ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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敵は本能寺にあり

『明智光秀』


33.水色桔梗

 校長の話は長いもの。それは日本全国どこでも同じなのかもしれない。同じような内容を何回も繰り返されると飽きてくる。理事長は傑物であるにも拘らず、校長は凡庸なようだ。

 

 月日が経つのは早いもので、もう10月になった。この間色々あったが……まぁそれはさておき今は体育祭である。中学時代の体育祭は存在しなかった。と言うか人数が少なすぎて出来なかった。こんな大人数でやるのは初めてなので、地味に楽しんでいる。少しくらいは良いだろう、こういう楽しみがあったとしても。

 

 全校生徒の行進に嫌な記憶が蘇りながら、開会宣言を聞いた。見物客もいるようで、彼らは敷地内で働く従業員だ。どうせお客もいないのだから見物しようという魂胆らしい。見ている分には結構面白いのだろう。

 

 一方の教職員は笑顔一つ見せず、黙々と仕事をしている。医療関係者まで連れてきたらしい。本気度がうかがえる。ゴール付近には結果判定用のカメラが設置されており、誤審や曖昧な結論を絶対に許さない構えとなっていた。競馬のゴール前カメラみたいになっているので、多分これの考案者は競馬好きだろう。私はそんなに造詣が深い訳ではないのだが、香港競馬場が祖国にはあるので一応知識はある。こんなしっかりしてるなら、3学年合同1200メートルリレーの賭博が出来そうだ。

 

 挨拶の終了後、さっさと競技が開始される。走る順番は途中休憩を挟むまでの間は1年男子から始まり3年女子で終わり、その後は逆からという並びになっている。こちらにはCクラスの出走表と、それを元に龍園の思考を読み取ったDクラスの予想出走表も存在している。Dの生徒の運動神経は詳細なデータこそないものの、部活所属の生徒などから情報は得られる。逆に、Bクラスの分は判明していないので、ここは完全にどうなるか分からない。一応一之瀬の戦略をトレースしてみたが、流石に交流が少なすぎて思考回路までは分からない。

 

 さて、第1レース。櫛田からの情報で須藤が最初なのは分かっていた。なので、無難に遅い生徒を配置してある。古の教えに曰く、上に下を、中に上を、下に中を当てれば必ず優勢勝ちできるのだ。1年生男子は全部で10レースある。第1レース終了後20秒もしないうちに次のレースが始まった。私の出番は最後。それまでは観戦役に徹せる。

 

 客席の良い位置に陣取った坂柳の手元でカメラがフル稼働している。目つきがもう半分プロのカメラマンだ。天職なのかもしれない。だとしたら感謝して欲しいものだ。男子では須藤を皮切りに、Bだと神崎や柴田、Cは平田、Dは龍園と山田が1位。出走調整を行った結果、上手くフィットした我々は葛城、橋本、鬼頭の3人が1位だ。私も負ける訳もなく安定感を保って1位。それ以外のAクラスの生徒も概ね健闘している。一応気を配っていた綾小路は2位。運動神経はそこまでなのか、或いは手を抜いたか。

 

 他学年が終わるとすぐに女子がスタートした。男子諸君は鼻の下を長くしているが、多分バレていると思うので逆効果だろう。止めておけばいいものを。

 

「真澄さん頑張れー!」

 

 一応ちゃんと応援してあげる。クラスに与えられたスペースの最前列で応援しようとしたらそこの主(坂柳)に「邪魔だ、どけ」と言われてしまった。職人の手つきをしている。何だこれ、怖い。未練を残した写真家の霊にでも憑りつかれたのだろうか。

 

 なお、真澄さんは上位を取ればとるほど明日の晩御飯が豪華になるシステムになっている。今夜は打ち上げがあるという事なので、料理はお休み。楽で助かる。元々運動神経では女子の上位に入る彼女はあっさりと勝利。無言のドヤ顔とvサインを突き付けてきた。

 

