ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

38 / 89
1番人気はいらない。1着が欲しい。

『大西直宏』


34.一着至上主義

 綾小路に裏切り者の情報を売りつけたすぐ後にまたしても競技は続く。今度は二人三脚。だがこんなものは普通に走るだけで取れる。問題なく1位を確保した。元々狙っていなかったが、全競技に出る関係上で学年別最優秀生徒報酬は貰える可能性も見えてきた。危ないライバルはこれまで個人走では1位を取り、先ほどの棒倒しなどでも同じ組にいる龍園くらいだろうか。橋本や鬼頭も個人戦では1位だし、まだまだ油断はできないところだ。

 

 10分間の休憩を挟んだのちは、目玉の1つである騎馬戦だ。今度は女子からのスタートとなる。競技順は逆転し3年から。騎馬戦のルールは男女共に同じで時間制限方式になっている。3分間の間に倒した敵の騎馬と残っていた仲間騎馬の数に応じて点数が入る仕組みだ。これはまぁ普通の騎馬戦だろう。この学校の体育祭のルール自体は凡そ平凡なものになっている。

 

 点数の割り振りは1つの騎馬あたり50点だ。各クラス1騎馬だけ存在する大将騎は100点。これは生き残ってもハチマキを奪っても入る点数であり、文字通り一騎当千と言えよう。騎馬は4人1組で各クラス4騎選出されることになっている。つまり、坂柳がいてもいなくても関係ない。これは実質的に有利と言えた。8騎対8騎の勝負となるだろう。もう少し多い方が見栄えがする気がするが。

 

 坂柳+運動の特に苦手な女子3名を補欠にしている。身長や体重を考慮して騎馬を作っている。女子の体重はデータのために必要と主張したが、真澄さんに蹴っ飛ばされて結局彼女が編成を考えた結果になっている。これは配慮が足りなかったかもしれない。ここまで負けっぱなしの女子だが、今回は勝てるかどうか。

 

 

 

 

 

 笛が鳴る。真澄さんのいる騎馬は大将ではない。大将までそもそも行かせない作戦を採っている。DとAの大将騎は相互に守り合って防衛体制をとった。Dクラスの騎馬の残り3騎が一斉にCクラスの堀北の元へと突撃する。防衛に行こうとした残存部隊はAクラスが処理する形だ。それでも通常のやり方ではあまり効果はない。

 

「挟みこんで!」

 

 大声で檄を飛ばしている真澄さんの声が響き渡る。彼女たちの選んだ戦略は突破力のあるDクラスに堀北を襲わせ、残りの自分達は常に複数で1騎当たるように対処することだ。CとBの騎馬は堀北を守るという目標がある。その為の行動をとる。それ故、襲うのは簡単だ。素早く連携の取れた動きでBクラスを翻弄していく。

 

 とは言え流石の一之瀬だ。上手く対応して捌き切っている。軽井沢が乱戦となりかけていたDクラスVS堀北に割り込んで立て直した。各騎馬が互いに争い合う乱戦状態に突入した。こうなると、大将騎も勝利を目指して突撃している白組の方が有利に思われたが……Bの大将であった一之瀬がやられる。同時に堀北も。今まで後方待機の間、完全にいない者となっていたこちらの大将騎がスッと後ろに回り込んだ形になっている。

 

 目の前に集中せざるを得なくなると、どうしてもそれ以外のところの視野が狭くなる。人としては当然の事だが、それを上手く利用した作戦と言えよう。一之瀬はギリギリで気付きかけていたが、タッチの差で遅かった。逆包囲を食らいかけていた真澄さんはBクラスを2騎撃破している。

 

「敵将、討ち取ったり!」

 

 なんか戦国武将モードに入ってしまった真澄さんだが、それに呼応するようにAとDの女性陣が歓声を上げている。今まで負けっぱなしだったのでここで良いところ見せたかったのだろう。秋風に髪がたなびいているので、さながら本物の武将みたいになっている。日本はなんでもかんでも女性化するのが得意なので、その中に出てくるキャラクターみたいだ。

 

 しかし、勝ったのは分かったから敵のハチマキを首級みたいに見せつけてくるのを止めようか。勇ましい感じの彼女は格好の被写体のようで、カメラが先ほどから連射モードで起動している。

