『エーリヒ・フロム』
56.改革開放
<亡命者の逃避行>
港から逃げ出した僕たちはしばらくの間貨物船での移動となった。船は今、フィリピン沖の公海を航行しているらしい。客船でもないただの貨物船なので、客室などあるわけもなく、一日は食堂で過ごした。とは言え、最低限の気遣いはされているようで、甲板で外を見るくらいの自由はある。海は何もないようでいて、意外と景色が変化するのだということを学んだ。
「お待たせしました。迎えが来ているようですので、そちらへ移りましょう」
「あの、他の皆さんは、大丈夫だったんですか?」
「えぇ。人的損害は無く、全員無事に各々撤退しました。物的損害はそれなりにありますが、相手にはそれ以上の人的・物的な損害を当然与えています。ですので、問題ありません」
「そうですか、良かった……」
自分を護衛するために戦ってくれた人たちなので、無事であることには安堵する。日本国からすれば、彼らは敵性勢力なのかもしれない。けれど僕からすれば、その国家によって圧迫されていたわけだから、彼らは恩人だった。昨晩の事はまるで映画の中のような出来事だったけれど、冷静に考えればああいう事を平気で出来る勢力が僕をつけ狙っていたのかと思うとぞっとした。奴らが直接的な手段に出ていれば、僕のような無力な存在は、アッと言う間に死体になっていただろう。
「分からないことだらけだとは思いますが、しばらくお付き合いください」
「あの、大佐は司令官……ではないんですよね?」
「えぇ。我々の偉大なる閣下は現在日本国内で公務を行っております。感謝してくださいね、あなたの救出作戦も閣下が認可を出さなければ行えませんでしたので」
「それはもちろんしています」
「ならばよろしい」
「優秀な方、なんですね」
「それはもう。しかし、一般的に思われているほど万能、というわけではありません。個々の才能で言えば、我々の中に閣下よりも優れた人材はいます。私とて、この頭脳では劣っているつもりはありません。養成時代は私の方が上でした。ですがそれでも、この左目を含めて全てを以てお仕えすると決めました。閣下にもし、何か一つこれという才があるのならば、それは人を導く才なのかもしれません」
恋する乙女のような顔で彼女は語っている。実際にどういう人なのかは分からない。年齢も性別も、彼女の語り口では不明だ。いつか会える日が来るのだろうか。そんな事を思いながら大佐に案内されて甲板に出れば、遠くの方に艦影が見える。青空の下、ゆっくりと黒い影が数隻こちらへ向かっていた。
「スキージャンプ勾配……空母がどうしてこんなところに」
「おや、お詳しいですね。流石男の子と言ったところでしょうか」
「い、いやそれほどでも……」
多少は分かるけれど、専門的な事はよく知らない。とは言え、ミリタリー系はそれなりに好きではあった。食い扶持を探している時、自衛隊ならとは思ったけれど、あんな圧力をかけられている中では試験はともかく合格はしなかっただろう。
「でも中国の空母は三隻しかいないはずなのに、僕の迎えに……?」
「よくご存知で。遼寧、福建、山東が
「あぁ、あの電話の」
「そうです」
空母の周辺には小型艦が数隻。輪のように展開している。空母の後ろにも大きな船の影があった。
「三連装主砲……?」
「あの女、我々の出迎えのためだけにあんな油を馬鹿食いする船を動かしたんですか……」
「あれは?」
「ソビエツキ―・ソユーズ級として建造されたものをこれまた閣下が趣味で買い取ったものです。軍の予算をかっぱらってね。艦名は漢中。近代化改修されまくっているとはいえ、このご時世に時代遅れの戦艦ですよ。あの感じですと、戦艦の方はついでですね」
「は、はぁ……」
「当組織は少し複雑な構造をしていましてね。海軍部は私の管轄下に無いんです。閣下が統帥権を持ってはいますが、海軍部は他所から招いた司令官が統括しています。立場上、私とはほぼ対等なのが腹立たしいですね」
「色々、あるんですね」
「えぇ、まぁ。さて、我々は成都に移乗し、その後広州へ移動します。その後は街の方の成都に移動し、そこからさらに我々の基地へと向かいますので。寒いのはお得意ですか?」