 最終レースは堀北や伊吹と言った生徒がいる。伊吹は堀北と無人島で格闘したと聞いているので、運動神経は良いのだろう。真っ先に捨てるコースとして選択し、坂柳をぶち込んでおいた。その為、枠が1つ空く形になる。今後もこういう走る系の種目では情報を元に危なそうな種目に坂柳を入れて誤魔化している。

 

 最初の種目を終え、結果が表示される。赤組がやや優勢の幕開けとなった。

 

 

 

 

 

 2種目めはハードル走。由緒正しき陸上競技だ。この種目は、100m走とは違いただ足が速ければ勝てるというものではない。ハードルを倒せば0.5秒、ハードルに触れただけでも0.3秒がゴールしたタイムに加算されてしまう。非常に面倒な種目だ。全部倒すと敗北がほぼ確定する。まぁ昔アトランタオリンピックで全部ハードルを倒して金メダルを獲得した凄い人もいるのだが。

 

 とは言え、これもそこそこ練習した競技なので、Aクラスは概ね好走している。1位を取る人間も先ほどとほとんど変わらない。そんな中でやはり、1つ気になる事と言えば、女子の最終レース。あそこは死のレースと化している。堀北に加え、Dクラスからは木下・矢島という走力のある生徒が出場していた。陸上部のクラスメイトに話を聞くと、どちらも女子ではかなりの実力者らしい。現に、先の100m走ではそれぞれ1位を取っていた。

 

 つまり私の読みが当たった事になる。龍園の性格上、堀北を徹底的に叩くつもりなのは明白だった。それ故、堀北の走る場面で必ず実力者を当ててくるだろうと考えるのは容易い事。こうして読みは当たり、狙い撃ちにされているという訳だ。

 

 スタートするが、やはり現役陸上部、走力が高い。かなりのスピードだ。堀北も食らいついているが、それでも厳しいものがある。これは大変だろうと他人事ながらに思ってしまう。こうまで狙い撃ちされているというのは気分のいいものではないだろうし、勝てる実力がない訳ではないにも拘らず勝てないのは堀北の心情的にかなりストレスのはずだ。

 

 しかし、1つ厄介なのはこうまで不自然だと裏切り者がクラス内にいると流石のCクラスにも露見する可能性が高いという事だ。いざという時はトカゲのしっぽ切りで知らぬ存ぜぬで押し通すつもりだが、それでも余計な負担は増えて欲しくない。肩で息をしながら唇を噛む堀北と、それをにこやかな顔で見る櫛田の顔。それを見ながらこう思った。

 

 各クラスの雰囲気を覗き見るが、Cはあまりいい雰囲気ではない。龍園と、後は上手く偽装しているが我々のせいで思ったように事が運んでいないからだろう。しかも、自由人の高円寺は不参加を決め込んだようだ。須藤がそれに怒り狂っているのが確認できる。他方のDクラスはまぁ普通。龍園が偉そうにしている以外は普通のクラスだ。統率はとれている。Bクラスはいつも通り和気藹々。楽しそうで何よりだ。しっかりまとまっている辺り、あの王道を行く団結力は見習いたいものがある。

 

 そして我らがAクラスだが、写真家殿(坂柳有栖)がおかしくなっている以外はいたって正常。応援もしっかりしているし、仲良くしているようだ。もう少し尾を引くと思っていた派閥争いも、私を神輿に担ぎ上げる事で少しずつ解消されている。良い傾向にあるな。

 

 折角こんなところで仕事をしているのだ。監視の目もないし、楽しく過ごせるほうがいいに決まっている。どうせ数年後にはまた本国へ帰還だ。それまでに、思い出を残したいと思うのは間違いではないだろう。

 

「なんかC狙われてない?」

「良く気付いたな」

「陸部2人を同じレースに入れるメリットなんて大してないでしょ。仮に堀北を潰したいとしても1人いれば十分のはずだし」

「その通り。あれはまさしく堀北を狙い撃つ龍園の策略だろうな。そして、我々もそれを上手く利用する」

「どういうこと?」

「裏切り者だよ。Cクラスには裏切り者がいる。その人物は龍園と私を天秤にかけ、二枚舌外交を展開した。その結果、我々は現状有利に立ち回っている。龍園の思考も、Cの情報があれば読み取れるだろう?」

