ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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ここで各クラスリーダーの犯罪歴について詳しく見てみましょうか。

Dクラス:龍園翔……暴行罪・恐喝罪・脅迫罪・傷害罪・決闘罪など。中学時代から不良なので、こんなものでしょう。他にもあるかもしれませんが、主だったものだとこの程度ですかね。一般の不良ですが、不良のやることは大体何らかの罪です。真っ当に生きたいですね。
Cクラス:堀北鈴音……傷害罪(未遂も)。皆さんお忘れかもしれませんが、綾小路君にコンパスを刺してます。居眠りしかけていた彼も悪いですが、これは確かにDクラス配属も納得の行動。体育祭編ではシャーペンで脅してます。生徒会長にはこの辺だけはせめてちゃんと注意して欲しかった。
Bクラス:一之瀬帆波……言わずと知れた窃盗罪。ただし、彼女の場合店側が不問にしてくれたので前科前歴はありません。経歴的にはまっさらです。そのせいで孔明の愉快な仲間たちが情報集めに苦労しました。当時の事情を知ってる人も殆どだんまりだったので、人徳の高さが伺えます。本人も罪の自覚と反省があるので一番マシかも。
Aクラス:諸葛孔明……殺人罪以下多数。軍人のお仕事は問題ないですが、育ての組織へのクーデターで担当官殺害など。後、軍事基地を不法占拠して核弾頭を口実に中央政府を恐喝してます。こんなんでも、恐喝で国防予算が大幅に増えたので軍の支持は高い。罪の意識はありますが……。



二頭の虎の間に肉を投げ込めば、即ち虎は戦いを始むる。さすれば二虎いずれか死に至るまで戦い、勝ちし方も手負い故、狩るは容易きかな

『三國志・荀彧』


32.堕天使

 2時間目のHRは全学年による顔合わせだ。場所は体育館。その場には総勢約400名にも及ぶ生徒と教師が集まっていた。その全員が紅白のどちらかに分かれている。生徒が床に座ると同時、何人かの上級生たちが前へと出てきた。赤組全員の視線が集まる中、3年生と思しき男子生徒が代表して話し始める。

 

「俺は3年Aクラスの藤巻だ。今回赤組の総指揮を執ることになった」

 

 普通に堀北会長がやると思っていたのだが、そうでは無いようだ。単に役割分担なのか、なにか別の狙いがあるのか。もしくはAクラスは複数の有力者が完全に手を取り合っている合議制なのかもしれない。向こうの情報は知らないが。

 

「1年生には先に一つだけアドバイスしておく。一部の連中は余計なことだと言うかもしれないが、体育祭は非常に重要なものだということを肝に銘じておけ。体育祭での経験は必ず別の機会でも活かされる。これからの試験の中には一見遊びのようなものも多数あるだろう。だがそのどれもが学校での生き残りを懸けた重要な戦いになる」

 

 生き残り、か。殺し合いでもするんだろうか。当然そんな事は無いと分かっているのだが、ここで使われる『生き残り』という言葉と、私の過去にある『生き残り』という言葉に、激しい温度差を感じてしまう。我々の中での生き残りとは文字通りの意味だった訳で。それを言ってもどうしようもない事だとは分かっているけれど、心中で愚痴るくらいは許されても良いだろう。

 

「今はまだ実感も無ければやる気も無いかもしれない。だがやる以上は勝ちに行く、その気持を強くもて。それだけは全員が共通の認識として持っておけ」

 

 それは大事な事だろう。今回の試験、運動だけ出来るヤツの集まった強化クラスではないのだからして、大事なのは参加表だ。これに尽きるだろう。各生徒の体力や能力を測定し、どれくらいなのかを把握したい。これは軍でも当然ある事だ。体重・身長・運動能力……どれも大事なことだ。自分達の参加表は絶対に漏らしてはいけないし、他クラスの参加表を少しでも把握出来たら有利に立てる。

 

 パターンは大きく3つ。

 

Ⅰ、他クラスが優秀な生徒を出す時。この場合は、ギリギリ勝てる優秀な生徒を出して接戦に持ち込むか、または運動苦手な生徒を出してそのレースを捨てることが優先されるだろう。強い相手に立ち向かえないのなら、他で少しでも点数を稼ぐべく捨てるところも必要だ。

