリーダーを交代する戦術の基本骨子は出来上がっていた。私がリタイアしたと見せかけて島に残り、真澄さんを偽装キーカードと共に偽のリーダーに仕立て上げる。まぁここは葛城でも良かったが、より信用のおける人間を選んだ。
私が指揮を執れば両派閥は協力し合わないといけない状況になる。この非常時に争われてはたまらない。だから3つの選択肢を与えた。恐らく無難な2つ目を取るものが多いだろうと確信していたからだ。人は両極端な選択肢を提示するとその真ん中にあるものを選びがちである。それを利用した。さも皆の意見を聞くように見せて、誘導していたのはこちらだ。
後は上手くガス抜きをする必要があった。ずっと試験試験試験では頭も疲れる。遊んだり楽しんだりして試験のことを忘れ、ちょっと不便の多いキャンプみたいな感じに仕立て上げた。見事、それも成功し、Aクラスは恐らく一番青春しているクラスになっているだろう。
坂柳について抗議したのは偽装リーダー作戦における真リーダーにするためだ。あとは勿論、ポイント確保、坂柳派の慰撫、嫌がらせである。一石二鳥どころか一石四鳥になっている。勿論、私がリタイアした後のリーダーをランダムにすることも考えた。しかし、ランダムとは言え候補は38分の1。ラッキーパンチがあるかもしれない。だから思考の埒外から攻める事にした。
抗議すれば学校は絶対に折れる自信はあった。いくら実力至上主義を謳っていても所詮は国立高校。世間体には弱い。差別云々を言ううるさい相手には折れた方が楽だ。だからこそ、学校は折れ、坂柳のみに別の試験が行われることになったのだ。クレームは声の大きい方が勝つ。それを利用したに過ぎない。日本の社会が差別にうるさくなっていることも大きくこの作戦を後押ししてくれた。
そして坂柳はしっかり試験をやるだろうと思っていたし、そうなった。なぜなら、そうしないことをアイツのプライドは許さないだろう。可哀想な存在に格下げさせ、坂柳を貶めたことは向こうも気付いているだろう。だからこそ、これ以上可哀想な存在になって大なり小なり見下されるのを看過できるほど、彼女のプライドは低くないのだと読み切っていた。結果、彼女のプライドは私の思う高さと同じだった。
坂柳をリーダーに出来るのは成績処理の関係だ。この無人島試験の成績は第1回特別試験として処理される。参加していないとそこが空欄になるだけだ。しかし、坂柳は代替の試験に参加した。と、いう事は坂柳は第1回特別試験に参加していた、と言う風に処理されるはずだ。これは指定感染症などで追試になった時と同じだろう。追試の生徒は、試験当日に受けた生徒と同じように成績が処理される。学校の仕組みからして、参加扱いになるのは分かっていた。と言うかそうしないと代替の試験を受けた意味がない。
無人島というくくりで見れば彼女は不参加だ。しかし、彼女の成果はポイントとしてAクラスに加えられる。つまり、この試験に影響を与える。イコール参加しているという事になる。この試験はこの島と学校という2つの場所で同時展開していた、ということだ。
無論、坂柳が代替の試験を得てクリアすればAクラスに30ポイントが入る、と言うのは他クラスにも通知されている。その試験を坂柳がクリアしたという事も。だが普通はそこで終わる。「へぇ~」となって終了だ。Aクラスがポイントを得た。それで思考を止める者が大半だろう。
代替の試験を受けた=第1回特別試験”には”参加していることになる=リーダーに出来る。そういう図式に辿り着ける者がいるだろうか。いないと踏んで作戦決行したわけなのでいると困るのだが。いつ誰がこの島にいる者しかリーダーに出来ないと言ったのだろう。この試験に参加していない者をリーダーに出来ない。それは常識だし言わずもがなだ。しかし、代替の試験を受けたという事は試験に参加している。それにどうして思考が至らないのか。学校は公平性を重んじている。ここにいることが公平である条件ではない。試験に参加していることが公平性の条件だったのだ。
