ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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多くの女性を愛した人間よりも、たった一人の女性だけを愛した人間のほうが、はるかに深く女というものを知っている。

『トルストイ』


59.重力過多

「意外に早くグループが作り終わったな。ちょうど時間もあるし、これからすぐに大グループも作らないか?」

 

 南雲がやって来る。という事は、上級生も既にグループ結成を終了させているという事が分かった。流石というか、早い。

 

「偶然にも全学年がグループを作り終えたんだ。学校側の配慮を半ば無視する形にはなるが、その方が効率が良いだろう?」

 

 確かにそれは事実だ。教師サイドはこの動きが想定外だったようで、あわただしく動いている。もしかしたら女子の方は難航しているのかもしれないが、それを知る術はない。生徒会長からの提案を断れる生徒はほぼいない。南雲の視線がチラリとこちらを見たが、またすぐに前を向いた。

 

「構いませんよね。堀北先輩」

「ああ。こちらもその方が都合がいい」

「どうスかね。ドラフト制みたいなので決めるのも面白くありませんか。1年生の小グループの代表者6人でじゃんけんして指名順を決める。勝った順に2年と3年の小グループを指名して行けば、大グループの完成です。公平かつ短時間で決まりますよ」

「1年生の持つ情報は少ない。公平性に欠けていると思われる」

「公平に決める事なんて不可能です。結局持っている情報量には差があるんですから。1年はどうだ。何か意見があるなら言ってくれ」

 

 1年と言いながらコチラをガン見するのは止めて欲しい。確かにこの学校ではAクラスの代表=学年の代表格とみなされる傾向がある。Dのリーダー一之瀬とBのリーダー(?)堀北がいない上にCのリーダーは今までほとんど表舞台にはいなかった金田。確かにクラス全体を統括する存在は私しか存在していないことになる。

 

「よろしいでしょうか。確かに私たち1年生には先輩方の情報が不足しています。ですのでせめて自グループを構成するメンバーのクラスを明かしていただけると助かります。クラスで差別するつもりはありませんが、能力値の平均を考えれば参考値くらいにはなるかと思いますので」

「それくらいなら構わないのではないか?」

「そうスね。良いぜ、お前の言う通り、クラスくらいは明かしてやるさ」

 

 案外素直に南雲は頷いた。私の場合も3年生は大体どこの誰だか分かるが、2年生はまだ分からない人も多い。顔とクラスくらいは一致させたい。それに他のグループが判断する助けにもなるだろう。1年生全体の利益にもなる事であり、また生徒会長と普通に交渉しているという点で私の持っているコネクションを1年生に示すことも出来る。彼とは学校との対応に関して共闘関係にある。あまり派手に敵対したくない。

 

 その後、各グループの責任者によって自グループにいるメンバーのクラスと名前が紹介されていく。やはり人気なのは堀北学率いるグループや3年のAクラス、Bクラスの多いグループだろう。同じく南雲もAクラスやBクラスの生徒を中心に構成している。とは言え、数人CやDの生徒もおり、彼らは何かしら問題があって下位クラスになってしまった生徒なのだろう。実力に問題がないからこそ、南雲が使っているのだと思う。

 

「じゃあ俺たちは待っているから好きにしてくれ」

 

 南雲の指示の後、小グループの代表者、ウチの場合は葛城が出ていく。結果的に勝利した。指名権第1位。実質選び放題である。と言うかこれ、確率論的に堀北学の率いる3年生の小グループと南雲率いる2年生の小グループが指名の結果同じ大グループになるとかもあり得はするのか。そんな事になったら少し面白そうだと思った。

 

「3年の堀北先輩のグループでお願いします」

 

 葛城は順当に堀北学を指名する。妥当な判断だった。Dクラス主体で構成されているグループは南雲を中心にしたグループを指名する。我々が主力と考えているグループはしっかりと上級生の主力を確保しにかかっていた。

 

「これで決まったな。責任者が決まってないグループも一年にはいるようだが、まぁそこはあとで上手く話し合ってくれ。じゃあ、俺たちは俺たちで行くからまた後で」

「待て、南雲」

「意外っスね、堀北先輩が俺に話しかけてくるなんて」

「これまでお前は何度も俺に挑んできた。今回のような学年混合の試験ならば、お前は真っ先にそうすると思ったが、何もしてこない。であれば、疑問に思うのも当然だろう」

「まぁ確かに、その通りっスけど」 

 

