ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

62 / 89
閑話 7.5章

<逃亡劇 side松雄栄一郎>

 

 絶望は割と自分のすぐそばにいる。それを思い知ったのは、今年の春だった。高校の合格通知は確かに来ていた。しかし、取り消し。訳が分からなかった。慌てて問い合わせるもミスがあったの1点張り。私立高校は諦めて公立に切り替えた。そこも合格通知が来たのに、また取り消し。謝罪もなく、何の理由説明もなく、取り消された。

 

 解答をミスしたわけがない。何回も見直しをしたし、問題用紙にメモした自分の回答は、高校が公表したものと全く同じだった。明らかに合格点以上を出している。にも拘わらず、行き先はどこにもなかった。そして、父親からそうなってしまった原因を聞かされた。正直恨まなかったといえば嘘になる。恨み、憎み、絶望し、どうにか前を向こうとした時には……もうすべてが遅かった。

 

 生活苦は続いた。アルバイト先ですら、確保が難しかった。コンビニのバイトなど、正直年中募集がかかっているような場所ですら落ちた。なんとか日雇いの仕事を確保したけれど、それだって体力を消耗する。頑張ろうという心は、日に日にやつれていった。少しずつ、その努力しようという感情が自分を追い詰めていった。辛うじて生き永らえていたのは父親がいたこと、そして自分を慕う幼馴染がいたからというのが大きい。だが、その生きる理由であった父親も裏切った元雇い主に謝罪すると言って出ていった後、焼死体になって帰ってきた。

 

 年は暮れに近付き、体力と精神力が削れていく。ボロい安アパートの一室で、毎日死ぬことばかり考えていた。そんなある日。平日の昼間、誰も訪ねてくるはずのない時間にチャイムが鳴らされた。宅配便なんて来るはずもない。滞納しがちな家賃の催促かと思い、無視しようとした。だが、ドンドンドンと五月蠅いくらいにドアが叩かれる。あまりのしつこさに根負けし、扉を開いた。

 

「いるんじゃないですか。無視しないで下さいよ」

「あなたは……?」

 

 そこには銀色の髪をたなびかせ、左目に龍があしらわれた眼帯をした少女が酷薄な笑みを浮かべて立っていた。トパーズ色の瞳が怪しく輝いている。高そうな生地で作られたスーツに身を包んでいる。その特徴的な見た目さえなければ、少し年若いOLに見えたかもしれない。

 

「ガスメーター回ってるんでいない訳ないと思っていたんですよねぇ。さっさと開けて下さいよ全く」

「なんで初対面でそんなことを言われなくてはいけないんですか」

「お仕事の募集に応募されたじゃないですか。面接のお時間なので、お迎えに来たんですよ。まったく、そういう風に自分で履歴書と一緒に希望を送って来たのに、お忘れにならないでくださいね」

 

 募集した覚えなど無いし、第一面接者を迎えに来る仕事なんてあるはずもない。そんな疑問を抱くけれど、何の説明も無しに彼女は腕を引っ張り部屋から連れ出した。アパートの外にはこんなボロ屋の集まる下町には似つかわしくない高級車が止まっている。抵抗する気力もなく、僕はされるがままに従った。ここでどこかに連れていかれても、もうどうでも良かったのだ。マグロ漁船なのか炭鉱なのか、もう何でもいいから解放して欲しかった。

 

「どうぞお座り下さいな」

「あ、あぁ……」

 

 バタンとドアが閉められ、彼女はふーっとため息を吐いた。

 

「あの部屋の内部は盗聴されていますからねぇ。適当に嘘を吐いて出てきてもらいました。盗聴者は職探しの一環と思うでしょう。よしんば思わずとも、一時を誤魔化すことは出来る。さて、貴方が松雄栄一郎さんで間違いないですね?」

