ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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愛なくしては、なんびとも、すぐれた才能を持っている人でさえ、幸福ではありえない

『カール・ヒルティ』


47.孤独の痛み

「何カッコつけたことを言ってるんですか」

 

 私は南雲の言葉に呆れた口調で返答した。

 

「そのドラマ、随分前のモノなのによくご存知ですね。もう十年くらい前ですよ」

「親が見てたんだよ、その影響でな。全然興味はないが、歌は悪くない。暑苦しいがな」

「そうですか。しかし何故急にこんな事を? 極論、私と真澄さんがどうなろうとあなたには知ったことではないはずです」

「それはその通りだ。だが流石に見てる方も疲れてくる。お前のクラスメイトも同じ気持ちのヤツは絶対にいるだろうぜ」

「はぁ」

「気の抜けた返事だな。まぁ良い。俺は性格が良いとはこれっぽっちも思わないが、流石に可哀想という感情くらいは理解しているつもりだ。女がいつまでも同じ男を追いかけてくれると思うなよ」

「ですから、私と彼女は……」

「そういう関係じゃないってんだろ、もう聞いたぜ。じゃあお前、アイツが俺の部屋から朝帰りしてきたらどう思う」

「どうって……」

 

 想像してちょっと、いや大分嫌な気分になった。形容しがたい不快感が私にまとわりつく。自分の大切にしていたモノに凄まじい落書きをされたような、そんな気分。育ててきた花をへし折られたような、苛立ち。そういうモノが私を支配する。

 

「おう、ちゃんと人間らしい顔色になってるな」

「おかしいですね、顔に内心は出てないはずですが」

「確かに普通は分からんだろうがな、殺すぞこの野郎と言わんばかりの空気だったぞ」

「……クラスの情報漏洩の観点から見れば、看過できない事態ですので」

「お前がそう言うならそれでも構わんがな」

「と言うより、本当に関係ない話ですよね、あなたには」

「この話をするとお前が感情的になるからな。言っておくが、俺はお前の味方じゃない。あくまでも一部に関して協力しているだけだ。だからお前の弱点がこういう系統の話なら、積極的に突く。それだけだ」

「そうですか。私は付き合ってられないので失礼しますね」

 

 私はそう言って生徒会室から外に出るべく歩き出す。

 

「お前がどうするかは自由だ。とは言え人間、感情に素直な方が得だぞ」

「感情を表に出すとどうなるか、先ほどご覧になったでしょう? それに、私は理性で感情を抑えているつもりです。それが文明人としての務めですから」

「その割には、アイツに関しては無駄な行動が多いな。毎食の飯を作るのは、理性的な行動か?」

「……失礼します!」

 

 私はそうぴしゃりと告げて、生徒会室を後にする。ドアの向こうから漏れ聞こえる南雲の高らかな笑い声が、随分と癇に障った。そのまま無言で家路を歩き続ける。確かに南雲の言うことは正しい。私が他の生徒に抱くのとは、或いは部下に抱くのとはまったく別種の感情を彼女に対して抱いているのは事実だ。その理由は判然としない。

 

 単純に好みだったのか、これまでの半年間の関係性によるものか、秘密の共有者だからか、私の欲している空間を形成してくれているからか。或いはその全てか。南雲に動かされているようで大変癪ではあるけれど、私が特別な感情を抱いているのは認めるしかないと思う。とは言え、それが何なのか、それを判別するのは難しい。

 

 南雲はそれを愛だと言った。しかし愛にも色々ある。恋愛、友愛、親愛、家族愛、親子愛、兄弟愛、慈愛等々。推しに向けるのも愛だし、アイドルがファンに言うのも愛ではあるだろう。私の感情がどれにカテゴライズされるものなのか、その答えを出すのは非常に難易度の高い作業だった。

 

 仮に友愛や親愛なら問題ない。家族愛や兄弟愛なわけはないし、私が慈愛を抱くようなタイプで無いことは自分が一番理解している。問題なのは恋愛感情だった場合だ。恋愛なんてした事無いので、実際に自分が抱くとしたらどういう感情なのか、どういう風な想いを抱くのかが分からない。推しに向ける感情とはどう違うのか。結婚したいと思うのが恋愛感情なのだろうか。男にも女にも、相手など関係なく偽りの愛を囁くのは慣れているというのに、自分のことになると分からない。今までやっていたのは模倣に過ぎず、自分のことでは無かったから自然に出来たのだろう。

 

