ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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愛は与えることによって成長する。人に送ることができるのは、自分が持っている愛だけだ。愛を持ち続けるには、愛を与えるしかない。

『エルバート・ハバード』


60.桜梅桃李

 雪のチラつく山の中にいる。大きな施設。ここが数ある反政府武装勢力の内の1つ、その根拠地。そこにいた多くの構成員は皆物言わぬ骸となり果てていた。カツン、カツンと床に靴音が響く。最後の一人、ここのリーダーと思わしき人物を前に、私は銃を向けている。

 

「閣下、これで最後です」

「そうか。ご苦労」

「お手を煩わせるまでもありません、こやつは私が」

「構わない。下がれ」

「はっ!」

 

 部下が静かに下がる。血を流した男は荒い息をしながら私を見上げた。

 

「どうして……どうしてだ! お前たちも同じだろう! 我ら民族と同じように、お前たちだって中央政府によって苦しめられてきたはずじゃないか!」

「……なぜそう思う」

「その顔と年を考えれば、分かり切っている。子供を使う組織に碌なモノがない。俺たちはきっと分かり合えるはずだ……なぁ、そうだろう! 一緒にやろうじゃないか。俺たちが街中でテロを繰り返す。それをお前たちが見逃す。そうすれば治安維持の出来ない政府に民衆の不満も高まるはずだ。そうなれば、打倒の糸口だって、きっと!」

「そうか」

「! 分かってくれるか? だったらその銃を下ろしてくれ。同志をやられたのは憎らしいが、目的のためなら尊い犠牲だったと皆分かってくれるはずだ。さぁ、頼む!」

 

 私は男に向かって引き金を引く。銃声が木霊して、断末魔を残しながら男は血を吹き、崩れ落ちた。

 

「なぜ……だ……」

「生憎だが、中央政府に恨みはあっても一般市民に恨みはない。罪なき国民に向ける銃は無いのだ。尤も、聞こえているかは怪しいが」

「う……ぁ……」

 

 憎悪の籠った眼で這いながら私を見上げる男に向かい、私はもう一度銃口を向け―――

 

 

 

 

 目覚めた時、呼吸は荒かった。最近、昔の夢を見ていなかった。そう言えば、と思い出す。この学校に来るまでは、長い間夢見が悪かった。そのせいで、必然睡眠時間も短くなっていたのだ。毎日のように襲い来る悪夢の種類は、恐らく何十何百と存在している。短い時間で深い眠りをしていれば、夢を見ないで済む。だから、寝ない傾向が着いてしまった。それでも数回に一回は飛び起きる人生だった。

 

 けれど、最近は随分とマシになって来た。ここ一ヶ月以上、悪夢は見ていない。にも拘らずこのざまだ。どうも、雪の降る山に来たせいで嫌な記憶が呼び起こされてしまったらしい。ままならないものだ、自分の記憶というものは。

 

「……嫌な夢を見たものだ」

 

 冬の山と結びついた記憶は幾つもある。中でもこれとは。夢とは一説によれば記憶の整理だともいう。もしくは、今抱えている問題を解決するための方法を記憶の中から探しているのだとも。今抱えている問題……この合宿試験の事なのだろうか。いずれにしてもあんな記憶を使ってどう解決すると言うのか。最後の手段を使う事は、この国では無いだろう。この国の、少なくともここでは。だってそんな事をした日には……。

 

 『近寄るな、殺人鬼!』私の脳裏に、こう叫ぶ彼女の声が聞こえた。……どうして、こんな声が聞こえたのか。色んな疲れや先ほどの悪い夢見のせいなのかもしれない。好き好んで引き金を引いているわけではない。そうだとしても、やった事は変わらない。こんなことが露見した日には、彼女は私から去って行くかもしれない。

 

 彼女は死がふたりを分かつともと言ってくれた。一緒に地獄に行くのだと。それでも、果たして彼女が人殺しと人生を共にしてくれるとはあまり思えないでいる。けれどいつか私はこの話をしないといけない。それが今から恐ろしかった。視線をずらし、時計を見ればまだ5時。起床時間は6時だが、もう2度寝をしても寝られないだろう。

