<忠臣・神室真澄>
人生ってなんだろう。それに明確な答えを出せる人はきっといない。当然、私も無理だ。だが、生きる理由を見つけるのは、人生とはなんぞと考え続けるよりは楽だった。私の今までの人生。それを振り返ってもあまりいい思い出がない。悪い思い出も少ない。要するに、平坦でつまらなくて陳腐で変化に乏しい人生だった訳だ。それがいいと言う人もいるだろう。けれど、私は嫌だった。
だから罪に手を染めた。スリルを味わいたかった。そしてそれと同時に、捕まれば私なんかいてもいなくても変わらないという顔をしている両親の目が少しでもこちらに向くんじゃないかと思った。今となって考えれば、何て浅はかな考え。罪を犯すことに酔いしれていた。そしてそれを未来に後悔することになるとはつゆ知らずに。
咎人が果たして側にいて良いのだろうか。罪を犯した穢れた手で、私は今日も彼の忠臣面をする。少し後ろからくっついて行ったり、時に相棒のような顔をして、隣にいる。坂柳も葛城も、龍園や一之瀬すらも手玉に取り、上級生すら相手取る逸材の隣に私は相応しいのだろうか。否だと自分で答えを出すのに、長考はいらない。
けれど、あの時あそこで罪を犯さなければ、私は彼に出会えなかった。こうして今のような生活を過ごすことは出来なかった。狂おしい矛盾。やらなければよかったという後悔と、やってよかったという思い。その背反する感情が常にあって、どうしようもないことに後者の方が強かった。私はどうしたら良いのだろう。そう思いながら、今日も彼の隣を歩く。
彼はきっと、どこかここではない場所にきっと多くの仲間……家臣? がいる。それは確定的だ。明らかに多くの人を率いたことのある態度や言動をしている。それに、部屋にある多くの謎の箱や銃器。バイオリンケースがあったかと思えば、ケヤキモールじゃ売ってないパソコンもある。溢れんばかりの本に壁に飾ってあるのは恐らく剣。変な部屋だと思う。それに、どう考えても真っ当な出自の人間ではないだろう。
色んな秘密を抱えている。そして、そのほとんどは誰にも明かされていない。それは当然だ。秘密は知られていないからこそ秘密なのだから。でもそんな中では私は少しだけだけれどもその秘密を打ち明けられている方だと思っている。それが優越感を生み出す。私は信頼されているのだ。そこら辺の一般生徒とは違う。そう思わされる。
最近になってごちゃっとした部屋に増えた私の絵。デカデカと額縁まで用意して飾られている。見るたび見るたび気恥ずかしくなる代物だが、彼は褒めるだけだ。私は褒められたことがほとんどない。ほぼないと言い換えても良いだろう。何なら記憶にない。だから、ずっと欲していた。ずっと1回で良いから誉めて欲しかった。1回で良いから、私の方を向いて欲しかった。そんな家族に求めてやまなかったけれど、結局今の今まで手に入らなかった『それ』を、彼はいとも容易く私にくれる。
これは劇薬だ。承認欲求とその他にも色々混じった感情が一気に私の中を満たす。私の心を染めていく。もう戻れない場所へ踏み出していると、そう思うしかなかった。
この3年間が勝負だ。彼が今までの仲間と築いてきた記憶はきっとかなり強固なもののはず。だから私は何とかしてそれを上書きしないといけない。幸い、この学校は隔離されている。外的要因はほぼ考えなくていい。そして彼は私以外に側近を増やすつもりは無い。ならば最大のチャンスなのは言うまでもない。この学校を卒業しても、彼の下で働くことが出来るように。少しでも印象を深く植え付けるために、私は今日も忠誠を誓う。例えどんな結末を迎えようともこの身朽ちるまで。だから、葛城の禅譲の時に言った「地の果てまでも、喜んで」という台詞は大げさでも誇張でもない。本心だ。
空っぽだった私の生きがいと理由。それをくれた人のために、私は生きるのだ。
どんな秘密でも絶対に拒んだりしない。だからいつの日か―――――その秘密を教えてね?