 しかし一つ分かるのは、もし本当に恋愛感情なのだとしてもそれを告げてはいけないという事だけ。私は幸せになる権利が無い。誰かの幸福な人生を送る権利を奪い取ってきた人間だ。そして、これからも奪い取るだろう。それに、私と付き合っていては危険が及ぶ可能性もある。学校生活の間だけの短い付き合いなんて、相手に失礼なことは出来ない。別れることが確定している恋人なんて、付き合う方も迷惑だろう。それにそもそも彼女が私を受け入れるかどうかも分からない。

 

 愛については理解しているし分かるのに、恋愛かどうかだけが判然としない。無様な人殺しの姿がそこにはあった。そんな事ばかり考えている間に、いつの間にか家に帰りついている。

 

「ただいま」

「お帰り」

 

 誰もいない家に帰るのは慣れていた。幼少期はそんな感じだったし、中学時代もそうだった。軍務時代は家に帰ることはあまりなかったし、帰っても返事はない。使用人はいたけれど、その「お帰りなさいませ」と今の「お帰り」には大きな差があるように感じる。それがどういう差なのか、具体的な言葉にするのは難しいが。

 

「ちょっと遅かったわね」

「南雲によく分からん絡まれ方をしたから」

「そう」

 

 彼女はソファーに座ったまま虚空を眺めている。何を考えているのか、あまりハッキリとは分からない。そのまま荷物を置いて、私は夕食の準備を始める。少し経った後、彼女は不意に口を開いた。

 

「ねぇ」

「どうした?」

「アンタ、私のことどう思ってるの?」

「どうって……それはもちろん優秀な生徒だし、頼れる存在だし、Aクラスにおいては重要な存在だと思ってる」

「そういう評価は嬉しいけど、そういう事じゃない。アンタ個人が私を、どう思ってるのかってこと。好きか嫌いかとか、そういう事を聞きたい」

「それは好き以外ないでしょ。私だって嫌いな人と一緒にいたくない」

「人間的に?」

「……どうだろう。私は君が隣にいてくれると嬉しいとは思うけど、これが君の想定しているような感情なのか分からない」

「分からないって……自分の事でしょ? 分かるよう努力してる? アンタがいつも教えてるような事、自分にちゃんと当てはめてる? 勉強みたいにさ」

「それを言われると耳が痛い」

 

 彼女は呆れたように息を吐いた。しかしそれはどこかに優しさを含んでいるようにも思えた。こちらを見ている目も、どこか穏やかだ。不意に彼女は立ち上がって、私の前にやって来る。平均的な女子より高い身長が目の前に立った。ロードライト色の瞳が私を射抜く。

 

「まぁ分からないなら仕方ないわね」

「そう言ってくれる助かる」

「分からないまま放置して良いとは言ってないけど。分からないなら仕方ないから、ちゃんと探して。答えを探すのも、問題を解くのも得意でしょ? その答えが出たら教えて。それが私からの宿題」

「随分と時間がかかりそうだ」

「答えを出そうとしてくれるなら、それで良いから」

「……そうか。分かった」

 

 私は絞り出すように言葉を出す。それ以外に、返答するべき答えを持たなかった。きっと、この答えを出すのにはそれなりに長い時間がかかるのだろう。

 

「じゃあ、よろしく」

「多分その答えは大分ろくでもないモノだし、そもそもそんな感情を向けられて良いのか?」

「良いも悪いも何も、今更じゃない。私たちはろくでもない出会い方をしたし、ろくでもない過去を持ってる悪人同士。そこに一つ二つ何か関係性とか感情が足されても、そこまで大した問題じゃないと思うけど?」

「私に触れないでいれば、普通でいられるのに。何も知らないまま、平和で」

 

 触れないまま、知らないまま、このままの関係を維持すれば、少し暗い部分に触れたけれど、それでもまだ光の道に戻れる。そういう想いを込めて、私はそう言った。私の言葉に、彼女は小さくため息を吐いて、台所の電気が作る私の影に踏み込んでくる。そして瞳を上目遣いで覗き込みながら言った。自分を暗闇に引きずり込んだ責任を取らせるための言葉を。

 

「今更無理でしょ。アンタが教えたのよ、孤独ってモノの痛みを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 10月26日月曜日、審議の翌日である。先日行われた審議に関して、学校側からの通知が正式になされるのは平日であるこの日であった。朝、いつも通りのHRの時間、ペーパーシャッフルに向けて大なり小なり各人が準備をしているCクラスに入って来た坂上はいつもよりも顔色が悪かった。

 

