ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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Cast a spell on me!!

『THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS』


67.プロデュース

 ADクラスが順調に学生生活を謳歌している中、Bクラスは異様な喧騒に包まれていた。クラスの中心人物の一人である軽井沢恵を中心に女子の輪が出来ている。クラスは朝からその話題で持ちきりだった。綾小路はそれを横目に、静かに席に着く。彼はすべての事情を知っていたが、この件に関してはあまり関与していなかった。

 

 元々は茶柱教諭に脅された結果クラス間闘争に参画させられていた。しかし、二学期に入ってからの度重なる諸々の末、今回の混合合宿によりBクラスの敗北はほぼ確定的になった。綾小路と高円寺が手を組めば、まだ可能性が無いわけではないが、それも非常に少ない可能性に縋ることにしかならない。しかも、軽井沢への暴行事件の一件で茶柱教諭は厳重注意を受けている。なにせ、彼女の職務怠慢を理由に国家賠償請求をされかかったのだから無理もない話である。

 

 茶柱教諭の求めるAクラスへの道に必要と判断して軽井沢に接触したものの、最早それが不可能になった今、軽井沢を使ってどうこうするという事は綾小路の計画の中にはない。ここからは静かに暮らすことが、彼の目標だった。尤も、隣人がその限りではないことを知っているのでそう簡単にはいかないと理解していたが。

 

「軽井沢さん、平田君と別れたそうよ」

「なるほど。それで妙にそわそわしているわけか。ビックカップルの破綻、どちらが振ったんだ?」

「軽井沢さんの方みたいね」

「意外だな」

 

 元々偽装カップルであったので、両者の間に振った振られたは存在しない。しかし、平田の親切により軽井沢が振ったことになっていた。振られた女、よりは振った女の方が立場的に問題になりにくいからである。特に、平田のような人気者の場合は。

 

「え、え? 軽井沢さん新しい彼氏が出来たわけじゃないのに別れたの!?」

「あたしもさ、ステップアップしなくちゃって思ったわけ。洋介くんに甘えるのは簡単なんだけど、自分で色々考えてみたくなってさ」

 

 それっぽい言い訳を作るのは軽井沢にとってそこまで難しいことではない。その騒ぎが収まらないクラスの様子を後方から見ながら、堀北は眉をひそめていた。

 

「よく恋愛をしようなんて気になれるものね。この学校のルールを考えれば、明日の保証なんてどこにもない状況だと分かりそうなものなのに」

「いのち短し 恋せよ乙女とも言うだろう。明日の保証がないからこそ、今を全力で楽しんでいるのかもしれないな。まぁ将来的なところまで見据えているカップルも他クラスにはいるようだが」

「そんな感情、どこまで続くか分かったものじゃないわ。自分の明日を縮めることになるかもしれないのに。相手に身を預けることは、ここでは少なくとも安全ではないから」

「そこは見ないフリをしているか、或いは相手になら自らの明日を縮められてもいいと思っているかのどちらかだろう」

 

 理解できない、という顔で堀北は首を横に振った。恋や愛を語るには、彼女は少々固すぎる。もしくは、愛を知らなすぎる。無理もない話だろう。両親の期待が兄の学と彼女のどちらに寄せられているのかは、これまでの人生を見れば言うまでもない話だ。これまでの人生で受けた愛が足りない人物が、この学校には多かった。

 

「カップルの姿は様々だ。恋愛は奥深い。特にAクラスを見ているとそう思わされる」

 

 綾小路の独り言めいた呟きが喧騒の中に消えていく。堀北はそれを無表情で聞き流した。彼女にとって、恋愛は興味の持てないものであり、自分にとっては不必要なものであったから。

 

 コミュニケーション能力に乏しい二人が野暮な会話をしている中で、もう一方の当事者である平田は普段通りの様子でクラスの男女を相手にしていた。彼女に振られたとあっても惨めな印象がないのが彼の持ちうる人徳によるものなのかもしれない。

 

「まぁ、色々あるよな、人間同士だし。何かあれば言ってくれよ」

「そうだね、山内君もありがとう」

 

 優しい顔で平田は微笑む。堀北はその様子に違和感を感じ、視線を男子たちの方へ向けた。彼女の記憶の中では、山内という人間は振られたクラスの人気者に対しいたわりの声掛けをするタイプではなかったからだ。中々ひどい話ではあるが、事実でもある。軽井沢に注目していた女子たちも少し驚いている。