 

 

 

 

 女子の勝利に勢いづいた赤組集団が速やかに騎馬を作る。大将騎は私のところと龍園のところ。オーソドックスな組み合わせだ。うちの主力は何と言っても鬼頭だろう。龍園のところは武闘派が多いので、全体的に精鋭騎兵になっている。なんというか荒い雰囲気と言い蒙古騎馬軍団みたいになっているのだが。雰囲気が完全に北方異民族である。

 

 対する白組は荒ぶっている須藤がいるが、果たして赤兎馬のようになれるのかどうなのか。彼の髪は赤いし、共通点がない訳でもない。だが赤兎馬の乗り手はいずれも良い末路とは言えないだろう。呂布も関羽も刑死した。どちらも本人たちに原因があったにせよ、ジンクスとしてはあまりよくない。

 

「これまでの戦いでこの軍師野郎の言う事の正しさは十分分かったな!普段は敵だが、今はコイツの言う事を聞けば勝てる。お前ら、死力を尽くしてコイツの策を実現させろ!」

「「「はいっ!」」」

 

 龍園は引き続き私の指示に従ってくれるようだ。事実、団体戦で男子は2度の勝利を掴んでいる。Dクラスの士気はかなり高い。さて、そんな信頼に応えるべく策は練ったわけだが、ここでさっきの再演をしても警戒されているだろう。敢えての戦略が重要になってくる。笛が鳴り響き、合戦がスタートした。

 

「陣形展開」

 

 私の合図と共に龍園を守るように展開していた我々7騎が道を開けるようにして左右にズレる。会場も敵軍も混乱しているようだ。

 

「では龍園君、頼みましたよ」

「あぁ、挑発なら任せておけ」

 

 前に進み出た龍園が高らかに叫ぶ。

 

「よぉ須藤! さっきの棒倒しの時は間違えて踏んじまって悪かったなぁ!」

「なんだと! なんのつもりか知らねぇが、今からぶっ潰してやる」

「足の分際で偉そうだなぁ。雑兵ごときが武将に勝てるとでも思ってんのか?弱い頭だ。流石はクラス最弱の頭脳だな」

「落ち着いて、須藤君。彼らの罠だ」

「……分かってるぜ」

「おお! 突撃してこねぇのか。猪武者に、我慢って言う理性があったとはな。素直に感心したぜ、須藤。これは謝ってやらねえといけないかもしれないなぁ。すまんすまん」

「いい加減黙れや、ぶっ潰すぞ!」

「さっきから潰すしか言えねぇのか? 語彙の貧弱なヤツだ。母親の胎に知性を置き忘れたか?」

「かかって来いやぁ!」

 

 と言いながら須藤が開け放たれている道を通って突撃してくる。舌戦で相手を挑発する。古来よりやって来た手法だ。我が先祖はそれで王朗を憤死させたことになっている。絶対ウソだと思うが、現にこうして効果があるとあながち嘘とも言えないかもしれない。

 

「前線は動きました。全軍、前へ」

 

 さて、武辺者が突撃してきたので相手は龍園に任せ、こちらは前線を引き受けてくれたDクラスを中心に吶喊していく。Dクラスが中心なのは勿論理由がある。彼らのハチマキを掴もうとした騎馬の手がスルっと滑った。その隙に別の騎馬がハチマキを奪い取る。須藤(上に乗っているのは平田)VS龍園(下で須藤を相手しているのは山田)の組み合わせでも同じような事態が起きている。

 

 やった!と思った瞬間に思いもよらない展開になると人は一瞬硬直する。それを見逃す手はない。連携技で奪い取っていける。先ほどの綱引きや棒倒しでDとの連携もそこそこ出来るようになってきた。平田が2度目に手を滑らせた隙に龍園が奪い取る。

 

 かくしてBとCは惨敗を喫するのだった。

 

「おい! ふざけんなよ、お前らなんかしただろう。ハチマキになんか塗り込みやがって、反則だぞ!」

「今日の試合は女子も見てるからなぁ。気合入れようとワックスつけ過ぎた色ボケどもが多かったようだな。それがどうした?」

「んだと!」

 