「全員揃っていますね。よろしい。……」

「おい、どうした坂上」

「龍園君、教師には敬語を使うように。……君たちには、非常に残念な事を伝えなくてはいけません」

「なんだと?」

「先日、と言ってもつい昨日のことですが、生徒会にて審議が行われました。内容としてはBクラスの生徒がAクラスの生徒の物品を破損したため、その賠償というものです。しかしどうもその物品が非常に高価であったようで……賠償として、Bクラスの持っているcpの全てがAクラスに移譲され、同時にBクラスの生徒が持っていたppの内総数の9割が同様にAクラスに移譲されました」

 

 坂上の言葉にざわめきが広がる。cpの全額移譲という出来事は相当に大きい。元々Aクラス以外のクラスはほぼ団子状態になって泥沼の試合を繰り広げていた。その情勢が大きく変化したのだ。クラスメイトの動揺ほどではないにしても、流石の龍園も驚きを隠せない。

 

「つまり、来月よりBクラスはDクラスに移行し、君たちがBクラスとなります。それ自体はめでたい事ではあるのですが……。それともう一つ、今後現在のBクラスに入って来るcpは全てAクラスに移譲されます。よって、彼らは卒業まで0ポイント生活という事になるでしょう」

 

 0ポイント生活。それはかつて、Dクラスを不良品と称される際に用いられた言葉だ。たったの一ヶ月で全cpを消費してしまったクラスと同じ場所に、かつては優等生の集まりだったBクラスが落下してしまう。しかも、そこから這い上がることは不可能。そんな判断がどういう経緯で下されたのか、これからどうなっていくのか。クラスの中は先ほどよりも大きなざわめきで満たされる。それを龍園は黙らせた。

 

「黙れ。お前らがさえずっても何も変わらねぇ。おい坂上、こういう事態はよくある事なのか」

「いえ、私の記憶にある限りでは初めてのはずです」

「Bクラスの浮上はあり得ない、要するに事実上この闘争からは脱落ってことでいいんだよな?」

「えぇ、その認識で間違いないでしょう」

「なんでそんな審議になったのか分からねぇのか」

「どういう審議になったのかはプライバシーなどの観点から保護されています。関係のない我々には閲覧できません。しかし両クラスはこの審議結果を受け入れ、学校側もこの審議に異を唱えなかった。それだけが分かっている事実です」

 

 龍園は大きく舌打ちをする。一之瀬が勝手に舞台上から降りたことは、彼にとって楽しみが消えた事を意味していた。しかし同時に手間が省けたことも意味している。彼は自分だけが勝利できればいい、という考えを持っているわけではない。クラスメイトを全員Aクラスにするという作戦を考えている。無論、その過程で相当数の犠牲が出ることは覚悟の上ではあるが、それは役に立たない人間からであるという彼なりのルールも存在していた。

 

 そんな龍園からみて、この異常事態は確実に問題だった。Aクラスのポイント数は2000を超える。Bクラスになったからと言って、Aクラスとの間に相当の差があったのでは話にならない。しかもペーパーシャッフルではBクラスとAクラスが戦うことになっている。どっちが勝とうが、cpはAクラスに入る。

 

 自分たちはまんまと誘導された。龍園はそこまで考えて、この事実に気付いた。堀北を攻撃するように煽られて、Dクラスを攻撃することにした。そしてそのための道具も購入してしまった。しかし彼は最初から、この計画を考えていたのだとしたら。下の2クラスでつぶし合っている間に、諸葛孔明は一番の敵であるBクラスを無力化してしまった。龍園は非常に激しいショックを受けていた。

 

 審議の内容は聞く限り偶然性が高そうに思える。しかし諸葛孔明がそんな偶然に頼ると、龍園は思っていない。無人島での手際が彼の脳内をよぎる。手も足も出ないまま踊らされた夏休みの苦々しい記憶。そしてまた今回も、してやられた。Aクラスが颯爽と敵を排除する中、自分のしようとしていることが何と小さい事か。龍園は歯ぎしりしたい気分になった。

 

「全員、一度聞くように。これにより、BクラスとAクラスの間にある差は5.8倍です。二年生を見れば分かるように、ここまで差が開いてしまうと覆すことは難しい。ここからAクラスが致命的なミスを連発し、そして君たちが幸運に恵まれ続ければ或いは可能性もありますが、それに縋る事の愚かさは理解してくれるでしょう」

「坂上、何が言いたい」

「つまりです。君たちはこれから選ばないといけないのです。この状況下でもなおAクラスを目指すのかどうか。卒業するだけなら、この学校はそこまで難しくありません。クラス間闘争を行わないと宣言し、離脱すればいい。そうすればAクラスとて最低限のポイントを残して不干渉でいてくれるでしょう」