「そうだけど……」

「ふむ。なるほど、調査した情報通りですね」

「はい?」

「いえ、こちらの話。では単刀直入に言いましょう。このままではあなたが日本で暮らしていくのは難しいのは理解していますか」

「……ホワイトルームだろう? 僕の父親がそこの権力者に逆らった。だから僕がこうしてその罰を受けている」

「その通り。状況理解の手間が省けましたね。あなたが色々と不都合を被っているのは政治家と実業家とヤクザを敵に回したから。このままでは苦しい生活を送るしかないでしょう」

「どうして、そんな奴らは僕を殺さない。追い詰めて何になる」

「さぁ、恐らくは報復として弄んでいるのでは? まぁ人面獣心の下郎の内心などどうでも良いのです。単刀直入に言えば、我々はあなたを保護しようとしています。あなたの同意があるなしに拘わらず作戦は実行されますが、同意があった方がやりやすいのでこうして説明しています。我々と来ればあなたの就学や就職は保証しましょう。尤も、数年単位で日本へは戻れませんが」

「一体、あなた、いやあなたたちは何なんですか!? いきなりそんな事を……」

「名乗るのはそちらが私たちと手を組んでからです。私たちは、正確には私たちの神より偉大にして三皇五帝よりも高貴なる司令官閣下がではありますが、ホワイトルームと敵対関係にあります。あなたの身柄、同時にあなたに深くかかわっている方の身柄の安全を保障しましょう」

「翼は巻き込めない!」

「ご安心を。彼女はこの国に残って貰いますから。その間の安全は我々が責任を持って保証します」

「……信じて、良いんだな」

「信じるか否かはどうぞご勝手に。ただし、このままただ待っていても何も変化しないと思いますがね」

「…………分かった。同意する。もし僕の情報や発言、証言が必要なら協力する。どうか、助けて欲しい」

「物わかりの良い方で助かります。私は中華人民共和国人民解放軍陸軍特殊作戦旅団・白帝会にて副指令を務めています、黄雹華と申します。階級は大校、こちらで言えば上級大佐みたいなものですかね。以後お見知りおきを」

 

 契約した人間を前に微笑む悪魔のような顔で、彼女は薄く笑った。そして、その日から逃亡のための手順が整っていった。部屋に僅かに残った私物や私服をかき集める。結果的にリュックサック1つに入り切る量しか残っていなかった。両親との写真を1枚だけ入れる。残りは翼が預かってくれることになった。

 

 

 

 

 翼とは、黄さんの奢りで久々に行けたファミレスで話せた。場所は言えないが、遠くへ行くことなど、大事なことは全部つたえる事が出来た。最初は戸惑いながら聞いていた彼女も、最後には僕を応援してくれた。随分と久しぶりに食べたファミレスの味が極上のレストランのメニューのように感じた。

 

 意外だったのは、明らかに冷たそうな顔をしている大佐(僕が勝手にこう呼ぶことにした)は僕たちのやり取りに口を挟む事は無かった。正直退屈だったのだろうとは思うが、じっと聞いていてくれた。案外良い人なのかもしれないと勝手に思う。僕の身にも監視があったようだけれど、それは彼女がどうにかしてくれたらしい。色々な工作をして、僕の行動をカモフラージュしているのだそうだ。

 

 そしてその日はすぐに来た。真夜中、アパートの前に数台の車が止まる。

 

「あなたは私と共にこの車で行きます。途中で妨害が予想されるので、複数ダミー車を用意しています。あれですよ、ハリーポッターでもあったでしょ、こんなシーン」

「は、はぁ……」

「さ、お乗りください」

「分かりました。よろしくお願いします」

 

 他の車にいる人にも頭を下げる。皆サムズアップや頷きで返してくれた。人民解放軍と言うと日本ではいいイメージを持たれていないが、その中にいる1人1人は普通の人なのかもしれない。アストンマーティンのエンブレム。車には詳しくないが、かなりの高級車なのが分かった。少々緊張しながら助手席に座る。車内には煙草の匂いがした。

 

「追手がいるとすれば、そちらに来ると思います。雨桐、問題なく逃走出来ますね?」

「お任せあれ。久しぶりにフルスロットルですっ飛ばせるという事で、ワクワクしています」

 

