ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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人はいかに遇されるかによって、それなりの人物になっていく

『ゲーテ』


3.サーヴァント

 それから約1週間が過ぎ、学校の方は順調に進んでいた。変なオリエンテーションなどを挟まずにサッサと進めていく辺りは流石進学校だとは思う。しかし、授業内容はそこまで良いとは言えない。例えば社会科だが、この時期の高校生だと歴史と公民をやっていることが多いのだが、この学校の扱っている歴史は日本史・世界史それぞれAの範囲になっている。てっきりBから行くのかと思ったので拍子抜けした。理科も物理基礎の方をやっているし、数学の進度もそこまで早くない。

 

 もしかしたら、この学校のカリキュラムはあまり他校と変わらないどころか、一部の進学校よりは劣っている可能性すらある。シラバスが欲しいところだが、今のところ提供される機会はないので、探る必要があるだろうか。一番驚いたのは敷地内に塾がある事だ。一定のポイントを払う必要があるらしいが、偏差値の高い進学先を目指しており、かつ成績や態度が良好ならば無料で通えるらしい。そんなものを用意しないといけないという事は、学校のカリキュラムではカバーしきれないという事。だとしたら……それは高度育成の名が廃るというものだ。

 

 授業中にそう考えて内心で唸る。あまり面白くない授業を聞いていると眠気がするが、個人の生活態度を見られていると思うと油断は出来ない。監視カメラに気付いているとあまり良い気はしない。とは言え、隣国では既に街中のいたるところに監視カメラがある。そのうち、そういう社会になっていくのだろう。落とし物をしてもすぐに見つかる等の利点もあるのだが。

 

 放課後は色々見て回っている。今はまだ、特段誰も何も動いていない。その内にやりたいことをやってしまった方が楽だ。人脈づくり、施設の把握、他クラスの様子の観察、先日発見した存在の尾行。最後だけ普通の高校生としては頭おかしいが、それ以外はまぁまともなはずだ。食堂に無料で食べれるメニューがあるじゃないかと喜び勇んでそれだけ食べていた。しかしどうも食事の最中、上級生からの視線が気になる。自意識過剰ではなく見られているのは事実だ。それも侮蔑を含んだ目線、或いは同情を含んだ目線で。いや確かに同じのばかり食べているのは変かもしれないが、そんな目で見る事は無いだろうに。

 

 決してそれを頼んでいるのが自分1人と言う訳でもない。あまり美味しそうに食べてはいないが、上級生でも食している人はいる。顔ぶれは変わらない。何らかの理由があるのだろうか。ポイントを使い過ぎた=金がない可能性が高いが、まだ4月の最初の週だ。どんなに金銭感覚壊れてても仮に10万与えられたとしたらそれを使い尽くすのは常識的ではない。逆に金があるけど節約したという可能性はある。だがマズいと思っている物をそこまでして食べるだろうか。個人的には実家で食っていた物と類似している為非常に美味しい。と言うより食べ慣れている。ポン酢とか使えるんだし工夫すればこれで一年余裕だろう。

 

 この学校は平等を重んじていると言った。であるが現に生活レベルに差が出ている。個人の散財のし過ぎかもしれないが、穿った見方をすればスタート時の平等性を重んじているだけでその後は違うという事だろうか。もしくはこのポイントが今後重要になる局面が発生し、親の金が使えると金銭無双してしまう生徒がいるからかもしれない。

 

 ともあれ、全ての事項には理由があり、法則性があると言うのが私の信条だ。山菜定食を食べる羽目になっている先輩の共通点を見出そう。素直に理由を聞いても良いのだが、全然知らない先輩に話しかけるのは警戒されるだけだ。なので方策を考えてある。

 

 と言ってもやる事は単純で、無料の山菜定食を食っている人の後を付いて行って観察するだけである。すると、面白いことに学年は違うが全員Dクラスの生徒であった。チラリと教室を見れば空席も多い。休んでいると言う訳ではなく物理的に席がない。つまり、40人ではないのだ。クラス替えは無いと説明された。しかし、人がいない。教員が嘘を言っていなければ、考えられる可能性は一つ。退学したという事だ。

 

