ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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我が子不才にして、帝王の器にあらざりし時、丞相自ら蜀の帝となりて、万民治めるべし

『三國志・劉備』


5章・重要なのは、勝つために準備する意欲である
31.禅譲


<ある死人の独白>

 

 病床にて、女は憂いていた。己の将来ではない。それはもう定まっている。病死。多くを手にかけてきた自分が死ぬことはさして問題ではない。誰かに殺されるでもなく、己の内から湧いて出た存在である癌で死ぬとは、皮肉なことだと思っていた。彼女が憂いるのはただ1人、己が息子の事であった。

 

 

 

 

 野望に生きる父に駒として扱われ、吹雪の山で育ち、世界中を飛び回ってきた。ある時、日本の異端児の元に潜入するように父親から命令され、男のいる京都大学へ赴いた。そこで学生として潜り込み、助手を務め、最後には20年以上年の離れた男の元で住み込みの助手となった。

 

 風変わりな人間だった。人間味が薄い、と言い換えられるかもしれない。万民を見下してたが、それは憐れみからくる見下しだったと今になってみれば思う。どこに惹かれたのか、本国の指令を半ば無視し、男の子を孕んだ。鳳の姓を持つ男の子。名は、父親である男、自分の監視対象であり夫でもあるその男がその時読んでいた本の中に出てくる人物から名付けられた。ある意味では幸せだったのだ。

 

 しかし、それは数年で壊れる。夫から逃げろと言われた。白い部屋(ホワイトルーム)という組織があり、そこでは人工の天才を作ろうとしていた。夫は私たちの息子を供出するように求められた。だが、夫は後悔していた。己の理論は間違っていたのだと。感情を無視した教育は不幸しか生まない。万能の天才の創造は不可能であり、天才とは無から有を生み出せる人間であるはずなのに、あそこで生まれる人間は恐らく与えられた解答に満点を出すだけの装置にしかならないのだと。あそこには愛が足りない。故に、不成立なのだと。そして、私は離婚して親権を取り本国へ帰った体にして日本を後にした。

 

 父は私を許した。だが、援助はしなかった。苦しい生活で痩せたが、それでもまぁそこそこの幸福があった。裏切りの罰か、人殺しが幸せを望んだ代償か。私は癌を患った。もう治らないと言われた。私のことは良い。もうすぐ死ぬ運命だ。それは受け入れた。それでも息子の事だけは心配だった。孔明。優しくて聡明な我が子。もうすぐ6つになる、かわいい子。

 

 だから、冷酷で残忍な父に後を託した。利用価値がある間は、絶対に殺しはしない。見捨てもしない。そういう男だと、誰よりも分かっているから。けれど、きっともう平凡な暮らしを送らせてあげることは出来ないだろう。それだけが悔しい。

 

 

 

 死の床で、女は涙を流した。大陸一と言われた美貌も、もうそこにはない。痩せこけた母親の哀しい最期があるだけだった。

 

「お母様?」

 

 小さな息子が呼びかける。彼はまだ、死を知らない。きっと治ると思っている。痩せた手でその頬に触れる。

 

「これを……」

 

 渡したのは、いつも自分が付けていた2本の簪。さして高いものではない。多くの血を吸っている、護身用の道具。それでも、彼女が渡せる最期の遺産だった。

 

「いつか、あなたが愛せる人に、渡しなさい」

「愛せる、人?」

「そうよ……。あなたが愛せて、あなたを愛してくれる人に……。約束ね」

「うん、分かった」

 

 息子は頷いた。その母子のやり取りを、つまらないものを見るように父は眺めている。軍に生き、策謀に生きた父に、団欒はつまらないものなのだろう。

 

「どうか、この子をお願いします」

「まぁ、死なぬようにはしてやるでな。安心して逝くがいい」

 

 どう考えても守ってくれる人ではないし、そんな顔でもない。それでももう、彼以外に頼める人もいない。

 

「さぁ行くぞ。あまり長居しては身体に障るだろう」

「またね、お母様!」

 