 怜悧な目をした三つ編みにスーツの女性が楽しそうな顔をしながら別の車に乗り込んでいく。あちらはフェラーリだった。大佐はそれをヤバい奴を見る顔をしながら運転席に座る。

 

「あの方は……?」

「今回の囮の筆頭です。普段は閣下の運転手を務めている者ですね。頭文字Dに憧れた結果スピード狂になってしまいましたが……まぁそれは良いでしょう。他の者も手練れを揃えました。さて、では行きますか」

「待ってください!」

 

 発進しようとした時、白い息を吐きながら、翼が走ってきた。後ろには護衛役として彼女についていることになった軍の人もいる。護衛役の人は、翼の学校に転入生として入り、高校へも付いて行くらしい。「正直当たりですよ、あの仕事。七瀬さんは高育に行くと言っていましたし。私だって閣下の側にいたいのに……」と大佐はぼやいていた。

 

「栄一郎君……どうか、お元気で」

「あぁ。翼もな」

「……」

「……」

「それじゃあ、さようなら」

「七瀬さん」

 

 僕が翼の別れの言葉に返事を返そうとした時、運転席の大佐はそれを遮って翼に声をかけた。

 

「こういう時はね、さようならよりまた今度と言うんですよ。再会出来るように、ね」

「……! はい。ありがとうございます。栄一郎君また今度!」

「元気でやっていてくれ。また会おう!」

 

 翼の目には光るものがあった。ずっと一緒にいてくれた存在のありがたみが良くわかる。死のうとしていたのがいかに愚かだったかも。僕は生きなくてはいけない。僕のために泣いてくれる彼女のためにも。努力が報われないのはおかしいと泣いてくれた、彼女のためにも。

 

 車の窓から見えなくなるまで、彼女はずっと手を振っていた。

 

「青春ですねぇ。些か血なまぐさいですが。大切にした方が良いですよ」

「分かってます。僕なんかに憧れてくれる勿体ない幼馴染です」

「ならば結構。無事に送り届けてくれ、よろしく頼むと幼気な少女に土下座で言われたのです。さしもの私も少しあの人造の天才だか何だかというわけわからん夢に取り憑かれたボケナス共にはお冠でしてね」

「軍人さんはもっと冷静にやってると思ってました」

「感情的でも任務遂行に支障をきたさないから、我々は優秀なんですよ。女の子の涙は何にも勝るというのが私の勝手な信条です」

「それはまた随分と男らしいと言いますか」

「どうも。さ、飛ばしますよ。さっさと到着してしまいたい」

「どこへ行くんですか?」

「まずは大使館を目指します。そこからは外交使節に紛れての飛行機ですね」

 

 大佐はアクセルを踏み、凄いスピードですっ飛ばす。無言の空間は気まずかろうと彼女が付けた車のオーディオからはずっとよく分からないアイドルソングが流れていた。

 

「この曲、何の曲なんですか?」

「さぁ、私は曲名しか知りません。この車は閣下の持ち物ですので、オーディオも閣下の趣味ですから。never say neverというタイトルらしいですが……福原何とかっていう声優が歌っているそうで」

 

 紫苑の煙が車内に満ちる。僕は喫煙者も別に嫌では無い。流れる夜の街の景色。これともしばらく見納めになるだろう。少しだけセンチメンタルな気持ちになったまま首都高に入るが、そこで大佐の視線はキッと厳しくなる。

 

「どうしましたか」

「妙ですね。こんなにガラガラの筈が無いのですが。先ほどから車一台ともすれ違わない」

「……これ、見て下さい!」

 

 マップを携帯で表示すれば、そこには高速道路規制中の文字があった。工事をしていることになっているが、工事の様子などどこにもない。明らかに虚偽の規制だった。

 

「これは……今朝の確認ではこんなのは無いはずでしたが。ここまでしますか。大層な仕掛けですねぇ。さぁおいでになったようだ。団体様のお越しですよ、しっかり座っていて下さい」