 須藤は吠えているが、別に違反ではない。審判がさっさとどけと睨んでいる。これで白組が訴え出ても勝てはしないだろう。証拠と言えるものはほぼ土煙に塗れているし、ワックスを髪に塗るのは禁止されていない。これを龍園から提案されたときはどうしたもんかと思ったが、別にAクラスの評判が下がるわけではないのでそのまま使う事にした。武闘派の多い彼らが突撃役に向いていると思った、とでも言えばいいだろう。

 

 事実、須藤の矛先は龍園に向いており、総指揮官だった私は眼中にない。それはそれでどうなんだと思うが。龍園は大層満足そうな顔をしている。これで彼の望みは殆ど果たされただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 午前中最後は200m走。最後に走るのか……と萎えた顔も多い。同時に、推薦競技に出ない者は午後は応援だけしていればいい楽な時間に突入する。最後だし全力で!という人もいるはずだ。

 

 さて、散々な目に遭っているCクラスだが、須藤の姿は見えない。さっき揉めている姿が確認できたので恐らく何かあってへそを曲げたのだと思われる。堀北も先のレースは欠席していたようだ。彼女の脚を見る限り、捻挫している。今日は少なくとも走れる状態ではない。むしろ、ここまで良く頑張ったと言うべきだろう。

 

「お前のおかげで好調だぜ」

「それはどうも。別に君のためではないんですけどね」

「それにしても、鈴音の奴は謝罪にも来ねぇとはなぁ」

 

 1個後ろのレースを走る龍園がそう嘯く。

 

「あれはどちらが悪いとは言い難い事故でしたからね。それとも、何か証拠でもあるので?」

「無いわけじゃあねぇ。だが、今ここで言う訳にも行かねぇな。ただよぉ、状況証拠から見てもCクラスの陰謀だとは言えるぜ? 現にウチの主力の木下はもう今日はなにも出来ねぇ。実力も堀北より上。退場させる理由ならこれで十分だろ」

「その辺は先生に主張なさってください。それと、あたかも私が君の企てに加わってるかのように言うのは止めて下さいね。まるで私も悪いみたいじゃないですか」

「ククク、そいつはすまなかったな」

「そう言えば、木下さんは大丈夫ですか? 折れている感じはしませんでしたが、かなり捻っているようでしたが」

「さぁな。俺も病状までは詳しく知らねぇよ。しっかし意外だな、お前がアイツを気にするとは」

「流石にあんな派手に転ばれては気になりますとも。お大事にとお伝えください」

「憧れの諸葛クンに言われたとあれば、アイツも喜びそうだ。……ちょっと話盛ってやればこりゃ、ポイント減額できるか?」

 

 ブツブツ楽しそうにしている龍園。私は軍病院で研修してるので母国内だと医療行為が出来る。尤も専門は内科なので整形外科ではないのだが。龍園の策略でわざと転ばせたのは確定だろうが、彼もなかなか無茶をする。もし再起不能になっていたらどうする気だったのだろうか。運が悪いと堀北と木下の両名が骨折、最悪歩けなくなってしまったりする。そうでなくても陸部の方に支障が出る可能性もある。

 

 私だったら絶対やらない戦略だ。彼のクラスだったとしてもやらせないだろう。もしどうしてもそうしないといけないならばコントロールできる自分でやるしかない。戦略として選択肢に上げない訳ではないが、こんなものやらないに越したことはないだろうと思う戦略だ。少なくとも、もっとスマートに勝つ方が良いというもの。現に、我々Aクラスはそうしているのだから。

 

 

 

 

 

 やっとの事で昼休憩に入る。推薦競技に出ない人はここで体育祭が実質終了。後は応援だけになるのだ。どこかホッとした顔の人もいれば、まだまだ気が抜けないという顔の人もいる。教室以外ならば食べる場所は好きなようにしていいと言われている。今日のためにわざわざ外部から高級弁当を取り寄せているので、何か事情のある生徒以外は大体それを食べている。

 