 南雲は肩をすくめる。堀北兄からすれば、南雲の行動は随分と謎めいて見えるのだろう。これまで自分に何度もちょっかいをかけてきた後輩が急に大人しくなる、というのは彼からすれば行動の理由や今後が読めず、判断が難しい事態であったのは想像に難くない。

 

「こっちも色々あるんスよ。堀北先輩のクラスを攻撃してもいいっスけど、それじゃあ俺たちに一ポイントも入りはしない。そのために大金を使えない状況になってまして。まぁそれもこれも一年の後輩の行動が原因なんですが」

 

 南雲はもう一度チラリとこちらを見る。彼の視線が私や神崎を射抜いた。それで大体言いたいことは理解する。我々AクラスがDクラスを併合する計画を立て実際に実行に移している。何人もAクラスへ移動しているのを見て、二年生の中にも南雲に訴える生徒がいたのだと思う。我々は何故、かの如くなれぬのかと。大金を貯めこんでいる南雲であれば、何人も移籍させられる可能性がある。蜘蛛の糸に縋る罪人の如く、多くの下位クラスにいる羽目になった優秀さのある生徒が南雲へ陳情したのだと思う。

 

 そして、南雲は自身の基盤を維持するためにはこの陳情を聞き入れるしかなかった。そうでないと、下位クラスが造反するかもしれない。我々一年、或いは三年生に知恵を求められた場合、対処できないとは言わないが面倒な事態に巻き込まれる可能性が高い。南雲にとって、それは望ましい事ではなかった。彼は学年を支配してその安定を得ている。同時に、クラスメイトが彼を支持するのは金払いとその安全保障故だ。さもなくば、性格の悪さからすぐにその座を追われるだろう。

 

「と言うことで、今回は真面目にやるっスよ。だから勝負はお預けっスね」 

「それを信じろと?」

「まぁ、勝つために他のグループを引きずり降ろそうとすることはあるかもしれないスけど」

「それは試験の本質とは異なる。あくまでもこの試験はグループ内の結束を求められる試験だ。間違ってもお互いの足を引っ張り合う事ではないはずだ」

「試験の本質なんて、解釈次第じゃないスか? 俺はこの試験でも普段と変わらず、ルール内であれば勝利以外を求められてないと解釈しました。それに、学校から相手の足を引っ張ってはいけません、なんて言われてないっスよ」

「……」

「ま、ほどほどにやりまスよ。俺もちゃんとやらないと、足元から崩されそうなんで」

 

 南雲はそう言うと、彼を取り巻く二年生たちと共に去っていく。三年生の方にははかなり呆気にとられたような空気感が漂っている。それほどまでに、南雲は何度も三年生に挑んでいたのだろう。しかしながら、我々の登場により己の地盤が揺らぎかねない状況が発生した。そうなって来ると、流石の彼も真面目にやらざるを得ない。

 

 しかし、これは幸運だ。彼が三年生を追い込むために訳の分からない行動をする可能性が著しく低下した。これに伴い、彼の思考は随分と読みやすくなる。マネーゲームをする可能性も減っている。なぜならば、それを上回るリターンを得られる可能性がない限り、その損害の責任を彼は問われるからだ。今回はそこまで学年対抗要素がない。これで学年対抗になったのならば話は変わるだろうが、そうでない限り警戒はしつつもこちらからアクションを起こす必要はないだろう。

 

 

 

 

 

 

 用意された部屋は結構古めかしかった。しかし、古めかしいと汚いは違う。汚さはどこにもなく、シックで落ち着いた雰囲気だった。クオリティーとしてはかなり高い方に入るだろう。これは良い。少なくとも住環境が無人島より100倍マシだ。葛城を先頭にゾロゾロと部屋に入る。2段ベッドが8台、16人分ある。我々は15人。余った場所は荷物置きにでもしておけばいいだろう。

 

「俺、上の段良いか~?」 

 