 

 バックミラーには黒い車が10台ほど後ろからピッタリ付いてきている。同時にアクセルが踏まれ、急加速を始めた。大佐はボタンを押し、レバーを引っ張る。トランクがガコン、と音を立てて開いた。

 

「さぁぶっ放しますよ!」

 

 ダダダダダと凄まじい音と共に銃弾が射出されている。それをものともせずに後続車は一気に車間を詰めてきた。まるで007のようなギミックと共に攻撃が続行されるが、相手の車もそれを弾いている。緊張感のある状況であったけれど、昔見たスパイ映画の主人公のようで少しだけ興奮してしまった。

 

「ちっ! 流石に防弾仕様ですか。まぁ良いです。逃げ切ったら我々の勝ちですからね!」

 

 ガーガーピーと音が鳴り、通信が入る。

 

「姉御、A車に公安らしき車が5台付いてきてます」

「B車は警察車両が3台!」

「C車、現在東名道方面を目指していますが多分自衛隊の別班らしき車が5台です」

「D車、京葉道を目指していますが内調の車3台が追走!」

「姉御は止めなさい! 各車、自己判断で自由射撃を許可します。好きにやってしまいなさい!」

「「「「了解!」」」」

「大丈夫なんですか?」

「どうせ向こうも公には出来ません。なら、精々好き勝手にやらせてもらいますよ」

 

 横に黒い車が数台やって来る。車間を詰めてきた。半ば包囲するような形を取られてしまうが、大佐は平然とした顔で窓を開ける。車に搭載しているであろう拡声器で呼びかけがされた。

 

「止まれ!」

「止まれと言われて止まるバカが何処にいる! ごろつきヤクザの分際で舐めるなよ。大場組だか何だか知らないが……チンピラ風情に軍隊が負けるか」

 

 静止を叫ぶ車に逆幅寄せしつつ、大佐は運転しながら少しだけ空けた窓の隙間から拳銃をぶっ放した。銃弾は相手の窓ガラスを突き破り、夜の灯りでも確かに分かる赤い血が飛び散る。止まれと叫んだであろう男がゆっくりと横に倒れた。続けざまにもう一発と放たれた弾丸は先ほど開けた穴をまるで針に糸を通すように通り抜けて運転手に当たる。途端にスリップを起こした車は後続車を巻き込んで横転炎上した。

 

「脆い窓ガラスだこと。正面装甲だけ厚くしても無意味なんですよ」

 

 硝煙をまといながら大佐は呟く。咥えた煙草がくしゃりと歪む。追いかけてくる車はまだ3台ほどいる。残りは全部さっきの炎上で吹っ飛んだらしい。流石に警戒したのか、後続車は少し車間距離を開ける。詰めようとすると機関銃の弾幕がトランクから射出されその都度妨害していた。

 

「しかし、このまま大使館へ突っ込むのは少し難しいですか……」

 

 悩むような声をあげる大佐の携帯が鳴り響いた。

 

「チッ、このクソ忙しい時に、すみませんが出てください」

「分かりました」

привет(もしもし~)

 

 僕が通話ボタンを押すと、ロシア語っぽい何かが聞こえてくる。

 

「なんですか! 今取り込み中です」

「存じ上げております」 

「要件はお早めにお願いしたいですね。というか、あなたは産後入院中のはずですが」

「まぁそれは今は良いではないですか。港にこちらの手を回したコンテナ船を待機させています。座標を送るので、それに乗り込んでください。その後、沖合で私の艦隊が回収します」

「随分と用意が良い事ですね」

「たまたまですよ。ではごきげんよう」

 

 電話はぶつりと切れる。

 

「あのロシア人、好き勝手に……。しかし今回ばかりは助かりました。予定変更します、よろしいですね?」

 

