ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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人生とは出会いであり、その招待は二度とくり返されることはない。

『ハンス・カロッサッサ』


7章・子供は父母の行為を写す鏡である
49.妖精


「結局のところだ。現状どこまで把握しきれている」

「それなりには。完全とは申し上げられませんが、それでも最低限は揃っていると自負しています」

 

 長髪の青年は画面越しで己の副官と対峙していた。隻眼の目が青年を射抜く。かつて大規模テロ事件を未然に防いだ代償に、その左目は永遠に機能を喪失した。義眼を入れる事は無く、そのまま黒い眼帯が覆っている。夏侯惇にでもあやかっているのか、と青年――諸葛孔明は思ったものだった。

 

「そうか。仕方あるまい。妨害も多いのだろう?」

「はい。幸いこちらに犠牲者は出ていませんが……」

 

 ここ数日、国内外で起こっている自動車事故の多くはそれが原因だった。ホワイトルームのバックにはヤクザもいる。大きな組である以上、それなりに抗争も激しくなる。伝手のある上海のマフィアなどにも協力を依頼していたが、それでも芳しくはない。

 

「これまで様々な手段で隠匿されており、我が国内の協力者の存在もあったため、現在各情報局は大慌てになっています。粛清の結果、少しずつ明らかになっているようですが」

「台湾はどうだ」

「向こうの同志とも連絡を取りましたが、詳しくは知らないという事でした」

「ソビエトは」

「向こうは色々ごたごたしていますから。極東にはさほど興味が無いのでしょう。とは言え、ウラジオの分署が動くそうで」

「アメリカは?」

「静観の構えです。一応申し入れだけはしておきました。一切関知しないということです。大方、こちらが何か明確に掴むのを待っているのでしょう」

「分かった。引き続き調査を進めろ。上から何を言われるか知らんが、全て私の命令で押し通せ。どうせ中央は強くは出てこれない」

「了解しました。現状の資料は送付したものになります」

 

 孔明は送られた資料の画面に目を通す。ブルーライトの光が暗い部屋を満たしていた。

 

「訳の分からん組織だ。奴らは何をしたい? 人間を創り出すという神話の再現でもする気なのか?」

「はい。その印象は私どもも抱くところであります。それと……言いにくいのですが資料にも書いたように、この組織の建設には閣下の御父上が関与しているとの事です。閣下の側にも何か資料があるのではないかと愚考するところでありますが」

「その可能性は大いにあるだろう。探しておく」

「御実家に人を差し向けますか?」

「……いや、止めておけ。あそこは魔窟だ」

「魔窟とは?」

「生きて帰れるか分かったもんじゃない。それに、凡そ本や資料らしきものは全て持ち出した。床下も天井裏も全て探している。求める物は何もないだろう」

「了解!」

 

 資料を眺めていた孔明の目は、一点で止まる。そこを暫く読んでいた彼は、口角を上げた。

 

「この綾小路清隆をここへ送り込んだ後解雇され焼身自殺した執事だが、息子がいるな」

「はい。私立高校に合格したようですが謎の理由で取り消され、他の学校も全て取り消されたと。まるで我が国のような有り様。本当に日本の話なのかと疑いました」

「平和主義の国家の内実がそうとは限らん。ともあれこの息子だが……いないよりはいる方が良いだろう」

「そう仰ると考え、既に手は打ってあります」

「流石だな」

 

 敵対する気がないならまだいい。そう思っていたが、父親が関与していたと聞き、孔明の心境は変化していた。関与していた、つまり途中で抜けたのは何らかの不備があったからだ。そうでなければあの傲慢な父親が途中で物事を放棄するわけがない。彼はそう考える。で、あればその不完全だらけな施設でまともな人生を送れなかった子供たちに対する責任の一端は自分にもあるのだろうと捉えていた。

 

「父親の贖罪、か……」

「はい?」

「いや、何でもない。引き続き励んでくれ」

「了解しました! 諸葛閣下、万歳!」

 

 通信は切れる。暗い部屋の中で、青年が1人、ため息を吐いていた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

