ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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人間はその答えによってではなく、むしろ問いによって判断せよ

『ヴォルテール』


7.答え合わせ

「おはよう」

「……おはよう」

 

 十数日もこんな環境が続けば流石になれてしまったのだろう。最近は挨拶も一応返ってくるようになった。声をかけている男子が他にいない訳ではないが、最低限の業務連絡以外は全て塩対応で流されている、可哀想に。とは言え、彼女も望んで私と会話しているわけではないのだが。登校時は人もまばらなので他人に積極的に聞かせたい訳ではないが部屋でやるほどでもない会話はこのタイミングでしている。

 

「昨日の小テストは解けたか?」

「まぁ、そこそこには」

「頼むぞ、赤点は退学だ。それに馬鹿が部下なのは個人的にも嫌なのでね」

「そこそこならいいでしょ、多分7~8割だろうし」

「ならヨシ。もし仮に点数が低いならその分補習しないといけないところだった」

「は? なに、あんたが教えてくれんの?」

「部下の面倒を見るのは上司の責任だ。こき使ってる以上、せめて学校を追い出されないように配慮する義務はこちらにも発生する。とは言え、勉学面ではそこまで心配することはないようで助かった」

 

 弱みを握って脅しているとはいえ、それだけでは人は動いてはくれない。言われたことはやったとしても緩慢だったり精度が低かったりする。酷いと裏切られる。そうならないように優しさも見せなくてはいけない。

 

「話は変わるが、最後の3問はどうだった?」

「無理。そっちは?」

「無難に何とかしたけれど、あれは正直難しいと思う。一瞬悩んだ。あれ、5年前の数学オリンピックの問題だぞ。暇つぶしに過去問を見ていた時に見た覚えがある。しかもよりによって私が解くのに時間がかかるし飽きたと思って止めた問題4の1個後に載ってた奴じゃないか。解答も見ておけばよかった。控えめに言ってクソ問だよクソ問」

「軽く満点とか行けると思ってたけど」

「どんなことでも自信満々とは行かないな。何でも出来る訳じゃない。出来ればどれほど良かったか」

 

 事実数学は凄く得意な訳じゃない。苦手でもないが文系三科と比べるとどうしても見劣りしてしまう。高校レベルでつまずくことはまずないけれど、大学レベルでは到底太刀打ちできないモノもあるだろう。勿論定期テストならばいけるのだが、あんな風にクソ難しい問題を持ってこられると死んでしまう。しかし、あんなふうにした意図がよく分からない。教えていないことを出して解けないことをあげつらうのは普通に学校のすることではないと思うのだが。意地が悪いという言葉がふさわしい行いだろう。

 

 だがそう悪い事ばかりでもない。人は完全無欠な人間に親しみにくさを覚えてしまう。なんでもできる人より苦手な事が少しある人の方が好感を持たれやすい。現に、意外そうな目をしていた神室の表情は失望よりも私も人間だったのかと感じた安心感のようなもので構成されている。故に、そう悪いことでもないのだ。

 

「さて、ここからが本題だ。幾ら振り込まれた」

「9万7000」

「同じだ。予想通りと見て良いだろう。我々の今月得たcpは970。逆に言えば30点分の減点要素はあったと思うべきだな。他のクラスの点数が不明な段階では何とも言えないが……」

「他クラスの予想はどれくらいだと睨んでるわけ?」

「Bは恐らく……600~700の間。Cは500~400くらいか? Dが一番何とも言えないが、まぁ200くらいじゃないかと思うが」

「外したら学食奢りで。よろしく」

「は? 調子乗んなよ」

「自信無いんだ。あっそ。偉そうにしてるのに大したことないのね」

 

 少しカチンときた。往来のど真ん中だから大したことできないだろうとたかを括って挑発してきやがった。とは言え、これくらいで目くじら立てては大人げない。寛容さを見せる事も大事なはずだ。逆に彼女の目的を考えよう。何故、いきなり挑発をしてきたか。1、友人関係だと思っている。2、出方を窺っている。3、機嫌が悪い。最初のは無いとして、多分2番目だな。なら、ここで怒らない方が良いかもしれない。

 

「分かった。良いだろう。それくらいはしてやろうじゃないか」

 

 威勢よく返した返事に、彼女は何故か口角を上げて珍しくにこやかに微笑んだ。混乱しているこちらを他所に、彼女はさっさと歩いて行ってしまう。何だったのか。割と優秀な方と理解している頭脳を以てしても理解不能だった。

 

 

 

 

 

