ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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Heaven helps those who help themselves.(天は自ら助くる者を助く)

サミュエル・スマイルズ『自助論』


45.会盟

「以上がこれまで話し合われ、ある程度骨子の出来上がった金策になります。皆さんにはしばらくの間節約生活を強いることになりますが、ご理解いただけますと幸いです。また、現時点でお持ちのppをほぼ全て供出して頂くことになります」

 

 私は先日話し合った内容を自クラスで伝えている。やはり自分のクラスが足場になるので、そこをしっかり抑えておかないと色々なことを進めるのに差しさわりが出る。そのため、丁寧な説明を心掛けるようにしていた。

 

 8億ポイントを用立てる目途ははっきりと出来たわけではない。けれど何もなかった状態よりは少なくとも進展している。いくつものアイデアが話し合いの中で生まれ、それらを同時並行しながら進めていくことで最終的には目標金額を達成する見込みだ。最悪の場合の手段は私の本国にいる部下が考案したので、追い詰められたらそれを実行するしかないが、取り敢えずは比較的まともな方法でどうにか出来るとは思う。私の説明を聞いたクラスメイトの反応はまちまちだった。

 

「マジかぁ……」

「まぁ、そうなるよね」

「8億だもんな……」

 

 分かってはいたが、それはそれとして今まで十四万近く毎月振り込まれる状況だった事が災いして、あまりいい顔にならない生徒が多い。こればっかりは仕方ないだろう。Bクラスを吸収する必要性に関しても、まだ全員がきっちり納得したわけではないはずだ。一応全体の決定として決まったから従っているけれど……という生徒も一定数いることは理解している。

 

「しょうがないんじゃねぇの? 元々中学時代の頃なんて小遣い五千円もあればいい方だっただろ? 一応一人暮らししないといけないとはいえ、それでも一万くらいもあれば無料と割引の商品でなんとかなる。中学時代に戻ったと思えば、納得も出来るだろ」

 

 橋本の声が少し沈み気味だったクラス内に響いた。これは私の仕込みではあるが、上手く機能している。実際中学時代に自由に扱えたお金なんてそう多くはない生徒が多いはずだ。まだ未成年なのに生活費込みとは言え毎月14万ももらえているのがおかしい。そもそも、生活費だって水道電気通信などは一切払っていないし、食費だって無料商品などを使えば全然生活できる。Dクラスですら0ポイントで一ヶ月以上生活出来たのだから、何とかなる前例は存在している。

 

 持っていたものを奪われた、というよりは元に戻っただけという見方も出来る。今後上手く作戦を完遂できれば、その頃のcpは相当な額になっていると思う。つまり、貰えるppも一気に増額している可能性が高い。場合によっては月に50万くらいは行く可能性もある。そうなればそれまでの節制を加味しても一気に大富豪だ。現在困窮将来有望ということで、一つ我慢してもらうしかない。

 

 とは言え、全部回収しては流石に生活にも士気にも差しさわりが出る。私は龍園のように暴君として君臨しているわけではない。パンとサーカスではないが、生活は出来るようにしていく必要があるのだ。その辺の妥協は必要経費だろう。

 

「私たちは今後、あらゆる手段での金銭確保をする必要性があります。先ほどお話ししたアイデア以外にも何か思いついた方はすぐに教えてください。また、何かしらの知的財産などを売る場合、皆さんの能力が活かされる場合もあります。絵が描ける、動画を作れるなどでも構いません。是非教えてください。よろしくお願いします」

 

 YouTubeで再生回数を稼げれば、それで収益も手に入る。この学校内では普通のYouTuberみたいな活動は難しいかもしれないが、何かしら方法はあるだろう。ゲーム配信とかなら出来るはずだ。その辺の能力があるなら是非活かしていく方向に進めたい。無論これはBクラスの面々にも言える話だ。そこら辺は後で一之瀬とも共有しておきたい。

 