 無邪気な顔で息子が去って行く。行かないで、と言いたかった。1人にしないでと言いたかった。さらばだ、我が娘。父は最後にそう言い残して病室を去った。

 

「ごめんなさい……守ってあげられなくて……。どうか、いつの日か、幸せになって……!」

 

 涙が流れ落ちた。その雫が床に落ちた時、彼女は力尽きた。諸葛桜綾(しょかつようりん)、享年28。そして彼女の産み落とした才子は、やがてその名を轟かす存在になる。幸せになれるかは、その本人もまだ分からない。彼の長い髪にはまだ2本の簪が揺れている。

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 波瀾万丈だった夏休みが終わり、学校は2学期がスタートした。夏の試験の結果により、CクラスとDクラスが入れ替わるなどの出来事はあったものの、Aクラスには特に被害はなく、むしろB以下との差を突き放し首位をキープしていた。少しだけ肌の焼けた生徒の散見される中、新学期はスタートしようとしていたのだ。

 

「この間の件は助かった」

「いえいえ、友人の困りごと。助けるのは当然です」

「だがしかし、本当に礼は良いのか?」

「さしてもらうような事はしておりませんので」

「恩に着る」

 

 葛城からお礼を言われる。というのも、数日前は葛城本人と彼の双子の妹の誕生日であった訳だ。だがしかし、この学校内にいる以上接触は出来ない。つまり、誕生日プレゼントを送る事も出来ないという事だ。これには葛城も衝撃を受けていた。流石に荷物を一方的に送るくらいは出来ると思って入学したようだ。

 

 堀北会長に相談するも、大していい案をもらえず、むしろ校則違反をするのは生徒会としてよろしくないと咎められてしまった。にっちもさっちもいかなくなった彼は、私に相談してきたのだった。まぁ先に結末を言えば、普通に送れた。方法は簡単。私には外部への連絡手段がある……がそちらではなく、電気屋を使えばいい。あそこはもう半分ウチの傀儡と化している。

 

 手元の携帯に表示されたニュースサイトには『東亜電気、上海家電に買収。経営陣はほぼ刷新するも、社長は続投』と書かれていた。元々あった買収話が進んだだけ。世間はそう認知してくれているだろう。これで、いい足がかりが出来たものだ。という訳で、私には何も損害はなかった。恩を売る程度にしておくことで、私への感謝の念を忘れないようにしてもらえれば大丈夫だろう。

 

 礼を言い彼は席に戻る。我が隣人にしてこの夏ほぼ部屋に引きこもりであった心霊少女坂柳は私を見ると少しビクッとしている。人形は捨ててない。中身が零れたら、真っ先に彼女の元へ復讐に向かうだろう。暫くは大切に保管しておくつもりだ。

 

 まぁそれとは別に、嫌がらせも兼ねて夏休みの楽しい思い出を保存した写真をクラスのグループチャットに流しておいた。先生にも渡してある。この学校に卒アルがあるのかは不明だが、あった場合使えそうだ。なければ勝手に作ればいいのだし。その時は集合写真に丸抜きの坂柳を貼り付ければ完璧だ。

 

 さて、そんな事は大事ではなく、今日の午後からの授業は、2時間連続でホームルームというスケジュールになっているのだ。明らかに何かある、と思って調べれば普通にホームページの年間スケジュールに載っていた。体育祭である。真嶋先生が教室に入ってくるなり軽く出欠確認を行い、それから淡々と説明を開始した。

 

「今日から改めて授業が始まった。だが2学期は9月から10月初めまでの1ヶ月間、体育祭に向け体育の授業が増え、変則的な日課になる。新たな時間割を配るためしっかりと保管しておきなさい。それと同時に体育祭に関するプリントも配る。前の生徒から順番に後ろに回すように」

 

 体育祭という言葉に反応は様々だ。喜ぶ者、落ち込む者、面倒そうな者、興味のない者。

 