 クラスごとに集まって食べる集団もあれば、個人個人で仲間になっているグループもある。上級生と関わる生徒も多い。我がクラスは折角テントがあるのでその下で車座になって食べている。椅子はパイプ椅子が元々人数分置かれているので問題ない。この中で唯一運動をしていない坂柳だが、割としっかり写真家業務に取り組んでいたようでかなり疲弊している。そのため、結構しっかり食べようとしていた。

 

「はい、これ」

「ありがと」

 

 真澄さんに手渡したのは風呂敷に包まれた重箱。こんなもの使う機会があるのか分からないと思いながらもド田舎の幽霊屋敷な実家から持ってきた年代物だ。推薦競技に多く出てもらう代わりにお弁当を作って欲しいと言われ、それを交換条件に指定されてしまったので仕方ない。朝4時半に起きて仕込みをする羽目になった。感謝して欲しいものだが。

 

「「「おぉ~」」」

 

 彼女の周りに集まっていた女性陣から感嘆の声が上がる。褒められると鼻が高いものだ。仕事の一環でホテルの厨房にいたこともある。料理は上位と言って差し支えない実力だと自負している。これくらい、さしたることではない。時間はかかるが、難易度自体はそこまででもない。

 

「どう?」

「おいひい」

 

 もぐもぐしながらサムズアップを突き付けてくる。その間も凄い勢いで箸が動いているので、好評のようだ。これで士気が上がって能力を十全に発揮してくれるのならば言う事は無い。午後も頑張って走ってもらうとしよう。さて、真澄さんだけ盛り上がってても仕方がない。軍団の士気を高めるためなら私財を投げ打つのがいい指揮官と言われている。ま、今から配るモノは傀儡になった電気屋経由で輸送してきただけなのだが。

 

「ところでアイスあるんですけど、食べます? 全員分ありますよ」

 

 マジで!?という顔になったAクラスの面々。ハーゲンダッツが詰まったクーラーボックスを弁当販売のところに頼んで一緒に冷やして貰っていた。狂喜乱舞しながら食べているAクラス。他クラスが羨ましそうな顔で見ていたのが印象的だった。こういうところで差を見せて、内部の士気を上げ外部の士気を下げる。地道な事かもしれないが、重要なことでもあるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなお昼休憩も終わり、真澄さんはあれだけ食べたはずなのに軽快な身のこなしで動いている。いったいどこに消えているのか。人体の不思議である。さて、推薦競技1種目目は借り物競争。出場するのは各クラス6人ずつ。1レースの参加人数は4人。クラスから1人ずつ出しての少数競技になっている。運も絡むので、確実に勝てる私を除いては運動がそこまででもない生徒を選んでおいた。流石に全敗は厳しいので、私を入れている。

 

 ただの噂かもしれないが、お題に「フライパン」や「置き時計」だったり、物じゃなく「親友」や「好きな人」などもあるという話を聞く。なんだそれは、と思ってしまった。パン食い競争はなかったが、これも若干イってるジャパニーズカルチャーなので良しとしよう。私は最終レースを走ることになっている。

 

 前のレースを見ているとなかなか右往左往していて面白い。思わぬ番狂わせがあったりする。しかも、推薦競技に出ない3年Aクラスの先輩(自称アナウンサー志望)がご丁寧に実況役までしている始末。元々はこんな予定は無かったそうなのだが、盛り上げるために買って出たのだそうだ。それは良いのだが、お題の中身を発表させられている。実際会場は大盛り上がりなので成功してはいるのだが、変なお題だと大変そうだ。

 

 現に、凄い速さでお題のあるところまでたどり着いた綾小路はフリーズして何回も引き直している。可哀想に。Aクラスもなかなか苦戦していたり、逆にあっさりお題を持って行けたりしていた。中には親友とかを引いて連れて行った生徒もいる。それはそれで結構盛り上がっていた。そんな中の私だがお題までは余裕で辿り着く。

 

 お題は選び放題。だが迷っていては時間をロスするだけだ。スッと1枚引き抜いた。

 

『1番信頼できる人』

 

 ……好きな人よりマシか。一瞬悩むが、引き直しは30秒のロス。であればここでわざわざ引き直す必要性はない。勝てる戦を放棄するのは愚の骨頂だ。勢いよく踵を返し、走り出す。目指すは我がクラスのテントただ1つ。写真係がいきなりこっちに迫ってきている私に驚いて奥へ引っ込んでしまった。そんなにビビらなくても。

