ミヒャエル・エンデ『果てしない物語』
「おはよう」
「……」
入学してそうそう中々やらかしていた同級生を色々あって傘下に加える事が出来た翌日。仏頂面で頬杖をついている彼女に声をかけたが、すんごい嫌そうな顔をされる。
「おはようございます」
「……」
「おい、挨拶は返せ。感じ悪いなぁ」
「……なに?」
「そんなに偉そうに出来る立場じゃあないですよね。てか、そんな顔だと変に勘繰られるからせめてもう少し普通にしていてくれ」
「分かった。で?」
あまり会話をする気はないらしい。酷い事だ。なお、これ以上手駒は増やさない方が安全だ。一人に注力した方がこちらも造反を防げる。生憎、カリスマなんてこれっぽっちもないので、ある程度信用しつつ裏切りも視野に入れておく必要がある。部下が多いと出来る事は増えるがその分負担も増す。特にこういう利害関係で繋がっている部下それぞれにメリットを用意するのは骨が折れる。だが、一人ならそんな事しなくていい。
「放課後、集合」
「どこへ」
「マイルーム」
嫌そうな顔は崩れていないが、それでもさっきよりはマシになったので及第点だとしよう。これ以上やると面倒なことになりそうなので、その場を離れる。我が隣人はまだ来ていない。あの女は絶対危ない。昨日すれ違ったときも「先を越された」と言ってやがった。明らかに神室真澄が教室内でボッチ……浮いている……友達がいない……どういっても角が立つがともかく一人でいる事が多いのでさっさと手下にしてしまおうと考えたのだろう。そうはいくか。
坂柳有栖がどの程度の頭脳の持ち主かまだまだ測りかねている。それを完璧に把握するのも私の仕事なのだが……まぁそれはおいおい明らかになるだろう。もっとも彼女にはいかに頭脳が優れていてもどうしようもない弱点があるが。けっして障害者差別ではないが、あのフィジカル面での最弱さはどうしようもないだろう。つまり、暴力を行使することを躊躇わない人物と対峙すると1対1では確実に敗北する。
また、自分で動いて情報調査などもやりづらい。そうなると誰か部下を使う必要がある。フィジカル面の雑魚さ、それに付随する駒の必要性。それが大きな弱点だ。つまり、逆に言えば王を射んとすればまず馬を射よと言うように、彼女を倒したければ部下を倒せばいい。
もし、あの足が本当に動かないのだとしたら、の話だが。
「流石に考えすぎか」
「何がだ?」
漏れ出た独り言に反応される。
「ああ、誰かと思えば。あなたですか」
森重卓郎。クラスメイトの一人だ。
「特になんでもないです」
「そっか。でさ、お前、神室ちゃんと仲良いの?」
「まぁ、それなりには」
この後に続く台詞は紹介してくれない? だろうな。
「神室ちゃんあんま他の女子とつるまないじゃん」
「紹介しても良いですが、あまり期待は出来ませんよ。クラスで一番話す男子だと言う確固たる自信はありますが、それでも塩対応ですので。すげなく袖にされるのがオチかと。とは言え、アタックしたいと言うのであれば止めはしませんが……」
こんな風に言えばこの手のタイプはすぐ諦める。靡かないクール美人を落とすのが昨今の流行りと思っていたが違うのか。私の母校の性癖おかしいやつの嗜好なだけで流行りでは無かったのかもしれない。
「ちぇ~残念。そうだ、知ってるか? BとDにすんげぇ美人がいるんだぜ」
「あまり他クラスの事はまだ。どんな方々なんですかね」
「Bのは一之瀬帆波って子だ。ほら、この学校って○○委員みたいなのあんまないじゃん?だから学級委員を作って団結しようって呼びかけたみたいだぜ。Bの女神って評判だ。あと、Dの方は櫛田桔梗って子だ。色んな奴の連絡先を聞いて回ってるから、そのうち来ると思うぞ」
「へ~なるほど」
「なんだ、お前女子に興味なんて無いと思ってたぜ」
「いやいや人並みに美人は好きですよ」
他クラスの中心人物の情報をなにもしてないのに手に入れられた。棚から牡丹餅って言うのはこういうのを言うんだろう。教えられた名前を頭に叩き込んだ。
「では早速、お前にお仕事を与えよう」
放課後。自室に呼び出した神室真澄相手に、そう言った。
「私は私で忙しい。仕事をしてくれ」
「何すればいいの」