 しかし結構な退学率だ。なんだろう、高専か何かなのだろうか。そんな異様な光景に眉を顰め、昼休みに騒ぐ同級生を他所に職員室へ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 小奇麗な職員室だ。うちの母校のボロい職員室とは全然違う。唯一違う点はこの学校の職員室に冷蔵庫は置いてなかった。中学時代はそこに入ってる教師用のアイスをたかったりかっぱらったりしていた。懐かしい。思い出を回想しながら、用件を告げる。

 

「失礼します。1年Aクラスの諸葛です。真嶋先生はいらっしゃいますか」

「どうした。授業の質問か」

「授業のものではないんですが……学校の状況についてと言いますか、システムについてと言いますか」

「……分かった。ではこっちを使おう」

 

 案内されたのは生徒指導室だった。まるで問題を起こした不良生徒かなにかみたいで気分的にはそんなに良くない。しかし、悪気はないようなので、単純に職員室で話すような内容ではないと思ったのだろう。

 

「それで、どうした」

「はい。まず一つ、この学校は退学者が多いのでしょうか?」

 

 パッと反応されず、長い沈黙があった。私はその沈黙が肯定を指していると確信する。

 

「先生?」

「……ああ、すまない。何故そう思ったんだ」

「いえ、上級生のクラスを覗く機会がありまして。一クラス40人の入学者を4クラス分、つまり160名毎年取っていると言う話でしたが、机の数が物理的に少なかったもので。体調不良や部活でお休みなのではなく在籍していない、つまり退学したのではないかと思ったのです」

「この学校に相応しくないと判断された生徒に対しては、退学勧告を出すこともある」

「相応しくないと判断されると言うのは、具体的にはどういったことなのでしょうか」

「まずは最初に説明したようにイジメ問題は事実であると確認され次第即退学だ。他にも非合法行為に関しては程度によるが退学となる。お前は品行方正な生徒のようだから問題ないだろうが。過去には下級生相手に詐欺を行ったことが露見して退学になった生徒もいるな」

 

 詐欺とは随分と治安が悪い。普通の高校ならそういう事態はそうそう発生しないと思うのだが。この学校に入るくらいならある程度優秀だろうし、他人を詐欺に引っ掛けることが出来るくらいには頭も良いのだろう。そんな存在が詐欺という綱渡りをしないといけなかった状況とは何か。それが気になった。資金が必要だったのか、ただの快楽なのか。もし前者なら、金遣いが荒いだけなのか、それ以外に何かあったのか。

 

「なるほど。つまり、問題行動を起こさなければいいと。では、今の上級生の諸先輩方は大分暴行や窃盗を行った方が多いようですが……治安が悪すぎませんか?」

「いやそれだけではない。当然、それ以外にも相応しくないと判断されることはある」

「学業成績不振、などでしょうか」

「既定の条件を満たさない場合は、やむを得ないだろう。ここは国営の優秀な人材を育成するための機関だ。当然、学力も重要視される。単位を取れない場合はこれに該当するな」

「単位の規定はなんでしょうか」

「授業への3分の2以上の出席と赤点を取らないことだ。ただし、入院や部活、指定の感染症による休みの場合は欠席扱いにはならない」

 

 これを満たさない場合は退学もあり得る、と。あり得るではなく退学になるのだろうか。

 

「追試ってあります?」

「先ほど言った欠席扱いにならない条件で受けられなかった生徒には存在する」

「ありがとうございます」

 

 つまり、婉曲に言っているがそれ以外の生徒には無いんだろうな。という事は赤点退学かい。自分の勉強に自信が無い訳ではないが、かなり厳しい条件だと思った。ただ、それだと上級生のDクラスに比較的席がない=退学者が多い理由が見えてきた。この学校のクラス分けは成績順の可能性が高い。だが、Aクラスにも無い訳ではない。私の予想が間違っているか、テストと素行不良以外にも退学になる要因があるのか。どちらにしろ、この学校を卒業する事が最終目標な私にとって困る話だ。

 

「質問は以上か?」

「最後に1つだけ。この学校が重んじるのは個人としての優秀さでしょうか、それとも集団の一員としての優秀さでしょうか」

「……個人として優秀であることと、集団の中の一員として優秀であること、そして集団として優秀であることはいずれも社会の中では重要視されることではないか?」

「確かに、その通りですね。お聞きしたかったことは以上です。お時間いただきありがとうございます」

「いや、生徒の質問に答えるのは教師の務めだ。何かあったらいつでも言いなさい」

「ありがとうございます。失礼しました」

 