「また、学校のHPでもプリント同様に詳細が公開されている。必要だと思うなら確認してみるといい。では、順を追って説明していくぞ。すでに目を通して気づいた者もいるだろうと思う。今回の体育祭は全学年を2つの組に分けて勝負する方式を採用している。お前たちAクラスは赤組に配属が決まった。そしてDクラスも同様に赤組として戦うことになっている。この体育祭の間はDクラスが味方というわけだ」

 

 Dクラス、龍園のところか……。この前の試験で2度も罠に嵌めたわけだが、今回はちゃんと協力してくれるのだろうか。とは言え、彼は最低でももう1度Cに上がる必要がある。そうしなければ、彼の求心力はどんどん低下してしまうだろう。船上試験で思い出したが、私は櫛田を当てた50万ポイントを何も言わずに持っているのだが、誰も指摘してこない。不気味なんだが……。言われない間は持っていよう。

 

「何よりも先に体育祭がもたらす結果について教えておこう。それを知っているかどうかで、体育祭への意欲や取り組み方も少しだけ変わってくるはずだ」

 

 

 

 

 

<体育祭におけるルール及び組分け>

 

・全学年を赤組と白組の2組に分ける対戦方式の体育祭。

・内訳は赤組がAクラスとDクラス。白組がBクラスとCクラスで構成される。

 

 

<全員参加競技の点数配分>

 

・結果に応じて1位15点、2位12点、3位10点、4位8点が組に与えられ、5位以下はそこから更に1点ずつ下がっていく。

・団体戦の場合は勝利した組に500点が与えられる。

 

 

<推薦参加競技の点数配分>

 

・結果に応じて1位50点、2位30点、3位15点、4位10点が組に与えられ、5位以下はそこから更に2点ずつ下がっていく。

・最終競技のリレーのみ上記の3倍の点数が与えられる。

 

 

<赤組対白組の結果が与える影響>

 

・全学年の総合点で負けた組は全学年等しくクラスポイントが100引かれる。

 

 

<学年別順位が与える影響>

 

・各学年、総合点で1位を取ったクラスにはクラスポイントが50与えられる。

・総合点で2位を取ったクラスのクラスポイントは変動しない。

・総合点で3位を取ったクラスはクラスポイントが50引かれる。

・総合点で4位を取ったクラスはクラスポイントが100引かれる。

 

 

 

 

「簡単な話、手を抜くのは推奨されない。負けた組が受けるペナルティは決して軽いものではないぞ」

 

 先生はそう言うが、はっきり言ってさして問題はない。この試験で点数を増やすのは難しいかもしれないが、そもそもBとの間に差があり過ぎてここで最大限のマイナスを食らっても普通に生き残れるだろう。Aは1479。Bは743。これで逆転されるのが難しい。

 

 ただ、例え所属している赤組が勝ったとしてもプラスが無いのは露骨にやる気に関わっていた。前回と前々回の試験があまりにもプラスになる余地が多すぎたために、今回のマイナスにならないだけ、というのが良いことに聞こえないのだろう。だが、現実世界では損害を被らないと言うだけで儲けもの、という状況は往々にして存在する。

 

 それに、3年Aクラスは堀北会長が、2年Aクラスには2年生を掌握している南雲がいる。3年は分からないが、少なくとも2年はAが負けないように八百長するはずだ。ならまぁ、組として敗北は無いかもしれない。

 

「これだけだとマイナスの面が強いように見えるかもしれないがこの体育祭ではクラスポイントの変動の他に、活躍した生徒には個人報酬が与えられる手筈となっている」

 

 

 

 

<個人競技報酬(次回中間試験にて使用可能)>

 

・各個人競技で1位を取った生徒には5000プライベートポイントの贈与もしくは筆記試験で3点に相当する点数を与える。

・各個人競技で2位を取った生徒には3000プライベートポイントの贈与もしくは筆記試験で2点に相当する点数を与える。

・各個人競技で3位を取った生徒には1000プライベートポイントの贈与もしくは筆記試験で1点に相当する点数を与える。

(いずれの場合も点数を選んだ場合、他人への付与は出来ない)