「今回の決定にあまり乗り気では無い方もおられると思います。この作戦がどこまで有効なのか、正直なところ未知数なのも事実。しかしながら、私の目標は変わっていません。あくまでも皆さんをAクラスとして誰一人欠けることなく卒業させる。それが私の目指すべきところです。そのために全力を尽くすという事は何一つ変化がない所存ですので、これからもご協力をお願いします」

 

 静かに下げた頭に、少しずつ手の叩く音が降り注ぐ。対外工作も大事だが、それ以上に自分の足元を疎かにしてはいけない。彼等の支持があるからこそ、私はこのクラスの代表として振舞うことが出来るのだ。個々人の事をしっかりと見ておく必要がある。不満は無いか、不安は無いか、問題を抱えていないか。そういう部分を見ておかないと、余裕があって暇な坂柳あたりに付け込まれてしまうかもしれない。

 

 その坂柳も今は従順にクラスに協力してくれている。一時期は無人島や体育祭であまり仕事をしていないためか、影響力も下がっていた。しかし現状では知的な活動が出来る参謀役としての地位を手に入れつつある。私に八面六臂の働きをさせておいて自身は後方で安楽椅子探偵という事なのだろう。だがこの方針は存外ハマりつつある。悔しいことに、実際何かしら考えて欲しい時に彼女は有用だ。ぽいと投げればそれなりのモノを出してくれる。

 

 私を蹴落とす意思があるのか、それとも自身を否定した綾小路を倒すために私を利用する気なのか、その辺ははっきりとは分からない。警戒はしつつも、有用な存在として重宝していくしかないのだろう。今は取り敢えずそれで良いはずだ。無論、警戒するに越したことはないが。

 

「それでは皆さん、早速で申し訳ないですがご自身のポイントを供出して頂きたく思います。口座はこちらでこのために新規作成しました。皆さんはいつでもポイントの動きを確認することが出来ます。このポイントは今回の作戦を実行する目的で使用します。それ以外の目的での使用は一切行いませんので、ご安心ください」

 

 こちらが送ったリンクに従って各自が携帯を操作している。私の手元にある口座には、ドンドンと多額のポイントが積まれていった。その総計は2312万8000pp。一人分を移動させるには十分すぎる額だった。また、これを使えば一人の退学を取り消すこともできる。目標金額から見れば40分の1に過ぎないが、それでも大きな一歩となるだろう。

 

「振込ありがとうございます。必ずや有効に使用することが出来るよう努めます。まだcp数の少ない一年生の秋にここまで貯められたのは、ひとえにこれまで皆さんが節制を行ってくれたからです。感謝申し上げます」

 

 再び頭を下げる。これは本心からだ。これが手に入れたらすぐに使ってしまうようなクラスだったらこうはいかないだろう。作戦が実行できるのも、元手になる資金が存在しているからだ。元々4月の時点でも手に入れたけど全額使わない生徒が多数だった。Dクラスなどとはそこら辺の差があり、今に響いている。

 

「また、使用に必要なパスワードに関してですが、私の他に安全装置として数名に管理を任せたいと思います。まずは私の代理人となることの多い葛城君と真澄さん。そして会計監査として……坂柳さんにお願いします。これは私からの信頼の証と思って頂きたい。よろしくお願いします」

 

 これは事前に打ち合わせて決めていた。坂柳に権力の一端を渡すことに不安は存在したが、逆に役職で縛ることはある程度の行動抑制効果があると考えることにした。会計監査役で縛っておき、クラスの金庫の管理権を持たせる。これで何かクラスにマイナスをもたらす行いを故意にした場合、正当な手段で以て糾弾することが出来る。当然向こうもバカじゃない。それくらいのことは分かっているので、そんな事はしない。

 