「これよりペーパーシャッフルの結果を発表する。まずこのクラスについてだが、Dに勝利し、100のcpを得ることになった。おめでとう」

 

 12月に入り、教壇で真嶋先生が我々を讃えている。それを見つめる我々の目線はどこか微妙なモノがあった。なにせ、この試験は完全な出来レースだ。Aクラスと彼らの格付けとも言うべきものは、デモ問題を解いてもらった時点で既に出来ている。あの問題ですら、彼らは我々に平均点や総合点で勝てなかった。学力面での差は大いに見せつける事が出来ただろう。

 

 なので、今回のペーパーシャッフルにおいて彼らがこちらに出したのは凄く適当に作られた問題だ。多分、頑張れば小学生でも回答できる。当然、こちらは満点連発になっている。対する向こうへはこちらが指示した解答だけをしてもらっている。これにより点数調整が可能となり、全員基準値をクリアしているけれどこちらよりは低い、という点数となった。よって、Aクラスの勝利である。

 

「また、もう一つの対決の結果、元DクラスがBクラスとなる。cpの表は廊下に掲載してある通りだ」

 

 これにてペーパーシャッフルは無事に終了した。無事に、と言ってもそこまでに大分波乱があったのだが、それでも結果だけを見れば無事に終了したと言って差し支えないだろう。なにせ、これでAクラスのポイント数は2132になったのだから。一之瀬たちがDクラスに移動した結果、龍園がBクラスとなった。だが、龍園達はペーパーシャッフルで敗北し、再びCに戻る。結果、堀北達がBクラスになっている。とは言え、そのBクラスも302ポイントしかない。これで負ける方が難しい。

 

「先生、よろしいですか?」

「構わない」

 

 一応確認事項として聞いておくことがある。南雲に聞いたら大丈夫とは言われたが、念には念を入れておきたい。

 

「ありがとうございます。我々は既に0ポイント状態のDクラスに勝利したわけですが、ペーパーシャッフル試験のポイントは本来相手クラスの持っている分をこちらへ移譲という形式のはずです。その場合、0ポイントのDクラスは負債を抱えた状態になるのでしょうか」

「いや、そうはならない。この学校では0は0だ。仮に相当な素行不良で0になったとして、そこから更に問題を積み重ねたとしても、0のまま推移しないしポイントがプラスされるような事態があればプラスになっていく」

「なるほど、分かりました。ありがとうございます」

 

 つまり、無敵の人を量産することが出来るシステムということだ。0は0のままでありマイナスに突入しないシステムというのはつまりそういう事である。どれだけやらかそうとも構わないのだとしたら、龍園のような存在にとってすればもう敢えて0に落ち、そこから暴れまわる事だってできる。

 

 退学しないように勉強だけはしておいて、授業中は遊んでいてもそういうクラスでは問題ないだろう。こんなのがまかり通る時点でどうかとは思うけれど、今は一之瀬たちに負債が積み重なるわけではないという事が公式に認められた時点でありがたかった。尤も、途中からルールを変えてくる可能性はあるけれど。

 

 先生が退出した後、私が壇上に立つ。前まではもう少し前方に座っていたのだが、今は最後方からなので大分見える景色が変わった。教室の後ろからだと、クラスメイトの観察がしやすい。どういう時に詰まっているのかなど、手に取るようにわかる。これは教育上結構いい場所に座れたかもしれないと思っていた。

 

「皆さん、お疲れ様でした。まぁ、お分かりの通りこれはある種の出来レースでしたけれど、それでも順調に物事は進んでいます。今年いっぱいはもう何もないようですから、後は体調にだけ気を付けて過ごしていきましょう。また、今回の収入により2000万ppに達しましたので、今月中にDクラスからまた一名引き抜きたいと思います。席は杉尾君の隣ですね。暫くはそれで行きましょう」

 

