ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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教えることのできない子供というものはない。あるのは子供達にうまく教えられない学校と教師だけである

『モーティマー・アドラー』


42.檻

「はい、ありがとうございました。皆さん、お疲れ様です」

 

 私の作った問題のデモ版をクラスメイトに解いてもらい、その正答率で以てBクラスに出題する難易度を変更する。その作業が今終了した。皆一様に疲れた顔をしている。休日なのに全員引っ張り出してきて、一日問題解答で終了したのだから、それも仕方ないだろう。この作業はBクラスに出す問題作成にも有効だが、彼らにとっても自分の実力を学校のテストよりも難しい基準で測定するいい機会になる。決して徒労で終わることがないようにはしているつもりだ。

 

 Bクラスから退学者が出ては協力などできない。とは言え、負けるわけにもいかない。微妙な塩梅を突くのは中々難しいが、出来ない話も出ないだろう。難しい問題と最低限取れる問題を用意しておけば、解ける問題だけを解いていれば退学することはないくらいの点数は取れると思う。

 

 こちらも色々な対策はしており、クラスメイトの勉強は随分と進んでいる。元々学校のカリキュラムを半ば無視して、最難関大学合格用にカスタマイズした独自のカリキュラムを組んでいた。ペーパーシャッフルごときで揺らぐような教え方はしていない。

 

「皆さんの結果は本日中に採点し、フィードバックを行います。明日の朝か夕方くらいまでには各自のメールに送信すると思いますので、確認した上で自身の勉強に活かしてください。何か質問などあれば、いつも通りいつでもどうぞ。Bクラス向けの問題は皆さんへのフィードバック送信後に調整を加えます。先ほど坂柳さんから提案のあった売りつけるというアイデア用の問題も、その後に作成します。まぁさほど時間はかからないでしょう。数日以内に終わると思いますのでご心配なく」

 

 予定は特に問題なく推移している。この後は南雲と対談し、明日くらいには龍園か堀北と会うことになるだろう。金払いが良いのは間違いなく前者だが、信用度は後者の方がまだマシである。もっとも後者は金払いが良いどころか、資金繰りに苦しんでいそうな気配すらあるけれど。問題作成は順調だし、採点は今晩中に終わるだろう。万事予定通りだった。

 

 特に問題ないという報告をしているのに、クラスの中は微妙な空気が漂っていた。何か問題でもあったのだろうか、見落としている問題があるのかもしれないと考え始めたところで、葛城が遠慮がちに手を挙げた。

 

「どうしましたか?」

「クラスのために尽力してくれているのはありがたいが、ちゃんと休息をとっているか?」

 

 そんな事を聞いてどうするのだろうと思いながら、私は問われた事への回答をする。

 

「えぇ、まぁはい。ちゃんと寝てますよ。毎日三時間くらいは」

「いや、それはちゃんととは言わないと思うが……。それにそういう生活ではストレスもたまるだろう」

「私にとってはこれくらいで十分ですから。自分の感情のコントロール方法は心得ていますし」

 

 えぇ……という空気感がクラスに満ちる。坂柳ですらちょっと呆れた顔でこちらを見ていた。基本的にあまり暇な時間はない学校生活を送っているが、特にそれで疲れたと思ったことはない。なにせ、生命や身体の危機は存在しないし、凄まじく緊張感を持ちながら活動しないといけないようなことも無い。そういう意味では非常にストレスフリーだった。

 

 それに、一人ぼっちでいるわけでも無い。会話相手がいるのは、精神衛生上結構大事な意味がある。気分転換はすることもあるけれど、クラスメイトが感じるような窮屈さは特に感じていない。

 

「とにかく、私は問題ありませんので、皆さんは引き続き研鑽に励んでください。よろしくお願いします」

 

 強引に話を切り上げて、解散してもらう。私のパーソナルな部分はあまり人には見せていない。見せない方が良いとも思っている。多少ミステリアスな方が、このクラスにおける私のキャラクター的には合っているだろうから。

 

