ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

46 / 89
君子の交わりは淡きこと水のごとく、小人の交わりは甘きこと(あまざけ)のごとし

『荘子』


41.戴天

「一之瀬さん、神崎君を含めた39名のBクラス所属の皆さんと一緒に、私の生徒になりませんか?」

 

 私の言葉に対して、場の空気を困惑が支配した。目の前に座っている一之瀬と神崎は戸惑ったような顔をしている。些か迂遠な表現であったことは認めるけれど、そこまで意味不明な事を言っているつもりはなかったのだが、もう少し単刀直入に言った方が良かったかもしれない。とは言え、あまり直球過ぎても()()という言葉に引っ張られてマイナスイメージを持たれても困る。

 

「少々遠回しな言い方になってしまいましたね。要するにね一之瀬さん。あなたは我々Aクラスに来る気は無いか、ということを言いたいのです。そして、その際にそちらにいる神崎君を含めた残りの39名もどうですか、ということですね。ここまでで何かご質問は?」

「待て、少し待ってくれ」

 

 神崎が私に制止をかける。頭のおかしい人を見る目をされたことには少々悲しみを覚えたが、まぁ仕方のない事だろう。この学校始まって以来前例のない事であるのは既に生徒会役員の葛城を使って把握している。そういう行為をやろうとしているのだ。一之瀬も当然、2000万ポイントを使わないと移動できないことは知っているし、実際に貯められるのかを調べた事だろう。その情報は、神崎も共有しているのだ。だからこんな風な顔をしている。

 

「すまないが、正気か? クラス移動には2000万もの大金を必要とする。一之瀬だけでも2000万、全員となると8億も必要になる。それをどうやって稼ぎだすつもりだ」

「それはあまりハッキリとは教えられませんね。もしあなた方がこの交渉を決裂させるというのなら、金策の手段を教えてしまうことは我々にとって大きな不利になる。なにせ、それだけの金銭を用意する準備があるという事は、買収工作に退学防止などいくらでも出来るという事ですから。それに、仮にあなた方が断るのだとしたら、私はこの話を別のクラスに持っていくだけのことですので」

 

 一応方策自体は考えてはある。一つはポイントを集約していく方法。これまでAクラスは各個人に配布されたポイントを徴収するようなことはしてこなかった。しかし、本気でBクラスを併合するのならば、一部徴収なんて生ぬるいことは言っていられない。ほぼ9割方は毎月持って行かないといけないだろう。

 

 現在のAクラスのポイントは1489。元々学年開始時点で存在していた1000cpを上回った唯一のクラスという事になる。毎月14万8900ppが各生徒に振り込まれている。仮に14万を40人分回収できたとして、その合計は560万。一応4カ月で目標には届く。とは言え、全然足りないのは事実だ。このペースではどう頑張っても全員を移籍はさせられない。こんなことになるんだったら、船上試験で是が非でも全クラス結果1になるようにしておくんだったと後悔したが、今更だろう。 

 

 しかし、現状一番ポイントを貯めやすいのはAクラスだ。そこで、今後の試験は八百長を繰り返しBクラスからとにかくこちらへポイントを流す。出来るのかは不明だが、Bクラスのcpを全部こっちに移してもらえれば万々歳ではある。もし通常の手段や契約を用いてできないなら、適当に事件をでっちあげて賠償金という形でcp移譲を提案すればいい。そうすれば、ドンドンとこちらにポイントが流れてくる。実際、過去にあった生徒間トラブルでcpを移譲して賠償とすることもあったらしい。

 

 もし現在のBクラスのポイントを全部こっちへ持って来ることが出来るとすれば、Aクラスの合計は2132cpとなる。月に21万3200ppを貰える計算だ。仮に20万を徴収したならば、月に800万。さっきよりは少しマシだ。Bクラスにも貯めて貰えば良いじゃないかとも考えたが、単純にグラフにすれば効率の悪さが分かる。現状月に14万のクラスと6万のクラスじゃ差がデカすぎるのだ。

 

 今後の試験でどうにか2500、出来ればそれ以上にcpを貯めたい。5000くらいになり、毎月全額徴収すれば、毎月一人はこちらへ移譲できる計算だ。卒業までは大体残り29ヶ月。かなり厳しい期間設定ではあるが、Bクラスの人数がこちらに移動して来る度に徴収できるポイントの量は増える。そうすれば実現可能性は上がるだろう。他にも考えはあるのだが……一番現実的かつ継続的に実施できるのはこの案だと思う。

