ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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良い教師は蝋燭のようなものだ。蝋燭は、他の人の道を照らすために自らを燃やす

『ムスタファ・ケマル・アタテュルク』


6章・愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである
36.矜持


<暗闘>

 

「緊急のお呼び出しにも拘わらずご参集頂き感謝申し上げます」

 

 中央軍事委員会連合参謀部情報局。人民解放軍の情報部とも言うべき組織。アメリカならばCIA、イギリスならばMI6に例える事が出来るであろう。厳密にはここの所属では無いが、同じ情報機関のトップの要請に、応じない訳にはいかなかった。それに、今の時代はリモートでの会話が可能である。パソコン1台あれば会議は容易だった。

 

「諸葛少将、手短に」 

 

 退役間近の局長が言う。上将(大将相当官)を務めるベテランの老人だった。半世紀近く年の離れた者同士の会話だ。

 

「実はつい先ほど、少しばかり気になる情報を入手しました」

「貴官が着任中の、日本のか?」

「はい。私の記憶が正しければ、李上将閣下には私の赴任前に日本に関するお持ちの情報を頂いたと記憶しておりますが」

「その通りだ。不備でもあったのか」

「その中には国内に存在する宗教結社、秘密組織、左翼ゲリラ、右翼団体等数々の組織・結社についても記録されていました。ただ、今回そこに載っていなかった組織らしきものを発見致しました。その名はホワイトルーム。名前しか分かりませんが、確かに存在しておりかつ国民には内密の機関であると思われます」

「儂は知らんな。おい、林中将。貴官が日本担当の責任者であったはずだ。掴んでいなかったのか」

「…………」

 

 林と呼ばれた小太りの男は画面越しでも分かる青白い顔をしている。

 

「林閣下、失礼ながら……貴官の身辺調査をさせて頂きました」

「な、何の権利があって!」

「それについては、言わずともお分かりのはず」

「いや、忘れてはいないが……私は潔白だ」

「いくつもの地点を経由して、日本から毎年かなりの高額が振り込まれているようですね。暫く泳がせて置こうと思っていましたが、この際はっきりさせてしまいましょう」

「し、知らん。知らんぞ!」

「綾小路という名に聞き覚えは?」

「誰だそいつは!」

 

 叫んではいるが、明らかに動揺している。名前を出した瞬間にその動揺はもっと激しくなった。

 

「知らない、私は何も知らないぞ。これは陰謀だ、何かの間違いだ!」

「皆さんそう仰います。あなたと日本の中継に、カンボジアの武器商人グループが介在していますね。大場組というヤクザが日本側のフロントになっている。この事実について、何か申し開きがあれば……」

 

 プツンと林の通信が切れる。画面には李上将と諸葛孔明だけが残っていた。

 

「疑わしきは、罰せよだ」

「承知しました。こちらとしても願ってもない事態です。適切に処理します」

「後でヤツの資料は調べさせよう。処分はしていないだろうからな。大方、握りつぶしているのだろう。部下から聞き出せばいい」

「分かりました。早急にお願いします」

「勿論だ。KGBの奴等にはどうする。知らせるか?」

「いえ、それには及ばないでしょう。暫くは、この情報は我々だけで秘匿しておくべきです。万が一にも条約機構の盟主を奪われるわけにはいかない。老大国には、そのまま老いていてもらわなくては」

「それも道理か。貴官は引き続き、日本での安穏を甘受すると良い。どの道、つかの間の平穏だ」

「分かっておりますとも」

 

 通信は途切れ、諸葛孔明は精神を切り替えて体育祭の打ち上げへと向かう。彼が旧友と飲み食いしている最中、中国国内で急発進しようとした車が爆発炎上する事件が発生した。白昼堂々の事故でありながら、目撃者も報道も無く、翌日の新聞の人事欄で小さく中央軍事委員会連合参謀部情報局の人事異動があった事のみが発表された。十数億人の大国は、今日も平和に動いている。

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 演説と言うのはえてして退屈なものだ。喋っている方は楽しいのかもしれないが、聞いている方は暇である。それが、興味のない内容なら尚更。軍人と言うのは指導者様の演説をジッと不動の姿勢で聴かねばならない。あれはかなり苦痛だ。1つだけ良い事があるとすれば、大体ああいう演説会や閲兵式を狙ってテロしようとする集団を叩く仕事をしていたから並んでいる一般兵士のような事は殆どしたことがないという事のみ。

 

