『ジョージ・バーナード・ショー』
<ウサギグループ>
Aクラス内部を13人ずつに分けたグループ。その内の一つであるウサギグループは、一之瀬帆波率いるBクラスを攻撃するべきと主張するように指示されたグループであった。この面子の中心人物となりうるのは男子のナンバーツーを務めている葛城康平その人である。また、同じグループにはクラスの副官を務めていると認識されている神室真澄もいる。他に主だった名を挙げれば、森下藍などもこのグループに振り分けられていた。
グループ分けには誰の意思も介在していない。完全なるランダムな結果の末にこのメンバーになっている。葛城が音頭を執り、メンバーをひとまず集めることには成功していた。
「しかし、随分と変わった取り組みが始まりましたね。言葉を選ばずに言えば、悠長とも言えるかもしれませんが。あなたもこのイベントを知らなかったのですか、神室真澄?」
「知らないわよ。特別試験の発表されてからすぐ出してきたってことは、あの短時間で考えたってことでしょ。それに知ってたらもっと色々準備してた。私もメンバーの中の一人として放り込む以上、特別扱いは出来ないってことでしょ、分かんないけど」
「なるほど、あくまでも公平を望んでいると。あなたに対する態度は、どう考えても他とは違うとはいえ、それでも教導の場所では対等にという事なのでしょうか」
「多分ね」
普段はそこまで他人と話すことの無い森下ではあるが、人数が少ないのに加え、全員ちゃんと話し合いに参加しなさいという風に言われているので、それに従っている。彼女の思考は読み取りにくい。しかしながら、興味関心を抱いたことには労力を惜しまない性質を持っている。そこから鑑みれば、諸葛孔明という存在はイレギュラーの塊のようなものであり、興味関心は些か持っていた。
そしてそれ以上に彼女が興味を示しているのが神室真澄である。彼女は当初、そこまで目立った存在では無かった。他人と交流を持たず、静かに過ごしている生徒。そういう印象を持っていた生徒が多く、森下もまたそうであった。しかしながら、諸葛孔明は彼女を選んだ。その理由を、知りたいと思っている。そのために今回のディスカッションは良い機会だったのだ。
神室真澄から諸葛孔明には大きな矢印が出ているが、一方で逆にも割と大きめな信頼の矢印が出ているように思える。それは、彼女と話している時だけため口なところからも明らかであった。
「ともあれ、始めよう。このグループはBクラスを攻撃するべきと主張しないといけない。そのためにまず、意見を出し切ってしまいたい。俺個人としてはDクラスを攻撃するべきだと思っていたが、立場を固定して、自分の意見とは違っていても、状況に応じて論理を構築できるか。それを諸葛は確かめているのだと思う。これはいわば、諸葛からの試験だろう。俺たちが信頼に足る生徒かどうか、という事へのな。だからこそ、しっかりと結果を出す事が諸葛が今後立てる戦略に繋がるし、それはAクラスの勝利へと繋がると考える。各々、どんどんと意見を出していこう」
「そうね。取り敢えずBクラスを攻撃するために一番理論としてやりやすいのは、Bクラスが目下最大の敵だから、ってところじゃない?」
神室の意見に葛城は大きく頷いた。他のメンバーも大なり小なりその意見には賛同である。この学校の性質上、隣り合っているクラスが一番の敵になる。中間のクラスはその点不利とも言えるだろう。逆にAクラスは、複数クラスが手を組まない限り敵を常にBクラスに絞ることが出来るので、楽だった。
「Bクラスを攻撃する利点の第一は一番敵対するクラスであるから、だな。他には何か?」
葛城の促しにより、元土肥が遠慮がちに手を挙げた。
「これ、あんまりいい意見じゃないけど……Bクラスって、CやDとは一緒にされたくないって何となく思ってる人が多いと思うんだよね。その辺、何か使えそうじゃない」