 それに、彼女が内心でどう思っているのかは分からないが、引き受けざるを得ないのだ。なにせこれは信頼されているという証でもあり、クラスの中で地位と影響力を保つことのできる立場を手に入れるチャンスでもある。会計監査という事は、私のポイントの使い方に対し意見する権利がかなりあるという事。場合によっては私の行動を合法的に抑制し、使い方についてネチネチと詰めることも可能なのだ。そんな地位が手に入るチャンスを、彼女は見逃せない。現に引き受けている。

 

 これが抑止力になるかは分からない。しかし、彼女だってクラスメイトにそっぽを向かれるのはごめんのはずだ。彼女がいかに優秀でも、権力を握るために今まで勝ち続けてきたクラスが敗北することをクラスメイトは受け入れられないだろう。取り敢えずこれで何とかなる事を祈るのみだった。

 

 

 

 

 

 

 一之瀬との会談は何回もしないといけない。この話題はかなりデリケートだ。繊細かつしっかりとした交渉が必要になる。これまでも何回か話し合いを持ち、今日は契約締結という段階に入っている。坂柳は昨日の今日ではあるけれどBクラスからcpを持って来るアイデアを思い付いたという事で同行してもらった。場所はBクラスの教室内である。

 

「本日もよろしくお願いします」

「うん、よろしく。今日は坂柳さんも一緒なんだね?」

「はい。彼女にはこの後少しお話してもらう予定なので」

「なるほど? 神室さんは?」

「彼女は今日部活です」

「あぁ、美術部だっけ」

「はい。忙しくなる前に取り敢えず描きかけの絵を仕上げておきたいんだそうで」

「なるほどね。どんな絵描いてるの?」

「西洋画という括りが一番近いですかね。和風の絵ではないので。最近はデジタルにも憧れがあるみたいなので、誕生日かクリスマスはそれにしようかと思っています」

「そ、そうなんだ」

 

 一之瀬は何故か少し赤い顔になっている。隣の坂柳はあきれ顔というか、心底酷いモノを見る顔でこちらを見ていた。救えない……と顔に書いてある気がする。なんだこの野郎という視線を向けるとすぐに素知らぬ顔に戻る。彼女は協力する気があるのか無いのかどっちなのだろうか。もう少しクラスの代表者を立ててくれると助かるのだが。

 

「さて、まず今後の方針について固めていきましょうか。改めまして、我々は今後最終的に現Bクラスの人員40名全員を我がクラスに移籍させるべく行動を共にしていくことになります。そのための契約を結びたいと思い、本日はこの席を設けました。こちらが、現状考えている契約草案になります」

 

 私は彼女に契約書の草案を渡す。今日のために作成していたものだ。一之瀬は受け取ると真剣な目で見つめている。

 

「何か不備がありましたら、教えてください。ご説明するなり修正するなりします」

「全体的には問題ないと思うよ。若干Aクラスが優位だけど……まぁこれは元々Aクラスからの提案だったし、そこは皆受け入れてくれると思う。あとは……真ん中にある、五と六の自己研鑽についてだけど……」

「はい、それが何か?」

「これ、結構恣意的に決定することにならないかな?」

「仰りたいことは理解します。とは言え、普通に過ごしていれば問題はありません。この場合の普通とはAクラスの生徒の日常生活を指しますが、少なくとも成績が学年の半分より上にいれば問題ないと言えるでしょう。我々合わせて80人で学年上位50%を占領する勢いでやって頂きたい。一番大事なのは過程ですので、結果に関してはある程度猶予を設けます。しかし、私たちも自助努力の出来ない人間を救済することは出来ません。そこは一定のご理解を頂きたいですね」

 

 彼女が不安を感じるのも分かる。確かに設けた条文的には結構アバウトな内容になっている。だがこれはわざとそうしているのだ。これに任せておけば安心という油断をしてもらっては困る。Aクラスは元々そういう油断をしないで自己研鑽を出来る生徒が揃っているのでそこまで問題視していないが、問題はBクラスの方だ。

 