 

「はぁ……」

 

 何度目か分からないため息を吐き、寝静まる部屋をそっと後にして、外に出る。雪がまばらに積もっている山肌は茶色と白のわびしいコントラストを呈していた。鳥の声が少しだけする。空を見上げればうっすらと白み始めていた。吐く息は白く、空へと消えていく。

 

 誰もいないだろうと思っていたが、人の気配がする。振り向けば、遠くから金髪の男が走って来るのが見えた。金髪自体が少ないが、あのガタイからすぐにわかる。高円寺だ。どうやら早くから起きて走っているようである。元気なことだ。

 

「やぁやぁ、君も朝からトレーニングかい、ミスター諸葛」

「いえ、私はちょっと早く目が覚めたので外の空気を吸いに。それにしてもお元気ですね。どんなカリキュラムがあるかも分からないのに」

「私の体力は桁違い。ノープロブレムなのさ。それに、同室の生徒は誰も注意しないからねぇ。好きにさせてもらうのさ」

「なるほど。ルーティーンを崩す方が却ってよろしくないかもしれませんから、まぁそれは人それぞれでしょう」

「そうだとも。それに、君も私と同じように出来るのではないのかい?」

「さぁ、どうでしょうか。仮にも敵クラスですからね。手の内は明かしたくありません。凡人相手ならまだしも、あなたは強敵でしょうから」

「妥当な戦略だねぇミスター」

「前々から少し気になっていたのですが、どうして他の生徒はボーイやガールなのに、私だけミスターなのです?」

「当たり前の事だとも。ボーイやガールは知っての通り子供、ないし未成年を指すものだろう? 未成年なのは当たり前として、私がこう呼んでいるのは敬意に値する者がいないからさ。私が至上なのを前提とすれば、他の生徒は皆アダルトである私と比すると内面や能力はボーイやガールだろう? 尤も、そのボーイやガールに更に劣るリトルな存在もいるわけだがねぇ。最近は多少マシになっては来たようだが。これと逆に、私に匹敵する存在には無論敬意を払いミスターないしミス・ミセスと呼ぶのさ」

「私はその対象だと?」

「そうでないと言う者は目が腐っていると言わざるを得ないと思うがね」

「高評価どうもありがとうございます。しかし、綾小路君はあなたと比べても遜色ない実力者だと思いますが?」

「そうだろうねぇ。だが、正体を隠すと言う行為をしている時点でナンセンス! 強者は強者として君臨するのが相応しいのだからして、彼の行動はナンセンスさ」

「手厳しい評価ですね」

 

 だが筋は通っている。それに、人の性質をよく見ている。私を認めたのはいつの段階だろうか。恐らくは無人島であると考えている。それまではそこまで大きく目立つ動きはしていない。クラスに関わっていなかった高円寺と接触する機会も無かった。

 

 高円寺家の御令息である彼はなかなかに謎が多い。財閥に喧嘩を売るのは非生産的なので彼に関してはノータッチで終わらせている。この前、クリスマス前に起こったあの集まり。あそこで高円寺は堀北に対し私となら戦ってもいいと言っていた。当然、堀北はそれを基軸に戦略を立てるだろう。高円寺と言う男は自分で言ったことは守るタイプの人間だ。綾小路もいたのだし、利用しない手はないと考えているはずだ。どこまで本気なのかは分からないが……。

 

「私と戦いたいのですか?」

「機会があったのならば。欲を言えばこの箱庭ではなくもっと広い世界で戦いたいが、今は特別試験とやらで我慢しておこうと思っているところだよ」

「そうですか。肉弾戦でもご希望ですか?」

「それも悪くないが止めておこう。優雅さに欠けるからね」

「同意しましょう。人類が霊長たりえる理由であったこの頭脳を使ったもので戦う方が平和ですし何より文明的だ」

 

 肉弾戦など面倒で困る。暴力的な事に訴えずに済むならそれに越した事は無い。もし私がこの辺に躊躇しないならば、坂柳や南雲などは今頃病院送りだ。

 