 僕が頷くその間にも車は最大速度を出したまま料金所を突っ切り、高速道路を疾走する。後続車両とやり合いながら、港のエリアに入った。多くのコンテナや倉庫が立ち並んでいる迷宮のような場所を疾走していた。その時である。ものすごい爆発が突如車の横で起こった。

 

「バズーカぶっ放すとはね。これはいよいよマズいですね。ここまで本気とは些か想定外。しかしまぁ対処は可能です。いいですか、これから一回引き離した後停車します。その間に急いで飛び降りて下さい」

「その後は!?」

「車は遠隔操作に切り替えます。あの攻撃では流石に持たない。車を囮にしますのでその隙に逃げます。ともかく私の指示に従って!」

「わ、分かりました」

 

 一旦後続車を引き離し、道のど真ん中で停車し降車する。同時に大佐は咥えていた自分の鞄の中から機械を取り出し操作を開始した。さっきまで乗っていた車が動き出し、追いついてきた追手の車に向かって突進していった。慌てたようにバズーカ2発目が撃たれ、車は爆発四散した。だが、至近距離での発砲だったため、巻き込まれて爆発している。

 

 それを横目に、大佐に米俵のように抱えられ運搬される。非常事態ではあるけれど、女の子に運ばれているのはかなり恥ずかしかった。とは言え、そんな事を言っていられる状況じゃない。舌を噛みそうになるのを必死にこらえて、リュックを落とさないようにしながら大人しく運ばれる事にした。

 

 夜のふ頭を走り、停泊中の大型タンカーのタラップを駆け上がる。出てきた船員は、こちらの姿を確認すると中へ引っ込む。数十秒後、船が動き出した。

 

「すみませんね、スマートさには欠けていますが何とか脱出成功です。敵の本気度を甘く見ていました。精々街中で撃ち合うくらいしかできないと思っていたのですが……失敗ですね。まさか高速を封鎖してくるとは。なかなか閣下のようにスマートにはいかないものです」

「他の仲間の方は……?」

「それぞれ所定の場所に落ち延びるようになっています。車は消耗品ですのでご安心を。こんな任務で死ぬような者たちではありませんから」

 

 夜の港が燃えている。明らかにもう、戻れない場所に来てしまったという思いが今更ながらにこみあげてきた。

 

「日本にしばしの別れです。何か言いたいことは?」

「……クソったれ!」

「よろしい。では中へ引っ込みましょう。これからの事についてご説明させていただきます。後、申し訳ないのですが私は閣下へお車を破壊する羽目になったと連絡して説教を受けないといけないので、しばしお待ちください。では艦橋へ行きましょう」

「……はい」

 

 カツンカツンと音を立て、先導するように大佐は歩いていく。何でもないようにしている様子からするに、これまでも修羅場をくぐってきた事がうかがえた。彼らはそこまでして、何のために僕を保護するのだろう。果たして、そこまでの価値はあるのだろうか。今は分からない。だが、事実としてあるのは彼らのおかげで僕は今もこうして未来への希望を失わずにいられる。

 

 何としてでも生き残ってみせると決めたのだ。例え、異国の軍隊の力を借りようとも。

 

 

 

 

 

 

 

<ドラゴン無双④、Fateまたの名をDestiny編・IFルートCクラス>

 

 体育祭、ペーパーシャッフル、あらゆる試験で龍園とそのクラスは勝利を続けている。快進撃としか言いようのないこの有様に、多くのクラスが畏怖を抱いている。次やられるのは自分かもしれない。そう思いながら。既にDクラスとの差は圧倒的。かつてのBクラスは今やCクラスになり下がった。Aクラスとの差も後僅か。彼らが勢力争いに固執している隙を突いた専制国家である我がクラスの勝利であった。

 

 坂柳が辛うじて勝利し、なんとか体制の立て直しに急いでいるがなかなか上手く行っていない。一之瀬はもがいているが上に行く手段が現状見つからないのが事実だ。龍園を王と仰ぎ、そこに私が仕え、その私に椎名が仕えている現状はかなり上手くクラスを回している。金田も最近ではしっかりと成長を見せており、我がクラスの法正枠くらいにはなれそうな雰囲気を見せていた。