 この条文を設けることで、常に移動できなくなる可能性があるという危機意識を持って勉学に励んでもらいたい。この学校のカリキュラムなんかでは無く、より広く社会に出た際に役立つことが重要だ。今の成績で満足しているようでは、先は見込めない。もちろんいたずらに虐めたいわけでは無く、こちら側の負担も考えての条文だ。元よりこちらが優位な契約。おんぶだっこではいられないと自覚してもらわないと困る。

 

「当たり前のことを当たり前にやる。そうしていれば、少なくとも私がとやかく言うことはありません。上手く行かないなら私が相談に乗りますし、伸び悩んでいる等あれば対処します。その辺りのフォローアップに関しては第八条にもある通りです。大丈夫、しかるべき努力さえして頂ければ必ず基準をクリアできる生徒が揃っていると私は確信しています。だからこそBクラスを選んだという側面もあるわけですし。後はあなたが私を信じることが出来るかどうかです」

「Aクラスの子ってみんなどんな風に過ごしてるの?」

「さぁ、人によりけりですね。よく外出する生徒もいますし、家にいる事が多い生徒もいます。坂柳さんはどうです?」

「私ですか? 私は御覧の通りの姿なので、あまり外には出ませんね。とは言えこの時期は風も心地よいので時折外にいますが。部屋にいるときは大体本を読んだり勉強をしたり、後はチェスが趣味なのでそれをしたりしています」

「え、あなた一人でやってるんですか……?」

「そんな可哀想な人を見る目で見ないでくれませんか? 一人でやっている時もありますが、ネット対戦もそれなりには」

「あ、あぁそうですよね、良かった……」

 

 一人で孤独にチェスをやってるのが割と容易に想像できてしまい、流石にそれはちょっと絵面が可哀想すぎた。そんな可哀想な子はいなかったので一安心である。

 

「他の方もめいめいですよ。とは言え、大体の方は一日二、三時間くらいは勉強しているんじゃないですかね、人によりますけど。平均すればそれくらいにはなるかと。真澄さんはそれに加えて土曜日丸々全部と日曜日の半分ほどを使っています。他の方も休日は多めに勉強している方が多いんじゃないかと」

「そ、そうなんだ……」

 

 ヤバいなぁこれは……と一之瀬の顔に書いてある。もっと勉強するように言わないといけないと確信したのだろう。坂柳みたいに普通の学習が問題ない人は少なめでいいけれど、そうじゃない人は毎日コツコツとやってもらう用のカリキュラムを用意している。真澄さんだけは土日を使った特別なカリキュラムも存在している。具体的には教養系とかだ。テーブルマナーとか所作とかダンスとか、そういうものである。

 

「確かにこれまでの生活よりは一層の努力を求めることになるかもしれませんが……Aクラスの生徒になろうというのに、Aクラスの生徒がやっていることが出来ないというのは少し困ってしまいますね」

 

 私が眉をハの字にすると、一之瀬は少しだけ慌てたような顔をした。そういう事を言いたかったわけじゃない、という表情だ。権利だけ主張してないで義務を果たせ。私がそう言ったと受け取ったのだろう。あながち間違いでもない。

 

「他に何かご質問は?」

「大丈夫、かな」

「そうですか。ご納得いただけたようでしたら、こちらにご署名を。その時点でこの契約は実行されます。よくお考えになってくださいね。本当にこれで良いのか。ご自身の決断です。後で私のせいなどにはしないように」

 

 一之瀬はもう一度契約書に目を落とす。そして少しだけそれを見つめた後、自分の頬を叩いてペンを握り、サインした。これを以てこの契約は実行力を有する。

 

「ではこれより我らは同志です。共に手を携えて、Aクラスとして卒業しましょう。これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。そう言えば、先生には言わなくて良いのかな?」

「あぁ、その件でしたらもうしばらくご内密に。これは学校のシステムを破壊しようという目論見です。である以上、学校側が妨害を仕掛けてくる可能性があります。普通の学校でしたら先生は生徒を守ってくれるかもしれませんが、この学校ではそうでは無い。そうでなければ、無人島の際に騙し討ちなんてしませんよね?」