「確かになぁ。学力面で見れば、AとB、CとDって感じで分かれてるからな。4月の時の残存ポイント見ても、そんな感じだったっけ、そう言えば」
腕を組みながら、石田が呟く。
「じゃあさ、それも論拠にならないかな」
「どういうこと?」
「Bは勉強面にはそれなりに自信がある。ってことは、逆にそれを倒せたら、自信喪失に繋がるんじゃないかなって」
六角の意見が飛び出す。真面目、という文字から遠い生徒の多い下位二クラスとは違い、上位二クラスは勉学においても中堅より上にいる生徒が多かった。真面目な話、勉学でまともに正面衝突した場合、クラス全体としてAクラスと戦える可能性が高いのはBクラスであろう。勿論Dクラスにも綾小路や幸村、堀北のような実力者は存在するが平均とは一番下まで含めた数値である。
「戦略上、それは結構意味があると思う。私たちに負けたからと言って、それは下位二クラスに対してその手札、つまりは勉強って言う手札が有効じゃなくなったわけじゃない。でも、もしそういう風に勘違いしてくれたら。もっと言えば、Aクラスに対して勉強で挑んでも敵わない可能性が高いって勘違いしてくれたら。それだけで相手は勝手に手札を失う。そのアドバンテージは大きいんじゃない?」
「相手の手札を削る、という効果が期待できるという事だな」
「そういう事。リスキーではあるけど、戦う価値はこれなら十分にある」
一番近くでこういう戦い方を得意としている相手を見てきただけのことはあり、神室の意見は戦略的な価値観に沿って話していた。
一回負けたからと言って、次もそうなるとは限らない。条件が変われば、何かしらの要素が加われば、或いはもっと努力を積み重ねれば。Bクラスにも十分に勝機はあるのかもしれない。しかし、勝機が仮にあったとしても、それを選べなければ意味がない。何度もチャンスがあるならばまだしも、Bクラスは決して余裕がない。なにせ下にいるのは、龍園率いるCクラス。上だけ見ているわけにはいかないのだ。
一之瀬に、或いはクラスメイトに一瞬でも迷いが生じれば、それは大きな優位を生む可能性も十分にあった。心理戦、という意味ではこの戦法は理にかなっている。戦略の極意とはすなわち、相手の取れる手段を削り、誘導し、そうせざるを得なくする事であるからだ。
「それに、データ的に見ても勝ち目は十分にあるし……これ見て」
神室が出したのは、今回の中間テストの結果だった。この学校ではクラス内の順位など全てが公開されている。定期試験の結果に限って言えば、見ようと思えば他クラスの試験結果だった見ることが出来る。彼女が表示したのは、その結果をグラフに落とし込んだモノだった。
「これ見れば分かると思うけど、Bクラスの中間・下位層とウチのクラスの下位層は被ってる。一之瀬みたいなごく少数の例外を除けば、平均値にしても個人単位で見ても、点数はウチの方が上。この辺のデータは結構使えるはず。この結果と今回の試験結果が被ると断言はできないけど、過去数回の定期試験の結果を重ねて見ても……ほら、分布はあんまり変わらない」
「勝機は十分にある、か」
提示されたデータに対して葛城が告げた言葉に、全員が頷く。
「俺はCとDには争っていてもらう、というのもBクラスを攻撃する理由になると思っている。言ってしまえばこれはCとDを攻撃しない理由だな。あの二クラスはcpの数がそこまで大きく変わらない。だからこそ、熾烈な争いを繰り広げている。体育祭でも、龍園はDクラスに執心しているようだった。龍園の興味関心がDクラスに向いている間に、俺たちが独走することが出来れば、気付いたころにはもう手が届かない位置に俺たちがいる、という図式も完成させることが出来る」
「泥沼に足を取られた二頭の獅子を相争わせ、どっちも沈んでもらうとこういう事ですね、葛城康平。その上で我々が直接Bクラスを攻撃してしまえば、唯一の存在として君臨できると」
「そういうことだ」