 生徒指導室を後にして、思った以上に面倒そうなこの学校の状況に嘆息する。無事に卒業出来れば良いが、平穏な生活は遠そうだ。まだまだ把握できていないことが多い。いや、正確には把握させてくれない事が多い。そしてもう1つ。この学校はてっきり優秀な個人を育成する事が目標だと思っていた。しかし、そうでは無いようだ。つまりそれ以外、性格面などチームプレイをする上に優秀であることも求められている。更に、こうも言っていた。『集団として優秀であること』も重要だと。私は『個人として』か『集団の一員として』の二項目しか聞いていない。勝手に付け足してきたという事は、それに意味があるという事。

 

 察するにここは自己責任でもあり、連帯責任でもあるという事か。私の当初した予想、貰えるポイントは個人の素行に由来する、と言うのは誤りだったかもしれない。個人の素行が他人の収入に直結する可能性もあるのだ。だが、この情報は確実性がなさすぎる。根拠も乏しい。秘匿しておくべきだろう。暫くの間は。

 

 昼休み終了を告げる予鈴が鳴る。後五分で授業開始だ。足取り重く、自クラスへ向かった。

 

 

 

 

 

 放課後。今日も今日とて学内をうろつく活動を行う。そろそろ何かが起こる。野生の勘からそう思っている。そしてその予想は当たることになる。自動ドアを潜り抜けてカツカツと標的の元へ向かう。足音を殺し背中に迫り、監視カメラの死角であること、周囲に人がいないことを再度確認して、隠し持っていた物を突き付ける。

 

「動くな」

 

 発せられた声は我ながらかなり低かった。

 

 

 

 

 

 

 入学してから1週間が過ぎた。特に何もないつまらない日々。今まで色々調べて、ある程度大事な事は把握した。寮に帰宅する途中のコンビニで所用を済ませて動こうとした瞬間だった。背中に金属製の何かが押し当てられる。まったく気配がなかった。音もしない。音に関しては店内のBGMのせいかもしれないけれど、それでも全く気付けなかった。

 

「動くな」

 

 ドスのきいた低い声が後方から私だけに聞こえる声で響く。振り返ってどうにかしようとした手首が掴まれる。顔だけ振り返った私に対し、さっき背中に当てられていたモノが顎の下に移動した。冷徹な光を灯した目をしている男が私にそれを押し当てている。

 

「どれだけ注意していても、どれだけ慣れていても、人は何かに集中しているときには他に対して警戒が疎かになる。再度言うが動くなよ。私にこれを街中でぶっ放させないでくれ」

 

 男の手に握られていたのは黒いモノ。冷静になれば何であるか認識できるようになった。凡そ日本では販売されていない物品。黒光りする拳銃が握られている。だが、最近はモデルガンなら購入は容易だ。おそらくそっちなのだろう。

 

「クラスメイトにいきなりモデルガン突き付けるなんて、どういうつもり」

「これがモデルガンかどうか、確かめてみるか?」

 

 男は……いや、1年Aクラスのクラスメイトである男はそう名乗った。諸葛孔明(もろくずよしあき)。クラスの中心になっている葛城と坂柳の二人のどちらとも距離を平等に保ちながらフラフラしている男。特定の誰かとつるむことはなく、いつも無料の食事ばかり摂っているため貧乏人の渾名が陰で付いている。とは言え、ポイントシステムについての筋の通った推論から、一目置かれてもいる。温和な顔をしていたが、今ではその面影はなく、平気で人を殺ってそうな顔になっている。

 

「キミの行動は全て録画済みだ。腹を私に撃ち抜かれて死ぬか、言う事を聞いて取り敢えずこの瞬間は生き残るか、選ぶと良い」

「なに、私の行動って、何もしてないんだけど」

「困窮している者の窃盗を自分に実害がない限り否定する気はないが、快楽目的は感心しないな。それに、こちらにも色々事情があってね。ここで話すと面倒だ。付いてきてもらおうか」

 