思考を働かせていると、遂に結果が発表されるらしい。拡声器を使っていない生徒の声が聞こえないが、龍園が現れて動揺しているようだ。それに対し、真澄さんがメッチャ煽っている動きをしていた。どうやら龍園は私が島にいると思っていたらしい。まぁ真澄さんを指名しなかったところは褒めるべきだろう。
「ではこれより、特別試験の順位を発表する。最下位は――Cクラス、0ポイント」
なるほど。我々に当てられ、なおかつAクラスのリーダー当てに失敗した。例えBとDのリーダー当てに成功していたとしてもそれだけで全部帳消しだ。マイナスは持ち越されないので、もしかしたらDにも当てられていた可能性はあるが。
「続いて第3位、Bクラス――40ポイント」
Bは随分と苦境に立たされてしまったようだ。恐らくこの感じ、全クラスに指名されてしまっただろう。あのクラスは積極的攻勢に出ていなかった。恐らくリーダー当てはスルーして、防御に徹しようとしたが、良い食い物になってしまったようだ。まぁそれをした私が言える台詞ではないが。
「2位はDクラス――225ポイント」
Dクラス方面から歓声が沸く。リタイアした者もおり、かつ結構内部に問題を抱えていたようであったが、この結果。そりゃあ喜びたくもなるだろう。とは言え、大半は喜ぶ資格もないと思うのだが。頑張っていた一部の人間ならともかく、下着の件で争っていたりした連中にこの勝利は甘美な毒になるかもしれない。
「そして1位は……」
一瞬だけ先生が硬直したように見える。そう、残ったクラスはたった1つ。その点数は当初与えられた300ポイントを遥かに上回る。スポット占有込みでのポイントだけでも圧倒的1位の285ポイント。それに加えリーダー当てのポイントが足されれば、敗北はあり得ない。
「Aクラス――385ポイント」
浜辺が沈黙した。その後にAクラスの領域から大歓声。それを見つめるしかない他クラス。
これが勝利だ。私が求めていた物。今まで求められてきた物。そして私がもたらし続けた物。完膚なきまでに圧倒的な差を以て何1つ犠牲にすることなく、勝利する。これが私の戦術、私の戦略。
私が勝つだけなら容易い。だがそれでは本質的なところに意味は無い。勝利の定義もあやふやだ。人は1人では生きてはいけない。だからこそ、集団で勝利する事が必要だ。もし、それが難しいのであればそうできるように導けばいい。教えればいい。人は必ず成長できる。どんな人間でも必ずその能力を引き上げる方法は存在している。どんな絶望の中でも、きっと輝くモノは手に入れられるはずだ。
そうして全てを導くことが私の目的。そう、その為に私は生きている。ここでの日々は本来の目的の合間に与えられた余暇に過ぎない。全ては私が13億を支配する、その日のために。
砂浜は異様な空気に包まれていた。圧倒的勝利。1位と2位の差は100ポイント以上。明らかにAクラスの1人勝ちだった。歓声を上げ喜ぶAクラスと対照に、他のどのクラスの者たちも、異質なものを見る目で彼らを見ていた。いや、彼らではない。その背後にいる男を見ていた。この試験を導いたのが、この場にいない男であることを彼らは嫌と言うほど思い知らされていた。
そう言えば、と比較的冷静な者は思い出す。4月の中頃にSシステムを看破した男がいた。そう言えば、と暴力事件に深くかかわった者は思い出す。あの時あの男は何をしていたのか。
