ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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たとえ自分自身が正しいと思っても、けっして昂奮して荒々しく討論してはいけない。

チェスターフィールド 『息子への書簡』


39.討論

「そういえばさ、アンタの誕生日っていつなの?」

「私の?」

 

 真澄さんが唐突に尋ねてきたのは、ディスカッションの前日の昼休みだった。Aクラスの半分くらいは食堂に行き、もう半分は買ってきたり作ったりして用意した昼食を教室で食べている。監視カメラに見られているので、食べかすをちゃんと掃除しないと減点されるシステムだ。とは言え、基本的に掃除は専用の職員の方がやってくれるのだが。

 

 私の作った昼食をもっきゅもっきゅと食べながら彼女はそんなことを不意に問うてきたのだ。彼女の家のエンゲル係数は凄いことになってそうだと、今更ながら思う。この学校は結構無料食材が多いし、工夫次第では相場の数倍は安く食品が手に入る。しかも廃棄前とかに行くと更に安くなるので生活に不自由はなかった。税金で彼女の食欲は満たされているのである。

 

「そんなの聞いてどうする」

「何となく。この前石崎が廊下で龍園さんの誕生日がどうたらこうたら言ってたから、ちょっと気になって」

「あぁ、そういう……」

 

 誕生日パーティーとかケーキという単語から一番遠いところにあるのが龍園なんじゃないだろうか。パーティー帽をかぶってる龍園を想像して、ちょっと笑えた。

 

「私は10月1日生まれだよ」

「ふーん……ってもう過ぎてるじゃない!」

「そうだけど、それが何か?」

「何かって……」

「良いの良いの、自分の誕生日なんてどうでもいいんだから。私が生まれてきた日やことになんて、別に特に価値はないんだし。大事なのは生まれた日がどうこうより、今生きてることの方だから」

「……好きなモノとか欲しいモノ、無いの?」

「別に良いって」

「良くない。私が何となく良くないから。教えて」

「えぇ……うーん、そうだなぁ」

 

 無いわけではない、というより私だって人並みに好きなモノや嫌いなモノは存在している。ただそれを表に出していないだけのことだ。彼女の口ぶりからして、私に何か送ろうとしてくれているのだろうか。その気持ちだけで十分なのだが、そう伝えても納得してくれそうには見えなかった。私は自分の誕生日なんて本当にどうでも良いと思っていたし、特に祝われることも無く終わって来た。それで良いと思っていたけれど、それが嫌だという声は思っていたよりも気分が良いものだ。

 

「うん、やっぱり特に良いかな」

「なんで?」

「もう貰ったから、いい」

「意味わかんないんですけど」

「分からなくて良い。私が分かってれば、それで良いんだから」

 

 目の前で自分の作ったモノを食べてくれる存在は、他の物品にはそうそう代えられないだろうから。好きなモノに君と答えたらどんな顔をするのだろうかと、そんないたずらを思いついた。けれど実行はしなかった。言ったら何か取り返しのつかない感情が湧いてしまうような、そんな気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 ディスカッションを行うことを決定してから三日間が経過した。すなわち、本番がやって来たのである。三つのグループがどのような形で仕上げてきたのか、私は特に把握していない。データであったり必要なモノは提供したけれど、だからと言ってそこからどういうクオリティの発表を行うのか逆算するのは難しかった。

 

 それに加えて、この三日間は私も遊んでいたわけではない。ずっと他クラスに出題するようの問題作成に勤しんでいた。そのため、どういう風に取り組んでいるのか確認したくとも中々出来ない状況だったのだ。元々優秀なAクラスなのでそこまで不安視はしていないけれど、一部不安な面々もいる。今後どういう風に彼らを伸ばしていくのかを考えた際に、今回の取り組みは良い参照事例になるだろう。

 

 そして時刻は放課後となり、教室は三つのグループが固まりを作り座る。丁度コの字の形をしていた。空いている部分に私が座って、全体の進行役を務める。

 