 お気楽な口調でBクラスからの客人は言いつつ、早速上を占拠しようとしている。このほぼAクラスしかいないアウェー空間でそれが出来るのは素直に評価しよう。Cクラスから来た時任は唖然とした顔をしている。彼は余所者という意識はあるようで、普段はどうだか分からないけれど大人しくする道を選んでいる。そう言う点では常識的だった。

 

「待って下さいね、それは話し合って決めるものです。リーダーであり責任者は葛城君。彼の指示なく勝手な行動は慎んでください」

「え~固い事言うなよ」

「諸葛の言う通りだ。Bクラスではどうだったか分からない。しかし悪いが、ここでは俺たちのルールに従って貰う」

「チェッ、けちけちすんなよなぁ」

 

 と言ったもののそれ以上抗議する気は無く、上が良い人が順に上を確保することで落ち着いた。私は下の方が良い。コンセントが下の方にしかないので、ドライヤーやヘアアイロンを割と長時間使いたい私には下の方が良いのだ。長い髪の弊害は髪を乾かすのに時間がかかるという事。簪は真澄さんに渡してしまったし、切っても構わないのだが、彼女が切らないで欲しいというので切らないままにしている。

 

「後はお任せしますね、葛城君」

「あぁ。まずは上を希望する者は手を挙げてくれ。希望者が多ければじゃんけんを行う。問題ないならば、そのまま上に行ってもらう」

 

 山内を含め、何人かの生徒が手を挙げる。人数的にはベッドの数よりも少ない。つまり、全員上に行ってもらっても構わないということだ。

 

「分かった。人数的に問題ないようだな。では、他の者は何か希望があるか?」

「私は下がいいですね、出来る事ならば」

「諸葛は下だな。他に何も無ければ、後は適当に割り振ろう」

 

 これで上手く寝る場所が決まる。変に抵抗したりする声が無ければこの辺はスムーズだ。元々民度の高いAクラスの生徒が多数派になっている。譲り合いなどは慣れているし、話し合いはディスカッションを通じて日常になりつつある。

 

「なんだよ、結果的に上で良かったんじゃん」

「そうだな。だがそれは結果論だ。確かにお前の言う通り、お前が上を先に占拠したとしても、寝る場所の割り振りは変わらなかっただろう。しかし、それはあくまでも結果論に過ぎない。合意形成の過程をすっ飛ばした上で決まるのと、しっかりと話し合いや合意を形成した上で決まるのでは雲泥の差がある」

「うん、でい?」

「雲と泥で雲泥です。凄く差がある、という意味ですよ」

 

 あまり学力的によろしくないらしい。ことわざではあると思うのだが、この辺は割と有名な部類であると思う。月とスッポンの同意語と言おうとも思ったが、それも分かるか微妙なのでちゃんと解説する事にした。

 

「例えば、だ。修学旅行を想像してくれ。先生が一方的に決定したグループと、話し合った末に作られたグループが同じだったとしよう。その場合、お前はどっちの方がいい? 先生に一方的に決められたグループには反感を抱くのではないか?」

「それは……まぁ確かにそうかもしれないけどよ……」

「それと同じことだ。結果が同じであろうとも、ちゃんと話し合い、合意を形成する。それは集団生活では大事な事であり、人間としても大事な事だ。納得してくれたか?」

「一応……」

 

 彼は口をもごもごさせながら返答する。注意されるのに慣れていない、怒られるのに慣れていないのは現代の若者らしいのかもしれない。マジトーンで同学年の生徒から注意されるというのは彼の人生経験にあまり無かったのだと思う。或いはあったとしても、聞き流していたのか。まぁそれも普通の高校生らしいと言えばらしいのかもしれないけれど、ここではある程度共同生活に合わせた態度を取ってくれないと困る。ここで癇癪を起したりしないだけ、まだ希望はあるように思えた。

 

「取り敢えず荷物を置きましょう。夕食の時間も近いですし」

「そうだな」

 

 私が手を叩いて場の空気を変え、荷ほどきをする。とは言え、男子はそこまで荷物が多くない。そもそも着るものの数が少ないからだ。

 

「コンセント、どこにあります?」

「そこにあるよ」

「ありがとうございます」

 

 ドライヤー用のコンセントは確保できた。山内はそれを奇妙な顔で見ている。

 