<蝙蝠・橋本正義>
ミスった。素直にそう思わざるを得ない。俺は人生における選択をここで初めて間違えたと言える。それに、我ながらガックリ来ていた。
俺は自分をよく知っている。自分の能力や出来る事、そしてそれをどう使うべきか、同年代の奴らよりは把握してると思っている。同時に、俺自身は何か集団を率いるのには向いていない。俺は集団の構成員が良いところだろう。そして、俺は強くない。弱いとも思わないが、少なくとも強いとは言えない。だからこそ、強者にコバンザメのようにくっついて生き残る。だが、それは忠誠心からじゃない。当然リスクヘッジだってしている。別の強者とコネクションを持ち、ある程度有能だと思われる立ち位置にいる。そして、自分の主に何かあればスッとそこから離れる。そう言う生き方だ。泥船で心中なんてゴメンだからな。だがそれ自体は悪い事だとは思わない。昔から弱小勢力なんてのはそんなもんだ。
5月にクラス間闘争が発表されたとき、とんでもないところに来てしまったと思ったものだ。皆少しはそう思っただろう。実際は諸葛孔明というヤバい男によってシステムの大半は知らされていたが、それでもやはり正式発表とあればビビるのは無理もない。
そんな中で出鼻をくじかれたウチの姫……坂柳有栖が唇を噛んでいたのを知っているのは俺だけだろう。いや、実際にそうしていた訳じゃあないが、雰囲気がな。何か裏がある、とまでは姫さんも読み切っていた。だがその詳細は迫れなかった。ここで大きく差が出た。それでもリカバリーは速かったが……諸葛をクラス内の上位地位に置かないという選択肢はとれるはずもなかった。
だからこそ、あそこで姫さんも、そして俺も選択肢をミスった。あそこでアイツを前に立たせてはいけなかった。いや、俺の場合はそもそも最初に諸葛を選ばなかった時点でミスをしていた。姫さんの方が強く見えた。事実、最初の頃の諸葛は顔と頭は良いが、カリスマと言う感じではなかった。明らかに姫さんの方が強そうだったのだ。まぁ結局それは欺瞞だったが。そして、諸葛が選んだのも俺では無かった。神室真澄。俺自身はそこまで興味のない女子だった。顔は良いが、とっつきにくい。だが、アイツはどういう手段を使ってか配下に加えた。そこから暫く進展はなかったが、その間も諸葛は両派閥の間を上手く立ち回り、派閥の構成員や中道寄りの生徒個人個人から着実な信頼を得ていた。
姫さんがしたもう1つのミスは、やはり無人島試験だ。あそこで諸葛の妨害をしなかったことが決定打になった。今になって思えば、しても無駄だったように感じる。多分バレていたし、姫さんはそれで糾弾されただろう。動けるという時点で、大きなアドバンテージを向こうは抱えていた。それに、無人島では葛城がしっかり俺の事を監視していた。その油断のなさも傑物と言うに相応しいだろう。
俺はここで悟った。遅かれ早かれ姫さんは負ける。しかし、諸葛は自派閥を強化する気はないように見えた。今更取り入れないだろう。最初は嫌々そうだった神室も、今じゃすっかり心酔している。陳腐な言い方だが、絆があるように思えた。だから俺は船上試験でも協力し、体育祭でもしっかり動いた。心証を少しでも良くするために。そして体育祭を経て、諸葛の地盤は一層固まった。一応選挙制度が残っているとして、1回や2回負けたくらいじゃもう引きずり下ろせないだろう。
「姫さん、もう諦めましょうや」
体育祭から数日後のカラオケボックス。最早凋落寸前の坂柳派の主力が集まった会で俺はそう進言した。
「諦める? どういう意味ですか」
「そのまんまですよ。姫さんの能力は落ちてない。でも、もう無理ですって。孔明センセを引きずり下ろすのは不可能です。これ以上何か仕掛けたら、こっちが悪者ですよ」
「……」
「……」
鬼頭は無言だが、賛成と言いたげな顔をしている。コイツも体育祭でただのもやしじゃないと認識した結果、ある程度諸葛に信頼を置いている。もう1人の死んだ魚の目をした山村ちゃんは、無表情にジュースを啜っている。しかし雰囲気的には俺たちと同じと思って良いだろう。
