ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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チェスは無情だ、人を殺す覚悟が必要だ。

『ナイジェル・ショート』


9章・過去の記憶がお前に喜びを与えるときにのみ、 過去について考えよ
66.前進途上


<布石>

 

「お呼びですか、副司令殿?」

 

 香の匂いが仄かに漂う執務室に、紅髪の少女が立っていた。ハイライトのない目はややの不気味さを孕みつつも、人形めいたその相貌と相まって美しさを感じさせる雰囲気をまとっている。血のように紅い髪と爪と瞳。孔明が青ならば彼女は赤。それが諸葛孔明の一年下の従妹にして白帝会の軍医である諸葛魅音その人であった。

 

 諸葛家の血を引く正統な後継者の一人であるため、その地位は非常に微妙なものである。そもそもが諸葛孔明個人の人望と能力に集った集団である白帝会は、かなりバランスの悪い組織であった。司令官に忠誠を誓っているというのが副司令である黄雹華に忠誠を誓うことにはならない。そのうえで、雹華にとって魅音は主筋の人間。扱いずらいことこの上ない。

 

 孔明も反乱を恐れ、その医術の才能を活かすという名目で軍医職に押し込んで実権を与えていなかった。

 

「公主様、お呼びだてして申し訳ありません。お願いしたい任務がございます」

「珍しいですわね、私に軍務など。あの従兄殿は私を遠ざけたいのでは?」

「そのはずなのですが……命令が届きました。公主様にはこれより渡日にしていただき、そこで一人の精神病患者の治療に従事していただきたく」

「精神病患者?」

「えぇ、お得意でしょう? こちらが我々の把握しているパーソナルデータです」

「どうも。……なるほど、例のホワイトルームなどという野蛮な施設の関係者ですね。脱落し、心を病んだ、と。愚かしい話ではありませんこと? この親は何を考えているのでしょう。非合法な組織による教育が、よもやまともなモノであると考えていたのでしょうか? 病んでから気に掛けるなど……効率が悪いにも程がありますわ」

 

 侮蔑と嘲笑を含んだ声で、魅音はカルテをしまった。引き受けはする、という意思表示であると雹華は受け取る。階級的には同じなので、あまり強くは言えない都合上、引き受けてくれるのは余計な問答をしなくて済む分助かる状況だった。

 

「それに関しては我らの境遇も似たようなものですが?」

「えぇ確かに。しかし、軍は、正確にはお祖父様はあなた達の心を壊しはしなかった。その方が良いと思ったからでしょう。そしてそれは正しい。あの何とかという学校での報告には目を通しましたが、なんですの、あの綾小路なんとかとやらは。社会性が欠如しているにも程がある。アレでは兵にはなれても王にはなれませんわ。我が従兄殿とは大違い」

「兵を作りたいのか、王を作りたいのか。まったくわからないというのには同意します」

「王と兵は心を通わせるとも、同じ教育を受けていては意味がないというのに」

 

 乳児期は両親、幼児期は母親と過ごした孔明は、比較的一般大衆に近い感覚を持っている。あくまで比較的、ではあるが。一方外部で育ったある意味で温室育ちの魅音は貴族的な存在。故に、悪気のあるなしに拘わらず一般階級への特権意識がある。

 

「あぁ、それと。話は変わりますがこちらもお願いしたい」

「これは?」

「その、雪とかいう子供と接触するということは、必然公主様がホワイトルームと一番近づくということ。あんなろくでもない場所での教育を受けている以上、社会性などの調整やメンタル管理が必要になっていることでしょう。閣下は、綾小路某の後輩が送り込まれてくると考えています。無論閣下ならば相手にもならないでしょうが……羽虫の音も五月蠅いことには変わりません。接近し、出来れば潜入を」

「はぁ、また手間がかかりそうですわね」

「この天沢という少女、どうもデザイナーベイビーらしいです。どうですか、医者として、興味は?」

「……多少は」

「では、お願いいたします」

「承りました。ちょうど、従兄殿の睡眠薬が必要かどうかも考えねばなりませんし」

 

 医者は旅立つ。半ば軟禁状態で軍医の仕事以外で外に出ることは出来ない生活だったが、やっと解放された。そうである以上、外部を満喫しつたいという思いはある。また、PTSDに苦しむ自身の従兄の治療の経過観察もしたかった。尤も、治ることはないと思っている。治す方法が無いわけではないし、緩和させる方法もあるが、本人が軍務より遠ざかることを望んでいなかった。