「なぁ諸葛ぅ」

「なんですか?」

「なんで髪の伸ばしてんだ?」

「なんで、と言われましても。真澄さんに伸ばしたままにしていて欲しいと言われたので。私個人としては切っても構わないんですが、彼女がそれを頑なに拒みますから、別に強行する理由も無いのでそのままにしています」

 

 多分、そういう性癖なんですよと坂柳が言っていた。こういう時だけ坂柳の言っていることが当たってそうなのがなんとなく嫌ではあるけれど、第三者視点で冷静に見ているのは彼女くらいでもあった。我々の恋愛関係の相談相手が坂柳というのも、なんとも言えない気持ちになる。とは言え、向こうは向こうで相談には乗るくせに後でダメージを受けているのでお互い様かもしれない。

 

「神室ちゃんと付き合ってるんだろ?」

「えぇ」

「どうやって付き合ったんだよ~」

「どうやって、と言われましても困りますね。色々と過程を経ていますが、おおよそ通常のカップルの成立方法とは随分と異なりますから。とは言え、まぁ大体のカップルの成立方法は異なっていて、本来は一般化できないんですけれど」

「じゃあ、どっちから告ったんだ?」

「それ、言わないとダメですか?」

 

 私は眉を困ったように歪める。個人情報というか、なんでカップルの成立過程を彼に話さないといけないのか、その辺がよく分からない。コイバナ、というヤツなのかもしれないが、それにしたって何故彼とコイバナをしないといけないのだろうか。とは言え、ここで断った場合、彼の機嫌が悪くなるかもしれない。そうなると、士気に関わる。我々は負けるわけにはいかない。金策において油断や手抜きは許されないのだ。

 

 なんなら、他のルームメイトたちも若干気になっている様子を見せている。自クラスの生徒ですらそんな感じならば、仕方ないと諦めることにした。

 

「分かりましたよ。告白したのは私からです」

「おぉ! アレか、普通に付き合ってくれって言ったのか?」

「……あれ、そう言えばそれは言ってないです」

「えぇ……?」

「私は『あなたを愛しています。どうか、私の隣を歩いてください』と。そうしたら『喜んで。例え死が二人を分かつとも、永遠に』と言ってくれましたので、まぁ結果的には似たようなモノかもしれませんね」

 

 私の言葉に、室内に奇妙な沈黙が起こる。その中で、山内がポツリと呟いた。

 

「重っ」

「いや、そんな事無いはずですが。彼女の人生の一部に割り込む以上、ちゃんと将来の事も考えて……」

「いや、それ重いって」

 

 山内の言葉を否定してくれるだろうと、私は周囲を見渡す。しかし、Aクラスの生徒たちもスッと目を逸らす。この件ではどうやら私がアウェーなようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 女子のグループ分けは難航しつつ、それでも徐々に進みつつあった。AD連合が主導権を握り、それにBとCが応じざるを得ない状況が続いている。両クラスにしてみれば、守らないといけない対象が多い。仮に、もし退学者が出てもcpにマイナスが出なければ、切り捨てる生徒が出たかもしれない。しかし、300ものマイナスが出る以上、どう頑張っても庇わないといけないのだ。

 

 かくして、グループ分けは男子よりもよりAD連合優位に進んだ。

 

「無事にある程度決まりましたね」

「まったく、一時はどうなる事かと思ったけど」

 

 坂柳が嗜虐性のある笑みを浮かべ、少し呆れた顔の神室がそれを眺めている。この二人は同じグループに配属されていた。頭脳担当の坂柳、実働担当の神室、上手く分担されたコンビになっている。運動神経だけで言えば、元々神室は学年の女子でも随一。かなり動ける生徒であるため、全く動けない坂柳の欠点を補えるのだ。

 

「一之瀬さんもお疲れ様でした」

「ううん、なんとかなって良かったよ」

「一時期変な方向に流れそうになっていましたからね」

 

 坂柳はチラリと堀北の方を見る。Bクラスの名目上のリーダー、ということになっているけれど、クラス内で支持されている様子は見えない。龍園は暴君であったが、それでも他に指揮がとれる人物がおらず、現に他クラスに圧迫されている現状を鑑みれば、彼はある程度の支持を得ていた。それと比べると、Bクラス内から支持されている様子はあまり見られない。石崎のように熱心に慕うシンパもいない。それを見て、坂柳は小さく鼻で嗤った。