「確かに、今までは不幸にして何もできませんでした」
「今まで? これから何かするんで?」
「特別試験以外にもクラスに貢献することは出来ます。そうすることで実績を稼ぎ、3学期に一気に台頭します」
「いや、それ言うのは簡単ですけど出来るんで?」
「……」
「まぁ手伝いはしますよ、ここまで来てしまった以上ね。ただ、あんまり俺らが睨まれないようにして下さいね?」
このお嬢さんが少しでも失敗したら、俺は即座にしっぽ切りをしよう。諸葛にすり寄ればまだ生き残る機会は残っている。捕らぬ狸の皮算用。そんな言葉の似合う表情をした姫さんを見て思った。
俺は蝙蝠だ。強者の間を今回だって渡り切ってみせる。
<ドラゴン無双③、2人は名軍師編・IFルートCクラス>
無人島試験。これははっきり言ってCクラスの大勝で終わった。島に解放されて早々に諸葛孔明はダッシュで洞窟と言う住環境においておそらく最上の場所を確保。その後はリーダーとなったものの指示は龍園に任せるというスタンスを取った。龍園は当初全員リタイアする作戦を考えていたが、このままなら普通にポイントを残せそうな事を確信。基本指示を孔明に委任する方針を取った。
これにより、
そして、孔明もしっかりと龍園を立てる行動をしていた。彼はあくまでも龍園の臣下である。そう自認している。その為肝心なところでの許可を龍園に求める事で、宰相として振舞いつつも王を尊重する姿勢を見せ、支配体制を盤石にしていた。実力者である孔明が従うのに、どうしてそれよりも弱者である自分達が逆らえようか。クラスメイトの中にはそういう考えが広まっていた。体制に揺らぎはない。
そんなこんなで迎えた船上試験。星座に分けられた生徒たち。この試験の詳細を把握しきった後、龍園は孔明ともう1人の知者・椎名ひより、そして己の配下の石崎とアルベルトと金田、そして伊吹を呼び出していた。
「この試験には突破口があります」
「ククク、流石だな。話せ」
「はい。まず先生方の話を聞く以上、公平性をやはり重視していると言えるでしょう。その上で、クラスの垣根を超えるという話。優待者には間違いなく法則性が存在しており、それに則って公平に分割していると見るのが妥当です。各クラス3人の優待者が何らかの法則性のもと存在している。これで間違いはないかと。もしそうでないのならば、厳正な調査も必要ありません」
「うん? どういう事だ?」
石崎は頭をひねっている。どうして優待者が法則性に則って存在していないなら厳正な調査がいらないという理論になるのか納得できていないのだ。
「石崎君。例えばこのグループの優待者はCクラス、と決めて後はその中からランダムで選ぶ、と言う事も可能です。ですがそうは言っていませんでしたよね?厳正な調査をしているという事は、それが必要な理由がある、つまり法則性があるのではないかと孔明君は推測したんです」
椎名ひよりの説明に納得したという顔を見せる石崎。彼女は争いを好む龍園に出仕するのを拒んでいたが、己の友誼と向けられた信頼に応えるため諸葛孔明に出仕している。こうしてクラスの様々なところで参謀役としてその働きを見せつけていた。
「優待者の特定、出来るのか?」
「今すぐにでも」
「サンプルケースは無いが、やれるんだな」
「はい」
「分かった。お前に任せる。出来たら真っ先に教えろ。良いな」
「勿論ですとも」
龍園は諸葛孔明を信頼している。その能力は遺憾なく発揮されているし、己のために行動しているのは疑いようがない。造反の気配もない。部下は王より優れていてもいい。それを使いこなすのが王の務めだ。最近龍園はそう思い始めていた。孔明が優秀ならば、それが最も輝ける場所において使う。そうすることが恐らく己の利益になる最も速い道なのだと、気付いたのだ。これは間違いなく王に必要な素質だった。十全でなくても天下を取った者はいる。劉邦だってそうだ。無頼の輩・任侠の親分が大帝国の高祖になった。それに、劉備だって天下ではないがむしろ売りから皇帝にはなった。彼らは皆人の意見をよく聞いて、そして適材適所に配置した。