 

Ⅱ、他が普通の生徒を出す時。これは普通に優秀な生徒を出して勝てばいい。もしかしたら普通同士で鍔迫り合いして上手くいけば勝てるかも?という状況になってしまうかもしれないが、一番臨機応変に出来るパターンだ。

 

Ⅲ、他が運動苦手な生徒を出す時。これは一番シンプルに普通の生徒を出して勝てば問題ない。身体能力はある程度調整されているはずだ。突出して高い生徒も数名いるが、大体ばらけている。高い生徒の多いクラスは、その分だけ低い生徒も集められている。まぁ今回は特別試験とは言われていない。そう重く考える必要もないかもしれない。船貸し切って予算が尽きたか?

 

「全学年が関わっての種目は最後の1200メートルリレーのみ。それ以外は全て学年別種目ばかりだ。今から各学年で集まり方針について好きに話し合ってくれ」 

 

 ぞろぞろと集団移動が始まる。なら最初から学年単位で良いじゃないかと思ってしまうが、まぁそこは堪えよう。他学年からの視線もチラホラ感じる。夏休みの試験結果が公表されているのかもしれないな。生徒会辺りは知っていそうだし、そこから情報が流れているのかもしれない。

 

「どうも、今回はよろしくお願いしますね?」

「ハッ! こっちはお願いすることなんかねぇなぁ」

「おや。それでは話し合いはしないと?」

「こっちは善意で去ろうとしてんだぜ? 俺が協力を申し出たところで、お前らが信じるとは思えない。結局端から腹の探り合いになるだけだろ? だったら時間の無駄だ。それに、俺らが勝つ戦略はもう見えている」

「とは言え、協力が必要な競技もあると思いますが。騎馬戦等ではどうするつもりですかね」

「その時はお前の指示にある程度は従ってやるさ。作戦計画を前日までに出せ。そうしたら多少はその通りに動いてやる。お前ならいけるだろう? 軍師野郎。騎馬戦なんて、軍師の本業じゃねぇか」

「まぁその通りですね。分かりました。そう言う事でよろしくお願いします」

 

 龍園はニヤニヤしながらこちらに接近してきて、私の耳元で囁く。

 

「鈴音は俺が潰す。お前らは手出しするなよ? そうしなけりゃ、こっちも特に何もしないでやるからよ」

「承りました」

「ククク、物わかりの良い奴だな。行くぞ!」

 

 薄笑いを浮かべた龍園は、Dクラスの生徒全員を率いて歩き出す。統率力では一番高いかもしれない。これは堀北たちは大変そうだ。とは言え、これも私が作りだした状況。下の方で仲良く足を引っ張り合っていてくれれば幸いだ。ま、さしずめ二虎競食の計と言うべきか。いずれにせよ、こちらにさして害はないだろう。むしろそうでなくては得点調整をした意味がない。

 

「さて、私たちも戻りましょう!」

 

 話し合いなどせずに1年生の赤組は終了してしまった。遠くを見れば、BとCが一応話し合いをしているようだ。一之瀬と堀北の姿が見える。神崎と綾小路もいるようだ。Bクラスにも男女ともに運動神経のいい生徒がいると評判になっている。確か……柴田颯という名前だった。

 

「よう、お前が1年のAのリーダーか?」

 

 声に振り返ればあまり会いたくない人がいた。2年Aクラスの長にして、2年全体を仕切る生徒会副会長・南雲雅。雅という名に謝れと言っても文句は出ないと思われる金髪をしたチャラい先輩だ。昔の担当官に似ているから嫌いだ。とは言え、そんなのを表に出す訳にはいかない。あくまでもにこやかに。

 

「お初にお目にかかります、諸葛孔明と申します。南雲先輩におかれましては」

「あぁ、その長ったらしい挨拶は良いぜ。気楽に行こう」

「おや、そうですか。感謝いたします」

「1年のAは割れてると聞いていたが……お前がまとめたのか?てっきり坂柳辺りが勝つと思っていたが」

「さぁ、何とも。まとめたと言えばそうですし、そうでないとも言えそうです。あくまでも私は民意によって選ばれた代表者にすぎませんので。引きずり降ろされる確率も十分にあります。両派にとって都合のいい存在だっただけ、という見方も出来るでしょう」