 

 元より武闘派は多いので、そこに学力が合わされば最強格である。龍園の暴力性は存在しているものの最近では見せる機会は減りつつある。船上で真鍋たちが揉めるという事態は発生したが、龍園による『お話』と私の説得によって事なきを得た。今無駄なところで隙を見せる訳にはいかないのだ。カリスマを見せられるようになってきた龍園の姿に水を差したくはない。

 

 しかし、進撃を続ける我がクラスを見張るような動きが最近出始めている。顕著なのがAクラス。多くの人員がクラスの主要メンバー、龍園、石崎、伊吹、椎名、金田、アルベルトなどを見張っている。勿論私も。放置しても良さそうだったが、この見張っている間は坂柳の監視がこの尾行要員たちに行き届いていない隙でもある。これは有効活用できるのではないだろうか。そう考えるのは自然な事だった。相手のスパイを寝返らせるのも調略の基本である。

 

 人気のない道を歩いていく。馬鹿正直についてくるとは、尾行の仕方がお粗末と言わざるを得ない。では、少し試してみるとしよう。急にスタスタと歩き始める。速度の急上昇に尾行者は焦ったのか、走って追いかけてきた。曲がり角を曲がり、そのまま待機する。慌てたように曲がり角へ差し掛かり、こちらに気付いた相手の手を掴み壁へ押しやった。

 

「尾行は初めてかい? お嬢さん。大分バレバレだね」

「離せッ! 離して!」

「誰が捕まえた獲物を逃がしませんよ。さてさて、お嬢さん、お名前をお聞きしようか」

「……」

「まぁ言わないならこれで見るさ」

「なっ! どうやって携帯を!」

「簡単だよ。ちょっと拝借させて貰ったのさ。さてお名前は……ほぅ神室真澄というのか。坂柳の犬という訳だな」

「……」

 

 不貞腐れたようにそっぽを向いている彼女の顔をグイと動かして正面を向くようにする。その目が私の目と合った。気丈に振舞っているが、目の中には若干の怯えが見て取れる。

 

「良いじゃないか。なかなかどうして好みの顔だ」

「なに……する気?」

「君の想像のような事はしないさ。私はあくまでも紳士的なのでね」

「龍園の手下が良く言うわね」

「手下ではない。軍師だ。そこをお間違え無きように」

 

 椎名は有能だが運動神経があまりよろしくないし、素直に動いてくれるかは分からない。丁度部下が欲しかったところだ。移籍させるのも悪くないかもしれない。私が言えば、龍園も頷いてくれる可能性は高い。船上試験で葛城は龍園に騙され契約を結ばされている。それを条件に付きつければ頷くかもしれない。

 

「こうして運命的な出会いを果たした訳です。これから仲良くやりましょうよ」 

「最悪な運命(Fate)ね」

「私にとっては運命(Destiny)ですけどね」

 

 2人の出会いは凡そロマンティックの欠片もないものであった。

 

 

 

 

<Bad End side……>

 

 

「母親が癌で急死していたからね。私もまぁ可能性はあったわけだが。随分と不幸な事だ。医者の不養生と言うべきか……これも因果、か」

 

 高度育成高等学校には付属の病院がある。そこの病室で外の海を眺めながら、私の彼氏は呟いた。3年生になり、夏も終わり、Aクラスでの卒業まで後半年を切ったと言うのに、神様は残酷だった。夏の特別試験で突如倒れた彼は、ヘリコプターで搬送された。そこで判明したのは、癌。それもかなり末期の。延命治療をすれば卒業できるかもしれなかったが、彼はそれを拒んだ。

 

 学校には来なくなった。ずっと病室にいる。クラスメイトは毎日のようにお見舞いに行っていたが、それで君たちの学業が疎かになってはいけないと言い、彼は来ないように厳命した。既にクラス間闘争は崩壊して久しい。多くの生徒が心配する中、彼は静かに死に向かって歩んでいる。