「それは……確かにそうかも……」

「それに私たちの担任はいずれもこの学校の出身者。外部から雇われた坂上先生なら好きにしろと仰ってくれるかもしれませんが……クラスという檻によって苦労したのだからお前らも苦労しろと先生方が考えてもおかしくありません」

 

 主に君たちの担任がね、という風には言わないでおく。真嶋先生はあまりそういう事は考えていなそうだ。割と私たちの好きにさせてくれている。半分学校を無視したカリキュラムでの学習を進めさせているが、むしろ頼めば協力してくれることもあった。しかしBクラスの星乃宮先生はどうも読めない。あまり信用できないと私の経験が言っている。ああいう取り繕い方をしている人間は、そうしないといけない理由があるからしているのだ。そしてそれは大体ろくでもない。

 

 それに、英語科教員と保健室の先生だと前者の方が有益なのだ。勉学において、英語科教員の手を借りたいことはあっても、保健医の手を借りたいことはほとんどないはず。これで星乃宮先生が医師免許を持っているなら話が変わって来るのだが、そういうわけでは無いだろう。医師免許持の頭脳を活かさない手はないし、バイタルチェックやメンタルチェックで貢献してもらうのだが……医療行為の出来ない人に用はない。

 

「と、いう事で先生方にはこの契約は内密に。開示する時期はもう少し後にしましょう。敵を騙すにはまず味方からとも言いますし、そもそも彼らが味方なのかも不明ですし」

「分かった。他の子にも伝えておくね」

「よろしくお願いします。それともう一つ大事なお話が。では坂柳さん、お願いします」

 

 ここまでで私の話は終わりだ。そこで坂柳にバトンタッチする。彼女がcp移譲計画の責任者だ。

 

「やっと出番ですか……やれやれ。では私から話させてもらいますね。私たちがこの計画を実行するにはとにかく大量のポイントを必要とします。私たちの提示する金策案については後で共有しますが、まず急ぎの案件としてBクラスのcpを全てこちらに移譲して頂きたいのです」

「つまり、0ポイントになるってことかな?」

「そうなりますね。Aクラス側にポイントを集め、得られるポイント数を多くします。なお、Bクラスに集めない理由は現在のクラス順位から鑑みればご理解いただけると思いますし、そもそもこれはこちらが優位。0ポイント、すなわち自動的にDクラスに落ちるのはそちらに担ってもらいます」

「それは……まぁ仕方ないかな。最終的にAクラスになるのが大事だから、今のクラス順位は関係ないしね」

「ご理解いただけて何より」

「でもどうやってやるの? 契約?」

「いえ、それでは先ほどの懸念が再発します。他者に露見してはまだ困る。そこで、裁判を利用します。ちょうど初夏にあった須藤君の事件のように」

 

 彼女はスッと台本を一之瀬に差し出した。これが彼女の考えた計画なのだろう。私の分も用意してくれたようなので、受け取って内容を読む。

 

「この台詞通りに当日は話してもらいます。筋書きとしては、まずBクラスとの今後について話し合いを行った際、Bクラスの生徒が諸葛君の持ち物を破壊します。これに関して諸葛君は当該生徒に弁償を求めましたが、当該生徒は所持金がありませんでした。この所持金に関しては、当該生徒役の分をあらかじめあなたの口座に移管します。さて所持金が無いのでは仕方ない。ではクラスに賠償を求めるので連帯責任として払ってくれという風に裁判に持ち込むわけですね。そこでの条件として、生徒を退学させない+賠償金の不足分を要求しない代わりにcpを全額移管という具合です」

 