 柴田もこちらに移籍して以降、特に問題なく過ごせているようだ。元々根は明るいタイプだし、付き合いやすい相手ではある。一之瀬が彼を選んだのは正解だった。成績面のこともあるけれど、それは下の方で団子になっている他のメンバーでも、それこそ白波などでも良かったのだ。それでも柴田を選んだのは、自クラスの生徒がAクラスに来ても過ごしやすくするためだろう。その辺りの一之瀬の采配は上手い。

 

 橋本辺りが良く面倒を見てくれている。彼は保身をかける癖があるが、それさえなければ付き合いをする分には気のいい相手だと思う。場を回す能力もある。今後はしばらく転入してきた組の面倒を見てもらうとしよう。無論、他の面子も付けて変な派閥を作られないように調整はするけれど。

 

「間もなくクリスマス、そして年末となります。くれぐれも羽目を外して問題にならないようにお願いしますね。また、ここまで圧倒的にcpの差が開いたとはいえ、BクラスとCクラスがどう動くかはまだ未知数です。こちらでも警戒をしておきますけれど、皆さんの方でも何かあれば教えてください。些細な事でも構いません。よろしくお願いします」

 

 そう言って頭を下げ、私はまた自席に戻る。堀北と龍園。中々降伏するという選択肢を選ばなそうな面子だ。もし仮にAクラス以外全部0ポイントになったらどうするのだろうとちょっと気にはなってきた。そしてそうなったら、二人は諦めるのかどうかも。

 

 とは言え、常識的な手段では折れないだけで、心を折る方法自体は存在している。龍園は圧倒的な暴力、それも感情を見せない暴力が効くだろう。機械のように処理されることは、彼のプライドを傷つける。堀北は自分が八方塞がりになって本当に打つ手が無くなった時にポキっと折れてしまいそうな脆さがある。あの強気な態度はその裏返しだろうと私は捉えていた。

 

「クリスマスケーキ食べたい」

「……いきなりそれ?」

「アンタがクリスマスの話なんてするから」

「いや、どう考えても私のせいでは無いでしょ」

 

 真澄さんが唐突にクリスマスケーキの話を始める。まぁ、そんな事になるんじゃないだろうかとは思っていた。

 

「別に構わないけど、何が良いの。普通のショートケーキ?」

「他のでも作れるの?」

「まぁ、早めに言ってくれれば」

「じゃあ、これ」

「なにこれ……うわぁまた面倒そうな……。分かった、準備しておく」

「よろしく」

 

 随分と作るのに時間がかかりそうな代物だけれど、オーダーされてしまったモノは仕方ない。取り敢えず図書館でレシピ本を漁ろうと思った。ネットに書いてある情報は玉石混淆なので、多分そっちの方が良いだろうから。携帯に24日の予定をメモしていたら、斜め後方にいる杉尾の視線が飛んでくる。

 

「どうしました?」

「いや、孔明先生……その携帯のうしろ、何?」

「あぁ、これですか? 前に2人で撮りました。ゲームセンターの、しかもプリクラなんて初めてやりましたけど、結構綺麗に撮れるものですね、これ」

「お、おう、そうか……」

 

 私の携帯の背面の透明なカバーの下には、真澄さんがぎこちないピースと笑顔で、むしろ私の方がギャルピースのような感じになっているプリが入っている。中学時代を過ごしたド田舎には無かったので、都会に来た役得である。貴重な青春時代の思い出となるのだろう。

 

 変な声を出しながら机に突っ伏す杉尾の肩を、通りかかった坂柳が優しく叩いていた。

 

 

 

 

「以上により、本日からお前たちはBクラスとなる。これまでDクラスがBクラスまで上がった例は数少ない。一応、おめでとうと言っておこうか」

 

 茶柱の言葉に、Dクラス改めBクラスには微妙な沈黙が流れていた。茶柱の褒め言葉とはあまり思えない言葉遣いにも理由がある。それはすなわち、BクラスとAクラスの間にある圧倒的なまでの差。その差、約7倍。これまでの学校の歴史において、AクラスとBクラスの差がここまで開くことは無かった。故に、もう通常の手段におけるクラス間闘争は事実上終了したと学校側は捉え始めている。つまり、残りは消化試合だ。