 

 しかし、ここ一年以上軍務から半ば離れた孔明が、どのような心理状態になっているのか。もし何か変化があるとすれば、その原因は何か。自身の知的好奇心に突き動かされるまま、彼女は日本への飛行機に乗った。

 

 副司令が、敬愛する司令が(彼女視点で)寝取られていると知るまであと一か月。

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 混合合宿が終わり、我々は大金を得られる未来に想いを馳せつつホクホク顔で帰宅した。翌日は休日だったので、そこを一時間ほど借りて反省会を行い、今後どうしていくべきかを精査する。その中では今回の合宿で出た課題点が浮き彫りになった。運動系に不安があること、勉学以外の事、例えば家庭科などが弱くなっていることがメインとなる。他にも協調性の面では試験の意図に反して割と固まってしまったため、もっと他者と共同で何かをする経験をした方がいいという声もあった。

 

 折角Dクラスとも同盟できているので、これを活かしてDクラスと何かをするのもいいのではないかという意見が出る。具体的にはこの前のディベートのようなものを、ということだ。アレはアレで生徒たちには好評だったらしく、またやってもいいという意見が多い。これは素直に嬉しいことだった。

 

 すべて何かしらの教育的効果があるだろうと期待して行ってはいるが、それが生徒にウケるかどうかは未知数な部分もある。そこで想定よりもいい反応を貰えるのはありがたいことなのだ。

 

 そしてその週明けの月曜日、私たちは体育館に集められていた。つい一週間ほど前にも同じような感じで集められた記憶があるのだが、おそらく生徒会関連で何かあったのだろうと推察する。南雲は今回の混合合宿における我々一年生の結果を受け、何かしらの新しい政策を求められているはずだ。その感情の動きを察知し、事前に手を打ったというところか。

 

「皆さん、お集りいただきありがとうございます。先の混合合宿の間も、我々生徒会は改革の歩みを止めず、新政策を練ってまいりました。その政策にある程度のカタチが出来ましたので、ご報告します。名付けて、Over All Ability、通称OAA計画です!」

 

 大きなスライドに映し出されるのは、Over All Abilityと書かれた大きな文字。これが何を意味するのか、会場がざわつく。

 

「これの趣旨は単純。皆さんの能力を分かりやすく示す。より具体的に言えば、数値で以て示すということです。まだデモ版ですので今後変更の可能性がありますが、現在は学力、身体能力、機転思考力、社会貢献性の四観点より各生徒を評価し、個別に数値化して全員が閲覧できるようなアプリとすることを考えています!」

 

 なるほど、これは良い政策だと思う。一見するとゲームみたいではあるが、個々人の課題が何であるか、学校側がどう評価しているのかを客観視するには良いと思う。評価基準が明確ならばの話ではあるが。何が足りないのかを考え、どう埋めていくかの道筋を立て、学年の中でどれくらいのポジションにいるのか。それを見つめる上では非常に参考になりそうだ。数値を上げたい、というのも単純な目的意識に繋がり、目に見えて結果が出るので達成感を得やすい。

 

 学校の中の評価が何になる、と言われればそれまでだが、評価は高いに越したことはない。それに、南雲の言う観点にそこまで問題は感じられない。あくまでその数値で個人の価値が決まるわけではないけれど、参考にする分にはすごく有効だろう。通知表のないこの学校では、その代わりにもなりそうだ。各種大会の結果なども載せられるとより良いかもしれない。

 

「実力あるものは上に、無いものは下に。私は常々そう言ってきました。しかし、その実力とは何か。これが難しい問題です。主観的なものが大きくなってしまう。ですがそれではクラスを運営する者も、それに従う者も分かりにくい。ですので、このシステムなのです。これを用いることで、実力者が誰なのか、あるいはクラスに寄生するフリーライダーが誰なのか、一目瞭然なのです! 無論、この数値では測れない価値もあります。しかし、学力などは誰でもあげることが可能な数値のはず。努力を一番わかりやすく結果として示し、怠慢を明確に見えるようにして改善を促す。実力主義とは、評価を伴って初めて行われるものでしょう!」