「皆さん、三日間お疲れさまでした。ここまで様々な話し合いを行い、論点を固め、反論材料を探し、工夫を考えてきたことと思います。本日はその成果を出して頂きましょう。もう一度説明いたしますが、ここでのディスカッションの後、各員が投票を行い、最も票の多かった順に攻撃したい旨を先生に告げる。そういう形式としたいと思います。どのような観点から主張を行おうとも自由ではありますが、誹謗中傷などはしないようにしてください。そのような発言はこちらで停止させていただきますので、悪しからず。では、まず各グループが主張を述べてください。制限時間は設けませんが、簡潔かつ明瞭に行うようにお願いします。先ほどのくじ引きの結果に従って、まずはハリネズミから行きましょう」

 

 どういうポイントでアピールをするのか、誰をメインにして主張させるのか。この辺もかなり重要な戦略になって来る。幾人かで分担するもヨシ、誰かに任せるのもヨシだ。その辺も話し合って決めているはずである。敢えてこの話をしなかったのは、誰が話すことになるのか分からない、という状況を作ることで緊張感と当事者意識を持たせるためだ。その影響か、どのグループも複数人話せる要員を確保しているようである。

 

 

 

<弁論・ハリネズミ>

 

「私たちがDクラスを攻撃するべきと主張するべきは、その戦い易さです」

 

 坂柳が陣頭に立ち口を開く。流石と言うべきか、この辺は経験が豊富なのを伺わせた。堂々とした立ち居振る舞いは、それだけで聴衆を惹きつけることが出来る道具になる。

 

「我々はDクラスのこれまでのデータを収集しました。その分析を端的に申し上げれば、Dクラスの学力層はごく一部の上位層と大幅な中・下位層で構成されています。前回は体育祭の結果、下位層から脱した生徒もいましたが、それは一時的なもの。本来の学力分布からすると……資料にある図のようになるはずです」

 

 図にはDクラスの生徒が本来体育祭が無かった場合に取れていたであろう予想点数を出している。Dクラスとは言え、全く伸びていないわけではないが、その成長曲線は非常に緩やかな坂を描いている。等値で伸び続けることは現実世界ではありえないけれど、理論の上では大いに役に立つ。一気に伸びることも無いわけではないが、そうなるには彼らの基礎力が足りな過ぎる。

 

「この試験で重要になるのは平均値。先日特定したペアの組み合わせ方法が正しいと仮定するのであれば、彼らは下位層の退学を防ぐべく上位層と組み合わせる戦略を取るでしょう。そうなった場合、上位層として本来警戒するべき存在も、平均を基にするという試験の要素に足を取られ、そして伸び悩む。素の平均値が高いためどのような組み合わせになろうとも一定以上の結果を出せる私たちとはその点で大きく乖離しています。この下位層の多さこそ、Dクラスの決定的な弱点であり、同時に私たちの戦い易さに大きく貢献している要素と言えるのです」

「しかしここで、彼らが攻撃してきたらどうだろうか。彼らにも優秀な存在はいるため、相打ち覚悟で挑めば我々も決して油断は出来ないだろう。しかしながら、そもそもこの攻撃してくる、という前提条件そのものをまずは疑うべきだと俺たちは考えた。何故なら、DクラスにとってAクラスと戦うことのメリットが存在しないからだ」

 

 坂柳の言葉を町田が引き取って続ける。彼も随分と頑張って坂柳と戸塚の間の調整役をしていたらしい。置かれた場所で人の役割であったり、能力であったりは変化し成長する。今回のグループ割ではそういうメリットも存在していた。

 