そして学校側が必死に作った暗号ともいえる優待者の法則は僅か1時間足らずで突破された。諸葛孔明と椎名ひよりはディスカッションの様にして会話をしながら選択肢を削り、最終的に正解に辿り着いた。脅威のスピードである。才人×才人の頭脳力の勝利であった。
「よし、解けた以上はもう恐れる事はありません。こちらには圧倒的な情報量があります。これにより他クラスを翻弄することも容易でしょう」
「具体的な戦略としては?」
「まず他クラスの優待者当てに個別のメールを優待者の発表前に送り、揺さぶりをかけます」
「……いえ、それには少し反対です。孔明君の言う通り、情報量で圧倒することは出来ますが、優待者宛てのメールを送る事は優待者に法則があるという事を他クラスに教える結果になってしまいます」
「…………なるほど。確かにそれもそうか。ありがとうございます」
「大したことではありませんから」
孔明は素直に戦略の見直しを試みる。代替案はすぐに提示された。
「よし。では、一気に行ってしまいましょう」
「包囲を組まれる恐れがありますが」
「狙われているのは事実でしょうから、もう遅いのではないかと。龍園君はあっちゃこっちゃに喧嘩を売ってきますから」
「それは……確かにそうかもしれませんね」
椎名ひよりはクスッと笑う。龍園があちらこちらに火を吹いている映像が脳内再生されたのと、孔明のあっちゃこっちゃと言う言い方が面白かったからだ。
「そうです、折角図書室で作業をしたんです。もう少しここにいませんか?」
「ええ、構いませんよ」
孔明は己の配下の機嫌を取るようにそう言う。彼自身も読書は嫌いではない。その場にいながらにして現在過去未来を旅できる装置が本であると思っているからだ。南海の夜は更け行くが、図書室から灯りが消える事は無かった。
その後龍園は情報を元に全クラスの優待者を指名。一気にBクラスに踊り出る事となる。その背後に孔明とひよりの2人がいたことは、言うまでもないだろう。
<アルティメット堀北③、怒れる教導者編・IFルートDクラス>
高度育成高等学校・職員室。ここには国営のこの学校で働くに相応しいと選ばれた教職員が集っている。クラス担任達は生徒たちと同様に、或いはそれ以上の思いを以てAクラス行きを希望している。ボーナスが出るのだが、それはあくまでもそんなに重要な事ではない。やはり、そこには箔付けが存在しているのだった。
その職員室はやや困惑と動揺が蔓延していた。5月早々0ポイントと言う前代未聞の数値を叩き出した1年Dクラス。素行不良に学業不振。揃いも揃って問題児ばかり。退学者の1人でも出るのではないかと思っていた教員たちの期待はあっさりと裏切られることになる。
平均点は8割越え。最低点でも70点弱。そんな結果に終わった。一応今回の試験は毎年同じと言う過去問救済制度がある。だが、今回のDクラスが過去問を使っていないのは一目瞭然だった。使っているのなら、全員満点も可能だからである。それをしなかった。事実、茶柱が尋ねても誰1人過去問を使っていなかった。
つまりは実力。完全な実力で1年Dクラスはここまでの僅かな期間で実力をつけたことになる。集団カンニングでもしたのかと思うくらいの出来事であった。そして、そんな中茶柱は1人ほくそ笑んでいた。
かつての叶わなかった夢。自身がAクラスに行けなかった雪辱を晴らす機会を窺っていた。今回の試験発表をするのが楽しみだった。それに加え、今回のDクラスは逸材が多い。綾小路清隆に諸葛孔明。この2人に加え、堀北、櫛田、平田、高円寺などポテンシャルの高い生徒も多い。これならば。そう夢想するのも無理はない事であった。