「よく言うわよ、たまにソファーで爆睡してるのに」

「たまにね、たまに」

 

 思い思いに帰っていくクラスメイトを眺めながら、呆れた声で話しかけてくる真澄さんに反論する。別に毎日そんな状態なわけじゃない。寝なくても活動は出来るけれど、眠いことはある。出来れば夢を見ないで済む深い眠りだけでありたいのだ。夢を見ても、大体は悪夢であり、夢を見た日には大体最悪な気分で起きる羽目になるのだから。

 

「それに、感情のコントロール方法って、私が勉強してる横でアニメ見てること? もしくは配信されてるライブ映像を見ながらペンライト振ってること?」 

「……別に良いじゃないか、趣味なんだから」

 

 この学校の良くないところは外に出られないことだ。あまりそれでも困りはしないのだが、ライブに行けないのは時々イラっとすることもある。しょうがないので配信を見ているけれど、現地に行きたいと思う時もあるのだ。推し活するのに、この学校程向いていない空間もそう無いだろう。

 

「悪いとは言ってないけど、たまに大丈夫かなこの人って思う時があるから」

「思ってても言わないでくれると嬉しいんだけど、特に公衆の面前で」

「あと、CD三枚もいらないでしょ」

「いる」

「いや、いらないって絶対」

「いるから買ってるんだ。去年やっと一位になったんだから、私の推しは」

「はぁ……そう……」

 

 興味無さそうな顔になっている。お互い、趣味にはあまり干渉しないのが意外と上手くやるコツなのかもしれない。

 

「そんなに良いの?」

「CD聞く?」

「まぁ……あるなら。というか、なんでそんな嬉しそうなの」

「自分の好きなモノに興味を持ってくれるのは嬉しいじゃないか」

「普段からそういう風にしてれば良いのに。アンタはあんまり自分の事を話したり見せたりしないけど、もっと自分を出しても良いと思うわよ。()()っていう装置じゃなくて、生きてる人間なんだから。クラスメイトだって、そっちの方が親しみ持てるだろうし。今のままじゃ、何か人間味が無いみたいだし」 

「そういうもの?」

「私はそう思うけど」

「……まぁ、考えておく」

 

 確かに、彼女の言う通り本国にいた頃や中学にいた頃はもっと自分を出していた部分があった。今はやらないといけない事に突き動かされていたのと同時に、弱味なんて見せないようにと覆い隠すため自分を出さないようにしていた。とは言え、クラス内での立場がかなり安定したこの状況では、彼女の言う通りにした方が良いのかもしれない。少なくとも、一考の余地はあった。

 

 そういう風に言ってくれる存在でいてくれるだけでも、彼女の存在はありがたい。他の生徒は思うところはあっても、クラスのために貢献している以上あまり積極的に言ってはこないだろうから。ズケズケと指摘してくれるのは、彼女くらいだった。これで私の推しを一緒に推してくれると嬉しいのだけれど……それは高望みというモノだろうか。そんな事を思いながら、小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に訪れるのは、五月以来の話だった。あの頃はまだこんなことになるなんて、全く思っていなかった。元生徒会長である堀北学の誘いを断って以来、葛城を送り込んだことで生徒会に用事なんて無いと思っていたのだが……どういう因果か、私はここに来ている。生徒に是々非々の判断が出来るようになってほしいと思っていたら、まさか自分がそれをする羽目になるとは何とも皮肉な話だろう。

 

 個人的にあまり好きではない相手だったとしても、自分の状況を有利にする可能性があるのなら交渉しないといけない。それは重々承知しているのだけれど、私だって人間なのだから、気が進まない事だってある。坂柳はそれを承知の上で私に行くよう促したのだろう。それで多少なりとも彼女の溜飲が下がるなら、この対談が何の成果も無いまま終わったとしても意味はあったと自分を慰めることは出来る。既に葛城を通じてアポイントメントは取っている。

 

「お前がここを訪ねてくるとはな。正直言って意外だったぜ、諸葛」

 