「葛城君のその理由とさっきまでに出たのを組み合わせればいい感じに戦えるんじゃないかな?」
「坂柳は強敵だし、真田や橋本もどんな奇策を打って来るかは分からない。備えあれば患いなし、だな。今度は反論を考えていくか」
「そうね。揚げ足取りみたいなことをされた時に、対応しないといけないし」
元々派閥を率いることが出来るくらいには人望もあり、頭もまわる葛城。今のところ学年最強の名を持つに相応しい存在にしてこのディスカッションの発案者の愛弟子である神室。こういう存在を中心に、ウサギグループは至極順調に議論を進めていた。
<蛇グループ>
一方蛇グループ。こちらはCクラスを攻撃するべきと主張する事を定められたグループである。目立つメンバーとしては、橋本真田鬼頭の男子組、白石西川山村の女子組などがいるだろうか。元派閥の長を別グループに引っ張って行かれた以上、その二人に対抗しないといけないという難しい課題を背負わされている。せめて神室が欲しかった、というのが何となく全員の抱いている共通認識である。
「取り敢えずよ、始めようぜ」
「……」
沈黙する人が多いことに参ったなぁという顔を見せながら、橋本は話を始める。ここに集まったメンバーは元々自己主張が強くない生徒が多い。橋本が議論を回す役になるのは割と自然な流れであった。
「そうですね。黙っていても始まりませんし、考えていきましょう。とは言え、僕の個人的な意見ですが、Cクラスを攻撃する、というのは中々論点を作りづらい案だと思います。Bクラスはすぐ下にいますので理由には困らないですし、Dクラスは一番下なので分かりやすく倒しやすい相手として存在していますが、Cクラスは……」
「とは言え、それを言っても始まらないからな……」
真田が難しい顔をするが、島崎が仕方ないという顔で空気を戻す。女子組は穏やかな顔で座っている。白石も西川も、こういう時に積極的に意見を言うタイプではない。山村は言うまでもないだろう。
「俺の思いつくCクラスを攻撃するべき理由は、シンプルに龍園がヤバいヤツだから早めに手を打っておきたいという事くらいだな」
「あぁ、それはあるなぁ。この前の体育祭では同じ組だったから協力したが、アイツの興味がこっちに向いて来るのは困る。正攻法で来ない相手って言うだけならまだしも、アイツは暴力を使って来るからな。しかも多分、男女関係なしに」
司城と里中のイケメンコンビが口を開く。イケメンランキング、というよく分からないランキングは、1位の里中、3位の諸葛、4位の司城と高位組がAクラスに集中している。なお、綾小路は5位である。
「それは論点として成立すると思いますね。安全保障上の観点から危険を早めに排除する、先制攻撃を行い早期に危険を取り除くという考えは間違ってないと思います」
「だな。まずこれで一個取り敢えず主張できそうな内容は見つかった。女性陣は何か無いか?」
橋本が女性陣に話を振る。全員参加である以上、沈黙は本来許されない。それ故に、ちゃんと議論に参加してもらうため、ボールを投げたのだ。
「って言われてもねぇ。さっき真田君が言ってくれてたけど、Cクラスを攻撃するべき理由ってパッと思いつかないよ? ねぇ、飛鳥」
「そうですね……逆転の発想、というのはどうでしょうか」
「どういうこと?」
「Cクラス以外を攻撃するべきではない理由を考え、これらがあるから消去法的とは言え、Cクラスを攻撃するべきだ。こういう理論も、成立するのではないかと思いました」
「なるほど、それなら確かに考えられそうだな。なんかあるか?」
「まずは橋本君の意見を述べるのが良いのではないかと」
「おっと、確かにそれもそうか」
会話の回し役をしていたが、橋本本人も意見はある。彼としては安全に勝利を得たいので本来はDクラス辺りを攻撃したいと考えている。しかしながら、割り当てられてしまったのはこのグループ。ここで適当にやった場合、それでもどうにかなるかもしれないが諸葛孔明からの信頼は得られないと橋本は考えている。これまでの彼の行動上、能力面での信用はされても、信頼はされにくいのだが、それも承知の上でなお対策を考えている。最初にベッドする対象を間違えてしまった以上、次の賭けは失敗できないのだ。