 多分全部露見していることが確定したので、大人しく外に出る。この男が持っているモノが仮に本物であれ偽物であれ、撃たれればダメージを食らうだろう。痛いのはゴメンだった。店外に出れば突き付けていたそれは何処にしまったのやら、外からは全く普通に見えた。

 

 カツカツと歩き出した背中に黙って従う。逃げても良いが、どう転んでも不利にしかならないだろう。この時間帯のこの辺は人通りが少ない。しかも意図的にカメラの射程外を歩いているせいで、何をしても無駄なのはわかった。

 

 反対側からちんまいのが歩いてくる。杖と言うとても目立つトレードマークの少女。Aクラスで早くも静やかなるリーダーシップを見せている女。坂柳有栖だ。

 

『しゃべるな』

 

 前を歩く彼がさりげなくポケットに手を入れ何かいじった後、その後袖に隠して出し、背中に回した携帯の画面を後ろに居る私に見せてきた。従うしか選択肢は残されていない。坂柳も頭は回るようだがフィジカル面はどう考えても期待できない。最悪、二人ともボコされて終わりだ。

 

「あら、珍しい組み合わせですね」

「たまたまご一緒しまして」

 

 穏やかな声で言っている。私にさっき向けてきた殺意マシマシの声とは大違いだ。

 

「もしよろしければ、この後どうですか?」

「いえ、残念ながらそれはまた今度でお願いします。この後、彼女に用事があるものでして」

「おや、もしかしてデートですか?」

「そんな洒落たモノではありませんが、趣味の一致が見られたものでして」

「なるほど、それでは私はお邪魔ですね。それではまた今度」

「ええ、また明日、学校で」

 

 結局話を振られなかったので言われたように一言も話すことなく終わった。すれ違いざまに見た彼女の顔はやや残念そうに見える。「先を越されましたか」小さくそう呟いているのが聞こえた。

 

 エレベーターを昇った3階。開いた扉の先に続く通路を顎で示され、歩き始める。行き先は何となく想像していたが彼の部屋だろう。開錠され、暗い部屋の中に入らされる。後ろで鍵がロックされた。

 

「靴箱の上に金属類を全て出してもらおうか」

 

 もういいだろうとばかりに速攻で銃口を後頭部に突き付けてきたので大人しく従って携帯などを置く。部屋の中は沢山の段ボールと本が所狭しと並んでいた。二人用のテーブルの奥側に座るように命令される。座って気付いたが、逃げられないようにされていた。携帯を取り上げられ、通報も出来ない。走って逃げようにも奥側なのでまず凶器を持った人物を押しのけて本や段ボールのせいで足の踏み場もほとんどないところを走って逃げないといけない。まず無理だ。その為にこの雑多な部屋のレイアウトになっているんだろう。勉強机の上では黒い大きなパソコンが唸っていた。

 

「さて、初犯じゃないな。外で何度もやってきただろう。手つきと行動が完全に素人じゃない。しかし入学して1週間でやるとは。大したものだ。ああ、そうそう、言っておくが私は窃盗を咎める気はないぞ。バレなければ犯罪じゃないが私のモットーだ。あと、刑法に窃盗はダメと書いてないからな。するとどういうペナルティが科されるか書いてあるだけだ。それはともかく……どうするかな」

「……好きにして」

「ほう? ではまず手始めに盗った物全部出してもらおうか」

 

 もう流石に観念している。諦めて全部出した。

 

「お前……酒飲むのか?」

「……飲まない。別にお酒になんて興味ないし」

「ああそう」

 

 そう言うと呆気にとられる私の前でカシュっと缶を開けて一気飲みし始めた。

 

「チッ。マズいな。もっと高いの盗ってこいよ。こんな安酒持ってきやがって」

「……は、あんた、何してんの」

「窃盗犯に言われたかないね。私のこれまでの仕事上、酒なんていくら飲んでも足りないモノでね。」

「頭逝ってんでしょ」

「正常な人間は銃口を他人に向けない」

「まぁいいや。それで、さっさと私を学校に突き出せば。証拠も揃ってるんでしょ」

「あいにくとそうするとこちらが不利益を被るんだ」 

「あんたがやらないなら私が……」

「私が、どうした? え?」 

 