 

・各個人競技で最下位を取った生徒にはマイナス1000プライベートポイントのペナルティが科せられる。

(所持するポイントが1000未満の場合は筆記試験でマイナス1点となる)

 

 

<反則事項について>

 

・各競技のルールを熟読の上遵守すること。違反した者は失格同様の扱いを受ける。

・悪質な物については退学処分にする場合有り。それまでの獲得点数の剥奪も検討される。

 

 

<最優秀生徒報酬>

 

・全競技で最も高得点を得た生徒には10万プライベートポイントを贈与する。

 

 

<学年別最優秀生徒報酬>

 

・全競技で最も高得点を得た学年別生徒3名には各1万プライベートポイントを贈与する。

・全競技終了後、学年内で点数の集計をし下位10名にペナルティを科す。

 →ペナルティの内容は各学年ごとに異なる場合があるため担任教師に確認すること。

 

 

 勉強が苦手な生徒のいないAクラスには、点数が足されてもさしたる恩恵ではない。それに、私にとってすればもっと恩恵ではない。ポイントもそう多くはないし、はっきり言って微妙だ。

 

「最後のペナルティの内容だが、お前たち1年に科せられるのは次回筆記試験におけるテストの減点だ。総合成績下位10名の生徒は10点の減点を受けることになる。どのような方法で減点を適用するかは筆記試験が近づいた時に改めて説明するため、この場ではその質問には答えることが出来ない。また、下位10名の発表も同様に、筆記試験説明の際に通告する段取りになっている。坂柳には申し訳ないが受け入れて欲しい」

「はい。分かりました」

 

 いや普通に参加できないと分かっている生徒を入学させたのに以下略である。人権意識の低い学校だ。そんな事多分世界有数で人権意識の無い国の生まれに言われたくないと思うが。

 

「体育祭で行われる種目の詳細は全てプリントに記載されている通りだ。変更する予定は一切ない」

 

 

<全員参加種目>

 

①100メートル走

②ハードル競走

③棒倒し(男子限定)

④玉入れ(女子限定)

⑤男女別綱引き

⑥障害物競走

⑦二人三脚

⑧騎馬戦

⑨200メートル走

 

 

<推薦参加種目>

 

⑩借り物競争

⑪四方綱引き

⑫男女混合二人三脚

⑬3学年合同1200メートルリレー

 

 

 多いなぁ。体力のない生徒が絶望した顔をしているのが目に浮かぶ。実際、嘆息の声が聞こえた。走ってばっかりな気がする。面倒極まりない。あと、パン食い競争が無いのは何故だ。あれはいいものだったのに。

 

「競技数の多さが目立つかもしれないが、その代わりに応援合戦やダンス、組体操などの種目は一切存在しない。体育祭はあくまでも体力、運動神経を競い合うものというのが学校側の意向だ」

 

 じゃあ1日でやるなや。そう思ってしまう。応援団って青春の1ページだと漫画で読んだのだが。あれだろ、学ラン着るやつだろう? なんで無いんだ。私の中学は人数が少なすぎて出来なかったので、今度こそ日本のスクールカルチャーに触れられると思っていたのに。後、ダンスも見たかった。結構得意なのに。

 

「また、ここに参加表と呼ばれる物があるが、これはお前たちで話し合って全ての種目に記入を終えた上、担任である私に提出してもらう物になっている。このような方式を取っている学校は他にないと思われるので、間違いが起きないよう心に留めておくように。体育祭当日に行われる競技の全て、何組目に誰が走るかまでお前たち自身で決めろ。提出期間は体育祭の1週間前から前日の午後5時までの間。締め切り以降は如何なる理由があろうとも入れ替えることは許されない。もしも提出期限を過ぎた場合はランダムに振り分けられることになるから気をつけることだ」