 体育祭も問題なく終わった10月中頃。生徒会関連のイベントが発生していた。

 

「それでは、堀北生徒会長より最後のお言葉を賜りたいと思います」

「約2年、生徒会を率いて来られたことを誇りに思うと同時に感謝します。ありがとうございました」

 

 短すぎる言葉を言い、足音すら立てずに戻って行った。そして、生徒会メンバーの名前が発表されていく。中には我らが葛城の姿もあった。Aクラスからの偵察兵である。頑張って絶対思想の合わない南雲と仲良くして欲しい。彼ならそつなく立ち回れるだろう。

 

 もう一人、南雲対策の尖兵として送り込んだ一之瀬の方は、最近どうも不調らしい。葛城の報告では、南雲の動きが怪しいと聞いている。先ごろの体育祭の負けが響いているのだろうか。同じBクラススタートであったのに、南雲と一之瀬の間には現状差がある。それは単に南雲の学年が弱すぎるのか、或いはこの学年がおかしいのか、どちらもなのか。その判断は今のところ難しかった。

 

 ともあれ、一之瀬の動きは注視しないといけない。契約は堀北会長の指示に従う代わりに生徒会入りをするというものだった。この契約は堀北会長がいなくなってしまった以上、実質的に効力を失う。万が一離反した際のペナルティが解任だったが、このタイミングでなら堀北会長は既に人事権を喪失している。解任はさせられない。あの時したもう1つの方、過去問の契約はまだ生きているが、それには違反していない。

 

 つまりは、こちらから彼女にアクションは起こせない。暫くは泳がせておくしかないだろう。どちらにしても、一之瀬がAクラスに上がるための作戦を南雲が立案する、或いは資金提供をする、のような行為は禁止事項に入れていない。よって、一之瀬が打倒Aクラスを掲げて南雲と協力し、本心はどうあれ南雲がそれに合法的な形で協力した場合、我々は手出しが出来ないのだ。契約上の文言では。

 

「堀北生徒会長、今までお疲れ様でした。それではここで、新しく生徒会長に就任する2年Aクラス南雲雅君より、お言葉を頂戴いたします」

「2年Aクラスの南雲です。堀北生徒会長、本日まで厳しくも温かいご指導のほど、誠にありがとうございました。歴代でも屈指のリーダーシップを発揮した最高の生徒会長にお供できたことを光栄に思うと共に、敬意を表したいと思います」

 

 本心はどうであれ、しっかりとするべき儀礼行為はした方が良い。そういうのを大切にしないと、思わぬところで足をすくわれる。TPOというやつだ。

 

「改めまして自己紹介させて頂きます。南雲雅です。この度、高度育成高等学校の生徒会長に就任させて頂くことになりました。どうぞこれからよろしくお願い致します」

 

 詐欺師は礼儀正しい。これも世界の鉄則だ。何故かと言われれば簡単な話で、信頼を得ないといけないからだ。相手の懐に入り込んで騙すには、まずは外面が良くないといけない。暴力的だったりアホそうな相手の話に一般人は乗らない。

 

「早速ではありますが、まず始めに、私は生徒会の任期と任命、総選挙のあり方を変更することを公約します。堀北前生徒会長が、例年12月に行われていた総選挙を10月に変えられたことは1つの試みだったと思います。早い段階で次の世代に移れるようにした配慮は一定の効果を生み出しました。そこで新しい生徒会は新たなステップへと踏み出す時期と判断し、生徒会長及び生徒会役員はその任期を在学中無期限とし、卒業まで継続できるように変えていきます」

 

 共産党じゃん。これ、ウチの党じゃないか。在任期間無期限とかまさにそれだろう。独裁者のテンプレート。祖国は好きだし、私は漢民族のアイデンティティを持っている自覚はあるが、党は死ぬほど嫌いである。

 

「同時に総選挙の制度と規定人数の制限を撤廃し、生徒会役員を常に受けいれられる体制を作り上げて参ります。つまり優秀かつ必要な人材はいつでも、そして何人でも生徒会のメンバーとして活動できるようにしていきます。万が一、任期中不適格だと判断された人材がいれば、会議にて多数決を行い、それをもって除名する規約も作ります」

 

 一見良い事を言っているように見えるが、問題は最後の不適格云々のところだ。ただ、攻略法はある。多数決なら会長を放り出すことも制度上は可能と言う事だ。まぁなかなか厳しいだろうが……。自分の意に沿わない人間を排除できるんだぞと脅せる仕組みになっている。逆にイエスマンは必死に取り入ろうとするだろう。