「へぇ?」

 

 値踏みするような目でこちらを見てくる。人間誰でも生理的に受け付けない相手というのは存在する。それはむしろ普通のことだ。私がたまたま彼だっただけである。早くどっか行ってくれないかと思いながら、その視線に耐えた。

 

「私の顔に何か?」

「いや、堀北先輩の言っていた傑物とやらがどんなものかと思っただけだ」

「そのように優れた人物であるつもりは無いのですけれどね」

「まぁ良い。お互いAの王だ。せいぜいよろしくやろうぜ」

「こちらこそ、2年生をまとめ上げた皇帝に、ご指導ご鞭撻いただけるとあれば光栄です」

「皇帝? なんだそりゃ」

「各クラスのリーダーを仮に王とするならば、王をまとめ上げた人間は皇帝では?」

「ハハハ、見え透いた世辞だが俺は心が広いからな。受け取っておくとしよう」

「おやまぁ、そんなつもりは無いのですが」

「土俵に上がってきたら相手してやる。それまでは、チマチマとクラス間闘争を続けるといいさ。だが、早く終わらせておくと何かと得だぞ?」

 

 そう言い残すと奴は去って行った。途中から罵詈雑言を吐きながらどっか行って欲しいなぁと思っていたので勝手にいなくなってくれて清々した。過去の嫌な思い出が一気に蘇ってくる。まぁ彼が何か私に悪事を働いたわけではないので、その点は申し訳ないと思うのだが人格的にもあまり好きになれる人物ではない。それでも、クラス間闘争をさっさと抜け出し、BからAに上がりそれをキープしている傑物なのは間違いないのがうざったい。実力のあるリスキーな人物は面倒だ。

 

 しかし、この学校の目的からすると将来の日本で活躍する人材を育成する、のはずだ。つまり、彼が将来の日本を率いる……。我が祖国大勝利か、これ? 日本の未来は暗いな……。他人事ながら可哀想にと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 週に1度設けられる2時間のHRは好きにして構わないというお達しが出ている。遠慮なく好きにさせてもらうが、まず集団が動くにあたってやるべきことはいつだって決まっている。方針の確定だ。この体育祭には大きく分けて2つのクリア方法がある。それ以外はあまりない。邪道や裏技が通じにくく、正道――つまりは純粋な運動能力+少しの作戦で勝負に出るべき場面だ。勿論、ラフプレーをする方法もあるにはあるが……やる人間の負担がかなり大きいのであまりお勧めは出来ないだろう。バレた場合の面倒さもかなりある。まかり間違って障害でも負われてしまうと問答無用で退学だろう。それは勘弁だ。

 

「さて、それでは話し合いを始めましょう」 

 

 教壇の上に立ち、話を始める。私は選出された代表者。それ故、民意に逆らう事はし難い上に強権的な行動は出来ない。それはメリットでもあるしデメリットでもある。個人的には強権的に振舞えれば楽なのだが、一般人相手にやる事ではないだろう。真澄さんは黒板の前にスタンバイしている。

 

「推薦競技に関しても全員参加の競技に関しても今回取れる主だった方法は2つ。まず1つは万事において能力を元に出場表を決める方式。能力が高い人間が勝てるように調整する、ある意味でもっとも実力主義的なやり方と言えるでしょう。ただし、その分運動の不得手な生徒の皆さんの勝利は遠のいてしまう確率が高い方法でもあります。そしてもう1つは全ての生徒に機会を均等に与える方式です。勝率は微妙ですが、団結という意味ならばこちらが圧倒的に上回るのは一目瞭然ですね」

 

 とは言え、そもそも運動の不得手な生徒はやってくれるなら任せる、という生徒が多い。そうそう機会均等を求めてこないだろう。ポイントマイナスはあまりいい気はしなくても、そこまで懐が痛まないのがAクラスの良いところだ。今月のポイントは14万3900。ぶっちぎりで貰っているので、むしろ使いどころに困っている生徒の方が多い有り様だ。