「そう言えば君は孔明ティーチャーと呼ばれていると小耳に挟んだが」

「ええまぁ。光栄な話です。若輩の身ですが先生などと呼ばれることもありますね」

「ふむ。であれば、この私の指導も出来るのかね?」

「……それに何のメリットが?」

「いや、私のただの興味本位さ。果たして皆がティーチャーと呼ぶ才能、その実態がどんなものなのか。この目で見たくなったのだよ」

「そうですか。あなたの指導するべきところ……実力はあれど、高貴さに欠けるとかでしょうか」

「ほう?」

「高貴である事を望むならばnoblesse obligeを実践されてはいかがでしょうか。この言葉の核心は、貴族に自発的な無私の行動を促す明文化されない不文律の社会心理です。貴族、ないし社会的身分の高い存在であらんと欲するならば、『社会の模範となるように振る舞うべき』でしょう」

「では、私にクラスメイトと協力しろ、と言う事かね?」

「それはまだ何とも。ですが、あなたのクラスは決して一枚岩ではない。私に迎合する者、迷っている者、受け入れられない者、様々です。そのどれがあなたが行動を共にしても構わないと思える派閥なのか私には分かりかねますから」

「いずれにしても非合理だねぇ。私は一人でも十分やっていけるのだが」

「見栄も張れない栄華などご免だ、と言うのが高貴な世界の普遍的理念でしょう。合理だけでは済まない感情の世界なのですから。高貴を自称するなら、それに見合った行動が求められるのも事実。ま、ここであまり皆に合わせすぎるとかえって自分が堕ちる事になりそうですから程々で良いとは思いますがね」

「なるほどなるほど。大変結構だよ。やはり君はミスターだ。私に一考に値する言説を言ってのけたのだからねぇ。ただ義務で協力を求める堀北ガールよりよっぽど私の心に響いたさ」

「ならば良いのですけどね。私としてはあなたにはそのまま自由人でいてくれた方がありがたいですけれども」

「ハハハハ、それは私が決める事だとも」

「その通りですけれどね」

「ところで、君とよく似た人物を、私は数年前にニューヨークのパーティー会場で見かけた気がするのだが?」

「ドッペルゲンガー、というモノでしょうかね」

「ふふ、今はそう言う事にしておいてあげようか」

 

 高円寺の言葉に私は曖昧な微笑みで返す。どう考えても煙に巻こうとしているのは明白だろうけれど、それで構わない。真実を特定する術を、彼は持っていないのだから。確かに彼の言っていることは正しい。数年前に私はニューヨークへ行ったことがある。彼がいたのかどうかは記憶していないが。なにせ、目的はまた別であったから。私の正体に一番近いのは、或いは彼なのかもしれない。べらべら話すタイプではないけれど、警戒するべきではあるだろう。

 

「おや、そろそろ時間だ。それでは私は失礼するよ、アデュー!」

「ええ。さようなら」

 

 優雅に歩きながら高円寺は去って行く。なかなかに癖の強い人間だった。しかしこうして話すという、滅多にない出来事を経る事で何となく彼の人間性などが見えてきた。これは大きな収穫だ。一見自由奔放に見えて、彼はしっかりと自分の中の信条に従いつつ損得も見つつで動いている。それを少しでも読む事が出来れば、彼の予測の難しい行動も予測が立てられるようになるかもしれない。

 

 そろそろ6時が近付いてきた。寝起きの髪のままここに来てしまったが流石にそれを放置はよろしくない。私も部屋に戻る事にした。部屋に戻れば、誰も目覚めることなく爆睡中だった。何だかんだで疲れているんだろう。寝られるときに寝てしまった方が良い。あまり音を立てないように寝癖が少し付いている髪を鏡で見ながら直していく。前髪が大分長くなってしまった。ピンで止めても良いが、あまりおでこを出したくない。

 

 そうこうしていると、軽快な音楽が流れてくる。軍の営舎みたいだ。朝の起床ラッパが鳴るのはどこの国でも同じだろう。凄い嫌な気分になりながら、私は眉をひそめた。皆はう~んと唸りながら眠そうな目を擦りつつ起き上がる。中にはしばらく布団の上でボーっと座ってる者もいる。寝起きは意識が朦朧とするモノだ。