「Dクラスの敵はまず絶対にCクラス。これはクラス対抗のシステム上明白だ。Cクラスを倒さない事には上には行けないし、上に行けたとしても次はDに落ちたCクラスとの熾烈な闘争となるだろう。その上でBクラスとも戦わないといけない。故に、Dクラスとしては勉学面において大きな差のあることが明白なAクラスよりも、近い値にあるCクラスを先に狙う。Dクラスの中心人物である平田や堀北の戦い方や考え方から見ても、これは明らかだ。彼等はこれまでCクラスに、龍園に煮え湯を飲まされてきた。挑むならば感情面からもCクラスになるだろう」

 

 町田は相手がこちらに仕掛けてこない状態で一方的に叩ける相手だと主張している。その上、真実としては向こうはこちらに仕掛けることが出来ない。この事実を公表していないのは、公表してしまうと彼らのグループが有利になりすぎてしまうからだ。 

 

「それに加えて言えば、Dクラスだって上を目指している以上、その先のプランも考えてるはずだ。仮にCに上がった際、Bクラスを挟撃することのできる位置にいるAクラスを攻撃するのは得策じゃないと向こうも理解しているだろうし、それが理解できないなら上には来れない。どっちにしてもDクラスは俺たちを攻撃しない。それはかなり厳しい道になると、自覚しているだろうし、自覚していないならより一層倒しやすい相手だからな。以上、主張を終了するぜ」

 

 吉田が町田に代わり言葉を紡いで、大まかなまとめを終えた。安定した主張が出来ている。特に相手がこちらを攻撃できない状態で一方的に殴っていくという戦法は坂柳の好みそうなところだ。かかって来ることは無いだろうし、仮にかかって来たとしても返り討ちに出来る、加えて言えばそんな相手では今後脅威になり得ない。彼女の好きそうな論法だったが、良い弁論にはなっていたと思う。ちゃんと協力して仕上げてきたのだろう。

 

 

 

 

<弁論・蛇>

 

「ありがとうございました。次のグループお願いします」

「はい」

 

 次の弁論は蛇グループだ。このグループは真田を弁論者にすることにしたらしい。確かに橋本よりも言葉遣いが丁寧かつ温厚な人柄をしている。誰が言っているのか、というのもディスカッションや投票、演説の類では重要になって来る。万人に受け入れられやすい人間かつ一定以上の優秀さを持っている人間を選出したという事だろう。

 

「皆さん思ったことだと思います。Dクラスは先ほどのご意見のように攻撃しやすい。Bクラスは唯一干戈を交えることになるクラスですから攻撃する理由は簡単です。しかし、Cクラスはそうでは無い。そこで僕たちはまず、Cクラス以外を攻撃するべきではない理由を考えました。まずDクラスですが、これは先ほどの坂柳さんの主張にもあった倒しやすさこそが、攻撃しない理由となります。Dクラスが一部の優秀な生徒によってその歩みを進めたとしても、取り残されている存在がいる以上、それは必ず大きな爆弾となります。これを解決しない限りは彼らが上に進もうとも、その地位を維持できないでしょう。足場の不安定な存在が彼らであり、攻撃しやすいからこそ、いつでも倒すことが出来るのです」

 

 Dクラスには優秀な人材もいる。この「も」というのがポイントだと真田は言う。そうでは無い大多数が存在しており、そして彼等の水準の低さは図らずも坂柳たちが証明してしまった。つまり、クラス全部を使って戦わないといけない試験になった場合、彼らは圧倒的に手札の数が足りないのだ。故にこそ、勝機はいつでもあると主張している。

 

「では翻ってBクラスはどうでしょうか。彼等は僕たちAクラスと、少なくとも下位二クラスよりは学力的に近しい存在です。それ故に、平均値も高い。足を引っ張る存在のいないBクラスでは、攻撃したとしても跳ね返されてしまう可能性も高くなります。そう考えれば、無駄なリスクを避けCクラスを攻撃する方が安全と言えるでしょう」

 