 

「他に何か案はありますか?」

 

 まぁ他にやりようがない訳ではない。折衷案もある。しかし、これはあんまりいい結果にならないだろう。今後はこうして私がある程度案を提示する。各派閥はそれを受けて何か追加案や修正案があれば出す。その結果、第3、第4の案が生まれる事もあるだろう。そして最後に選び取る。そういう風になるはずだ。

 

「無いようでしたらば決を採りましょう。1つ目・能力主義を採用したい方……はい。次に2つ目・機会均等を採用したい方……はい、ありがとうございます」

 

 1つ目が割と大人数。運動が苦手だけれど勉強が出来る生徒は、もう端から面倒なので出来る勢に任せてしまいたいという意思が見える。点数はカバーできるし、ポイントには余裕があるからだ。目くじらを立てるほどのマイナスにはならないと踏んでいる。出来る勢は活躍の場があればデメリットはないだろう。

 

 2つ目はやはりポイント減少などのマイナスを嫌がる層だ。これに関してはまぁ仕方がない。貰えるはずのものが貰えないのは嫌だという人間は一定数いる。それは決して間違いではないだろう。

 

「分かりました。多数決では1つ目の方針・実力主義を採用することになりました。勿論、反対の方もいらっしゃいましたが、決まった以上はそれに従って頂きます。それが、民主主義の大前提とするルールですので。ただし、もしどうしても不満だという方は個別に仰ってください。本番でポイント没収措置になってしまった場合、私の方で補填します」

 

 軽い動揺が走る。これで理解はしていても納得はしていない層が揺れた。流石にリーダーに私財を投じてまで損失を補填しろ、という面の皮の厚い人間はこのクラスにはいないのだ。いないと踏んでこう言っているのだから当然なのだが。私としてはむしろそういう面の皮の厚い人間を求めているところはあるのだけれど。後、ここの全員少なからず私に恩義がある。それ故、罪悪感に苛まれるはずだ。これは凄い役に立つ。私の意に逆らう事に勝手に罪の意識を感じてくれるのだから。

 

「特別試験だなんだと言われて辟易しているかもしれませんが、私の基本方針は無人島から変わりません。楽しく、安全に。あくまで我々は学生。それを忘れずに青春という思い出の輝く1ページを作っていきましょう。その片手間で勝利を得れば万事問題ない。そうでしょう? 個人的な意見ですが、青春とは、全力投球の結果得られるものだと思っています。勉強、部活、友人関係、バイト……恋愛も?」

 

 ここで軽い笑いが起きる。

 

「ですので、今回もやるからには全力で行きましょう。勿論、私も言いだしっぺとして他の方の分も推薦競技に全部出ますのでご安心を」

「「「え……?」」」

 

 かくして、私が元々体育会系だとある程度察していた真澄さんを除き誰も信じていなかったAクラスは、勝利を目指して邁進を始めた。何で文化系と思われていたのだろうと考えて、分かった。プールの授業はマンホールに潜った後だったので欠席し、無人島ではそもそも人前で脱いでいない。しかも基本学校でも私服でも長袖を着ている。身体のラインが出ない服、例えば中華風の服や和服が多いので衆人から見えているのは白い手首だけ。あぁ……なるほど……。少しだけガックリ来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体能力というのは一朝一夕では向上しない。それこそ、かなりの努力をしたとしても結構な時間を要する。それは覆しようのない事実だ。しかし、では何もできないのかと言えばそれもまた違う。例えばリレーのバトン渡し、二人三脚の息合わせ、障害物競走や騎馬戦などなどこういうところでの技術面は磨けばマシになる事も多い。純粋な走力ともなるとなかなか難しいところはあるが、こういう小手先の技が通じる種目ではしっかりと練習しないといけない。騎馬戦なんてやった事ないのだが、まぁ何とかなるだろう。頑張って動画を参考にした。ようは経験値だ。経験値があるのと無いのとでは最終的に差が出る。

 

「平均的だ……」

 