「当日の欠席者はどうなるのでしょうか。特に団体戦などは?」

「『全員参加』が必須の競技で必要最低限の人数を下回る形で欠員が出た場合は続行不能とみなし失格だ。パートナー選びは慎重にすることを勧める。とは言え、救済措置もある。花形種目の『推薦競技』に関しては代役を立てられる。ただし、特別な条件下とポイントを支払う事が条件だ」

「代役に必要なポイントは?」

「各競技につき10万となっている」

 

 意図していなくても怪我を負ってしまう事はある。どんな時も、こういう肉体系は上手く運ばないことが多い。ポイントはあって損はしないだろう。尤も、Aクラスはかなり高額ポイント保有者が多い。なら問題ないだろう。出し渋る額ではない。

 

 女子は坂柳の分、初めからハンデがあると見るべきだろう。騎馬は1騎減るし、二人三脚も必然的にもう1人だれか失格になってしまう生徒が存在する。2回走れるようにすればいいのではないだろうか。普通の学校はそうしていると思うのだが。とは言え、一応偶数人数で揃っているうちに比べて上級生はクラスの人数がかなり少なかったりする。その分大変そうだ。

 

「これ以上質問がないようなら説明は終了とする。残りの時間が20分ほどあるが、好きに使うといい。次の時間は第一体育館に移動したのち、各クラス他学年との顔合わせを行う予定になっている。くれぐれも時間に遅れないようにしろ」

 

 

 

 

 

 

 さて、自由時間である。しかし、勝手に騒ぎださないのがこのクラスでありがたいと思うところの1つだ。もしDクラスとかだったら今頃私は何をしているんだろうか。民度の高さに感謝する。とは言え、全てが万事問題なしとは言えない。というのも、このクラスには派閥がある。そして、夏休みでそれは解消しなかった。正確には、わだかまりは大分消えたが主導権争い自体は決着していないのである。クラスの内38人が坂柳か葛城に従っているのはそのままだ。残りの2名は自分自身と真澄さんである。すんごいやる気なさそうな人筆頭が真澄さんだが、実は彼女の運動神経はAクラス女子だとトップクラスに入る。

 

 哀れ、私に従うことになった彼女は朝にランニング等の運動を継続的にさせられ、夕方~夜にはみっちり講習が入っているというかなりのハードスケジュールを生きている。最近ではもう慣れたらしい。人間の適応力は恐ろしいものだ。中学時代にはバスケ部と陸上部からスカウトが来たというその実力はまだ健在だろう。実際、無人島でも割と動き回っていた時もあったが、普通そうな顔だった。

 

 真澄さんがいくら食べても太らないメカニズムはさておき、クラスでは誰が行くかの一種の膠着状態が発生していた。一般生徒に行く度胸は無い。坂柳は今回は指揮は諦めているようだ。さもありなん。この試験では正直ほぼ役に立たない。応援係と練習時の計測委員でもやってくれ。あまりにも無言の状況に、葛城が立ち上がった。

 

「皆で1つ話すべきことがあると思う。体育祭の前にだ。これまで俺たちは2つ、正確には3つに分かれていた。不肖この俺に付いてきてくれる者。坂柳に付いて行く者。そして諸葛と神室の2名。この体制は今のところ瑕疵もなく機能しているように見える。だが、今後はどうだろうか。先の船上試験で俺は奇しくも他クラスのリーダー格と同じグループにいた。そこで見たのは、Bは一之瀬が、C……いや今のDは龍園が、そして今のCは堀北が仕切っている姿だった。このまま分裂状態である事は、Aクラスのために良くないと思う。坂柳、俺はお前の意見を聞きたい」

「……私にどうしろと? 私がやると言ったのならばそれに従ってくれるのですか?」

「それは話し合い次第だろう」

「では逆に聞きますが、葛城君自体の考えはどうなんですか? 私に聞く前に自身の考えをしっかり述べるべきだと思います」

「俺としては……諸葛にこの地位を譲る事も考えている」

「か、葛城さん!?」

「弥彦、今は少し静かにしてくれ」

 