「……それ、聞いてないんだけど」

「裏切り者の接触がつい先日だったからな。言う時間がなかった」

「忘れてただけじゃないの? そういうの、ちゃんと共有してくれないと困るんだけど」

 

 確かに、すぐに連絡することは出来た。だが、私の中での優先順位がその出走表を元に自クラスの出走表を作る事だった。それが終わったのが大分深夜だったので伝える事が出来ず、その後も色々あり、今に至る。ムスッとした顔の真澄さんはそっぽを向いたままだ。

 

「それとも、私はそんなに信用できない?」

「いや、そんな事は無いさ。単純に時間の噛み合わせの問題だ。どこかのタイミングで伝えようとは思っていた。決して忘れていた訳じゃない。信頼しているからこそ、後回しにしても大丈夫だと思ったんだ」

「ふ~ん。……なら許す」

「それはどうも」

「で、その裏切り者は誰なの?」

「……balloon flower(桔梗)

「風船の花? 花の名前……あぁ、そう言う事」

 

 彼女の視線はスッと櫛田の方を向く。今ので分かってくれて助かった。

 

「大胆な事するわね。個人でAクラス行きでも狙ってるの?」

「いや、恨みの深い人物がいるようでね。是非とも退学にしたいんだそうだ。そして、偶然にもその人物が龍園の標的と一致していた」

「うわぁ……堀北も可哀想に。内憂外患ね」

「全くその通り」

「それにしても花言葉通りの人間性にはならないのね」

「うん? 花言葉ね……。なるほど、確かにその通りかもしれないな」

 

 桔梗の花言葉は幾つかある。本やサイトによってまちまちではあるが、おおむね共通している物もある。「永遠の愛」、「変わらぬ愛」、「気品」、そして「誠実」。最後の物とは全くかけ離れていると言っていいだろう。親の名づけによる願い通りに、子供は育たないものだ。

 

「だが、あの花の名は裏切り者にはピッタリじゃないか」

「どういう意味?」

「1582年。燃え盛る本能寺を囲んでいた者の旗印、知ってるか?」

「水色、桔梗!」

「そう言う事さ」

 

 謀反者にはピッタリの花かもしれない。そして、その通りの末路を辿るなら……彼女の未来は暗澹としているだろうな。

 

 

 

 

 

 裏切り者がいるとはつゆ知らぬであろうCクラスが反対側の陣地で怪気炎を上げている。須藤が中心になっているようだ。BとCの連合。それ相応にコミュニケーションの取れるクラス同士なので、連携もしているだろう。対する我々は前日に方針の打ち合わせをしただけで後は臨機応変に、と言うなんとも言えない体たらくだ。それもこれも龍園が悪い。ただし、彼も指示には従ってくれる分だけマシだろう。

 

 本日初の団体戦。棒倒しだ。昔から防衛大学校、ひいてはかつての帝国軍学校で行われていた由緒ある競技だそうで。参加するのは男子のみで40人と40人の真っ向勝負。対する相手の指揮官……というか中心には須藤がいるようだ。高円寺もいないし、いまいちパッとしないCクラスの戦果に対するフラストレーションは相当なものと見える。龍園が楽しそうな顔をしていた。

 

「前にも言ったが、棒倒しと綱引き、騎馬戦はこの軍師野郎の言う事に従え。コイツの言葉は俺の言葉だ。逆らった奴は俺が潰す」

 

 Dクラスの面々に龍園が命令を下す。全くブレの無い整列をしているので、その恐怖も大したものだ。まだ統率力は健在らしい。軍隊のように並んでいるので、私も昔の調子が戻ってきた。軍隊の指揮は私の専門。その腕、披露するとしよう。

 

「Dクラス、押し出しなさい。点ではなく、面で。龍園君は須藤君対策に。山田君も同様。Aクラス、先日指定した通りの行動を」

「聞いてたなお前ら! スクラムで行く」

 