 

「方策について、考えがあるとだけ申し上げておきましょう。実現可能性は未だに我々も模索中ではありますが、今回の事案は拙速を尊ぶべき案件でしたから、こうしてお話しています。絶対、との確約は出来かねるのは大変申し訳ありません。私の至らなさを恥じるばかりです。とは言え……正気であると、断言致します」

「それに、このアイデアを出したのは私とか葛城だし。元々はこの人の考えじゃないから」

「その通りですね」

 

 真澄さんの言葉に、唖然とした顔で神崎は目を白黒させている。アイデアとして存在していたのかどうかは分からないが、多分考えもしなかったのだろう。それに、現状を維持し続ければいいだけのAクラスが何故自分たちを巻き込もうとしているのかが分からなかったのだと思う。腑抜けている神崎の隣で、一之瀬は不気味に沈黙していた。何かを考えているのは分かるが、実際に何を考えているのかは分からない。場を少しの間だけ沈黙が支配する。それを破ったのは一之瀬だった。

 

「実現可能性が全くない、ってことは無いんだよね?」

「それはお約束します。私もアイデアはありますし、ウチの頭脳労働担当は暇そうにしているので、絞り出してもらえば何かしら出てくるでしょう。普段悪辣な事ばかり考えているのです、この際学校から搾り取る策を何かしら考えてくれることでしょうね。私の考えている具体的手段に関しては、申し訳ありませんが今は開示できません。理由は先ほど申し上げた通り。あなたが拒否するなら、他のクラスに持ち掛けるだけですので」

 

 これはハッタリだ。我々はBクラス以外を求めていない。龍園がこの話を受けることは万が一にもないだろうけれど、仮に受けた場合龍園とそれに従うシンパという嫌な存在を抱え込むことになる。Dクラスに関して言えばもっと酷い。今から底上げをしないといけない人材を十数名も抱えてAクラスを維持するなんてそんな面倒な事はしたくない。それに、両クラスともポイントが少なすぎる。これでは実現可能性がどんどんと低下してしまう。

 

 とは言え、お前たちでなくても良いのだぞというアピールは重要だろう。実際、併合案が通らなくても構わない。我々は予定通りにBクラスを攻撃するだけだ。もし仮に通ったとしても攻撃はしないといけないのだが。なにせ、他のクラスとやり合うことになってしまったら、こちらに流したいcpの一部を持っていかれることになる。それは許容できない。

 

「分かった、取り敢えずそういう案があるってことは理解したよ。でも、どうしてAクラスがそんな事を提案するの? このままポイントを維持できれば、そのまま卒業できる。それに、私たち全員を移籍させるには、さっき神崎君が言ってくれたみたいに8憶ポイントも使う必要がある。そのためには結構な節約生活を強いないといけないよね。そんなことをしてまで、私たちを移籍させたい理由を知りたいな」

「理由、ですか。なるほど。まぁ細かく言えば色々あるのですが、私はあなたが欲しいんですよ。他はまぁ……ついでです」

「……私?」

「えぇ。心技体共に揃っている人物であり、非常に優秀な人材。あなたがいれば、私のクラスはより一層強くなれますし、より一層生徒たちも未来に向かって努力することは出来るでしょう。私はあなたをそういう風に評価しています。ですが、あなたは私が仮にいかなる美辞麗句を並べて、実際に2000万ポイントを用意したとしても、個人で誘いには乗らないでしょう?」

「そうだね」

「その即答が聞けて良かった。そういう人材であるからこそ、ますます我々にとっては有益な存在です。けれどあなた個人をいかに誘おうとも頷いてくれないなら、丸ごとこちらに引き込めばいい。元来あなたを引き込みたいとは思っていましたが、どうしたものかと悩んでいました。ですので、真澄さんたちの提案は渡りに船だったという事ですね」

「……」

「AクラスとBクラスは、少なくとも下位二クラスよりは似通っている部分があります。精神性や勉学に対する姿勢、遵法意識やモラルの面など様々な部分で。ですから、少なくとも下位二クラスを招聘するよりは合併後もやりやすいだろうと、我々はそう考えています」

「一之瀬を引き入れるために、他の全員を引き入れるということか」

「えぇ、その通り。そしてこれが理由の一つ目です。もう一つは単純に、あなた方が現状一番我々を倒しうる可能性が高いクラスである、という事です。そんなクラスと協調関係を築くことが出来れば、今後の安全保障が約束されます。それは大きなメリットと言ってよいと、我々は考えています。無論、これはAクラスの総意ですのでご安心を。私や真澄さんが勝手に言っているわけではありません」