「まぁDクラスならいつでも倒せそうってのはあるけどな。敢えてここで倒さなくても、どうにでもなりそうではある。仮に上に上がって来たとしても、それは優秀な奴が頑張っただけで、足元はぐらぐらだ。そこを突けば、いくらでも崩せるだろうぜ」
「物事はそう簡単にいくとは限りませんよ。その全てを解決してしまう人材がいるかもしれませんし」
白石の言葉に、それこそあり得ないと橋本は思う。もしそんな存在がいるなら雌伏している意味が分からないし、体育祭では龍園にやられることも無かっただろう。だが、同時に違和感も存在していた。
「仮にそういうヤツがいたとして、俺たちの孔明センセイがそれに負けるとは思えないけどな」
「橋本君とは思えないセリフだね。そんなに信頼してるの?」
「逆に西川は信頼してないのか?」
「別にそう言うわけじゃ無いけどさ。良い人だし、親切だし、凄く優秀だとは思うよ。妙に神室さんに甘いところも人間っぽいし。あの二人いつくっ付くのかは普通に気になるし。とは言え、何と言うかこう……理想像すぎるような気がする時がたまにある。本当の姿なんて、誰も知らないんじゃないかってね。まぁ考えすぎだと思うけど。それより、話を戻そうよ。Dクラスは確かに、いつでも倒せそうな感じはあるよね。堀北さんだけ優秀でも話にならないし。平均値だけなら、こっちが負ける確率は低い。じゃあ、Bの方は?」
「そうだな……。山村は、なんかあるか?」
「え……あ、ま、まぁその、Bクラスは平均値が高めですので……。だから……」
「攻撃しても上手く行く可能性が少なくともCクラスよりは低い、という事ですか?」
「はい」
詰まりながらなんとか話す山村の言葉を、真田が上手く拾い上げた。
「まぁ、確かにそういう側面はあるよな。Bクラスは直接戦う相手だけど、アイツらも別にバカじゃない。Dクラスは平均値は低いが、逸材がいない訳じゃない。高円寺とか、平田や櫛田、幸村なんかもそうだよな。逆にCだと誰だ? 椎名と金田とかか?」
「その辺データがあると良いけどなぁ」
橋本の言葉は真実だ。Cクラスは奇策と体力でどうにかしている部分が大きいが、素の実力は低い生徒が多い。特に学力面では顕著だ。性格や素行、これまでの経歴に難はあれど優秀な数値を出す生徒もいるDクラスよりも、Cクラスは戦いにくい。龍園の存在が無ければ、あっという間に抜かされていただろう。
「必要なデータがあるなら言えばくれるんじゃないの? そういう風に言ってたと思うけど。ねぇ飛鳥」
「はい、そうでしたね」
「そう言えばそうか。お願いしてみようぜ」
橋本の言葉を受けて出た司城の呟きを西川が繋げる。自己主張の少ないグループではあるが、逆に輪を乱す存在もいないため、進行役の橋本が上手く流れを作る事さえできれば穏健に話が進んで行く。尖った手段こそ考えつかないものの、彼らは真面目に議論を構築していった。やれと言われたことに対して真面目に取り組むことが出来るというのも、また彼らAクラスの持っている財産である。それを象徴しているのは、このグループと言えるだろう。
<ハリネズミグループ>
ハリネズミグループ。クラスのリーダー堀北鈴音が何となくハリネズミのようだから、という諸葛孔明の考えで命名されたグループである。龍園が蛇、一之瀬がウサギ。彼の勝手なイメージではあるが、そこには特に誰も触れることはなかった。このハリネズミグループには坂柳、戸塚などが配属されている。どちらも自己主張の強いタイプであり、普段は全くもって合わない存在である。