 

 学校側としてはそれはそれで構わないと考えている。その証拠に、同じく事実上どころか公式にクラス間闘争の終了を宣言した二年生の存在が認められている。二年生も一年生ほどではないにしても、AクラスとBクラスの間には大きな差が存在していた。

 

 1年Bクラスの生徒もそれは理解している。Bクラスという名前だけ見れば、5月には遠く見えた場所にたどり着いたことを意味する。しかし上には上が存在しており、その頂きは遠いどころではないことはどんな生徒にも手に取るように分かった。なにせ、初期のAクラスとDクラスの差よりも開いているのである。5月の差は940。今の差は1830。絶望的だった。

 

 とは言え、学校のルール上教師の給料は受け持つ生徒のクラスで決まる。つまり、Bクラスになった茶柱は少なくともDクラス時代よりは良い待遇となったのである。このまま維持できれば、三年後の査定も良い方向になるだろう。彼女としてはあまり損が無い。なので、微妙な顔をしながらの発表だったのだ。そんな担任が退出した後、Bクラスの中には沈黙が漂う。それを破るように前に出たのは、暫定的なまとめ役を担っている堀北だった。

 

「ちょっと、聞いて欲しいことがあるの」

 

 その言葉に、一同は話を止めて前を向く。相変わらず態度の悪い高円寺だが、一応話は聞いている。この何とも言えない状況に、クラスのほぼ全員が何かしらの方向性や答えを求めていた。

 

「ここまで一連の流れを経て、私は恐らくAクラスはDクラス、つまりは一之瀬さん達を吸収しようとしていると考えたわ。その根拠は、一之瀬さんたちがあまりにも簡単に審議に敗北している点。一之瀬さんたちは先立ってあった須藤君の審議についても協力してくれていた。そこから考えれば、Aクラスよりも審議に関する知識はある。それに、こういうcpに大きく関わる審議にも拘わらず、終わるのが早すぎるわ。一之瀬さん達が本気なら、もっと長く抵抗していたでしょう。そして今回の審議の結果、Aクラスにはポイントが集まっている。これまでのAクラスの方針はそこまで過激に金策に走るようなモノでは無かった。そこから考えれば、Aクラスは大量の資金を求めている。その理由は一之瀬さん達を吸収する事」

「理屈は分かった。だがあまりにも非現実的じゃないのか? いくらAクラスとは言え、一クラス丸々全員の移籍には8億ポイントも使う。そんな額を用意できるとは……」

 

 眼鏡をくいと上げながら幸村が尋ねる。彼はこのクラスでは数少ない成績上位層だ。Aクラスに入ったとしても、十分上位で戦えるだろう。勉学は得意だが、あまり策略の類には長けていない。とは言え、普通の高校生基準で考えれば十分優秀だった。こんな学校に来るべきでは無かった筆頭だろう。

 

「それは私も同感よ。とは言え、一之瀬さんたちはこれに同意して、Aクラス内でも何かしらのアイデアを立てて、クラスメイトを同意させている。そしてつい先日、柴田君が移籍した。計画は始まっていると見てよいでしょうね」

「そんな事をするメリットがAクラスにあるのか? 資金を集めて一之瀬たちを吸収して、一体何になる」

「それは私にも分からない。一番強敵となる可能性があるのが彼女たちとみなして、それを友軍にするべく取り込んだ……というのが一番現実的な線かしら。或いは諸葛君が博愛主義者……という考えも出来なくはないけれど、まぁないでしょうね。ともあれ、私は諸葛君たちは一之瀬さんたちを吸収しようとしていると考えたわ」

「中々鋭い気付きじゃないか、堀北ガール」

「……という事は、あなたも同意してくれるということで良いのね? 高円寺君」

「同意も何も、私は既に気付いていたからねぇ」

「なら、早く教えてくれると嬉しかったのだけれど」

「それを決めるのは私だよ」

 