 

「これを手始めとし、ここに集まっている生徒、先生方、そして前生徒会長の率いた生徒会の皆さんに宣言させて頂きます。私はこれからの学校作りとして……まずは歴代の生徒会が守ってきた、こうあるべきという学校の姿を全て壊していくつもりです! 本来なら、今すぐにでも私の考える新体制として動き出したいところなんですが、残念ながらそうもいきません。新米生徒会長には色々としがらみも多いもので」

 

 来年になれば、そのしがらみは消滅する。学年を超えてのやり合いは今まで存在していなかったけれど、これからはそういう特別試験も増えていくのかもしれない。面倒な話だった。出来れば特別試験なんてやらないで、学力向上や進路選択に向けた努力に時間を割かせたい。ウチの生徒たちは、別にそんなに暇ではないのだ。勉強等に余計なノイズは欲しくない。

 

「近々、大革命を起こすことを約束します。実力ある生徒はとことん上に、実力のない生徒はとことん下に。この学校を真の実力至上主義の学校に変えていきますので、どうぞよろしくお願いします」

 

 最初のは良いと思う。例えば、堀北(妹)はコミュニケーション能力に多大な問題を抱えている訳だが、あれが改善されたら一角の人物にはなるだろう。そうなった時、結局卒業まで他の生徒に足を引っ張られ続けました、と言うのはやや可哀想である。スタート地点がDクラスでも、内省し改めてもなおそうしない、もしくは出来ない多数のせいでどうにも出来ないのは問題を指摘できるポイントだろう。

 

 例えば、現実社会でも転職という手段があるように、2000万ポイント以外にも何らかの方法(現実社会での入社面接など)を経れば上に行けるようにしても良いとは思う。と言うか、転職には2000万もいらない。

 

 もしくは、クラスで人事評価をつけてそれを元にポイントを決めるとかだろうか。そうすればもっと努力する生徒は増えるだろうし、クラスのせいで割を食っている人間が報われるかもしれない。連帯責任と言ってしまえばそうなのだが、現実社会ではその泥船から抜け出す事が出来る。ここではそれが容易に出来ない。

 

 ただ、実力のない人が下に集められているだけでは絶対に破綻する。人間は自分より下の人がいると安心する。その性質を使い、差別階層を作って社会を維持することは可能だ。倫理的問題が山ほどあるが、出来無いわけではない。共産主義は嫌いだが、その平等性は評価している私には認められない思想だ。

 

 クラスで団結できるところに利点がある。集団行動を学び、色んな能力を結集して勝つ。集団で勝つとは単に数の暴力で押し切る事ではない。こういう個性を集めて1つの大きな武器にすることだ。だから私の配下は個性の塊みたいなのが多い訳だし、今の環境下でも龍園のように支配はせずにかなり自由にしている。合議制にしているのも色んな意見を出して多角的に判断するためだ。

 

 冷めた目で壇上の自称革命家を見る。これを革命家と呼ぶのは革命家に失礼か。レーニンやゲバラに謝った方が良いかもしれない。2年生は歓声をあげている。教祖の勝利宣言に酔ってる信者のようだ。これが日本の最高峰……? 中華の未来は明るいと報告しておくことにした。

 

「最後に1つ、主に下級生に向けた伝達があります。先ほども言ったように、これからの生徒会の目標は真の実力至上主義です。その中で、勿論色々な意見が出るでしょう。反対意見を持っていたとしても、生徒会は実力者の入会を歓迎します。大いに激論を交わそうではありませんか。それに年齢は関係ありません。どうぞ、いつでもかかって来て下さい。以上です」

 

 彼の目は完全に冷めた目の私をガン見している。迷惑だ。私に生徒会入りの意思はない。誰がアイツの下で働くものか。せめて雇い主くらいは選ばせて欲しい。今はAクラスが私の雇い主だ。

 

 体育祭で闘志に火を付けてしまったのかもしれない。本当に面倒なことになってしまった。少しばかりあそこで勝利したことを悔やんだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これまでに存在した、体育祭も含めれば三つの特別試験。これらをクリアした結果、Aクラス内には結束が生まれている。大同団結して最終的な勝利へと向かって行こうという空気がしっかりと醸成されていた。それはつまり、かつてのように派閥に分かれて睨み合う空気からの脱却を意味している。中立的な生徒にとってそれは望ましい事であり、そうでない生徒にとっても歓迎するべき事態ではあるだろう。分裂しながら勝てるほど、他クラスは甘くないと知ったのだから。しかし、この状況を歓迎していない生徒も存在する。