 随分と怖いのを持ち出してきた。これ、今回は茶番だから良いが、本当にやろうと思えばできるのが怖い。こうなった場合、まずもって抵抗できないだろう。仮に仕組まれていたとしてもその証明は難しい。大事なモノだ弁償しろ→金がないならせめて退学してクラスにマイナスを残してそれで代わりにしろ→それも嫌ならクラスポイントを寄こせ、もちろん連帯責任だよ? という流れだ。

 

 こんな個人間の問題で連帯責任なんてと思うかもしれないが、須藤の一件でこういう案件でも連帯責任になってcpに響くのは既に確認済み。何もおかしな話ではない。こんな制度を作った学校側に問題がある。

 

「諸葛君、なるべく高価で壊しても良いモノはありますか?」

「高価なモノは壊したくないんですけどね」

「そこをどうにか」

「……いいでしょう。古いアンティークの花瓶があります。修理すれば治る程度に壊しましょう。鑑定書もありますので、値段に関してはこの通りに」

「ちょうどいいですね。これを使います。では次に……」

「ちょ、ちょっと待って? ごめんね、あんまり話についていけてないんだけど……取り敢えずやろうとしてることは理解したよ。理解した上で何だけど、これ、諸葛君に負担が大きすぎない?」

「いえ、彼が喜んでやると言っていますから。生徒の未来のためなら物品の一つや二つ、惜しくないですよね孔明先生?」

「……えぇまぁ」

 

 凄く腹が立つ言い方をしてくるが、頷くしかない。私がそうするしかないと分かっていてやっているので、質が悪い事この上ない。やはり警戒するべき相手だ。

 

「で、でもこれって詐欺なんじゃ……」

「いえ、破壊したことには変わりありません。当該生徒には実際に破壊してもらいます。それに関連して、破壊者役をやった生徒は裁判後すぐにAクラスに移籍してもらいます」

「えぇ……」

「そうすれば、万が一にもBクラスと手を組んだ上での茶番という事は無くなります。クラスに迷惑をかけ居場所がなくなってしまった可哀想な生徒を哀れんだ諸葛君が、今後大量にある自クラスのポイントを基に手に入るppを賠償金代わりにすることを条件として引き取った、とすればむしろ美談でしょう!」

「どの辺が美談なのかはさておき、有効だとは私も思いますね」

「せ、生徒会には? 審判をするのは生徒会だよね?」

「南雲会長には既に話を通してあります。問題ありません」

「……」

「取る事が出来るあらゆる手段を実行する。契約にはそう書いてありますよ?」

 

 大いに迷いを見せていた一之瀬だが、しばしの逡巡の後に頷いた。Aクラスに行くためにやむを得ないと思ったのだろう。確かにこれは学校側や他クラスを騙す作戦だが、これくらいは許容するのがこの学校のやり方だ。我々はそれに従ったまで。それに、誰も傷つくことの無い作戦なのだ。これ以上のモノは無いだろう。

 

「さて破壊する生徒役ですが……」

「それに関しては私から意見が」

「ではどうぞ」

「どうも。その役はBクラスで一番成績が下の生徒にやってもらいます。理由としては、一番下の人ほど先に移動してもらい、こちらで研鑽を積んで頂かないといけないからですね。したがってあなたは最後です、一之瀬さん」

「……分かった。説得しておくね」

「ありがとうございます。これで計画も一歩前に進めることが出来ます。ではよろしくお願いしますね」

 

 差し出した手を彼女は逡巡を見せながら取った。これでcpに関する問題は解決する。彼女のメンタルが若干心配だが、今はとにかくスピードが重要だ。ペーパーシャッフルも終わり全部の問題が解決した後にその辺の部分は見ておけばいいだろう。まずはこの辺のタスクをさっさと片付けておきたい。兵は拙速、孫子にもそう書いてあるのだから。

 

 

 

<契約書>

 

 私、諸葛孔明は現在1年Aクラスに所属している生徒39名の信任を得て、同クラス代表としてこの署名を行うものである。この署名は私のみならず、Aクラスに所属する全生徒に同様の効力を発揮する。故に、代表交代が行われた場合も、本契約は有効である。