 高円寺の口ぶりにため息を吐く堀北だったが、彼の言葉により堀北の発言に真実味が出てきたのも事実だった。高円寺は自由人かつこれまでろくにクラスに協力していない。しかし、船上試験では誰よりも早く動いた。その能力の高さはクラス全員が知っている。堀北だけではなく高円寺も同意見ならば、多分真実なのでは無いだろうか。そういう感情がクラスに満ちる。

 

「私の本題はここからよ。これからどうするのか、私たちは決めないといけない。AクラスがDクラスを吸収しようとしているのがほぼ既定路線として考えた場合、私たちには三つの選択肢がある。一つ目は降伏する事」

「諦めるってことかよ!」

「その通りよ、須藤君。もうクラス間闘争には拘わらない。最低限のポイントだけ毎月貰えるように調整してくださいとお願いして、それを受け入れて貰う。ある程度は上納金を持っていかれるかもしれないけれど、少なくとも上手く行けば卒業まで誰も退学せずに済むかもしれない。そういう風にしてもらえるようお願いすればの話だけれど」

 

 クラス内にはざわめきが起きる。元々、本気でAクラスを目指そうとしていた生徒はあまり多くない。取り敢えず目先の問題に対処するのが精一杯な生徒が多数を占めていた。或いは、個人的な趣味嗜好や感情から上を目指していない生徒もいる。

 

「二つ目はあくまでも戦う道。ただ、相手は一之瀬さん達を吸収してどんどんと強くなっていく。この道を選んだ場合、私たちは一之瀬さん達とも直接対峙しないといけない。これまでは比較的温厚な関係を築けていたけれどね。敵に回った一之瀬さんがどの程度強いのかは分からないけれど、まずもって弱くはないはずよ。そんな相手、諸葛君は欲しないでしょうから」

 

 今度は難しい顔をする生徒が増えた。上には行きたいが、しかしそうはいってもこの道が茨すぎることは理解している。状況は既に、5月の時点よりも悪いのだ。

 

「最後に三つ目。それはもう個々人で好き勝手にする事よ」

「それは、どういう……?」

 

 いきなりの突き放した言い方に、平田が不安そうな顔をしながら尋ねた。

 

「Aクラスが一之瀬さん達を吸収する目的が戦力強化と安全保障のためだと仮定するなら、優秀な人材であれば、それこそAとDの全人材と比較しても対等か或いは何か一つでも秀でているのなら、後は交渉次第で受け入れて貰える可能性もあるわ。一之瀬さん達の吸収に役立つと判断されれば、もしかしたら順番を多少前後させてAクラスになれるかもしれない」

 

 その言葉にクラス中が色めき立つ。遠い先にあるはずのAクラスになれるかもしれない希望が湧いて出ていた。今までの二つの選択肢に比べればずっと希望があるように、Bクラスの面々には見えている。しかしその希望を断ち切るように、堀北は話を続けた。

 

「ただし、この道にも問題がある。個々人で好き勝手にすると言ったのは、明らかに待遇に差が出るからよ。このクラスで受け入れてくれるであろう人と、そうでは無い人が生まれる。そして申し訳ないけれど、大多数は受け入れて貰えないでしょうね」

「そんなの分かんないじゃないかよ、交渉してみない事にはさ」

「じゃあ山内君、私が諸葛君だと思って自分の長所を話してみて。自分がAクラスやDクラスの生徒と比較して何が優れているのか、何を得意としているのか、Aクラスではどんな活動を行えるのか。どういう想いがあるのか。懇切丁寧に言葉を尽くして、相手を説得して。ついでに優先順位を変えてもらう都合上、一之瀬さん達にも納得してもらわないといけないわね」

 

 確かに山内の言う事も間違いではない。交渉して見ない事には分からないのは事実。事実ではあるのだが、とは言えしたからと言ってよい方向に向かうとは限らない。堀北の言葉に、山内も納得するしかなかった。そしてそれは他の生徒も同じ。堀北の言ったように、自分に何かアピールポイントはあるのだろうか。それを必死に考える。

 