「暑いのよりは」
「それは良かった。秦嶺山脈は冷えますから。あなたは今後の政局を左右する大事なお客人ですが、それはそれとして働かざる者食うべからずです。研鑽には励んで頂きますよ」
「覚悟の上です」
「それは結構。では、いよいよ本国へ参りましょうか。あなたには色々と伺いたいこともありますので」
「あの、それに関してなんでけど、荷造りをしている時に父の持っていたメモを見つけました。お役に立てるかは分かりませんが……」
「見せてください」
僕が渡したメモを、大佐は静かに読んでいる。そこに書いてあったのは、ホワイトルームの位置やそこに収容されていた人の身元の内、数名の分だけが書いてある。どこまで情報を持っているのかは分からないけれど、カリキュラム脱落者のその後などは役に立つと思って渡した。それに、最悪情報の裏付けくらいにはなるだろう。
「なるほど……この少女、脱落段階は最後の方とそれなりに優秀。しかし心神喪失で入院中。心神喪失……そうですか……」
「なにか、お役に立ちましたか」
「えぇ、面白い情報がありました。精神を病んでいるならそれを治せばいい。幸い、我々の側にはそういうのを得意とする人間がいましてね。軍医殿に一働きして頂きましょうか」
船の影がいよいよ近くなってくる。巨大な船体が貨物船に横付けするようにゆっくりと速度を落としていた。あの船に乗れば、僕はいよいよ戻れなくなる。もしかしたら、用済みになれば始末される可能性だってある。けれど、日本にいればどの道待っているのは死だけだ。ならば少しでも可能性のある方に賭ける。
「雪は溶かしてあげなくてはね」
薄い笑いを浮かべている大佐を横目に、僕はこれから乗る船を見つめる。その向こう側にある日本の事を睨みながら。
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「あけまして、おめでとうございます」
「おめでとうございます」
2015年も無事に終わり、世界は2016年を迎えた。高度育成高等学校もすっかり雪の色に染まり、冬は冷えていく。クリスマスはAクラスとDクラスの合同で盛大に祝い、そして正月になる。あのパーティーは中々面白かった。一番のハイライトは折紙の輪飾りを無限に作成する羽目になって死んだ目をしていた坂柳だろう。嬉々としてやっている森下がおかしいのかもしれないが。
ともあれ、色々あった激動の一年を締めくくるには良いイベントだった。来年も、全員揃って出来るようにしようと誓っての解散となったのも思い出深い。最後に撮った写真も良い出来になっている。間にしれっと私の車が爆発四散した気がするが、現実を見ないようにして冬休みを過ごしていた。そして1月1日を迎え、私たちは顔を突き合わせて挨拶をしている。
「これ、やっぱりちょっと派手過ぎない?」
「いやそうでもないと思うけど。女の子が正月に着飾っちゃいけない理由なんてないと思うし、何より似合ってる。ちゃんと綺麗だよ」
「……そう。それは良いんだけど、その衣装がアンタの私物ってのがちょっと微妙なとこね……」
真澄さんは臙脂色の振袖を着ている。普通のマンションの中で着る衣装ではない気もするけれど、正月ということで気分を作ろうと着てもらった。自分の趣味であるという部分も否定はしない。髪型も普段とは変えて、渡した簪が映えるようにセットしている。化粧品も普段のモノとは違うので、相当綺麗な姿で座っていた。
彼女の着ている服は前に私が仕事で使ったモノ。サイズ的には上手く調整したのでいい感じに入っていた。化粧品も仕事で使うモノの中から似合う品を選んでいる。良い具合に仕上がったと自画自賛したい気分だ。
「これ、アンタに乗せられて着たのは良いけど、初詣も行かないのに着てどうするの?」
「じゃあ初詣行こうか」
「この学校に神社なんてあった?」
「あるよ、端っこの方に」