 教室内は何とも言えない空気だった。チラチラこちらを見てくる視線もある。理由は明々白々なのだが。

 

「いよいよ今日ですね。諸葛君の言っていたシステムの予想の正否が明かされる日は」

「正しいですよ。だって、予想ではなく事実ですから」

「ええ。私もあまりその辺りは疑っていません。しかし、皆さんがそうとは限りませんよ?」

「それで構わないのです。恐らく皆さん、私の発表を聞いた後も、心のどこかに半信半疑がありました。しかし、今ポイントが10万振り込まれていない事実に疑いは確信に変わりつつある。最後に先生にダメ押しの真実公開でフィニッシュしてもらえれば完璧です」

 

 坂柳は楽しそうな、と言うよりは猛禽が獲物を見つけた時のような目と薄く笑っている唇で私を見てくる。どういう意図の会話か考えれば、私の目的を読み取ろうとした可能性が考えられる。しかし、予想は出来ても読み取れなかったので確信に近付けたかったのかもしれない。

 

「私は坂柳さんとは違い、人の上に立つ器ではありませんので。ただ、自分の思考から導き出された推論が正しいのか知りたかった。それだけです」

「つまりは知識欲で動いた、と?」

「有体に言えばそうなりますね」

「なるほど……先生がいらしたようです。孔明先生の慧眼の正否や如何に、ですね」

 

 そう彼女が笑いながら言い終わると同時に扉が開いて先生が入室してくる。脇には1本の模造紙を抱えている。

 

「欠席は……いないな。今日は君達に重要な話がある」

 

 黒板にはABCDとアルファベットを書き連ねていき、それぞれの横に数字を書き連ねていく。

 

A:970

B:690

C:500

D:0

 

 なるほど、Dは0ね。……ゼロポイント? 何をしたらそこまで……。ああ、あの学級崩壊はそこまで酷かったのか。詳しい査定は分からないが、どうしようも無かったのだろう。そして、もれなく私の財布から1人分の昼食代が消滅した。

 

「これは1ヶ月間、君達一年生の授業態度や成績を各クラス毎に評価し、それをポイント化したものだ。この学校では、クラスの成績がポイントに反映されている。この1ヶ月間君たちの遅刻、欠席、授業中の私語、授業中の端末の使用などが合計してマイナス30点分となった。だが安心したまえ。見ればわかるが、各クラスの中で最高の評価だ。更に、これは誇るべき数字だ。と言うのも、この高度育成高等学校の歴史の中で、一年生の最初で減点をこれだけ抑えたのは偉業に等しい。他のクラスも一部を除いて軒並み平年の水準より高い。この学年は優秀だな。そしてその中で一番を叩き出した君たちはなおの事優秀だと言えるだろう」

 

 クラス内にまったく動揺の雰囲気がない。点数の詳細はともかく、システム自体に関してはそんなの知ってるし……と言う態度の生徒が多い。答え合わせが大正解だったため、驚きが無いのだろう。大半の人間の驚きの感情は私の発表で使い果たしてしまったらしい。

 

「だからこそ、君達には今月、97000ポイントが振り込まれた。君達は入学して、各クラス1000ポイントを与えていた。これをクラスポイントと呼ぶ。1クラスポイントは100プライベートポイントと同じ価値を持つ。だからこそ10万ものプライベートポイントが与えられていた。それがこの1ヶ月で30ポイント減少しただけだ。その30を多いと思うか少ないと思うかは自由だが、多いと思う生徒も落ち込むことは無い。この1ヶ月間の行事で減点することはあれど、ポイントが増える行事は無かった。つまり、入学してからの1ヶ月は、如何に減点を抑えられるか、という試験を行っていたと言える」

 

 その辺も予想通りであった。この30が多いのか少ないのか。単純に貰えるppの量だけでは判断できない。それに、聞いた情報が正しければcpの量によってクラスは決まる。だとすれば30に笑い、30に泣くクラスもあるだろう。

 

「だが、油断はしないで欲しい。見ればわかるように、この学校では優等生をAに、劣等生をDに置く。しかしこれは最初の段階だけだ。Dクラスにも当然リベンジの可能性はある。今後、複数回にわたりcpを増やす機会が与えられる。直近の中間試験などだ。そして、このcpの量がクラスを決める。つまり、例えば今のBクラスが君達の点数を上回った場合、彼らはAクラスとなり、君達はBクラスとなる」

 