 

 根底にある動機がモテたい、であるとはいえ山内春樹は混合合宿以来大きく変化していた。本堂や池に揶揄われても勉強しているし、友人と遊ぶ頻度も少し減っている。そして何より大きいのは、Aクラスとの関係性を深めたことだった。

 

「失礼します」

 

 青みがかった黒髪をたなびかせて、美少女と見紛う容姿の麗人がクラスの戸を叩く。トレードマークだった簪は既に無いものの、恋人の性癖に合わせて長髪のままにしているその姿は、他クラスの女子からも耽美系の男子として人気が高い。人物像に関してBクラスではきちんと把握している生徒が多いわけではないけれど、かなり温厚な作戦を取る人間であるという認識はされている。少なくとも、暴力に頼ったことは一度もなかったので、そこは信頼を得ていた。

 

 そんな諸葛孔明が誰に用事なのか、クラスの注目が軽井沢から彼に注がれる。質問責めに疲れていた軽井沢は、一瞬助かったという顔をした。

 

「山内君、こちら預かっていたものです。添削終わりましたので、見ておいてください」

「マジか、昨日の今日でメッチャ早いな! 師匠サンキューだぜ」

「いえ、これくらいはすぐに終わりますから」

 

 温和な表情で孔明が山内に渡したのは添削を頼まれていた課題だった。あの合宿以来、言われた通り中学時代の内容、モノによっては小学校時代の内容からやり直して学習を進めている。孔明の手元にはちょうどDクラスの成績下位層向けの課題があったので、それを多少手直ししたものを渡していた。自分で丸付けすることも可能ではあるが、弱いところを把握し的確なアドバイスと指導計画の作成には直接作成者が採点や添削をするのが一番である。

 

「英語と数学をまずは固めていきましょう。同時に少しずつでも良いので読書をしてみてくださいね。読みやすい本はあなたのクラスの外村君などが教えてくれるかと思いますから」

「え、ぼく……?」

 

 合宿で矯正されてしまい、拙者という一人称を封じられた外村が驚いた顔で孔明を見る。他クラスでほぼ関わりのない自分の名前が出るなど思ってもいなかったからだ。

 

「このクラスではあなたが一番読みやすいライトノベルや青春系小説に詳しいと思いましたが? その本、私も読んでますよ。面白いですよね俺ガイル」

「よ、読んでるの!?」

「読んでますよ、全然新刊出ないなぁと思いながら。真澄さんは内容より絵の方に興味があるようなのが少し悲しいですけれど」

 

 あまり語り合える人間がいないと思っていた外村は嬉しそうな顔になる。Aクラスの、しかもその指導的人物と自分との間に共通点があったという事は彼にとって喜ばしいことだった。

 

「私は日本のコンテンツはかなり好きですよ」

「型月は分かるでござるか?」

「空の境界が好きです」

「東方は?」

「もちろん」

「アイマスは?」

「凛と千早が担当です」

「うぉぉぉ! マジでござるか。ちょっと連絡先を教えてくだされ」

 

 いつしか口調も元に戻り、外村はウキウキしながら連絡先を交換する。山内もそこに混ざり、話を始めた。龍園がX探しをしていた時に同じジャンプ系の漫画を読んでいることが分かった須藤も話に入り、愉快そうな声がクラス内に響く。普段はそれをあまり良い目では見ない女子たちも、今回は楽しそうだなぁくらいの目で見ている。誰がやっているのか、は結構大事な要素だった。

 

「しかし、よく神室殿は許してくれるでござるな。浮気者、とか言われないでござるか?」

「そこはまぁ、何とか折り合いをつけていますよ。多分許してくれているんじゃないでしょうか」

「いや、別に許してないけど。趣味を否定するのもどうかと思ってるから言わないだけで」

 

 腕を組みながら、不服ですよという顔をした神室が孔明の後ろに立っている。むぅ、という顔は明らかに彼氏の発言に異を唱える表情だった。声音よりは幾分か不満がたまっている様子であると孔明は察知する。

 

「一応私も絵描きだし、半分くらいそっちの世界に片足突っ込んでるし、理解はしてるけど。それはそれとして嫉妬はしてるから。それだけ」

「はい……すみません……」

「別に。やめろとは言わないけど」

「そ、それで真澄さんは何用で?」

「坂柳が呼んでる。例の件で」

「あぁ、はいはい。分かった、すぐ行く」

 

