ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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教育の唯一の目的は、思考と知識を磨くことである。学校は、人々の教育のための組織として、その目的をしっかり果たさなければいけない。

『アインシュタイン』


55.人形劇

「随分と派手にやったらしいな」

「私じゃありませんけれどね」

 

 龍園と綾小路が決闘し、軽井沢が暴行の被害者となったその翌日。生徒会室では会議が行われていた。南雲は随分と面白いものを見たかのように私に言うが、私は全くもって何もしていない。彼らが勝手に争っただけだ。

 

「だが意外だな。お前の目的が龍園の排除ならば、既にアイツを退学させるには十分な証拠を持っている。綾小路と軽井沢がどう言おうと、お前のカードを使えば龍園はおしまいだ。それがAクラスを守ることに繋がるんじゃないのか?」

「まぁ、そう事は単純でも無いのですよ。それに、彼にはまだ利用価値がある。トカゲのしっぽ切りをするのは簡単ですが、それでは色々と困る。それに、軽井沢さん達が望まないのに無理に行動しては、彼らとの関係性にひびが入る」

「一応Bクラスとは言え、あの二人にそこまで気を遣うべき理由があるとは思えないがな」

「もしそうだったとしても、敵は少ない方が良い。限界まで、関係性は良好に保っておくのが賢いやり方だと私は思っていますから」

「それがお前のスタンス、ということか」

「えぇ、仰る通り」

「良いだろう。だが、もう一つ気になった。トカゲのしっぽ切りというが、龍園の裏に誰かいるという事か?」

「いえ、そう言う事ではありません。龍園君を退学させるのは簡単ですが、学校側にそれで幕引きを図ってもらっては困るという事です。この問題は長引かせたい」

 

 私は静かに出されたお茶の湯飲みを置く。長引かせたい、という言葉にこの場に集まった人々の視線が私に集中する。現在生徒会室には生徒会長の南雲と生徒会所属の一之瀬・葛城の両名。そして私、坂柳、真澄さん、神崎がいる。概ねクラス統合計画の関係者であり、南雲も金策関連では協力関係にある間柄だ。

 

「長引かせる、ね……具体的には?」

「まずはこちらを」

「これは?」

「告訴状です」

 

 その言葉に生徒会室内の空気が重たくなった。非常に重大な案件である。それくらいの気概で挑んでもらわないと困るので、丁度良い。

 

「こちらは私が作成しました」

「具体的には、誰を告訴する」

「軽井沢さんの名前で、茶柱教諭と国立学校法人東京都高度育成高等学校を提訴します」

「えぇっ!?」

 

 この中で一番常識的であろう一之瀬が変な声を出す。昨日、軽井沢に何かを頼んでいるのは知っていたけれど、まさか学校を提訴する気だとは思わなかったらしい。無理もない話だと思う。普通に生きていて、学校を訴えようという考えには至らない。神崎や葛城も同じ考えだったようで目を丸くしている。坂柳みたいなちょっとズレた人は普通の顔だ。真澄さんはコイツマジかぁというような呆れ顔をしている。

 

「虐め、そういう言葉を使うのもおこがましいほどに残忍かつ狡猾な龍園君による恐喝と暴行を見逃し、知っていたのにも拘らず適切な処置を取らず、教師としての責任と義務を放棄したとして、茶柱教諭を告訴します。同時に、彼女を雇っており龍園君の入学を許可したこの学校にも、責任を取ってもらいましょう。学校側は龍園君の過去の問題行動と現在までの行動を知りながら、なんら適切な指導を行ってきませんでした。また、茶柱教諭に対し生徒への介入は望ましくない旨の指導をしていた。これは学校ぐるみでの暴行事件隠蔽並びに生徒指導の放棄並びに従業員たる教師への適切な指導の放棄、加えて安全管理義務の放棄と判断し、提訴するに十分な要件を揃えていると判断しました」

 

 ストーカー事件の時点で片鱗はあったのだが、暴力沙汰をちゃんと解決しないのは普通に問題行動だ。須藤の事件の時もそう。確かにあれは龍園の姦計だったけれど、とはいえ暴行を振るった須藤を指導しないのは間違っている。どちらが先に、の話ではないのだ。暴力を振るった時点で指導しないといけない。それを訴えが無くなったからチャラにします、では法律の意味がない。

 