 我がAクラスの運動神経は総じて平均的だ。凄くできない生徒は少ないが、凄くできる生徒も少ない。出来る勢には真澄さんの他、鬼頭や橋本がいる。葛城も悪い方ではないな。女子が微妙なのが何とも言えないが、他クラスの状況にもよる。しかし、下位クラスほど運動できる勢がいるようだ。総合力でカバーしていくしかないだろう。

 

 我が校は本来春に全国的にやるはずの体力テストをやっていないので、今更やる羽目になっている。長座体前屈とかはやってないが、それでも面倒だ。文科省仕事しろ。国営だからって好きにやらせるなよ。

 

「走れー」

 

 私の声でAクラスの男子が走り始める。次に女子。もう面倒なので一斉に走らせた。先頭から逆算すれば大体のタイムが見えてくる。男子で早いのはやはり鬼頭か。女子は真澄さんの一強。流石陸上部から誘われただけの事はある。データを手元の端末に打ち込んで走者の順番や推薦競技に出す人を決めていく。坂柳はボッチで教室放置は流石に気が引けたので一応来てもらっている。カメラを手渡し、困惑している彼女に写真係だから練習しておいてと言った時の顔はしばらく忘れられないだろう。

 

「諸葛」

「どうしましたか、鬼頭君」

「お前と勝負がしたい。推薦競技に出ると言っていたが、走力を示さないと実力順に反してしまうからな」

「なるほど、男子で暫定1位の君と戦えば、その証明になると。確かに、今までずっと計測係ばかりしていましたからね」

 

 自分の実力は自分で知っているので、つい忘れていた。走る時にしろ何の競技にしろ、当日は装飾品を外さないといけない。多分私向けに作られたルールだろう。簪振り回しているのが普通に危ない。なので、学校の言い分は尤もだ。逆らう気はない。なので、リボンに付け替えて縛る。なお、このリボンだって立派な武器だ。リボンに水分を含ませれば鞭代わりになるし、縛ったり窒息させたりできる。銃もナイフも何もない状態でも周りの物で対人戦を行うのが元々の戦闘スタイルだ。

 

「真澄さん、これちょっと持っててください」

「はいはい……重っ!」

「ついでにスタート係りもよろしく」

「了解。……位置について、よーいドン!」

 

 そして勝負は割と一瞬で着いた。こんなところで負けたらマズいので、良かったと思う。男子100mは元々すぐ終わる競技としても有名だ。大体10秒くらいで決着がつく。私は陸上選手では無いので流石に世界記録は出せないし、ボルトには勝てない。私の亡き母は国家代表レベルで凄い速かったらしいが、私が物心ついた時には既に体調を崩すことが多かったので全力疾走をしたのを見たのは1回きり。ひったくりをとっ捕まえていた時のことだ。

 

「大丈夫ですか、鬼頭君」

「ああ……速いな。元陸上部か?」

「いえ、中学時代は剣道部でした。尤も、幽霊部員でしたけれど」

 

 髪を払う私に敬意の籠った目線を向けてくるクラスメイトに向かって私は言う。

 

「言ったでしょう? 私は速いんです」

「バリバリ根に持ってるじゃん」

 

 真澄さんのジト目が刺さった。どうでも良いところで舐められるのは嫌いなので仕方ない。私は元来、結構負けず嫌いなのだ。戦略的に必要なら容赦なくその性質を封印するけれど、敗北というものは好きじゃない。そう言い訳して、ジト目から視線を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 ある程度計測が終われば、後はメンバーを選定し、体育祭までの練習期間を考えてメニューを割り振り、時間調整を行った。騎馬戦なんかは予行演習を行い、リレーのバトンパスもやってもらう。特に推薦競技に出ない人はそのまま走る訓練だ。やるのとやらないのとでは多少違うし、まだ1ヶ月弱あるのでそれだけあれば少しは体力がつくだろう。また、推薦競技のうち借り物競争だけはメンバーに極端に数値の遅い人も加えた。これはかなり運の左右するレースなので、脚の遅い面子にも救いがあるからである。とは言え、それで定員が満員にはならないので残りは普通に足が速い組である。

 