 私、一之瀬帆波は現在1年Bクラスに所属している生徒39名の信任を得て、同クラス代表としてこの署名を行うものである。この署名は私のみならず、Bクラスに所属する全生徒に同様の効力を発揮する。故に、代表交代が行われた場合も、本契約は有効である。

 下記条文に関し、所属生徒の定義は本契約発効日に由来する。その後人員移動が行われた場合、その生徒は移動後のクラスに所属しているものとみなす。また、クラス名も本契約発効日に依拠する。故に、クラス名が変更になった場合も契約は有効である。

 

一:我々は最終的にAクラスが現在のBクラスの生徒40名全員を自クラスに迎え入れるべく、取る事が出来るあらゆる手段に対して、その実行を行うものである。

 

ニ:前条を達成するため、クラスポイント並びにプライベートポイントは代表二名の管理下に置くものとする。両名は必要に応じて話し合いを設け、両クラス所属生徒の了解を得てそれを使用する。なお、非常時には臨時権限を以て了解を得ることなく使用することが出来る。非常時であったかは使用後、事態の収拾が終わり次第両クラスにて協議する。仮に認定されなかった場合は、代表を交代する。

 

三:代表の交代を行う場合、それは必ず両クラス所属人員による投票によるものとする。

 

四:人員の犠牲は、これを出してはならない。そのため、両クラスはあらゆる努力を惜しまない。

 

五:Aクラス所属生徒は自己研鑽を惜しまず、勉学・運動のみならず学術的社会的に優れた人物となるべく努めることを約する。

 

六:Bクラス所属生徒は自己研鑽を惜しまず、勉学・運動のみならず学術的社会的に優れた人物となるべく努めることを約する。

 

七:前二条に該当しない場合、Aクラス所属生徒の場合はクラス代表者からの注意勧告を行う。Bクラス所属生徒の場合は、改善がみられない限りクラス移動の対象外となる。該当するか否かの判断は両クラス代表の話し合いの元で行われる。決着を見ない場合は、Aクラス代表の意見を優位とする。

 

八:成績などにおいて、本契約締結時に両クラス順位で下位にいる生徒は諸葛孔明による補習を行う。以後も成績向上などに問題がある場合は、前述の通りの措置を行う。

 

九:クラス間移動を行う際の人員の選定は、両クラス代表の話し合いの元で行われる。決着を見ない場合は、Aクラス代表の意見を優位とする。

 

十:特別試験などにおける両クラスの行動に際し、両クラス代表は話し合いを行い行動を決定する。方針に置いて決着をみない場合は、Aクラス代表の意見を優位とする。

 

十一:今後本契約に追加するべき事項が確認された場合は、両クラス代表の話し合いを行い、条文を追加するものとする。

 

十二:本契約に違反が行われた場合、発覚時点で全契約を破棄し、違反側はそれまでに費やした費用を全て返済し、その際のクラス代表者は自主退学する。また、費用返済が手元の資金では出来ない場合、保護者に賠償義務が生じる。

 

 以上の条文を遵守し、目的達成のためにあらゆる努力を惜しまないことを、我々両クラスはここに宣誓する。本契約発効日時点での代表者二名の署名捺印を以て、クラス所属生徒の代理とする。

 

 2015年10月23日

 

1年Aクラス代表 諸葛孔明

1年Bクラス代表 一之瀬帆波

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、私は職員室を訪ねていた。土曜日の朝の職員室にはあまり人がいない。だが一年生の先生のスペースには幸いなことに人がいた。ウチの担任は来ていない。いるのは星之宮先生、坂上先生、茶柱先生の三人。ちょうどよく何も知らずに当事者になる星之宮先生がいるし、彼女に訴状を渡せばいいだろう。

 