「まず手始めに情報収集だ。感じているだろう? この学校ははっきり言って悪い言い方をすれば異常だ。多くの情報が隠匿され、秘匿され、生徒にも世間にも隠されている。監視カメラで生徒を監視し、外部との接触を禁じ、10万をポンと渡す」
「それは、まぁ……」
「だが多くの生徒は思っている。まぁ国営だし、多少はね? と。が、考えてもみろ。優秀な奴が欲しければ東大生でも捕まえて来ればいい。灘や開成の生徒でもいいかもしれないな。だが、そうしなかった。ここではそういう生徒は求めてないんだろう。ここの思惑は知らんが、やはりここで生き抜くにはこの学校のシステムの把握が一番だ。そういう訳で情報を集めてこい。それが指令だ。どんな些細な事でもいい」
「隠されてるものをどうやって集めるのよ」
そんなの出来る訳ないでしょ、自分でやれば。と彼女は言う。出来たら苦労しないし、そもそもやらないとは一言も言っていない。
「人が学校生活で気が緩む場所や時間は何処だ」
「休み時間じゃないの」
「80点」
「なにそれ、知らないわよ。もったいつけてないで教えれば。時間の無駄でしょ」
「面白くない奴だなぁ。まぁ良い。正解は休み時間のトイレだ」
「……は?」
「女子は群れてトイレに行く習性があるな。まぁ男子もだが。誘ってくる友達のいないお前には分からないかもしれないが」
「一言余計なんだけど」
「偉そうな口をきける立場ではないはずだが? あまり調子に乗っているとバラバラにして海に流すぞ」
こちらの言葉と雰囲気に眉をひそめた彼女は渋々頷いた。心情的にはすぐに従えと言って従えるものでもないだろう。
「個人的な主観なのだが、女子ってトイレで喋っていることが多いな。主に愚痴等を」
「そういう側面もある事は否定しない。人によるけど」
「この主観に納得してくれるのなら話が早いな。では、二年と三年のフロアにあるトイレに張り込んでこい。ねらい目は昼休みだが、授業の間の休みでも良いだろう。ただし、授業には間に合うようにしろ」
「やるのは最悪しょうがない。けど、それしてなんか掴めるの?」
「さぁ?」
無責任なと思ったのだろう。ムッとした顔になる。だが、事実効果があるかは分からない。何か漏れ出てくれればラッキーだが、そう簡単にはいかないかもしれない。だが、なにかヒントでもあればいいなぁという程度の思い付きだ。
「1週間時間をあげよう。勿論、無駄骨の可能性もある。だが、もし何か有益な情報があれば報酬は用意しようじゃないか。気張って励めよ」
「何もつかめない可能性があるから、あんたはやらないのね」
「その通りだ。良く分ってるじゃないか」
「……まぁ良いわ。やる。ただし、期待はしないでよ」
「ああ、そうさせてもらおう。それと、なるべくポイントの無駄遣いはしないように節制を心掛けろ。前にも言ったが減らされる可能性もある。授業を真面目に受けて、問題行動を起こすな。このポイントが進退を分ける可能性だって高い」
「根拠は?」
「この学校は退学者が多い。その退学も阻止できる可能性が高い」
「退学……? そんなに簡単になるもんなの」
「ああ。上級生のクラスを見てみろ。物理的に机の数が少ない。教師に確認を取った。濁していたが、特別な事情が無い場合赤点を取ると追試がない。そして赤点を取る生徒は本校に相応しくないと判断される。2項目を繋ぎ合わせれば簡単な問題だ。勉強もしておくんだな」
「言われなくてもほどほどにはやるから」
「ああそう。では頑張って来てくれ。また1週間後、ここで会おう。あと、ちょくちょく学校で話しかけるがキチンとコミュニケーションをとってくれ。その方が自然だ」
すべてに了解を示した後に、彼女は退室していった。はぁ……と言う長いため息が聞こえた気がしたが、聞かなかったことにしてやろう。これくらいは許してやる。やるべきことは終わった。後は夜になるまで仮眠をとろう。指令がうるさいので、そろそろ真面目に仕事をしないといけない。
ジリリリリリとアラームが鳴った。時刻は午前1時。草木も眠る丑三つ時まであと少しだ。そんな夜更けにだが、身支度を整える。ベランダへつながる窓を開ければ海風が吹き込んでくる。ここは4階。通常の家屋から見るよりは高い景色が見えた。息を吸い込んで吐き出す。そして窓を閉め、外に出かけた。格好はさしずめ、コンビニに夜食を買いに行く眠れない学生と言った雰囲気で。