綾小路清隆は目を閉じた。このままでは勝ち目はない。Dクラスにしてはよくやった方だと言えるだろう。しかし、それを遥かに上回る結果を出されてしまった。これは実質的な自身の敗北だったからだ。1人で勝利は不可能。堀北に言った言葉を再度彼は反芻した。その言葉は、自分自身にも刺さっていた。このまま裏方に徹しているだけでは勝利は不可能に近いだろう。どうにかする必要がある。そうしないと、己の担任に退学させられる可能性がある。そうなれば、昔に逆戻りだ。プランの修正。ホワイトルームの誇る天才は、それを迫られていた。
龍園翔は唇を噛み締めた。完全に掌の上で遊ばれていた。これを見抜けなかったのは誰の責任か。間違いなく自分の責任だった。これに関して配下を責める事は出来ない。作戦を立てたのも、遂行させたのも自分だった。だからこそ高揚感がある。一之瀬や葛城では自分に勝てない。坂柳は身体面でどう逆立ちしても自分に勝てない。だが、身体面でもそうでなくても自分が戦うべき人間、挑むべき人間を見つけた高揚感だった。鈴音など最早眼中から消えかけていた。勿論、Dクラスを完膚なきまでに潰してから上を目指す方針に変わりはない。しかし、その中でも超えるべき壁は見えた。
一之瀬帆波は心中でため息を吐いた。龍園の敗北はある種の自滅。しかし、Bクラスの敗北は完全なミスだったからだ。白波千尋は彼女なりに頑張っていた。それでも、結果としてこれではどうしようもない。Aクラスが突き放し、Dクラスが追い上げる。まだ自分達はBで居られるだろう。守っているだけでは勝てない。団結力は随一の自信があったが、諸葛孔明のせいでAクラスの団結度が上がっている。この後葛城が指揮を執るとなると分からないが、少なくとも諸葛孔明が指揮を執ると団結出来る事が証明されてしまった。追い上げるのは厳しいかもしれない。彼女の岐路が残酷に選択を迫っていた。
葛城康平は腕組みをした。目の前ではガッツポーズを小さくしている神室真澄の姿がある。彼女が頑張っていたのは事実なので、微笑ましい光景ですらあった。それを見ながらも彼は思っていた。果たして自分はこの試験で何を出来たのだろうかと。そしてもし、この試験で指揮を執っていた場合、このような結果をもたらせたのだろうかと。諸葛孔明の取る作戦や方法論を学ぶために彼をリーダーに推挙した。結果分かったのは隔絶した実力の差だった。自分も前よりはマシになっている。しかし、まだ足りない。彼の中に1つの選択肢が明滅していた。「葛城派のトップを交代し、諸葛孔明を据える」という選択肢が。
堀北鈴音はベッドの上でテレビで結果発表の中継を見ながら唖然としていた。自分はリタイアし、リーダーは知られた。どうしようもない失態。仲間はおらず、コミュニケーションは絶望的。その上、下着泥棒騒ぎでは火に油を注ぐだけで何の解決にもなっていなかった。正直、今回の試験は敗北したと思っていた。しかし、結果は予想外の2位。それもかなりのポイントを得ていた。そして……Aクラス。目指すべき頂。それはあまりにも高い事を知った。これは絶望と言う感情であると彼女は自己分析した。これでは兄に認められるという自分の夢は遥か彼方にあるように思えた。
それでも彼女は絶望して何もかも投げ出すほどやわな人間では無かった。目標値は見えた。諸葛孔明。あの男が超えるべき頂なのだろう。どう考えてもこのAクラスの勝利は彼の力によるものだ。自分の上位互換。そう思わされる。能力があり、人柄もあり、コミュニケーションも上手く、ルールの穴だって突ける。真面目なだけでは勝てはしない。ここはそういう場所なのだと再認識する。彼に勝てずして、兄に認められようか。いや、そんな事があるはずがない。幸い、綾小路清隆によって自身の足りないところは突き付けられていた。ならばどうするべきか。その答えは簡単だろう。孤独な少女の目に、闘志の炎が燃え上がった。
砂浜にいる者たちが思い思いの感想を抱いている時に突如、東南より生暖かい突風が吹く。誰もが髪や目を押さえた。そして目を開けた彼らの眼前にある船。その後部デッキ。そこに全ての仕掛け人が立っていた。青みがかった髪は後ろで束ねられ、風に揺れている。キラキラと太陽光に反射する簪が後頭部に2本刺さっている。着ているのは制服だが、その上にはどこか中華風を思わせる上着を羽織っていた。顔は逆光で見えない。