困惑満ちる放課後の職員室にノックの音が鳴らされる。男性とも女性ともつかない綺麗な声が「失礼します」と告げた。茶柱がこの短期間でDクラスを底上げしたと睨んでいる生徒、諸葛孔明である。扉を開けた彼は、他の教員に目もくれず真っすぐ茶柱の元へ向かった。彼は普段は穏和で礼儀正しい人間だが、どこか様子がおかしい。彼を教えている教科担任の1人はそう思った。
茶柱のデスクの前に立った彼は冷厳な目でやや浮かれ気味の彼女を見下ろした。そこには穏和さも優しさもなく、軽蔑と怒りが籠っていた。
「楽しそうだな」
職員室がざわつく。明らかに教師に対する態度ではない。真嶋や星乃宮も顔を思わず上げる。坂上教諭だけは、龍園のせいでため口にも慣れてしまっていたため反応しなかった。余談ではあるが、彼だけ同期ではないせいでこの前も飲み会に誘われなかった。可哀想である。
「生徒を苦しませておいて自分は1人浮かれ気分。いい気なもんですね」
「何が言いたい」
「テスト範囲の件です。それ以外にないでしょう。あの場は矛を収めましたけど、納得したなどと誰も言っていないのですが」
「お前の物言いに対する注意は山ほどあるが、ひとまずは流そう。テスト範囲の件は私が伝え忘れた。それだけだ。以後気を付けると言ったはずだが?」
「……はぁ~使えませんね。なに、そんな事も忘れてるんですか? あなた、よく教師できますね。いや、それ以前に社会人として失格でしょうに。忘れっぽいなら手の甲にも書くか手帳でも作ってください、常識じゃないんですか? 忘れました、ごめんなさいで済むのは相手が立場の弱いガキだからですか? 会社でやってみると良いでしょうね、上司やクライアントの信用を一瞬で失うでしょう」
「……」
「だんまりですか、そうですか。まぁ良いです。あなたが元々我々を妨害するというか、ちょっかいかけるつもりで試験範囲の変更を渡さなかったのは分かってるので。変に言い訳されてもムカつくだけなんで、言わなくてもいいです。謝罪とかもいりません」
「では、何をしに来た? 自分の評判を下げに来たのか?」
「いいえ? 別にそんな意味のない事はしませんよ。私も暇じゃない。単刀直入に言いますね。今後、何もしないでください」
「なんだと?」
「いや、国語1ですか? そのままですよ。あぁ、勘違いしないで。授業と特別試験の連絡はしっかりしてくださいね。それもサボるなら、校長と理事長相手にあなたの免職嘆願書をDクラス全員で書くから、そのつもりで」
「それが通るとでも?」
「ポイントで買えない物はない。そうでしょう? 辞めさせられないにしてもせめて担任持ってない先生に変えて貰いますよ」
事実、ポイントで買えないものは無い。普通はそんなことする必要もないし、前例も無いが、一応存在だけはしている制度だった。トレードも可能である。諸葛孔明の口調は、彼の怒りをダイレクトに表しているようだった。
「黙っていてくれる、かつしっかり仕事はしてくれるなら、私がクラスをAに上げてみせます。だから黙っていて欲しい。簡単な話でしょう?」
「最底辺からAを目指す? ……本気で言っているのか」
「私の辞書に不可能という言葉は存在しますが、使う機会は無いでしょう」
「本気、と言う事か……」
はぁ、と心底呆れたような顔で彼はため息を吐く。
「はっきり言ってしまえば、この学校の教員は大体クソですよ」
「聞き捨てならない言葉だな」
事実、職員室が剣呑な雰囲気になる。
「この学校、実力至上主義なのはわかりましたよ。ですが、元来学校って実力を伸ばすための場所じゃないんですか? 入って来た時のスペックで勝負させてどうすんだよって話です。百歩譲ってそれは良いとしても、せめて教師がもっと生徒を導くべきでしょう。それもDクラスみたいな存在なら」
「……」
「教師が教えてあげなくて誰が間違いを教えるんですかね? 答えてくれます?」
「社会に出れば注意されることも叱責されることも無くなる」