 

「というわけだ。姫さんは特別試験とその外、並行して成果を求めてる」

「なるほど」

 

 金髪を結んでいる橋本は、坂柳のグループが退潮気味でもなおクラスで存在感を持っている。ムードメーカー、と言って良いのかは分からないが、それでも発言が多い生徒であることは事実だ。

 

「体育祭の後から、なんだかよく分からないが情緒不安定なんだよな」

「情緒不安定なのは元からでは?」

 

 私の言葉に、橋本は苦笑いを見せる。否定も肯定もしないその姿が、一番肯定を示していた。別に精神的に落ち着いている生徒ではないと思う。精神的に落ち着いている生徒は、他人を積極的に攻撃しようとしないだろう。あの攻撃性は、逆に言えばそうしないと身を守れなかったから身に着いたスキルなのではないかと考えている。生まれついてのサディスト、というのが本当にいるのかに関して、私はかなり懐疑的だった。人の人格形成には幼少期の記憶が大いに関連している。覚えているにしろ、しないにしろ。だとすれば坂柳は……。だがここはいくら探っても出てこないだろう。本人の口から語らせない事には。

 

「しかし、私に教えてよかったんですか? 坂柳さんはそれを望んでいないでしょう。まさか、情報を私に流したうえで対等にやろうと、そういう思惑でもないでしょうし」

「このまま放っておくと何をしでかすか分かったもんじゃないからな。俺はAクラスで卒業したいんだ。そのためには、手段を惜しむつもりはないぜ」

「そうですか。その手段として、私と坂柳さんを天秤にかけている、と」

「恨まないでくれよな。孔明センセなら、これくらいどうってことないだろ」

「買いかぶりすぎですね。とは言えまぁ良いでしょう。情報提供はありがとうございました。その上で、一言申し上げるなら、他クラスとの火遊びはほどほどに」

「……バレてたか」

 

 苦々しい表情の彼に、私は曖昧に微笑む。どうせやっているのだろうと思ってカマをかけたが、良い感じに引っかかってくれた。私なら露見していてもおかしくないだろうという思い込みが、自白を促している。

 

「ちょうどいい。堀北さんのクラスに伝手はありますか?」

「あるぜ。何か、知りたい事があるのか?」

「えぇ。さしたることではありませんが、クラスの様子を定期的に提供してくれる存在が欲しいと思っていましたので。特別試験の動きなどは結構ですから、普段誰がどういう事をしているのか、そして何か変わったことがある人はいないのか。その辺りをさりげなく聞き出してください。日常の中で、少しずつ。あからさまにしては警戒されてしまいますからね。それなりに高度な技術ですが、あなたなら出来ると信じています」

「俺にやれって?」

「火遊びの代償としては丁度良いと思いますが。それに、あなたも自分の持っているコネクションがどの程度作用するのか、気にはなるでしょう?」

「分かった。取り敢えず考えがあるなら、言われた通りにするぜ。お前は姫さんよりは圧倒的に、勝つ可能性が高いからな」

「お願いします」

 

 橋本を使って探りたいのは、Dクラスの様子だ。特に櫛田の様子を知りたい。私はあっさりと彼女を捨てたけれど、その情報は恐らく龍園にも把握されている。同時に、堀北にもバレている可能性が高い。それはイコールで櫛田の本性がバレていることも意味する。その中で堀北や櫛田がどう振る舞うのか、場合によってはこちらに波及してくる可能性が無いわけではない。そこを考えて、様子を把握したいと思った。

 

 それに、誰が何をするのか。その行動パターンを把握しておくのは無駄な事ではない。人間の判断も、結局は数多くのパターンの組み合わせに過ぎない。だとすれば、今後の試験で何か生きてくる可能性もある。そう考えて、私は橋本を使った。もっと言えば、彼がどの程度仕事が出来るのか、試そうという目的もあるのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 橋本との話を終えて、私はクラスに戻る。お昼休みの教室はにぎやかだ。うるさ過ぎず、寡黙過ぎない適度な喧騒。こうしていると普通の学校みたいに見えてくる。上の方にチラつく監視カメラが無ければもっと良かったのだけれど。既にお昼休みの半ばを過ぎているため、午後の授業のために戻ってきた生徒が多い。もう少し前の時間なら、それなりの人数が食堂に行ったりしているだろう。

 