 

 その中でも葛城はいち早く覚醒していた。流石と言うべきか行動がキッチリとしている。かけ布団をしっかり畳んでいるのは高評価だ。起きない生徒は叩き起こさないといけない。

 

「おはようございます。おはようございます! お~い、起きろぉ! 朝ですよぉ」

「う、う~ん……うわぁぁぁ!」

「なんですか急に大声出して」

「いや、あ、良かった。貞子かと思った」

「酷いなぁ。私ですよ私。髪下ろしてるからそう見えるだけですって」

「いや、孔明先生がいつもの感じじゃないの見たの初めてだから……」

「ああ~そう言えばそうかもですねぇ」

 

 無人島ではいつも皆より早く起きていたし、船上でも同室の人よりも早く起きて遅く寝ていた。強いて言えば体育祭くらいだろうか。

 

「ほら、さっさと起きてしまいましょう。ペナルティがあるかも分からないですし」

「お、おう」

 

 全員起床して着替え終わる。私もセット完了。ちょっと髪を濡らしたり、ヘアアイロンしたりと長い髪の維持は面倒だし時間がかかる。明日からも私はちょっと早めに起きる必要がありそうだ。普段は自分のペースで良いが、ここではそうもいかない。しかしこれも林間学校や修学旅行の醍醐味だろう。やる事がほとんど毎日同じなのを除けば楽しい時間になるはずだ。

 

「皆揃ったな。……山内、布団は畳むべきだ」

「えー、そんなのやれって言われてたっけ?」

「言われていないことはやらなくていい、と言うのが既に間違いだ。我々がいない間、部屋をチェックされ生活態度も密かな採点対象になっている可能性を考えないのか?」

「そんなの考えすぎだろ」

「そうやって諸葛が気付き、Aクラスに伝え、そこから4月の後半に各クラスに伝わったはずのクラスポイントシステムを考え過ぎと一蹴した結果が0ポイントでは無いのか?」

「それは……そうかも」

「ともかく、キッチリしておいて困る事は無い。逆は無限にあるがな」

「分かった」

 

 葛城の先導で大グループごとに指定された教室へ向かう。堀北学などの3年生やその他の2年生に挨拶をして、着席した。ほどなくして担当教師がやって来る。そこで今後の予定を説明された。なんでもまず点呼をし、その後掃除をする。そして更に朝夕に座禅をしないといけないらしい。禅寺のようだ。修行僧になった気分だ。いや、まぁ大した手間ではないけれど。宗教的な修行と言うのはしたことが無いので、その疑似体験と思えば面白いかもしれない。

 

 案内されたのは敷き詰められた畳の部屋。何かの道場みたいな場所だった。い草の香りが漂ってくる。悪くない場所だ。今は無人の幽霊屋敷と化している実家を思い出す。あそこは和風建築だったので畳張りだった。畳のヘリを踏まない、敷居を踏まないくらいの基礎事項は常識として覚えておきたいものだ。Aクラスはその辺大丈夫そうだが。山内は踏んでいたが、これは親が教育していなかったり今まで畳や和室に縁のない環境にいたならば仕方ない。これから直せばいい話だ。

 

「畳のヘリを踏むな」

「なんでだよ」

「そういうマナーになっている。ここではそう言ったこともテストされるはずだ」

 

 注意をする葛城を、担当講師と思しき初老の男性は軽く笑顔を浮かべつつ見ていた。葛城の予想通り、減点されかねないものだったようだ。

 

 ここでは歩く時だけでなく立っている時も左右どちらかで握り拳を作り、それを反対の手で包み込み、鳩尾の高さに持っていく叉手(しゃしゅ)をしないといけない。と言うかこれウチの国の文化じゃないか。いやまぁ仏教系のものは大体中国発祥だから良いのだけど。

 

 また、座禅の説明を受けた。これが精神統一や瞑想のためのモノであることは有名だろう。禅宗はこの座禅に重きを置いている。よく、何も考えないと言うがこれは間違いであり、正確にはイメージが大事だ。私は林間学校に来たはずなのになんでこんな宗教の事を考えているのだろうか。共産国家は無宗教なのに。