「物忘れしても許されてるあなたみたいに?」
「……実力至上主義を謳う以上、教師の介入は許されない。あくまでも生徒の実力で成長しなければならない。生活態度や性格もそうだ」
「社会ではそうでしょうね。でも、彼らは未成年だ。まだ子供です。私も含めてね。何か勘違いしているのかもしれませんが、ここは学校です。どう取り繕ってもその事実は変わらない。学校とは学び鍛える場だ。同時に未成年を導く場所でもあります。社会の演習になるように小さな箱庭を用意するのも大いに結構。色んな人を集めて縮図化するのも大いに結構。でも、見捨てるのは違うでしょう」
「見捨てる?」
「教師が生徒を放置してる状況を、見捨てている以外のなんと形容するのです? 職務放棄とかですかね。いくら最底辺でも、それを放置して良い訳がない。入学させたなら、どれだけ実力至上主義でもしっかり生きていけるようにするのがあなたの仕事じゃないのですか?」
「Dクラスは問題だらけのクズが集まる場所だ。そんな奴らを、更生できるとでも?」
バン! と大きな音が響く。机を彼の手が思い切り叩いた。もう片方の手は茶柱の胸倉を掴んでいる。その目には怒りだけが満ちていた。誰かが止めに入らねばならない状況。しかし、誰も動けないでいた。彼の言っていた話が、彼らを動かすのを躊躇させていた。
「確かに彼らはどうしようもない。脛に傷持つ奴、勉強のできない奴、運動神経が絶望的な奴、どっちも出来ない奴、性格が終わってる奴……そんなのばっかりです。だが、教師がそれを言ってどうするんです! 教師が生徒を諦めてどうする!」
「なん、だと……?」
「彼らの話を聞いたのですか? 私は聞いた。色んなヤツがいましたよ。家庭環境で勉強できない人がいました。学校のせいで勉強が出来ない生徒がいました。歪んだ教えのせいで性格がねじ曲がってしまった子がいました。あなたがクズと呼んだ存在の声に、過去に、あなたは耳を傾けたのですか? 知ろうとしたんですか!?」
鋭い声がガラスを震わせる。誰も、息すらできなかった。濃密な殺意と敵意が、職員室を満たす。どっぷりと首元まで、水につかっているような感覚。それが教職員たちを支配した。
「どうしようもないかもしれない。それでも、まだ彼らには未来がある。まだ変えられる。人間関係で、家族関係で、勉強で、運動で、いろんなことで見捨てられ、馬鹿にされ、追いやられた奴らを教師が拾い上げないで、誰が拾い上げるんです! 誰が、最後のセーフティーネットになってやれるんです!? この学歴社会と言いながらもうそれだけでは生きていけない社会の中で、スタートラインでもある学歴を手に入れさせないで、どうするんです。これからの社会で生きていけるよう、性格を改善させないで誰がさせるんですか! 実力至上主義を謳うなら、教師も全力でその実力を以て生徒を導いてくださいよ!」
「お前なら……導けるのか? Dクラスを」
「ええ。絶対に成し遂げてやりますとも。私の教え子で第一志望に受からなかった生徒はいません。学歴なんかスタートラインです。ですけれど、彼らは今のままじゃあそのスタートラインにすら立てない。だから私がスタートラインに立たせます。そして、その後1着でゴールできる走り方を教えてみせます。そうしたら実際に走るのは彼らだ。私は、それを観客席から見守る」
「イバラの道だぞ」
「道があるんでしょう? 歩いていくだけです。事実、今回は高得点だったんでしょう?」
茶柱が返事をするまでもなかった。彼女がついさっきまで上機嫌だった理由など察しがつくからだ。
「彼らは私を教師と呼んだ。教えを乞うと言った。なら私はそれに応えないといけない。その信頼に報いないといけない。どれだけ周りが彼らを馬鹿にしようと、蔑もうと、虐げようとだ。私は彼らの教師だ。なら、教師が生徒を諦めるなんて出来ない!」
彼はスーツの胸倉を掴んでいた手を離す。茶柱は勢いよく椅子に戻された。