 安易に停学・退学にするのが正しいとは思わないし、加害者にも安全に学ぶ権利はある。しかし、優先されるべきはどう考えても被害者の権利だ。今回は、それを全力で行使しに行く。どういういざこざがあったにしろ、龍園たちの行いは完全に間違っているし、犯罪行為以外の何物でもない。そして、軽井沢はどう頑張っても被害者にしかなり得ない。

 

 昨日の時点で病院には連れて行き、暴行の痕跡をしっかり記録してもらっている。公的機関の証拠は確保した。上手くすれば、映像が無いので強姦未遂なども付け加える事が出来るかもしれないが、それはともかく。目的は龍園ではない。この学校そのものだ。龍園は加害者なので罰を望むが、過度なモノ=退学は被害者が望まないので無しにして適切な指導をしてくれ。こう要求すれば、綾小路の面子も立つだろう。

 

「そして、もう一枚。こちらでは軽井沢さんの代理人を私としています。つまり、彼女には名前だけ貸してもらっているわけですね。交渉などの一切は私が行いますし、彼女は心的外傷が酷いという事でしばらく部屋に引き籠ってもらうつもりです」

「でも、それだとポイント引かれるんじゃない?」

「真澄さん、よく気付きましたね。引いてくれればむしろ大歓迎。暴行事件の被害者の心的外傷を無視してポイントを引く悪魔の所業をする学校を絶対に許してはいけませんね?」

「うわぁ……」

「学校に出来る唯一の方法は謝罪し賠償金を払い、ただちに適切な処置をすること。しかしそう簡単にはいかないでしょう、なにせ初めての事態です。そもそもこんな訴状を出された時点で敗北と言っても良い」

 

 凝り固まった組織はそう簡単には動けない。上手く対処できないまま時間が過ぎ去るのを待とうとし、その場しのぎの対応をして余計に悪化させる。大体炎上した団体というのはそういう対応をしている。それに、今の世情でいじめ事件に関する問題は凄まじく着火性が強い。

 

 2年前、痛ましい事件をきっかけに「いじめ防止対策推進法」が施行されたばかり。その記憶も冷めないうちに国立学校でこれは大スキャンダル。何としてでも流出は防ぎたいだろうし、内閣レベルに知られるのだって困るはず。制定当時の首相は今の総理だ。

 

「しかし、見えてきませんね。それとこれとがどう関係するのでしょうか。賠償金が降りて来ても、それを受け取るのは軽井沢さんでは?」 

 

 坂柳の疑問は至極もっともな意見だ。だからこそ、本命はそこではない。

 

「それはその通り。ですので、この告訴状を提出すると共に学校の理事会に揺さぶりをかけます。告訴状を取り下げる用意がある。取り下げて欲しければ、要求を呑めとね。正義は我々にあります。その告訴状を取り下げて欲しければ、それはもう被害者の願いを聞くしかないでしょう。そこで出す要求草案を皆さんに作って頂きたく、今日はお呼び立てしました」

 

 軽井沢がそんな提案を出せるわけがないだろう、というツッコミは置いておく。多分調べればそんな成績の子ではないとすぐに分かるし、裏に色々な思惑があるのもバレるだろうけれど、だからと言ってどうすることも出来ないはずだ。なにせ、名目上は純然たる被害者の申し立てなのだから。

 

 ついでにこれに関連して、軽井沢の家族は監視している。万が一圧力をかけようと彼女の保護者を人質にして取り下げを迫って来た時には救出できるようにだ。一応娘のいじめの際には動こうとしていたらしいし、追い詰められている時も家にいるように勧めたりしていたらしいので、割とまともではあると思いたい。だからこそ、保護の必要性がある時は動かないといけない。ここで軽井沢に逃げられると全てが破綻する。だからこそ署名はさせたが、危機に瀕してはそんな物の効力は薄いだろう。

 

 代理人たる私の家族は既にいないし、坂柳は大丈夫のはずだ。葛城家や南雲家、一之瀬家などにも監視の目は入れている。神崎家は社長らしいし、自分でどうにか出来るだろうと踏んでいた。

 

「具体的な要旨は以下の通りです」

 

 私はここで提案したい内容の書いた紙を見せる。

 

①暴力などあらゆる犯罪行為に対する適切な処置の実施。

②これまで問題行動のあった生徒への監視と指導の強化。

③監視カメラなどの増強と管理体制の強化。

④教師への指導の変更、具体的には生徒への介入を許可する。逆に生徒からも教師への指導評価を行い、悪い場合には担任の交代など適切な処置を講じる。教師だって実力主義でいてもらわなくては。安全圏からデスゲームを眺めようったってそうはいきませんという事ですね。