 

「神室さん……」

「あぁ、坂柳か」

「大丈夫、ではありませんね。最近寝ていないんじゃないですか。特別に病院に泊まり込んでいるとはいえ、学校との二足の草鞋は……。ポイントさえ支払えば出席日数は満たせるんです、彼の隣にいてください」

「でも、そういうわけには……」

「そうだよ、神室さん。諸葛君は色々言うかもしれないけど、一緒にいてくれて嬉しくないわけないんだから」

 

 坂柳の言葉に同調するように、クラスを移動して久しい一之瀬が言う。

 

「必要な資金などは全力で提供する。受験勉強の方は任せろと伝えておいてくれ」

 

 葛城は相変わらず腕を組みながらどっしりと構えている。それでもその目の中には不安の色があった。これまで三年間クラスの柱だった存在が消えかかっている。その不安感は、このクラスの全体に蔓延していた。

 

 私も彼も、クラスメイトに恵まれた。それは間違いないだろう。

 

「それと、神室さん。これまで色々とアドバイスをしてきましたが……もしかしたらこれが最後かもしれません」

「坂柳! それは幾らなんでも」

「隠しても誤魔化してもどうしようもないでしょう! 現実と向き合う事が、今できる最善の行動のはずです」

 

 葛城の鋭い声を、坂柳は一蹴している。言い方は大分アレだけれど悪意は感じられない。うだうだしている事の多かった私の背中を何度も押してくれたのは彼女だ。面倒だと言いながらも、ちゃんと付き合ってくれたのは彼女だった。頑として譲らない決意を持った目をして、坂柳は口を開く。

 

「これを使いましょう。例え命は消えるとも、思い出は生き続けます。あなたの心の中で、私たちの生きざまの中で。けれど、形の残るものだってひとつくらいあったって良いと思います。あなたと彼が愛し合っていたのだと、この世界に明確に残る形として残すことが今は大事ではないかと思います」

「ありがとう、坂柳。アンタが友達で良かった」

「……えぇ。あなた達のカップルにはいろんな苦しみを貰いましたが……何だかんだ楽しかったですよ」

 

 坂柳や多くのクラスメイトに背中を押されて、私は病室に走った。彼女の策を抱きながら。

 

「今日は、元気そうね」

「……まぁな。もうすぐ死ぬのかと思うと気が滅入る。あんなに殺したのに、私は生きたいと願っている」

「……」

「最期くらいは、平和に死ねるのがせめてもの救いか……」

「ねぇ、アンタ、結婚願望あるって言ってたよね」

「どうしたの真澄さん。藪から棒に」

「なってあげるよ、私が。アンタの奥さん。ここにサインして」

「これは……」

 

 差し出したのは白い紙。ほとんど全て記入済みになっているその紙の右上には『婚姻届』と書かれていた。

 

「私もアンタも18。何も問題ないでしょ」

「死にかけの男に嫁いだって、何も良い事なんてないよ」

「うるさい! 私の事好きなの嫌いなのどっちなの」

「それはもちろん、好きだけれど」

「だったら、書いて。この世界の誰が否定しようと、私たちがちゃんと好き同士だったって、形に残して」

 

 私の声は半分涙の混じったモノになっていた。彼は私をゆっくりと抱きしめるて、その後弱々しく震える手で名前を書いた。そして、小さい声で彼は言う。

 

「ありがとう」

 

 昔はあんなに張りのあった声は、もうか細い。一瞬本当に涙が漏れそうになるが、グッと堪えて笑いかけた。

 

「よろしくお願いいたしますね、旦那様。それと、これからしばらく病室に住むから。この部屋、個室だけど頼んでもう一個ベッド置いてもらえたし」

「いや、でも勉強は」

「アンタが寝てる隣でやるから。だから、一緒にいさせて。お願い」

「君が、そう望むなら」

「どうも、旦那様」

「それはどうにもこうにも慣れないな」

「でしょうね」

 