 Bクラスは努力できる人間がしっかりいる。それも下位二クラスよりも圧倒的に多く。この学年は真ん中でピシッと色分けされている。則ち、AとB、CとDに。この組み合わせ同士がかなり近しい存在として振り分けられているのだ。Dはどん底だった代わりに優秀さもある人材を貰えたが、問題はCだ。龍園は戦略家だが勉学はそこまででもない。優秀な人間の数では一番少なかった。これが彼等の弱点だ。

 

「次に、僕たちの安全保障の観点です。これはつまり、龍園君を何らかの形でクラスの運営から排除することを目的としています。場合によっては退学へ追い込むこともあり得る、非常に長期的なスパンを持った作戦になる可能性を持っています。龍園君の危険性は皆さんも知っての通りと思います。Dクラスは彼の姦計により苦しめられましたし、僕たちも無人島試験の際にスパイを送り込まれました。その前には須藤君の暴力事件もありました。あれは結論として審議そのものが中止となりましたが、龍園君が裏で糸を引いていた可能性は極めて高いでしょう。彼は暴力や恐喝を厭わない人間です。しかもその相手に性別などの区別はありません。彼を排除することは、安全で安心のある学校生活の保障には不可欠なものです」

 

 そこまで言うか、とも一瞬思ったが、あまり擁護できる点も無かった。龍園の危険性は大なり小なり誰もが認識しているところだろう。特別試験などの際に見せる狡猾な手段はともかく、一番恐怖を覚えるのはその暴力性の方だ。Aクラスは腕利きがそこまで多くない。そもそも学校生活に暴力に関する技術が必要な時点でおかしいのだが、現状自衛するしかない状況だ。

 

「場合によっては、彼が他クラスを攻撃しようとするならばそのクラスと同盟を結んででも、今回の試験で敗北させ、彼の没落の第一歩を作るべきと考えます。これはAクラスのみならず学年全体の問題ですが、現状DクラスやBクラスでは彼に対抗できていません。唯一対抗できる能力を持ったAクラスが、道義的観点から動くべき時であると考えます。これが我々がCクラスを攻撃するべきと考える理由です。以上です、ご清聴ありがとうございました」

 

 リーダーを排除するために、その一歩としての攻撃を行う。その際に必要ならば他クラスと手を組んででも、というのは良い着眼点だった。あのクラスが龍園のカリスマで動いている以上、彼が失脚ないし退学すれば一気に没落するだろう。本当は退学者は出て欲しくないが、優先するべきは生徒の安全だ。そこは譲れない。真田は上手く道義的な部分や正義を執行できる存在としてのAクラスという考え方を押し出した。これは感情の部分には凄く届きやすいだろう。人は誰しも、正義の側にいたいのだ。

 

 

 

 

 

<弁論・ウサギ>

 

 そして、弁論は最後のグループになる

 

「私たちは最終的な目標として、Bクラスを併合することを提示します。そのための方策として、今回Bクラスを攻撃するべきと考えました」

 

 前に立ったのは真澄さんだった。普段の面倒そうな表情は一切見せず、淡々と冷静に話を進めている。よどみも迷いもなく話している姿からは成長を感じられる。私としてはこれが一番うれしい事だった。

 

「CクラスにしてもDクラスにしても、彼らにBクラスとなった際にそれを維持する力、そしてAクラスに上がるための力はありません。それはこれまで何度も話に出てきた平均値の話です。いくら優秀な存在が少数だけ存在していたとしても、この学校の対抗戦がクラス単位で行われている以上、そこは必ずネックとなります。しかしこういう主張には反論も出来るでしょう。彼等も努力して実力を上げるかもしれない、と。それは正しい主張ですが、それでもなお私たちは彼らに勝てると判断しました。その根拠は、これまで積み重ねてきた知識の貯金、そして当たり前のことを当たり前に行うことが出来ること、加えて努力することを苦と思わず順当に行っていける精神性です。彼らが努力を重ねようとも、私たちはその間に当然進み続けます。両方が仮に同じペースで上昇を続けた場合、当然上昇曲線は交わることはありません。加えて言えば、彼らと私たちが同じペースという事もあり得ないはずです。私たちの指導役が交代しない限りは」