 

 大体この辺で理詰めの話を切り上げる。ここからは感情論の話だ。彼女を切り崩せれば、Bクラスは落としたのと同じ。それはそれで問題があるように思うけれど、とは言え交渉相手としては非常に楽だ。何せ、一人を落とせば最終的に残りの39人もついて来るのだから。そして契約内容も、反発を生むようなものではないと理解している。Aクラスになることが目標なら、手段は何だっていいはずなのだ。

 

「一之瀬さん。あなたはAクラスになりたい。そしてそれはクラスメイト全員と共に、そうなりたい。間違いありませんね?」

「うん、それはもちろんその通りだよ」

「ならばなおの事私の要請を受諾するべきでしょう。この取引が上手くいけば、あなた方は全員Aクラスになれる。無論、一気に全員とはいかないでしょうけれど、少しずつでも最終的には全員がAに所属している。一クラス80人もいますけど、まぁ些細な問題ですね。こうすればあなたの求めている結果は手に入る。どうでしょうか、悪い話ではないと思いますが」

 

 一之瀬が、自分が率いているクラスで、という条件に拘っていなければ受ける内容だと思っている。

 

「確かに一之瀬さん。あなたが率いるクラスでという条件は満たしていません。しかし、手段のせいで目的を見失ってはいけない。あなたの目的は、クラス全員をAクラスにすること。それが最終的であり、かつ根源的な目的であるはずです。無論犯罪などを用いた手段は唾棄されるべきであり、あなたはそういう手段を取りはしないでしょう。しかし私の提案は別に何ら犯罪性のあるものではないですし、手段としては真っ当なはずです。違いますか?」

「違わない、と思うよ」

「ご納得いただけて良かった。どうでしょうか、私の提案は。勿論細かい条件などはこの後詰めていくことになるでしょう。しかし最大限要求に応じるつもりではいます。私の目標は自分の生徒がAクラスの特権など使わずとも、自分の未来を実現することが出来る能力を得られるようにすることです。そのための努力をお願いすることにはなると思いますが、そちらのクラスメイトに出来ないということはありますまい」

「成長できるってことは、私が保証する。一之瀬も、他の人も全員。この人はちゃんと生徒を見捨てない。なんなら、この学校の先生たちとか、私がこれまで見てきた教師よりずっとまともかもしれないわね。少なくとも、私はそう思ってる」

 

 彼女がそんな風に思っていたというのは初耳だった。そういう評価を貰えていたならば、私のこれまでの行動にも意味があったという事だろう。最初の出会いは最悪以外の何物でもないが、とは言えそこから良好な関係を築けたことは安堵するべき事だった。私だって嫌われたいわけではないし、相互利用の関係性であっても良好な関係でありたいとは願っている。

 

 ここまでの話を聞いて、一之瀬の目が泳いでいる。彼女にも勿論プライドはあるだろう。私の提案を受けることは、私に屈したことを意味するのかもしれない。とは言え、それで自分についてきてくれるクラスメイトの目標は達成される。そのためにならプライドくらい捨てて貰わないと困る。目的のためなら手段を選んでなどいられないだろう。自分の目的達成を邪魔するようなプライドなら、犬にでも食べさせておくのが賢明だ。

 

「これまで、AクラスとBクラスは対立してきました。その過程で、私とあなたも同じように。しかし、()()()()()()()()()()()()。大事なのは現在であり、未来です。真澄さんだってそうです。彼女は別に元々Aクラス視点では優秀な生徒というわけではありませんでしたが今ではしっかりと上位にいます。私はあなたとの間にあったこれまでのことなどどうでも良い。大事なのはこれから何を為すかです」

 

 彼女の過去。私は、通常の生徒が知り得ないそれを知っている。無論、それを外部に漏らしたことはない。けれど知っているのなら、武器になるのは事実だ。過去に縛られているのなら、過去など関係ないと突き付ければいい。実際、この学校に来た時点で過去の諸々はリセットされているのだから。それに、元々彼女の罪は既に決着している。今更そんな事に悩んでもしょうがないと思う事もあるが、それは私の感覚が狂ってしまっただけの話だろう。

 

「あなたの大事な仲間たちの未来や夢も、きっと私が叶えられるように努力します。そして必ず、全員で卒業させてみせましょう。それが私の使命であり、目的であり、願いです。一度でも先生と呼ばれてしまったからには、生徒の幸福を祈り、願い、そのために手を尽くし、決してあきらめない。それが理想だと、私は考えます。無論理想は理想であり、実現は難しい。しかし、難しいことは諦める理由にはならない」