 クラスはざわめく。葛城派の幾人かは何となく察していたようだ。坂柳派にも混乱が広がっている。坂柳も苦虫を噛み潰したような顔になっている。なんだ、私がリーダーは不満か?後で人形解放してやろうか。

 

「もし引き受けてくれるならば、俺は潔く退こう。神室にナンバーツーを譲るのも問題ない。俺は3番手以下で構わないと思っている」

「!?」

 

 嫌だ、と真澄さんの顔に書いてある。何とかしろ、と目で訴えてきているが、今は状況を見守ろう。

 

「もし……そうなったとしたら……私は彼の軍門に降るしかないでしょう」

「坂柳さん!?」

「事実、彼はBクラスとの差を大きく引き離し、夏季の試験をほぼ全て作戦通りに終わらせました。結果、Dは船上試験で1人勝ちを収めヘイトを買い、Cとなりました。龍園君はそれに夢中ですし、一之瀬さんに負ける要因はありません。私がどうこう言うことは出来無いでしょう。個人的な恩義もあるので、あまり強気にも出れません。私では成し得ない結果を出されてしまった以上、現状で何をしようとも上回ることは出来ませんので」

 

 確かに、現状彼女の成果はほぼない。なので、こう考えるのも分かるのだが、少し妙だ。こんなにあっさり闘争から身を退くものだろうか。もしかしたら、クラスの統治という面倒事を捨て裏で好き勝手にやる方を選んだのかもしれない。そうなった場合、他クラスの情勢にちょっかいをかけて面倒になる気しかしない。どうにかしてクラスには縛り付けておく必要があるだろう。

 

「そうか。概ね意見は一致しているようだな。だが、流石に2人だけの言葉で決める訳にはいかないだろう。もし、諸葛がこのクラスの指揮を執るとなった場合、それに従ってもいいという者は手を挙げてくれ。勿論、今は個人の心情に従ってくれて構わない。誰も咎めはしない」

 

 スッと幾つもの手が上がる。派閥も思想も超えたAクラスの人員が全員手を挙げていた。葛城の意思を尊重することを選んだ戸塚は渋々。坂柳派は戸惑いを感じながらも、それでも悪くはないというように。真澄さんはもしそうなっても本音では構わないのだろう。それとも、私の器に疑問を持っていないのか。ピンと手を高く挙げている。

 

「俺たちの意見はこうだ。どう思うか、聞かせてくれないか」

 

 クラス中39人から視線を向けられる。誰もが私が次に何を言うかを待っている。事実、ここでどうするかで全てが変わるだろう。これはある種の禅譲だ。実力差を知ってしまった人間と何も出来なかった人間の諦めの末に行われる禅譲。私という帝を仰ぐための儀式だ。

 

 しかし、古の言葉に曰く、禅譲は1回目で受けてはいけない。それに、トップに立つと今よりも苦労するだろう。癖の強い人員を上手く統治しないといけない。そんな事をするくらいならば、今のように比較的自由な地位にいた方がマシだ。とは言え、断るのも角が立つ。

 

「なるほど。お気持ちは分かりました。ですが、1つだけ私から問わせて頂きたい。果たして統一意思の元に動けることが強さなのでしょうか? 確かに、下位クラスは全てそうやって統治されています。しかし、果たして本当にそれが唯一無二の正解なのでしょうか。ここで、下位クラスの状態を考えてみましょう。Bクラスは一之瀬さんというカリスマに治められています。民主制に近いようにも見えますが、実態は神権政治に近い。一之瀬さんという神、もしくはその代理人である巫女を崇めているような状態です。一之瀬さんの言葉は神の言葉。そう言う感じですね。邪馬台国に近いでしょう。そしてCクラス。堀北さんの統治はまだ十分ではありません。幾つも不安要素がある上に力を持った個人が多い部族連合に近い形です。最後にDクラス。龍園君の統治は暴力による絶対王政だ。革命の兆しは未だありません」

 