 

 十牛図とか久しぶりに聞いた単語だ。これはイメージのための方法を書いた絵で、わが国北宋時代の臨済宗楊岐派の禅僧・廓庵が考案したものだ。残存する図は少ないが、日本の相国寺とかにあったはず。ハイデガーにも影響を与えたと言われており、京極夏彦の小説にもこれを題材にしたのがあったのを思い出す。今まで瞑想などしたことなかったが、やってみるとこれはこれでなかなかに面白かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食は自分達で、と言われたときの反応は男女ともに大差は無い。一般的な偏見で、女子は料理洗濯等の家庭科に分類される行為が得意と思われがちだ。無論、専業主婦などはプロともいえるだろう。しかし、ここにいるのは高校生。得意と言える生徒が多いわけではない。むしろ今まであまりやってこなかったという方が多い。

 

 無論、現在のAクラスは決して金満状態というわけではない。むしろ、作戦のために日々資金を集めている状態だった。しかし、それでも積み上げてきた貯金もある。それに、毎月21万が手に入る中、そこから19万ほどが徴収されようともそれなりに余裕はある。水道費や電気代を始めとする光熱費が完全無料であるため、2万円ほどあれば普通にコンビニ飯でもどうにかならないわけではない。なので、決して自炊が上手というわけではなかった。

 

 しかしここに来てそれが仇となる。女子でも料理が出来る人がいないグループに意図せずなってしまったため、責任者でもある神室はその問題に直面していた。一応同じグループの坂柳はそれなりに出来る方ではある。とは言え元々がお嬢様育ち故に、あまり手を動かす作業が得意というわけでもない。それに動きも遅いので、せわしない調理現場には向いていなかった。

 

「どうする……?」

「う~ん」

「まぁ、見よう見まねでやるしかないか……」

 

 同学年の女性陣はあまり役に立たない。出来る事なら楽をしたかったが仕方ないと諦め、神室は指示を出す事にした。

 

「レシピは書いてあるからそれ通りにやれば出来るはず。難しいのは私がやるから」

「神室さん、出来るの?」

「ま、少しはね」

 

 これに同じ小グループを組んでいる数少ない他クラスの女子はホッとしたような顔になる。

 

「ほら、とっととやるわよ。坂柳、アンタも行ける? 包丁なら立ったままで使えるでしょ」

「はい、分かりました」

 

 坂柳もここでは一日の長がある相手に素直に従っている。少しは、と言いつつそれなりに機敏に動いていく姿は、同じクラスの女子からしても中々目を見張るものだった。てきぱきと指示を出していくため、諸々の過程がスムーズに進行していく。

 

「焦らなくて良いから、丁寧にやって」

「はい」

「それ、重いでしょ。私が運ぶから、こっちをお願い」

「分かりました」

 

 一番体力がある女子として、率先して動き回っている。神室は、自分自身がリーダーに向いているとは微塵も思っていなかった。むしろ、向いていないと思っている。自分の恋人とは違い、横にいるのもあまり向いていない。後方にいるのがお似合いだと自己を評価していた。しかしながら、それでも彼女はリーダーとして振舞っている。モデルとなる姿は、当然自身の恋人の姿だった。

 

 向いていないなりに頑張っているのは、当然Aクラスの女子であれば知っている。向いていないからこそ、誰よりも動き、向いていないからこそ、誰よりも気を配る。そういう行動は、自然と評価を受ける。口だけ動かしているリーダーよりも、偉ぶらず自身の限界を知りながら、それでも努力する人間の方が評価を受けるのは自然な事だった。

 

「神室さん、ご飯自分で作ってるの?」

「別に。大体はアイツが作ってくれてるから」

「朝とか夜も……?」

「まぁ、大抵は」

 

 正確にはほぼ毎日、なのだがその辺は言わないことにした。彼女の朝は六時半くらいに起きて一時間くらい運動をし、七時半ごろに二人で朝食を食べて、その後学校に言っている。昼はお弁当であったし、夜は寝る以外の時間の大抵は諸葛孔明の部屋で過ごしている。当然、夕食もそこで食べていた。彼女の部屋は寝るための部屋以外の機能を喪失しつつあり、最近は諸葛の本置き場になりつつある。その上、唯一残された寝るための部屋という役割すら数日に一回は失われていることもあり、倉庫化が進んでいた。