全く記憶にないという顔の彼女を連れて、外に出る。吐いた息が白くなり、冬の澄んだ青空の中に消えていく。今日は随分と天気がいい。今年が良い年になる瑞兆であると考えることにした。彼女だけ着飾らせて私が地味なのもどうかと思い、一応それなりの格好はしている。和服は実家の時によく着ていた。
東京湾上に広大な敷地を持つ高度育成高等学校にも、神社は存在する。寺と教会は無いのに神社だけあるのはいかにも日本らしい。これ、政教分離がどうこうで文句を言われなかったのだろうか。まぁ神道は宗教じゃないと主張する人もいるし、おかしくは無いかもしれないが。ともあれ、敷地の隅にひっそりと神社がある。管理はされているが参拝者はいないようで、閑散としていた。
「こんなところに神社なんてあったんだ」
「一応パンフレットには小さく書いてあったけどね。誰も注目してないだろうけど。一応芝大神宮の御神霊を分けてもらったちゃんとした神社なんだけど……まぁ高校生で神道に興味がある方が少ないから仕方ないか」
「その神社、そんなにちゃんとしたところなんだ」
「東京十社の一つで、源頼朝とか徳川家康など関東の武士から崇敬を集めた神社だよ。祭神は天照皇大御神と豊受大御神」
「詳しいわね」
「一応父方が神職の家系だから」
神主は国家資格なので、父はそれを持っていなかったため、正確には祖父母の代で神職は終わっている。神職になるには、三重の皇學館大学か渋谷の國學院大學で専門の過程を経る必要がある。まぁこの学校をAクラスで卒業すれば、それも貰えるだろうけれど。私は特にAクラスになって欲しい特権などはないので、もし望むならこれを貰うでも良いかもしれない。
「これ、お賽銭箱無いのね」
「あー、ここは現金使わないからなぁ。取り敢えずお気持ちだけで」
二人で柏手を打って、今年一年の生徒の健やかな成長と安寧を祈る。多分安寧はないと思うけれど、健やかに成長するくらいは叶って欲しいものだ。そして何より、二人で幸福な一年を作れますようにと願っておく。幸せは作るものであって、願って貰うモノではないと思うので、こういう願いにした。隣の彼女が何を祈っているのかは分からない。願いは口に出すと叶わないとも言うし、お互いに秘密の方が良いのだろう。
「さて、お参りも済ませたところで、朝食兼昼食のおせちでも食べに戻りますか」
「仕込んでたの、出来上がったの!?」
「そりゃ、今日出来上がらないと意味がないですし」
「豆ある? あとあれ、栗きんとん」
「ちょっと多めに作っておきました」
声にならない声で喜んでいる彼女は、普段は見せない子供っぽい顔だ。何せ普段の表情は幾分大人びているので、余計にあどけなく見える。こういう正月料理を食べたり、そういった喜びだったり行事も彼女にとっては初めてのモノなのかもしれない。もしかしたら、物自体は食べたことがあっても孤食では寂しいだけだ。
私に出来る事がどれほどあるのかは分からないけれど、望む物を作ることくらいなら出来る。そうやって今までの人生で足りなかったモノをお互いに埋めて行ければいいと思う。今年は、いや今年もそういう年であることを追加で願った。どうせ参拝者のいない神社なのだ。これくらいは願っても、キャパシティーオーバーではないだろうから。
1月6日の水曜日から学校が始まった。明日、7日からはどこかへバスで移動する事が告げられている。その際、数セットの衣服を用意するように言われたことから、少なくとも一週間前後どこかへ行くのだろう。さしづめ、林間学校と言う事だろうか。7日から一週間なら14日に帰還ということになり、その週の終わりに行われるセンター試験には間に合う。正直林間学校の直後にセンター試験とはやってられないと思うが、今の三年生には苦難を乗り越えてもらうしかないだろう。我々の頃にはやめさせたい日程だ。
今日は授業などはお休みで、全校集会が行われている。残り三ヶ月弱とは言え、三学期が始まったのでその注意などを話しているが、あの校長は頑なにこちらを見ようとしない。そんなに私の事がトラウマだったのだろうか。無理もないだろうとは思うけれど、ひとえに自分のこれまでの運営に問題があったことを呪うと良いだろう。