 

 Bクラスを攻撃するための論理として、Bクラス以外が上に上がって来ても維持できないと説く。その裏にあるモノとしては逆に今のBクラスは脅威であるという事だろう。

 

「しかしBクラスは、少なくとも他の二クラスよりはAクラスの生徒に近い精神性や行動性を持っています。彼ら自身も、CクラスやDクラスと一緒にされたくはない、という想いがある事と思います。勉学面では特に。であるからこそ、今回の試験で彼らを攻撃することはその自信を粉砕することに繋がります。私たちに負けたとしても、それは下位二クラスに対して勉学面での優位を失ったことにはなりません。しかしそこで勉学面が自分たちの手札足り得ないと判断した場合はどうでしょう。今後その手札を使うことを躊躇するかも知れない。その判断に迷いが生まれるかもしれない。これはBクラスの下降には役立つと考えます」

 

 ここで葛城に交代する。

 

「そうまでしてBクラスとの差を開こうとするのは、最終的な目標が併合にあるからだ。AクラスとBクラスは、少なくとも下位二クラスよりは似通っている部分がある。精神性や勉学に対する姿勢、遵法意識やモラルの面でもそうだろう。しかし彼らは自力でAクラスになろうと考えている。このままでは協力できない。だがもし彼らが自力での上昇を諦めるところまで落ちてしまい、這い上がることが難しくなった場合はどうだろうか。そこで協力体制を作り、彼らの戦力を併合することが出来れば、一之瀬を始めとする一定以上の水準が担保された集団を組み込むことが出来るだろう。些かマッチポンプ的ではあるが、Aクラスでの卒業という最終的なゴール地点を共有できれば、一之瀬も説得できるはずだ」

 

 一之瀬と葛城は同じ生徒会同士である。故に、このクラスで現在の一之瀬の状態や人間性に関して一番詳しいのは彼だ。その彼が説得できるというのだから、それなりにやってみる価値はあると思う。どん底に叩き落して置いて手を差し伸べるのはマッチポンプ以外の何物でもないが、最終的にBクラスの面々も救済することが出来る案になる。過去にとらわれることなく、強かに彼らが考えてくれれば可能だ。私としても、一から改善しないといけない下位クラスよりはBクラスの方が教えやすいだろう。

 

「データから見ても、資料にあるようにBクラスの中間・下位層とAクラスの下位層が被っている。ごく少数の例外を除けば、平均値にしても個人単位で見ても、点数は我々が上回っている。過去数回の定期試験の結果を勘案しても、勝機は十分にあるだろう。CクラスとDクラスには泥沼の中で争いを続けてもらい、我々はBクラスを叩き、その後に協力体制の樹立を目指す。これが我々の提示するプランだ。以上、主張終了だ。清聴に感謝する」

 

 長期的なプランと短期的なデータ。上手く組み合わせて主張を構築している。随分と面白いプランニングをしてきたと思った。確かに、我々が独走してppを大量に確保し、そこにBクラスからどんどんと人員を送り込み続ければその分だけクラスメイトの保有するppの量が増えていく。そうなればまた新しい生徒を送り込める。この繰り返しを行えば、理論上は卒業するまでにBクラスを併合できるかもしれない。それにはかなりのポイントがいるが、不可能と断ずることは出来ないだろう。細かい話は、本当に実行するなら詰めないといけないが、可能性のある案だとは思った。

 

 

 

<質疑応答>

 

「お疲れさまでした。ここからは質疑応答です。指名は私がやりますので何かある方は自由に挙手をして、質問をしたいグループに対し質疑を行ってください。その際、応答側は先ほど発表していなかった人員を用いるようにしてください。では、どうぞ。はい、坂柳さん」