 龍園の指示で一瞬で面が出来上がった。笛が鳴る。凄い勢いで突撃してくる須藤を龍園と山田が防いでいる。ハーフの身体能力はこの学校内でも特殊だろう。あれに勝つにはなかなか普通の人間では難しい。龍園が煽り、山田が抑える。コンビネーションの力で須藤を押さえつけていた。その他のDクラスの面子による面での押し込みで、敵陣はなかなか前に進めない。それでも突破してきた精鋭には、橋本や鬼頭などのAクラスの精鋭が相手に行く。

 

 私はここで守り役だ。戦況が膠着してくる。接近する人間はいない。第2次戦力を投入した。棒の周りで2重のサークルを作り、守っていたAクラスの人員のうち、外側を投入する。そこの大将は葛城だ。彼もそこそこの運動神経を持っているし、身体も大きいので突破力がある。攻めあぐねていた敵陣は追加戦力により突破され、数分後に笛が鳴り第1試合が終わった。

 

 続く第2試合。王手をかけた状態であるこちらは一気呵成に攻め立てる……としても良いのだが、それではあまり芸がない。その為、面を入れ替える。今度はAクラスが面となるのだ。笛が鳴りスタートすると、案の定Aクラスでは防御力が足りない。龍園の命令により必死感のあったDクラスとは違って、Aクラスにそこまでの必死さはない。あまり怪我をしたくないと思っているのが大半だ。組み合ったまま、じりじりと後退してくる。

 

「今です、左右展開!」

 

 組み合っていたAクラスの面がスッと横にずれた。戦場中央に大きな穴がぽっかり空いたことになる。敵軍は急に力の行き場を失い、倒れる者も出た。

 

「中央突破!」

 

 中央の空白地帯を一気にDクラスが突撃していく。先頭の龍園は、それはそれは楽しそうな顔をしていた。陣形は、中央に槍を穿ったような形となる。敵軍も制止を試みるが、態勢の立て直しが終わっていない。混乱が生まれている間が最大の攻撃機会だ。

 

「両翼包囲!」

 

 Dクラスの突破した面子が背後に回り、Aクラスと共に敵軍を挟み撃ちにして乱戦状態になる。

 

「──ってぇなくそが! 反則だろうが!」

 

 須藤の叫び声が聞こえる。乱戦を作って欲しいという願いを龍園から受けていた。別に願いを聞いてやる義理は無かったが、従わないとそれはそれで面倒そうだ。それに、出来ないならばいざ知らず。この程度、造作もない。櫛田のおかげと言っては何だが、Cクラスの能力は大体知れている。

 

 包囲に参加しない一部のDクラスの面々が棒を倒し、試合は終了。私は自陣の棒の近くから1歩も動かず完全勝利と相成った。計略通りに進んだと言っていいだろう。勝因は、第1試合では向こうの最大戦力である須藤の封じ込めに成功した事、その他神崎や柴田、平田などと言った生徒にはマークを付けていた。綾小路にも一応。第2試合では個の能力を活かせない乱戦にしたことだ。これにより、龍園のような手段を選ばない人間が強さを見せる形となった。

 

「助かったぜ、お前のおかげで須藤を煽れた」

「随分とあっさり引っかかったものですね。君から須藤君を封じたいと言われた際には、そんなに簡単に引っかかるものかと思いましたが。夏休み前にあのような事があった以上、流石に君の口撃には耐えると踏んでいたのですが」

「クズは何があってもクズってことだ。アイツの本質は何も変わっちゃいねぇ。じきに、へそを曲げていなくなるだろうよ。そうすりゃ、俺もお前も万々歳だ。違うか?」

「ま、その通りですけれどね」

「お前は必ず俺が倒す。アイツらはその前菜だ。お前には何回も嵌められて心底ムカつくが、その能力は認めてるからな」

「それは光栄……なんでしょうかね?」

「ハッ!いつかそのスカした面を真っ赤にさせてやるよ」

「私には自クラスを守る義務がありますので、その時は容赦できませんよ」

「ククク、そいつは良いな。ぜひそうしてくれ」

 