「あくまでも私の感覚であって、諸葛君にはまた違う視点があるかもしれない。それを前提としたうえで言うけれど、引き抜いてもらえる可能性があるのはまず平田君、櫛田さん、高円寺君、須藤君辺りでしょうね。幸村君や王さん、松下さん、小野寺さん辺りも可能性は高いかしら」

 

 名前が挙げられたのは僅かな存在だけ。堀北の口に出たのはたった8名。堀北自身を含めたとしても9名。残りの30数名は全員受け入れて貰えない可能性が高いのだということを示していた。

 

「平田君や櫛田さんはこれまでクラスの中で中心的な役割をしてきた。成績も、運動神経も、人柄も問題ない。Aクラスでも十分に活躍できるでしょうし、優秀な存在として迎え入れてもらえるでしょうね」

 

 櫛田の正体は堀北も知っている。とは言え、ここで櫛田を挙げない事にはクラスメイトからその理由を問われた際に答えずらい。それに、普通に過ごしている分には優しい生徒なのだ。たとえそれが見かけだけの姿であっても、王や井の頭などの大人しい生徒にとっては救いだったのも事実だ。

 

「須藤君や小野寺さんは運動神経がずば抜けているわ。Aクラスは総合力は高いけれど、二人ほど突出した能力がある生徒はそういない」

「でもよぉ、健は成績悪いぜ」

「そうね。伸びてはいるけれど、AクラスやDクラスの生徒に比べれば劣る。けれど、覚えているかしら5月の事を。勉強したくないというあなた達に一瞬で方法論を出してきたのよ。そんな相手がしっかりと須藤君の成績について分析して対策を考えたら、きっとすぐに伸びていく事でしょうね。それは手間がかかるかもしれないけれど、それをするだけの価値が須藤君の能力には存在しているわ」

 

 須藤のバスケットボールの能力は非常に高い。それ以外の運動能力も同様だ。Aクラスにいたら大きな成長が見込めるだろう。小野寺も同じく身体能力で大きくクラスに貢献している。現状、Aクラスで一番動けるのは孔明&真澄ペアに鬼頭という状況。ここに二人が加わればかなり大きな戦力となる。

 

「じゃ、じゃあ高円寺は?」

「高円寺君は問題がある。けれど、それを上回る能力もある。仮にAクラスに毎月振り込まれる大金の徴収を免除する代わりにクラスのために特別試験などで働く、という交渉だったらどうかしら」

「ふむ、それだったら一考の余地はあるねぇ」

「高円寺君が働くなら、それこそ諸葛君は特別試験に関する手間が大分省けるでしょうね。幸村君や王さん、松下さんは学年内でも比較的上位の成績を維持している。とは言え、そういう存在はAクラスに沢山いるでしょうから、そこまで欲しい人材とは言えないかもしれない。それでもいたら戦力になる存在としてはカウントできるでしょう。諸葛君視点ではこんな感じね」

 

 Dクラスの中には無言が満ちる。堀北の言っていることは正しかった。何か一つでも自分の長所が、それこそAクラスやDクラスと比較しても言えるような長所があれば、Aクラスはその門戸を開くだろう。しかしそのためのハードルは限りなく高い。

 

「ここですぐにどの道を選ぶのか決めたりはしないわ。正直、考えるのに時間がかかるでしょうから。それでもちゃんと考えて欲しいの。これから、私たちが、そして自分自身がどうするのかを。私としては諦める道は選びたくないけれど……でもこの状況で安穏を求めたりAクラスに迎え入れてもらえる道を選ぶのを止める権利はないわ」

「じゃあさぁ、堀北さんはどうなの?」

「私?」

「そう。諸葛君が是非君にはウチのクラスに来て欲しい。君にはこのクラスよりももっと良い場所があるはずだって言って条件とか無しに勧誘されたらどうするのよ。堀北さん、頭は良いし。あり得るでしょ?」

「それは……分からないわね。実際に直面して見ない事には。Aクラスに行きたいという気持ちは存在するけれど、そんな方法で良いのかっていう葛藤もある。私自身も、考えたいの。これからどうするのか。自分の人生について、もう一度。軽井沢さんも考えてみて。あなたにも人を動かすことが出来るっていう長所がある。もしかしたら、あなたにも勧誘は来るかもしれないのだから」