⑤クラスシステムの変更。具体的にはクラス間移動に必要なpp額を半額にする。

⑥それに伴い、pp制度のマニュアルを公表する。

⑦生徒の問題点や成績を明確化かつ明示化出来るような措置を講じる。

⑧閉鎖空間でのストレスに伴う犯罪行為の可能性に鑑み、同時にIT化に伴う教育の観点から、外部空間とのインターネット上での接続を許可する。その際、リアルタイムでの検閲をすることで情報漏洩を防ぐことで安全対策とする。

⑨外部との接触を伴う労働を許可する。

⑩有償での外出を許可する。

⑪スクールカウンセラーの設置をする。

 

「以上の11の項目を満たすように提言書を作成してください。今のはあくまでも抽象的な部分だけを述べましたので、これに沿って提言書には詳しい内容や方策などを書いていただきたいのです。最悪全部は通らなくとも、①~⑤、⑦~⑩は許可してもらうつもりです」

「これは……随分と思い切った提案を出したな」

「これくらいしないと我々の願いは完遂出来ませんし、この学校も変われないでしょう」

 

 葛城は唸るが、反対する気はないようだ。彼もこの学校は良くないと思っている生徒の一人である。なにせ、根が真面目で元々温厚な人間なのだから、当然この学校のこんな体制に賛同しているわけがない。

 

 坂柳はもうここまで突き抜けると逆になるようになれと思っているらしい。彼女からすれば前半の安全策の強化は自身の防護のためには欠かせない。無敵の人になった龍園に殺されるのはごめんだろう。一之瀬は結構やる気だ。この前の茶番裁判での星之宮先生の態度が随分気に入らなかったようだ。④に意欲を見せている。真澄さんは⑩を実現したいと思っていると昨日話していた。曰く、一緒に出掛けたいと。なので、出来ればこれも通したい。

 

「さて、南雲会長。如何でしょうか。改革派を謳うなら、ご協力して頂けると踏んでいるのですが」

「……お前に乗せられるのは癪だが、分かった、良いだろう。俺もバカじゃない。自分の成し遂げたい事を達成するための材料が目の前に転がっている。それを拾わないのは愚の骨頂だ。ただし、改革成功者の名前は俺が貰う。それでもいいな?」

「実を捨てて名を取る。それも良い選択だと思います。では、よろしくお願いします」

「あぁ。だが一つだけ聞かせろ」

「何でしょうか」

「お前、こうなる事を予測して軽井沢を探らせて放置したな?」

「……」

 

 中々痛いところを突いて来る。彼も自分で言うように馬鹿ではない。私が事の経緯をある程度説明しているため、どうして軽井沢の異変を察知できたのかに気付いているはずだ。これまで正義は我にあり、という顔をして語ってきた私の一番の問題点。それはこうなる事を未然に防ぐ能力を持ちながら、それを放置していた点だ。

 

「えぇ、その通りです」

「あっさり認めるな」

 

 一之瀬は複雑そうな顔だ。彼女からすれば、こんな手段はあまり認めたくはないのだろう。けれど、ここで黙っていてくれるのは私の意見を聞いてくれるという事だ。突っかかってこないだけ、彼女は理性的で助かる。

 

「しかし、私にどうしろと? 龍園君を暴力で屈させることは簡単ですが、それをしても何の解決にはなりません。いつかまたどこかで同じことが繰り返されるかもしれない。軽井沢さんを助けるには公的な権力の介入、つまりは教師の介入が望ましいですが、綾小路君が事態の説明をしても茶柱教諭は動かなかった。現場の僅か数十メートル先にいたのに。この前の裁判でもそうですが、この学校の教員に期待をするだけ無駄です。ですので、軽井沢さんの犠牲や痛みを最大限有効活用する方法を考え、この策を実行することにしたのです。無論、心は痛みますが……というより、集団暴行を生徒がどうにかしないといけない方がおかしいでしょう?」

「それは道理だな」

「万が一私が恨まれて、ターゲットが変更されても困ります。私には守るべき人がいます。それは私の生徒である坂柳さん達もそうであり、何より……」

 