 ヒラヒラと私から取り上げた携帯を見せてくる。

 

「まぁ落ち着け。お前は困窮しているからしているのではなく、己の欲望を満たすためにやっているんだろう? 恐らくその原点にあるのは自分を必要として欲しいという欲求、そして自分を見て欲しいと言う欲求。盗みを働いて、それが露見すれば家族は自分を見てくれる。良い事をしても、良い成績でいても、自分を見てくれないなら悪い子になるしかない。違うか? ま、家庭環境を鑑みればわからんでもないがな。それでも両親にはいい顔してきたんだろ? そして少なからず恩義も感じている」

「あんたが私の何を知ってるのさ」

「なにもかも」

 

 サラッと目の前の男は言った。そんな訳ない。だってこの学校に入って初めてあったはずなのだから。

 

「お前をこのまま解き放つと自主退学してしまいそうだな。そうなっては面白くないし骨折り損のくたびれ儲けになってしまう。それは好まないところだ。取引と行こう、神室真澄。私の部下となってもらおう。その代わり、少なくとも窃盗に走らなくても満足は出来る学校生活を提供しよう。それに、私はお前が必要だ。残念ながらグループのリーダー格になるほどカリスマ性がある訳じゃない。しかも女子への伝手があまりない。お前に断固拒否されると困るんだ」

「嫌だって言ったら」

「……」

 

 彼は私の質問に答えずにその辺の段ボールの上に無造作に置かれていたファイルを手に取った。

 

「神室優紀。年齢14。誕生日は6月3日。千葉県習志野市××町〇丁目在住。習志野市立△△中学校2年2組出席番号は……3番。なるほど、千葉は誕生日順なのか。将来の夢はサッカー選手。近くにある強豪高校・市立船橋を進学目標に定めている。中学校ではサッカー部のエースとして活躍。努力型で誰からも好かれるタイプ。好きな人物は本田圭佑。なるほどなるほど。好青年だねぇ。いい子だ。サッカーに情熱を注ぐ、熱い青春だね。こんな子が足を無くしたら、どれだけ人生に絶望するだろうか」

 

 読み上げられたのは私の従弟のプロフィールだった。年に大体一回くらいしか会わない従弟だったけれど、まぎれもなくその名前と学校と部活はそうだった。

 

「足を無くすって、そんなの出来る訳……!」

「俺は彼に何か危害を加えるなんて一言も言っていない。ただ、そうなったら可哀想だね、と言う一般論を述べただけだ。それに、この情報をこの密閉された学校で手に入れられた人間が、彼に接触出来ないと思うかね?」

 

 出来るものなのか、それともはったりか。いやそれ以前にどうやって情報を手に入れたのか。分からないことが多すぎて混乱している。

 

「神室敏則。年齢49。誕生日は11月19日。東京都足立区××町のマンション○○○○の19階1901号室在住。お前の住所だな。産まれは東京都墨田区。勤め先は大藤商事。おお、良いところに勤めているな。最終学歴は東京大学法学部。現在のポジションは営業部部長。出世が早いようだなぁ優秀なんだろう。残業が多く、入社以来あまり家には帰れていない。神室真帆。年齢46。誕生日は3月21日。住所は同じ。産まれは愛知県豊田市。勤め先は聖マリアンヌ医科歯科大学附属病院の看護師。同じくあまり家には帰れていない。その為、一人娘を幼少の頃から保育園に預けるなど育児放棄とまではいかないまでも放置していることが多かった。旅行などもなく、家族団らんの場は無いに等しい。冷え切った核家族だな」

 

 ペラペラと両親の個人情報が明かされていく。

 

「彼らの運命がどうなるか、お前次第だ。退学するのは自由だが、その場合、彼らの職場にお前のやらかしたことが詳細な情報と共に郵送される。どうなるだろうな。築きあげてきたお前の親のキャリアは。人生は。それとも、不幸な交通事故の方がお好みか?」

 

 もう、どうすることも出来なかった。手がかからないからと放置されてきたのは事実だけれど、それでも親に死んでほしいとは思っていない。明らかに目の前の男はまともじゃない。この学校にいながら私の両親をこの世から抹殺することも可能としか思えなかった。

 