 生徒会室の椅子に座りながら、尊大に足を組んで、私が対談をするべき相手である生徒会長殿はこちらを見ている。とは言え、態度こそ大きいものの、その実私を警戒しているのが見て取れた。無理もない話だろう。体育祭で彼を撃破したことで、彼の中における私への警戒度は相当高くなっているはずだ。一年生の中でも、恐らく有数に。

 

「それで、どういう風の吹き回しだ? 生徒会に入りたいって言うんなら歓迎するぜ」

「いえ、本日はその様なお話ではありません」

「そうか。それは残念だな」

 

 リップサービスなのか本心なのか。私に向かって南雲雅はそう言った。雅さとは無縁の姿ではあるが、多くに囲まれ憧憬を集めてきた人間特有の自信が垣間見える。

 

「そう言えば、今日はいつも一緒のヤツはいないんだな」

「真澄さんですか? 彼女は置いてきました。彼女には彼女でやるべきことがありますし、あなたの毒牙に万が一にでもかかる事になってしまっては困りますので」

「言ってくれるな。生憎と、俺はああいう女は好みじゃない」

「そうですか。というより、この話はまだ続きますか?」

「良いじゃないか。俺とお前は堀北先輩を通じて知り合ったみたいなもんだ。お前は一方的に俺を知っていたようだが……実際にやり取りをしたのは体育祭関連の時が初めてだろう? 俺がお前のことをよく知らないように、お前も俺を断片的にしか知らない。会話で見えてくるものもあるだろうぜ。異性の好みは意外と、相手を把握するのに役立つ。俺はそう思ってる」

「まぁ、それには一定の同意はしますが」

 

 望む存在になる。それが私の仕事、というより諜報員の仕事でもある。相手の懐に入り込み、騙し、篭絡し、全てを盗み取る。全てとは文字通りだ。情報、身体、生命、時には心すらも。そういう経験を持っている身としては、確かに異性の好みを、時には同姓の好みを知るのは相手の把握に大いに役立つモノでもあった。その裏に隠れた心理状態だったり経験が見えてくることもある。

 

「お前の容姿なら、他にも幾らでも相手はいるだろう」

「一つ勘違いを訂正いたします。私と彼女は確かに協力関係であり、言ってしまえば私が主であり、彼女は従です。しかしながら、あなたのお考えになっているような関係性ではありません」

「……お前、適当な事言ってるんじゃないだろうな」

「いえ、これに関しては嘘はありませんよ」

「……」

「何か?」

「いや、釣った魚に餌をやらないとは、お前も趣味が悪いと思ってな」

「餌は渡していますとも。事実、彼女は成長しているでしょう? Aクラスに入った時点で優秀と判断されてはいましたが、それでもクラス内では下位層だった彼女も、今や立派なトップランカーです。無論、彼女自身の努力と研鑽もあるでしょうけれど、手前味噌ながら私の功績が一定以上存在しているとは自負しています。生徒会なら、そういう情報もすぐに閲覧できると聞いていますが」

「そういう事じゃないんだが……まぁいい」

 

 どういう理由かはよく分からないが、何かしらに対してため息を吐いた後、南雲は姿勢を正して私に向かい合った。

 

「本題に入ろう。1年Aクラスのリーダーが生徒会入り希望以外で何をしに生徒会室に来た。俺とのんびりお喋りをしよう、っていうような性格じゃないだろうし、俺もそこまで暇じゃない」

「分かっていますとも。本日は生徒会長、あなたの政策についてお伺いしたいと思ってこうして足を運びました」

「俺の政策?」

「えぇ。先日の生徒会役員交代の際、あなたはこう言った。『実力ある生徒はとことん上に、実力のない生徒はとことん下に。』とね」

「そうだな。それが俺のマニフェストだ」

「しかしこれはあくまでもスローガンであり、目標達成後に存在しているべき理想像です。つまりは目的であり、手段ではない。私は、あなたが言うような学校にするための手段を聞きたいと思っています。出来れば、そう考えるに至った理由を」