「ウサギグループに質疑です。先ほどの主張を聞く限り、Bクラスを併合することを目的としているようですが、果たしてそれは望ましいプランなのでしょうか。一之瀬さんは優秀な方であり、カリスマ性を持っています。それは仮にそちらの主張が上手く行ったとしても、Aクラスの中において彼女のシンパを作ることに繋がりかねないのではないかと。もっと悪い場合、彼女に元々Aクラスであった生徒まで取り込まれてしまうかもしれません。両雄並び立たず、という言葉もあります。そもそも上手く行くかもわからないその長期目標を掲げたうえでのBクラス攻撃は、些か空想論に過ぎるのではないかと。その点、如何でしょうか」

「今の意見に対するご意見があればどうぞ」

 

 私の指名に対し、ハリネズミグループからは六角が立ち上がった。あらかじめ誰が質問対応をするのかは協議していたのだろう。ここは実にスムーズだった。

 

「はい。坂柳さんの意見は私たちも考える所でした。今の意見に関して解答が二つあります。まず一つ目は上手く行ったパターンです。両雄並び立たずではありますが、それは両者が同等の存在であった場合の話です。作戦が上手く行っていたら、一之瀬さんの権威は落ちているでしょう。それに加え、併合するとしても段階的なモノになるはずです。少しずつ移籍してくる元Bクラス生徒を懐柔し取り込むことが出来れば、一之瀬さんがこちらに来たとて恐れることはないはずです。二つ目は仮に上手く行かなかったパターンです。私たちは長期目標が達成されるのを理想としていますが、達成されなかったとしても、勉学面などで脅威となりうるBクラスを下位に追いやり、地力の弱いDクラスや龍園君頼りのCクラスと戦える状況ならば十分に勝機はあるでしょう。その勝機に関しては、坂柳さん達並びに真田君たちが既にお話してくれたと思います。以上です」

 

 淀みない発言からは、恐らく想定問答集の中に存在していた問だったのだとうかがえる。自分のグループの主張が自分の意見を否定する根拠になるというのは今回のディスカッションにおける難しい部分だ。与えられているデータや情報量は全員ほぼ同じ。そうである以上、どういう差別化をするかがポイントになる。何を主軸に置くのか、どういう解釈をするのか。それが勝敗を分けるだろう。

 

 例えば真澄さんたちは長期目標を掲げ、それに進むための一歩という差別化をした。蛇グループは龍園を排除するという倫理的な大義名分を掲げ、Cクラス以外を攻撃するべきではないという切り口を使って差別化した。ハリネズミグループは平均値の低さと彼らがこちらを攻撃できない理由という部分に焦点を当てた。いずれも面白い主張の仕方だと思う。持っている材料が同じでも、料理の仕方で目指している場所は変わって来るのだ。

 

「坂柳さん、何かありますか?」

「……いえ、ありがとうございます」

「他に何かある方は? はい、どうぞ」

「蛇グループに質問です」

 

 手を挙げたのは真澄さんだった。彼女、今回は凄く気合が入っているというか積極的に行動しようという姿勢が見える。体育祭前に私に政権が移譲され、彼女が必然的にナンバーツーになってしまったのもあり、その立場に見合った動きをしようと頑張ってくれているのだとしたら、大変嬉しいことだ。普段はあまり使わない敬語をちゃんと使ってるのも、ここが丁寧に話すべき場だと判断したからだと思う。もしかしたら、私の姿勢を見習っているのかもしれない。全然違ったら恥ずかしいのでそういう事は言わないでおくけれど。

 

「Cクラスの中で龍園が脅威であり、彼が安全を脅かしているのは事実だと思います。しかし彼が一度や二度の失敗でそう簡単にトップの座から落ちるでしょうか。加えて言えば、仮に彼がいなくなったとして、その後のCクラスがどのような状態になるか想像できません。或いは一之瀬さんや堀北さんに吸収されてしまうかもしれない。それならまだしも、我々に原因があると考えいわゆる『無敵の人』のような状態になってしまうかもしれません。元々腕っぷしに自慢のある生徒が多いあのクラスがそのような状態になってしまうと、より治安が乱れる可能性もあると思いますが」