 龍園は高笑いしながら去る。鮮やかな動きで作戦勝ちした赤組に大いに沸き上がっている会場。我々は勝者として優雅にその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 棒倒しにおける2・3年生の出番が終わり、続く女子の玉入れ。これも邪な男子諸君の注目の的になっていたが、そんな事はどうでも良い。1年生で注目すべきは白組だった。一之瀬中心に上手くまとまっている。堀北もここは素直に一之瀬に従う事を選んだようだ。運動神経の良い女子に玉が集中し、それをまとめて投げている。それ以外の生徒は球拾い。これは玉入れの効率のいい勝ち方だ。

 

 対する赤組は、一応同じ戦略を指示したのでAクラスは動けているが、Dとの連携が上手く行かない。練習してないのだから当たり前だ。大体全部龍園が悪い。だが、もし仮にしっかり練習していてもなかなか勝利は難しいと思わせる連携力が白組にはあった。何回も練習を重ねてきたであろう跡が見える。

 

 結果は白組の勝利。王道を己の柱とする生徒に王道な勝ち方を決められたと言えよう。流石は一之瀬。王道をやらせれば恐らくかなり強敵になるだろう。流石にBクラスのトップにいるだけの事はある。

 

 正直に言えば、かなり羨ましい事だ。私は彼女の過去を知っている。その過ちも、それを悔いていることも。それの後悔は人によって違うだろうし、容易に比べることは出来ない。それでも彼女は私に比べればずっとずっと光のある場所を歩んできた。王道を生きてきた。それで良いと思っている。龍園にはカモられ易いやり方だし、実際私もそれを利用して欺いてきた。だが、本来あるべきなのはああいう姿だ。未来の日本を担わせるなら、あれにいい補佐役が付けば完璧だろう。

 

 邪道しかできなかった私。光の当たらない場所にいた私。万引きよりもずっと重い十字架を背負っている。だからこそ、羨ましい。光のある場所を歩ける、あの姿が。もし、龍園や堀北がお互いに足を引っ張り合い泥船に乗ったまま沈んでいくのならば、最後に残るのはAとB。その時は私と彼女の一騎打ちだろう。坂柳が仮に指揮を執っていたら、彼女の秘密を何としてでも探り出し、心を折り、イジメ抜き、弄ぶだろう。だが、私にそのつもりは無い。

 

 もし、彼女が最後に私の敵対者になるのであれば。その時も王道を以て私を打倒さんと欲するならば。こちらも王道を以てお相手したいものだ。例えそれが私の性に合わないのだとしても、小細工なしで挑まれてみたい。だが、光と闇が争ったのならば。物語の筋書きでは最後に勝つのは光だ。だとするのならば……まぁそれでも良いのかもしれない。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 男子の綱引きは特に問題ないまま終了となる。元々、Dクラスには力自慢が多いので大して問題はない。陣形も最初はバラバラにして敢えて勝ちを譲り、2回目で弓なりになって一気に決着をつけた。「負けたら死刑」という北朝鮮もビックリの文言にDクラスは一層力が入ったのか、3回目では結構競り合っていたものの、僅差で勝利に成功する。次のためにさっさと場を後にするAクラスに対して、龍園は執拗に須藤やCクラスの男子を煽っている。激昂した須藤が掴みかかるが、平田に抑えられている。Cクラスは前途多難のようだ。

 

 次の女子だが、ここもやはり一之瀬の采配が光る結果になり、白組の勝利となる。さっきから団体戦だと男子は赤、女子は白の勝ちと言う結果だ。リーダーの性別も関係あるのかもしれない。現に、AとDは男が指揮しており、BとCは一応女子がトップだ。Cは須藤が臨時でいるようだが……本来の采配者は堀北だ。堀北も先の2回の特別試験での結果を上手く使っているようで、Cクラスの女子を一応まとめている。人望値では一之瀬や私には及ばないにしても、まずまずの様子だ。なにか、心境に変化でもあったのかもしれない。

 

 真澄さんが何とも言えない表情になっていたので、後でフォローしておく必要があるだろう。

 

 

 

 