 

 堀北はそう言って話を終えると、席に着く。Bクラスの中にはひそひそと話す声、自分自身と対話する声が存在していた。

 

「あなたはどうするの、綾小路君」

「悪い。まだ答えが出ないんだ」

「そうでしょうね……。とんだ課題ね。或いはこれも、諸葛君は承知の上で私たちに突き付けているのかしら。お前の人生だろう、どうするのかは自分で決めろと」

「そうかもしれないな」

 

 綾小路もまた、珍しく迷いの中にいた。彼だけではない。勉強しか出来ない自分はどうすればいいのかと煩悶する幸村。能力を示したところで受け入れてくれるかどうかと不安を感じる松下。誰も退学させないためにはどうするべきかを悩む平田。どうすればいいのかと惑う多くの平凡な生徒たち。

 

 そして一番岐路に立たされているのは櫛田だった。彼女の目的は堀北の、正確には自分の事を知っている人間を全員排除する事。今のところの狙いは堀北・綾小路・龍園・諸葛・そして多分諸葛から色々聞いているであろう神室。以上五名だ。そして全員生半可な方法では退学させられない。

 

 何人かに関してはもう妥協するしかないかもしれないと思っている。明確に過去を知っているのは堀北だけ。強いて言えば綾小路もだ。龍園は誰かに消してもらうしかない。諸葛と神室はむしろ一番利用できる存在だった。自分の事を誰にも話さない事を条件にAクラスに移籍して、その中で尽力し、交換条件として堀北を退学させる機会が来たら行動してもらう。そういう選択肢もある。だがこれが上手く行くかは本当に未知数だった。

 

 内心で舌打ちをしながら、櫛田は不安そうな言葉を自分に漏らす級友に、偽りの顔を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後の時間を少しだけ使って、私は図書館へ来ていた。この学校の図書館は無駄に広い。全校生徒が最大でも500名に満たない学校だが、それでもこの図書館は相当な広さを持っている。蔵書数も多い。教職員も使えるとは言え、正直こんな大きい必要はないと思うのだが、それでも国立の威信というものなのか毎年沢山の本が入荷される。頼めばすぐに入荷してくれるので、自分のモノにしたい場合でない限り、ここへ来た方が良いだろう。

 

「『簡単ケーキ』これじゃないな……。『あなたも出来るクリスマスケーキ』これは簡単すぎる……。『ヨーロッパのクリスマスお菓子』これか……?」

 

 全然人がいないので、目を細めながら本を探している。私の貸し出し履歴は大半がレシピ本で満たされていた。

 

「何か入荷してもらうか……」

 

 目を凝らして探していると、レシピ本コーナーには無いはずの本を見つける。しょうがないので取り敢えず私が戻しておけばいいかと思い、それを手に取った。そこで横から声をかけられる。

 

「すみません、その本はお借りになりますか?」

 

 視線を向ければ、長めの髪をした女子生徒が立っている。穏やかそうな空気感を身に纏っていた。話したことはないけれど、その名前と顔は知っている。龍園のクラスでも珍しく頭が切れる存在。名前を椎名ひより。普段から図書館によくいるため、放課後にここを訪れれば大体彼女の姿を見かける事が出来るだろう。図書館の妖精のように扱われている存在だった。

 

「いえ、場所が違うので戻そうと」

「そうでしたか。でしたら、私が戻しておきますので」

「そうですか? それはどうもありがとうございます」

 

 彼女に本を渡す。荒くれ者の多いCクラスでは珍しい大人しく言葉遣いも丁寧だった。

 

「Aクラスの諸葛君ですよね。よくこの辺りのコーナーにいらっしゃるので」

「えぇ。結構参考になるものですよ、市井のレシピ本も。私個人の料理のレパートリーには限界がありますからね。色々工夫しながら、上手い具合になるよう調整するのも面白いものでして。まぁ、真っ当な読書ではないかもしれませんが」