校長のつまらない話が終わった後、生徒会にバトンタッチされて南雲が壇上に立つ。相変わらず腹立たしいくらい自信満々の顔だ。彼の話す成果は半ば私が持ってきたモノだけれど、元々ここで発表するという名の部分は彼が持っていくことで合意している。私は実だけ取れればそれで良いのだ。
「皆さん、おはようございます。いよいよ三学期が始まりました。さて、私が生徒会長に就任してから既に数ヶ月。おい南雲、お前はいつ改革を起こすんだとヤキモキしておられた方もいる事でしょう。ですがご安心ください。本日、私は皆さんへ非常に素晴らしいご報告をします!」
二年生からは予定調和のような喝采が飛ぶ。三年生はそれを苦々しい顔で見ていた。一年生は上級生とのかかわりが薄いので、比較的フラットに見ている。龍園も参加はしていたが、静かに佇んでいた。どうやら、失脚という形をとって引責辞任したらしい。
「これまで、我々は学校内だけで孤立した存在でした。しかし、昨今のIT事情に鑑み、我々生徒会は有志の協力を得つつIT自由化を勝ち取ることに成功したのです! 皆さん、自身の端末を操作してみてください。Twitter、Instagram、その他あらゆるアプリを使用可能となっている事でしょう。無論、投稿前に通常の端末には存在しない検閲が入りますが、それでもこれまでとは違い格段に自由となりました。学校の機密を漏らさない限り、自由に世界中とやり取りが出来るのです」
検閲はかなり厳しくやっているらしく、なんなら手動で見ることにしたらしい。AIではどうにも上手く機能してくれない事があるようだ。しかし、私からしてみれば随分と便利になったと言える。暗号電文など打ち放題だ。どうもこの検閲を考えているお偉方はSNSというかインターネット文化をよく理解していないらしい。ギャル文字の頃からそうであるが、隠語や仲間内にしか通じない言葉で会話し、意思疎通をするのなんてよくある話だ。だから本国の検閲は厳しくなっている。
「そして、それに伴って各種芸能活動など、外部との接触を必要とする労働も自由となりました。基本的にはこちらから出向くのではなく向こうから来てもらう形にはなりますが、それでも様々な活動が可能となります。これまで活かせなかった才能を活かし、己の未来を掴んで頂きたい。アイドル、俳優、作家、配信者、プロゲーマー、音楽家……多種多様な選択肢が広がったと言えるでしょう」
本当は暴力沙汰関連のルールがかなり厳しくなっているのだが、その辺は隠している。と言うより、後で教員を使って伝えてもらうつもりなのだろう。彼が話すのはあくまでも聞いていて楽しい話題だけ。それもまた、彼の処世術、支持の集め方なのだと思う。
実際、二年生からは歓喜の声が湧いている。一年生も制限が緩くなったことに喜ぶ声が大きい。三年生は困惑しているようだ。もう既にこの学校のおかしな部分に染まり切っている生徒が多いので、無理もないだろう。しかしこの制度は我々のために用意したとはいえ、他の関係ない生徒にとっては罠でもある。これまではSNSが制限されていたため勉学に励まざるを得なかった層が、これにより自堕落になっていく可能性もある。
無論、赤点は退学だけれど、逆に言えば赤点にさえならなければ良いと言う事。こういう劇薬は元々不真面目な生徒の多いクラス、つまり1年Bクラスなどには毒になっていくだろう。
「私は9月、私はこれからの学校作りとしてまずは歴代の生徒会が守ってきた、こうあるべきという学校の姿を全て壊していくと宣言しました。私は約束を守る男です。まず第一にこうして様々な活動解禁を行い、これまでの在り方に一石を投じました。当然、ここで終わるつもりはありません。実力ある生徒はとことん上に、実力のない生徒はとことん下に。このスローガンを掲げ、改革に邁進していく所存です。そしてその実力とは、今回解禁された各種活動もそれに該当するでしょう。己の持っているモノを磨き、才能を鍛え、実力を上げ、そして多様な能力の集う真の実力至上主義の学校としようではありませんか!」
「「「南雲! 南雲!」」」