 

 畳み掛けるように言葉を紡ぐ。一之瀬も神崎も、今は冷静ではないだろう。困惑と動揺と思考の中にいるからこそ、情報量で押していく。感情論で諭していく。自分自身の考えから、私が差し伸べた手を取ってくれるように。どうせ一之瀬は南雲辺りから誘いをかけられているのだろう。南雲雅と諸葛孔明。彼女がどちらを信頼し、能力が高いと評価するかだ。後者を選んでくれるくらいの実績は残しているつもりでいる。

 

「私と共に来ませんか?」

 

 私がゆっくりと差し伸べた手が横からパシッと叩かれた。目が凄まじい泳ぎ方をした真澄さんが、私の手をはたいていた。私のみならず、一之瀬や神崎も何が起こったのかイマイチ分からないという顔をしている。そんな中、当人はまるで夢から覚めたような顔をして、周囲を見て、慌てて手を引っ込めていた。

 

「どうしました?」

「む、虫がいたから」

「え、ちょっとマジで!? どこ行きました?」

「叩いたから、大丈夫」

「それはどうも。助かりました」

 

 絶対違うだろうと思ったが、取り敢えず追求しないことにした。何か想いがあったのかもしれないが、今優先するべきは彼女では無くてBクラスの方である。それに、神崎は今の説明で納得してくれたようだ。一之瀬は若干何かを察したような顔をしているけれど、特段深く追求するつもりはないように見える。

 

「失敬、些か余計な話を挟んでしまいましたが、私たちならば同じ天を戴けるはずです。この学校は一部の優秀な人材にそうでない人材の面倒を見させ、争い合わせ、そして最後に残った数少ない人間にだけ願いを叶える力を与える。そんな蟲毒のような場所です」

 

 そして、その報酬であるAクラスの権利ですら、実態が不明なかなり怪しい代物である。報酬がどんなものかよく分からないつぶし合い。聖杯戦争みたいな感じがある。殺し合いをしていないだけマシかもしれないが、退学を死に近いものに設定している学校の思惑からすると、殺し合いみたいなモノかもしれない。望む未来を手に入れることが出来る権利、というのは将来が不透明な高校生にとって万能の願望機に近い存在だろう。

 

 さしづめ4クラスのリーダーが4人のマスターで、残り39のサーヴァントを使って戦い合うという具合か。全くもって教育に悪い環境だ。こんなんで健全な生徒を育成できるとは思えない。高度育成の文字が聞いて呆れる。もし本当に高度育成なのだとしたら、一之瀬や葛城のような生徒の良いところを伸ばし、龍園やDクラスの面々の問題点を放置しないで、真っ当な社会人として生活できるように諦めず改善していくべきなのだ。

 

「だからこそ、あなたの善良さを私は欲している。先ほどクラスメイトはあなたのついでと言いましたが、Bクラスの方々もその強い団結力を我々と合併した後も発揮してくださるなら、それは大きな武器となるでしょう。いかがですか?」

「……この話は凄く大きな問題だから、正直私たち二人で決めて良い問題じゃないよね。それは、諸葛君も理解してくれると思う」

「えぇ、無論です。限られた人間だけがクラスの行く末を左右するというのは健全ではありませんからね。そのために、緩慢ではありますけれども私のクラスでは民主主義を採用しているわけですし」

 

 自分の意見を押し通したければ、言論を以て納得させろ。私はそういう運営をしている。そしてそれは同時に、誰が言っているかよりも何を言っているかに注目し、そこで判断してもらうということも意味している。是々非々が出来る事。それが私の求めている人物像だ。

 

「だから、一回持ち帰らせてほしい。クラスで、しっかりと話し合わないといけない問題だろうから」

「構いませんよ。元より、そのつもりでいましたから。その上で一つ。今回のペーパーシャッフル試験、下位二クラスは多分ぶつかり合いとなるでしょう。無論、我々がC

クラスやDクラスを指名すれば、くじ引きの結果次第でそうならない可能性はあります。ですが、そうしない方が良いと、私は考えています」

「CクラスとDクラスには、戦い合って共倒れしてもらうのが理想だから、ってことだよね。それに、この合併案を組み合わせれば、万が一負けてBクラスのポイントが他所に流れて欲しくないってことでもある。もし手を組めるなら、BクラスからAクラスへ絶対にポイントが流れるようにすることもできる。そうすれば、Aクラスの資金力を上げていけるからね」