 私の視線は一人に注がれる。当の彼女は紅い顔でと視線を逸らす。一之瀬の頬が私と真澄さんをチラチラ見て赤くなっていた。坂柳は眉間を抑えている。葛城は少しだけ空気が緩んだ。そして南雲はケラケラと笑っている。 

 

「なるほど。ま、それなら仕方ないな。焚きつけた人間としては、その理由で納得しておこう。諸々は承知した。生徒会役員を中心に進める。坂柳や神室も暇なら手伝ってくれ。お前は理事会の方をどうにかするんだろ?」

「話が早くて助かります」

「なに、これくらいはな。ここだけの話、一月に特別試験が行われる予定だ。そこまでに終わらせるぞ。出来れば年内にな。こちらは俺がまとめる。お前への連絡は神室を使う。お前はお前の役割を進めろ。それでいいな?」

「勿論です。よろしくお願いします」

 

 我々はアイコンタクトで頷き合う。彼とは反りの合わない事も多いけれど、今この時だけは間違いなく同志であった。これで雑務の方は提言書作成組が処理してくれる。後はこちらが理事会に働きかけを行うだけ。外にいる部下には既に動くよう指令を出した。後は告訴状を裁判所に提出し、それを理事会に伝える。そうすれば臨時で理事会となり、そこで坂柳理事長を引きずり降ろして提言案を承認させる。これでフィニッシュだ。

 

 龍園一味はしばらく泳いでいてもらう。彼らをしっぽ切りしようとした日には、マスコミリーク行きだ。まぁ普通の学校なら加害者生徒を退学させるのも正解なのだが、それでは別の子に被害が出るかもしれないし、根本的な解決には至っていない。それに、我々はあくまでも要求を通したいのだ。龍園を退学させたからもういいでしょ、などとは言わせない。

 

 それに出来れば、龍園達にも更生して欲しいとは思っているのだ。彼らも正しい教えを受けられなかった、ある意味では被害者なのかもしれないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後。世間はクリスマスを終え、すっかりお正月に向けたモードに突入している。社会人は最後の労働に勤しみ、学生は怠惰な休みを貪る12月末。この時期に、東京都高度育成高等学校理事会は緊急招集を受けていた。先日、東京地裁に出された学生からの国家賠償請求に関する訴状がその原因であった。学校側と一切の話し合いをせず、可及的速やかに提出されたその訴状は既に学校側の認知するところとなっていた。

 

 理事会のメンバーとしては理事長の坂柳成守を筆頭に、業務執行理事の校長、そしてその他の理事が14名。合計16名が理事会の構成要員である。その中で校長が一番青い顔をしていた。彼は坂柳理事長の傀儡ではあるが、それでも責任者ではある。一番最初に首を切られるのは彼だった。

 

「年末のお忙しいところお集まりいただき、ありがとうございます。この度は……」

「坂柳理事長、発言よろしいか!」

「……どうぞ、大森理事」

「今回の訴状は一体どういう経緯で出されたモノでありますか。私はこれまで貴殿の父上の代から理事を務めておりますが、こんな事は初めてですぞ。ご説明願いたい」

「生徒から、訴えを出されました。学校内で発生した暴力事件に対し、学校側とその生徒の担任教師であった茶柱先生の対応に問題があるため、賠償を請求すると」

「では、その教師と加害生徒を処分すれば良いではありませんか。それで沈静化を図ればよろしい。金を払えば大人しくなるでしょう!」

「いえ、それが……代理人を立てておりまして、その代理人が徹底抗戦の意思を見せているのです。学校側にも問題があり、それが解決され適切な処置が行われるまではいかなる交渉も受け付けないと。その上で、加害生徒の退学や担任教師の処分で終わらせた場合は取り下げは絶対にありえないとの表明を受けています」

 

 理事会の会場にため息が満ちる。軽井沢本人は一切それらを感知しないまま平和な学生生活を謳歌している。代理人の孔明だけが一人で戦闘を行っていた。学校に何の相談も無く訴状を提出したため、校長以下寝耳に水の状態であった。先手を打ち衝撃を与え、そこで坂柳理事長相手に交渉についての話をした。高度育成高等学校側は既に全ての手が後手に回っている。兵は神速を貴ぶの言葉通り、電撃戦を仕掛けられていた。

 