 思えばこのクラスの入れ替え制度に何の意味があるのだろう。もし、意味がないならやる必要はない。物事には必ず法則性か意味が存在している。スルーするのは危険だと判断した。同タイミングで先生はクラスの異変に気付く。

 

「もう少し驚くと思っていたが、案外冷静なのだな」

「それはこちらにお座りの諸葛君が今先生の仰って下さった内容の9割方を先週の頭に発表してくれたからですね」

 

 坂柳の発言に先生の顔が一瞬凍り付く。だが、すぐに元の冷静な顔に戻っていた。流石と言うか、素直に凄いと思う。だが、目は泳いでいるので動揺しているのは事実だろう。橘茜の言っていたことが事実であることが図らずも先生の態度で分かった。『この学校で4月中にシステムの詳細を突破した者は殆どいない』という言葉だ。

 

「なるほど……。それは確かに驚かないだろうな。となるとこの時間はやや無駄だったかもしれない」

「いえ、そんな事はありません。公式発表という名の答え合わせは私も望むところでしたから」

 

 一応先生のフォローは入れておく。これのせいで『重大情報だけど言わなくても良いか』と思われては大変に困るからだ。いい機会だし、ついでにクラス入れ替えの意味を問う。

 

「ついでに質問宜しいでしょうか」

「構わない」

「クラス入れ替え制度は何のために存在しているのでしょうか」

「ふむ。良い質問だ。答えよう。君達の多くは望む進学先・就職先をほぼ100%叶えるという言葉に惹かれて入学したのだと思う。だが、世の中そこまで甘くない。この学校に将来の望みを叶えてもらいたい場合、Aクラスで卒業するしか方法はなく、それ以外の生徒には……何一つ将来を保証しない」

 

 流石に動揺が走る。私は別にどうだっていいのだが、これはかなりの生徒にとって死活問題なのではないだろうか。この学歴社会かつ先行き不透明な社会において将来の保証は何より大事と考える生徒も多いだろう。特に、それを望んで入ったもののA以外に現状配置されてしまっている生徒は死ぬ物狂いで上がってくる可能性がある。それほどに素晴らしいものに見えるだろう。高校生からしたら、ではあるが。

 

 果たして望む大学に行ったから、望む企業に入ったから、本当に幸せだろうか?高学歴貧困は世の中に蔓延っている。パワハラセクハラで自死を選ぶ大企業社員は後を絶たない。もし仮にGoogleやAmazonのような世界規模の企業に入社を希望した際、この学校はどこまで叶えてくれるのだろうか。海外留学を視野に入れている生徒も多いだろう。結局、将来なんて自分で切り開くのが一番だ。この学校のくれる恩恵など、初めから期待せず、もらえたらラッキー程度に考えるのがいいと私は思うのだが。始めから信じないと裏切られたときのショックも少ないのだから。

 

 ただ、それにしても少し聞きたいことが産まれた。動揺しているクラスメイトを一旦無視して、再度質問する。

 

「先生、もう一つよろしいでしょうか」

「ああ」

「ありがとうございます。将来を保証しないのはまぁ、ともかくとして。もし卒業時にBクラス以下になってしまったとしても調査書の作成や受験指導はして頂けるのでしょうか?」

「む、ああ、それは勿論だ。教師として当然の職務だろう」

「それは安心しました。何もしてもらえず放り出されるのではと危惧してしまいましたので」

 

 勝手に安心している私とは対照的にまだまだクラスはざわついている。それを見かねたのか、先生は持ってきた模造紙を黒板に広げた。

 

「そう悲観的になる事は無いだろう。その証拠に、先日行われた小テストの結果を発表する」

 

 小テストは基本5科目である数英国理社それぞれで4問ずつ計20問、1問5点ずつで合計100点のテストだった。基本は中学校までの内容の凄く簡単なものだったが、数学と英語、社会にクソ難しい問題が1問ずつ存在しており、これらはいずれも学習指導要領を越えている。

 

 貼り付けられた紙のトップに載っているのは坂柳有栖。点数100点。怖いなぁ……。次点は諸葛孔明、100点。特に問題なく点数を確保することが出来たようで安心する。これで坂柳に差を付けられていたら、今後の展開で不利に働く可能性もあった。二番目は葛城康平、95点。こちらも優秀だ。90点台が数人、その他大半が85点だった。いたとしても70点台まで。平均は85点だろうし、とても優秀なクラスであることが目に見えて分かる。

 