 

 既にグループ分けを終えた軽井沢を見て、その笑みがいよいよ濃くなる。そして、杖を突きながら彼女の所へと向かった。一応お目付け役の神室もセットでついていく。どうせ碌なことをしようとしてないんだろうなぁという確信が神室の中に存在していた。

 

「軽井沢さん」 

「あぁ、坂柳さん。さっきはありがと。ウチのクラスの子、受け入れてくれて」

「いえいえ、それは問題ありません。しっかりと指示を守って真面目に取り組んでくださるなら、どんな生徒でも歓迎するところですから。時に軽井沢さん。あなたは、リーダーとはどういう生徒であると考えますか?」

「いきなり? えーっと、まぁ、あれじゃないの、皆をまとめられる的な?」

「えぇ、まさにまさに。皆をまとめるやり方にはいろいろあります。武力で従わせる、恐怖や相互監視で支配する、人望でまとめる、実績で動かす等々。かのナポレオンはリーダーとは希望を配る人のことだ、と言ったと伝わります。その観点から鑑みれば、多くの希望を汲み取っていくことがリーダーの資質であると言えるでしょう」

「そう、かも?」

「だとすれば、あなたはまさにそれに相応しい! クラスメイトの多くが望んでいる事をしっかりと実現しようと努力していらっしゃる。私は実に感銘を受けました。あなたを少し、見くびっていたと謝罪致します。諸葛君があなたと交渉したと聞いて、少々疑問視していましたが、私が不明だったようです。申し訳ありません」

「えぇ……」

 

 かなり芝居かかった動きで坂柳は軽井沢に頭を下げる。どうしたらいいのか分からない軽井沢は神室に視線を送る。助けて、という無言の訴えに、神室は諦めろとアイコンタクトで返した。

 

 リーダーの条件は、本当に様々だ。一之瀬であれば人望で、龍園は暴力で、南雲は金銭で、堀北兄は実力で。様々な要素で人は人を惹きつける。その中に、他のリーダーからの警戒や尊敬というモノもあった。自分が実力を信用できずとも、明確に実力者と知られている人間が尊敬していたり警戒していると言う事は、何かしらの実力があるのだと人は解釈する。

 

 坂柳有栖という人間は、多くの生徒にはAクラスが抱える頭脳担当であると理解されている。諸葛孔明が明確に配慮と警戒を見せている数少ない生徒だ。同時に、その能力を高く買われ、金庫番という大事な役目を任されている。そういう存在は実力者と評するのに申し分ない。そんな存在が軽井沢をリーダーの素質アリと認めた。これはかなり大きなインパクトを一年生の女子社会にもたらしている。

 

 坂柳はこれを機に堀北を煽った。同時に、真鍋も煽れている。無論、坂柳は真鍋と軽井沢の間にあるごたごたを知らない。しかし、軽井沢を認めた旨を発言した際の真鍋の表情で、両者の関係の悪さを理解した。一石二鳥ならぬ一言二煽。実にコストパフォーマンスの良い精神衛生向上薬だった。

 

 とは言え、Aクラスの女子の頭目は坂柳ではなく神室。それが内外の認識だった。坂柳だけならまだダメージは少ない。あくまでも頭だけはいい一生徒が言っているだけだからだ。しかし、こうなっては仕方ないと神室は便乗することにした。堀北よりも軽井沢の方が扱いやすい。ならば、Bクラスの顔役は軽井沢であった方が望ましかった。

 

「どう思いますか、神室さん?」 

「まぁ、そうかもね。頭がいいだけじゃ、ダメだろうし。馬鹿よりはいいかもしれないけど、それも場合による。自己本位な天才より、他人を考えられるバカの方がまだマシだし」

「同意して頂けて嬉しいですよ。今後、Bクラスは平田君が男子、櫛田さんとあなたが女子の代表と考えて構わないと思いますし、連絡先を後で交換しましょう。諸葛君も含めて、ね」

「分かった」

 