 例の件、の言葉で孔明は真面目な顔になった。当然、坂柳の副業化計画である。この計画も順調に進んでいたが、一応問題もあった。動画投稿には編集やサムネイルの作成などそれなりに時間がかかる。撮影して終わりというわけではないのだ。これをやってくれる人材がいた方がいいのも事実だった。

 

「そうだ、外村君」

「は、はいでござる」

「あなたはパソコンなど得意だそうで」

「ま、まぁ人よりは。ホームページくらいなら作れるでござる」

「動画は?」

「知識は多少ならば」

「そうですか、十分です。後でご連絡させていただいても?」

「それはいいでござるが、何用で?」

「少しばかり、アルバイトのご相談です」

 

 優し気な微笑みを浮かべながら、孔明はそう告げた。事情を知らない外村はよくわからないながらも頷く。よくわからない契約をして情報漏洩されてはたまったものではないと思った堀北は立ち上がろうとしたが、綾小路に制止された。

 

「止めても無駄だろう。お前が悪者になるだけだぞ」

「けれど、まるで彼の行動はBクラスを切り崩そうとしているように見えるわ」

「その通りだろうな。だが、それの何が悪い? 諸葛の下にいれば少なくとも明日は保証される。それで十分と考えてもいいだろう」

 

 堀北は唇を嚙む。その悔しそうな顔を、遠くの櫛田がざまぁみろという心持ちで見ていた。

 

「では、外村君。後でご連絡差し上げます。山内君も引き続き頑張ってください」

「は、はいでござる」

「おぅ師匠! まだまだよろしくな」

「はい、よろしくお願いしますね。さて、真澄さん行こうか」

「はいはい」

 

 雑な口調ではあるけれど、隣にくっつくようにして歩いている神室の態度はどう考えても相手への愛情を抱いていることは明白だった。羨ましい、あんな彼女が俺にもと思いながら、山内は再度奮起していた。外村も困惑しつつ悪い人ではないように思えて、連絡を待つ気になっている。Bクラスは着実にAクラスによって蚕食されつつあった。

 

「綾小路君」

「なんだ?」

「今日か明日か、とにかく近日中に落ち着いて話せる時間はあるかしら?」

「今日は先約がある。明日も一応予定が入れてある。それ以降なら無いわけではないが」

「分かったら教えて頂戴。なるべく、早く」

「構わないが……なんの用事だ?」

「今後のことに関して、相談したいことがあるの」

「……そうか」

 

 綾小路の優秀な頭脳は、多分クラス間闘争の事であると理解していた。合宿前は沈んでいた堀北だが、最近また調子を戻しつつある。多分、合宿で諸葛孔明に対抗する手段を見つけたのだろうと睨んでいた。恐らく、龍園と手を組むことにしたのだろうという推察まで出来ている。それ以外に方法がないという事から導き出される結構簡単な結論ではあるのだが。

 

 綾小路からすればここで断ることもできた。しかしながら、そうすると絶対後で面倒なことになる。それに集団が周りにいる中で騒ぎたくはない。余計なことを吹き込んだ龍園に煩わしさを考えながら、綾小路は堀北のために時間を空ける日を考えた。自分の友人グループや椎名など、彼の付き合いも少ないなりにある。堀北よりは多いのだ。

 

 綾小路は空を見上げる。曇天の灰色が、彼の感じる面倒くささを加速させていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あの、撮影って制服で行うんですか?」

 

 私の眼前で、カメラの前に座っている坂柳が私にそう尋ねてくる。撮影は真澄さんも手伝ってくれていた。

 

 動画撮影、というより芸能全般に関して、坂柳はそこまで詳しくはないと分かる。無論、一般常識レベルであれば人並みの知識はあるし、外で動けない都合上テレビはそれなりに見る機会も多かったと思う。しかし、動画配信などは門外漢。優秀を自負する彼女でも知らない領域は当然存在しており、動画撮影はまさしくその知らない領域の一つなのだろう。

 

「えぇ、制服で行ってもらいます」

「ですが、大丈夫でしょうか。身バレ、というのがあると聞きました。顔だしでやっている以上ある程度分かるのは仕方ないとしても通っている学校がここだと分かるのは……」

「確かに普通の動画投稿者の場合、通っている学校が露見するのは望ましくないでしょうね。特に大学生ではなく高校生以下の場合は。しかし、ここではその限りではありません」