「俺に敗北宣言をしろっていうのか?」

 

 唸りを上げる狼のような鋭い声で言う龍園の圧を、坂上は軽くいなした。そして彼はメガネを押し上げて、もう一度生徒たちを見渡す。学力も中途半端以下、運動神経は良いが、粗野な生徒の多いクラス。それでも自分の受け持ったクラスである以上、出来れば退学者など出さないまま終わって欲しい。Aクラスであればなおの事言うことは無いのだが、最悪そうでなくても仕方ないと彼は思っていた。彼にとって大事なのは自分の成績だ。しかし、同時に生徒に対する感情も少なからず存在している。

 

「そういう選択肢もあるという話です。私もこのようなアドバイスをするのがこの学校の決まりとして許されているのか、何とも言えない部分です。しかし混迷の中にいるよりはいいでしょう。どのような選択を取ろうと、君たちがそうするならばそれで構いません。賢明かつ後悔しない選択を期待します。では以上です」

「おい、次はお前の授業だろ」

「私は今非常に腹痛が激しく、授業実行が不可能なので()()とします。その時間をどう使うかは()()ですが、他クラスに迷惑をかけるような行いをするとcpに響くので注意してください。それでは私はお手洗いに行くので失礼します」

 

 そう言うと坂上は教室のドアを開けて去っていく。これは明確に、この異常事態を前にしてどうするかをクラスでキチンと相談しろという意味であった。無論その意思は龍園達にも伝わっている。本来、授業とされている時間でクラスに関する事を話し合いたい場合はポイントを使って買い取らないといけない。だが自習という建前を使ってその時間を確保したのだ。

 

 この時間を有効に使うべく、龍園は教卓に座る。

 

「おい、金田」

「はい」

「お前が一番Aクラスと接触した時間が長い。Aクラスについて話せ。お前の感想で構わねぇ。こういう手段を取るのかどうかのかについてな」

「確かに自分が一番Aクラスと接触しているとは思いますが……どうも諸葛氏にはスパイであると見抜かれていた可能性があります。無論それと近しい葛城氏や神室氏にも。故に、あの時の対応はスパイ向けの余所行きである可能性が高いですが、構いませんか?」

「俺が許すと言ったんだ」

「分かりました。思うに、今回の件はAクラスの作戦である可能性は高いように思います。ただ……」

「ただ?」

「あくまでも主観ですが、諸葛氏はどうもこういう作戦を取るようには思えませんでした。無人島でこそ一気にポイントを得る作戦を取りましたが、それ以外は基本的に自クラス以外を消耗させ、自分達は上にい続ける戦略を取っているように感じます。諸葛氏の方針がそうであるならば、今回の行動は些か違和感があるように思えました」

「つまり諸葛以外の意思が働いている、と」

「あり得る話だとは思います。というのも、諸葛氏はAクラス内で絶対的な地位にあるわけではありません。我々とはまた違う支配体制となっている事でしょう。無人島の様子を見ても、それ以外の様子を鑑みても、比較的自由度の高いクラス内で各個人個人に推戴されているのが諸葛氏、という印象を受けます」

 

 事実、Aクラスの支配体制はCクラスほど厳格ではない。Dクラスほどガタガタでもないけれど、あくまでも緩やかな連合体のような形をとっていた。坂柳のような過激派も、葛城のような穏健派も様々取り込みながら各個人との関係値とこれまでの功績により推戴されている。禅譲という形で帝位を譲り受けた経緯もあり、金田の推測は概ね正解だった。

 

「Aクラスを統治しているということは、坂柳氏を御せている事を示しています。最低でも何らかの形で協力させているのかと。坂柳氏のアイデアであると考えれば、それを受け入れる事を対価に諸葛氏の指示を聞いてもらっていると考えることも出来ます」

「女子の統治を坂柳に委ね、その見返りということか?」

「それはどうでしょうか……。お言葉ですが、Aクラスの女子生徒の代表は恐らく神室氏であると思われます。諸葛氏の側近と言えば彼女の名前が挙がるでしょうし、能力的にも申し分ないかと」

「そうか。大体理解できた。お前は坂柳を御する見返りとして今回の行動を行ったと、そう考えているわけだ」

「そうなります」

 

 金田の情報は有益だった。しかしその推論はどうも腑に落ちない部分がある。諸葛の才能は龍園も当然認めている。そんな人物が動けない坂柳に妥協するだろうか。

 

「なんかポイント毟り取りに行ってるみたいね。船上試験の時は調整するくらいだったのに、一気に自クラスに集め始めた感じ。アイツの顔、何考えてるんだかさっぱり分からないし……」