葛城を慕う戸塚は坂柳を敵視しているし、現状の体制にも完全に満足しているわけではない。とは言え、坂柳よりは諸葛孔明の方が手を結べる存在であると考え、従っていた。葛城がそうしているから、という部分も多分に存在しているとは言え、政権を取った場合に葛城を冷遇しなそうなのがどちらかと言えば、自ずと答えは明白である。
「なんで俺がコイツと……」
「奇遇ですね、全く同じ意見です。非常に業腹ながら」
何をどう考えても良い雰囲気になるわけもないのだが、話し合いをしてくれないとどうなるか分かったものではないグループメンバーとしては二人を同席させるしかないのだ。
「と、とりあえずやろうぜ、話し合い。しないといけないって、孔明先生言ってたし」
吉田が嫌な汗を流しながら何とか場を前に進める。
「話し合う事なんてさしてありません。Dクラスを攻撃する、という行為は奇しくも私の願うところではありましたが、仮にそうでなかったとしてもDクラスを攻撃するべき理由は明白です。彼らの学力は学年で一番低い。それ以外に何が?」
「でも、堀北とか平田とかは頭いいぜ。後は高円寺も」
「それが何か?」
「何かって言われても、気になるじゃん」
吉田の言葉に坂柳は内心でため息を漏らす。坂柳の狙いはここでの復権であった。しかしながら、このディスカッションは全員協力しないといけない上に、勝てるかどうかも不明瞭。しかも彼女の苦手な「全部説明する」をしないといけない。元々彼女は全部説明するのが得意ではない。自分で考えて、他人は黙ってその指示に従う。そういうスタイルを理想としているからこそ、今の体制は肌に合わない。まどろっこしいと感じている。
対応がイマイチ悪いのは、吉田が元葛城派であるというのを差し引いても、そういう理由があった。単純に綾小路の一件で機嫌が悪い、というのもあるが。
「坂柳」
「なんですか、町田君」
「お前は優秀だ。俺はお前に対する個人的な感情はともかくとしておきつつ、そこは認めている。ここにいる全員そうだろう。孔明先生含め、全員お前の能力は疑ってない」
「それはどうもありがとうございます」
「ただし、それはお前が説明を怠って良い理由にはならない。ここでの課題はディスカッションを行う事だ。船上試験の時とは違い、このメンバーは全員味方同士。目的は同じはずだ。投票で多くの票を勝ち取るためには、協力し論点を主張しないといけない。Dクラスを攻撃するべきとお前自身が考えているなら、猶の事この会議が円滑に進むようにするべきだと思うが?」
「私が当日含め、全て対応すれば問題ないと思いますが」
「それは事実だろうな。しかし、それを封じられる可能性もある。ランダムに指名されたグループメンバーが答弁を行わないといけない、というような内容のルールを設けてくる可能性もある」
「それはルールの追加、という部分で抗議すればいいのではないでしょうか」
「そうか? 孔明先生はこう言ったぞ、「全員で話し合え」とな。という事は、会議に参加していた以上どういう論点が出ていたのかは全員把握していることを前提としているはずだ。話すことが出来ない、というのは参加していないのと同義という主張をされた場合、俺は反論材料が見つからない。そうなった時、坂柳の頭に全部入ってます、じゃ俺たちに勝ち目はない」
「……それは、確かにそうですが」
町田も元々馬鹿ではないし、むしろ葛城派の中では優秀な部類だ。これまで葛城と、そして諸葛孔明の行いを見てきた彼も、内心で思うところは沢山あった。葛城も諸葛もいない今、戸塚よりは自分が坂柳の相手をするべきだと考えて、こうして論陣を張っている。坂柳は有効な戦力だった。それは町田も認めている。しかし、それをどうにかこうにか対等な盤上に引きずり降ろさない事には、話し合いなんて出来たものではない。だからこそ説得しているのである。
「それに仮にさ、坂柳さんが当日風邪とかだと困るよ?」
「この後坂柳さんが試験を任されることがあったとしても、何をしたらいいのかちゃんと理解してないと、想定外の事態になった時に動けないよ。連絡できればいいけど、そうじゃない事だってあるし」