遥か頭上より自分達を見下ろす男に、彼らは1つの光景を幻視した。太古の戦場。俯瞰するようにそれを眺め、掌の上で操る古の大軍師。日本において様々なカルチャーに取り入れられた蜀漢の誇る偉大な宰相。その姓は諸葛、名は亮。字は孔明。それと同じ名を持つ彼は、悠然とそこに立っていた。
彼の腹心の神室真澄だけが、その姿に向かってサムズアップを突き出した。
結果は凡そ私の予想通りだった。Cは何も成果がなく、Dは大きく伸びたがまだまだ先は遠い。0ポイントだったのがかなり響いている。Bクラスは何とか地位は守ったが、これから苦境になるだろう。しかし、拍子抜けする結果であった。もしかしたら、どこか1つくらい当ててくるかもしれない、と思っていたのだが。
なぜ疑わない。なぜ可能性を見出さない。ヒントは十分あったのに。とは言え、それを問うのは酷だろうか。人は信じたいものしか信じない。見たいものしか見ない。無意識に排除してしまう。無意識に思考を固めてしまう。常識とか言う偏見に。この島にいる者しかリーダーになれないという偏見に。この島にいる者の中からリーダーを探そうという固定観念に。
ああ、確かに我が祖父の言うようにここは休暇だ。ルールの中でしか戦えない箱庭。現実社会を模倣しているようで仕切れていない偽物の楽園。貧困も、犯罪も存在しない。ルールの中、常識の中でしかない。悲しいかな、これが法治国家の限界、民主主義国家の限界なのかもしれない。だから、ルールの範囲外で戦ってきた者に騙される。そう、私のような者に。
試験は終了し、皆が船に戻ってくる。最初に戻ってきたAクラスを、私は甲板で出迎えた。
「皆さん、お疲れ様でした。え、あの、どうしました? うわぁぁぁ!」
私の姿を見つけると猛ダッシュしてきた面々に後ずさりをしていると突撃され、揉みくちゃにされる。「ほら、持ち上げろ!」とか言う声が聞こえ、身体が横にされ胴上げされる。もし私が殺されるとしたらこの無防備な今だろう。人生初の体験だが、結構酔うので2度目は遠慮したいところだ。
「ありがとう。クラスを代表して、謝辞を述べたい」
葛城が群衆を分け、私の元へやって来てそう言う。彼も、この試験で得るものはあったはずだ。坂柳は強敵だが倒せない相手ではない。これを機に頑張って欲しいものだ。
「いいえ、私だけでは何もできませんでしたよ。皆さん1人1人の協力あっての結果です。こちらこそありがとうございました」
「マジですごかったよな!」
「見たか、あの龍園の顔!」
「ありがとう! 孔明先生」
「全部全部孔明の罠かよ~流石だわぁ~」
「まぁそうはしゃがずに。私が出たのです、勝利は確実でしたからね。後はいかに皆さんを楽しませるか。無事に試験を終わらせられるかでした」
「だから最初安全と無事を最優先って言ってたのか……」
「なるほどなぁ……」
「さて、皆さんに聞かねばなりませんね。この7日間楽しかったですか?」
「「「「はい!」」」」
「よろしい。ならば、私の作戦は以上を以て完璧に終了しました。まぁ航海日程的に後もう1回くらい試験はありそうですけど、それまでは楽しんでいきましょう」
「「「「…………え?」」」」
マジで、と言う顔を浮かべているクラスメイト。それを後からやって来たクラスの人たちが遠巻きに見ている。だが1人だけ、こちらに寄って来ていた。龍園である。
「おい」
「はい、どうしましたか、龍園君」
「泣き言は言わねぇ。負け犬の遠吠えは嫌いだ。だが1つだけ教えろ。お前らのリーダーは誰だ」
「ああ、その事ですか。私たちのリーダーは坂柳さんですよ」