「おい、伊吹。お前今なんて言った」

「アイツの顔が」

「いや、その前だ」

「自クラスにポイントを集め始めた?」

「……お前の足りない頭もたまには役に立つ」

「はぁ!?」

 

 ごちゃごちゃ文句を言う伊吹を無視して、龍園は思考した。急激にポイントを集め始めたAクラス。金田の言う通り、何かしらの異変がAクラス内部で発生した。しかし諸葛孔明が失脚したわけではない。坂柳を御すためだけとも思えない。つまりは、大きな作戦を行おうとしている。それも、Bクラスのポイント全てを使用する勢いで。それだけの大金をこの学校で使う用事があるとすれば、それは退学阻止か――クラス間移動。

 

 その瞬間、彼の中で全ての点と点が繋がった。

 

「ク、ククク、クハハハ!」

 

 いきなり笑い始めた龍園に、怖いものを見る目で全員が視線を向ける。そして彼はその獰猛な視線をクラスメイトにぶつける。

 

「お前ら、分かったぜ。恐らくヤツは、あの軍師野郎はBクラスを吸収しようとしてる」

「まさか、8億ポイントを集めようと……?」

「そのまさかだぜ、金田。だからヤツは今急に動き出した。お前の言う通り、何かAクラス内部で方針転換があったんだろう。ヤツ一人の政権じゃないなら、支持者の意見も聞かないといけねぇ。その支持者が求めた政策を実行しようとしてるんだろうよ」

「なるほど……」

「その上で、だ。お前らに言っておく。あの野郎のことだ、何かしら算段もあるんだろう。一之瀬もバカじゃねぇ。Bクラスの奴らも、つまらない奴らばっかりだが、Aクラスの中なら上手くやれるだろう。無能を無能のまま放置するとは思えないからな。だからお前らも上手くあの野郎に縋れば、この作戦に入れてもらえる可能性がある。8億も8億2千万も、もうここまでくれば大して変わらねぇだろ」

 

 いきなり言い始めた龍園に、クラスメイトの多くが困惑する。だけれど裏切るな、裏切ったら殺すということを言いたいのか。しかし紡がれた言葉はそういう多くの予想と反していた。

 

「やりたければ好きにしろ」

「龍園さん……?」

「どういうことでしょうか」

「ただしだ! やるなら覚悟はしておけ。ヤツは無能を求めてねぇ。いいか、俺たちは選ばれなかったんだ。お前たちは、ヤツの求める水準に達してないってことだ。そんな奴を受け入れるか? 利用するだけして、ポイとなる可能性もある。そういう覚悟をしてから裏切るんだな。俺がヤツならそうだな、引き抜く価値があると思えるのは片手の指で足りるぜ。金田、ひより、運動能力ならアルベルトや陸上部の奴らくらいだろう。精々これだけだ」

 

 大多数の生徒が目を伏せる。実際問題、彼らは自分たちの実力が足りないことをある程度自覚していた。しかし、何か効果的な方策を立てられずにいた。龍園は場外乱闘や奇策を得意とするが、真っ当に兵の質を上げる方法を知らない。彼にはブレーンが足りなかった。知識面のフォローをしてくれる人材がいない。これがこのクラスの決定的な問題点である。

 

「お前らがどうするのか、よく考えろ。俺はヤツに首を垂れる気なんざサラサラない。これからもヤツを倒しAクラスを葬る作戦を考えるだけだ。裏切り者は見つけ次第邪魔になるから排除する。だがお前らがどうするのかは……自分で決めろ」

 

 そう言うと彼は無言で自席に座った。そこからは誰が話しかけてもうんともすんとも言わず、座ったまま前を見ている。実際の所、龍園もかなりショックを受けていたのだ。なにせ、現状勝利の目は限りなく小さい。坂上の言うように、奇跡的な展開に縋るしかないような状態だった。いわば、敗北感に打ちひしがれているのである。

 

 ああは言ったが、大多数は自分について来るとも思っている。他に自分で勝てる方法を思いつかない以上、そうするしかない。しかし付いてこないという選択を選んでも、彼は愚かとは思わないだろう。ここからでも必死に研鑽を積んで、Aクラスの目に留まり、作戦の中に入れてもらえる可能性を模索することも賢い道であると思うからだ。

 

 クラスはざわめく。そのざわめきを、龍園は止めない。Cクラスは今、大きな岐路に立たされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方のDクラスにも同様の内容が伝達されていた。

 