 

 私は彼女の疑問に答える。身バレのリスクはあるし、多分そのうち露見するだろう。だとしても問題はない。どこの誰かが分かっても、ここは外よりも安全だからだ。それに、彼女の過去に関しては隠蔽する方針で進めている。本当はあまりよくないのだろうが、真澄さんの過去も同じようにしてしまったし、何よりAD連合の計画のためにはやむを得ない。

 

「ここは外部とは遮断されています。ネット上でだけしか現状繋がれないのです。もうすぐ緩和されるとはいえ、こちらから外に出るのならばまだしも、外からこちらへ来ることは限りなく難しい。ですから、安全性は高いです。後はあなたが炎上するようなことを言わなければ大丈夫でしょう」

 

 一応佐倉のストーカーの件があるので油断はしていない。内部にいる人間が染まってしまう可能性もあるからだ。学校側もさすがにあれには懲りたようで、色々と対策はしているようだが、限界はある。彼女は動けないので、抵抗も難しいだろう。そこはこちらが警戒することにしていた。元々坂柳に近しい山村が護衛役兼監視役を引き受けてくれている。多分森下もやってくれるだろう。森下と山村は偶に話しているのを見かける。

 

「それに、女子高生であるというのは大きなブランド価値があります。それを分かりやすく示すシンボルマークがその制服です。この学校の制服は、幸いにしてデザインは比較的良いですから、そのまま撮影用衣装としても使えると判断しました。リアル制服であり、ファッションや設定ではなく本当の女子高生であるというのは大きな武器です。持っている武器を手放すことほど愚かしいことはありませんからね」

「そんなものなんですかね。私にはただの制服にしか見えませんが……」

「アイドルグループでも、制服を模したデザインの衣装を着ている時があるでしょう? シンボルマークとして、大きな意味を持っているんですよ。昔からね」

「はぁ……まぁこれに関してはあなたが先駆者というか知見を持っている人なのでしょうからそれで納得はしますが……」

 

 坂柳はそんなもんなのかなぁと疑問符を浮かべつつ一応納得はしているようだった。女子高生、というもののブランド力は日本では結構大きいもののように思う。アイドルもそうであるし、アニメや漫画や映画にも多く登場する。古くはセーラー服を着た女子高生が機関銃をぶっ放してる映画が人気を博したこともあった。そして、それは決して男性に対してだけではなく、女性に対しても一定数の影響力を持っているのだ。

 

「あと、予習はしてきましたか」

「はい。ただ、あまり参考になるとは思えないのですが」

「まぁそれはその通りです。こういう感じでやっている人が多い、というのを知ってもらいたかっただけなので。あなたは決して明るく元気に道化師めいた振る舞いをする必要はありません。それはあなたの持っている魅力を下げる行為ですからね。ミステリアスさと人形めいた繊細な雰囲気を醸し出しつつ、時折見せる子供っぽさや少女性でひきつける。私のプロデュース案はこんな感じです」

 

 素材はいいのだ。今すぐアイドルデビュー出来るくらいには素材がいい。心臓に病を抱えているのも、逆に庇護欲をそそられるという面では悪くないだろう。漏れ出る邪悪さというか、そういうよくない部分を抑えられるのならばの話だが。ドSで売っていくのはそれなりにリスクがあるし、色物すぎるとニッチなファンは出来ても大衆に受けない。

 

「まずはあなたのやりたいといったチェスを前面に出します。すごく人気のジャンルではありませんが、無名のジャンルでもないのでそこら辺はどうにかなると思いたいですね。現役JKの目指せ世界ジュニアチェス選手権優勝というのが取り敢えずの目標です。これを中心にしつつ、時折違うこともやっていきましょう。あまり違うことに注力しすぎると、本題はどうした? となるので」

「はい、分かりました。……優勝?」

「えぇ、優勝です。U20の世界一になってもらいます」

「いや、あの、流石に……」

「出来ないんですか? その程度もできないのに何に勝てると言うんですか?」

「何でもないです。やります」

「はい、よろしくお願いしますね」

 