 その後はすぐに障害物走だ。だからパンはどこに行った、パンは。日本の体育祭では釣り下がっているアンパンをぴょんぴょんしながら取るというなかなか狂った競技があると聞いていたのにこれである。せめてここに入っているかと期待したが、残念ながら平均台と網潜り、そして頭陀袋を履いて飛び跳ねるというこれまた結構狂った絵面の競技しかない。面白くない学校だ。

 

 今度は第2レースだ。共に走る注目すべき人物には綾小路が存在している。これまでの結果から見るに、彼は個人種目では常に2位だ。1位でない辺りになにか拘りがあるのかもしれない。

 

「どうですか、そちらのクラスは」

「まずまず……と言いたいところだがな」

「あぁ、なるほど」

 

 チラリと最終レースを見る綾小路。そこには苛立っている須藤がいた。同じレースの柴田なんかは少し引いている。あれを相手にするCクラスの面々は大変そうだ。平田なんかがフォローをやっているのだろうが、同情を禁じ得ない。それでも恐らくどうにかするつもりなのだろう。私はこの綾小路がCクラスのブレーンだとほぼ確信している。先の櫛田の証言で、それは確信に近付いた。だが、真の黒幕がいて、それすらもカモフラージュの可能性だってある。

 

 とは言え、真の黒幕がいるにしろいないにしろ、裏切り者がいることくらい既に予測がついているだろう。それを敢えて放置している……ように見えるのは堀北を成長させるための踏み台にするつもりだからだろうか。その際、恐らく最後に櫛田は排除される。危険因子を減らすのは戦略としては当然の事だからだ。

 

「大変そうですねぇ」

「ああ。だから、ここではなるべく勝っておきたい」

「その心は?」

「須藤の制裁を食らうのは御免だからな」

「しかし、いきなり勝利宣言とは驚きました。私、これでも結構足は速い方なんですけどね」

「別に舐めているつもりは無いぞ」

「それは分かっていますとも」

 

 本心はどうだかわからない。もし力をセーブしているのだとしたら、私は勝てる相手と認識されている可能性はある。だが、彼に私も力を少しばかり抜いている、という発想はあるのだろうか。もし無いのならば、その時が命取りとなるだろう。

 

「負けるつもりはあまりないが……お手柔らかに頼む」

「ええ、こちらこそ」

 

 笛が鳴らされた。最初は50mほど走る。ここはスタートしたばかりなのでそう簡単に差はつかない。最初の差がつくのは平均台。どうしても通常の足場でないと普通の人間は速度が落ちる。しかし、こちらはこれでも山育ち。秦嶺山脈と四国山地がホームグラウンド。足場の悪い場所での全力疾走など慣れている。やれと言われれば綱渡りの綱の上でも走ってみせよう。

 

 綾小路はすぐ後ろについている。これでもそこそこしっかり走っていると言うのに、追いつけるとは驚きだ。彼の評価を上方修正する。運動神経はかなりのものがあるようだ。平均台の上で加速するという行為を平然とやって来るとは。こちらがしたため、それを真似て追いつこうという算段なのだろう。とは言え、こちらにも軍人としてのプライドと言うものがある。

 

 続くは網潜り。匍匐前進がここでの最適解。流石の綾小路もやや減速する。しかし私は減速しない。当たり前だ。匍匐前進は軍人の基礎中の基礎。これで遅れを取ってどうするという話だ。特殊部隊にずっといる身をあまり舐めないで貰おう。そう簡単に勝ちが貰えると思っているのなら大間違いだ。

 

 最後の頭陀袋に辿り着く。これではさほど差はつかない。勝負は最後の直線に持ち越される。すぐ後ろからは接近する気配。逃げ切りなら得意技。一気に加速する。

 

「負けんなー!根性見せろー!」

 

 真澄さんのドスの効いた声での声援が耳に入る。こんな風に応援されるのも、体育祭の醍醐味なのかもしれない。走っていて応援された事などこれまで無かった。応援が力になる、というのは往年のスーパー戦隊のよくある台詞だが、意外とそれもフィクションではないと学べた。それも、ここでの収穫と言えるかもしれない。なんとかクラスを浮上させようと奮闘していると思しき綾小路には申し訳ないが、私には勝利を信じている部下がいる。負ける訳には、断じていかない。