 

 脚組んだまま前列に座っている真澄さんを発見する。後ろにいた生徒は簡単なお題だったらしく、既に目星をつけている風だった。

 

「悪いが来てくれ」

「は? 私?」

「そ、君」

「ちょっと待って」

「う~んあんまり待つ時間はないな。という事で失礼して」

 

 手を引き立ち上がらせるとそのまま太ももと背中に手を当てて抱きかかえる。これが1番効率的だ。彼女も走るのは速いが、食後だし私が運んだ方が速い。

 

「な、なにして!」

「舌噛むぞ」

「は、はい」

 

 そのままトップスピードでゴールする。勿論順位は1位。すぐに2位の生徒もゴールしてきたので、結構危ないところだった。

 

「もう、お嫁に行けない……」

「そんなに落ち込まなくてもいいと思うんですけどね」

『さぁ、1年生の借り物競争1着でゴールしたのはAクラスの最強軍師と名高き諸葛孔明! まさかまさかの行動ですが、見事1位です。ではお題を発表してください!』

 

 羞恥心で死にそうになっている真澄さんを他所に、実況がマイクを突き出してくる。なかなか空気の読めない実況だ。

 

「1番信頼できる人です」

『おおっとぉ! ここで出ました、かなりの高難易度お題。好きな人と並ぶ我が校借り物競争名物の人間関係破壊カードです!過去にこれでヒビの入った人間関係は数知れず。その数は思い切って告白の材料にしてフラれる伝説を作った好きな人お題と同程度です! が、見事クリアしてみせました。大きな拍手を!』

 

 若干イラっとする実況だが、それでも話は上手い。周りを巻き込む力にも長けているし、流石3年Aクラスと言うべきだろうか。その層の厚さはなかなかのもののようだ。黄色い歓声が飛び交う中、それに笑顔で応えながらクラスのテントに戻った。

 

「やった、やった、やりました! 今世紀最大のスクープです。写真家坂柳有栖の最大のスクープが……あ、違う私は写真家じゃない……うぅぅ何でこんな目に……」

 

 魂を乗っ取られかけたみたいになっている坂柳のカメラには、私が真澄さんを抱きかかえて走っている写真が高解像度でバッチリ映っていた。……なるほど、確かに冷静になって見てみるとなかなかに恥ずかしいものがある。

 

「ばかばかばかばか! なんてことしてくれてるのよ! これから廊下歩けないじゃない……どう生活すんのよ。ただでさえアンタと一緒にいると目立つのに……。顔の暴力を自覚しろ!」

「すみませんね。あれが1番速かったものだから」

「そういう問題じゃないわよ……。あれ、私じゃないと大問題よ?そこら辺分かってる?」

「いや、お題が『1番信頼できる人』なんだから君以外の女子のところへ行かないだろ」

「ちがーう!」

「?」

「もういいわよ、諦めたわ。ちゃんと埋め合わせはして頂戴ね」

「分かってるさ」

 

 埋め合わせをしろと要求してくる割には妙に機嫌の良い彼女にまたしても付き合わされることが確定した日だった。まぁこれは私が微妙に配慮の足りない行動をしたからであるためそこまで文句はない。クラスが結果的には勝てたのだから良いじゃないかと言いたくなるが、言うと絶対もっと面倒なので言わない。経験則だが、こういうのは秘するが花なのだ。

 

 

 

 

 次は四方綱引き。別名十字綱引きとも言う。これは4クラスが一斉に綱を引き合うという一風変わった競技になっている。ジャパニーズカルチャーなのだろうか。流石に知らない。地面には縄の交差点を中心とした円が描かれており、そのうちの4分の1が1クラスあたりの移動可能な範囲だ。2対2のチーム戦がかなり起きやすい仕組みになっている。

 