「聞いてどうするつもりだ? お前が帆波の周りを嗅ぎまわっているのは掴んでいる。そんな学校は認められないだろうと、帆波を唆すつもりか?」

「唆しているのはお互い様でしょう? それに、そういう風になるのかはあなたの話次第です。もしかしたら、私を納得させて友軍とすることが出来るかもしれませんよ? それは、あなたの望むところではありませんか?」

「……生意気な後輩だ」

「思い通りになる存在より、ならない存在の方がお好きかと思いまして」

 

 私の薄い微笑みに、彼はうんざりしたような顔をして目を逸らした。少しの間沈黙が私たちの間に流れる。しばしの時間を経た後、南雲は口を開いた。

 

「良いだろう。俺の目指すべき姿は、クラスに縛られない学校だ。お前は、この学校のクラス制度をどう思う」

「そうですね。団結を生む、という意味では良い部分もあると思います。しかしながら、連帯責任では一部の生徒の負担が増してしまう可能性もありますね。そういう意味では一長一短あると言えるでしょうか。ありきたりな感想で申し訳ありませんが」

「いや、構わない。俺も同じことを考えて、そして特に今お前が言った短所の部分が許せなかった」

「なるほど?」

「1年Dクラスを見てみろ。あそこには優秀だが脛に疵を持つヤツや性格に問題のある奴もいる。逆に、性格に問題はないが単純に実力の低いヤツもいる。どっちもダメな奴もな」

「そうですね」

 

 堀北妹や櫛田などは脛に疵を持っていたり、性格に問題がある人物だろう。運動と性格に難のある幸村などもいる。逆に、平田にどういう過去があるのかは分からない。性格も能力も、Aクラス相当ではあると思うのだが。

 

「1年Dクラスは色々な生徒がごちゃ混ぜになった空間だ。平均値は高くないが、その代わり突出した異常値がいる。それは大なり小なりどこのクラスでも似たような状態のはずだ。平均値はクラスが上がるにつれて高くなるが、異常値が存在していることに変わりはない。Aクラスで言えばお前や坂柳だろうな。Bクラスは帆波だ。Cなら龍園だろう。今の学校の制度では、言ってしまえば最低限のランクさえクリアしていれば、その異常値に寄生していればどうにかなる。それはおかしいとは思わないか? それは本当に実力主義と言えるのか? 俺はそこに疑問を感じていた。入学して、Sシステムについて知ってから、ずっとな」

「だから、その寄生者を排除してきたという事ですか? あなた自身のクラスメイトであろうと」

「その通りだ。働かざる者食うべからずというが、それと同じこと。研鑽を積まないヤツは必要ない。足を引っ張られるのはごめんだ」

 

 南雲の考えは、一定数の正当性が存在していた。確かに彼の言う通り、退学しない程度スレスレを彷徨っていても、リーダーや上位層が優秀ならば生き残ることが出来るのだろう。Aクラスになれるかは別としても、取り敢えず卒業することだけならできるかもしれない。或いは、運が良ければ何の実力もついていないけれど、リーダーのおかげでAクラスで卒業出来ました、という事もあり得ない話ではないと思う。

 

 現に、今のDクラスでも綾小路や堀北などに頼ればどうにかなってしまいそうな生徒が散見される。確かにそれが実力主義かと言われると、頷き難いところはある。果たして学校でそこまでの実力主義が必要なのかという前提はあるにしろ、その前提を仮に良しとするならば、南雲の考えにも正当性が生まれる。

 

 この学校の評価軸ではあるにしても、勉学や運動などはどこに行ってもそこまで評価軸は変わらない。せめてそこだけでも伸ばせるように努力することもしないで、上に行く存在。それが許せないという想いに至ったのは、南雲自身が実力者だったからだろう。そして彼は天才というよりは、どちらかと言えば努力型なのかもしれない。

 

「クラスは檻だ。優秀な奴を縛り付ける檻。俺の学年も、上の学年にも、下のクラスであっても優秀な生徒はいた。優秀だが問題のある奴はともかく、問題を改めたのにも拘わらずクラスに足を引っ張られて、大多数の無能のせいで最後まで報われなかった奴もいる。それは実力主義とは言えない」