「さっき言った通りです。普通にやってください。それ以外は全部こちらで引き受けます。あなたはただ、座っていてください。何も期待しないですし、何も求めません。ですが、もし変わる気があるなら、態度と行動で示してください」
「もし、変わらないなら?」
「だったらせめて、頑張ろうとしている者の邪魔をするな!」
ドアを勢いよく開け、彼はさっさと職員室を後にする。誰も動けなかった。声を発することも出来なかった。色んな生徒を見てきたベテランの教師でさえも、そうだ。実力者は何人もいた。暴力的な生徒だって同様だ。それでも動けない怖さを彼は持っていた。そして、その言葉には心が入っていた。だからこそ教師たちは自戒するしかなかった。己は果たして教師と名乗れる姿をしているのか、と。
「実力至上主義を謳うなら、教師も全力でその実力を以て生徒を導いてくださいよ!」という叫びが、いつまでも彼らの頭の中で木霊していた。
長らくお待たせしている中、大変申し訳ございません。このお話以降のストーリーに関して、度々厳しいご意見を賜っていた事、またそれとは無関係に私自身もストーリーの完成度に納得できない部分が改めて読み返した時に多々存在しました。特に書き方や各種設定等、もう一度見直したいと思いました。また、この話までは凄く大きな変化はありませんが、この話以降はストーリーも大幅に見直したいと思います。
真田君や森下さん、白石さんなど魅力的なAクラスの人物ももっと出してあげたいと思っています。また、坂柳さんの扱いに関してましても、容易な展開に走り過ぎたと反省し、この話のテーマに沿ってもう少し変えてあげたいという想いがあります。具体的には、閑話1.5章の小話を中核にしたいと考えています。他にも諸々弄りたいところがありました。何より、もっと真澄さんを可愛くカッコよく描きたいです。
そのため、この話以降を全て削除し、その旨を通知するべくこのお話を改めて再投稿という形にさせて頂きました。時系列を先に進める事をご期待されていた方、大変申し訳ございません。また、これまで温かいご感想をくださった方も、申し訳ございません。心から、お詫び申し上げます。
この話までのストーリーも今後ちょこちょこ人物など、大筋に関係ないですが追加を入れるかもしれません。ですが、これまでとは違うストーリーをご提供できればと思います。時間はかかるかもしれませんが、真澄さんを卒業させるという想いは変わっておりません。もしお許しいただけるのであれば、引き続きのご愛読を伏してよろしくお願い致します。
閑話に乗っけているIF√ですが、今後の閑話で続きが読みたいと思ったものに投票してくださると嬉しいです。それとは別に新√のネタもいくつか既に用意してはいるので、そちらもお楽しみに!
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IF√A(船上試験未調整√)その後
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IF√C(ドラゴン無双)続き
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IF√D(Dクラスの教導者)続き
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IF√A(?)坂柳メインヒロイン√・続き
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IF・神室真澄幼馴染編・続き
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IF√A(?)Bad End√・続き
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Bad End√の軽率なハッピーエンド版