 

「たまに私が作る時もあるし、一緒に作ってる時もあるから。お菓子とか」

「カップルでお菓子作ってるんだ、なんだろうこの敗北感」

「ドンマイ……いや私も同じか……」

 

 砂糖を口から大量透過されたみたいな顔をするAクラスの女子たち。それを仲間が出来た暗い喜びを抱きつつ坂柳が笑いながら見ている。糖尿病待ったなしの精神状態にされつつも、それでも神室率いるグループの食事はさっさと完成していた。他の一年生グループよりも当然の如く早く出来上がっている。一之瀬率いるDクラス中心のグループも同じようにスムーズに進んでいた。

 

 他のグループも少しずつ完成に近づきつつある。なんだかんだと家事能力が高い生徒が多いのが女子の救いだった。特に、元々0ポイントだったBクラスと、今現在0ポイントのDクラスは否応なしにやらないといけないため、自然と鍛えられている。そんな中、神室の視線は自分たちAD連合中心のグループではないところへ行くことになった女子生徒へと向けられていた。何か問題を抱えていたら手助けをしないといけないし、様子を確認しておく必要があったからだ。坂柳が指揮権を持っているとはいえ、彼女は動けないタイプの司令官。であれば、目と足が必要になるのは明白であり、それを自分が担うべきだと考えていたのである。

 

 その過程で、当然他所のグループにも目が行く。その中の一つの様子を見て、彼女は小さくため息を吐くと歩き出した。

 

「大丈夫? なんかトラブってたみたいだけど」

「あ、大丈夫、です……」

 

 わたわたと動いていた椎名が汗を流しながら言う。彼女は同じクラスの真鍋から強制的にリーダーを押し付けられている。元々料理は出来るけれど運動神経が良くない彼女は、大人数の調理という慣れない行動をしていた時にゆっくりと動いていたため文句を言われていた。神室が介入するべきではない案件かもしれないが、目に余ったのでこうして止めに入っていた。それに(望んでいないとはいえ)諸葛孔明と椎名に交流があるのも知っている。その関係性からも止めに入っていた。

 

「Aクラスが何の用?」

「大した用事じゃないけど、揉め事なら放っておくのも良くないと思って」

「あっそ。別に大丈夫だから、とっとと戻ったら?」

「言われなくても。でも、全然終わってないのにアンタは随分暇そうね。あぁ、やり方分かんないから椎名に助けてもらってるの?」

「は?」

「違うんだ。私にはそう見えたけどね」

 

 どっちも口が悪い女子同士だが、修羅場をくぐった回数で神室の方に軍配が上がる。真鍋は悔しそうな顔になったが反論の余地も見つからず、仕方なく椎名から器具を奪い取って仕事をし始めた。こういう時にもっとスマートに止められたらいいのに、とため息を吐きつつ神室は自分のグループに戻る。

 

「中々行動派ですね、神室さんは」

「ごめん坂柳。余計な介入だった」

「いえ、別に構わないと思います。あれで暫定的にCクラスのリーダー格におさまっていた真鍋さんとあなたの格付けは、あなたが上であるという事で決着しました。同時に椎名さんとの格付けも行えています。元より、Bクラスのリーダー格との格付けも出来ているわけですから、一之瀬さんとはまた違った方向で学年の女子の中に位置づけられたことでしょう。一之瀬さんと並んであなたが上にいることは、色々とメリットもありますので良い判断と行動だったかと」

「なら、良いけど」

 

 坂柳からすれば、例えモデルケースがとてつもなく優秀な人物であったとしても、神室がそれなり以上にリーダーとしての素質を持っている、或いは発揮していることは意外な事だった。人を育てる、というのはそう言う事なのかもしれないと、彼女は考えている。本人の、もしくは他人の気付かないその人の能力や特性を伸ばすことが出来る。それが人を育てると言う事の本質なのではないかと。だとすれば、諸葛孔明にとって自分にある素質や能力とは何なのだろうか。それを聞いてみたいと、そんな事を考える。