「その通りです。話が早くて助かりますね」

「そっちは問題ないかな。Aクラスの提案を受けるならここでのぶつかり合いで問題はないし、受けないなら私たちはAクラスを目指している以上、チャンスは逃したくないから」

「では、そのようにお願いします。もしBクラスにて説明しろ、というのでしたらいくらでもしますのでその際はご一報ください」

 

 本来はペーパーシャッフルにおいてどこと戦うか、という話だった。予想外の提案を受けたのは私も同じなのだ。その影響で併合案について頭を悩ませていたが、どっちにしても一番大事なのはAクラスとBクラスが次の試験でやり合う事。それが果たせたのなら、問題はない。あくまでも併合案はその先を見据えた提案だったのだから。

 

 もし一度受けないという選択をして果敢に挑んできたBクラスが敗北した場合、もう一度提案したら通る可能性もある。それならそれで構わない。プライドを粉砕した段階で手を差し伸べれば、人間は怒りか諦めのどちらかになる。怒ったところで現状が同にもならないことを、その時の一之瀬は理解しているだろう。

 

「そちらから何かありますか? 何も無いようでしたら以上になりますが」

「俺は何もない。取り敢えず、考えさせてほしいとだけしか言えないな」

「分かりました。とは言え、そう時間はかけられません。なるべくお早めに。一之瀬さんはどうですか?」

「……諸葛君は、何のためにAクラスでいたいの?」

「それを聞いて何になるのかは分かりませんが……Aクラスでいる目的、ですか。私にはそのようなモノは特にありません。別にDクラスだろうが構わなかったでしょう。巡り合わせの末にAクラスになったというだけで。私は、私の生徒が望むからAクラスにいられるよう努力しているだけです。私個人の願望など、特にありません。強いて言えば、先ほど言ったように全員卒業させることくらいでしょうか」

 

 ここへは仕事で来ているのだ。仕事に願望もクソも無いだろう。私個人の願望は存在しているけれど、ここでは叶えられない。だから、聞いたところで意味はないのだ。

 

「ご納得いただけましたか」

 

 私の言葉に、一之瀬は小さく頷いた。

 

「それは何より。それでは、吉報をお待ちしております」

 

 二人は帰っていく。バタンと閉まる玄関ドアの音を聞いて、小さくため息を吐き出した。机に残されたカップと皿を洗い場に持っていく。私たちだけしかいなくなったこの空間には、やや気まずい沈黙が流れている。水の流れる音だけが響く中、私は仕方ないと思いながら口を開いた。

 

「で、さっきは何であんな事した」

「……」

「上手い事取り繕えたから良いけれど、あそこは大事な交渉の場だった。もしかしたら、Bクラスとの話し合いがご破算になるということもあり得ない話じゃなかった。いいか? 君は君が思っている以上に周囲への影響力がある。一之瀬は私を見ながら、時折君のことも観察していた。今や、Aクラスのナンバーツーは君だと思われている。少なくとも、女子の代表だとは思われている。そこは理解してる?」

「一応」

「じゃあ、なんであんな事したのか説明してもらおうか」

「……言いたくない」

「……」

 

 私が咎めるような視線を送っても、彼女は無言で目を逸らすだけだった。少しムッとしたけれど、何かしら思うところというか、大きい理由があったのだろうと思い直す。もちろん、あんなことは2度としないで欲しいし、タイミングを考えて欲しいけれど、とは言え今回は何とかなったのも事実だった。

 

「どうしても言いたくないなら言わなくても良いけど、次からあんなことしないでくれ。交渉は大事だ。それに、今回の案は君が言い出したことでもあるんだから」

「分かってる」

「分かってるなら、その不貞腐れた顔は止めなさい」

「……ごめんなさい」

「はい、よろしい」

 

 言われれば素直に謝る。謝るくらいなら、最初からやらなければ良いと思うのだが、中々人の心というのは難しい。どうでもいい人間の心なんて大体読み取れるというのに、こんなに身近にいる人の内心はよく分からない。彼女が何を考えて、一之瀬に差し出した私の手をはねのけたのか。まるで、一之瀬がその手を取るのを拒むように。一之瀬が仮にその手を取ったとしても、真澄さんには何の影響も無いことくらい、分かっていると思うのだが。一之瀬は信頼できる人間だが、全部を開示できるわけじゃない。所詮、クラスメイトとしての付き合いとなるだろう。真澄さんと比較しようにも、そもそも土俵が違うのに比較なんて出来ない。