 

 演説を行っている南雲。言っていることは結構まともなのがなんとも言えない感情になる。内実は何人退学しようと屁でもない悪辣な人間ではあるのだが、如何せん抱いている思考は過激でも意外とやっていることは意味がある行為なのだ。しかも、利害は一致している。今回のOAAとやらも私は評価していた。

 

「まだ改良途中ではありますが、三月頃より一二年生を対象として実施を予定しています。何か意見のある者は学年クラスを問わず、対面やメッセージなど何でも構わないので、いつでも生徒会へ申し出るようにしてください!」

 

 特記事項として検定試験や各種大会などの結果も載せられるようにしてもらいたいので、それは後で葛城を経由して伝えることにする。別に変なことは言っていないので多分通るはずだ。実際に数値が出てみないことにはどういう感じになるのかはわからないが、気には留めておくべきだろう。

 

「また、1年Aクラスより提言のあった学校のバリアフリー化も現在進行中です。春休みには改修工事が行われることでしょう」

 

 これはそこまで大仰ではないけれど、一応報告という感じで終わった。あまり皆興味を示していない。まぁ無理もないと思う。普段困っていない人にはどうでもいい話題だ。しかし、Aクラスは坂柳がいるので色々と知っていることもある。なにせ、渡り廊下や空中回廊などに無駄に階段が多いのだ。しかもエレベーターが無い施設も多い。この学校の難点はそこだった。なので、スロープやエレベーターなど、きちんと時代にあった設備にしてくれるよう頼んでおいた。これで少しは坂柳も楽になるだろうと思う。

 

「また先生方に関する改革も進行中ですので、後日ご報告します。最後に、学校内の設備を借りる際のレンタル料が廃止されました。会議室など貸し出しをしたい場合は、生徒会に申し出てください。なお、理科室など危険性のある部屋を使用する場合は、監督者を設けるか活動企画書を提出してもらいます。以上、ご清聴ありがとうございました」

 

 ちゃんと仕事してるんだなぁ、というのが印象としてある。確かに、冬休みの最中も葛城や一之瀬は正月返上の勢いで学校に行っては仕事をしていた。この辺の作業や交渉をこなしていたのだろう。理事長を失い、理事会も混乱状態で、学校は未曽有の弱体化をしている。改革要請がガンガン通っているのはその影響のはずだ。

 

 先生方に関する改革は、私が理事会に突き付けた11の要求のうちの④だ。教師への指導の変更、具体的には生徒への介入を許可する。逆に生徒からも教師への指導評価を行い、悪い場合には担任の交代など適切な処置を講じる、というものである。実力主義の学校、であるのならば教師へも実力主義が適応されてしかるべきだと思っている。むしろ、そういう緊張感を持って指導をするべきだ。そういう学校なのだから、仕方ないだろう。

 

 他の改革も色々と進めているらしい。葛城によると、私が提言・要求していないものも進んでいるそうだ。歴代で一番仕事している生徒会ではないだろうか。南雲が学年を支配しているため、優秀な人材をどんどん仕事要員にすることが出来る。これは彼の持つ強みだろう。進みゆく改革の中で、我々はそれに順応しながら生きていくことが求められる。改めてそれを認識した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで南雲の改革報告があったが、それはそれとしてクラスは日常通り進んでいく。三学期のテストは三月にやる期末だけだ。それまでは特にテストもない。二月にバレンタインがあるくらいだろう。特別試験も学年末にやるとだけ言われているがそれ以外は例年特にないと聞いている。この間は内政期間、体制を整える時間に使うべきだと判断する。色々やりたいことや試したいことが出来る時間だ。

 

 普段の勉強はもちろんAD連合で進めてもらっている。個別に考えたカリキュラムに従い、市販の教材と私の自作教材を組み合わせ、実行してもらっていた。その影響か、基本的に全員右肩上がりで成績が上がっている。中には停滞中の生徒もいるが、これは一時的なモノだろう。力が溜まればまた上がっていくはずだ。

 

 なので、折角の高校生活、色々と普段の勉強ではないことにもチャレンジしてほしいと考えている。特にAD連合は他のクラスよりも優秀な生徒が揃ってる。それを活かさない手はない。OAAとやらも始まるのだ。個人の能力強化を考えるのも良いと思う。

 