「……分かった。言う事をきく。だから」

「良いだろう。それならば彼らに手出しをするのは中止だな。三親等の血族から一人ずつやっていくつもりだったが……残念だ」

 

 もう脅迫も脅しも隠さない。私が外部に漏らせないと確信したんだろう。彼はぱさっとファイルを無造作にその辺に放り出した。私の家族構成、血縁関係、過去の経歴、多分全部があそこに入っている。どうやって手に入れたのか。いくら考えても何も思いうかばない。もしかしたら、あのパソコンで? そもそも、私物の電子機器は持ち込めないはず。あのサイズのパソコンが電気屋に売っていたのだろうか。もしそうでは無いとしたら、持ち込めないはずのものを持ち込んでいる。どうやって? その答えは出そうにない。

 

「それで、何をすればいいの」

「差し当たっては取り敢えず親しい友人と言う事にしましょう。それで、時々指令を出すので実行してきて下さい。もし、漏らすようなことがあれば……分かりますね?」

 

 教室での口調に戻り、冷徹な雰囲気と目つきは鳴りを潜めた。それでも口は不気味に弧を描いている。明らかな脅しに、頷くしかない。

 

「よろしい。これは私の連絡先。こっちは学校の端末。こっちは緊急事態用。これも漏らさないように。そちらは災難だと思っているでしょうけれど、先ほども言ったように多少は面白みのある生活を保障しましょう。なにより、私は君が必要です。いないと手駒が無い状態で過ごすことになってしまいます。このよくわからない事の多い謎のベールに包まれた学校でそれは危険です。それと、窃盗はもうやめてくださいね。私以外に露見すると厄介なので。証拠は全てこちらで処分します。問題ありませんね?」

「……逆らえないんだから問題あるも何もないでしょ」

「ええ、確かにその通りです。では、今後ともよろしく。期待していますよ」

 

 そう言うと私に没収したものを盗品以外全部返す。

 

「それではまた学校でお会いしましょう。あと、髪のトリートメントはもう少し丁寧にした方が良いと思いますよ。毛先が割れていますので」

「それも、命令?」

「いえ、ただの助言です」

「……あっそ」

「おやすみなさい」

「……1つ聞かせて」

「何でしょう。残念ですが、情報源は明かせません」

「それは諦めてる。そうじゃなくて、あんたは何の為にここに来たの」

「何の為? ああ、それは簡単ですよ。高卒資格の為です」

 

 嘯く彼はニコッと笑った。どう考えても善意の笑顔には見えない。とんでもない事になってしまったと思いながらエレベーターに乗る。明日からこき使われるのは確定だが、家族の命がかかっている以上、どうしようもない。あの情報量、どうやって集めたのだろう。私は確実にあの男を知らなかった。この学校で初めて出会った。なのに、両親はおろか、従弟の情報まで持っていた。なにか恐ろしい悪魔と契約したような気がして身震いする。同時に、やっと必要とされるのかもしれないと言う微かな期待も存在していた。




<報告>
この学校は退学の可能性が通常校よりも圧倒的に高い。恐らく、赤点は即退学と思われる。こちらは学業に問題はないので心配無用。現段階では不明確だが、ポイントが必要になってくる場面が訪れる可能性高し。財産確保の必要大。
個人としての優秀さ、集団の中での優秀さ、集団としての優秀さ。この3つを主に求めていると推測。個人主義的な教育ではない模様。ポイントのペナルティも連帯責任の可能性高し。また、最後の項目から、今後クラス対抗で何かを行う試験も予想される。要注意兼要観察。また、クラス配属の基準も総合的な優秀さの順である模様。Aが最優か。


<要求・追記>
 神室真澄に関する素早い情報提供感謝する。脅しをかけ、傘下にすることに成功。諦観癖のある人間であったため、すぐに屈服した。今後は造反に注意しつつ、こき使っていく。また、残り2名の情報提供もなるたけ早くするよう願いたい。それが済み次第、他クラスの中心人物に移行すると先に通達する。

 <返答>
手駒の入手は喜ばしいが、くれぐれも機密保持は厳守願う。残りの2名は現在調査中。葛城康平は比較的早く済みそうではあるが、坂柳有栖がやはり困難。増員して調査にあたる。また、地下の調査も引き続きするよう求める。
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