 私の二人三脚の相手は鬼頭だ。速い者同士で組んだ方が良いということでそうなった。数回の練習でかなりのハイペースが出せるようになったのでこれは問題ない。もう1つの方、男女混合二人三脚が問題だったが、ここは安定感重視で真澄さんとペアになる。

 

「取り敢えずまず1人で走って貰えるか?」

「分かった」

 

 普通にランニングしている様子を観察する。脚の動き、手の振り方、スピード、呼吸、ペース……。彼女の走りを脳内で再現する。それに合わせて身体を動かせば、少なくとも足を引っ張る事は無いだろう。速さで言えば彼女の方が遅いので、私がそれに合わせるのが道理だった。

 

「なるほど」

「ジロジロ見て何か分かったわけ?これ、私じゃないとセクハラになるわよ」

「他の人を何でジロジロ見ないといけないんだ。そんなことしてる暇はないが」

「……あっそう。紐、結ぶわよ」

「ああ」

 

 せーので走り出す。彼女のペースは既に把握しているため、合わせるのは容易い。いつものサイドテールもポニーテールにフォームチェンジしているなぁ、等々くだらない事を把握する余裕もあるくらいには問題なかった。二人三脚なんて産まれて初めてやったが、結構気を遣う競技だという事が分かる。この競技は脚を動かすペースと最初に踏み出す脚、後は姿勢に気を付けることが大事だが……我々はそのあたりの打ち合わせをさっさとクリアしている。

 

 結果、かなりのスピードで走る事が出来た。これならば、本番も問題ないだろう。

 

「すんごいピッタリ合わさってて怖いんだけど」

「相性が良いって事では?」

「ふ~ん、そうなんだ」

 

 別に嘘は言っていない。私が彼女の走りをトレースしているのは事実だが、それ以外にも素の相性が悪いとここまでスムーズには行かないだろう。なので、間違いではない。挙動不審になっている姿に首を傾げつつ、次の練習に移った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 練習も全て順調に進み、凡そ問題ないと言えるレベルまで水準が上がった。50mでへばっていた運動苦手勢も少しはまともになってきた。フォームの改善と日頃の地道な努力で直せる事も多い。元々努力できる人間の集まりがAクラスだ。そのアベレージの高さが良い感じに作用している。坂柳は諦めたように動いている被写体の撮影技術向上に努めていた。顔が死んでいたが、それは流石に知らん。この前飛んでいる鳥を撮っていたが、デジカメのわりに凄い上手かった。流石は優秀な人間。やると決めれば一定以上の水準にはなるようだ。

 

 そろそろ出走表をしっかり決めないといけない。推薦競技で出る面子はもう決まっているので良かったが、それ以外はまだ決めていなかった。理由は幾つかあり、他クラスへの情報漏洩を恐れたこと。万が一にも坂柳に動かれては困る。死んだ魚のような目で写真を撮っている姿が仮面でないとは言い切れない。それに、橋本も龍園にパイプがある。それに、Dクラスからのリサーチがかなり鬱陶しいレベルで付きまとっている。龍園とは組では同じだが、各クラス単位では普通に敵だ。こういう時にあんまり警戒しなくていいBクラスはある意味で1番真っ当だ。一之瀬みたいなのが未来の日本を背負うべきだろう。人心軽視の堀北、暴君龍園、明らかな問題児坂柳辺りに任せると崩壊しそうでならない。

 

 だが私にも1つ運のいい事があった。まさか、向こうから情報が舞い込んでくるとは思いもしない。龍園は鈴音、つまりは堀北を潰すと言った。つまり、Cクラスの動きに合わせた対応をしてくるという事。その発言には少しの違和感があった。どうすれば潰すとまで言い切れるのだろうか。どうやったらCの出走表に合わせた対応を取れるのか、という事だ。その答えは今、完全に明白になった。

 

 裏切り者。クラスに害なす獅子身中の虫。己にも被害が出るのを鑑みずに、利益を求める存在。それがCクラスにもいたという事。それを知れただけで大きい。そしてその正体も向こうから明かしてくれた。堀北体制は盤石でないとは知っていた。しかし、まさかここまで脆い泥船だとは。

 