「と、言うことで定期テストや特別試験までしばらく時間がある都合上、課題に取り組んでいただきたいと思います」

 

 放課後、タダになった結構大人数が入る視聴覚室を使い、私は私を除く79名の生徒に向かい合っていた。それまでの間、両クラスでは垣根を超えた話を出来ている。坂柳がDクラスの静かめな女子と話していたし、森下が姫野に絡んでいた。男子組もかなり打ち解けたようである。真澄さんも彼女を慕う女子が一定数いるようだ。良い傾向だと思う。Dクラスが増えて私の生徒管理の負担は増えたが、まだまだ許容範囲内だった。

 

「唐突ですが皆さん、本は読まれますか? どうです、真澄さん」

「え、私? あんまり読んでない……かも」

「なるほど。渡辺君、どうです?」

「俺も全然だなぁ」

「ありがとうございます。私も図書館に住んでると言っても過言ではない知人から、AクラスとDクラスの図書館利用率が凄く悪い。電子書籍全盛期の時代とは言え、優秀なクラスなのですからもっと読書に興味を持ってほしいというクレームを受けました。なんでそんなことを他クラスに言われないといけないのかとは思いましたが、言っている内容は至極真っ当だと思います」

 

 最近の若者の特徴、と言ってしまうのはよくないだろうが、この学校の生徒は特定の人以外あまり図書館を利用しない。何なら本屋も参考書と漫画コーナー以外にほとんど人がいない。無駄にデカい図書館は、テストシーズン以外は基本閑古鳥が啼いている。それを憂いた椎名が、私に苦情というか要望を出してきたのだ。他クラスのリーダーに要求する内容がそれでいいのかとは思ったが、悪くない提案だったので受諾することにしたのである。

 

 2009年に文部科学省がやった統計調査では、読書と学力に関係性があることが示されている。因果関係がある、とまでは断定できないが、有意義ではないとは思えない。単純に自身の興味関心を広げ、知らない世界への扉を開き、語彙力を増やし、教養を得るという効果も期待できる。小学生のうちにやるのがいいとは思うが、高校生でも無意味ではないはずだ。

 

 しかし、ただ読んでねと言っても誰もやらないだろう。なので、そこをカバーする施策を考えている。

 

「と、言うことでじゃじゃーん」

 

 謎の効果音と共に取り出したのは原稿用紙。小学生には懐かしの宿題ではあるだろうけれど、多分あんなの真面目にやっている方が少ないはずだ。しかも、大体大人が好きそうな内容しか書いていないので面白くない。ここではそれではつまらないので、好きに書いてもらおうと思っている。

 

「読書感想文をやってもらいたいと思います」

「「「……?」」」

「先ほど発表されたOAAでは、あらゆる活動が評価対象になるのでしょう。ですから、多くの活動を行い、自分に向いているものを見つけ、評価してもらえるようにしてもらいたいと考えています。これは、その一環です。もちろんこれ以外にも、この学校ではこれまで軽視されがちだったいわゆる副教科、つまりは音楽や美術、家庭科などに関する諸々も行っていこうかと。検定試験なども積極的に受検していただく予定です」

 

 読書感想文にもコンクールが存在する。もちろんコンクールには規定があるし、受賞するためにはそれなりにちゃんと好まれるテーマで書く必要がある。しかし、やってみないことには才能があるかもわからない。それに、自分の感想などを文章にして出力し、他者に伝える練習をすることは大事なことだ。

 

 また、読んだ内容を自分の言葉でまとめる「感想を書く」行為は、インプットした情報を整理し、記憶に定着させる強力なアウトプット訓練になるはずだ。漫然と読む受動的な読書も悪くはないけれど、考えながらした方が学習効果も高まる。

 

「この年になって感想文……?」

「懐かしいね、これ」

「おぉ、マジかぁ」

 

 多少の困惑はありつつも、趣旨は一応理解してくれたようだった。私と違って、皆は普通に小学校に通っていたと思うので、昔書いたことがある生徒が大半だろう。ただ、小学生の書くものと高校生の書くものでは本の種類も文章の中身も大きく変わってくる。

 