「ではその代理人と訴えた生徒の保護者に圧力をかけて……!」

「生徒の保護者は現在海外出国中です。代理人の保護者は現在いません。天涯孤独故に、いかなる圧力にも屈しないでしょう」

「何故そんなにも余裕ぶっておられる。これが上に届けば、我々全員クビですぞ。加えて言えば、高度育成高等学校の歴史に幕が下りるかもしれない。鬼島総理肝いりの学校を、ここで潰せるとお考えか!」

「そうだ!」

「坂柳理事長には責任を果たす気があるのか!」

「お考えをしっかりと表明して頂こう!」

 

 理事会に怒声が響く。彼らも政財界やアカデミアの世界などで地位を築いている人物である。この学校の理事は基本仕事も無いのに高給であり、美味しい仕事であった。加えて、首相肝いりの政策であるため、それを潰してしまったとあれば地位も危ういかもしれない。それは何としてでも防ぎたかったのだ。

 

 坂柳理事長は困ったことになったと思いながら、頭を痛める。理事会が自分を責めるのは最悪仕方ないにしても、この訴状を収める手段が思いつかないでいる。相手は自身に多大な影響を与えた鳳教授の忘れ形見。そう簡単に御せる相手ではない。金も名誉も脅しも、彼には通用しないと理解している。

 

「何とか、訴状を取り下げてもらえるように交渉を行います。最悪の場合、強制退学も視野に入れて……」

「それは困りましたね」

 

 会場に怜悧な声が響く。多くの視線が一つに集中した。声のした場所には、長い髪をたなびかせて一人の人物が立っている。男とも女とも言えない相貌をして、静かに佇んでいた。その表情には薄い笑みが浮かんでいる。相手に一番好感を与え、相手を一番惹きつける。どの角度から見ようともそう見えるように作られた人造の美貌は場を支配する力を持っていた。

 

「諸葛君、どうして……」

「お久しぶり、という程では無いですが数日ぶりですね坂柳理事長。本日は訴状を提出した軽井沢さんの代理人として、お招きいただきました」

「どういう事ですか、坂柳理事長!」

「私にも何が何だか……」

 

 坂柳理事長は困惑した顔をする。彼は何も知らないままここへ来ていた。確かに会議は学校内で行われているけれど、しかしながら今日の日程も場所も彼には教えていない。職員にも勿論教えていなかった。

 

「御親切な方に今日のこの会議を教えて頂きまして、しかもお招きに預かったものですから、本日は馳せ参じて参りました。改めまして自己紹介を。本校創設者の一人である鳳統元の息子、諸葛孔明です。この度は原告である軽井沢さんの代理人を務め、交渉の一切を承っています。以後、お見知りおきを、理事会の皆さま」

「鳳……」

「あの異端者の子か……」

 

 ざわめく理事会の中、坂柳理事長は何が何だか分からないままだった。しかし、自分が何かとんでもないモノに巻き込まれようとしていることに、長年の経験から気付く。恐らく、この理事会は自分にとって良くない場所である、と察していた。大森理事以下数名の理事によって召集要請があった時点で嫌な予感はしていたが、それは現実のモノになろうとしている。

 

「つまり、我々は君と交渉しろという事かね」

「そういう事です、大森理事殿」

「……いいだろう。穏便に収められるなら、君を強制退学にして問題を大きくするよりずっといい」

「ご賢明な判断、ありがとうございます。ではまず皆様にお聞きしたい。今回の件の責任は誰にあるでしょうか。まず簡単に考えれば校長ですが……」

 

 孔明の発言に校長はびくりと肩を震わせる。しかしそれを無視して孔明は言葉を続けた。

 

「しかし、今回の事案はそもそも龍園翔という暴力性の高い上にこれまで問題行動を多く起こしてきた生徒を入学させた存在が原因と言っても過言ではありません。しかも、責任者はそれを知りつつ適切な指導をしませんでした。そして、教師に対しても適切な指導をしていない。それら全ての現況であり、今回の件の原因を糾弾するべきは、龍園君の入学許可を出し、審査の最終責任をし、運営に直接的な最高責任を持つ存在……つまり、坂柳理事長です」

「……なるほど。道理だ。理事会会則の15条を発動させましょう。理事会の構成員は理事長の解任決議案を出すことができ、そして過半数の賛成を以てすれば議案を可決できる。そして私がここに、坂柳理事長の解任決議を求めよう」

 