「それは、あなたの動機であると?」

「そうだ。他にも個人的な感情やら、俺自身の世間的には良くない性格があるのも事実だ。とは言え、今言ったことは別に嘘じゃない。俺はな、フリーライダーが嫌いなんだよ。俺を崇めるのも憎むのも憧れるのも好きにすればいいが、何もしていないのに俺の成果にただ乗りしようとする連中には反吐が出るな」

 

 南雲の考えは理解できた。共感できるかどうかはともかく。

 

「あなたの感情について、理解は出来ました。では、あなたはクラスという檻を破壊するべく、どのような行動をするつもりなのですか?」

「この学校のクラス制度を成り立たせているのは、クラスでまとまった評価をされてしまうことだ。つまり、個々人よりも全体の平均値を求められる。それは今お前たちがやっているペーパーシャッフルでもそうだろう? どこのクラスを攻撃するつもりかは知らないが、検討する時に絶対に平均値は意識するはずだ」

「えぇ、確かに」

「だからこそ、個々人に目を向けられるようにする。具体的には、生徒一人一人にパラメーターを設定する。学力、身体能力、協調性……社会貢献性なんてのもあっていいかもしれないな。学校側が個々人をどのように評価しているのかを数値化する。そうすれば、同じクラス内であっても上にいる存在と、それに寄生しているだけのヤツがすぐに分かる。逆に、直すべきところや評価するべきところが一目瞭然になれば、自己研鑽にも使えるだろう」

 

 存外まともなアイデアが出て来て困った。これで何かとんでもないことを言っていたら適当に話を切り上げて帰ろうと思っていたのだが、出てきた案がかなりまともだと思う。確かに現在可視化されている評価は各テストの点数だけだ。それ以外を学校がどう評価しているのかは分からない。

 

 私個人の意見としては、こんな学校の評価軸なんて正直どうでも良いのだが、全く参考にならないというわけでも無い。運動能力とかは誰が評価しても大体変わらないだろうし、勉学に関してはこのレベルの学校がしてくる評価に満足されても困るとはいえ、高い評価を貰うに越したことはない。

 

 教える上でも学力がどの程度伸びれば評価につながるのかを考えることも出来るので助かることになるだろう。目標は見えやすい方が、教える方も教わる方もやりやすいしやる気を出せるというものだ。

 

「……」

「なんだ、反対か?」

「いえ、存外まともで驚いています」

「失礼な奴だ」

「失敬、しかし称賛して良いと思いますよ。というよりなんで今までやっていなかったのか、不思議なくらいですらあります」

「この学校は秘密主義だ。五月に言われただろう? 個人の評価軸は明かせないと。確かに虐めに繋がる可能性もあるからな。とは言え、一方的にクラス分けをして上も下もごちゃ混ぜにしておきながら評価基準は明かせません、じゃ努力のしようがない」

「この学校は、元から持っている能力で戦うことを前提としているのかもしれませんね。持っていない者が持てるように努力することを、学校側はそこまで重要視していない。そう考えることも出来そうです。もしそうなら、高度育成が聞いて呆れます。育成するのは、バレないように罪を重ねるやり方と悪意だけということになりますし」

「お前、この学校は嫌いか?」

「好きではないのは確かです。良い出会いがあったのでそこには感謝していますが」

「そうか。俺は嫌いじゃないがな。遊び場には丁度良い」

 

 そういうのが無ければあまり好きでは無いけど手を結ぶ、という行動に対するハードルもぐっと下がるのだが、と内心で思った。もう少しこう、猫を被るという行動をしてくれると助かるのだが、それが出来るならもうしているだろう。考えるだけ無駄な話かもしれない。

 