「期限は二週間、つまりは一月末までです。文量は2000字以内。本の種類は限定しません。小説が一番いいとは思いますが、それ以外でも構わないです。ただ、漫画は今回は除外します。また、書く内容も自由です。好きな本の魅力を伝えるでもいいですし、初めて読むモノの純粋な感想でもいいです。また、納得いかないんだけど、という憤りを書いても構いません。書き方も自由なので、個性を出してくださいね。何か質問はありますか?」

「手書きじゃないとだめですか?」

「パソコンでもいいですよ。ファイルを私に送信してください」

「はーい」

 

 正直、こんな活動を他のクラスでやっても誰も従ってくれないだろう。ここで戸惑いがあったりしながらもなんだかんだで「まぁやるか」という空気になってくれるのはこれまでの積み重ねによるところが大きいのだと思う。それに、この学校は狭い。娯楽施設は多いが、当然閉じ込められている閉塞感がある。新しい何かに飢えている生徒が多い印象だった。なので、こうして色々と施策をやることで、その気持ちを解消できればと思っている。やることがあれば、少なくとも暇だとは思わないだろうから。

 

「では、皆さんよろしくお願いします」

 

 学校のカリキュラムはあんまり信用できない。それに、メインの教科だけ優先している姿勢も、優秀な生徒を育成したい機関とは思えない。彼らの言う優秀は、すでに世界のスタンダードから遅れている。大事なのは様々なことに興味関心を持ち、自ら進んで取り組んでいき、思考していくことのできる生徒だ。特別試験みたいに相手を蹴落とすことだけ考えている存在がエリートとは思えないし、そうであって欲しくはなかった。

 

 なにより、折角三年間しかない高校生活なのだ。それを特別試験だのクラス間闘争だので殺伐としたまま終えてほしくない。笑顔で彼らを全員卒業させるのが、私の義務だ。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、いよいよこの時が来ましたね」

 

 目の前には仕方ないか……という顔をしている坂柳がいる。そして高いカメラとパソコン。この辺は必須機材だろうということで手に入れておいた。佐倉の一軒で電気屋を母国のフロント企業を使って買収しているので、タダ同然で手に入っている。坂柳YouTuber計画が遂に指導する時が来た。これで広告収入や案件収入を長期的に手に入れられればいいなぁ、という計画である。正直どこまで上手くいくかは不明だが、やってみないことには始まらない。

 

「これ、ホントに上手くいくんですかね」

「さぁ、こればっかりはどうなるか分かりませんね。ある程度コントロールは出来ますが、如何せん我々とは関係ない第三者がターゲットですので」

 

 一応母国にも協力要請はしておいた。うちの広報担当が何かしら手段を講じてくれるようなので、まったくの無策よりはいいだろう。それに、数千万の資金力もある。資本力の高さとバックアップ体制の充実性も我々の持っている大きなアドバンテージだ。それに加え、フロント企業からの案件を使えば、合法的に私の組織から資金を流せる。

 

「最初の方はとにかく更新頻度が大事です。編集はこちらでやっておきますので、とにかくあなたはある程度の台本に従いつつ色々やってみましょう」

「まぁ、分かりました。やると言ってしまった以上は、出来る限り努力はします」

「よろしくお願いしますね。ひとまず取り急ぎ、チェスの世界ランクで割と高めの人を呼んでおきました」

「……え?」

「取り敢えずこれに勝ちましょう。これに合わせて広告も打っています」

「え、え……?」

「どうしましたか、何を目を白黒させているんですか。勝てないんです?」

「な、いえそんなことはありません。必ず勝利できます」

「そうですか、それはよかった」

 

 中国は世界ランクが高い選手が多い国だ。まぁ単純に人口が多いのでこういうのは有利になりやすい。しかし、彼女の特技がチェスであり、中国人にチェスの高ランカーが多いのは僥倖だった。私の持っているコネクションを辿っていくことで、快く今回の対戦を引き受けてもらっている。国家組織からいきなり日本のよく分からん女子高生と対戦する事態になった相手の選手には申し訳ないけれど、それなりに見返りは用意するので勘弁してほしいところだ。

 

 中国がネタ切れになったらソ連も使える。ソ連にも強い選手が多い。対戦相手には事欠かないだろう。問題は勝てるかどうかなのだが。

 

「まぁ、私も練習に付き合いますので、そこで鍛えていきましょう」

「チェスも出来るんですか?」

「えぇ、まぁ。やってみますか?」

「望むところです」

 