 真澄さんは教室の中で私の作ったお弁当を食べている。無人島や体育祭での活躍から、女子のコミュニティの中に入れるようになったらしい。元々顔やスタイルは良いのだ。とっつきにくい雰囲気を出していたせいであまり人に絡まれないでいたけれど、思ったより話しかけたら初心な対応をしてくるという事と、真面目な時に出している雰囲気のギャップに好感を持った子が多いと聞いている。クール系の運動が出来る美人は、女子高なら高嶺の花だったかもしれない。

 

 話しかけようと思ったけれどやめることにした。折角友達の輪が広がっているのだ。それを邪魔するのは無粋だろう。それに、女子の中で代表格になってくれれば、私としても大いに助かる部分がある。そのための地盤作りとして無駄ではないはずだ。元々私はクラスの色んな人に話しかける存在なので、彼女と話していなくても問題はない。

 

「部活は順調ですか、真田君」

「はい、何とかやれています」

「それは何より。ルーマニア民俗舞曲ですか?」

「驚きました、吹奏楽にも造詣が深いんですか?」

「別にそこまでではありませんけどね。メインの知識も、アニメで観ただけですし。『響け! ユーフォニアム』ってご存知ですか? 私の地元ではかなり人気でした」

 

 地元(中国)だ。元より中国では日本の、特に高校生モノのアニメ人気が高い。多分学校が凄まじい詰め込み教育をする場所であり、間違っても青春の場所ではないからだろう。隣の国の学校生活に対し、幻想を含みつつ憧れを抱いている若者が多いのだ。私も、実を言えばそれなりに期待して来たのでガックリしている部分はある。

 

「でも、この学校は夏休みに特別試験を設けてくるせいでコンクールに出れませんね……。迷惑な話です」

「仕方ありません。元々、この学校の吹部は大して強くありませんから。人数も限られていますし。A編成のフルメンバーである55人にも全然足りないので」

 

 真田は悔しそうな顔を滲ませている。彼も多少は部活に期待して来たのだろうけれど、設備だけ立派でもやる人がいなければ宝の持ち腐れだ。160人しかいない学年で、それなりに人数を確保する必要のある吹部を集めるのは難しいのだろう。もっと学年に人数がいないと、部員集めも大変だ。これが普通の学校ならそれでも協力して、という風になるのだろうけれど、この学校ではクラスを越えた協力が難しい。それはそれ、これはこれというのが出来ないのだ。なにせ、退学する可能性もあるのだし。部活も大事な青春の一ページ。それを阻害する学校の制度は腹立たしい。

 

 それにそもそも、各種試験などが忙しいため、中々部活に精を出すということが難しいのもあるだろう。だから運動部や吹部のような練習量が必要な部活は勝てないのだ。全国大会などで名前を聞くことがないのはそのためである。しかも、大会期間に容赦なく特別試験を課して来る。こんな説明は入学時にされていないので、普通に詐欺だと思う。全くもって生徒のためにならない。

 

「それで、少人数用のルーマニア民俗舞曲を?」

「そうなりますね」

「パートは?」

「バスクラです」

「それっぽいですね」

「そうですか?」

 

 彼は首を傾げているが、こちらとしては予想通りである。何となくクラリネットかサックスじゃないかなぁと思っていた。どことなくその人っぽい楽器というのは存在しているし、彼はトランペットやフルートという感じでは無かったのだ。

 

「吹部は女子が多くて大変そうですけど、ここの吹部はどうです?」

「どうでしょうか、普通の学校よりは男女比率はトントンだと思います。なにせ、普通の学校では無いですし」

「確かに。何かいい出会いでもありました?」

「生憎と、まだ特には」

「まぁまだ一年生ですしね」

「諸葛君はどうですか?」

「私? 私は特には。あまり恋愛事とか異性関係には興味が無いですし……真澄さんもいますし」

「あぁ、なるほど」

 

 なにがどう「なるほど」なのかは分からないけれど、彼は勝手に納得したらしく頷いていた。恋愛に興味がない、というよりあまり恋だの愛だのを信じていないのが正しいかもしれない。人並みに興味はあるし、憧れもあるし、幸せになりたいという想いもある。同時に、私は多分一生、家庭人として幸せになれないのだろうという確信もある。身体だけならともかく、心が繋がれる相手なんて、いないと思っているからだ。人殺しと生きていたい人なんて、この世界にいるのだろうか。

 

 私が名前を呼んだからか、ひょこっと真澄さんが私たちの前にやって来る。目ざといというべきか、何と言うべきか。

 