「蛇グループの皆さん、どうでしょうか」

「あー、ここは俺が」

 

 蛇グループの質問対応は橋本が担うことになっていたようだ。鋭いところ突いて来るなぁという顔をしながら、彼は立ち上がる。

 

「確かに龍園が抑え役になっている側面はある。龍園がいるから、アイツらは勝手な行動はしないっていうロジックは正しい。とは言え、龍園がいなくなったからと言って暴走するかというのもまた疑わしいだろうと俺たちは考える。龍園がいれば、暴力沙汰をやっても最低限龍園が守るだろう。だがアイツがいない状態でそんな事をすれば審議になる。龍園のいない奴らに勝ち目はない。十中八九負ける。良くて停学、多分退学だ。龍園がいればこそ担保されていた暴力沙汰になってもケツ持ちしてくれるっていう安心材料が消えたことくらいは理解するだろう。それにそれこそ、さっき主張があったみたいに龍園のいないCクラスを併合するなり傀儡政権を作るなりのことは出来ると考える。以上だ」

「何か続けてのご意見は?」

「大丈夫です」

 

 橋本の主張にも一定の正当性はある。しかしながら、とは言えこれは性善説だろう。本当に追い詰められた人間が何をするのか、それを想像するのは難しい。追い詰められた経験の多さで言えば、Aクラスは弱いのかもしれない。性善説というか、一定数のモラルを有しているとそのタガが外れた人間に対する想像力が欠けていくのだ。エリートの弱さはこういうところだろう。常識的に考えて、が出来ない層もこの世界にはいるのだ。

 

「では、続けます。他に何かある方は? はい、では西川さん」

「はいはい。ハリネズミグループに質問。Dクラスは攻撃してこないって言う前提条件を立ててその説明もしてくれたけど、Dクラスにも攻撃するメリットと勝ち筋はあると思うよ。メリットは今まで無敗のAクラスに土を付けられたって言う名誉と達成感。Dクラスはこれまでごたごた続きだけど、ここでAクラスに、しかも勉強面で勝てたってなれば自信になる。それは団結や達成感、そしてその後向上心に繋がるかもしれない。その上で勝ち筋だけど、上級生を使ってくる可能性はあるよね。少なくとも二年生も三年生も一回は受けたことのある試験だから、問題作成も、どの問題の正答率が悪かったのかのデータも全部持ってる。そこに協力を要請すれば、不可能じゃないと思うけどな。堀北さんって、元生徒会長の妹らしいし。その辺、どう?」

「メリットはその通りだが、それを優先するにはDクラスにとって龍園が邪魔すぎる。それに三年生や二年生を頼るアイデアは考えた。でもそれも無いと判断してる。俺たちAクラスならともかく、序盤で全cpを吐き出したDクラスには金がない。圧倒的に資金不足なDクラスでは協力してもらおうにも対価を払えない。それで上級生が暇だったら協力してくれるかもしれないけど、上級生も普通に特別試験や試験がある。三年なら受験も見えてくる中で、一年の特別試験に対価も無しに付き合ってくれるとは到底思えないな」

 

 戸塚もすらすらと答えられている。元々葛城の太鼓持ちのようなポジションだったけれど、そういう存在は口が良く回らないと務められないし、Aクラスにいるのだからして、最低限Bクラスの中堅層と同程度くらいの思考力はあるのだ。人前で話すのは苦手という感じではないし、こういう場での発言役としては適任ではあるだろう。

 

 どのグループもしっかり組み立ててきているので、そもそもあまりグサッと刺さるような質問が出ない。ここからも幾つかやり取りがあったが、どのグループも対応に問題はなかった。発表そのものの優劣というよりは、中身のどれが気に入った、或いは有益と考えたかで投票する形になりそうだ。発言や発表ではなく中身で判断するというのは私の目指していた部分なので、目的とも合致する。