田宮や中島が畳みかける。この二人は元坂柳派であったし、現在も坂柳に対して悪感情を抱いているわけではない。だからこそ会議に参加して欲しいと思っていたし、今の発言は親切心から出た言葉であった。リーダーがいつでも万全とは限らない。しかも坂柳は身体に爆弾を抱えている状態。自身の健康状態が決して素晴らしく良いとは言えないという事など、本人が一番よく分かっている。故に、彼女の反論材料は尽きた。
「……はぁ、仕方ありません。説明しましょう」
億劫ではあったが、能力を示し、自分の地位を高めるには周囲の助言を聞くしかない。諸葛孔明の影響か、クラスメイトは4月の頃よりも随分と成長した人が多い。彼等はもはや、無知蒙昧なる存在ではないし、自分の言う事に唯々諾々と従う存在ではなくなってしまった。その事実を突きつけられた彼女は、方針転換を余儀なくされる。
何かを生み出せない我々は天才になり得ないと、かつて諸葛孔明は言った。0から1を生み出せない存在であるならば、天才たる条件を満たすことは出来ないと。1を生み出すための条件は、まだ分からない。果たして自分がその1を生み出すことのできる存在なのか、自信も少しずつ摩耗していくのを感じていた。
彼は生み出すことが出来る。0から1をではなく、100点満点ではないけれど、90点や80点の存在を。何も生み出せていない自分と、生み出すことのできる相手。思わず噛みしめた唇からは、彼女の脳髄へと鋭い痛みが走った。
「この試験において大事なのは平均値です。平均値は上も下もごちゃまぜにして割ったもの。そうである以上、圧倒的な存在だけ数名集めても意味がありません。全体的な平均値が高くなくては、勝利は出来ない。そう考えた時に、Dクラスは確かに優秀な生徒もごく一部に存在していますが、それ以外がどうしようもない以上相手とするには一番理想的です。勝つためのプランが容易に想像できる相手なのですから。ペアの法則が予測通りなら、その上位層も下位層と組まされることにより相殺され、結果として足を引っ張られる。そういう理屈です」
「なるほど、そういう事か」
「ご理解いただけましたか?」
「おう、ありがとな」
「……どうも」
複雑な表情で坂柳は応えた。吉田は満足した顔だが、それを見て戸塚は鼻を鳴らす。
「でもよ、Dクラスもこっちを狙ってくるかもしれないぜ。攻撃する問題作りなら、さっき足を引っ張られるって言った優秀な奴らがやる可能性はあるだろ。そうなった時、対応できるのか? 防げればいいぜ、でも最悪なのは負けた時だろ。Dに勉強で負けたAっていう最悪の評判が付きまとうんだぞ。俺だって嫌だ、あんな奴らに負けるなんてな」
「それは無いと、私は考えています」
実際はDクラスは問答無用でCクラスを攻撃しないといけないのだが、敢えて諸葛孔明はそれを教えていない。こういう前提があると議論の方向性が変わってきてしまうからだ。ここは敢えて、全ての条件をフラットにして考えさせたかったのである。
「戸塚君の言う懸念は確かに事実。感情論的であるとは言え、私もDクラスに負けるというのは些かごめん蒙るところです」
「お、おう」
ここで共感を示されたことで、戸塚は少し態度を軟化させる。元々坂柳は顔が良い。それは彼女の大きな強みだった。双方の態度がお互いの関係を険悪にしていたなら、片方がそれを崩せば関係も変わる可能性がある。派閥が解体された今、元他派閥でも最低限関係性は保っておくべきか、と坂柳による方針転換が為された。そうとは知らない戸塚は、突然の共感に戸惑っていた。
「Dクラスの目下最大の敵はCクラスです。体育祭でも散々攻撃されたCクラスは、彼らにとっても不俱戴天の敵であるはず。どの道、彼らを倒さないと上に行けない以上、対立は必須でしょう。Dクラスの理想はCクラスに勝ち、ポイントをもぎ取る事。そうすればCクラスへの昇格が近付きます。逆に彼らがCクラスを攻撃しない場合、Cクラスはポイントを獲得してしまうかもしれない。運よくポイントを獲得しても、Cクラスとの差が変わらない、或いは開いてしまうのは最悪の事態と想定していると考えます」