 世界相手となると怯みはしたが、私には負けんぞという顔で彼女は私物のチェス盤を取り出す。さっきから自分の部屋で作戦会議をされている真澄さんは呆れた顔で感想文用の本を読んでいた。

 

「ではやってみましょうか」

 

 チェスなんて数年ぶりだけれど、やり方はもちろん忘れていない。個人的には、駒を取ったら自分の勢力として使える将棋の方が私の思想とは合っている。人材を使いこなすのが私の信条だ。たとえ最初は敵対的であったとしても、である。それに、そうでないと坂柳をこうして計画の中に組み込んだり大事な役目を任せたりはしない。

 

「では、私が白でいいですか?」

「えぇ、いいでしょう。コテンパンにしてあげますよ」

「それは楽しみですね」

 

 白e4ポーン→黒f6ナイト→白e5ポーン→黒d5ナイト→白d4ポーン→黒d6ポーン→白f3ナイト→黒c6ナイト→白c4ポーン→黒b6ナイト→白e6ポーン→黒e6ポーン→白d3ビショップ→黒d5ポーン→白c5ポーン→黒c4ナイト→白b3ポーン→黒a5ナイト→白g5ナイト→黒d4ナイト→白h7ビショップ→黒h7ルーク→白h7ナイト→黒f5ナイト→白h5クイーン→黒d7キング→白f7クイーン→黒c6キング→白f8ナイト→黒d4ナイト→白b3ナイト→黒b5ポーン→白b2ビショップ→黒a6ビショップ→白g6ナイト→黒e5ポーン→白e5ナイト

 

 

 

 

 

  

   

 

  

  

    

 

 

 

 

 これでチェックメイトだ。私の勝利である。坂柳はぽかんとした顔で座っている。

 

「はい、私の勝ちです」

「……」

 

 チェスは別に一番得意、というわけではない。私の部下に凄く得意な人間がいるので、色々と教えられた。私も多分、未だに勝てないと思う。

 

「実はプロなんですか」

「いえ、別に」

「……」

 

 悔しそうな顔をしていた。よほど自信があったのだと思う。けれど敗北の分析をしているきらいもあり、ただ負けて悔しいと地団駄を踏んでいるわけではないようだ。これからしばらく練習を積んでいけば、プロとも渡り合えるようになるとは思う。

 

「動画にする前に練習していきましょうね」

「……はい」

「あと、チェスだけだとどう考えても需要が少ないので、ゲーム実況などもしてもらうことになるでしょう。あとでコツなども教えます」

 

 ゲーム実況はどっちも同時並行でやらないといけないので、それなりに技術が求められる。マルチタスクが出来ないとは思わないが、視聴者に見せることを考えると、色々と工夫が求められるのも間違いない。まぁ、最初は多少粗があっても美少女女子高生がしゃべってるだけでそれなりに需要はあると思う。そういう層に見てもらえるように、方々に広告や宣伝をするように依頼している。

 

「そうそう。フルネームでやるのはどうかと思いますので、あなたの名前はアリスにしておきましょう。不思議の国のアリスから取ったということにしておけばいいかと」

「あなたはどうするんですか?」

「私は最初は出ません。あなたの師匠ということにでもしておき、そのうち出ますが、まずはあなたの方に注目を集めることに注力します。あと、私は女の子ということにしておいてください」

 

 坂柳の容姿とか声に惹かれてくる視聴者層はどうしても男性が多くなる。それも、おそらくはあまり恋愛経験のない。男の影がちらつくよりも、女性でやってます、という方が受けがいいだろう。お人形みたいな坂柳と、一応私と、クール系の真澄さんと色々種類はそろっている。森下とかも使えれば、より広い需要にお応えできるだろう。なんの需要家はあまり考えたくはないけれど。

 

 まずは容姿で釣る。そのあとは中身で勝負していく。まず大事なのは見てもらうことだ。興味を持ってもらうことだ。入り口から入って逃がさない戦術こそ、SNS戦略においては重要だと考えている。人気を得るやり方はアイドルマスターで学んだ。多分、何とかなる……と思いたい。坂柳は発声の練習をしている。ぎこちなく挨拶の練習をする姿を、真澄さんが笑いを堪えつつ妹を見守る姉のような目で見ていた。

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