 くじ引きの結果、運よく最初はDと組めたのでそのまま引っ張る。須藤を欠いたCクラスでは止められず、敗退。2戦目ではCと組むことになった。ここでは何としてでも勝利の欲しいCクラスが奮闘。私もいつになく引っ張ったのでなんとか引きずり込めた。3戦目はまたしてもDクラス。1戦目と結果は変わらない。その為最終的な結果はA、D、C、Bの順番となった。ここでの勝ちは半ば捨てていたのか、龍園の歓喜の顔が見える。一方の一之瀬は悔し気。須藤もおらず堀北もいなくなってしまったCクラスは取り敢えずまぁまぁだから良しという顔だ。

 

 3つ目の男女混合二人三脚は真澄さんとのペアで練習通りのスピードを出して圧勝。ハイタッチする結果になる。そして競技はいよいよ最終戦。クラス対抗1200mリレーの時間となった。ここでは各クラスの走り自慢が集まる。厳しい戦いになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 スタート地点にずらりと横並びになる12人の生徒たち。12レーンもあるわけないので、スタート直後はかなり混戦になるのは必至だ。最内は1年Dクラス。有利とされる位置に居る。この時期の1年間の差は結構あるので、1年生への配慮だろう。そうでもしないと3年の圧勝になってしまう事も考えられる。

 

 第1レースはかなり重要だ。復帰してきた様子の須藤。Bクラスでも有力者の神崎。Cには龍園自らが御出走だ。Aクラスは悩んだ末に鬼頭を振り分けた。厳しい戦いになるかもしれないが、なんとかして欲しい。中段につけてくれれば勝機はある。このリレーの合間に20分くらいの休憩が挟まっており、指定場所に並んでいる出走者を把握した実況は、各クラスにその名前とエピソードを聞いて回るというかなりの仕事をこなしていた。何がそこまで彼を突き動かすのかはわからないが、そのおかげか注目選手の名前が読み上げられていく。

 

『さぁそして最後を飾るアンカー! ここにもそうそうたる顔ぶれです。まずは我らが3年Aクラス、堀北学。生徒会長として勝利を飾れるか。粛々と勝利を目指すとコメントしておりました。さぁ2年生からはこの男! 野心家副会長南雲雅! その名の通り、優雅な走りを見せられるか!』

 

 会長は前を見据えたままだが、南雲は周りに手を振って愛想を振りまいている。

 

『1年生も負けていませんよ~まずはBクラス! サッカー部の韋駄天・柴田颯! これまでの個人走では全て1位を獲得するサッカー部きってのエースです。そしてもう1人。先ほどベストなコンビネーションで本校始まって以来の記録で男女混合二人三脚を走り抜けた諸葛孔明! 頼れる相棒も第3走者で出走しております!』

 

 自クラスから湧いた歓声に応える。パシャパシャとフラッシュが焚かれていた。

 

『さぁ準備の方が完了したようです。本年度の体育祭を締めくくるメインレース・クラス対抗1200mリレー……今、スタートしました! 横一線並んだ綺麗なスタート。さぁ誰がハナに立つのか。おおっと、行ったのは1年Cクラス須藤健、バスケ部の新エースであります!』

 

 須藤が爆発的に前に飛び出していった。逃げを打ってアドバンテージを稼ぐつもりなのだろう。鬼頭は現在4番手。まぁまぁの位置だ。このままキープしてくれたらの話だが。須藤の次はこれまたCクラスではトップクラスに速い平田。ここまでは差は殆ど詰められていない。うちのクラスはある程度キープしている。

 

『さぁリードを保ったまま平田洋介、3番手にバトンを繋ぎました。3番手はCクラスの水泳少女小野寺かや乃。しかし男子相手は厳しいか、後ろから2年Aと3年Aが迫る! 今先頭が交代します』

 

 真澄さんにバトンが渡るがなかなか状況は厳しい。なんとか5番手をキープしている。多分これまでの半年ほどで初めて見るレベルで真剣な顔をしたまま次走にバトンを繋いだ。走り終わった後はぜーぜーと苦しそうに息をしている。他の走者がほぼ男子だった中で抜かされずにキープした時点でも褒めるべきだ。後でしっかり労おう。

 