 

 

 

<最終弁論>

 

「では皆さん、質疑の言葉も出尽くしたようですので、今から各グループに最終弁論を行ってもらいます。誰が発表しても構いませんが、上手にまとめてください。アピールしたいことがあれば、この場でどうぞ。では、発表順でどうぞ」

「私たちハリネズミグループはDクラスを攻撃することを主張します。理由としては彼らが最も倒すのに容易なクラスであり、その平均値の低さは彼らの大きなディスアドバンテージであり、私たちのアドバンテージです。伸びているのは事実ではありますが、私たちの積み上げてきたモノに比べてれば微々たるもの。不良が更生したら評価されているのと同じです。本当に評価されるべき人材は、これまで真面目に努力を積み上げてきた私たち。真の実力とは何かを教えて差し上げようではありませんか」

「僕たちはCクラスを攻撃するべきであると主張します。Bクラスはリスクが高く、Dクラスは逆に今攻撃するよりも好機がある。今は僕たち自身の、そして学年全ての安全のために龍園君率いるCクラスを叩き、同時に内部不和を仕掛けるなど工作を行いながら彼を失脚ないしは退学へと追い込みます。こうすることで、最低限の倫理観が保たれた空間を一年生の間に築くことが出来るでしょう。僕たちの安全保障のため、今行動するべきです。彼の目がDクラスに向いている、今この間に」

「私たちはBクラスを攻撃するべきだと主張します。Bクラスの面々の能力や考え方はどちらかと言えば私たちに近い。彼らを吸収するためにも、差は開かないといけません。仮にその目標が達成できなかったとしても、直接的な脅威として存在しており、それはクラスの位置だけではなく勉強面においてもそうです。こういう存在を早めに落とし、下位三クラスが泥沼の争いを続けてくれるように操り糸を垂らし続けるのが私たちのするべき事でしょう。同盟や交渉とは馬と騎手のような関係であり、私たちは常に騎手たるべきなのです」

 

 坂柳、真田、真澄さんの三人が最終弁論を終える。そしてここからは投票タイムだ。正直どこが勝つのか、私にもよく分からない。票が割れる可能性もあるし、そうならない可能性もある。やってみないと分からないのが正直なところだ。ともあれ、その前に講評を述べることにした。

 

「皆さん、お疲れさまでした。大変すばらしいディスカッションだったと思います。短い期間ではありましたが、協力して準備を進めてくださったのが伝わってきました。持っているデータや情報にはそこまで差のないディスカッションではありましたが、故にこそどのような論点で話を進めるのかに工夫が感じられましたね。いずれのグループも良いアプローチが出来ていたと思います。今回の件で伝わったかと思いますが、同じモノを与えられてもどのように考え、捉えていくかは全く異なります。違う考えを尊重しつつ、協調して取り組んでいくことが今後のAクラスの勝利に必要な事でしょう。普段あまり交流の無いクラスメイトとも話せたことと思います。お互い助け合いながら進めていく姿勢をこれからも守ってください。ともあれ、ご協力ありがとうございました」

 

 私は頭を下げて、もう一度生徒たちを見渡す。半年ほどしか経過していないが、随分成長したように思う。それでもまだまだ不足している部分は沢山あるのだろう。そこを修正したり埋めたりしていきつつ、長所を伸ばしていく。それが今後私自身が抱えている課題だ。前途は決して優しくないが、楽しみではあった。

 

「では、投票のお時間です。お手元の端末で一人一票、投票してください。何か質問は? 無いようですね。では、お願いします!」

皆さんはAクラスの生徒です。これまでのディスカッションを経て、あなたならばどのグループに投票しますか?

  • ウサギグループ(Bクラスを攻撃)
  • 蛇グループ(Cクラスを攻撃)
  • ハリネズミグループ(Dクラスを攻撃)
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