誰ともすれ違わなかった。当然だろう。今は真夜中だ。寮を出て向かうのはコンビニではなく違うところ。海沿いの緑地になっているゾーンだった。この学校は一つの街の機能を有している。当然こう言った自然系の施設も完備している。いるのかは不明だが、こうして今役に立っている。監視カメラがないことは事前に調査済みだ。この学校は異常にカメラが多いが、それでもすべてをカバーできているわけではない。
目的地に着く。隠し持っていた工具を取り出し、しゃがむ。マンホールの丸い蓋が開けられ、下へ続く梯子が露わになった。滅多に人のこない地域であることは確認済み。ついでに尾行もされていない。安全を確認し、しまっていたヘッドライトを付け、ガスマスクを装着し、梯子を下りた。蓋は中からだと開けるのは困難だが、多少細工をしておけば上からはしまっているように見える。ここを開ける奴がいるなんて想定すらしていないのが容易にうかがえた。言ってしまえば地下はガバガバ。まぁ、マンホールなんて普通は用事がない。この学校でも開けられたことは殆どないだろう。もしくはないかもしれない。
ここは下水道の中でも雨水と下水を流す用の本流だ。普通のマンホールの中は細い水道管があるだけだが、一つの街ほどの大きさがあるここならば水道管も太いだろうと予測していて正解だった。かなり大きな、それこそ下水処理場近くの水道管に近い。そう言えば、近くに処理場があった気がする。
カツカツと地下水道の歩く部分に靴音が鳴る。方位磁石と印を頼りに暗闇を歩く。歩幅を固定していれば今何メートル歩いたかはすぐわかる。これ自体はそう難しい技能でもない。マーチングなんかでは実際に使われている。手元の紙に地図を記しながら歩いて行く。暫くしたとき、敷地の外に出た。方角と距離から場所を特定する。外にある下水場近くの公園にあるマンホールだろう。ここまで歩いて1時間。まぁ何とかなるか。
これで仕事は終わりだ。ここを使えば外部と物資のやり取りができる。非常時には脱出経路にもなりそうだ。元来た道をUターンして戻り、周囲の確認をしてから外に出る。誰もいない。今は午前3時。最後にマンホールをしっかり閉めて、寮へ戻った。
なお、匂いが付くのでその日は学校を休んだ。品行方正にしておくものだ。万が一にも勉強を頑張っている同級生に移したくないので……と言えばあっさり承認された。これではっきりしたことがある。この学校の機密保持は確かに優秀だ。しかし、あくまで常識的な範囲においてのアプローチに留まっている。こんな風に地下を突破しようとするヤツの想定がない。まぁ首相官邸でもないしそこまでやる必要があるのかと言われれば無いのだが。なお、海は流石に危険すぎた。船での物資のやり取りは目立つ。
あくまで教育内容を知られたくないのは今後入る生徒に対策されるのを防ぐことと、外部からの批判を避けるためだろう。元々創設当時はすさまじい反対に合っていた。国立高校創設自体に反対者はいなかったが、こんな街を造るのは大反対されていた。野党や国民からの反発はすさまじく、『格差を肯定するのか』『意味がない』『リターンが確実なのか』『予算の無駄遣い!』と叩かれて当時の内閣はこの学校の創設後に総辞職する羽目になった。しかし造ってしまったものは仕方ない。もう20年近く前の話なので、今それを蒸し返す者は少ないだろうが、この中で行われている教育内容などを知った場合うるさいのが多そうだ。
秘匿の仕方もあくまで文科省レベルのものになっている。だから国家規模の組織相手だと内部からの電波を拾えない。それでも学校内部の電子機器のロックは凄まじい。そこは大いに称賛するべきポイントだろう。干渉して操作し、ポイントを不正に上昇させるなども出来無いようにされている。
そうまでして隠したいことがやはり行われていると考えるのが自然だろう。その正体がいつ完全に分かるのか。それはまだまだ先の事だろうという予感がした。
1週間が経過した。約束の期日である。サボって適当な報告をする可能性があったのでそれとなく観察していたが、凄く気だるそうに休み時間になると速攻でいなくなっていた。ちゃんと潜入しているようで何より。現在は一応慰労の為にいれたコーヒーを飲んでいる。
「これ、何?」
「コーヒー」
「なんか味が普通のと違うんだけど」
「ああ、その辺に咲いてたタンポポを乱獲してきた。タンポポコーヒーというやつだ」