 レースの展開は1年生には厳しいものになっている。2年と3年のAクラスが先頭争いをしていたが、ここで3年Aクラスのバトンミス。体育祭にハプニングはつきものだし、どれほど練習していてもこういう事はある。しかし、その数秒が陸上競技では厳しい。4番手を走っていた女子生徒は顔面蒼白だ。その隙を見逃す2年Aクラスではない。あっという間に先頭に躍り出た。1年Bクラスだけが現状3番手に食らいついている。うちのクラスは第5走者の橋本になったが順位は6番手。すぐ後ろには櫛田がいる。彼も頑張っているが、抜かすのは難しそうだ。

 

「この勝負は俺たちの勝ちッスね、堀北会長。出来れば接戦で走りたかったですよ」

 

 半笑いの南雲が言う。彼の所属する2年Aクラスはトップで独走している。2位の3年Aクラスとはそこそこの差がある。次点の1年Bクラスはそこから更に後方。そのすぐ後ろは混戦状態だ。辛うじて橋本が順位をキープしている。

 

「総合点でもウチが勝ちそうですし、新時代の幕開けって感じですかねー」

「本当に変える気か? この学校を」

「今までの生徒会は面白みが無さ過ぎたんですよ。伝統を守る事に固執しすぎたんです。口では厳しいくせに救済措置を忘れない。ろくに退学者も出ない甘いルール。もうそんなのは不要でしょう。だから俺は新しいルールを作るだけです。究極の実力至上主義の学校をネ」

 

 止めてくれないかなぁ。退学者続出は困る。この学校にいる面子の実力を把握し、将来中央政府をこいつらが率いるときになったらその趣味嗜好や能力を知る事が私のメインの目的なんだから。勘弁してくれ。それに、クラスの統率も面倒になる。

 

「それを止める者も、いるかもしれないぞ」

 

 堀北会長はチラリと綾小路と私を見る。南雲もそれにつられるように私たちを一瞥した。会長は話を振ってくる。

 

「お前はどうだ。諸葛」

「……さぁて。具体的にどうなるか、見てみないことには」

「お前が俺に勝てるのか?」

「それも分かりませんね」

「少なくとも、ここでは俺の勝利だがな」

 

 レースの様子を見る。橋本の位置と南雲の走力を計算すると……まぁ何とかなるか。決して無理な距離じゃない。

 

「南雲先輩は競馬はご覧になられますか?」

「知識としては知ってるが、見たことはねぇな」

「そうですか。競馬では差しや先行が多いんです。だからこそ、その他が人気になりやすい。追い込み馬もそのケースに当てはまる存在でしてね。現に、この国の人気のある三冠馬の内2頭は追い込みだそうで」

「へぇ? つまりお前が追い付いて見せると。そう言いたい訳か?」

「そう言ったつもりなんですけれどね」

「はっ! ……お前に追いつけるかよ」

「本気で逃げる事をお勧めしますよ」

「吠えたな」

 

 南雲はゆっくりと歩き出す。バトンを受け取る助走に入ったのだ。バトンが南雲に渡る。そのままかなりのスピードで飛ばし始めた。すぐにBクラスのアンカー、柴田にもバトンが渡る。目をランランと輝かせた柴田が駆け出した。橋本がバトンを渡す体勢に入る。こちらも助走を始めた。

 

 一瞬だけクラスの方へ目をやる。坂柳がシャッターチャンスを逃すまいとカメラを構えている。葛城は腕を組んで見守っている。他のクラスメイトの不安そうな顔。そして既に走り終わった勇者たちの中でへたりこんでいる真澄さんと目が合う。「勝って」と確かに彼女の口はそう動いていた。

 

 先頭の南雲との距離を測る。行ける。問題ない。この程度、さしたる障害ではない。生憎と、ヘラヘラ笑いながら後輩を舐め腐ってるような奴に負ける訳には行かない。私には、勝利を信じている人がいる。こんなところで負けたら本国の部下になんて言い訳をすればいい。それに、今の右腕にだって合わせる顔がない。

 

「すまねぇ!」

 

 叫びながら橋本がバトンを渡す。受け取って、数年ぶりの全速力で前へ駆け出す。ついでに彼に労いも込めて返事をする。

 

「問題なし!」

 

 先頭、現在位置、第2コーナー。間もなく向こう正面。中華人民共和国人民解放軍陸軍特殊作戦旅団・白帝会総司令長官兼特任少将・諸葛孔明、参る。

 