 軽井沢からすれば断る理由は無い。一刻も早く自分が移籍できるように、Aクラスに従順な行動を行っていくだけであった。これはある意味では裏切りなのかもしれないが、そもそもクラスとして一体化していないので、裏切りとも言えない。そもそも、好き勝手にするという選択肢を与えたのは堀北だった。それを理解しているからこそ、堀北は悔しそうな顔をしつつも何も出来ない。

 

 Aクラスを目指したいとは思っている。そうするためには、諸葛・一之瀬の連合に屈するのが一番早い。しかし、それでは兄に自分の実力を証明できない。自分の事を考えるなら、屈して迎合するのが手っ取り早いけれど、それをプライドが許さない。堀北は自縄自縛の状態に陥っていた。その上に、自身と共に困難な道へ挑んでくれる生徒もいない。挙句の果てには、他クラスからリーダーから勝手に除外された。この空間で、彼女が一番孤独だったと言っても良いだろう。

 

 しかも、坂柳有栖はともかく、堀北目線では神室はAクラスの代表格とみなされるに足る存在ではなかった。成績は上昇傾向にあるとはいえ、まだ自分より下。たまたま彼氏がクラスのリーダーだから指揮権を預けられているに過ぎないと考えている節がある。そも、恋愛に現を抜かすというのがリーダーとしてどうなのかとすら思っていた。

 

 とは言え彼女の幸運があるとすれば、それを口に出さなかったことだろう。神室本人がどう思うかはさておき、孔明×真澄カップル推しが多く、そこまでいかずとも温かく(時にダメージを受けながら)見守っているAクラスの生徒からすれば絶対許さない案件になりかねないからである。

 

 何よりその彼氏本人がどういう手段に及ぶか分かったモノではない。堀北はたまたました選択に自身の社会的・物理的な生命を維持されながら、己の前に展開された現実と向き合わされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 初日の食事時。これはグループ分けが行われた後に存在する男女が交流できる最初の機会であった。この時間、普通の生徒にとってはある種のボーナスタイムなのかもしれない。そうでない者はここでも気を抜けない。情報収集や学年を超えた交流。これらを行う必要があるからだ。

 

 広い空間の中で、誰かを探すのも一苦労だろう。それでも、彼女の存在はすぐに見つかった。私を探して歩いているのを見つけ、小さくを手を振るとこちらを見つけて目の前に座る。

 

「お疲れ」

「まったく、随分と疲れたわよ」

「女子は随分かかったみたいだね。男子は割とすんなり決まったけど」

「基本的にはこっちもスムーズだったのよ。一部だけそれにごねてただけで」

「一部、とは?」

「堀北とか、そういうの」

「あぁ、そういう……」

「基本は一之瀬が上手く進めてくれた。ただ……」

「トラブル発生?」

 

 彼女はこちらに顔を近付けて小さい声で囁く。

 

「堀北は、一之瀬が初期にBクラスだった理由を疑ってる。何かしら欠点があるから、それこそ大きなマイナスがあるからあの人格と成績と能力でAになれなかったって、そう主張してた」

「なるほど」

「一之瀬も反論するかと思ったんだけど、だんまりになっちゃって。一応坂柳があしらって煽り散らかしてた」

「彼女は彼女で楽しそうだね……」

 

 坂柳、もしかしたらこの試験で一番いい空気を吸っているかもしれない。普段煽り合いを出来る相手が私しかいないのでストレスが溜まっていたのだろうか。彼女にゲーム実況をさせたらずっと煽ってそうだ。FPSとかやらせたらマズいかもしれない。炎上系は些かリスクが大きいだろう。

 

 ともあれ、一之瀬の件は結構大事な案件だ。何故彼女がそこで抗弁出来ないのか、私は知っているけれどこの件の扱いはデリケートなので、かなり気を付けないといけない。

 

「なんで一之瀬があんなになるのか、知ってるでしょ?」

「まぁ一応は。でも、まだ言えない」

「ふーん」

「いや、デリケートな話題だから……」

「ふーーん」

「信用できないとかそういう話ではなくてね、一之瀬のかなり大事な部分に関わる話だし。本人にもちゃんとアプローチをかけようとは思ってるから、ちょっと待ってほしい」

「分かってる。ちょっと意地悪した、ごめん」

 