2年Aクラスの男子からコールが巻き起こる。彼のやっていることは、普通の生徒からは自由化と映るだろう。それを歓迎している生徒は多い。教師は戸惑いであったり苦々しい顔をしているが、そんな事は生徒にとってすればどうでも良い話だ。これにより、南雲体制は一年生にも大きな支持基盤を作ることになる。
彼の言う通り、これまでの学校の制度では実力主義と言いつつ実力を活かせない生徒もいた。佐倉はグラビアアイドルとして活躍していたけれど、ここでは活動が出来ない。しかし今回の改革で、彼女は大きな恩恵を被った。坂柳有栖YouTuber計画のためにやったことであったが、既に知名度も業界との繋がりもある佐倉はかなりのアドバンテージを得た。彼女がもたらす収入は、Bクラスにとっての支えとなるだろう。それを公表すればの話だが。
雑誌業界との繋がりはそれなりに役立つ可能性もある。ウチのクラスの鬼頭はファッションデザイナー志望だし、その辺を上手く組み合わせれば、ウチのクラスの綺麗所をファッションモデルとかに出来ないだろうか。幸い顔がいい生徒が揃っている。中身さえ気にしなければの話だが。森下や坂柳を見ながら思う。一部性的に奔放という噂もあるけれど、白石なども美人な顔をしている。当然、私のカノジョも。
加えて漫画家や小説家を目指したい生徒がいたら、今回の改革は大きな追い風になるだろう。これまで花開かなかった部分の才能が見えてくることは、生徒の育成においては良い事だと思う。
教室に戻ってのHRでは真嶋先生が困惑した顔をしながら説明をしていた。
「これまでとは大きく異なる制度が導入されることになった。正直我々もまだ全容を把握しきれているわけではないが、しかしこの学校の目指すべき根幹は変わらない。引き続き、Aクラスとして気を引き締めていくように。また、SNSの使い方などは1月の後半に講習会を開く。これは強制参加だ。昨今、インターネットでの犯罪が増えている。フィルタリングと検閲は強めに設定しているが、如何せんうまく機能しきれないのが現実だ。学生として、人間として相応しい行動をするように。悪質な行為には当然、退学措置を取る」
SNSを使った虐め問題もあるし、詐欺などもある。エロサイトに入ってウイルスを貰い、それで学校のシステムがダウンしましたなんて自体は避けたいのだろう。出会い系詐欺などもある。気を付けて欲しいところだ。
「また、冬休み期間に色々とトラブルがあったようだ。これを受け、学校側は対策の強化に乗り出している。暴力沙汰はこれまで以上に厳しく取り締まられるだろう。気付いた者もいるかもしれないが、監視カメラの量も増加した。監視体制も厳しくなっている。これまでの状態では十分に抑止力たりえないと判断された。無論お前たちAクラスが問題行動を起こしていないのは学校側も認知している。決してお前たちの行動に問題があったわけではない」
本当は私に脅されたから渋々ではあろうけれど、それでもちゃんと動き出している。あの場では交渉に同意したけれど後で渋っていた理事の家には心の籠ったお手紙を届けておいた。それからすぐに色々と動き出したので、やはり真心は大事だと思う。
肝心のクラス間移動に関する必要ポイント数減少はまだ達成されていない。流石にこれは凄く根幹に関わる事であったため、色々調整に難航しているようだ。いきなり理事長を解任して改革をし始めたことに、文科省側が驚いていると聞いている。管理下で良くも悪くも停滞的だった国立高校が急に今までと違う事をし始めたら、警戒するのも無理はないだろう。間もなく選挙もある。変なスキャンダルになるのは困るという事だろうか。
とは言え、そう時間はかからない。少なくとも、来年度くらいまでにはポイント減額も実行されている見込みである。今月の収入は先月から移籍した白波の分が増えて805万8960pp(1月分pp収入の9割×42人分)となっている。これまでの所持金である560万1680ppと足すと、合計で1366万640ppだ。来月にはもう一人移籍できる。しかし、明らかにペースとしては遅い。毎月2000万貯められるようにすれば、そして移籍の費用が半額になれば、一月に二人、つまりは一年で24人。二年間で全員どうにか移動可能だ。前者はこれからの工夫次第、後者はなんとかもうじき実現できそうだ。