「以上のことにより、Bクラスは今後0ポイントでの生活を強いられる。したがってお前たちは来月よりCクラスとなる。以上だ」

 

 茶柱はそれだけを告げた。

 

「待ってください、審議の詳細は分からないんですか?」

「DクラスとCクラスには一切関係の無い内容である以上、当事者同士が情報公開を拒否すれば伝達されることはない。よって、私も知らない。知っているのは、来月からAクラスとの差が10.5倍となるという事だけだ。他に何も無ければ、私は戻る」

 

 Bクラスの突然の失墜。これはDクラスの生徒にとっても大きな困惑を以て受け止められた。事態の理解を正しく行えている生徒はごくごく少数だけで、後は己の疑問をただ口にしている。

 

「これは……どういう事? 一之瀬さんがそんな無防備な状態でやられるとは思えないし、そう易々と審議に負けるとは……」

「つまりそれだけの事だったという事だな。明らかにBクラスが不利になるよう、状況が整えられていたという事だろう」

 

 唐突な事態に戸惑う堀北に、綾小路は冷静に告げる。

 

「須藤君の時の発展版という事? 確かに、Aクラス、ひいては諸葛君はあの事件に多少だけれど関わっている。その際に龍園君のやり方を学んでよりブラッシュアップしたと考えれば妥当ではあるけれど……」

「それか、Bクラスも既に承諾済みという可能性だな」

「八百長、ということ?」

「そうだ。それなら裁判で易々と敗北した理由も説明がつく」

「でも何のために……。0ポイント生活を強いられる一之瀬さん達の得られるメリットなんてほぼ無いに等しい。Aクラスにポイントを吸い取られて、Aクラスがドンドンと強くなって、資金力を、得る……まさか、そんな事あり得るの?」

「8億ポイント。それがAクラスにクラス丸々一つを移籍させるために必要な資金だな」

「どう考えてもそんな額集められるはずがないわ」

「オレも難しいと思う。だが諸葛がもしやろうというのなら、それなりの算段があるんだろうな」

 

 常識外れの作戦に、堀北は開いた口が塞がらない。しかし、思い返してみれば無人島試験ではそういう作戦を取っていた。船上試験では調整を選び、体育祭でもそこまで目立った動きはしていない。基本的には王道の戦術を取るが、奇策が出来ないわけでも無いというのが、堀北の捉える諸葛像だ。

 

「じゃあ、この前一之瀬さんが売りに来た問題も罠……? 諸葛君たちと組んで、資金を回収するための」

「そう考えるのが妥当だろう。しかし、今後は難しくなるな」

「ポイント数がこれだけ離されると、あなたの言う通りね……」

「いや、それもそうだが」

「他に何か?」

「8億と8億2千万。本来なら大きな違いだが、8億を集めた存在から見てその差はどれくらいだろうな。どう思う?」

「……大した違いはない。つまり、上手く行けばその8億ポイント作戦に加われるかもしれない、という事ね」

「そういう事だ」

 

 堀北はぐるりとクラスを見渡す。Dクラスは成績不良の生徒が多いが、しかしそうは言っても優秀な存在も一定数いる。勉学なら幸村や王、運動ならば須藤や小野寺。こういう存在は学年でも目立っている。平田や櫛田も基本的に全部出来るタイプの人材だ。彼らもまた、学年の中心にいる。こういう層を引き抜ければ、Aクラスにとっても大きな戦力だろう。

 

 そしてより悪いことに、櫛田は既に体育祭でクラスを裏切っている。上手い事両者の利害が一致してしまえば、諸葛孔明が櫛田を引き抜くという事も十分にあり得る事だった。そして、今の堀北達にそれを止めるすべはない。何せ、止めたとしてもその先が無いのだ。櫛田を繋ぎ留めておくだけのメリットが、今のDクラスには存在していない。

 

「それで……どうする」

「どうするって、何が」

「今後の戦い方だ。ここまでポイントを離されると色々厳しいものがある。加えて言えば、内部も固まってない。そこを突かれて、燻ってる生徒に対して引き抜きを餌に裏切らせる可能性もある。更に、一之瀬たちは実質Aクラスと同じと考えて動くべきだ。龍園とは戦争状態が続いている。この状況でどうする? まだ戦うかどうか、判断するべきだ。お前は優秀だしな。望めば、上に引き抜いてくれるかもしれないぞ」

「……」

 

 綾小路は迷っていた。彼は無人島での試験を通じ、諸葛孔明の戦い方を見た。最後に己が勝っていればそれで良い、というのが彼の考えだったが、諸々の戦いを見て犠牲を出さず勝利を得るその姿にその考えを揺らがされていた。犠牲を払わず、過程も結果も得ていくその手法は、彼に真の仲間の必要性を認識させた。