 

 ゴールテープを切り、乱れていた髪を払う。普段は簪でバッチリ止めているので分からないが、ただのリボンだと結構不便なものだ。

 

「勝者、1年Aクラス」

 

 判定が告げられる。綾小路は特に顔に大きく表情を作る事は無かったが、少しだけ片眉をあげた。この結果は彼にとって意外性のあるものだったらしい。舐められていたと分かり少しムッとする。お互い息を切らすほど走っていないのでまだ余力はあるのだが。

 

「佐倉の時も思ったが、やはり速いな。障害物ならいけると思ったんだが」

「これでも私は速い方なんです。それに、応援してくれる人もいますし、負けられない理由と言うんですかね。私もあまり今まで抱いたことの無い感情ですが、そういうのがありましたので」

「そうか……。これが仲間がいるということか……」

 

 綾小路が心を知った人形みたいな台詞を言っている。そういうお年頃なのだろうか。孤高を気取っていたら友達いなくなったというオチか?現に、Cクラスからはあまり声援が聞こえなかった。可哀想に。

 

 移動しながら話しているうちに須藤と柴田と言う二大走者によるデッドヒートが終わり、女子のレースが始まった。注目すべきレースはただ1つ。真澄さんは勝てるって分かっているので問題ない。彼女ではなく、木下と矢島、そして堀北が走るレースだ。この組み合わせが、龍園の仕込みであることは言うまでもない。

 

 ここまであまり良い展開でなかった堀北は、その運動神経を活かして現役陸上部に食らいつく。陸上部と言っても平均台で疾走したり、匍匐前進をする部活ではない。そういうところで差はつく。現に、堀北は2位だ。前にもあと少しで届きそうである。諦めない良い根性をしている。育成したくなる気持ちも分からないでもない。きっと、良い生徒になるだろう。

 

 だが、その表情はやや走りにくそうだ。後方にいる木下の口元が僅かに動いている。読唇をすれば、堀北と連呼している。走りながら名前を呼べるとか、彼女も結構な逸材だと思い勝手に感嘆していた。速度を落とした堀北と密接した木下。そんな至近距離で走っていれば接触するのも道理だろう。もし仕込みでなければの話だが。そして転倒する。

 

 事故に見舞われた2人はそのまま次々と後続に追い抜かれ、堀北はなんとか走り切ったが7位、木下は続行不可能ということで最下位に終わった。ここに中くらいの走力を持つAクラスの女子を配置して置いて良かった。結果、2位になっているしあの転倒した2人の側を走っていた。どう転んでも介入は可能だ。

 

「裏切り者は見つかりましたか」

 

 私の問いに綾小路は沈黙する。

 

「流石にここまで露骨ではね。龍園君の常日頃の発言もありますし、それくらいはわかります」

「……見当はついている。だが、確信に至れていない」

「教えましょうか?」

「それをしてAクラスになんのメリットがある」

「龍園君と争うのは面倒なので」

「……分かった。対価に何を支払えばいい」

「次の特別試験、この体育祭の結果がどうであれ龍園君のクラスを攻撃してください」

「了解した。契約しよう」

 

 自分のクラスのところにある携帯端末で契約する。ペンタブ機能もあるので、サインも出来る。本人によるものであることを証明できれば、電子サインにも法的な効力がある。

 

「私に出走表を渡してきた人物がいます。名前を櫛田桔梗と言います」

「櫛田か……。おおよそ予想通りだが、確信が得られた」

「そうですか。それは良かったです」

 

 裏切り者は討伐される。彼女の天王山は、いつになるのだろうか。




綾小路君ですが、今作では図書館の一件で堀北さんが方針転換したので櫛田を探す必要がなく、その為乳揉み事件が発生していません。その為、櫛田さんの裏の顔を知らず、船上試験でも裏切る暇もなく乙女座グループの試験は終了し、龍園にも会えず、裏切りの証拠は殆どありませんでした。しかし、僅かな糸口から洞察した綾小路君は流石と言えるでしょう。とは言え、確信には至っていませんでした。
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