「おはようございます。真嶋先生はいませんか?」

「真嶋君ならちょっと出てるかな~。暫く戻ってこないと思うけど」

「そうですか。では仕方ありませんので星之宮先生にこちらをお渡します」

「これなに? ラブレター?」

「まさか。訴状です」

「……訴状?」

 

 私の言葉に彼女の目が一気に厳しくなる。職員室の中の空気も一気に張り詰めたものになった。ペーパーシャッフルという特別試験に近いモノの直前に出されたこれが、明らかに政治的な意図によるものなのは皆が確信しただろう。どういう内容かは不明でも、決して善意によるものであるはずがないのは誰でも分かる。

 

「えぇ、訴状です。ちょうどBクラスに所属する生徒を訴えるモノですので、どうぞご覧になってください」

 

 星之宮先生は私の言葉に返事もせず凄い勢いで封筒を乱雑に開ける。そしてやや血走った目でその紙を見つめていた。

 

「こ、これ……」

「書いてある通りです。そちらの生徒に私の物品を破壊されましたので、その弁償を要求します。生徒会にも同じものを提出しました。生徒会長曰く、職員室がこちらに投げるなら本日か明日くらいには審議をしたいそうです。幸い、相手方も事実関係に関しては一切を認めていますし、書類関係も揃っています。あ、ちなみに鑑定書はそちらに同封してあります」

「こ、こんな高価なものを持ってきた君にも」

「責任があると? 公正世界仮説ですか?」

 

 公正世界仮説とは、人間の行いに対して公正な結果が返ってくるものである、と考える認知バイアスだ。これを信じる人は往々にして不合理だったり理不尽だったりする現実に直面すると、「現実は非情である」とは考えず、自らの公正世界信念に即して現実を合理的に解釈する。つまりは「実は犠牲者本人に何らかの苦しむだけの理由があるのだ」という結論に達するのだ。

 

「仮に私が高価なものを持っていたとしても、それを破壊して良い理由にも弁償しなくて良い理由にもならないでしょう? 高価なものの持ち込みを禁止する文言は入学前の説明書にはありませんでしたよ。推奨はされていないですけど、それは破壊して良い理由にはなりませんよね」

 

 これに関しては間違いない。私は一度読んだ文字列は忘れないし、しっかりこの学校に入る前に熟読している。衣服、食器、調度品などは持ち込んでも構わないと書いてある。テレビなどは備え付けがあるし通信機器は禁止されていたが、デジカメなどの電子機器も構わないはずだ。本、化粧品、日用品、薬なども許されている。

 

「学校はその辺を無視して被害者にも責任を押し付けがちですけどね。例えば札束を鍵を開けっ放しにして警備も何もない家に置いていたからとして、それを盗んで良い理由にはならないじゃないですか。もちろん警備をしてないのは良くないですし、鍵を開けっぱなしにしたのは反省するべきですけど、それはそれとして悪いのは100%犯人ですよね? それと同じことです。という事で、受理をお願いしますね」

「私が見た限り、訴状に関して問題点は見られないな」

「えぇ、星之宮先生。あなたのクラスの起こした問題行動を直視したくない気持ちは理解しますがね、諸葛君の言っていることは正論ですよ」

 

 茶柱先生と坂上先生が援護射撃をする。同僚のでは無く、私の方の。Bクラスの足を引っ張れるチャンスを逃さないようにしているのだろう。それはそれで歪んだ職場環境だとは思うが、まぁ仕方ない。こんなところに勤めた自分を恨んでもらうしかない。

 

 星之宮先生は苦虫を嚙み潰したような顔をしながら訴状を受け取る。これで審議が開かれるだろう。真嶋先生は特に反対する理由も無いし、星之宮先生が拒んでも三対一だ。まず審議になる。そうすれば南雲とは談合済み。後は一之瀬たちと共に台本通りに動くだけ。とんだ茶番裁判だけれど、これも計画実行に役立つなら問題ない。歪んだ学校なら、その歪みをせいぜい利用するだけ。全ては生徒の未来のために。





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