 校長はギョッとした顔で大森理事を見つめる。坂柳理事長は完全に嵌められたということを理解した。諸葛孔明は今回の事態を恐らく早い段階から掴んでいた。龍園翔の行動を把握し、その結果どういう事態になるのかを把握した。そして、軽井沢恵を利用して今回の計画を立てた。見返りが何かなど、この際はどうでも良い。軽井沢恵にそこまで色々考えられる知能はないと、理事長は知っている。

 

 けれど、それを指摘したところで理事会の劣位は変わらないし、孔明の優位は変わらない。彼は今のところ正義だ。軽井沢の件を知っていてもそれを止めないといけない道理はないし、止めようにも学校が介入しなかっただろうことは変わらない。

 

 そして、どうやってかは不明だが、幾人かの理事と接触し、上手く交渉し、何かしらをしようとしている。その第一歩が自分の解任だろう。理事長はそう予測し、そしてそれは正しかった。

 

「坂柳理事長の解任に賛成の方は挙手を」

 

 大森理事の声に、幾つかの手が挙がる。その流れを読んで、幾つもの手が天に伸びた。校長は最後におずおずと手を挙げる。

 

「もう明らかですな。理事会はここに賛成多数で坂柳理事長の解任を決議した。この旨は直ちに文部科学省に報告し、代わりの理事長を入れるか、我々の中から選出するかを選んでもらう事としましょう」

「大森理事、あなたは生徒に……!」

「坂柳理事長、おっと元理事長、妄言はおやめいただきたい。我々は今回の事態の速やかな鎮静を願い、生徒との交渉を行うべく、事態の発生原因に関与しているあなたを解任し、交渉の余地を創り出したのです。感謝して頂きたいくらいですな」

「……諸葛君、君は、一体何を」

「私は私の生徒を守ろうとしているだけです。より良い教育を施し、より良い未来を掴めるように、ね。あなたの娘も含めて、全生徒がそうなって欲しいと思っています。そのために、あなたは邪魔だった。ただそれだけの事ですよ」

「そうか……。鳳教授の急進的すぎる考えから脱却し、この学校を作り替えたつもりだったけれど……僕の行いは君とは相容れなかったようだね。これも時代の流れだろう。致し方ない、僕は身を引くこととする。娘を、よろしく」

「えぇ、保護者の方からのご依頼は果たしますよ。あなたが上手く教育できなかった生徒やご息女は必ず良い方向へ向かえるように手助けします。今の隔離所みたいな学校よりは、良い場所にしますとも。それでは長い間お疲れ様でした」

 

 孔明は慇懃無礼に頭を下げる。坂柳理事長はその職を追われ、静かに理事会を後にした。

 

「大森理事、ご協力ありがとうございました」

「……うむ。しかし本当だろうな、先ほどの話は。坂柳理事長を解任すれば交渉の席に着くと」

「えぇ。彼が抵抗勢力として一番大きい存在でした。故にこそ、彼には消えて頂く。そして新しい体制の下で、新しい高度育成高等学校を作っていければと考えています。改革が行えるのであれば、わざわざ提訴する必要はないですから」

「何を条件とする」

「その前に確認ですが、今後の理事長代行或いは次の理事長が決まるまで、あなたが理事会の代表であると考えてよろしいですか」

「そのつもりでいる。反対の方はおられるか?」

 

 じろりと会場を見回す大森理事に、全員目を伏せる。彼は先代理事長時代からの重鎮であり、一番年配の理事であった。故にこそ、他の理事は何も言わない。

 

「では、これを」

 

 孔明は数十枚の紙で構成された提言書を理事たちに渡していく。要約が一番上の紙に書いてあった。その下には先日彼自身が告げた11の要求が、より詳しく論理的に提言理由・実際の運用想定などと共に記されている。

 

 孔明としては授業形態や特別試験などに関しても改革をしたいところであったが、流石にそこまで根幹を動かすと受け入れられないだろうと理解している。クラス間闘争も特別試験もポイント制度も残しながら、まずは出来るところから少しずつ改革をするような提言となっている。ゆっくりと、じわじわ、しかしながら確かに改革を。それが彼の計画であった。

 

「これが条件です。これを満たしてくださるのであれば、原告は提訴を取り下げると言っています」 

「いや、しかしこれは……」

「原告もすべてそのまま通るとは思っていません。しかし、どうしても通したい条項に関しては通して頂くつもりです。それがなしえないのであれば、法廷闘争と行きましょう。その醜聞が上の耳に入り、皆様の首を絞める事にならなければよいですが、ね」