「なるほど、そもそもDクラスに私たちを攻撃する動機も余裕もないってことだね」
「そういう事です。Aクラスに攻撃される可能性は当然彼らも考えているはずですが、Cクラスに勝って±0に抑えることが出来れば、勉学に不得手な彼らからすれば十分な成果。あわよくばCクラスが攻撃に失敗して自滅してくれれば万々歳です。Aクラスを攻撃する可能性は限りなく低いでしょう」
滔々と告げる坂柳。この理論構成能力の速さは彼女のアドバンテージだった。身体が動かせない分を脳に回しているかの如く、舌と頭がくるくると良く回る。彼女は間違いなく、このグループにおける中心存在だった。
「戸塚、今のを受けて何かあるか?」
「……特に無い」
「そうか。今のやり取りを聞いて思ったが、坂柳は意見出し役として適役だ。悪いが、もう少し協力してもらいたい。今度は俺たちが今坂柳の出した意見を言って行こう。自分なりに昇華して、アレンジを加えても良いと思う。論点を補強したり、データを使ったりな。このために一日準備だ。そうしたら坂柳は明日、俺たちが主張するお前の意見にケチをつけまくってくれ。揚げ足取りでも何でも構わない。それに反論する練習をすれば、議論での勝利に近づくと俺は考えた。皆はどう思う?」
町田の提案に、温度差はあれどメンバーは頷いた。
「という事だ。頼まれてくれるか?」
「分かりました」
「じゃあ、それで行こう」
坂柳を優秀な装置として使いこなしていく。ハリネズミグループのメンバーは、其の操縦方法を何となく習得しつつあった。そして翌日の議論でも、自分の出した意見なのにも拘わらず上手いこと反論をポンポンと出して来る装置として使い、本番への準備を進めていくのである。全員が何かしらの役割を背負うフリーライダー防止という観点からすれば、これもまた一つの正解であった。
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「お帰り」
疲れた顔の真澄さんが、私が開けた部屋のドアの前に立っていた。ため息を吐くと、彼女は部屋の中に入る。手を洗って、その後椅子に座って生気の無い顔を天井に向けていた。
「お疲れみたいだな」
「疲れたに決まってるでしょ、そりゃ」
「友達が少ない人が話す数日分を一日で使い切ったから?」
「それに加えて、普段そこまで話さないヤツとも会話しないといけなかったから。しかも相当真面目にやらないといけないし」
「ちゃんとやってたみたいで何より」
「やらないと、こんなのを部下にしてるアンタの評価が落ちるから仕方ないじゃないの」
「それはその通り」
船上試験でも頑張って議論を攪乱して、私の作戦に協力してくれていた。彼女はその口ぶりとは裏腹に、献身的によく働いてくれている。私が彼女を引き入れたのは凄く強引な手段であったし、褒められたモノでは到底ない方法と理由によるものだった。しかし、当初想定していたよりもずっと、彼女を仲間に出来た利点はあったと感じている。
「私たちが頑張って話してる間に、テストは出来た?」
「それなりには。これから形にしていく作業だが、そのための材料集めは大体終わった」
「そう」
「話し合いが終わって、投票をしたら、その後デモンストレーションということで全員に一回解いてもらわないと」
「うへぇ、まだあるの……」
「無人島で一週間よりは楽だろう、圧倒的に」
「あんな頭おかしい環境と一緒にしないでよ」
彼女の抗議は正論だった。無人島を正常な環境であるという事は困難だろう。少なくとも、高校生を放り出していい場所ではない。
「アンタは何のために勉強してるの? 大学行くため?」
「いや、違うな。私は私の夢のためにやってる」
「夢?」