 

 故にこそ、これからは上手くクラスを取り込んでいき、Aクラスとの戦いに臨むつもりだった。しかしこの事態である。折角堀北は成長の兆しを見せ、軽井沢は取りこめた。堀北は櫛田を味方にしたがっているので、それに便乗して櫛田を上手く仲間に出来れば未来はあると考えていた。そしてそれは大きく間違ってはいなかっただろう。Aクラスがこの手札を使って来るまでは。

 

「遅きに失した、か……」

 

 堀北に聞こえないようにそうぼやく綾小路には、三つの選択肢があった。一つ目はこのまま何とか堀北と共に足掻く道。二つ目は諸葛孔明と交渉し、自らとそれに近しい者達を連れてAクラスに移動するという道。三つ目はこのまま最低限のcpだけ持った状態で、普通の学生生活を謳歌するという道。いずれも現在選択可能だった。

 

 一番道義的なのは一つ目。一番合理的なのは二つ目。そして一番心が動かされるのは、三つ目の選択肢だった。Dクラスは軋んだ歯車のように動き始める。自分たちの行き先を、彼らはまだ知らない。そして、その中の一人である綾小路も、まだ己の身の振り方を迷っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 Bクラスからのポイントが無事に全て振り込まれたことを確認し、我々は適当な理由を付けてBクラスから柴田を移籍させた。既にクラス内での了解は取れているし、会計監査もOKを出している。それにより、この学年で初のクラス間移動が行われた。正直、他クラスにこちらの目論見はある程度バレていると思う。しかしながら、それですぐに何かできるとは思えない。今回の移籍で一番最初に彼を選んだことに関しては疑問を持たれるかもしれないが。

 

 我々としても一番欲しいのは一之瀬だ。次点で神崎。しかしながら、そういう優秀な生徒はどんどん人材のいなくなるクラスに留まってもらい、限界まで協力してこちらにポイントを流す役目を担ってほしいのだ。それゆえに、後回しになっている。加えて言えば、成績が悪い生徒から移籍させることで、教練期間を長く取る事が出来る。よって、柴田の次があるなら白波辺りになるだろう。

 

 先日回収できたのが2312万8000pp。そこに私の持っている232万6600を足し、今回Bクラスからは1163万ほどを回収できた。合計は3708万4600ppとなる。移籍で使用した分を除けば、1708万4600ppだ。来月には確実に300万以上手に入るので、それを使えば来月にはもう一人を移籍できる計算になる。割とハイペースではあるが、正直これでも間に合うかどうかは分からない。

 

 一之瀬の方にもこちらから大量にドサドサ課題を渡しているので、悲鳴を挙げながらそれに取り組んでいるところだろう。そろそろ私が直接監督しに行く必要がありそうだ。まずは彼らの実力をしっかりと把握しないといけない。

 

「知っての通り、Bクラスの柴田は本日よりAクラスに移動となった。挨拶をするように」

「えーっと、Aクラスの事はよく分かんないけど、よろしくお願いします」

「先生、こちらからも挨拶をよろしいですか?」

「……あぁ」

 

 先生の顔はあまり明るくない。きっと色々思うところがあるのだろう。大いに悩んで欲しいと思う。今のままで正しいのか、自分の職務は本当にこれで良いのか。そういう悩みを抱いて欲しい。先生もある意味ここの被害者だ。洗脳じみた教育により、本来するべきことを見失っている。今やっとその固定観念にヒビが入り始めたのだろう。良い傾向ではあった。遅いとはいえ、変わらないよりはずっといい。

 

 先生に時間を貰い、私はクラスを代表してまだ戸惑いの中にいる柴田に挨拶するべく前に出る。

 

「改めましてようこそAクラスへ。私がこのクラスの代表を務めている諸葛孔明です。これからどうぞよろしくお願い致します。さて早速ですが、このクラスでは自主性、積極性、自助努力が求められます。私は皆さんがより良い将来を掴めるように最大限の努力をいたしますが、こちらが一方的にアプローチを続けていても意味はありません。ですので、やるべき事を当たり前にしっかりこなして頂く。これが最低限のルールとなります。ここまでよろしいですか?」

「た、多分……」

「まぁ過ごしていくうちに分かっていただけると思います。良くも悪くもBクラスとは違うと思いますので、そこは早いうちになれて頂けると助かりますね。努力を求めるとは言いましたが、当たり前のことを当たり前にこなして頂ければ、それ以外は自由です。遊んでいようが恋愛・部活、そういう事をしていても構いません。各個人の行動を厳しく制限したりはしませんので、そこは安心してください」