「しかし、驚きましたね。貴女がCクラスの裏切り者とは。人気者の櫛田さん」

「……」

「ですが、これを私に渡して良いのですか? Dクラスにも同じものを渡しているでしょうに」

「龍園だけじゃ、確実に堀北を倒せるか不安がある。今のCは強くなってるのは事実だし、実際無人島だと龍園を出し抜いていたでしょう」

「ええ、確かに。それは事実ですね。二枚舌外交とは恐れ入りました。私にこれの受け取りを拒む動機はありません」

 

 彼女、少し見誤っているのだが大丈夫だろうか。よっぽど堀北を追い落としたいのだろうが、これはある種の背信行為だ。勿論、龍園への。Cの出走表だけでなく、それを元に堀北を倒す方法を考えるであろう龍園の思考もこの出走表から読み取れる。Bは無理にしても、Aクラスはこれで実質的に下位2クラス分の出走表を入手したことになる。

 

「しかし、龍園君との契約……とまではいきませんが、口約束にしろ言ってしまったんですがよろしいんですか? 私はDがCを潰すのに手出ししないと、こう言ってしまったもので。ここで龍園君と無駄な諍いは起こしたくないんです」

「それでも良い。龍園が万が一しくじっても堀北を潰せる存在が欲しかった。基本は龍園任せでそれを参考程度に使ってくれれば一番ベストだし、諸葛君なら龍園の逆鱗に引っかからない程度に調整出来るでしょう?」

「まぁそれくらいは容易い事ですが……。最後に1つだけお聞かせください。どうしてこれを?」

「堀北を退学にさせたいから。それだけ。もし、これからも協力してくれるなら、情報を流しても構わない。今のCは力を伸ばしている。脅威は早いうちに潰したいでしょ」

「それはまぁ、その通りですね。分かりました。協力しましょう。ついでと言っては何ですが、最後に1つだけ。堀北さんのブレーンであり、先の船上試験で優待者の法則を私のヒントありとは言い当てた人がいるはずです。誰ですか?」

「綾小路。知ってるでしょ? 堀北の腰巾着」

「ああ、彼ですか。なるほど、助かりました。では、今後ともよろしく」

「こっちこそ、約束守ってよね」

「ええ」

 

 去り行く彼女の背中を見ながら思う。誰が約束何ぞ守るか。彼女は焦りのあまり、何もかも欠けている。保険をかけていないし、私と契約書も交わしていない。情報を絞るだけ絞って、後はさようならするに最も適した人材だ。

 

 二枚舌外交をやるには、まだまだスキルが不足していると言わざるを得ない。それとも、よっぽど堀北を退学にさせたい理由があるのか。あるとしたらそれは何だ。秘密を知られているとかか?この裏の顔だ、その線が濃厚だな。少し、調べるとしよう。

 

 Aクラスの男子連中までもが天使と謳った彼女の本来の顔はこういうものだったとはな。いや、どちらも彼女と言うべきか。ある意味で一番人間らしいとも言えるかもしれない。この私相手に裏の人格を隠しきっていた点と、心中どうであれ周囲にそれを悟らせることなく過ごせていた点はかなり評価している。この能力普通に凄いのではないだろうか。これでも情報将校なのだが、全く気付かなかった。うちの組織に欲しい人材だ。凄腕の諜報員になれる逸材だと思う。

 

 しかし、この表は本物なのだろうか。私が船上試験で龍園にしたように、偽物の可能性もある。それも考えつつ、どちらでも対応可能なようにしておこう。もし綾小路が真に実力者ならば、櫛田の裏切りに気付いていないわけがない。大方堀北を伸ばすために放置しているのだろう。ハードルとして櫛田&龍園を置いた形か。私ならそうする。で、あればあまり手を出さないのが吉だ。下で潰し合っていてくれた方が助かるのだから。そう思いながら、私は自クラスの出走表を作り始めた。




<報告>
 Cクラス内に裏切り者あり。我がクラスの運動神経は総じて平均的。

<要求>
 堀北鈴音と櫛田桔梗の関係性を知りたい。過去を探れ。

<返信>
 了解した。貴殿も、自軍内から獅子身中の虫を出さぬように気を付けられよ

<Re.返信>

 余計なお世話だ。もし見つかれば粛清するだけの事である。
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