「いえ、そんな事はありませんよ。どんな本でも、等しく価値があります。本は他の世界への扉を開いてくれますし、この空間に居ながらにして新しい出会いをくれる存在です。人生にとってとても有益だと、私は思っています。その点Aクラスの方はあまりここへはいらっしゃいませんね……少し残念です。皆さん優秀でしょうから、色々とお話も出来そうですけれど」

「そうですね……確かにあまり来ていないのかもしれません。勉強ばっかりしていてはいけませんね。今度行くように促してみます。電子の時代ですけれど、紙の本には紙の本にしかない魅力がありますし」

 

 坂柳とかは暇なのだろうから、色々読めばいいと思う。椎名のいう事も尤もだ。Aクラスにいて教養も分かりませんでは話にならない。色んな名作であったり、自分の好きな本を読んだりして、自分の世界を広げたり語彙力を高めていく事も大事な事だ。勉強だけさせていればいいわけではない。指導する側として、良い知見を貰った。素直に感謝したい。

 

「二年生は比較的読まれる方も多いので、是非そうしてください。今はレイモンド・チャンドラーがブームのようで」

「チャンドラーが高校生でブームになることなんてあるんですね……」

 

 二年生は随分と高度な世界にいるらしい。或いは南雲のせいでクラス間闘争が終わってしまい、暇だからその余暇を潰しているのだろうか。私は基本的に何でも読む。ライトノベルでも新書でも歴史小説でも恋愛小説でも。感動ものから推理小説まで、啓発本から漫画まで。割と幅広いと自負している。

 

「チャンドラーをご存知という事は、諸葛君も推理小説など読まれるんですか?」

「えぇまぁ、人並み以上には読んできたと自負していますが」

「先ごろ、Bクラスの綾小路君にも本をお貸ししたんです。同じクラスにはお話しできる方がいないので、是非今度綾小路君も含めてお話しできたら嬉しいです」

「機会があれば是非」

 

 これは面白い出会いだったかもしれない。ホワイトルームの寵児たる綾小路。彼がCクラスの生徒と接点があるというのも意外だった。いや、椎名がCクラスでは少し特殊なだけかもしれないが。綾小路との接点は今のところほとんどない。これが何かしらのきっかけになれば、或いは綾小路を一之瀬たちの併合計画に使えるかもしれない。

 

 椎名の態度からは裏を感じない。長年の経験でそういうのは大概分かる。逆に言えばそれに気付かせなかった櫛田が大したものなのだが。ともあれ、この縁は存外化けるかもしれない。そう感じながら、図書館を後にした。

 

「あぁ、待ってたの? 先に帰ればよかったのに」

「別に……。何借りたの?」

「レシピ本」

「さっきあそこで話してたの、誰?」

「Cクラスの椎名だ。知ってるでしょ、図書館の妖精」

「あぁ、あれが。随分楽しそうだったけど、ああいうのが好みなわけ?」

「別に。ただちょっと、面白そうな案件を見つけただけだ」

「ふーん」

 

 ケーキ作り用のレシピ本を探す過程で思わぬ出会いに恵まれた。綾小路と椎名の繋がり、これは何かに使えるかもしれない。むすっとした顔をしている真澄さんには取り敢えず借りてきた本を見せて機嫌を直すことにした。美味しいものを見せるとちょっと機嫌がよくなるので分かりやすい。

 

 出会いと別れが人生の本質なのだとすれば、縁というモノは大事にしていくべきなのだろう。椎名との縁もしかり、そして真澄さんとの縁もまたしかりだ。人生何がどう作用するのかなど、分からないのだから。




Aクラスの11月中の所持金
 1708万4600pp(11月までのAB両方のppを集金-柴田移籍)

Aクラスの12月の収入
 50万pp(龍園への問題販売)
 15万pp(堀北への問題販売)
 786万7080pp(12月分pp収入の9割×41人分) 

支出
 2000万pp(白波移籍)

合計所持金
 560万1680pp



私は綾×ひよ派です。
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