 結構簡単に乗せることが出来た。こんな煽り耐性低くて大丈夫だろうかと思いながら、それでもやる気になってくれたのならばそれでいい。これまでチェスが得意だとしても、基本的にはオンライン対戦くらいしかしていなかったようだ。世界の一流プレイヤーとどこまで戦えるのか、或いは意外と通用してしまうのか。そこは分からないが、この前対局した限りでは筋は悪くないと思う。ちゃんと胡坐をかかずに研鑽すれば、プロ入りも狙えるかもしれない。

 

 あまり通常の社会生活、具体的に言えば組織人が向いているとは思えないので、プロチェスプレイヤー兼YouTuberみたいな自営業で食べていくのが一番合っていると思う。自分の体調と相談しながらやっていけるので、身体的にもこっちの方がいい気がする。それに、スーツを着て出勤している彼女の姿があまり想像できなかった。

 

「ねぇ、これ広告収入が目的なの?」

「それもある。けど、それだけじゃない」

 

 説明書と睨みっこしつつカメラを覗き込みながら、真澄さんが問うてくる。広告収入は大事だ。しかし、それだけではどこまで稼げるかわからない。

 

「狙いたいのは広告収入と同時に案件だ」

「案件、とはなんですか?」

「企業が広告を個人に依頼することです。発信力のある人間を使うことで、テレビCMなどと同じような効果を期待するわけですね。特に、ファンの多い人間に依頼すれば、そのファンたちが買ってくれる可能性もありますし」

 

 これは結構高額のはずだ。我々は別にこれで生計を立てているわけではないので、収入から税金を差っ引いた分をクラスの運営に回すことが出来る。しかし、普通は振り込みのはずなのだが、どうやって運営や企業から収入を受け取るのだろうか。その辺は後で学校に確認しないといけない。

 

「ほかにもあなたは見てくれはいいのでそれを利用して雑誌の表紙なども飾れれば万々歳ですね。大会に出て結果を残せれば賞金ももらえます。税金関連はこちらで処理しておくので、あなたは目の前のものに集中してください。勉学はまぁ、あなたなら大丈夫でしょうから」

「は、はい」

「芸能関連で坂柳を売り込むってことね」

「そういうこと」

「でも、そんな繋がり……もしかして」

「そう。真澄さんの数少ないお友達の伝手をちょっとばかし利用させてもらおうと思ってる」

「分かった、折を見て頼んでみる。向こうも復帰してもいいかもって話してたし」

 

 真澄さんの数少ない、しかも他クラスの友人である佐倉はグラビアアイドルだ。それも週刊漫画の表紙を飾るくらいには売れている。ならば、それを利用しない手はない。出版社や業界にも多少顔はきくだろうし、直接の知り合いとかではなくても情報は持っている可能性が高い。私の配下を使えば調べることは難しくないが、なるべく手近な情報源で済ませてしまいたいという思いはある。

 

 外部との接触が一部解除されて得をしたのは、彼女のように元々外で活動していた人だろう。そういう層は決して多くはないとは言え、この学校では個性を潰されて才能を発揮できない状態になっていた。それが解消された今、佐倉は前のように活動を始めるつもりらしい。そうすれば、資金も手に入る。Bクラスとはいえ、決して懐事情は暖かくないのだ。無理もない話だろう。

 

「さて、こんなところで疑問は解消されましたか、坂柳さん。後は追々やっていく中で気になったことがあれば聞いてください。私も如何せん手探りではありますが、考えうる限りの出来ることはすべてやって、あなたをプロデュースするつもりです」

「よろしくお願いします」

「はい、こちらこそ。一緒に駆け上がっていきましょう」

 

 私の目の前で他の女に入れ込むな、という目線をビンビンに感じるけれど、取り敢えず気付かないことにしておく。仕事だからやっているだけで、私自身に坂柳に対する感情は、生徒に対するもの以外の何も存在していない。私生活で付き合おうとは、当然思っていない。それは多分、真澄さんも理解しているとは思うのだけれど、それはそれとしてムカつくという事なのだと思う。

 

 たまに自分を面倒くさいと言って自己嫌悪している姿を見るけれど、確かに面倒くさいかどうかと言われれば面倒くさいのだと思う。けれど、それを可愛いと思えるから私は彼女の傍にいる。それに、他人に期待していなかった彼女が他人の愛を求めるのは、精神的な成長とも言えるはずだ。だから、私は彼女のその表情が、結構好きだった。

 

 

 

 

 

 

 