 

 だからこそよく分からない。とは言え、分かってると言ったのだから取り敢えずはそれを信じることにした。今のところは、それで十分なのだろう。それに、私の思った通りに行動してくれない部下なんて、割と慣れているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、Aクラスは早速ペーパーシャッフルのための準備段階として、私が作成した問題を解いてもらう時間を取っていた。その前に、全体に昨日の件を報告する。私はあくまでもクラスの代表者に選出された存在だ。有権者であるクラスメイトに対し、政策の実行段階を説明しないといけない。そういう部分も含めて、私はこの地位を任されていると理解していた。

 

「昨日、Bクラスと交渉を行いました。一之瀬さんはこちらの提案について理解はして頂けましたが、重大案件につきクラス内で話し合いをしたい旨を申し出てきましたので、それを了承し今に至ります。肝心のペーパーシャッフルに関しては、併合案を呑む呑まないに拘わらず、ABでやり合った方が良いという意見に同意してくれています。ディスカッションの大元であったBクラスと戦うべきという提案に関しては問題なく実現できそうです」

 

 あくまでも併合案はディスカッションの際に出てきた、Bクラスと戦うべき理由の一つに過ぎない。それに拘って本質を見失ってはいけない。Bクラスと戦うというのが目的だった。それが八百長になるかどうかは今後の展開次第ではあるが。さて、早速本題の問題解答に移ろうと思った矢先、手が上がる。このタイミングで何を言いたいのか、とやや訝しく思いながらも、その挙手に応えた。

 

「どうかしましたか、坂柳さん」

「Bクラス併合案に関しまして、2つばかりご提案できればと思いまして」

「そうですか。では、お願いします」

「まず1つ目ですが……これは些か諸葛君には嫌な提案かもしれません。南雲会長のことがあまりお好きでないというのは事実でしょうか? 葛城君からそういう旨を伺っていますが」

「えぇ、まぁ」

「そうですか。ですが、彼の目的は先日の演説でも言っていたように『実力ある生徒は上に、実力のない生徒は下に』というモノです。これについて私は、クラス間移動を活発化させるという目的であると理解しました。であればこそ、Bクラス併合案という多人数を移動させないといけない案の実現可能性を高めるためには、南雲会長と部分的な協力を行いクラス間移動をやりやすくするよう学校に働きかけるのが効果的であると考えます。実際に協力できるかは不明ですが、まず交渉してみるのも一つの手かと」

「……なるほど」

 

 確かに彼女の言う通りではあるだろう。南雲がどうしてそういう考えに至ったのかは不明だが、多分彼はクラスで連帯責任のようになっている現状を嫌っている。そこには一定の正当性があるのも事実だ。例えば、初期Dクラスは授業態度のせいでポイントをすべて吐き出したが、逆に言えば真面目に受けていた生徒もいる。それはとばっちり以外の何物でも無いだろう。そういう存在の救済と考えれば、南雲の考えも理解できなくはない。

 

 そして困ったことに、Bクラス併合案とクラス間移動の活発化を目指す南雲の政策は、非常に相性がいい。坂柳も嫌なところを突いて来る。私が嫌そうな顔をしているせいか、いつもより楽しげだ。そういう表情をしていた方が良いだろうと思っていたが、案の定である。

 

「分かりました。一度生徒会を訪れてみることにしましょう」

「私たちのリーダーが、個人の感情ではなく大局を見て動けることに感謝します」

「それはどうもありがとうございます。それで、2つ目はなんでしょうか」

「2つ目は金策に関してです。併合案は8億ポイントもの大金を使用する案ですので、今後は一層ppに関して貪欲になっていく必要があるでしょう。今回の試験も金策に利用できないか考えました。とは言え、搾り取る相手はBクラスではなく下位二クラスでないといけません。そこでですが諸葛君。Bクラスに出すモノとは別に、テスト問題を作れませんか?」

「出来ますが……あぁ、なるほど、そういう……」

 

 彼女の考えていることは理解できた。彼女の目と口元がゆっくりと弧を描いていく。まるで昔話に出てくる意地の悪い猫のようだと、不意にそんな事を思った。私が察した内容と自分の考えていることが同じであると、彼女も理解したのだろう。その笑みはどんどん深くなる。そして、悪辣ではあるが有効な戦略を語るべく、その口を開いた。

 

「その問題をCクラスとDクラスに売りつけようではありませんか」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。