 そう言う私に困ったような笑いを浮かべる彼が息を引き取ったのは、その数ヶ月後の雪の降る夜だった。愛してる、と最後に言い残して。二年の恋人生活と、それと比べれば圧倒的に短いたった数ヶ月の夫婦生活。その終焉はあっさりと訪れてしまった。遺骨の一部は彼の部下が引き取り、本国へ持ち帰るらしい。そして遺族の中でももっとも彼に続柄の近い私が喪主をすることになった。

 

 学年の皆が泣いていた。他のクラスの参列者も泣いていた。龍園は勝ち逃げされたことを悔しそうに。櫛田や堀北は彼のおかげで前を見れた部分が少なからずあったから、その恩を返す前に死んだことを悔やむように。綾小路は何か大事なものを喪失したように。泣いていた。一番酷かったのは坂柳で、泣きすぎた過呼吸のせいで搬送されそうになっていた。私は泣けなかった。どこか現実感が薄かったから。病室に行けば、あの顔であの声で今もそこにいる気がしたから。

 

 葬儀が終わり、私は1人海を眺めている。吹き続けてくる潮風がどうしようもなく私の寂しさを煽る。

 

「あぁ、ああああ……!!」

 

 堰を切ったように涙があふれだす。こんなことになるのだったら、もっと沢山の思い出を積み重ねたかった。もっと長い間、これから先何年も何回でも思い出は積み重ねて行けると思った。けれど、後悔してももう何もかもが遅かった。私はまた、一人ぼっち。やっと一緒に生きていける人が見つかったと思ったのに。私の居場所が、帰る家が出来たと思ったのに。

 

 愛した人はこの世界にはいない。左手の薬指に嵌った指輪が、鈍く銀色の輝きを放っていた。彼の指輪は焼かれた後に私が回収した。そのまま仏壇に置いている。死にたくなるほど辛い。それでも、私は生きなければならない。彼の遺志を継いで、その夢の完成を見届けるまでは。

 

「神室さん……お身体に障ります。戻りましょう」

「……そうね」

 

 それに坂柳の言う通り……私はもう、1人の身体では無いのだから。卒業まで後1ヶ月弱。なんとか制服のまま卒業できそうだ。その後は……配偶者だったので彼の遺産が大量に入って来ている。それがあれば子供1人くらいは育てられるはずだ。坂柳の言う形とは、結婚の事だけではなく、その先の事も含まれていた。最悪人工授精でもと言い始めた時は彼女らしいヤバい作戦だとも思ったけれど、私が後を追わずに済んでいるのは彼女のアドバイスのおかげでもあった。

 

 いつか言わなくてはいけない。あなたのお父さんは、凄い人だったのよ、と。涙を拭い、私は前を向いた。曇天の少し荒れた海を見ながら、決意を固めて。

 

 

 

 

 

 

 

 ……10数年後。

 

 高度育成高等学校1年Aクラスの席に、1人の少女が座っている。たまたまその学年で再びAクラスを担当していた教師――その名を真嶋と言う――は驚きと懐かしさと、少しの悲しみを以てその少女を見つめていた。その教室に、スーツ姿に杖を突いた女性が入って来る。トレードマークのベレー帽はやっぱり手放せないまま、期待と同時に切なさを抱いた瞳で、真嶋と同じ少女を見ている。

 

「坂柳理事長」

「真嶋先生、お疲れ様です。……彼女が?」

「えぇ、諸葛明華です」

「そうですか。彼女のお父様は立派な方でした。願わくば、その名に恥じない行いをして頂きたいですね」

 

 諸葛明華、15歳。早くに世を去った才人と、その妻の青春の結晶。白帝会に、新しい希望と頂かれる存在。普通の少女というのには少しだけ特殊な経験もしているけれど、それでも概ね普通の女の子。両親譲りの美貌で座っている彼女の今の心配は、友達が出来るかというごくごくありふれたモノだった。





  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。