 

 坂柳の視界の隅では、神室と堀北が話をしている。洗い物をする場所は同じなので、必然と他のグループの生徒ともそこでは話をする機会があった。

 

「どうしてあなたはさっきのグループの揉め事に介入したの? 放置しておけば、あなたたちのグループの利点になったかもしれないし、あのグループの中にAクラスやDクラスの生徒はいない」

「確かにメリットはない。それは認めるし、実際その通り。でもあのままにしておくのは私の気分が悪いし、何より……アイツならそうしたと思うから。それだけ」

「それが、Aクラスのやり方、という事なの?」

「さぁ? 私もよく分からない。でも、Aクラスは全員、それぞれ想いとか考えてる事は違っても、自分がやるべきだと思ったことをやってる。坂柳も、葛城も、皆そう。当然、私だってそう」

「……」

「私は自分がリーダーに向いてるなんて微塵も思ってない。一之瀬や櫛田みたいに人気者じゃないし、坂柳みたいに頭もよくない。アイツみたいに何でもできるわけじゃない。私は多分、一番向いてないでしょうね。でも、向いてないことはやらなくて良い根拠にはならない。むしろ、向いてないからこそ人一倍努力しないといけない。そんなの、当たり前のことでしょ」

 

 坂柳はその言葉に小さく口角を上げる。彼女は自分が誰かを支配する事に慣れていた。逆に言えば、誰かの指示に従う、別のリーダーに従うということに慣れてない人生を送って来た。誰かの傘下に入るのは望ましくない事だったと言える。それでも彼女は小さく笑っていた。向いていないことに懊悩しながらも相応しくあらんと努力するリーダーになら、まぁついて行ってあげなくもない。そんな思いを抱きながら。それに、神室の事はかなり好ましく思っていた。

 

 既に色々と計画は立てている。どこもかしこも、上に行きたいならば今は金策に走るAクラスに頼るしかない状況だった。であればこそ、釣れるものもある。脆い友情、抱えた裏切者。そういう不穏分子を突くのは彼女の得意分野。そして、こういう場所では常に監視の目があるわけではない。表では神室が、裏では自分が動くことで少しでも有利になれるよう立ち回る算段が、坂柳の中には存在していた。

 

「あなたは、どうして努力できるの?」

「どうしてって、それは……役に立ちたいからよ。あの人は私に居場所をくれた。私が良いって言って、生きる場所を、価値を、意味をくれた。あの人だけが、私を必要としてくれた。そんな存在に報いたいと思うのは当然でしょう。私は、自分を愛してくれた人の、自分の愛している人のために努力する。簡単な話でしょう?」

 

 問いかけるように小さく笑う彼女の瞳は、間違いなく愛情に満ち溢れていて、その姿に堀北は一歩後ろへ下がった。愛してくれる人のために奮闘する目の前の少女と、愛されたい、認められたいから戦う自分。この会話に勝負の要素など一切存在していない。にも拘わらず、堀北の胸の中にはどうしようもない敗北感が押し寄せていた。

 

 木枯らしが吹く。がらんどうのような、堀北の心を吹き抜けるように。




2年生編の子たちのCVが出ましたね! 中々豪華で、期待です。なお、今の登場人物のCVは予想込みで以下の通りです。

・諸葛孔明→村瀬歩(通常時)
・神室真澄→佐倉綾音
・坂柳有栖→日高里菜
・葛城康平→日野聡
・戸塚弥彦→本橋大輔
・橋本正義→阿座上洋平
・鬼頭隼人→野津山幸宏
・白石飛鳥→春咲暖(予想)
・西川亮子→小清水亜美(予想)
・森下藍→悠木碧(予想)
・真田康生→前野智昭(予想)
・山村美紀→ 夏川椎菜(予想)

・黄雹華→大西沙織
・松雄栄一郎→野島健児

予想CVはこんな感じ。どうでしょうかね、私はこの辺を想定して脳内再生をしていますが……あまり声優さんに詳しくないので、もしかしたらもっと良い人がいるかもしれない。いたら是非紹介してください。
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