「こちらも4クラスの中でトップの成績になっている。100点2人に、90点台も多数。非常にいい成績だ。この学校では中間テスト及び期末テストで1科目でも赤点を取った場合退学になることが決まっている。追試は指定の条件を満たしていない者以外には実施されない。赤点ラインはテスト毎にクラス平均の半分で設定されるが……優秀なお前たちのことだ、油断さえしなければまず退学者は出ないだろう。背負い過ぎずに()()()()()()()()1つずつ課題をクリアしていってくれ。君達がAクラスで卒業できると信じているぞ」

 

 後は好きにして構わない、と言い残して先生は退出した。そこそこのざわめきが産まれる。さぁ、どう出るか。先に動いた方が何事も有利な事が多い。先んじたのは坂柳の方だった。機を見るに敏だ。優秀な人物の証だろう。

 

「皆さん、混乱も多いと思います。今後のクラスの方針について、本日の放課後に会議をしようと思うのですが、如何でしょうか。葛城君、そして諸葛君には特に是非参加して欲しいと思っています。他の皆さんも時間が許すのでしたら積極的に参加していただきたいと思います」

 

 視線を向けられた葛城は先んじられたと言うような苦い顔をしながら、頷いた。反対する理由も見つけられなかったのだろう。いずれにしろ、今後どうするのかを決める重要な場だ。彼も、私も参加しないという事はあり得ない。

 

「私も構いません。どうせ放課後にすることはないですしね」

「ありがとうございます。先ほども言いましたが他の皆さんも奮ってご参加くださいね」

 

 多分多くの者が来るだろう。今後クラスがどうなるかは将来に関わると感じている生徒が多いだろうからな。それを見届けたい、もしくは信頼できそうなリーダーを見極めたいという生徒が多数派だろう。このクラスの行く末は放課後の会議に託された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み。食堂。いつもと変わらず無料メニューを食べている私の目の前で神室真澄はたっかい定食を食べている。私の顔は苦虫を噛み潰したようになっているだろう。そんな私を煽るように彼女は淡々と言う。

 

「ご馳走様です」

「チッ。仕方ない。約束は守るさ。しかし、納得いかない。どうやって私がしたDクラスのcpの点数予想が外れていると知ったんだ」

「今朝、寮のエレベーターホールでDクラスの女子が言ってた。『今月分がまだ振り込まれてない。学校のミスかな』ってね。それで、あぁ、Dクラスは0ポイントなんだって気付いたの」

「……なるほど」

 

 本物の密偵みたいなことをしている。確かにcpの詳細を私から聞いていたのならば、ポイントが振り込まれていない=Dクラスのcpは0だったのだろうと容易に想像がつく。だが、私はそれを知らなかった。この件に関しては彼女の情報収集が上手だったと言わざるを得ないだろうな。そして、私が予想を外したのを聞いて、自分は情報を持っている状態で賭けを仕掛けた。ついでに私を挑発して出方を窺う一石二鳥作戦だったのだろう。賭けに乗って来れば彼女に利益があり、乗らなくても特に目立った不利益はない。上手い作戦だ。彼女の評価を上方修正する必要があるだろう。

 

 この上方修正も大事な作業だと思い、その為の必要経費だったと割り切って既に半分ほど消費された目の前の食事を眺める。端に避けられていたエビフライが存在を主張している。試されっぱなしと言うのもあまりいい気分ではない。なので、彼女を試してみる事にした。特に凄い大層な目的がある訳ではなく意趣返しのようなものと単なる好奇心だ。止める隙を与えずにエビフライを皿から強奪し、口に放り込む。

 

 さて、どんなもんかと前を見れば何やら黒いオーラが出ている。

 

「は?」

 

 低い声が響いた。こちらもそれ相応の場数を踏んでいるつもりなのだが、冷や汗が出てくる。美人が本気で怒っていると死の恐怖とはまた違ったベクトルで底知れぬ怖さがある。

 

「は?」

「いや、あの、私の金で買ったものだし……」

「……は?」

「いや、だから……」

「…………」

「あー、追加で買ってきます……」

「よろしい」

 

 こうして食い物の恨みは恐ろしいと実感させられると共に、無駄な出費を強いられる羽目になった。やはり出来心と言うか、好奇心で動くべきではない。こんなところでそれを痛感させられたのだった。




〈現状収支〉

・収入→19万7000ポイント(4月+5月分のpp)
・支出→2万ポイント(神室真澄への情報収集報酬1万ポイント+神室真澄への報酬食事の材料代5000ポイント+神室真澄への奢りのスペシャル定食2000ポイント+自分用の食品3000ポイント)
・現状保有ポイント→17万7000ポイント
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