「はい、という事で始まりました第一回お料理教室。講師役は私、諸葛孔明が務めさせていただきます。アシスタントは真澄さんです。よろしくお願いします」

「……」

「ほら、真澄さんも挨拶」

「なんで私はこんなところでアシスタントしてるわけ……?」

「いや、話の流れ的に」

「えぇ……」

 

 困惑している彼女を他所に、私は目の前の女性陣に視線を送る。ADクラスの交流も兼ねて、折角無料になった家庭科室の使用を申請し、こうして人を集めている。今は一月の下旬。もう間もなく二月に入る。二月の中旬には学生たちにとっては結構大きなイベントであるバレンタインデーがやってくるのだ。

 

 本命、義理、友達同士、色々あるけれどチョコレートやお菓子を渡したいという生徒は結構いる。市販品でもいいけれど、どうせなら手作りしたい、と思うのが乙女心。特に本命であればなおのことだ。けれど、お菓子作りに失敗したくはないし、動画を見ても出来るか不安……という気持ちもある。そういう層をターゲットに、私がこのお料理教室を開いていた。

 

 なんで男子が女子のバレンタインのお菓子作りをサポートしているのかは自分でもイマイチわからないところがあるが、一番できるのが私なので多分適任なのだろう。当日までに数回開催予定だった。なお、その後も定期的に開催し、お菓子だけではなく普通の自炊料理もレクチャーしていきたい。

 

 これは単純にできた方がいいだろうというのもある。ただ、他にも狙いがあり、例えば来年度も無人島試験がある可能性は否定できない。そうなったとき、料理は出来た方がいいだろう。それに、この学校には無料の野菜などが置いてあるので、コンビニなどで出来合いの商品を買うよりは自炊したほうが安上がりなのだ。そういうところを伝えていくことも開催意図の中には含まれていた。

 

「取り敢えず始めていきましょう。よろしくお願いします」 

「「「よろしくお願いします」」」

 

 女性陣は結構気合が入っていた。AクラスとDクラスの半分以上が来ているので、総計30人ほどが参加していた。気分は家庭科の教師である。

 

「はい、では早速ですが真澄さん。お菓子を作る際に一番重要なのは何でしょう」

「……愛情?」

 

 冗談かと思ったら、マジトーンで言っていた。そういえば、彼女も自炊はしない勢だったのを思い出す。可愛い答えだなぁと思っているのを察したのか、軽く足を蹴っ飛ばされた。

 

「うーん、確かに愛情も大事ですね。思いやりや優しさは大事です。誰かに渡すもの、すなわち誰かに食べてもらうものなわけですし、そこは確かに気を付けたいところ。ですが、もっと物質的な話をすると、大事なのは分量です」

「分量? でも、あんたは結構醤油とか目分量で入れてた気がするけど」

「良い指摘です。確かに普通の料理であれば、これくらいかなという感じでも構わないでしょう。ですが、お菓子は化学です。繊細さとこだわり、そして正確性が求められるのです。小さな誤差が焼き加減や味に大きく影響することもあるのです。皆さん、そこをしっかりと意識してくださいね」

「「「はーい」」」

「では、やっていきましょう」

 

 参加費用はAクラスの生徒が3000pp、Dクラスの生徒は無料にしてある。今日使うバターや卵、チョコレートなどは業務用の大きいものを発注しているので、量を確保しながら安さも担保されていた。なので、十分にペイ出来る計算になっている。

 

「実際にやる場合は、型に合わせてセパレートペーパーを切り、敷いておきましょう。また、オーブンは170℃に予熱しておき、薄力粉とココアは合わせてふるっておくように。今回はこちらでやっておきました。さて、この後はボウルにバター、チョコレートを入れて湯煎にかけ、混ぜながら溶かす作業です。バター220gとチョコ200gを計測し、ボウルに入れてください。そこまで終わったらまた指示を出します」

 

 出来る度合いには差がある。一之瀬みたいに自炊は結構得意、という生徒もいれば、そうではない生徒もいる。事前に経験はある程度ヒアリングし、二人か三人の組み合わせを作り、フォローしあえるようにもしている。

 

 今回はある程度作った感が出るけれどすごく難しすぎないものとしてブラウニーをチョイスしておいた。事前に真澄さんと一緒に作って、難易度的に大丈夫か確認している。色々と話しながらも、楽しそうに作業しているのをが確認できたので、私としては満足だった。こういう調子で色んなことに興味を向けて、チャレンジしていってほしい。それが私の望みだった。

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