「そうだ。……叶えるべきかは分からないけれど」
「ふ~ん」
「私は99点で良い。その代わり、全ステータスを99にする必要がある。代わりに100以上の数値は別の誰かが取ってくれる。私はそういう人たちの力を借りて、成したいことを成す。勿論私にだって100を超えているものも存在している訳だけど」
「勉強とか?」
「残念ながらなぁ……私より出来る奴がいるんだよ」
私の副官である。彼女の脳内はどうなっているのだろうか。正直私にすら理解が及ばない。単純な頭の良さなら向こうが上回るだろう。教える能力やその他の数値の結果、彼女は私の副官として指示に従い、今日も本国で私の代理人を務めている。ただ、コミュニケーション能力は微妙だし、隻眼なので戦闘では不利だ。
「バイオリンは世界でトップクラスの自信はある。後、他にも幾つか」
「弾けるの!?」
「なんなら私の一番得意とするところだぞ」
他国に入る時は大体25歳のプロバイオリニストという肩書だった。バイオリンケースは色々便利なのだ。具体的には銃火器を入れて持ち歩くのに。だからこそ部屋に置いてあるのだ。弾けないのに置いている意味もない。飾りならもっと違う物があるのだから。
「それだけあれば十分でしょ」
「さぁ。あって困る事は無いが、無くて困る事はある。私に求められているのは適材適所を配置する能力と、状況判断能力だ。それが1番必要なものだったから」
「それが今こうしてクラスを率いるのに役立ってるって訳ね」
「そうかもしれない」
「ま、私はアンタの夢、応援してあげるわよ」
「中身も聞いてないのに? どんなものか知らないモノを?」
「邪悪なものじゃないでしょ? 私はそこら辺は信頼している。アンタは誰かを不幸にすることは容易に出来るけど、その怖さを知ってると思うから。もし容赦なくやるなら、一之瀬も堀北も櫛田も坂柳も皆、今頃この学校にいないだろうし」
「……どうだろうな」
「そういう良く分からない優しさというか、特別試験の時限定だけどルール内で勝負しようとしている姿勢、私は好き。出会いは最悪だったわけだけど、結局のところアレのおかげで今の私がいるわけだし? 坂柳だってどうにかしようとしてるんでしょ? あのまま腐ってただろう私は今こうして普通に暮らしてる。そして、夢だってできた。だから、きっとアンタの夢だって叶うべきものなんだと思う」
「私利私欲に塗れているし、個人的な感情の産物なんだがな」
「良いじゃない、夢なんてそんなもんでしょう?」
中央政府の打倒。国家転覆。祖国の民主化と自由化。――そして、私のような子供がもう生まれてこないように、全ての子供が、大人の歪んだ夢に利用されること無く、愛や未来や理想を信じて生きていける世界の創造。それが私の成すべき事で、私の夢だ。その為の手段はもう幾つも取っている。多大な犠牲の末にだが、軍は既にほぼこちら側だ。財界にも、政界にも色んな所に種を蒔いている。それももうすぐ芽吹くだろう。そうすれば、数年の混乱と不況の後に、冷戦は終結し、世界は新たな世紀を目撃するはずだ。
これは多くの白骨と血の海の上に成り立っている、呪われた夢だ。それでも、私はいつの日か必ず。そうしなければならないと誓った。そしてそれを信じている者たちがいる。彼女は私の夢は叶うべきだと言った。もし、私のこの隠された全てを知ってもなお、そう言ってくれるのだろうか。そんな訳ないだろうと自嘲する。
だが、どうしてだろう。言い続けていて欲しい自分がいた。
「取り敢えずご飯にしよう」
「今日は何?」
「鯖の味噌煮」
「……良いわね」
自分の作ったモノを美味しく食べてくれる存在というものが、随分と嬉しいモノであると知ったのはここに来たおかげだろう。私の夢は変わらない。けれど、最近思うのだ。私が本当に欲しかった夢は、こういう些細な幸せなのかもしれないと。叶わないと知りながら、少しの間だけ目を瞑る。たとえそれが、三年で醒める儚い幻であろうとも。