 彼女はにへらと笑いながら言う。顔がいいから許してしまうのは、私も大分やられているのかもしれない。

 

「そっちはこの試験が終わったらどうにかしよう」

「分かった。で、坂柳はもう堀北じゃなくて軽井沢をリーダー扱いしてるわよ」

「彼女はまったく……」

「でも、これに関しては割と賛成。うるさ型でプライド高い堀北よりは軽井沢の方が扱いやすいと思うし」

 

 確かに、それに関してはその通りかもしれない。軽井沢がAクラス移籍を餌に我々の言う事を聞いてくれるのならば、それはそれでアリだ。彼らを上手くコントロールし、情勢を恣意的に動かせるかもしれない。

 

「まぁいい。今回の試験で女子の方は坂柳に任せると決めたから、決定的な問題が起きない限りは好きにさせておこう。現在の感じだと、堀北はそこまで脅威にならないだろうし」

 

 むしろ、集団を動かせる軽井沢や櫛田の方が脅威だ。綾小路がそちらを隠れ蓑にして色々と干渉してくる可能性もある。そこには注意をしないといけないかもしれない。

 

「そちらの小グループはどう? 上手く行きそう?」

「ま、退学にはならないでしょ。上に行けるかは分からないけど……まぁ精々頑張るって感じね。責任者になったし」

「そうか。……責任者!?」

「そんなに驚くこと?」

「いや……別に良いんだが……大丈夫なの? 万が一の場合は退学のリスクもあるんだ。坂柳め、そういうのは普通自分がやるもんだろ」

「大丈夫でしょ。別に成績の悪い子の集まりとかじゃないから。面子も上位入賞目指してやる気ある人が多いから何とかなると思ってる。坂柳は動けないし、そこも加味すれば私が適任でしょ」

 

 自分なりに考えて動いて欲しいと思って敢えて彼女自身の身の振り方には指示をせず放り出したが、しっかりと出来ているようだ。責任者になるとは驚きだったが、上位に入れたのならばポイント面ではかなり+になるのではないだろうか。-に入ると目も当てられないが……。

 

「なら良いけど、生き残る事を第一に考えて」

「分かってる。でも、頑張らせて。私だって、彼氏の七光りなんて思われたくはない」

 

 その言葉に私は言い返せなかった。彼女が自分で自分の道を進もうとしている。それを妨げるのは、却って過保護になってしまうのだろう。坂柳も今はちゃんと協力してくれている。頭脳面でサポートしてくれるはずだ。これくらいは信じて見守る方がきっと後々のためになるはずと思う事にした。

 

「そう言えばアンタの小グループはどんななの?」

「Aが13人。そこに1人ずつBとCがいる。このBの方がなぁ……」

「そんなヤバいの?」

「……あまり人の悪口は言いたくないが、どうも不真面目な感じが漂う。成績不良の者が送り込まれているのでさもありなんと言った感じだけど……ただ成績不良なのと性格面に問題があるのとはまた別問題。それに滅茶苦茶私の恋愛事情を聞いて来る。告白したのはどっちかとか、色々。へそを曲げられても困るから教えたら、重いって言われたし」

「そんな事無いと思うけど」

「でしょ?」

「そっちの責任者は誰?」

「葛城」

「うわ~可哀想に。ま、でもクラスの事は基本アンタに任せてるんだし、たまにはいいとこ見せないとね。それはそれとして私ならそんな面倒な人なんて引き受けたくないけど」

「私だって面倒だけどね。だが、これが一番堅実かつ合理的な判断だから」

「なら仕方ない、か。まぁお互い頑張るしかないわね」

「まったくだ」

 

 先が思いやられる。だがまぁ一週間ほどの我慢だ。それくらいなら余裕で耐えられる。どうにかしてボーダーを割らず、かつ出来れば高得点を狙いに行きたい。あの山内をどうにかして成長させないと、今後に関わるだろう。全く当てにならない自己紹介だったのでそれは無視しつつ、見た感じ体力は普通そうだ。なら後はそれ以外の課題についてだろう。ここをテコ入れしないとどうにも出来ない。

 

 ため息を吐いている私を、真澄さんはおかしそうな目で見ていた。

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