「話を戻す。こうやって個人の評価を可視化する。その上で、クラス間移動をもっとやりやすくする。そうすれば、上のクラスは優秀だが下で燻っているヤツを引き抜ける」

「実力が下なのに上のクラスにいる生徒については?」

「そうだな。退学のペナルティを減らす或いは無くす。他には退学の代わりに下のクラスに強制移籍、というような制度も悪くないかもしれない」

「上に行きやすくする、の具体的な方法についてはどうでしょうか」

「これはもう一つしかないだろう。二千万ppでは高すぎる。これを最低でも半分にする。そうすれば、よりクラス間移動は加速する。できれば四分の一くらいにしたいな」

 

 これが実現されれば、Bクラス併合作戦は凄まじい速度で完遂することが出来るだろう。望ましくない者が上に来る可能性もあるが、クラス間移動は移動する側の責任者と移動を望む生徒が双方合意していないと出来ない。なので、恐らくは大丈夫だろう。そうじゃないと本人の意思を無視した人身売買が可能になってしまうし、勝手に来られても困るという移動先のクラス側の問題も生じる。

 

「まぁざっくりとこんな感じだな。他にも色々考えていることはあるが、まだ思い付きの段階を出ない。誰かに聞かせるような完成度にはなっていないな。どうだ、この話を聞いて。お前が俺の事が好きじゃないのは分かってる。そういうのは誰にだってある。生理的に受け付けないという事がな。とは言え、お前はそれを呑み込んでここに来た。それが出来る人間だ。そういう合理性のある奴なら理解できるだろう? 俺の提案は間違っているか?」 

「言いたいことが無いわけではありません。今の制度だったとしても、もしもっと各クラスに教え導ける存在がいるのだとすれば、クラスを維持したままでも平均値を上昇させ、フリーライダーを防止できるかもしれません」

 

 本当なら、そういう学校であって欲しかった。私が仕事でここへ来ている。自分が動いて学校を変えたりする必要なんてないし、クラスメイトがどうなろうと本来の業務的にはどうでも良い話だ。けれど、私を頼っている生徒がいるのに、知らん顔は出来ない。本当は、正しい意味で切磋琢磨出来る空間であって欲しかったし、仕事とは言えそういう期待もあった。それは見事に裏切られたわけだけれど。

 

「それは無理な話だな。この学校の教師はそういう事をしない。誰もがお前みたいになれるわけじゃない。逆に聞くが、お前ならどうするんだ。お前に寄生する連中がいた時に、どう動く」

「そうですね。私にできることは教えることくらいですから。どうにかして努力し、研鑽し、実力をつけて、自分の将来のために必要な能力を蓄えられるように促し教導するでしょうか」

「なるほどな。流石、()()()()ということか。或いは俺も、お前のような能力があれば()()なんてのをやらなくても良かったのかもしれない。だが、現実はそうじゃない。お前は教育で全てが救え、よりよくできると思っているのかもしれないが、世の中には救えないモノもあるんだぜ」

「理解しているつもりです。それに、そういう存在がいることも認識しています。とは言えそれは、目の前にいる生徒の教導を放棄して良い理由にはならない」

「……」

 

 南雲は沈黙した。私の言葉に対して、彼がどう思っているのかは分からない。けれど、彼もある意味では被害者なのかもしれない。己の実力が正しく実力なのか、それとも周囲に恵まれなかっただけなのかが分からないまま藻掻かざるを得なかった、一人の被害者なのかもしれない。だとしたら、それを救えたはずの存在が何もしなかったことは、唾棄するべきことだ。

 

 南雲は優秀だろう。少なくとも、無能ではない。けれど、それでもまだ高校生だ。戦火も絶望も知らない、平和なこの国で生きてきた、十七歳の子供に過ぎないのだ。それを悪いことだとは思わない。自分が苦しい人生を送って来たからこそ、そんなものを他の人に味わってほしいなどとは思ったことがない。絶望や災禍なんて、子供が知るべきモノではないのだから。

 

「あなたのお考えは分かりました。私の求める戦略の実行に、あなたの考える政策は合致している。私個人としては幾分業腹なところもあるとはいえ。ですので、あなたが先ほど自身でお話になった政策を実行するというその一点に限っては、私はあなたの味方となりましょう。署名が必要ならば協力しますし、学校側と論戦を行うというのなら加勢します。とは言えそれ以外に関しては、是々非々で行かせて頂きますが」