 

 坂柳のように比較的自由に動き回っている者もいれば、特定個人と関わらないでフラフラとしている森下のような変人もいる。インドア派の白石のようにずっと休日は部屋にいる生徒もいれば、アウトドア派の生徒は動き回っていることもある。そんな具合に各個人が義務的なこと以外自由にしているのがAクラスだった。団体行動こそ全てなBクラスや、龍園の命令でしか動けないCクラス、てんでバラバラなDクラスよりは優秀故の自由度があると言えるだろう。

 

「そしてあなたも本日よりAクラスの一員ですので、各学期初日に選挙権が与えられます」

「選挙権……?」

「はい。クラスの代表者が現状のままで良いのかについてですね。リコールなども可能ですし、私は極力皆さんの意見を反映したいと思っています。なので、あなたもこれからは是非自分の意見を積極的に発信してください。今回の件も、自由闊達な意見の中から生まれたものですので。まぁその辺りは周りの方に聞いていただければ。何かご質問は?」

「いや、大丈夫……だと思う」 

「そうですか。では、放課後に詳しい自己紹介タイムを設けますので、そこであなたの自己紹介を。また我々も一応名乗りますので。あまり一人一人の事は知らないと思いますから。先に運営に関わることの多い生徒だけ紹介しますと、私の隣にいるのが会計監査の坂柳さん。向こうにいるのが生徒会役員でポイントの管理などをしたり、私の代行を務めてくださる葛城君。そして窓際にいるのが私の相方(パートナー)で書記を務めている真澄さん。ご存知とは思いますが、一応ご紹介です。困ったことがあれば頼ると良いでしょう」

 

 情報量が多いのでまだ整理しきれていないようではあるが、そのうちそれも整理できるだろう。クラスの空気はどうしても違う部分があるので、早く慣れてもらうことが大事になって来る。変に派閥など作られるよりはそっちの方が良いだろう。まぁ彼も悪い人ではないし、コミュニケーション能力に難があるとは思えないから、何とかなるとは思うのだが。

 

「先生、席はどうしましょうか」

「そうだな……後ろの方に一人飛び出る形にするのが良いと思うが」

「なるほど。ですが、転入して初日から一人席というのは少々疎外感がありますね……。先生、席替えしても構いませんか?」

「それはもちろん構わないが、もうすぐ授業が始まる。やるなら放課後に移動して、明日からその席にしてくれ。それまでは先ほど言った通りで頼む」

「承りました。柴田君も申し訳ないですが本日は後ろの一人席でお願いします。では皆さん、今先生が仰ったように、放課後自己紹介と共に席替えを実施します。いい加減代わり映えのしない景色に飽きてきたかと思いますので、やりましょう。もちろんくじ引きですので、お楽しみに」

 

 突然のイベントに、クラス内は結構盛り上がっている。半年くらいずっと同じ席だったので、流石にちょっと飽きてきたのだろう。今回は丁度良い機会だった。どうせ来月にはもう一人加わるので、ぼっち席では無くなるはずだ。しかし、そのうちこのクラスでは収容できなくなると思うのだが、そうなったらどうするのだろう。まぁとは言えそれは学校側がどうにかするはずだ。工事でも何でもして、上手く調整してもらおう。

 

 席替えの話題で盛り上がっているクラスを見ながら、柴田は目を白黒させている。Bクラスでは上に追い付くために必死だったのかもしれないが、こっちは割と余裕がある。心の余裕があるからこそ、それが強さに繋がる。そういう空気を作り出すことも、私の仕事だった。




<報告>
 移籍計画は順調に推移中。

<要求>
 Bクラス生徒の分析が面倒なので、成績管理システムを作っておいてくれ。要求と指示書は添付しておく。納期はなるべく早く。

<返信>
 了解。また、詳しくは後日報告致しますが、坂柳家とホワイトルームの関係性が明確になりました。ヤクザを使い子供を集めていたとの情報も確定しつつあります。

<Re.返信>
 この前報告にあった本国の人身売買ジンケートの売買記録は残っているな? それをしっかり保管しておけ。また、これに関連して日本に邦人を売買した記録があるように関係各所で処理をしろと参謀長に伝達。開戦事由はあっても困らない。邦人救出に特殊軍事作戦なら、それなりに恰好もつくだろう。臨月の嫁を抱えてそれどころではないかもしれんが、すまんが頼むと言うように。

<RE.Re返信>

 承知しました。
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