 

 

 

 

 

『さぁ先頭は2年Aクラス南雲雅。圧倒的走力でこのまま押し切るか! 2番手は1年Bクラス柴田颯。1年の意地を見せて食らいつく! 先頭集団は間もなく第2コーナーから向こう正面に入ります。先頭変わらず……おおっとここで驚異の追い上げ、凄い足だ! 5番手から一気に3番手に躍り出たのは1年Aクラス諸葛孔明! その差は数馬身!』

 

 ついに馬身と言い始めたぞあの実況。絶対競馬を参考にしながら実況してるだろ。そんな事を思う。これまでの暗澹たる人生でここまで高揚感に満ちながら走った事があっただろうか。秦嶺山脈の大地で走ってきたときはいつも何かに追われていた。四国山地で走っていた時は孤独だった。今は追いつくべき先がいる。いつも先頭の景色しか見たことが無かったもので、後ろからの景色は新鮮だ。

 

 なるほど、追いかける側とはこういう気持ちなのか。先頭2名が見えた。最後のコーナーに差し掛かっている。十分抜かせる距離だ。南雲が一瞬だけこちらを見る。驚愕の顔をしながら加速を始めた。だが、相手が速いならその2倍の速度で走れば追いつける。相手が加速したのなら、こちらも加速すれば良いだけの事。2年Aクラスの歓声が焦りと悲鳴に変わる。1年Bクラスの声が大きくなる。我がクラスの声も聞こえる。私の勝利を叫んでいた。

 

 

 

 

 

 申し訳ないが、南雲雅。私から逃げ切れた者はこれまでの人生――ただの1人もいない。

 

 

 

 

 

 

『蒼い髪をたなびかせ、翼を広げるように1年Aクラスの蒼い貴公子が疾走する!』

 

 貴公子は止めて欲しい。流星も音速もアレだし、超高速の方は早期引退じゃないか。

 

『3番手から2番手! 先頭まで届くか! 届くか! 届くか! 届いた! 届いた! 先頭南雲雅、その横並んで諸葛孔明! 一騎打ちに……ならない! 一騎打ちにはならない! まさに衝撃の走り! 先頭突き抜けて、ゴーールイン!』

 

 髪を払う。秋の空の下、大歓声が包んでいた。だがレースはまだ終わっていない。

 

『先頭でも波乱、そして中段でも波乱! 3年Aクラス堀北学と1年Cクラス綾小路清隆が一騎打ち! 最後のコーナー回って、おっとしかしここで転倒。それでも両名止まりません!最後の直線に入った。堀北が僅かにリード! 堀北が僅かにリード! 外からもう1度綾小路も差し返す! 外から差し返す! 大接戦でゴーール! 見事なレースを見せました。今年のレースは大波乱です! 1年生がトップ3に2クラス。そして片方は優勝! まさに1年生の意地を見せた形になりました。更には中段でも名勝負。これは凄い展開となりました。ここだけダービーか世界陸上かと思われる走り。いいものを見て卒業できそうです』

 

 総括が行われている中、クラスはと言うとかなりの狂乱状態にあった。抱き合っている生徒もいる。葛城は腕を組みながら感慨深げに頷いている。坂柳はカメラの画面を満足そうに見ている。いい仕事が出来たのだろう。仲間の走者を見れば、鬼頭は冷静そうだが心なしか嬉しそうにしている。橋本はニッと笑っている。真澄さんは飛び跳ねていた。

 

 面白い事になっている仲間たちを見ながら、私は肩で息をしている南雲に声をかける。

 

「どうでしたか? 2番手の景色は」 

「最悪だ。だが、それでこそ倒し甲斐がある」

「そうですか」

「堀北会長が卒業されたら、俺が相手をしてやる。逃げるなよ」

「私の知らない言葉ですね」

「認めてやる。今は、お前が強い」

 

 獰猛な笑みで南雲は手を突き出す。その手は左手。なるほど、そう言う事か。コイツは嫌いだが、これを受けるくらいの事はしてあげるべきだと思う。その手を左手で受けた。お互いを嫌い合ってる宣戦布告の握手。

 

 秋風の下で、もう1度大歓声が巻き起こった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。