 ここまでで他クラスの状況を列挙していく。クラスメイトはいきなり社会科の授業みたいなのが始まった事に疑問を浮かべている顔だ。歩きながらゆっくりと教壇に立つ。

 

「彼らは何故、統一した意思によって動こうとするのか。それはそうしないと上に上がれないからです。実力不足だからです。では、我がクラスがそれに立ち向かうのに、同じ方法を使う必要があるのでしょうか。我々は初期値が圧倒的に上なのに。しかしまぁ、葛城君の懸念も尤もでもあります。代表がいないと契約も結べませんし、非常時の決定権も宙ぶらりんだ。それは良くないでしょうね。なので私は大統領制に近いものを提案します」

「大統領制?」

「ええ。折角推戴してくださった皆さんの意思を無下には出来ません。なので、私が大統領兼議会の議長を務めます。しかし、方針自体は私の一存では決まりません。議会、即ち皆さんの意思によって戦略は左右されるでしょう。坂柳さんと葛城君は2大政党の党首とでもお考え下さい。私はどこの政党にも所属していないのに大統領してる奇妙な人物ですが、民意の採択における公平性を考えれば中立派・中道路線の方が良いと思われます。そして、いざという時は大統領の緊急事態権限を使えばいい。いかがでしょうか」

 

 クラスの代表になってしまっても、責任の所在を分散させられる状態を作った。この体制を維持できれば、民意によって動くと言うある種の縛りが出来る。ここが限界だろう。坂柳と葛城の地位をある程度残しつつ、派閥の持つ力を矮小化させる。グループのような存在に落とすことで、クラス内での覇権争いと言う不安要素はある程度払拭できる。

 

「後、言い忘れましたがちゃんと選挙制度もありますよ。各学期の初日にこうして選べばいい。誰も立候補がいなければ続投。もし問題があればそこで引きずり下ろすか、全会の3分の2の賛成でリコールも可能。こんな感じです。我々は現状1年生最強。その余裕があるからこそできる、アメリカ式です。ご存じですか? 世界最強はアメリカなんですよ」

 

 パチパチと拍手が起き始める。少しずつそれは伝播し、最終的にはクラスメイト全員が拍手をしている。全会一致で賛成と見て良いだろう。

 

「賛成多数で私の案は可決、と見てよろしいでしょうか?」

「「「「はいッ!」」」」

「分かりました。不肖諸葛孔明、皆さんの意思により2学期におけるこのクラスの代表を務めさせて頂きます。不満質問疑問意見等々ありましたら、いつでもお気軽にどうぞ。ああ、そうだ。1つだけ私の権限で人事をしてもよろしいですか? 議会には書記が必要ですので……引き受けて頂けますかね、真澄さん?」

「地の果てまでも、喜んで」

「ありがとうございます。ではまずはこの体育祭、勝ちに行きましょう。勿論、無人島同様安全に楽しく、ね?」

 

 新生Aクラスは動き出す。ある程度はこうなる予想は出来ていた。葛城が冷静に自身を分析し、坂柳もそれをした場合禅譲が最も合理的であると判断することは。血の一滴も流さず、誰も犠牲にせず、全ての意思によってトップを勝ち取る。これが最もスマートなやり方ではないだろうか。誰も強制していない。彼らは自ら私を選んだ。我が祖国ではほぼ形骸化している民主主義によって。これに4月頃から考えていた私が地位を確保するための方策が実を結んだ瞬間だった。

 

 同時に体育祭における坂柳の役目が写真撮影係になった瞬間でもあった。




<報告>
 Aクラスの主導権、民主的に確保に成功。

<要求>
 いい加減一之瀬帆波の件は終わったか?また、夏季特別試験の報告は既に送った。確認されたし。

<返信>

 夏の間に突き止めた。添付ファイルを送る。また、報告は了承している。お疲れ様でございました。




 図書館に民俗学・心霊・除霊・悪魔祓い・風水などの本が大量に注文されたそうですね。図書館の主(椎名さん)が困惑しているようです。誰が頼んだんでしょうか。
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