「呼んだ?」

「呼んでないので大丈夫。強いて言えば、私のヘアピン返してくれない? キミが持ってるのは知ってるんだからね。風呂上りにアレが無いと困るんだよ」

「そんなの借りた覚えないんだけど」

「なお悪い」

 

 ヘアピンは借りていくし、ヘアスプレーは勝手に使われるし、アイロンもいつしか彼女の部屋に移動しているし、化粧品は無くなるし、困ったものだ。自分で買えばいいのにといつも言っているけれど、聞く耳を持ってくれない。ポイントは一年生の中なら一番あるクラスなのに、というのが私の感想だった。もっとも、そんな目に遭っているけれど言うだけで他に何もしていない私にも問題があるのかもしれないけれど。……なんで私は何もしていないのだろうか? 自分で考えても、よく分からなかった。真田は我々の様子を見て穏やかに微笑んでいる。

 

「随分と、仲がよろしいようで何よりですよ」

 

 この和やかな場所に剣呑な声が響く。口調は丁寧でもその声音は優しくない。最近情緒不安定と橋本にまで言われている坂柳さんがお帰りのようだ。彼女はどう足掻いても私の隣の席なので、会話が聞こえてしまったのだろう。いつにも増して機嫌が悪い。彼女の機嫌が悪い理由を私は知っていた。橋本にも、他の誰にも言っていないけれど、綾小路関連だろう。ホワイトルームなる組織とストーカーのような発言。そこから導き出される感情の定義づけは簡単だ。

 

 多分、好きな人に相手にされなかったから怒ってるんだろう。しかも、よりにもって綾小路が私を引き合いに出したせいで、私は坂柳からすれば恋敵みたいな扱いになっている。困った話だ。私は普通に女の子が好きだし、そもそも綾小路に特別な感情なんて抱いていない。

 

「なんでこいつこんなに機嫌悪いの?」

「さぁ?」

 

 小さな声で囁く真澄さんに、私は知らないふりをして答えた。正直に言うわけにはいかないし、言ったとしても信じないだろう。

 

「お腹空いたんじゃないんですか?」

「今食べてきたばっかりで?」

「聞こえてますよ」

「おや、失敬」

 

 坂柳は憤懣やるかたないという顔になった後、急にガックリ来た顔になり、この世の終わりみたいな顔をした後、また怒りと嫉妬の混じったような表情になる。さながら百面相だ。ちょっと面白いかもしれない。坂柳とそれなりに親しかった真田はその変貌に多少困惑している。というより若干引いていた。

 

「まぁ、欲しいモノが手に入らなかったとか、そういう事でしょう多分」

「あぁ、限定ケーキが売り切れてた時とか、最後の一個を持ってった客に対してならこんな感じになるわね」

「真澄さん……」

「なに、おかしい?」

「いえ、特には」

「今絶対おかしいって思ったでしょ、どういうこと」

「いいえ、君はそのままでいてくださいな、アハハ」

 

 随分と面白い例え話が返って来て思わず笑ってしまう。ぺしぺしと叩かれても大したダメージじゃない。聞いた話だと、無人島の戸塚はグーで殴られたらしいので、多分さして怒ってはいないのだろう。坂柳は私たちをジットリした目線で見た後、再度糸の切れた人形のようにガクッと机に突っ伏した。敗北感のあるオーラを身にまとっている。綾小路にこっぴどく振られたのが余程堪えたらしい。

 

 彼女にとっては全くもって不本意ではあろうけれど、今までの自分が権力を握るために策謀を巡らせようとし、人を人とも思わないような態度よりは余程人間味がある。こういうところをもっと出していけばそれなりに支持されるとは思うのだが、マスコット路線は彼女の求める理想の自分ではないのだろう。中々難儀なお年頃だ。

 

 しかしだとしても、彼女が私の生徒の一人であることには変わりない。最優先は真澄さんだとしても、坂柳もしっかり卒業させる義務が私にはある。内心はどうであれ、私に投票した彼女だってしっかりと導かないといけない。これはかなり難しい選択になるだろうけれど、それは諦める理由にはならないだろう。一度大きくやらかすまで放置して、そこで一気に叩いて矯正、という策も考えたけれど、辞めることにした。多分それは、教師としては相応しくないだろうから。問題行動を起こすのを待つなんて、正しくはないはず。その前に是正できる糸口があるならば、諦めるべきではない。私はそう、信じている。

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