「あっそう」
聞いてきたくせに興味なさそうなのがイラっとするがまぁそれはいい。本題は情報だ。こちらはこちらでマンホール以外にもちゃんと集めている。
「で、報告をきこうか」
「まぁ一応成果らしきものはあった」
「ほう?」
「2年の女子が話してたワードの中で聞いたことないけど複数回出てきたのは2つ。南雲ってのとクラスポイント。多分南雲ってのは人の名前」
「生徒会の副会長だな。冊子に載っていた」
「ああそう。そいつが2年を仕切ってるみたいね」
「それよりも気になるのはクラスポイントと言う言葉だ。その詳細は分かるか」
「『クラスポイント上げないとお金ない』『でも今の南雲体制だとクラスも変動しないし大幅増加は無理っしょ』って言うのが一番ヒントになる会話」
「クラスポイントは我々が貰えるポイントに直結している、そしてクラスは変動する? なるほど。つまり、私の予想は半分外れで半分当たりだった訳だ。『10万貰えるとは限らない』が正解で『個人の行動は個人のポイントに直結する』が間違いだったな。正しくは……」
「『個人の行動はクラスのポイントに影響して、それによって貰えるポイントも左右される』ってこと?」
「正解だ」
やはり彼女はそこそこには優秀だ。自分の人物鑑定が間違っていなかったことが証明された。
「その上で、だ。南雲と言う人間の体制下ではクラスが変動しない。からポイントは増えない。と、ここから察せられるのはクラスの上下にはそのクラスポイントが関係してくるという事だろう。段々見えてきたな。やはりトイレ作戦は成功だ。まさか毎日張り込みしてる下級生がいるなんて想像もしてないだろうからな」
「おかげでずっとお昼食べれなかったんですけど」
「必要経費だ。割り切ってくれ。それと、こちらもそれ以外に得るものがあった。クラス分けの基準が見えてきたぞ」
「クラス分けなんて適当じゃないの?」
「いや、授業中に腹痛を装ってトイレに行く際にチラリと確認したが、Dクラスは携帯、睡眠、私語、欠席多数など学級崩壊寸前だったぞ。Cもあまり品行方正とは言えないな。Bはそこそこにはまとまっているが、やはり寝ている生徒や喋っている生徒は一定数いる。Aクラスはほとんどいない。学業成績含め、一般的には優等生と判断される者はAへ、劣等生と判断される者はDへ。これが推測される法則だ」
「へぇ……なんで劣等生なんて入学させたんだろ」
「それだ。それが気になるポイントだ。まぁそれは追々考えればいいだろう。素晴らしい成果だった。取り敢えず報酬を送っておく」
ピロンと携帯の着信音がした。彼女の携帯にメッセージが届いた証拠である。
「なに、これ」
「7000ポイント。1日1000ポイント換算だ。割のいいバイトだな」
「返さないから」
「別に返却を求めたりはしない。思いもよらぬ成果だった。感謝している。これからも頼むぞ」
「ま、それなりにね」
彼女はそう言うと今回はため息なく部屋を出ていった。多少なりとも心は満たされたのだろう。感謝していると言った時に微かだが満足げな笑みが浮かんでいた。得た情報をどう扱うか。やはり彼女は役に立つ。そう考えながら思案を始めるのだった。
<報告>
クラス分けの基準は優等生がAへ、劣等生がDへでほぼ確定。ただし、何故劣等生に近い存在を入学させたのか、真意は不明。学力等では測れない実力のある可能性あり。注視する。また、一年生には未公開のクラスポイントと呼称されるものが存在する。前回以前に報告の10万ポイントはこのクラスポイント(以下CP)に対応しており、授業態度・素行などに問題があるとこれから減点される可能性が高い。個人の行動は個人のポイントに影響するのではなく、クラス全員のポイントに影響すると思われる。また、2学年は個人の支配下にある程度収まっている模様。いずれにせよ、5月にお客様期間の終了があり、そこで情報開示と推察。
地下の地図を送る。参照されたし。物資受け渡しの際は記載の東京都江東区○○地区の××公園南入口付近のマンホールよりされることを推奨。海は露見の危険大。
<要求>
電子機器類の速やかな引き渡しを望む。また、支援物資も同様。
<返答>
支援は了解した。近日中に輸送する。それと、お客様期間とは何か、説明を求める。
<Re.返答>
ググられたし