 

 理事会は苦い顔、青い顔をする。

 

「具体的には、何を通したい」

「1条から5条、7条から9条、出来れば10条も」

「随分と無茶を言う」

「そうですか? 逆に言えばこれだけを行えば、提訴も何もなくなり、全て丸く収まるのです。安い取引だとは思いませんか?」

「……分かった。こちらとしては、原告生徒と代理人がこれらの提言実施によって必ず提訴を取り下げ、今後一切この件を蒸し返さないのであれば、最低限そちらの先ほど言った条項は受け入れることを前提に話を進める」

「いや、ちょっと待っていただきたい」

「そうです、いくらなんでも……」

「津曲理事、娘さん大学生だそうですねぇ」

「……は?」

「廣澤理事の方はお孫さん、小学生に上がられたばかりとか。ランドセルの可愛いお年頃ですね」

「な、なにを言って……」

 

 場の空気が一気に恐懼に染まる。いきなり出された個人情報は全て正しかった。しかし彼らは孔明と初対面。常識的に考えればそんな情報を持っている方がおかしい。

 

「き、君は我々を脅迫する気か!?」

「相沢理事、あなたの奥さん不倫してますよ。あなたのお子さんの鑑定した方が良いんじゃないでしょうか。まぁあなたも隠し子がいらっしゃるようですけどね。ホステスに産ませた子が」

「何故それを」

「さぁ、何ででしょう。けれどお忘れにならないでくださいね。私はいつでもどこでも、あなた達を見ている。あなた達がどこへ行こうと、何をしようと、私の知らないことはない。昨日の晩御飯も、今朝お手洗いへ行った時間も、何もかも。今日の事を誰かに話しても構いませんが、その時は……」

 

 閉じて花が開くように手を動かすその仕草。ボン、という効果音が意味することを理解するのに、そう時間はかからない。青い顔の理事たちは静かに椅子に座り込む。

 

「何かご不満のある方は?」

 

 誰も言葉すら発しない。完全に恐怖が場を支配していた。何もかも掴めない正体不明の存在。それが目の前で優雅に語っている。まるで目の前にいるのは人間の皮を被った怪異であるかのように、理事たちの目には見えている。元々保身を第一としている面子に、それ以上の抵抗する気力が湧くはずも無かった。

 

「さて先ほどのお話に戻りまして、交渉に関してはそちらの仰った通りで良いでしょう。それならば、こちらも構いません。原告からは全ての一切を私に委任する旨の委任状を貰っていますから、交渉は私が行います。後、今日の事はこちらで上に報告する際の台本を作成しましたので、その通りにお願いします。異なる行動をされるのは自由ですが、そうなった場合色々と、ね?」

「あまり脅さないでくれたまえ」

「そうは仰いますけれど、これは今まで皆さんがしてきたことじゃないですか? 金と権力で脅し、歪んだ教育を閉鎖空間で行って未熟な青少年の価値観を捻じ曲げ、まるでモルモットのように観察し、人生を弄んだ。傍観者であり、観察者であり、鑑賞者だった。その立場が今、少しばかり入れ替わっただけの事です。優秀な存在に動かされるなら本望でしょう? 何故なら、そういう社会を目指した教育をして来られたのですからね」

 

 その微笑みは数十年を生きた大の大人に寒気を覚えさせる。機嫌を損ねれば、死神の鎌でその喉を切られるのではないか。そう感じさせるだけの気配が、その身体から立ち上っていた。 

 

 交渉の最初の部分はまとまる。そして、臨時の理事長代行に付和雷同の理事会と諸葛孔明とのやり取りが始まった。幾人かの理事はこの事態の速さに戸惑いながら、追随する。彼らの考えにあるのは保身だけ。究極、地位と給与が守られればそれで良いのだ。そしてそういう人間は知りもしない。この理事会における一切の台本は既に作成されており、大森理事の懐には巨額の袖の下が振り込まれているため、彼は台本に従って話していたに過ぎないという事を。

 

 人形劇の如く、会議は進んで行く。状況の全ては、諸葛孔明の作った舞台通りに進行していた。神ではなく彼の作ったオルガンに踊らされるように。




今回でこの章は終わりです。次回は閑話を挟み、合宿編です。お正月とクリスマスの話は次回……かやらないかです。需要があればやります。
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