「では、以上でHRを終わる。伝達した通り、明日は朝から指定の場所に集合する。くれぐれも遅刻などしないように」
そう言うと先生は戻って行った。学校のルール変更により教師陣も色々と対応に追われているらしい。正直、今までが大分暇だったと思うので、生徒のより良い教育環境のためにご協力願いたいところだ。それはともかく、今日から三学期なので、約束通りクラス内選挙をしないといけない。
「あけましておめでとうございます。本日から三学期ですが、二学期初頭に定めた通り、三学期の指揮を執る人物を決定する選挙を実施したいと思います。誰も立候補者がいない場合は私の続投となりますが、どなたか代わりにやりたいという方はいますか?」
と、聞いてはいるものの、多分誰もいないだろうとは思っている。この七面倒くさい仕事を引き受けたいという物好きは少ないはずだ。なにせ、私の代わりの仕事をして、私と同じ成果を要求されるのだから、面倒以外の何物でもない。最終的には誰かしらがここで手を挙げてくれるようなクラスにしたいけれど、しばらくは引き続き私が担うことになりそうだった。
「特にいらっしゃらないということで、引き続き私が担当します。よろしくお願いいたします」
なんだか不正選挙みたいだが、取り敢えず拍手で以て受け入れられているので大丈夫だろう。支持基盤は固めているつもりだが、だからと言ってこういう手段を疎かには出来ない。
「さて、明日からは恐らく林間学校、という名の特別試験となるでしょう。今回は私物の持ち込みが許可されているようなので、各員備えておいてください。そして、早速改訂された学校のルールですが、年末期間に生徒会と協力して、諸々の改革を提言しました。今後も徐々に変更が加えられるとは思いますので、その都度しっかりと確認しておくようにしましょう。何度も注意は受けていますがSNSの運用は慎重に」
大炎上しそうな人が何人かいるのが怖い。火消は出来ないわけではないけれど、やりたくはないのが実情だ。デジタルタトゥーは基本的に消せない。こういう指導は今後、全ての学校の課題となって来るのだろう。
「最後になりますが、労働関連の改訂が為されました。よって、動画投稿や小説投稿なども可能となります。これらの活動は場合によっては収益に繋げる事も出来ます。興味のある方はご相談ください。我々には資金力がありますので、投資価値があると判断した場合は資金をつぎ込んでバックアップします。あらゆる手段での金策が重要です。機会を活かしてみる、或いは挑戦してみる。折角の学生生活ですので、色々と探ってみましょう」
小説だって人気があればすぐにアニメ化することもあり得る。幸い、こちらは金ならある。それをつぎ込んでプッシュすれば、名作ならちゃんと売れる可能性がある。工夫はいるが、無名の素人よりは売れるように工夫が出来るはずだ。真澄さんのクリスマスプレゼントにペンタブを送ったのだが、彼女は早速それで色々描いているらしい。Twitterのフォロワーが結構なペースで増えている。元々才能はあったのだから、場所さえあれば輝ける生徒は何人もいるだろう。
「と、言う事で、こちらとしては早速坂柳さんを動画投稿で資金源にしようとしているのですが……何か企画のアイデアがあったら教えてください」
「ホラーゲーム実況!」
「それはあり」
「面白そう」
「隣に孔明先生置いておいて、なんか民俗学的な解説とかしてる横でひたすら無心でプレイしてる坂柳さんを見たいかと言われれば見たい」
「分かりみ」
「鬱展開の伏線であっ……ってコメントしたい」
「お前は許されない邪悪だ」
なんか急に強い怨念が通った気がしたがそれはともかく。いい具合に坂柳とクラスメイトとの関係性が縮まっていることに私が喜びを感じている中、当の本人はずっと死んだ魚のような目をしていた。需要に応えるのも大事な行為。彼女の心臓が止まらない程度に頑張ってもらうことにした。