「坂柳、だと……? そういう事か、あの時ルールが追加された。参加扱いになるって事かよ」
「その通りです」
「まぁ良い。今回の試験では間違いなくお前が強かった。だが、次もそうだとは限らねぇ。次は俺が勝つ。精々今の勝利に酔っていろ」
「ええ。それを楽しみにしていますよ」
ふん、と鼻を鳴らしながら龍園は去っていく。宣戦布告とは恐れ入ったものだ。しかし、なおも闘志を失わないのは褒めるべきところだろう。彼もまた、実力者には違いないという事だ。
興奮冷めやらぬクラスメイトに断り、柱にもたれかかっている疲れた顔の我が配下の元へ行く。今回の試験では彼女に随分と助けられた。そのアシストと活躍が無ければ勝利は難しかっただろう。これが団体戦の力だ。
「真澄さん。貴女に随分と助けられました。ありがとうございます」
「ホント、凄い疲れた。もう2度とやりたくないレベル」
「う~ん、多分次回以降もお願いすると思いますけど」
「……ま、仕方ないわね。その時はその時で手伝ってあげるから」
「はい。よろしくお願いしますね」
「今夜はバイキング行きたい。食べまくってやる」
「太りますよ……痛っ!」
「行くわよ。席確保しないと飢えた他のクラスの奴らにとられかねないから」
「はいはい。そんなに急がなくても。それじゃあ、皆さん、私は行きますので。どうかごゆっくりお過ごしください!」
引っ張られながらもクラスメイトに手を振ってレストランに向かう。さて、次の試験までの間はしばし、羽を伸ばすとしよう。
「なぁ葛城。孔明センセを諸葛孔明に例えるなら神室ちゃんは誰だ?」
「ふむ。難しい質問だな。孔明の腹心だと馬謖が真っ先に出るが……」
「あの斬られた奴か?」
「そうだ。だが、流石にそれは失礼だろう。姜維……と言う感じでは無いな。だとすれば……黄月英だろうか」
「悪い、聞いておいてアレなんだが俺そんなに三国志に詳しくないんだわ。誰だそれ」
「諸葛孔明の細君だ。もっとも月英という名は通り名だが」
「女房役か。良いチョイスだな」
「……それはどうも」
2人の去った後のクラスでは、葛城と橋本によるそんな会話が繰り広げられていた。
高度育成高等学校第1回特別試験報告
<試験結果>
Aクラス残存ポイント(スポット占有込み):285ポイント
Aクラスリーダー当て・攻撃:100ポイント(Bクラス→正解、Cクラス→正解、Dクラス→不指名)
Aクラスリーダー当て・防御:損失無し(防御成功)
Aクラス最終獲得ポイント:385ポイント
Aクラスリーダー:諸葛孔明→坂柳有栖
Bクラス残存ポイント(スポット占有込み):190ポイント+α(スポット占有分は不明)
Bクラスリーダー当て・攻撃:0ポイント(全クラス指名せず)
Bクラスリーダー当て・防御:-150ポイント(A、C、Dから指名される)、スポット占有ポイント喪失
Bクラス最終獲得ポイント:40ポイント
Bクラスリーダー:白波千尋
Cクラス残存ポイント(スポット占有込み):26ポイント
Cクラスリーダー当て攻撃:-50ポイント(Aクラス→不正解、Bクラス→正解、Dクラス→不正解)
Cクラスリーダー当て・防御:-100ポイント(A、Dからの指名)、スポット占有ポイント喪失
Cクラス最終獲得ポイント:0ポイント(マイナスの持ち込みは無いため)
Cクラスリーダー:龍園翔
Dクラス残存ポイント(スポット占有込み):125ポイント
Dクラスリーダー当て・攻撃:100ポイント(Aクラス→不指名、Bクラス→正解、Cクラス→正解)
Dクラスリーダー当て・防御:損失無し(防御成功)
Dクラス最終獲得ポイント:225ポイント
Dクラスリーダー:堀北鈴音→綾小路清隆
結果
1位:Aクラス
2位:Dクラス
3位:Bクラス
4位:Cクラス
第1回特別試験結果を受けての暫定cp
Aクラス:1439
Bクラス:743
Cクラス:502
Dクラス:312