「ほう、随分と強気な発言だな。お前を俺が力で屈服させるとは思わないのか? お前も学年を相手にしながら俺と戦うのは嫌だろう」

「それで私に負けたら、あなたの理想は叶えられない。それはご自身が一番よく理解しておられるのでは?」

「俺が負けると?」

「逆に負けないと? 先日の体育祭の記憶が薄れるのには、まだ日が経っていないように思いますが」

 

 私の言葉に、南雲は少し苦みを抑えたような顔をする。堀北学以外が目に入っていなかった彼にとって、私に敗戦したことはまさに寝耳に水の如く予想外の展開だったのだろう。

 

「……いいだろう。お前の提案を受け入れる。確かにあの時言った通り、今はお前の方が強い。切り捨てるより、導く方が多分強いんだろうな。その方がずっと時間も根気も必要で、問われる能力も多い。やり合うよりも、俺のマニフェストの面では手を組んだ方が良いだろう」

「ご理解いただけたようで何よりです」

「だが、前にも言ったように、お前は俺が自ら倒すのに相応しい相手だ。俺がお前に膝をつかせるまで、倒れるなよ」

「あなたこそ、つまらぬ死に方をしないようにお気を付けください。あなた個人のことなどどうでも良いですが、あなたの政策は役に立つ」

 

 私を倒したい南雲、彼のことなど別に倒したいとも何も思っていない私。我々の間には明確な温度差が存在している。とは言え、それは今はさして問題にはならない。私たちAクラスの目指すべき戦術的な目標はBクラスの併合だ。そのために必要な手段として、南雲は存在している。彼にとってすれば私は理想を叶える手段であり駒であるのだろう。同時に私にとっても、南雲はそういう存在だ。ある意味で、対等とすら言えるかもしれない。

 

「では、以後よろしくお願い致します」

「あぁ」

 

 私は引きつった笑顔で差し出された手を握る。向こうもきっとあまり良い感情ではないのだろう。それでも我々は協力することにした。お互いの求めるモノを手に入れるために。

 

 これは堀北学との契約には反していない。私が契約したのは、彼が生徒会長である間、南雲に従わないように一之瀬と葛城を行動させるというもの。私がどうするのかに関しては契約の外にあるし、そもそも堀北学は既に生徒会長ではない。南雲を御すためには彼の協力が必要になることもあるが、別に南雲を粛清したいわけでも無い。南雲がBクラス併合計画のために有益であり、かつこちらに害を加えないのならば、それで構わないのだ。

 

 外交とは馬と騎手の関係であり、我らは常に騎手たるべし。それはこの関係性においても変わらない。私はあくまでも彼を利用するだけだ。私の生徒の、より良い未来のために。もしかしたら先ほど考えたように、彼も被害者なのかもしれない。だとしても、私に全てを救うことは出来ない。

 

 私がどうにか出来るのは、私の手の届くところにいる存在だけだ。そうであるのなら、どうにかしようとはするだろう。例えばそう、坂柳のように。

 

 生徒会室を後にして、少し薄暗くなった廊下を歩く。どうにかしようとするのは、そう出来るから。そうしないといけないから。一応でも教師役を担っている人間として、そうするべきであるから。そういう義務感のような何かに突き動かされている。全ての生徒に対して、そういう感情から私は動いている。

 

 

 

 

 

―――――本当に?

 

 私の頭の中で何かがそう問いかける。本当に全ての生徒に対してそう思っているのか、と。その答えを私は多分知っている。けれど、解答しない方が良い答えというモノも、この世界にはきっと存在しているのだろう。

 

「取り敢えず、今日の夕飯でも作るか」

 

 ひとまず空腹の彼女がしびれを切らす前に、帰ろうと思った。今はきっと、それくらいで良いのだろうと自分にそう言い聞かせて。




年代設定はよう実の原作第1巻発売年(2015年)にしています。
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